凪達警備隊と張三姉妹に振り回される日々の中――久しぶりの非番である。
畑の具合も観終わり、鍛錬も済ませた小十郎は街へ散歩に出掛けようと歩を進めた。
広場に差し掛かった時、そこから調子の良い鼻歌が聞こえてくる。張三姉妹の歌だ。
この歌を鼻歌にしている奴と言えば――小十郎はそこに居る者の検討が付いていた。

「やっぱりか……」

広場を横眼で見ると、草場の所で何かをしている季衣の姿を見つけた。
彼女も小十郎の姿に気付いたらしく、笑顔で手を振ってくる。

「えへへ♪ 兄ちゃ〜ん!」
「何をやっているんだ?」
「手紙書いてるんだよ。今は普通に出せるからね」

季衣はそう言いながら、自分の方にやって来た小十郎に手紙を見せた。
なかなか個性的な文面だ。所々字かと思う程に捻じれている物もある。
彼女は桂花や秋蘭から時折勉学を学んでいると聞いた事はあるが――。
この様子だと、今はまだ勉強の成果は出ていないらしかった。

「黄巾党を潰した御陰で、今は少し静かになったからな」
「うん。書き終わったら、商人の人に持って行ってもらうんだ」

この時代の手紙の配達法は、地方に赴く旅人や商人に預け、届けてもらうのである。
その手紙が何時頃相手に届くのかは――預けた旅人や商人の足次第と言う事になる。
かなり気の長い話ではあるものの、今はこれしか手紙を届けてもらう手段がない。
黄巾党が暴れていた頃は手紙の配達さえ出来なかったが、今は出来るようになっている。
これだけでも、黄巾党を潰した価値があるのかもしれない。

「ねえ、兄ちゃん」
「何だ?」
「楽しみにしてるって……どう書くんだっけ?」
「はあ……貸してみろ」

季衣から手紙と筆を貸してもらい、小十郎はスラスラと書いていく。
ここに雇われてから、書記の勉強を欠かさなかったのが功を奏した。
そもそも多少の教養がある小十郎にとって、字を学ぶのは容易な事だった。

「うわぁ〜……兄ちゃん、字が綺麗」
「ほら。これで良いだろう?」
「う〜ん。こんな事なら、兄ちゃんに頼んで書いてもらえば良かった」
「横着するんじゃない。手紙ぐらい自分で書けなくてどうするんだ?」

呆れた様子の小十郎に、舌をペロッと出して反省する季衣。
和やかな空気が広場を包む中、そこに来る人影が1人。

「小十郎と季衣じゃない。ここで何をしているの?」

人影の正体は華琳だった。
どうやらこの時間の仕事は一通り終えたらしい。
微笑を浮かべながら、彼女は2人に近づいた。

「あ〜っ! 華琳様、御疲れ様で〜す!」
「ここで季衣を見掛けてな。ちょっと付き合っていた」

「そう」と呟き、華琳も草場に腰をソッと下ろした。
季衣は先程と同じく、華琳に書いた手紙を見せる。
小十郎と同じ心中なのだろう――華琳は文面を見て苦笑していた。

「なかなか個性的な文面ではあるけど、もう少し物事を学んだ方が良さそうね」
「ううぅ……ボク、勉強って苦手なんですよね。身体を動かすのは楽しいんですけど」
「好きな事を学ぶのは勉強とは言わないわ。すぐ苦手と思わず、挑戦してみなさいな」
「華琳の言う通りだ。せめて簡単な計算式くらい、その場で出来るようにしておけ」

2人に言われ、季衣は渋々と言った様子で「はい」と呟いた。
それから手紙を完成させようと、季衣は黙々と集中し始める。
そんな姿を見た後、華琳は小十郎の方に視線を移した。

「今はこうして手紙を出せる程に平和に見えるけど、実際は違うのよね」
「また黄巾党の残党か、盗賊が騒ぎ始めたのか? 至って最近の出陣は少ないが……」
「そう言う訳じゃないわ。市井が平和になるとね、途端に殺伐とする所があるのよ」
「…………何があった?」

小十郎が真剣な表情で尋ねると、華琳は溜め息を吐きながら言った。

「……何進が殺されたそうよ。それも宮廷内でね」
「奴が……? 成る程、醜い権力争いの犠牲か」

何進――黄巾党を討伐した際、城に訪れた呂布達の上司に当たる人物である。
華琳に皇帝直属の親衛隊昇進の話を持って来たが、実像は頼りない人物らしい。

「ええ。肉屋の倅が権勢を振るうのを、面白く思わなかった奴がやったのでしょうね」
「そう言う所は俺の居た所と殆ど変わらねえな。……今の有力者は誰になったんだ?」
「確か……董卓とか言うらしいわ。正体が全くの不明で、私も知らない名なのよ」

