元親が貂蝉と一方的に別れてから数十分経過――泥棒を捕まえるどころか、その姿も無い。
屋敷の外は朱里が動員した兵士達が探しているので、元親は屋敷内を徹底的に探していた。
――途中殺気立った愛紗や翠達に出くわしたりしたので落ち着いて探せなかったが。

「とっくにこの国を逃げ出したか、まだ何処かに潜んでいるかだな……」

出来ればまだ潜んでいてほしいと元親は秘かに願っていた。
もし泥棒が幽州から逃げていれば朱里が大陸全てに兵士を動員し兼ねない。
冗談に聞こえるかもしれないが、現状を見れば本気だと思うだろう。

金の無駄遣い、兵士達の精神的疲労蓄積――ロクな結果にならないのは眼に見えている。
最悪な結果を迎えてしまうのは何としてでも避けなければならない。

溜め息を吐いた後、元親は何かを思い出したかのように首を少し傾げた。

「…………? そう言やぁ今日は恋の姿を見掛けねえな」

唐突に出てきた疑問に元親は通路の曲がり角で足をピタリと止める。

そしていつものんびりしている無垢な少女――恋をフッと思い浮かべた。
更に今思えば今日の“下着泥棒拿捕”会議にも彼女は姿を見せていない。

(あいつだけ下着を盗まれなかったのか……? いや、でも困ってる愛紗達を手伝わねえ奴じゃねえし……)

顎に手を添え、元親は低く唸って考える。

(う〜ん…………とりあえず恋の部屋に向かってみるか)

出てきた疑問を解決する為、元親は恋の部屋へと足を進めた。

 

 

 

 

「お〜い! 恋、居るかぁ? 居るなら入るぞぉ」

部屋の中に居る――かもしれない本人の返事も聞かず、元親は扉をゆっくりと開ける。
女性の部屋へ入るにはあまりにも無粋な態度だが、元親にとっては些細な事なのだ。

「…………ご主人様?」

案の定、部屋の主である恋は中に居た。
目的の人物を見つけ、元親が気さくな笑顔で言う。

「よお。部屋に居たんだな」
「…………(コクッ)」

突然自室に入ってきた主に驚いたのか、恋は少し眼を見開いていた。
しかしいつもの無表情は崩す事なく、元親の言葉にゆっくりと頷く。

「少し訊きてえ事があるんだ。今屋敷で――」

元親は言葉を続けようとしたが、恋の様子を見て口を閉じた。
明らかに恋の視線は自分に向いておらず、明後日の方向へ向いているのである。
少しだけ様子がおかしい彼女に元親は首を傾げた。

「れ〜ん、俺の話を聞いてっかぁ?」
「…………」

元親が声を掛けてみるが、恋は黙ったまま答えない。
答えない代わりに恋は自分が見ている方向に指を差した。

「?? そこに何かあるのか?」
「…………(コクッ)」

恋の言う事を素直に聞き、元親は彼女が示す方向へ視線を移す。
するとそこには――

「――――ぬあっ!? せ、セキトッ!?」

元親の視線の先には大量の下着に包まれ、幸せそうな寝顔を浮かべる恋の愛犬――セキトの姿。
何とも意外な犯人の登場であろうか、元親は全身の力が抜けそうになるのを無意識に感じた。

「お前が犯人だったのかよ……」

深い溜め息と共に元親はガックリと肩を落とした。
彼なら風呂場で愛紗達に気配を悟られながら逃げおおせた事も頷ける。
セキトは身軽で素早いし、誰かの部屋に入っても滅多に叱られない。

