民の悲鳴が響く。真昼から酔っ払い同士の喧嘩が始まったのである。
すぐに警備隊の者が駆け付けたものの、なかなかに手を焼いているようだ。
そんな時、別の地区を回っていた小十郎が、騒ぎを聞いて駆け付けてきた。
酔っ払いの喧嘩も満足に抑えられない警備隊を一括し、喧嘩の抑えに入る。

「何だテメェ!!」

突如喧嘩の最中に入ってきた小十郎を不快に思ったらしい。
1人の酔っ払いが拳を振り上げ、殴り掛かろうとする。
だがそれは片手で封じられ、背中の方にグイッと回される。

「痛――」

痛みに悲鳴を上げる前に、酔っ払いは地面へと引き倒された。
起き上がる前にもう片方の手の自由も封じ、警備の者を呼ぶ。
確保したのを見届け、小十郎はもう1人の酔っ払いを睨み付けた。

「あ、あ、あ……」

小十郎の睨みに気圧され、彼の身体が固まる。
どうやら抵抗をしても無駄だと、本能で感じたらしい。
こんな真昼から酒に呑まれて、騒動を起こすんじゃない――。
そう不機嫌に思いながら、小十郎はもう1人を捕縛した。

「助かりました。隊長」

捕縛した酔っ払いを引き渡した直後、小十郎はそう礼を言われた。
だがそんな彼からの言葉に対し、小十郎は怒声を持って返す。

「街の警備だからって、気を抜くんじゃねえ! 3倍の用心をしろッ!!」
「――――は、はいっ! 申し訳ありません!! 以後、気をつけます!」
「なら気合を入れ直して、警備を続けろ! もっと腹から声を出せ!!」

小十郎の怒気に触発されたのか、他の兵も「はいっ!」と声を出す。
声が小さいと怒鳴れば、彼等は更に大きな声を出した。
兵に気合を入れ直した直後、小十郎は彼等を街の警備へと戻した。

「警備隊に志願する者が多くなったとは言え、まだ実力が不足しているか……」

警備隊の指揮を任されてから1カ月――街での犯罪回数は減少傾向にあった。
しかしそれもほんの僅かな数値である。こうした小さい騒動は後を絶たない。
加えて警備隊へ志願する者も増えているが、務める程の実力が不足していた。

「鍛錬の時間を増やすか。時間はあっても足りないくらいだ――」
「真昼から騒がしいかと思えば、貴様の声だったか」

突如として小十郎の呟く声を遮るように、別の声が後ろから聞こえてきた。
小十郎が後ろを振り向くと、そこには呆れ顔を浮かべる春蘭の姿があった。
お前に騒がしいと言われたくないと思いつつ、小十郎が口を開く。

「何だお前か。こんな所で何をしている」
「何だとは何だッ! 私が街へ来てはいけないのか!」

小十郎が溜め息を吐く。

「誰もそんな事は言っていないだろう。少しは人の話をよく聞け」
「う、うるさい! どうして貴様はいちいち突っ掛かるような……」

突っ掛かっているのは、寧ろお前なんだが――。
口にはそう出さず、小十郎は心に留めておいた。

「ま、まあ良い。……所でお前に1つ頼みがあるんだが……」
「断る。沙和が非番で、人手不足だからな。裂く時間は無い」

そう淡泊に言うと、小十郎は春蘭に背を向けた。

「ちょっと待て! ちゃんと理由を言えば、協力してくれるのではなかったのか!」
「…………また菓子を買う為に並ぶ用件であれば断る。それ以外なら、協力をする」
「ふふん。それなら大丈夫だ。菓子を買う用件ではないのだからな」

胸を張り、威張るように春蘭が言った。

「それは良かったな。で、何の用だ?」
「うむ。お前に道案内を頼みたいのだ」
「……道案内?」

小十郎が思わず首を傾げる。春蘭が言うにはこうだ。
自分と華琳と秋蘭で下着を買う予定だったのだが、待ち合わせの時間に遅れてしまった。
兵に先へ行かれたとの言伝を聞き、春蘭は下着専門の店を回って2人の姿を探していた。
しかし2人は見つからず、途方に暮れていたとの事。