董卓と言う名を聞き、小十郎は顔を顰めた。董卓と言えば悪逆非道の人物で有名である。
彼、もしくは彼女が有力者になったと言う事は――次の戦乱はそう遠くはなさそうだ。
微妙に差異があるものの、歴史が着実と進んでいる事に、小十郎は一抹の不安を覚えた。

「……何を怖い顔をしているのよ。何か思い当たる事でもある?」
「……いや、何でもない。例え何かあっても、準備だけは出来ているんだろ?」
「当然よ。何の為に、軍備強化に力を入れていると思っているの?」

何が起ころうと、準備だけは万全にしておく――華琳はこう言う女性である。
小十郎が微笑を浮かべていると、横で季衣が「出来たッ!」と歓声を上げた。

「華琳様っ! 兄ちゃんっ! ボク、ちょっと手紙を出しに行ってくるね!」
「ええ。行ってらっしゃい」
「途中で転ばないよう、気を付けて行け」

2人に見送られ、季衣は元気な様子で手紙を出しに行くのだった。
そしてこの話から暫くの時が経つが――戦乱は勃発しなかった。

 

 

 

 

「御苦労様です。隊長ッ!」
「ああ。お前もしっかりやれ」

見回りをする兵を激励し、小十郎は徐に街を歩いていた。
ここ最近の朝の議題は、董卓関連の話で持ち切りである。
都から来た隊商の話でも、董卓の行う酷い政事の話を多々聞く。
力を蓄えていると言う話も聞くが――実際は分からなかった。

(だが近い日に……必ずデカい戦が起こるのは間違い無いな)
「あのぉ……すいません」

小十郎が空を仰ぎながら思っていると――不意に後ろから声を掛けられた。

「……何か用か?」
「あ、はい。ちょっと教えてほしい事があるんですが……」
「道に迷ったのか? それとも何処か行きたい所でも?」

声の主はおかっぱ頭の大人しそうな少女だった。
言葉通り、少し困っている様子が見て取れる。

「あの、お城――」
「の前に美味しい料理を食べさせてくれる所、教えてくれよ!」

おかっぱ頭の少女の声を遮るように突然現れた短髪の少女。
こちらはおかっぱ頭の少女と対照的で、元気が溢れていた。

「ちょっ!? 文ちゃん! 何を勝手な事を……」
「良いじゃんか。腹いっぱいにしてからでも遅くないって。斗詩ぃ〜……頼むよぉ」
「全くもぉ〜……本当にしょうがないなぁ」

気の抜けるようなやり取りを見せられて、小十郎は溜め息を吐いた。
結局自分は何をすれば良いのだろうか――彼は静かに問い掛ける。

「……どうするんだ? 俺は何処を案内してやれば良い?」
「ならえ〜っと……美味しい物を沢山食べさせてくれる……」
「料理屋が沢山並んでる所! とびきり美味しいとこねっ!」

そう注文され、小十郎は思い付く場所を案内する事にした。
付いてくるように言い、小十郎はゆっくりと歩き出した。

 

 

「おおっ! スゲェ! 斗詩見ろよ、屋台が沢山並んでるぜ!」
「ここは屋台通りと言うくらいだからな。沢山あって当然だ」

仕事を終え、小十郎が去ろうとすると“文ちゃん”と呼ばれた少女が引き留めた。

「まあまあ兄ちゃん、あんたも食べていきなよ。どうせ昼飯まだなんだろ?」
「…………確かに良い時間だが、まだ昼飯を食べる気分じゃないな」
「何言ってんのさ。お金の事なら心配無用。あたい達が奢ってやるって!」
「ちょっと文ちゃん! それ以上引き留めたら悪いって!」

“斗詩”と呼ばれた少女が止めるが、彼女は聞こうとしなかった。

「斗詩も固い事は言いっこ無し。ほら兄ちゃん、諦めてあたい達に奢られなよ」
「…………どう言う誘いの仕方だ」
「ホントにすいません。文ちゃん、こう言い出すと止まらなくて……」