下着をコソコソと盗むには適任の動物だったと言う訳だ。

「…………? セキトが犯人?」
「恋は知らないのか? 今屋敷の中は大変なんだぞ?」
「…………???」

元親の言葉に恋は首を傾げるだけだ。
どうやら本当に彼女は屋敷の騒ぎを知らないらしい。
一応元親は屋敷の騒ぎを簡単に恋に説明しておいた。

「…………セキト、好き」
「好きって……下着が好きなのか?」
「…………(コクッ)」

恋の言葉を聞き、再び元親がガックリと肩を落とす。
もう少しマシな物が好きになってほしいと思った。

「…………でもセキト、みんなが怒るような事をした」
「そうだな。しっかりと飼い主のお前が注意しねえと駄目だぞ?」
「…………(コクッ)」

元親の説明を聞き、恋は愛犬が皆に迷惑を掛けた事は何とか分かってくれたようだ。
頷いた恋の肩を優しく叩いた元親はその後、未だ眠りこける不届き者を起こそうと近づく。

「恋が注意する前に俺もコイツにしっかりと言っておかねえとな」

そう言いつつ、元親は下着の山から出ているセキトの頭を指で突いた。
不機嫌そうに唸り声を漏らしつつも、セキトは眼を閉じて眠り続ける。

「セキトォ! 寝てねえでちょっと起きろ!」
「クゥ〜〜〜ン…………」

元親が少し大きい声で言うと、セキトが唸り声を上げながらゆっくりと眼を開けた。
彼の視線が自分に近づくのを感じつつ、元親はセキトを見下ろす。

「やっと起きたか。この人騒がせの犬め」

そう言いながら元親は意地の悪い笑みをセキトに向けて浮かべる。

「――――ッ!?」

刹那、セキトの顔色が瞬時に怯えた物へと変わった。
元親からすれば自分は単に意地の悪い笑みを浮かべただけである。
しかしセキトから見れば、それは恐怖を掻き立てるには十分だった。

「キャン!?」

セキトが悲鳴のような声を上げ、下着を一着だけ口に銜えて山から飛び出した。
犬特有の俊敏な動作で元親の股を潜り、部屋からの逃亡を図る。

「――――あっ!? 待てコラ!!」

すぐに捕まえられると元親は思った。
しかしそれはとてつもなく甘かったのだ。

(やべ……!! 扉を開けっ放し……だった……!)

それは単に元親が忘れただけの事だ。
恋の部屋に入った時、開けた扉を閉め忘れた――本当に小さな過ち。
今はそれが大きく災いし、セキトはまんまと恋の部屋から逃亡した。

「あの野郎……! 颯爽と逃げやがった……!!」
「…………セキト、あんなに素早いの初めて見た」
「感心してる場合じゃねえだろうがよ……」

元親は悔しさに地団駄を踏みながらも、逃げ出したセキトを追う事にした。
恋も同行すると言ったが、セキトが部屋に戻る事を考えて残ってもらった。

 

 

 

 

「待てセキト! 逃げるんじゃねえ! 今すぐ止まれ!!」
「ウ〜〜〜……ウ〜〜〜……!」

部屋から飛び出した為、探すのに苦労するかと思われたが、案外簡単に見つける事が出来た。
恋の部屋を出てすぐ近くにある曲がり角で、首だけ出したセキトが様子を窺っていたのである。

元親がそれ見逃す筈も無く、1人と1匹の猛烈な追い掛けっこが始まりを告げたのだった。

「セキト! それ以上逃げやがると後で酷いぞ!」
「ウ〜〜〜……ウ〜〜〜……!!」

下着を銜えている為か、満足に吠えられず、低い唸り声を発するだけのセキト。
時折彼が銜える――黒くて少し際どい形をした――下着が風でヒラヒラと揺れた。

「ウ〜〜〜……ウ〜〜〜……!!!」

セキトが前方にある曲がり角を一足先に曲がり、姿を消す。
元親もすぐにそれに追い付かんと、走る速度を上げた。

「おら! セキト!!」

元親が怒声を上げつつ、曲がり角を曲がった時――

「うおっ!?」
「キャッ!?」

向こうからも運悪く誰かが来ていたらしく、正面からぶつかった。
更には勢い余って元親はぶつかった誰かを押し倒してしまった。

「も、元親…………!」

押し倒してしまった者――蓮華が顔を赤らめながら、正面に居る元親の顔を見つめる。

「イテテテ……わ、悪ぃ蓮華」

対する元親はぶつかって押し倒したのが蓮華だと気付き、すぐさま彼女に謝る。

「ううん……そ、それよりどうしたの? 急いでいたみたいだけど」
「ああ、泥棒を見つけたから追ってたんだよ」

元親が蓮華に手を差し伸べつつ、彼女の質問に答える。
刹那、蓮華の顔が暗くなった。

「ご、御免なさい! 私がぶつかっちゃったせいで……」
「おいおい、ぶつかったのは俺だろ? お前のせいじゃねえ」
「で、でも……泥棒を捕まえるところだったのに」
「今すぐ追い掛けりゃあ良い話だ。あまり気にすんな」

