「……状態はどうなんですか、鷲羽さん?」

「安心していいわよ、後は目を覚ますのを待つだけ」

心配そうに問う天地に、少々疲れが残っているが穏やかな表情で答える鷲羽。

「そうですか。良かった」

ホッと胸を撫で下ろすと、彼も鷲羽が見守っているアキトの方を見る。

「う……」





口から小さく漏れた呻き声と共に、少しずつ目を開けるこの異界の旅人、テンカワ・アキト。

死という運命から逃れた彼は、これからどのような物語を綴り、何を見、どのような世界を旅するのであろうか・・・







TRAVELER

第一章




第三話



「おはようアキト殿、と言っても今は昼時だがね」

「鷲羽ちゃん、それに天地君……」

少し寝ぼけた様子でゆっくりと辺りを見回すアキトだが、一気に覚醒したのか

ガバっと体を起こし、鷲羽の肩を掴んで揺さぶりながら問う。

「そうだ、鷲羽ちゃん! 俺の体は……」

そんな必死の形相のアキトに、鷲羽はごく落ち着いた様子で答える。

「あぁ、大丈夫よ。 術式は成功、後は経過を見るだけ」

「あ、うっ……あり、がとうっ」

にっこりと笑みを浮かべる鷲羽に、アキトは頭を下げて涙声で感謝の意を伝えた。

がばっ

「ぃ?!」

次の瞬間、天地は思わず声を上げてしまった。

あの鷲羽が、泣き続けるアキトの顔を自分の胸に押し当て抱いたのだ!