ある意味酔っ払いの絡みより質が悪い。小十郎は頭を抱えた。
どう断ろうかと考えていると、背後から元気な声が響いた。

「兄ちゃ〜んっ!」

季衣である。
小十郎は振り向き、彼女と向き合った。

「季衣か。どうした?」
「これからお昼食べようと思ってるんだけど、兄ちゃんはどうしたの?」
「少し絡まれててな。丁度良い、この2人に美味しい店を紹介してやってくれ」

小十郎の立っての頼みに、季衣が胸を張って了承した。
小十郎自身、隙を見て逃げ出そうと思っていたのだが――。

「ん〜? このチビッ子、店に詳しいの?」
「ちょっと文ちゃん、少し失礼だよ……」

斗詩が注意するものの、彼女の言葉は季衣の耳にしっかりと届いていた。
それも彼女が最近気にしている、自分の身長の事について言われたのだ。
聞き逃さない筈が無い。季衣のこめかみが少しヒクついた。

「……兄ちゃん。誰、このぼさぼさ」
「――ぼさぼさ……?」

斗詩の額に僅かに冷や汗が流れた。場の空気が少し重くなる。
季衣にとって身長が禁句だったように、彼女にとっても髪型は禁句だったようだ。
睨み合う2人を宥める為、小十郎が季衣の、斗詩が短髪の少女の前に立った。

「ほら季衣。少し落ち着け」
「う〜……!」
「文ちゃんも落ち着いて。ね?」
「む〜……!」

その後、宥める事に成功した2人は、季衣の勧める美味しい店へと足を運ぶ。
道中、睨み合い、時折言い争って反発しながら歩く季衣と短髪の少女。
どうやらお互いの出会い方が不味かったようだ。似た者同士で逆に反発したらしい。
騒ぎを起こさないか不安な為、逃げようにも逃げられなくなった小十郎であった。

 

 

 

 

「美味いッ! ここの店、メチャクチャ美味いぜ!」
「へぇぇ……お姉ちゃん、良い食べっぷりだね」
「そう言うお前もなかなかじゃねえか。気に入ったぜ」

季衣が案内した店に入り、各々昼食を取る事にした4人(小十郎も渋々と言った様子で)。
注文し、出された料理を食べた途端、2人の仲はお互いに気に入るまで修復されていた。
単純と言うか何と言うか、やはりこの2人は似た者同士であるらしい。

「騒がしい奴等だ。まるで季衣が2人居るみたいだ……」
「私も、まるで文ちゃんが2人居るように見えます……」

2人の隣で個々のペースでゆっくり食べる小十郎と斗詩。
面倒看役と言う点では、この2人は気が合いそうだった。

「それにしてもホントに美味いなぁ。南皮でもこんな美味い店、なかなか無いぜ?」
「……う〜ん。なんかこのお店の味、何処かで食べた気がするんだけどなぁ……」
「ん? ここはお前の行き付けの店じゃないのか?」

季衣が首をやんわりと横に振る。

「違うよ。秋蘭様が美味しいって教えてくれたから、初めて来てみたんだよ」
「な〜んだ。そうだったのか。お前もここを勧めた割には初めて来たのかよ」
「むぅ……何か悪い? お姉ちゃん」

再び2人の間に、ピリピリとした空気が漂い始めた――が。
次の“文ちゃん”の言葉で、その空気は一気に吹っ飛んだ。

「気に入った! お前の性格、気が合いそうだ。あたいの事、猪々子って呼んで良いぞ」
「おーっ! ならボクの事は季衣って呼んで良いよ! いっちーっ!」
「……いっちーか。良いなぁ、気に入った。今日は良い日だ。スッゲー良い日だ!」

勢いのままハイタッチをしそうな雰囲気の2人。
まさかここまで意気投合するとは思わなかった。
完全に置いてけぼりを食った小十郎と斗詩は、徐に溜め息を吐く。

「……なぁ。さっきあいつが言った名前は、真名って奴か?」
「……はい。お恥ずかしながら、仰る通り真名なんです」
「…………俺の記憶によると、真名は軽くねえ筈だが?」

小十郎の言葉に顔を真っ赤に染め、俯く斗詩。
まるで自分の事のように恥ずかしがっている。

「いっちーっ♪」
「きょっちーっ♪」

――秘かに他人の振りをしたくなった。

「失礼する」

聞き慣れた声が店の入り口から聞こえ、小十郎は徐に振り向いた。
するとそこには、華琳と秋蘭の2人の姿があった。
彼女達は小十郎達を見ると、意外そうな表情を浮かべた。