謝る彼女を制し、元親は逃げたセキトの追跡を再開――しようとした。

「コラ〜〜〜ッ! 元親ぁぁぁぁぁ!!」

何処からか聞こえた怒声に追跡が止められたのである。
声のする方へ元親と蓮華が視線を移すと、そこには怒りの表情を浮かべる小蓮が居た。

「シャオって言う妻がありながら、お姉ちゃんを襲うなんて酷いよ!!」

そう怒声を上げつつ、頬を膨らました小蓮が元親の腰に組み付く。
――何処をどう見たら襲った光景に見えたのかは知らない。

「何時お前と夫婦の契りを結んだ! つーか俺は蓮華を襲ってねえ!」
「そ、そうよシャオ! 少し驚いたけど……私は襲われてないわ!」

小蓮の大きな誤解を解こうと、元親と蓮華がすぐに反論する。
しかし彼女は拗ねてしまったのか、頬を膨らましたままだ。

「ぶ〜ぶ〜! お姉ちゃんを襲うぐらいなら妻のシャオを襲ってよぉ」
「だから俺は襲ってねえっつうの…………」
「シャオ! 私を襲うぐらいならって、それはどう言う意味!」
「そのまんまの意味だもんねぇ。お姉ちゃんは横恋慕しないでよ」
「――――ッ! だ、誰が…………!!」

元親からしてみれば、さっさとこの場を離れたかった。
しかし何故か孫姉妹の喧嘩が始まり、巻き込まれる事になったのである――

 

 

 

 

「ちっくしょう……えれぇ眼に遭った。それもお前のせいだぞセキト!」
「ウ〜〜〜……!!」

隙を見て蓮華と小蓮の姉妹喧嘩から何とか抜け出した元親は逃げたセキトを追っていた。
野生の勘か、はたまた海の男の勘か、遅れを取ったセキトをすぐに見つける事が出来た。

今はもう彼の姿を真正面に捉え、もう少しだけ距離を詰めれば捕まえられる距離だ。
こんな時、セキトを見つける前には頻繁に出会った愛紗達の姿が無いのが恨めしい。

どうしようもないもどかしさを感じていた矢先――元親達の前に複数の人影が現れた。
その人影に眼をやった元親は「よし!」と微笑を浮かべる。

「しめたぜ……冥琳! 大喬に小喬!」

元親がすぐさま複数の人影――冥琳と大喬、小喬の3人に呼び掛ける。
呼ばれた3人は何事かと、ゆっくりと首を傾げた。

「そいつを捕まえろ! 下着泥棒の犯人だ!」
「「「――――えっ!?」」」

3人の視線が元親から彼の前方を走るセキトに移る。
彼が銜えている物を瞬時に確認し、冥琳が腰に掲げる騎乗鞭を手に取った。

「ウ〜〜〜ッ!!」
「逃がさない……!」

強引に3人の間を抜けようとするセキトに向け、冥琳が慣れた手付きで鞭を伸ばした。
鞭はまるで生きているかの如く、逃げようとする彼の身体に巻き付いて縛り上げる。
一切の身動きが出来なくなったセキトが情けない声を上げながら見苦しく藻掻いた。

