「悪ぃ悪ぃ。ちょいと時間が掛かっちまった」

長曾我部の屋敷・門前で元親が苦笑しつつ、眼の前に居る少女に謝った。
元親の眼の前で不機嫌そうにする少女――桂花は鼻でそれを一蹴する。

「遅い。もし相手が華琳様だったら絶対に叱られてるわよ」
「確かにな。あいつ、結構そう言うところは細けえんだ」

元親が参ったように手を上げ、ヘラヘラと笑った。

「ハァ…………貴方、全然反省してないでしょ?」
「いやいや、これでもしてるつもりだぜ」

元親の態度にすっかり毒を抜かれた桂花は深く溜め息を吐いた。
どうして珍しい組み合わせの2人がここに居るのか、それは昨日の事――

 

 

政務に一区切りを付け、元親は適当な木陰に身体を預けて休んでいた。
雲1つ無い晴天は疲れた気分を癒してくれるので気持ちが良い。

「フワァ〜〜〜…………う〜ん、そろそろ仕事に戻るとするか」

休み始めてからかなりの時間が経とうとしている。
そろそろ戻らなければ部屋で引き続き仕事をしている愛紗達の雷が落ちるだろう。
両手を宙に伸ばして身体中からダルさを取った後、元親はゆっくりと立ち上がる。

「あっ! やっと見つけた!」
「ん……?」

背後から声が掛かったかと思うと、その声の主は元親の前へと移動する。
元親が視線を向けると、猫耳の形をしたフードを被る少女の姿があった。

「何だ桂花、お前か」
「何だとは何よ。失礼ね」
「そりゃ失敬。それで何か用か?」

元親がそう訊くと、桂花が言い難そうな表情を浮かべる。
首を傾げる元親だったが、彼女が用件を言うまで待った。

「ちょっと貴方に頼みたい事があるのよ」
「俺に頼み事? 珍しいな。まあ俺に出来る事だったら聞いてやるぞ」

元親が笑顔を浮かべながら言うと、桂花は拗ねた表情を浮かべて視線を逸らした。
どうやらまたも言い難い内容らしく、渋っている。

元親は先程と同じく彼女が言い出すまで待ち続けた。
そしてその後、桂花がポツリポツリと話し始める。

「その…………私と一緒に町へ行ってほしいのよ」
「お前と町に? ますます珍しいな。近い日に雨が降るかもしれねえ」
「……さっきから貴方、本当に失礼よ」

元親が珍しがるのも無理は無い。
普段なら彼女は華琳に付き添い、共に出掛けているのだ。
華琳と一緒でなく、元親と一緒と言うのは極めて珍しい。

雨が降るかもしれないと言うのも納得である。

「別に出掛けるのは構わねえが、どうして俺となんだ?」
「そ、それは…………ちょっと買いたい物があるからよ」
「買いたい物?」

元親が再び首を傾げた。

「華琳様と一緒に出掛けると、自分の買いたい物なんか恐れ多くて言い出せないのよ」

成る程と、元親は思った。
要は華琳と出掛けた時に欲しい物があったが、言い出せずにいた。
だから他の誰かと町へ行って欲しい物を買おうと言う事だろう。

「でもよぉ、遠慮する必要は無いだろ。あいつもそこまで厳しくねえだろうし」
「むう…………確かに華琳様は御優しいし、そうかもしれないけど…………」

そう思うならしっかり言えよと思いつつ、あえて口には出さないでおく。
でも桂花は華琳を敬愛しているし、彼女について悩むのも仕方無いと元親は思った。

「まあ町に降りたいって件は分かった。許可取って明日行けるようにしておく」
「う、うん。頼んだわよ」
「昼ぐらいになったら屋敷の門の前で待ってるんだぞ」

こうして“町へ共に出掛ける”約束を交わした元親と桂花は一旦ここで別れた。
その後に元親はすぐ部屋へ戻ったのだが、愛紗達に小言を言われたのは言うまでもない。
――と、これが昨日2人の間に起こった主な出来事である。

 

 