「警備隊に所属するお前なら、街の構図に詳しかろう? だから案内しろ」
「…………また面倒な事を。探し回るぐらいなら、お前も時間に遅れるな」
「し、仕方ないだろう! それよりも早く案内しろ! 華琳様の元へな」

まだ道に迷った民の方が楽だと感じつつ、小十郎は春蘭の道案内を始めた。

 

 

――1件目。

「居たのか?」
「駄目だ。姿は無い」

――2件目。

「……どうだ?」
「ここにも居ないな」

――3件目。

「…………」
「…………(フルフル)」

頭の中に叩き込んでいる地図を巡らせ、小十郎は春蘭を案内していった。
しかし3件目を回っても、華琳と秋蘭の姿を見つける事が出来なかった。

「全く。こんな時、沙和が居てくれれば楽なんだが……」

今日は非番である彼女のお気楽な顔を浮かべながら、小十郎は呟いた。
女の子向け雑誌の“阿蘇阿蘇”を愛読する彼女は、流行の店に詳しい。
特に女の子に人気の店などにも精通している為、女官にも好かれていた。
こう言った春蘭の案内は、彼女が適任だと小十郎には思えたのである。

「何だ。じゃじゃ馬と比喩していた部下を、随分と頼るのだな」
「……あいつ等はあいつ等なりに努力している。扱い難いだけだ」
「ほお……。貴様もなかなか、奴等の事を買っているのだな」

そう会話をする内に、4件目の下着専門店へ辿り着いた。
今まで通り小十郎が外で待機し、春蘭が中へと入る。

「出来ればここで打ち止めにしておいてほしいものだが……」

小十郎がそう呟いていると、中から春蘭の華琳を呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら願いが通じたようだ。春蘭は2人を見つける事が出来たらしい。
ホッと安堵の溜め息を吐いていると、中から春蘭が姿を現した。

「片倉! 華琳様と秋蘭を見つけたぞ!」
「…………それは良かったな」

まるで迷子の子供が、親をようやく見つけた時のようである。
すると春蘭の後ろから、ゆっくりと華琳と秋蘭が姿を現した。
春蘭から事情を聞いたのだろう――小十郎が2人を一瞥する。

「片倉。姉者の案内、御苦労だったな」
「……色々と面倒だったがな」

恨めしそうに小十郎が呟いた。

「ほら春蘭。小十郎に礼を言いなさい」
「は、はい。片倉……恩に着るぞ」
「…………次から時間を守る事だ」

ようやく仕事に戻れる――小十郎が踵を返した時だった。
突然華琳に呼び止められ、小十郎はその足を止める。

「まだ何か用なのか……?」
「ええ。護衛の仕事よ」
「……春蘭と秋蘭が居るのにか?」

華琳は頷いた。だがその表情には、何処か妖しさが巡っている。
現主の命令に逆らえず、小十郎は渋々護衛の仕事を承諾した。

「……分かった。ここで待機していれば良いんだな?」
「何を言っているの? 護衛は近くに居なければ意味が無いじゃない」

華琳の言葉を聞き、小十郎は顔を顰める。

「……何を言っているのか、分かってるのか?」
「ええ。分かっているわ。私は鈍くないわよ?」
「男である俺が、ここの店に入れと?」
「そう。護衛は常に近くに居るものよ」

助け舟を求めるように、小十郎は春蘭と秋蘭にそれぞれ視線を移す。
春蘭――まるで猫のように唸り、自分を威嚇している。期待は出来ない。
秋蘭――面白い物を見るようにクックッと笑っている。期待は出来ない。
退路は閉ざされた。どうやら自分が入店する事は決定事項らしかった。