「流石は冥琳様!」
「凄いですッ!」

大喬と小喬からの称賛に冥琳は微笑を浮かべて応える。
その後すぐに元親がやってきた為、縛り上げたセキトを解放してやった。

「ったく、面倒掛けさせやがって」
「クゥ〜〜〜ン…………」

元親がセキトを片手で抱き上げ、軽く睨みながら恨めしそうに言う。
それから未だに彼が銜える下着を取り上げ、元親は冥琳に礼を言った。

「ありがとな冥琳。お前のお陰で助かった」
「いいえ……礼などいりませんよ。元親殿」

あくまで冷静な面持ちで冥琳は元親に言葉を返した。
しかし元親は何処か府に落ちない表情を浮かべている。

何故なら――彼女の頬が若干赤く染まっているからだ。

「あ、あの……元親様」
「ちょ、ちょっと! アンタ!」

大喬と小喬が慌てた様子で元親の腰巻を引っ張っている。
何かあったのかと元親が尋ねると、2人はゆっくりと指を差した。
――元親が持つ黒くて際どい形をした下着を。

「??? これがどうかしたのか? 持ってる奴に心当たりあんのか?」
「あの……それ……冥琳様のなんですけど…………」

大喬の言葉を聞いた元親が口を開けたまま呆然とする。
そしてそのままゆっくりと視線を冥琳に移すと、彼女が咳払いを1つ。
――どうやら大喬の言っている事は真実らしい。

「良いからさっさと返しなさいよぉ! 何時まで冥琳様の下着を持ってんの!!」

元親が小喬の怒声に我を取り戻し、慌ててすぐに冥琳へ下着を返した。
迂闊に手に取った事を謝ったが、かなり気まずい思いをする事となった――

 

 

 

 

「あった! ウチの下着!」
「鈴々のもみ〜っけ!」
「へうう……良かったぁ」
「ホッ……無事か」

場所は変わって、再び恋の部屋――今彼女の室内は類を見ない程に人で満杯だった。
泥棒を捕まえて下着の在り処も分かった為、元親が愛紗達に呼び掛けたのである。
彼の呼び掛けを聞き、恋の部屋を訪れた愛紗達は目的の下着を見つけ、安堵の溜め息を吐いた。

「全員分あったか?」
「はい。私達の分はあったんですが、女官の皆さんの分がどうしても足りないんです」

朱里が困ったような表情を浮かべ、元親に言った。
すると元親は「見当はだいたい付いてる」と呟く。

「コイツが何処かに隠してるんだろ。それはおいおい見つけるとして……」
「ちょっと待ってよん! ご主人様、私のヒモパンも見つからないのよぉ」

貂蝉も報せを聞き付けてやって来たのだが、どうやら目的のヒモパンが無いらしい。
彼は不気味な泣き顔を浮かべながら元親へと迫った。

「…………テメェのは山から離れたとこにあったぞ。まるで捨てたみたいに」

深い溜め息と共に元親が吐き捨てるように言った。
それを聞いた貂蝉が視線を下着の山から動かすと、探していた目的のヒモパンがあった。
元親の言った通り、まるで捨てたように無造作に置かれている。言うなれば仲間外れだ。

「セキトも持ってきたは良いが、穿いている奴の事までは考えなかったみたいだな」
「犬にまで……セキトにまで格下に扱われる私ィィィィィィ!?」

そう泣きながら貂蝉は再び何処かへと走り去って行く。
自分が探していたヒモパンを置いたまま彼の姿が消えた。

「テメェのモンを持って帰れよ…………あ〜〜〜話を戻すぞ?」

そう言って元親が横に座るセキトを抱き上げ、下着を引き取りにきた面々に見せつける。
彼の後ろに立つ恋は自身の愛犬が酷い眼に遭わないかと、内心不安でいっぱいだった。

「コイツへの罰をどうするかだな。今は」
「厳しい物にしなければ駄目でしょう。しっかりと教えこまなければ」
「そうだな。今回ばかりは私は姉者の意見に賛成だ」

春蘭と秋蘭を筆頭にセキトへ厳しい罰を与えるべきだと言う意見が多数寄せられた。
元親が後ろに立つ恋へ視線をやると、彼女は元親の腰巻を掴みながら言う。

「…………みんな、お願い。セキトにあまり……酷い事は……」

本人は無意識にやっているのだろうが、恋の涙眼に上目遣いはかなり物凄い。
事実、愛紗や華琳等の恋に比較的甘い者達は少し流されてしまっている。

「お〜い! お前等、厳しい罰を与えるんじゃなかったのか?」
「う、うむ……主の言う通りだ。ここは厳しくセキトには罰を……」
(根性で足掻いてやがるよ、星の奴)