「ん? お前等もここに来たのか」
「貴方達も来ていたのね。……小十郎、そちらは?」

華琳が見慣れない少女2人に視線を移した。

「道案内を頼まれたんだが、成り行き上こうなっちまったんだ……」
「ふぅん……小十郎は若い女の子に誘われ易いのね。……意外だわ」
「馬鹿を言うな。俺の場合、仕事で仕方なく……」

小十郎が不意に話題の2人に視線を移すと、彼女達は微妙な表情を向けていた。

「…………何を誤解しているか知らんが、お前達の考えている事は全く違うぞ」

小十郎がドスの聞いた低い声で言うと、2人は慌てて眼を逸らした。

「いらっしゃいませ! 曹操様、夏候淵様、今日もいつもので宜しいですか?」
「「――――ッ!」」

名前が呼ばれた瞬間“斗詩”と“猪々子”の顔が一瞬驚愕の色に染まる。
だが2人の反応に、誰もこの場で気付く者は居なかった。

「ええ。お願いするわ」
「私も同じ物で」

バタバタと慌てた様子で、給士の娘が厨房に入って行く。
どうやらここの店は、華琳と秋蘭の行き付けらしかった。

小十郎が訊いてみると、先程の給士の料理の腕前はかなりの物だと言う。
初めて訪れた時、華琳も一口でその腕を心底気に入ってしまったとの事。
以前お抱えの料理人として誘ったらしいが、断られてしまったらしい。

給士曰く「友達に呼ばれて来たが、その友達と合流出来なかった。手掛かりを見つけるまで、ここで働いておきたい」と言う。

「気の遠くなる話だな。この街は人の出入りが激しいと言うのに……」
「あら。その友達が永久に見つからないとでも言うつもりなの?」

華琳の問い掛けに、小十郎が呆れたように言った。

「馬鹿を言え。見つかるようにするのが、俺達の仕事なんだろう?」
「ふふ。分かっているじゃない」

そんな話をしている間、給士の娘が料理を運んできた。
丁度良いと言わんばかりに、華琳が彼女に話し掛ける。

「ねえ、ちょっとだけ良いかしら?」
「はいっ! 追加の御注文ですか?」
「彼が貴方の親友を探してくれるそうよ。良かったら特徴を言ってみたらどうかしら」

華琳が小十郎に指を差し、給士の娘に教えた。

「えっ……! 本当に探してくれるんですか?」
「仕事だ。その友達の特徴ってのは何なんだ?」

給士の娘が顎に手を添え、考える素振りを見せる。

「う〜んと……とても食いしん坊で、とても力に自信がある娘なんですけど……」
「大雑把過ぎるな。名前ぐらい分からないのか? 無論、真名じゃない方のだが」
「ええっと……真名じゃない方なら、許緒……」

彼女がそう名前を呟いた瞬間、場の空気が唖然とした物に変わった。
何故ならその名前の主は、今現在小十郎の隣で――。

「にゃ?」

昼食を食べているのだから。

「あああああああッ!?!?」
「あーっ! 流琉! 今までどうしてたの?」

どうやら季衣は彼女に今まで気付いていなかったらしい。
暢気そうに訊いてくる友人に、流琉の怒りが爆発した。

「どうしてたの? じゃないわよ!! どうして迎えに来ないのよぉ!!」
「手紙を送ったんだから、ボクの居場所くらいすぐに判ると思ったんだよ!」
「あんな汚い字じゃあ、読み難いったらないわよぉぉ!! もうっ……!!」

季衣と流琉の喧嘩は徐々に取っ組み合いへと発展し、店が荒れ始めた。
投げられた机と椅子が宙を飛び交い、客が逃げ、店主が奥へと引っ込んだ。
こんな間近で修羅場が繰り広げられている中、華琳達は昼食を食べていた。

「…………誰も止めねえのか?」
「こんな美味しい料理、残す方が失礼だからね」
「片倉。手が空いているなら止めてくれんか?」

小十郎が2人を一瞥する。

「こっちに来たんならボクに一言ぐらい、連絡ちょうだいよぉ!」
「そう言う事は、連絡先を判り易く書いてから言いなさいよぉ!」

2人の喧嘩は尚も激しくなってきている。このままでは店自体が崩壊しそうだ。
やれやれと言った様子で深い溜め息を吐いた小十郎は、ゆっくりと席を立った。
そして2人の間に割って入ると、そのまま勢いよく怒鳴り付ける。

