黄巾党・大天幕――指揮系統が機能していない黄巾党は、更なる混乱に陥っていた。

――敵の奇襲です。各所から火の手が上がっています!

兵からその事を聞かされた人和は、己の顔が青ざめていくのを抑える事が出来なかった。
人和は頭を抱えた。人数が増え過ぎている為、誰に指示をして良いのか分からないのだ。
次々と大天幕に混乱した大量の兵が押し寄せ、首領である張三姉妹に指示を仰いだ。

「ともかく敵の攻撃があるだろうから、皆に警戒するように伝えて!」
「火事も手の回る者が消せば良いでしょ! サッサとやっちゃって!」

人和と地和の指示を聞き、兵達は天幕を出て行く。
もうこれ以上は限界だ。ここには居られない――。
弱々しい声を出す2人の姉を見つめながら、人和は奥から荷物を取り出した。

「何? その大荷物」
「逃げる支度よ。3人分あるから……みんなでもう1度、初めからやり直しましょう」

人和の言葉に、天和と地和が溜め息混じりに言った。

「……仕方ないか。でも2人が居るなら大丈夫かな?」
「そうだね。ちーちゃんとれんほーちゃんが居るなら、何度だってやり直せるよ♪」
「そう言う事。そうだ、これも持って……」

人和は机の上に置いていた、1冊の古い本を手に取った。
以前男から無理矢理貰い受けた“太平要術の書”である。

「太平、何とか……だっけ?」
「そうよ。これを使って、またみんなで――」

人和の言葉を遮るように、天和が太平要術の書を引っ手繰った。
そしてそれを乱暴に置いた後、用意していた荷物を手に持った。

「ちょ、ちょっと! 姉さん!?」
「2人が居ればどうでも良いからぁ! 早く逃げようよぉ!?」

 

 

 

 

「華琳様。先発隊が行動を開始したようです。敵陣の各所から火の手が上がりました」
「片倉から伝令が届きました。敵の状況は完全に予想通り、当初の作戦通りに奇襲を掛けると。こちらも作戦通りに動いてほしいとの事です」

桂花と春蘭の報告を聞き、華琳は思わず微笑を浮かべる。
予定通り事態が運んでいる事に笑みを隠せなかったのだ。
「了解」と一言呟いた後、華琳は桂花に視線を移した。

「桂花、分かっているわね? 予定通りに動きなさい」
「御意!」
「しかし先日は苦戦したと言うのに……何ですか? 今日の容易さは」

春蘭の呟いた言葉を聞いた桂花が、意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

「それは春蘭が弱くて、頭が悪いからじゃない?」
「――――な、何だとぉ!?」

今にも桂花へ殴り掛かりそうな春蘭を抑え、華琳は溜め息を吐いた。
小十郎もそうだが、桂花はこう言ったタイプとトコトン相性が悪い。
せめてもう少し馬が合ってくれれば、騒がしくなくなるのだが――。
そう考えていた中、本隊出陣の刻が目前まで近づいていた。

「華琳様。そろそろ我々も動く時です。号令を頂けますか?」
「あら、もう? もう少し掛かると思っていたけど……秋蘭達、張り切り過ぎじゃない?」
「敵の混乱が輪を掛けて酷いのでしょう。ともかく、こちらの準備は既に整っております」

桂花の進言を受け、華琳はゆっくりと頷いた。
春蘭も隣で、この事態で起こり得る事を呟く。

「張三姉妹は元々旅芸人。こんな負け戦に最後まで付き合うとは思えません」
「……ええ。急がなければ彼女達、私達じゃなくて身内に殺されかねないわ」

恐らく味方を置いて、張三姉妹は何処かへ逃げるつもりだろう――。
そうなれば彼女達を慕って集まった黄巾党の連中が黙ってはいない。
彼等は報復の為、絶対に張三姉妹を殺しに掛かる筈である。
目的は張三姉妹の生け捕りである。最悪の事態だけは避けなければならない。