その後“どんな罰を与えるか”と言う意見を皆に言ってもらった。
今日1日ご飯抜き、部屋で暫く謹慎、体罰――物騒な物も数々出た。

「う〜ん……流石に体罰は駄目じゃないか?」
「でも厳しくって言うとさぁ、そこに行くだろう」

翠はそう言うが、元親もあまり賛成では無かった。
下着泥棒は確かに悪いが、体罰をして良いものか。
犯人が動物なら尚更である。

「ご主人様。私に任せていただければ、効果的な躾の方法がありますわ」

そう言って手を挙げたのが、皆の母親役と言っても良い紫苑だった。
皆の視線を一身に浴びつつ、紫苑が元親に近づく。

「紫苑か……お前に任せて大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。ご主人様とみんなが信じてくれるなら」

大人の笑みを浮かべ、余裕そうに語る紫苑。
元親は恋に視線を向けると、彼女はゆっくりと頷いている。
どうやら紫苑にセキトを任せても良いと言う意味らしい。

恋から意を酌み取った元親は皆を見渡した。

「恋は了承したが、お前等はどうだ? 紫苑に任せても良いか?」

元親がそう訊くと、皆の意見の中には反対する者は居ないらしい。
満場一致でセキトへの罰は紫苑に一任された。

「んじゃあ紫苑、セキトの事は任せるぜ」
「お任せ下さい。私の考えた躾は今この場で終わりますわ」
「ん? この場で終わっちまうくらい簡単な躾なのか?」
「ええ、とっても簡単な躾方法ですよ。鈴々ちゃん?」

紫苑に呼ばれ、鈴々が紫苑に近づく。

「な〜に? 紫苑」
「貂蝉の下着を持ってきてくれるかしら?」
「はにゃ? 貂蝉のを? 分かったのだ」

紫苑の言う事に素直に従い、鈴々は無造作に置かれた貂蝉のヒモパンを取りに行く。
取りに行ったそれを紫苑に渡すと、彼女は満足そうに笑みを浮かべて礼を言った。

「そ、そんな物を使って何をすんだ? 紫苑」
「見ていれば分かりますわ。ご主人様はセキトをしっかりと持っていて下さいね」

紫苑が貂蝉のヒモパンを持ちながら、ゆっくりとセキトに近づく。
元親に抱えられたままのセキトだが、これから何をされるのか分かっていないらしい。
可愛く声を発しながら円らな瞳で近づいて来る紫苑を見上げた。

そして紫苑が十分にセキトに近づいた、刹那――

「えいっ!」

その掛け声と共に紫苑が貂蝉のヒモパンをセキトの顔に押し付けた。
彼女の思いも掛けない突然の仰天行動に周りが呆然となる。

「キャイン!? キャイン!? キャイィィィィィン!?」
「し、紫苑!? 何をやってんだ!?」
「あらあら駄目よ、暴れちゃ。ご主人様はしっかりと押さえて」

セキトが悲痛な悲鳴を上げ、地獄から抜け出そうと元親の腕の中で暴れる。
しかし元親が押さえ、紫苑も片手で押さえているものだから効果は無い。
――元親と違い、紫苑がセキトを押さえる手の力はまるで容赦が無かった。

「む、惨い……」
「紫苑……何とも残酷な事をする」
「ウプッ……僕、吐き気がしてきた」
「アカン……ウチ、頭がクラクラ……」

セキトを見守る愛紗達は口を押さえ、必死に耐えた。
貂蝉の存在自体が苦手な華琳はもう限界なのか、顔が青くなっている。
――後に華琳曰く「あんな眼に遭うくらいなら100回死ぬ」らしい。

「…………愛紗……セキトが……!」
「だ、大丈夫だぞ恋。多分……」
「多分……? 多分なの……?」
「いやいや、きっと大丈夫だ。セキトは強い子だから」

何時の間にか隣に移動し、声を掛けてきた恋を愛紗が励ますように言った。
しかし大丈夫だと言う自信はあまり無かった。
犬があんな悲鳴を出すのは今まで聞いた事がなかったからだ。

(セキト……頑張れ! 生きて恋の元へ帰ってこい……!!)

愛紗の心の励ましは地獄を味わっているセキトに届く事は無かった。

その後、足りない女官の分の下着も恋の物置から発見された。
そして屋敷内では下着が消えたり、盗まれたりする事は一切無くなった。
事件は一応の解決を見たのである――1匹が恐怖を味わう事によって。



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