「ほら、早くなさい」

華琳はそう告げた後、春蘭と秋蘭と共に店の中へ戻って行った。
今の自分の情けない姿を見たら、政宗様はどう思うだろう――。
小十郎は己の中の何かと戦うように葛藤した後、店の扉に手を掛けた。

 

 

「では華琳様。私は姉者の下着を見なければいけませんので、片倉に御相手をしてもらって下さい」
「片倉ッ! 貴様、一瞬でも不埒な眼を華琳様や周囲に向けてみろ! すぐに叩っ斬るからな!!」

そう吼える春蘭を宥めながら、秋蘭は店の奥へと消えて行った。
1人残された小十郎は、華琳が先に行った方へと向かう。
店の者の奇異な視線が突き刺さるのを我慢するのは酷だった。

「何を暗くなっているの? 店の明るい雰囲気が悪くなるじゃない」
「…………誰のせいで、こんな事になったと思っている。全く……」
「恨み事を吐く暇があるなら、早く買い物が終わるように祈ったら?」

そう言いつつ、華琳は店の一角に並んでいる下着を手に取っていく。
どうやら小十郎と春蘭が来る前に、秋蘭と色々選んでいたらしい。
多種多様の下着が並ぶその姿は、まるで品評会のような感じである。

「ねえ、小十郎」
「…………何だ」
「これはどう思う?」

華琳は自分が手に取った、黒色の下着を小十郎に見せた。
彼女の予想外の行動に、小十郎は一瞬言葉に詰まる。

「……どう言うつもりだ?」
「どう思うか聞いてるのよ」
「俺に聞いてどうするんだ」
「貴方が傍に居るから。単純な事よ」
「俺の意見なんぞ、絶対役に立たん」
「役に立つかどうかは私が決めるの」

華琳は胸元に下着を当てつつ、小十郎の方をチラチラと見る。
どうやら答えなければ、永遠に解放してくれないらしい。

「さあ小十郎。これはどう思うの?」
「……………………」

内心悔しさに舌打ちをしつつ、小十郎は呟くように答える。

「…………じゃないのか」
「何? 聞こえないわよ」
「良いんじゃないかと言っている!」

小十郎の必死の答えを聞いた華琳は、満足そうに笑みを浮かべた。
その下着は華琳も気に入っていたのか、机の上にソッと置かれる。
そして――華琳は次に選んだ、派手目の白い下着を手に取った。

「これはどうかしら?」

胸元に当て、華琳は再び小十郎に訊いた。

「……もう俺の意見は聞かなくて良いだろう」
「小十郎。私はそんな事は聞いていないのよ」

グイッと下着を前に出し、華琳は言った。

「こ・れ・は・どうかしら?」

妖艶、そしてS気タップリな笑みを浮かべる華琳。
コイツ、反応を見て楽しんでいる――。
これはもう逆らうだけ無駄だと思った。

「……良いんじゃないのか」

眼を瞑り、周囲の視線を見ないよう遮断する。
逆らえない小十郎の、せめてもの抵抗だった。

「ふ〜ん……でもこれは駄目ね」

意見を訊いたものの、華琳は気に入らなかったらしい。
買う方とは逆にその下着を置き、次の下着を手に取る。
今度は蒼く、先程のよりも派手目な感じの物だった。

「これはどう?」

一瞥し、小十郎は淡泊に答える。

「……良いんじゃ――」
「言っておくけど、適当な答えはもう駄目よ」

下着を胸元に当て、華琳は道を塞ぐように言った。

「何処が良いか、的確に説明してみなさいな。それが男の力量の見せ場よ」
(こんな場違いな所で、男の力量を見せて何になると言うんだ……!)