「皆の者! 聞け!!」

出陣を心待ちにする兵達に向けて、華琳が号令を掛ける。
兵達は一字一句聞き洩らさず、彼女の言葉に耳を傾けた。

「汲めない霧は葉の上に集い、既にただの雫と成り果てた。山を歩き、情報を求めて霧の中を彷徨う時期はもう終わりよ。今度はこちらが呑み干してやる番! ならず者共が寄り集まっただけの烏合の衆と、我等の決定的な力の差……この私に、しっかりと見せなさい! 総員、攻撃を開始せよッ!!」

号令を受け、兵達が大地を揺らさんばかりに雄叫びを上げる。
そして華琳率いる本隊は、黄巾党への総攻撃を開始した――。

 

 

 

 

「本隊が来たか……これでもう決まったな」

背後から大地を揺らして迫って来ているのは、曹の旗を掲げた華琳率いる本隊だ。
小十郎達先発隊は奇襲を行った後、本隊と合流する為、待機していたのである。

「流石は華琳様。予定通りですね」
「なら俺達も続くぞ。季衣と真桜と合流して、左翼に向かう」
「右翼は秋蘭様と沙和でしたね。後は2人が来てくれれば……」

凪がそう呟いた時、噂をしていた2人の元気な声が耳に届いた。
噂をすれば影、とはこの事か――小十郎は秘かにそう思った。

「やっと来たか。怪我は……心配するだけ無駄だな」
「全然。なんや、こっちが一方的すぎて悪いくらいやったわ」
「うん。で、華琳様も来たし、そろそろ合流かなぁって」
「俺達も合流しようと思っていたところだ。丁度良い……」

小十郎は季衣の頭を徐に撫でた後、後方に並ぶ兵を見つめた。
彼の刃のような鋭い視線が兵達を射抜き、緊張を高める。
そんな彼等を見渡した後、小十郎はゆっくりと口を開いた。

「これから俺等は本隊に合流、本隊左翼として攻撃を続行する! 但し張三姉妹に手は出さず、生け捕りにしろ。オメェ等! 今までの借りを存分に返してやれ!!」

季衣、凪、真桜が小十郎の号令に答えるように、拳を天に振りかざした。
兵達も彼女達に負けまいと、剣を天に向け、小十郎に応えるのであった。

 

 

 

 

この決戦は聞くまでも無く――指揮体制が完璧に整っている曹魏軍の圧倒的だった。
剣や槍を我武者羅に振るい、獣のように攻める黄巾は華琳達の敵にも値しなかった。
やがて戦意を喪失していった黄巾の兵達は武器を捨て、一目散に何処かへ逃げ出していく。
あくまで抵抗し、向かって来る者だけを斬り捨てた小十郎は、逃亡者を相手にしなかった。

「指揮系統が成っていない時点で、勝敗は決まっていたってのに……」

小十郎がそう呟く中、彼の背後から黄巾の兵が大刀を振りかざして襲い掛かった。
単調で乱暴な攻撃である。小十郎にとって、攻撃を読んでかわす事は容易かった。
相手の太刀筋を舞うように受け流し、小十郎が反撃に顔面を袈裟懸けに斬り裂く。
黄巾の兵は何が起こったのか、全く分からない様子で、うつ伏せに倒れていった。

「やれやれ。真剣勝負は何処に転がっているんだか……」

大地に流れる血を踏み締め、小十郎は戦場を睨み付ける。
凪と季衣が叩き潰し、真桜が十数人の集団を削っていた。
左翼側の戦闘が終わりを告げるのも、時間の問題だろう。

「隊長ッ! 御報告があります!」
「何があったッ! 早く言え!!」

小十郎に一括され、兵は淡々と告げた。
彼からの報告を聞き、小十郎は思わず眉を吊り上げる。

「……何? それは本当か」
「はっ! 何度も確認しましたが、あれは確かに……」
「…………そうか。御苦労だった」

兵に再確認を取った小十郎は馬に乗り、報告があった場所へと向かう。
途中で粗方敵の掃討が終わった凪も一緒に連れて行った。
先の方で逃げる姿が目撃されたと言う――張三姉妹の元へと。

