「う〜〜〜……朱里、この辺で一区切り付けとかねえか?」
「……そうですね。少し休憩にしましょうか」

いつものように政務を愛紗達とこなす元親の前には大量の書類が連なっている山々。
朝から彼女達に手伝ってもらってはいるのだが、一向に書類の数が減ってくれない。
しかも“今日中に仕上げなければいけない”と言う条件が更に彼をキツく縛り上げる。

「よりによって伯珪が居ないのが痛えなぁ……」

元親がボヤいて出た桜花は休暇を取り、今は町へと出掛けている。
そもそも元親がそれを許可したのでボヤいても仕方がないのだが。

「私と朱里だけでは頼りないですか? ご主人様」
「そうは言ってねえよ。人数が多い方が早く終わるってだけの事だ」

少しだけ不機嫌な面持ちの愛紗に対し、元親がやんわりと宥める。
彼女の気持ちは分かっているので文句を言う気は更々無かった。

「それにしても……朝から打っ続けでやってたから腹減ったなぁ」

元親が頭を掻き、天井を見上げながら再びボヤく。
少しの間その状態が続くと、不意に元親は愛紗の方へ向いた。

「そうだ愛紗。前みたいによぉ、ちょいちょいっと何か作ってくれねえか?」

彼からの突然の申し出に愛紗の眼が驚きに見開く。

「え、ええっ! 私が……ですか?」
「ああ。前に食べたお前の炒飯、物凄く美味かったし」
「で、ですが前のように美味しく作れるかどうか……」
「良いんだよ。何でも作ってくれりゃあ俺は全部食べる」

そう褒められて悪い気がしないのが人の性と言う物。
最初は戸惑っていた愛紗だったが、段々とその気になっていった。

「そ、そ、それでは……ご主人様がそう御望みならば」
「おう、望む望む。望むから作ってくれよ」

無邪気な笑みを見せる元親に対し――顔を赤くしつつも――微笑を浮かべる愛紗。
完全に2人の世界に突入したようだが、取り残された朱里は反対に顔が青ざめていた。

(はわわッ!? ど、どうしよう……ご主人様は知らないんだ……!?)

朱里が青ざめる理由――それは愛紗の料理の腕前にあった。
何でも出来そうに見える愛紗だが、実は調理が悲しいくらい下手なのである。
元親の言う前回愛紗の作った炒飯は紫苑が手伝ったからこそ出来た物だ。
その裏に隠された真実を元親は全く持って知らない(詳しくは番外編2を参照)。

――ちなみに愛紗の作った料理で犠牲になった者達は数週間炒飯に怯えたらしい。
そして朱里はこの事実を調理現場に立ち会った紫苑から後日教えてもらった。

(止めたい……けど、止めに入れる雰囲気じゃない)

2人が楽しそうに会話をする光景を目の当たりにした朱里は無意識にそんな雰囲気を感じ取る。
自身の主が危機に晒されているのに助けられない現実――朱里は何だか無性に悲しかった。

「ではご主人様、早速作ってきますね」
「おう。なるべく量を多めに頼むぜ」

真実を知らないが故、愛紗が元親に下してしまった死刑宣告。
朱里は陰で震えながら頭を抱えた。

(はわわぁぁぁ!? ご主人様、止められなくて御免なさいぃぃぃ!?)

地に沈むのではないかと言うくらい頭を抱え、落ち込む朱里。
しかしそんな彼女の前に1人の救世主が現れる。

「やっほぉ! 元親、遊びに来たよ♪」

――救世主の名は自称“元親の妻”である小蓮だった。
突然部屋にやって来た彼女を見た愛紗があからさまに眉を顰める。

「小蓮か。相変わらず元気だな、お前は」
「元気なのは良い事でしょ? 元親もシャオが元気で嬉しいくせに」
「まあ、家族の1人が元気で居てくれて嬉しくない訳はねえよ」
「でしょ? ふふ」

満足そうな笑顔を浮かべ、小蓮は飛び込むように元親に抱き付く。
刹那、愛紗が不機嫌な顔を浮かべ、無意識に握った拳を震わせた。

「孫尚香殿、ご主人様は今から食事を取られるのです。邪魔をしないでいただきたい」
「え〜〜〜ッ! シャオ、邪魔なんて全然してないもん。変な言い掛かりは付けないで」
「くっ……(な、何と嫌味タップリな……)」

愛紗と小蓮の間に火花が散る中、元親は訳が分からないのか、眼を丸くしている。
突然の彼女の登場に最初は驚いた朱里だったが、内心では大いに喜んでいた。

(その調子です小蓮さん。そのまま愛紗さんの気を料理から逸らせて下さい……)

しかし彼女、ほんの少し(ご主人様にくっ付き過ぎです)と思っていたりする。
こんな状態でも恋敵への文句は忘れない辺り、流石と言ったところか。

「ねえねえ元親、どうせ何か食べるんだったらさ、シャオと一緒に町へ食べに行こうよ」
「なっ――――!?」
(は、はわわ……!? そ、それは計算外です……!?)