「おいお前等ッ!! いい加減にしておけよ……!!」
「「――――ッ!?」」

思わず喧嘩を止め、身体を震え上がらせる季衣と流琉。
2人の眼の前には――刀を持った鬼が居た。

「喧嘩するんなら外でやれッ! ここはテメェ等の喧嘩場じゃねえんだ!! 周りを見てみろ!!」

彼にそう言われ、季衣と流琉が辺りを見回した。
椅子と机が壊れ、店内は滅茶苦茶になっている。
最初ここを訪れた時とは、天と地ほどの差があった。

「責任持ってテメェ等で片付けろ……良いな?」
「「……はい」」
「声が小せえッ!!!」
「はいッ!!」

その後、店の奥から恐る恐る顔を出した店主へ謝りに行った小十郎。
彼に言われ、店内を季衣と流琉が片付けを着々と進めていく。
そんな中、今まで黙っていた斗詩と猪々子が唐突に口を開いた。
彼女達に出された料理の皿は、もう何も乗っていなかった。

「あ〜えっと……御初に御目に掛かります。曹孟徳殿。私は顔良と申します」
「あたいは文醜。我が主、袁本初より伝言を預かり、南皮より参りました」

席を立ち、華琳の前に立ったかと思うと、そう名乗り始めた2人。
彼女達の素性を聞き、華琳と秋蘭は食事の手をピタリと止めた。

「顔良と文醜ね。まさかこんな状況で、名を聞かされるとは思っていなかったわ……」
「すいません。ですがこの機会を逃すと、これから延々と名乗る機会が無さそうなので」
「怖い兄ちゃんを味方に付けているんですねえ。怒鳴った時、思わず身体が震えました」

苦笑する顔良と、気楽そうに言う文醜。対照的な2人である。

「華琳様。袁紹からの伝言と言うのは……」
「あまり聞きたくない名前を聞いたわ……」
「こんな場面で恐縮ですが、御面会頂けるでしょうか?」

顔良のおずおずとした様子の言葉に、華琳は溜め息混じりに頷いた。
季衣と流琉が片付けを終わらせ、小十郎が店主への謝罪を終えた後――。
華琳は城にて、顔良と文醜の面会をする事にしたのだった。

 

 

 

 

「袁紹に袁術、公孫賛、西方の馬騰まで……よくもまあ、有名所の名前を集めたわね」
「董卓の暴政に、都の民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いていると聞いております」

2人が面会を求めたのは、暴政を敷く董卓討伐の同盟軍参加についてだった。
無論、これは華琳にも同盟軍参加を求めているのである。
顔良曰く「先日も董卓の命で官の大粛清があった」との事。

「まあ、だいたい想像はつくわ。どうせ董卓が権力の中枢を握った事への腹いせでしょ?」
「う……っ! そ、それは……」

華琳の指摘は図星らしかった。

「麗羽が考えそうな事よ。それとその大粛清だけど、都で悪政をしていた官を粛清しただけだと聞いているわ。統制の取れていない文官がやりたい放題にしている事を、董卓の所為にしているだけじゃなくて?」

華琳の言葉に文醜が「よく知ってますねえ」と感嘆の声を上げた。
顔良も完全に読まれている、と言った様子で頭を抱えている。
ちなみに先程挙げた名前の他にも、袁家に縁のある者達が続々と参戦表明しているらしい。
その中には袁術の配下として、以前恩を受けた事がある孫策も参戦表明をしているとの事。
彼女に借りが返せると意気込む春蘭だったが、桂花に私情は挟むなと言われ、自重した。

「桂花。私はどうすれば良い?」
「ここは参加されるのが最上かと……」

華琳が微笑を浮かべる。
桂花なら絶対にそう言うと、確信していた顔だ。

「そうね。顔良、文醜。麗羽に伝えなさい。曹操はその同盟に参加する、と」
「「はっ!!」」

参戦の意思を受け、顔良と文醜は南皮へと戻って行った。
部屋の隅で話に耳を傾けながら、小十郎は思っていた。
次に起こる戦乱が、もう眼の前まで迫って来ていると――。

(董卓自身は悪くなくても、官を制御出来ていないなら同じ事。戦乱の時代は確実に動いていやがる、か……)

小十郎は徐に天井を見つめた。
それは先の事を暗示しているように真っ暗だった。

 

 


後書き
第19章を書き上げました。反董卓連合編まで後一歩、と言う所でしょうか。
次にもう1話だけ日常編を挟んだ後、連合編と行きます。楽しみにしていて下さい。
ここからが、恋姫SSで一番の山場なんだよなぁ……。
ではまた次回の御話でお会いしましょう。


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