 

 

「この辺りまで来れば……平気かな?」
「もう声もだいぶ小さくなってるしね。でもみんなには、悪い事しちゃったかなぁ?」
「難しいけど、正直こんな騒ぎになるとは思ってもいなかったわ。……潮時でしょう」

大天幕からコッソリ抜け出した天和達は、戦場からだいぶ離れた所まで逃げていた。
しかし置いて来た事に罪悪感を覚えているのか、人和は時々後ろを振り向いている。
天和と地和も彼女と同様に、時折不安そうに顔を歪めていた。

「け、けどさ! これで私達も自由の身よね! お風呂も入り放題よ」
「…………手持ちのお金は一切無いけどね」

ポツリと呟いた人和の一言に、地和はグッと顔を歪めた。

「お金はまた稼げば良いよ。初めからやり直すんだから」
「そう……そうよ! 3人でまた旅をして、楽しく歌って過ごしましょう!」
「そして、大陸で一番の――」

3人が夢で盛り上がる中、そこに駆け付ける一騎の馬があった。
張三姉妹の顔が恐怖に歪み、その場で身動きせずに固まった。
そして馬に乗った2人の人間は降り、彼女達の前に立ち塞がる。

「張三姉妹だな? まあその驚きようからすれば、そうらしいが」
「盛り上がっている所を悪いが、大人しくしてもらおうか……」

小十郎と凪がそう通告し、天和達を睨み付けた。

「く……っ! こんな所にまで追手が!」
「どうしよう……護衛の人達は居ないよ」
「くぅぅ……! まだ色々な事してないのに……っ!!」

小十郎と凪が三姉妹を睨みながら、一歩ずつ迫る。
逆に彼女達はゆっくりと、一歩ずつ後退していった。

「大人しく付いて来い。素直に従えば、悪いようにはしない」
「……もし素直に付いて行かなかったら?」

人和の問い掛けに、小十郎が微笑を浮かべる。

「幸いここに居る俺の部下は、無手の心得がある。無傷で捕まえられるぞ?」
「はい。心配せずとも、御主等を傷付けないよう、必ず手加減はしてやる」

凪が両手に付けた手甲を煌めかせ、笑顔で言った。
無論、天和達が恐怖に震えたのは言うまでもない。
だがそこに慌てて駆け付ける数人の人影があった――。

「待てテメェ等! 俺達の張宝ちゃんに何をしようとしてやがんだ!!」
「張角様ッ! ここは俺達に任せて、早く逃げて下さい!!」
「張梁ちゃんの可愛い顔には、指1本たりとも触れさせはしねえぞ!!」

剣を構え、駆け付けた黄巾の兵達が天和達を守るように立ち塞がった。
当の天和達は呆然とした様子で、彼等の背中を見つめている。

「……逃げた主を庇うか。なかなか見上げた根性だが……」

凪が手甲に氣を集中させ――

「こう言う馬鹿は嫌いじゃねえな。……覚悟は出来てるな」

小十郎が鯉口を斬り、腰を落とした。
そして――。

「はあああああっ!!」
「おらぁぁぁ!!」

凪の集めた氣が放たれ、小十郎の太刀が一閃する。
気が付けば、立ち塞がっていた兵は全滅していた。
だが死に至ってはいない。手加減し、気絶させたのだ。

「な、な、何よあれ! いきなり光って、何か吹っ飛んだわよ!? 意味判んない!?」
「……諦めましょう、姉さん。あんなの喰らったら、絶対に無事じゃ済まないわ……」

怯える天和と地和を置いて、人和が一歩前へ進み出た。

「……いきなり殺したりはしないのよね?」

身体がガタガタと震えている。人和も本当は怖いのだ。
小十郎はそんな彼女を落ち着かせるように、優しく告げた。

「約束する。悪いようにはしない」
「……なら良いわ。投降します」

振り向いた人和が、天和と地和を見つめた。
彼女の瞳を見た2人は、悲しそうに呟く。

「人和……」
「れんほーちゃん……」

小十郎は凪に命じ、3人の捕縛を命じたのだった。

 