「(お、俺はどうすれば……)」

抱き合ったまま話さない鷲羽とアキトに、困惑する天地。

「……天地殿」

と、オロオロしていた天地に鷲羽がボソリと声を掛ける。

「ハイぃっ!」

びくっと体が思わず動き、直立不動の体制で答える天地だが、鷲羽は至って普通に言葉を続けた。

「少し、席を外してくれない?」

「了解しました!」

鷲羽の一言に、

びゅ〜ん、とかそんな感じの擬音を残して天地は去っていった。

かなりこの雰囲気が体に馴染まなかったのだろう。

「さて……」

天地が自分の部屋から出るのを確認すると、近くのリモコンで空間をロックした後

再び自分の胸に抱かれている青年を見ながら、話しかける鷲羽。

「落ち着いたかい? アキト殿」

「ああ」

彼女の小さな胸から開放され、照れながら顔を上げるアキト。

「ごめん、恥ずかしい所を見せてしまった。あ、それに……」

情けない表情を見せた後、何かを思い出したかのように顔を真っ赤にして鷲羽から視線を外す。

どうやら先ほどの、鷲羽に抱かれていた部分を思い出したのだろう。

鷲羽もそれに合点し、

「気にしないでいいわよ。 それにアキト殿なら大歓迎よ? それ以上でも……」

最後の台詞のほうで薄く頬を染める鷲羽。

普通はここで慌てるのが、定石だが

「冗談はいいとして、鷲羽ちゃん。 何か聞きたい事があるんじゃないか?」

真剣そのもので聞いてくるアキト。

「(冗談じゃ無いけど)そうよ、ちょっとアキト殿に聞いておきたい事があってね」

ちょっと間をおく鷲羽。

「貴方は一体どこから……いえ、どこの世界からやってきたの?」














「なるほどね、そんな事が」

普通の少女ではない。

そう悟ったアキトは、自分の世界の事を簡単に述べた。

「ボソン・ジャンプに、それを制御する遺跡……ねぇ。

 ワープとは違うの?」

「あぁ、ボソンジャンプは時空を跳躍するんだ。

 イメージさえしっかりしていれば、ほぼタイムラグ無しで移動ができる」

アキトの説明に眉を顰めながら言う鷲羽。

「確かに画期的な技術だけど、危険すぎるわね」

イメージが不安定であれば、どこへ飛ぶか分からないからである。

アキトは鷲羽の言葉に、頷いてみせる。

「で、貴方の体中の傷跡と大量のナノマシンは一体何? あれは致死量よ?」

鷲羽は、手術中に見た彼の体の傷とナノマシンについてアキトに聞いた。

「……まぁ色々あってね」

「その……ごめん」

小さくなりながら答える鷲羽に、アキトは微笑みながら彼女の頭に手を置くと

「気にしなくていいよ、もう過ぎた事だから」

伝家の宝刀、テンカワスマイルを炸裂させながら鷲羽の頭を撫でるアキト。

普段なら子供扱い(というか、こんな事はされない)されると怒る彼女だが、

「ぅ……」

顔を真っ赤にして照れていた。

恥ずかしそうに振舞っているが、それでも撫でられるのを嫌がらない彼女の頭から手を離すと

「この事はみんなには秘密な?」

「……そうだね、あまり人に言う事でも無いからね」

名残惜しそうに撫でられた部分を手で押さえながら言う鷲羽に、アキトはぐぃっと近づいて話し始める。

「さて、今度は君たちの事を聞く番だ。 元の世界に戻れない俺としては、この世界の事を知っておきたいし、

 何より俺の体を治した君の事もよく知っておきたい」

別時空に跳んでしまったことに気づいたアキトは、イネスから聞いていたので自分が元の世界に戻れない事は知っていた。

「ギブアンドテイクね、いいわよ」

と言うと、鷲羽はアキトが座っている診療台から離れ、白衣をバッとなびかせると

「私は鷲羽! 宇宙一の科学者よ!!」

とポーズを取る鷲羽に合わせてスポットライトが当てられる。 が、

「え〜っと……」

アキトはどう対応していいのか分からず、言葉を捜そうと悩む。

「す、すごいな」

「まぁ信じないのも無理は無いけどね、アキト殿。 良く考えてみなさいよ。

 世界は広い、ましてや宇宙はそれの何十倍も広いのよ?

 私が科学者をやっていても可笑しくないでしょ?」

「そ、そうですね」

まるでイネスのように話す鷲羽に、ちょっと引きながら肯定するアキトだが、すぐに立ち直り

「しかし、よく今の地球の技術で良くナノマシンの除去ができたな」

自分の世界の最高の技術を持ってしても無理だった事を、大分過去に位置するこの世界の技術で

出来た事に少し疑問を持ちながらも、アキトは鷲羽に尋ねる。

が、鷲羽は「違う違う」と手を振り、

「これは地球の技術じゃないよ。 最新の樹雷型の医療器具よ」

地球の技術じゃない。

その言葉にぴくんと反応すると、アキトは恐々と口を開く。

「あ、もしかして」

彼女の口から飛び出す台詞は、アキトの予想を裏切らず

「まぁ地球の技術じゃない物を使っている私は、アキト殿のような地球人から言えば宇宙人って事」

「……」

宇宙人。
 
あまり聞きなれないその単語が当てはまる人物が目の前にいる、その事実からアキトは思わず硬直するが、

そういや自分も火星生まれだから言いようによっちゃ宇宙人だよな〜と思い、なんとも言えない表情を作る。

「ちなみに……」

「え?」

けして軽くない衝撃を受けていたアキトは、まだ続く鷲羽の言葉に思わず声をあげた。

「この家に住んでいる人も、天地殿を除けばみんな宇宙人よ」

「……この地球には宇宙人ってのはたくさんいるものなのかい?」

自分の世界とは違うんだったと、改めて認識させられたアキトは少し驚きながら聞き返した。

「うんにゃ? この家だけだよ。 まったく、ここには色んな人間が集まるね〜変なのに限って」

ある意味特異点なのかもしれない。

「俺を含めて、ね」

手を肩まで上げ、やれやれ、と呆れた物言いの鷲羽に苦笑いで答えるアキト。

「そうね、中でもアキト殿は一番興味深い存在だわ……」

「おれが……?」

再び近づいてきながら話す彼女に、困惑した様子を見せるアキト。

座り込んだままのアキトの傍らまで近づいた鷲羽は、お互いが触れそうな距離まで顔を近づけると彼の眼を覗き込む。

「そう……こんなに悲しそうな眼をしてる人は、ホント、久々に見るわ」

「……」

「……」

そして、お互い黙ったまま、時は流れていくのであった。


















ぽちゃん

静寂な湖の、鏡のように整った水面が一つの石によって破られ、波紋を作る。

「はぁ……まいったな」

溜息と共に呟くのは、さきほどの鷲羽の部屋から出てきたアキト。



『そう……こんなに悲しそうな眼をしてる人は、ホント、久々に見るわ』



「俺って、そんな眼をしてるのか……」

アキトは先ほど鷲羽に言われた言葉を思い出しながら、水面に映る自分の顔を覗き込んだ。

「……」






「……まっ、アキト殿が言いたくないんなら別にいいけどさ。 あまり溜め込むのは良くないよ?