小十郎にとって、これほどに悩んだ時間は無かったと思う。
何せ女性の身に付ける下着を褒めるなど、今までにした事が無い。
未経験の小十郎に対して、説明を求めるのは酷な事であった。

「どうしたの? 貴方が言うまで、次の下着は選ばないから」
「……………………くっ!」

小十郎は微かに唸った後、華琳を見つめた。

「……お前にはもっと控え目の色が似合う。私服も……控え目な色、だからな」

そう告げた小十郎は、華琳の方から慌てて眼を逸らした。
一方華琳は、今までの彼からは予想出来ない答えだったせいか――。
驚いた表情で黙った後、1度咳払いをしてから下着を机に置いた。

「そ、そう。貴方にしては……まあまあな答えじゃない?」
「…………ふん」

気まずい――2人は偶然にも、同時にそう思ってしまった。
そんな空気を破ったのは、次の者を手に取った華琳だった。

「そ、それじゃあ次のに行くわよ……」
「……………………」

華琳は今まで通り下着を見せ、小十郎に訊くのだった。

 

 

「……華琳様。楽しそうだな」
「うぬぬ……! 片倉めぇぇ!」

悔しがる春蘭を宥めつつ、秋蘭は2人を見守るように見つめた。

(楽しむつもりで尋ねたのに、半ば本気で返答されるとは思わなかったのだろうな……)

フフッと、秋蘭は心の中で微笑んだ。

(華琳様が一番戸惑っておられる。だが楽しそうで良かった……)
「しゅ〜ら〜あ〜ん! 早く選ばないと、片倉に華琳様を1人占めされてしまうぞ!」
「それはかなり大変な事だな。なら姉者も早く、気に入った物を見せてくれないか?」

秋蘭もまた、愛する姉とのやり取りを楽しむのだった。

 

 

 

 

「ふう。なかなか楽しめたわね」
「…………御機嫌で何よりだ」

店から出た華琳が楽しげに呟いたのを、小十郎が皮肉るように言った。

「先程の事は、もう諦めろ片倉。誤解は後で解けば良い」
「そうだぞ片倉。悩み過ぎると、何れハゲてしまうぞ」

小十郎が悩んでいるのは、先程店から出た時の事だった。
そこで運悪く見回り中の凪、真桜と出くわしてしまったのだ。
色々と誤解を受けたまま、彼女達はその場から立ち去った。

「簡単に言ってくれる……。あいつ等の誤解を解くのは、並大抵の事じゃない……」

あの時の小十郎の姿を見た時の2人と言ったら――。
今思い出すだけでも、頭が痛くなりそうだった。

「あら? 私と過ごした時間が、そんなに嫌だった?」

ふとした華琳の問い掛けに、小十郎は不機嫌そうに眉を顰める。
彼女からの問い掛けと同時に春蘭、秋蘭の鋭い視線を感じたからだ。
不用意な答え方をすれば、彼女達の怒気が爆発するのは必至だろう。
小十郎は内心で再び舌打ちをした後、ゆっくりと口を開いた。

「…………別に嫌では――」
「隊長ッ! 片倉隊長ッ!」
「ここに居られましたか、隊長!」

小十郎の言葉を遮るように、警備兵が慌てた様子で駆け付けてきた。
華琳への言葉を後に回し、彼等から事情を聴く。
曰く「南の地区で大刀を持った男が暴れている」との事。

「馬鹿野郎ッ! それぐらいオメェ等で抑えられねえのか!!」
「も、申し訳ありませんッ! ですが、男はかなり手強く……」

事情を聞いた小十郎は華琳の方を見据えた。
すると華琳は溜め息を吐いた後、軽く頷く。
彼女から許可を貰い、小十郎は現場へ急行して行った。

「…………馬鹿」

自分へ告げる前に言ってしまった彼の背を見つめながら、華琳は呟いた。
その表情はまるで残念そうで、それでいて拗ねたような様子であった。

 

 


後書き
第14章をお送りしました。日常・華琳編です。
これからは更新が週1、または周2になる予定です。
私生活の点もありますが、何卒御了承下さい。
では、また次回の御話で御会いしましょう。


押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.