 

 

 

「……で、貴方達が張三姉妹?」
「そうよ! 何か悪いの!!」
「……季衣、間違い無いかしら?」
「はい。ボクが見たのと同じ人達です」

季衣の言葉を聞いた天和が、眩しい笑顔を浮かべた。

「私達の歌、聞いてくれたんだ♪ どうだった?」
「うん! すっごく上手だったよ!」

出会ってまだ間も無いと言うのに、天和と季衣が意気投合してしまったようだ。
どうやら2人は同じ気質らしい。そんな2人を見つめ、小十郎が溜め息を吐く。

「どうしてこんな事をした? ただの旅芸人がする事じゃねえだろう?」
「…………色々あったのよ」
「少なくともお前等の行動で、大勢の人間が迷惑を被った。それは分かるな?」

人和がゆっくりと頷いた。小十郎の眼付が鋭くなった。
地和も、季衣と騒いでいた天和も気まずそうに頷いた。

「そこまでよ、小十郎。……色々あったと言ったわね。その色々を話してみなさいな」
「話したら斬る気でしょ! 私達に討伐命令が下っているのは知っているんだから!」
「それは話を聞いてから決める事よ。それから1つ、誤解しているようだけど――」

地和が不機嫌そうに「何?」と呟いた。

「貴方達の正体を知っているのは、恐らく私達だけよ」
「「「…………へっ?」」」

華琳の告げた一言に、間の抜けた天和達の声が響いた。
華琳は桂花を近くに呼び付け、説明するように言った。
1度咳払いをした後、桂花は天和達をジッと見つめる。

「良い? 貴方達、ここ最近私達の領を出ていなかったでしょ?」
「それは、あれだけ捜索や国境の警備が厳しくなったら……出て行きたくても行けないわ」
「だから、張角の名前こそ知られているけど……他の諸侯達の間では、正体不明のままよ」

桂花の説明が釈然としないのか、地和が首を傾げた。
そんな時――小十郎が腕を組みながら、話に入った。

「捕まえた奴等を尋問しても、お前等の正体は誰1人として口にしなかったんだ……」
「――――そんな……ッ!」
「大人気じゃない。貴方達」

皮肉るように、華琳がクックッと笑った。

「それにこの騒ぎに便乗した盗賊達は、そもそも張角の正体を知らないもの。そいつ等のデタラメな証言が混乱に拍車を掛けてね……確か、今の張角の想像図は……」

華琳が周囲に尋ねると、桂花が懐から張角の想像図が描かれた姿絵を取り出した。
そこには身長3mはあろうかと言う髭モジャで、凶暴そうな大男が描かれている。
御丁寧に腕は8本、足が6本、頭に鋭利な角が3本、長い尻尾も生えていた。

「え〜っ! お姉ちゃん、こんな怪物じゃないよぉ!」
「いや、いくら名前に“角”があるからって、頭に角は無いでしょ、角は……」
「……分かったかしら? つまり貴方達の認識なんて、この程度と言う事よ」

人和が華琳を睨むように見つめた。

「何が言いたいの?」

対する華琳は意地の悪い笑みを浮かべる。

「黙っていてあげても良い、と言っているのよ」
「……どう言う事?」
「貴方達の人を集める才覚は相当な物よ。それを私の為に使うと言うのなら……その命、生かしておいてあげても良いわ」