小蓮の思いも掛けない申し出に愛紗と朱里が絶句する。
どうやらこのまま元親を1人で独占する気らしかった。

「な、何を勝手な事を! ご主人様は今から私の作った炒飯を食べる予定なのだぞ!」
「ふ〜んだ! 見るからに料理が下手そうだけど、美味しい物を作れる自信あんの?」
「あ、当たり前です! 以前にご主人様は私の炒飯を美味しいと言ってくれました」
(あ、愛紗さん……それは紫苑さんが手伝ったからであって……)

小蓮が愛紗の言葉を信じられず、元親に「そうなの?」と即座に訊く。
彼女からの問い掛けに頬を掻きつつ、元親は笑顔で「ああ」と答えた。

「どうです? ご主人様の御言葉を聞いたでしょう?」
「ぶぅぅぅ……元親、無理矢理言わされてないよね?」
「そんな事はねえよ。愛紗の炒飯は物凄く美味いぞ?」

元親の言葉に渋々納得したのか、小蓮はゆっくりと彼から離れた。
その様子を見て愛紗は勝ち誇ったように胸を張る。

「御分かりいただけたのなら、早々に退出を。食事を取った後、ご主人様はまだ仕事がありますので」

愛紗がそう言うと小蓮の顔が段々と俯いていく。
少し言い過ぎたかと、愛紗が彼女に声を掛けようとした時――

「じゃあシャオも元親に何か作る!」
「ハァ!?」

眩しいくらいの笑顔でそう宣言してくれた。
彼女の言葉に愛紗は呆然、元親は「おお」とワザとらしく驚いている。
――完全に置いてけぼりの朱里はもう何が何だかと言った様子だ。

「今思えばシャオって元親の妻なのに1回も愛情料理を作ってあげてないよねえ?」
「何だか腑に落ちねえが、確かにお前の作った料理って1回も食った事はねえな」
「でしょでしょ? だ・か・ら、シャオが特別に作ってあげる」

ワザとらしく猫なで声で言う小蓮に愛紗は悔しさに唇を噛み締める。
彼女の眼では元親が小蓮にデレデレしているように見えるらしい(実際はしていない)。

「と言う訳で関羽、シャオも料理を作る事にしたからね? よろしくぅ〜♪」
「……良いでしょう。その御言葉、1対1の真剣勝負と取らせていただきます」

愛紗の言葉を皮切りに再び2人の間に激しい火花が散り始める。
そんな事は露知らず、元親は2人の手料理を食べれるとあって内心ワクワクしていた。

(あれ〜〜〜……? 私って最初、ご主人様を助けようとしてたんだよね?)

事態が急速に二転、三転した為か、もう完全に訳が分からなくなっている朱里。
軽く現実逃避を始めている事は彼女にとって唯一の逃げなのだろう――

 

 

 

 

「……随分時間が掛かってるな。調理場に材料が揃ってなかったとか?」
「さ、さあ……(恐らく手こずってるんだと思います)」

愛紗と小蓮が睨み合いつつ、部屋を出て行ってから――1時間が経過していた。
書類整理の事もあるので出来れば早く作ってもらいたいところである。

「あ〜〜〜……腹減ったぁ。月と詠を読んで茶菓子でも持って来てもらうか?」
「月ちゃんと詠ちゃんは、今の時間はお庭の掃除をやっている時間ですよ?」
「……即撃沈かよ」

希望の星が消え、元親がだらしなく身体を机に投げ出す。
星にメンマを持って来てもらうと言う手もあるが、中途半端に腹が膨れそうで怖い。
中途半端に膨れた腹ほど余計に空腹感が増す物なのである。

「は〜やく食いてえ……」

元親が辛そうにボヤいた瞬間、部屋の扉を叩く音が鳴った。

「た、大変長らく御待たせ致しました……」
「元親ぁ! 愛情タップリに作ってきたよ」

愛紗、小蓮の順番に扉の向こうから声が聞こえた。
2人の声を聞いた元親は即座に身体を起こす。

「スゲェ待ったぞ。早く食わせてくれえ」
「は、はい。では失礼します……!」

愛紗の言葉と共に部屋の扉がゆっくりと開かれる。
完全に扉が開き切った時、元親と朱里の鼻を異臭が突いた。

「うっ……な、何だこの臭い」
「はわわわ……や、やっぱり……!!」

朱里が絶望に満ちた表情を浮かべ、愛紗と小蓮の手にある料理を見つめる。
元親もまた、朱里と同じく2人の作ってきた料理を穴が空くぐらい見つめた。

そして――己の眼を思わず疑ってしまった。
眼の前にある物体は一体何なのだろう、と。

「愛紗……? 小蓮……? そりゃ何だ?」
「ちゃ、炒飯ですが……?」
「シャオも関羽と同じで炒飯だよ!」

元親は2、3回ぐらい眼を擦って眼の前の物を確認した。
2人がゆっくりと机の上に“炒飯らしき物”を置く。
その動きに合わせ、元親はそれを眼で追っていた。

(幻じゃねえ……これは現実だ。これが炒飯かよ……)