幽州の町々――元親と桂花は並んで町を歩いていた。
桂花の目的の物がある店は少し先にあるらしい。

「そう言えば買いたい物って何なんだ? 突然すぎて聞いてねえぞ」
「……言う必要は無いと思うけど、付き合ってくれたから言うわ」

桂花は頬をほんのり赤く染めつつ、ゆっくりと口を開いた。

「髪飾りよ……」
「髪飾り……?」

元親が少し驚いたような表情を浮かべた。
桂花は不機嫌そうに顔を顰めつつ、言う。

「華琳様は綺麗な女の子が好きなの。軍師である私も少しは綺麗じゃないと駄目でしょ?」
「あ〜〜〜そう言う事か。ハッキリ言っちまえば、着飾った自分を褒められたいんだろ?」
「まあ……そう言う事になるわね」

いつもとは違う彼女の態度に元親はクックッと笑った。
意外な人間の意外な一面を見られるのは案外楽しい物だったりする。

「それじゃさっさと行くかぁ。目的の物がある店によ」
「ちょっと! 私しか場所を知らないんだからドンドン先へ行かないで!」

桂花の声も虚しく、先へ進んでいく元親。
桂花は渋々彼の腰巻を掴み、必死に付いて行くのだった。

 

 

 

 

「ここか。俺には全然似合いそうにない店だな」
「確かにね。貴方は野性児だし、全く似合わないわ」
「…………一応褒め言葉として受け取っておくぜ」

「褒めてないんだけど」と、桂花の呟いた言葉は聞かずに店を見る元親。
外見も中もなかなかに整っている店であり、人気は結構高そうだ。

「それじゃあサッと行って買ってくるわ。ここで待ってて」
「ああ。分かった……が、ちょっと待ちな」

元親に呼び止められ、店の中に入ろうとした桂花が振り返る。
すると彼女に向けて小さい袋が投げられ、桂花は反射的にそれを受け取った。

「何これ……?」
「たまには懐が深いところを見せねえとな。髪飾りくらい奢ってやるよ」

元親が屈託の無い笑みを浮かべ、桂花に言う。
袋の中身はどうやらお金らしく、金属特有の擦れる音がした。

「べ、別に良いわよ! 奢ってもらう程、私はお金に困ってないわ!」
「おいおい。人の親切を蹴るんじゃねえよ。ありがたく受け取れって」
「む…………!」

元親の言葉を聞いて暫くした後――桂花は店の方に向き直った。

「後悔しても知らないわよ。人に自分のお金を預けて」
「そこまで使われるのは勘弁だが、信用してるぜ」
「…………馬ッ鹿みたい」

憎まれ口を叩きながらも、桂花は店の中に入って行った。

「素直じゃねえところは華琳や詠にソックリなんだよなぁ」

そう呟きつつ、元親は店の壁に背中をゆっくりと預ける。
桂花が出てくるまで元親はのんびり待つ事にした。

 

 

「お待たせ」
「別に待ってねえよ。お目当ての物は買えたか?」
「お陰様で買えたわ。値段は結構したけどね」

刹那、桂花の言葉を聞いた元親は顔を顰めた。

「ホントかよ。髪飾りって結構するんだなぁ」
「懐の深さを見せるって貴方が言ったんでしょ」

そう言いつつ、桂花は元親に袋を手渡した。
元親はそれを受け取り、重さが確かに軽くなっている事に落胆する。
懐の深さを見せる場を間違った気がすると、今更ながら後悔した。

「でも御礼は言っておくわ」
「ん……? 礼なんざ別に――」

元親がそう言おうとした時、桂花が遮るように言った。

「ありがと。奢ってくれて……」
「…………どういたしまして」

返事を返し、元親が意地の悪い笑みを浮かべる。

「やっぱ近い日に雨が降るかもなぁ。珍しい事だらけだし」
「――――ッ! う、うるさい!」

顔を赤くした桂花の投げた小石が元親の後頭部を直撃した。
彼の小さい悲鳴が町と、雲1つ無い晴天へ広がった――



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