いまいち華琳の真意を読み切れないのか、人和は更に彼女に問い掛ける。

「……目的は何?」
「私が大陸に覇を唱える為には、今の勢力では到底足りない。だから貴方達の力を使い、兵を集めさせてもらうわ」

人和が下がり気味の眼鏡をクイッと上げた。

「その為に働けと……?」
「ええ。活動に必要な資金は出してあげる。活動地域は……そうね、私の領内なら自由に動いて構わないわ。通行証も出しましょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! それじゃあ私達の好きな所には行けないって事になるじゃない! そんなの冗談じゃない――」

反論しようとした地和を、人和が口を押さえて止めた。
そして再び華琳と向き合い、人和は彼女に問い掛ける。

「……曹操。これから貴方は自分の領土を広げていくのよね?」
「それがどうかした? もしかしてそれだけじゃ不満なのかしら?」
「ううん。……そこは私達でも旅が出来る、安全な場所になるの?」
「当たり前でしょう。平和にならないのなら、わざわざ領土を広げたりしないわ」

華琳の自信に満ちた言葉を聞き、人和は「そう」と呟くように言った。
そして――華琳の出した条件を受け入れるように、ゆっくりと頷いた。

「……その条件を飲むわ。その代わり、私達3人の命を助けてくれる事が前提よ」
「全く問題ないわ。決まりね」

華琳が満足そうに頷いた。しかし勝手に話が進んだ事に、地和は不満顔だ。
季衣と戯れている天和に、何か言うように促してみるものの――。

「え〜。だってお姉ちゃん、難しい話はよく分からないもん♪」

姉は全く役に立たなかった。人和が眼に見て分かる程の憤りを見せている。
そんな姉妹のやり取りを見ていた秋蘭は、徐に実姉の春蘭へ視線を移した。
唐突に視線を向けられ、困惑している春蘭を見て、秋蘭は溜め息を吐いた。

「ど、どうした秋蘭! 何故私を見て溜め息を吐く!」
「いや……何でもないぞ。姉者」
(瓜二つだな。あの姉妹と、この姉妹は……)

小十郎は心の中で秘かに思いながら、込み上げる笑いを堪えた。
そんな中、天和を置いて、人和と地和の話し合いは続く。

「ちぃ姉さん。元々選択肢は無いのよ。ここで断れば、間違い無く殺されるわ」
「むぅ……! た、確かにそうだけどさ……」
「生かしてくれる上に、活動資金までくれて、自由に歌って良い……破格の条件よ」

そう聞かされながらも、地和は不貞腐れたように呟く。

「……でもさ、歌って良いのはコイツの領地だけなんでしょ?」
「これから曹操が勝手に広げてくれるわ。それに最終的には、大陸全土が曹操の物になるのなら……安全になるまで、曹操の為に歌ってあげても良いでしょう?」

人和が地和にそう言いながら、華琳の方に視線を移した。

「そう言う考えで良いのよね? 曹操」
「ええ。貴方達は私の広げた領地で好きに歌ってくれれば良い」
「…………よ、用が済んだからって、殺したりしないわよね?」

地和が不安そうに問い掛ける。
華琳は微笑を浮かべて答えた。

「用済みになったら支援を打ち切るだけ。でもその頃には、大陸一の歌い手になっているのでしょう? せいぜい私の国を賑やかにしてちょうだい」

華琳のあからさまな挑発に、地和の瞳がやる気に燃え上がる。
そして華琳に指を差し、まるで宣言するように言い放った。

「……面白いじゃない。それは張三姉妹に対する挑戦として受け取れば良いのね?」
「そう取るのなら、好きに取れば良いわ。私が貴方達に求めるのは結果だからね」
「よし! なら決まりだわ!!」

やりぃと言わんばかりに、地和が指を鳴らした。
一方置いていかれた天和は季衣との戯れを中断――。
おずおずと話の中に入って行った。

「……え〜っと、結局私達は、助かるって事で良いのかなぁ?」
「そうよ姉さん! 私達、また大陸中を旅して回れるのよ!!」
「え〜っ! やったぁ! またみんなで歌って旅が出来るんだね♪」
「よ〜しっ! あんな太平……何とかって言う本に頼らず、自分達の力で……!」