愛紗の作った炒飯は米は普通に炒飯の色をしている。
だがそこから飛び出している魚の骨(?)やら、魚の眼(?)やら、何かの生物(?)の下半身がグロテスクさを醸し出していた。

一方で小蓮の作った炒飯は、ある意味ではその上を行っていた。
米は大部分が黒コゲ、使われている野菜類もまるで消し炭のようになっている。
かなりの大火力で調理をしたのが、一目見ただけで想像出来てしまうのは凄い。

 

『必 殺 食 物
  炒 飯 推・参!』

 

「あ、味は前回と同じでは無いと思いますが……どうでしょう、御口に合えば」
「炒飯は熱い内に食べた方が美味しいよ♪ ほらほら、早く食べてッ!」

呆然としている元親を尻目に小蓮がレンゲを無理矢理彼に持たせた。
2人の期待を込めた眼差しに正気を取り戻したのか、元親が乾いた笑い声を上げる。

「は、ははは……スゲェな。お前等のやる気がビンビン伝わってくるぜ……!」
(や、殺る気の間違いじゃないですよね? ご主人様ぁ……!!)

朱里が内心でそう叫ぶも、元親には届かない。
そして元親は最初に愛紗の炒飯を食べようと、ゆっくりとレンゲを差し込んだ。

「(何で飯を食うだけでこんなにハラハラすんだ……!)愛紗、何かあったのか?」
「??? いえ、特に何もありませんが……?」

期待通りの答えを返してくれたので、元親はそれ以上質問しなかった。
それから差し込んだレンゲに炒飯を一口分掬い、ゆっくりと口に運ぶ。

そして――口に入れた。

「ぐっ…………!?」

元親は思わず口を押さえ、込み上げる吐き気を押さえた。
最初は辛味、次に甘味、最後は苦味――色々な味の猛烈な連続攻撃である。
これだけ多種多様な味を出せる炒飯も珍しいと、元親は頭の片隅で思った。

「ご、ご主人様……?」

主の只ならぬ様子に愛紗が不安の表情で問い掛ける。
彼女を泣かせる訳にはいかないと、元親は喉からの激流を必死で押し殺した。

「う……うぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜んッ、美味い!」

汗塗れの笑顔を浮かべ、感想を述べる元親。
傍らに居る朱里は無理をしていると分かったが、愛紗は素直に嬉しそうだった。

「良かった……少し不安でした。ご主人様に美味しいと言ってもらえるかどうか」
「んな心配するんじゃねえよ。家族の作った物なら美味しいに決まってるじゃねえか……」

眼尻に少し涙を浮かべつつ、元親は愛紗の炒飯を食べ続けた。
頭として、兄貴として、せっかく作ってくれた手料理を吐き出す訳にはいかない。
朱里は眼の前の身を削るような主の奮闘に内心で泣きながら応援していた。

「(た、食べ終わった……!)つ、次は小蓮のだな」
「うん。絶対関羽のより、シャオの方が美味しいよ!」

既に大量を掻いている元親だが、めげずに小蓮の炒飯にレンゲを差し込む。
差し込んだ瞬間、“サクッ”と言う音がしたが、元親はあえて耳を塞いだ。

(こ、こんなモン!! 嵐に比べればどうって事ねえ!!!)

幻聴かもしれないが、何処かで彼を応援する声が聞こえたような気がした。
元親はその声に励まされ、意を決して小蓮の炒飯を口に運んだ――

 

――暗転

 

 

 

 

「う、う〜ん……」
「あ、気が付きましたか? ご主人様」

元親が眼を開くと、眼の前には心配そうにこちらを見つめる朱里の顔があった。
身体を起こしてみるとどうやら寝台の上で寝ていたらしい。布団が掛けられている。

「御立派でした、ご主人様。愛紗さんと小蓮さんの料理を食べ切った姿は」
「あ……俺、食べ切ったのか? あの炒飯モドキを」
「はい。あの後疲れたのか、寝台に寝転んじゃいましたけど……」

朱里の話から察するに記憶がかなりぶっ飛んでいた。
小蓮の炒飯を口に運んだ後の記憶が一切無いのである。
しかし現実に自分は食べ切った。物凄く褒めてやりたかった。

――ちなみに愛紗と小蓮は鼻歌を交えながら満足そうに部屋を出て行ったらしい。

「朱里……俺、またデカくなった気がするぜ。頭として、兄貴として」
「はい……本当に御立派でした」

元親の背中には哀愁が漂っていた――



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