こんなあどけない少女達が、黄巾党の長――。
小十郎は半ば呆れながら、彼女達を見ていた。
自分の知っている歴史と、ここまで違ってくると、笑いたくなってくる。

「……ちょっと待って。今貴方、太平何とかって……!」

華琳が顔色を変え、その事を口走った地和に詰め寄った。
そんな彼女を助けるように、人和が口を開く。

「太平要術?」
「それよ! 貴方達、それをどうしたの!」

華琳に訊かれ、その時受け取った本人である天和が説明していった。
見知らぬ男に貰い受け、それに記された方法を使い、今までやってきた事も全て。
その事を聞いた華琳が深い溜め息を吐いた後、本の所在を彼女達に尋ねた。

「私達の居た陣地に置いてある筈だけど……恐らくもう灰になっている筈よ」

説明したのは人和だった。
「どうしたの?」と付け加える彼女だったが、華琳はそれ以上何も言わなかった。
ただしみじみとした様子で「そう」と呟き続けるだけだったのである。

「華琳様。私が行って探して参りましょうか?」
「不要よ。それより誰かあの陣にもう1度火を。また悪用されては堪らないわ」
「……分かりました。私が引き受けましょう」

火付けの役目は秋蘭が請け負う事になった。
あんなに懸命になって、捜していたと言うのに――。
小十郎は少し意外な様子で、華琳に問い掛けた。

「……良いのか? ずっと捜していた古書だったんだろ?」
「構わないわ。それがあの本の天命だったのでしょう……」
「…………」

気丈な様子で言う華琳に、小十郎はそれ以上何も言う事が出来なかった。
こうして、張三姉妹の引き起こした“黄巾の乱”は静かに終結した。
彼女達を加える事に成功し、華琳達は悠々と城へ帰還するのであった。

 

 

 

 

城に帰還し、戦の終結に喜んだのも束の間――主要の面々は広間に集合を掛けられた。
限界まで軽くした荷物を紐解く暇も無いまま、広間への突然の集合である。
華琳は皆の苦労を労い、城へ戻った当日は、一切の仕事と軍議を後日に回す事を命令。
宴会が出来る、十分休めると心躍った面々は、当然この集合に不満顔であった。

「一体何があった? 今日は軍議も仕事も無いんじゃなかったのか?」

小十郎が徐に華琳に問い掛けると、彼女は不機嫌そうな面持ちで言った。

「私はする気は無かったわよ。貴方達も、宴会をするつもりだったのでしょう?」
「……コイツ等がどうしてもやりたいと、せがむんでな」

顎で沙和と真桜をしゃくり、示した。
今回大活躍だった凪を主役として、小十郎達は宴会をするつもりだったのだ。
無論、提案したのは沙和と真桜であって、小十郎が進んで言った訳ではない。

「……すまんな。疲れとるのに集めたりして。すぐ済ますから堪忍してや」

真桜と同じ関西風に喋る、上半身を晒で隠し、上着を身に纏っている女性。
彼女の名は張遼と言い、官軍として黄巾党と戦っていた将の1人である。

「貴方が何進将軍の名代?」
「や、ウチやない。ウチは名代の副官や」

何進とは、先の黄巾党との戦で官軍として戦っていた将軍の名前だ。
しかしどうにも頼りなく、戦いの際に春蘭達は彼の存在を無視していたりする。
だが華琳達よりも位は上である為、こうして命令があれば集まるしかなかった。

「何だ。将軍が直々にと言う訳ではないのか」
「あいつが出る訳ないやろ。クソ十常侍共の牽制で忙しいんやから」
「……少なくとも、上の者に言う言葉と態度じゃねえな」

小十郎が呆れていると、広間の扉が開き、小さい少女が姿を現した。

「呂布様のおなりですぞ〜っ!」

あどけない声でそう言うと、扉から更にもう1人の人物が姿を現した。
炎のように赤い瞳と髪、無言の圧力――小十郎は思わず息を飲んだ。
彼女が三国一の武を持つと名高い、あの呂布・奉先だと言うのだから。

(奴が呂布、か……。成る程な。纏う雰囲気は、戦国最強の本多忠勝と何処か似ている)

天性の武を持つ者同士、何かしら似たような部分はあるのだろう。
少なくとも小十郎は、本多忠勝と呂布を同じような存在に感じた。

「曹操殿、こちらへ」
「はっ……!」

華琳が畏まった様子で、呂布の前に膝を着いた。
そして皆が見守る中、呂布の言葉を待つが――。

「……………………」

呂布は何も言わない。口を動かそうとすらしなかった。
その様子を見た少女が、慌てた面持ちで口を開いた。

「え、え〜っとですね、呂布殿は此度の黄巾党の討伐、大義であった! と仰せなのです」
「…………はっ」

その後、呂布は一切喋らないまま、少女が意思を代弁すると言う形が続いた。
あまりに滑稽な様子に、休みを中止してまで集合したのが馬鹿に思えてくる。
小十郎は隣に居る秋蘭に耳打ちするように、ここを訪れた彼女達の事を聞いた。

「軍部の頂点に居る御方だ。朝廷での地位で言えば、華琳様すら足下に及ばん」
「代理で来たと言っていたでしょ? 何進は、皇后の兄で肉屋のせがれなのよ」

秋蘭に加え、桂花にも説明してもらい、小十郎は頷くしかなかった。
ちなみに皇后とは、天皇や皇帝の妻の事を差す。
この時代は皇帝の家族と言うだけで、高い地位に就いたりする事がある。
例え肉屋のせがれだとしても、華琳達よりも地位は遥かに高いのである。

(官軍の連中が頼りねえ訳だ。戦闘経験も無い、肉屋のせがれか……)

その後、呂布達は華琳を“西園八校尉”の1人に任命すると告げ、去って行った。
西園八校尉とは、分かり易く言ってしまえば、皇帝直属の部隊の名称である。
彼女達が去って行った後、広間は重い空気に包まれた。原因は――分かっている。

「…………」

華琳である。無駄な事に貴重な休息時間を取られ、半端無く怒っていた。
無駄を誰よりも嫌う彼女からすれば、屈辱以外の何物でもないのだろう。
膝を着いたまま、身体を怒りのままにプルプルと震わせていた。

「……話は終わったようだな。宴会に戻るぞ」

唐突に小十郎がそう言い、凪達を呼んだ。
彼の取った予想外の行動に、春蘭達の眼が思わず見開く。
彼なら、今の華琳に声を掛けると思っていたからである。

「た、隊長……華琳様は?」
「せやでえ。放っといてええんか?」
「沙和、後で怒られるのは嫌なの〜」

小十郎に呼ばれた3人が、不安そうに尋ねた。
すると小十郎は、華琳を一瞥してから答えた。

「これでも護衛を長くやっているんでな。今のあいつには声を掛けない方が良い」
「し、しかし……」
「それにたまには、春蘭や秋蘭達に世話を頼みたい気分なんでな」

驚く彼女達に向け、小十郎は意地の悪い笑みを浮かべた。
“後の事は頼んだ”言葉には出さず、口を動かして彼女達に告げる。
そうして小十郎達が去り、扉が閉まった後、華琳の怒りが爆発した。

「見ろ。触らぬ神に祟りなし、って奴だ」

彼女の怒声が広間から聞こえてくる。同時に春蘭達の声も、だ。
クックッと面白げに言う小十郎を、呆然と後ろから付いて行く3人。
この後の春蘭達の休息と言う名の苦労は――まだ始まったばかりだ。

 

 


後書き
第16章をお送りしました。黄巾の乱が終結、張三姉妹が加入しました。
次話は反董卓連合編なのですが、暫くは日常編をお送りしていきます。
張三姉妹は勿論、書けなかった季衣や桂花中心の話を書きたいと思っています。
では、また次の御話でお会いしましょう。


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