 ……夕食まで時間があるから、しばらく散歩してるといいよ」






そう笑顔で言った鷲羽に促されて、辿り着いたのが柾木家近くにある(というか傍)湖だった。

「俺は、気にしてないと思ってたつもりだけど、やっぱりユリカが……

 いや、それだけじゃないんだろうけど……効いてるんだな」

ユリカとルリの3人で幸せだった日々、周りで命が消えていく実験場、復讐に明け暮れる日々、

犯罪者と名指しされ追われる日々、必死で支えるイネスやアカツキ、泣きじゃくりながら別れたラピス、

様々な記憶が彼の中で渦巻く。

「俺は……」

何で、生きているのだろう? 

思いの交錯の果てにアキトが思った言葉は、一人の少女の出現により口からは出る事は無かった。

「あの、アキトさん……」

「やぁ、砂沙美ちゃん」

振り向いた先には、少々元気の無い砂沙美がいた。

「隣、いいですか?」

「うん」

遠慮がちに聞いてきた砂沙美は、アキトから許諾を得ると少し離れて座った。

「……」

「……」

アキトは先ほどの事をまだ考えているのか、黙りこくったまま。

砂沙美の方も黙っているが、時々アキトの方を盗み見ている。

そして、遂に砂沙美のほうからアキトに声を掛けた。

「あの……アキトさん」

「……なんだい?」

俯いて話す砂沙美の方を見ずに、遠くを見ながら答えるアキト。

「ごめんなさいっ!!」

「え?」

突然の謝罪に、アキトは今初めて砂沙美を見た。

「ごめん、なさい……っく、私、アキトさんの事何も考えずに……」

「砂沙美ちゃん」

涙を流しながら話す砂沙美に、アキトは彼女の名を呼ぶ事しかできなかった。

「アキトさんが嫌がっているのに、むりやりご飯を食べさせちゃって……」

「いや、砂沙美ちゃん……あれははっきり言わなかった俺が悪いんだ」

アキトは、自分を責めるように話す砂沙美を宥めようと口を出すが、

それでも砂沙美の涙と自責の言葉は止まらず、

「でも、私が誘ってしまったんです!……その為にアキトさんに嫌な思いをさせちゃった……

 本当にごめんなさい!」

懺悔の言葉を止めようとはしない砂沙美。

アキトはそんな彼女の頭に手を置き、夕日に映えるその髪を優しく撫でながら口を開いた。

「謝らなくていいんだよ、砂沙美ちゃん。 悪いのは俺の方なんだから」

「違うのっ、私が……!」

あくまで自分を責め続けようとする砂沙美に、視線を合わせながら話し始めるアキト。

「いいかい砂沙美ちゃん、料理ってのは出された物はどんな物でも完食するのが礼儀だと俺は思っている。

 それを、味覚が無いってだけの理由だけで箸を置いた俺は礼儀に反している。 だから君が気にする事は無いんだ」

「味覚が無いってだけって、そんなの苦痛でしか……!」

アキトの言葉に反発するように声をあげる砂沙美だが、

アキトは、流れる彼女の涙を掬うと

「確かに苦痛だけど、それ以上に砂沙美ちゃんに食事を誘われた事が嬉しかったし、
 孤独から救ってくれたのがとても嬉しかったんだ」

この世界で目覚めてから、孤独に苛まされていたアキトに笑顔で近づき救ったのは彼女だった。

「あ……」

「だから、もう泣かなくていいんだよ」

その言葉に、ごしごしと涙を拭くと

「……うんっ」

にっこりと、太陽のように明るい笑顔を見せる砂沙美であった。

「やっぱり、砂沙美ちゃんは笑っていた方が可愛いよ」

「え? え、えぇ!?」

急に言われて、顔を真っ赤に染めながら慌てふためく砂沙美。

「も、もう! アキトさんったら、からかわないでよ!

 さ、さぁもう行こうよ! 晩御飯の仕度が出来ているんだよ」

「(からかってないけどなぁ)あぁ」

先に立ち上がった砂沙美に続き、アキトも立ち上がると砂沙美の横に立ち、手を差し出した。

「あ……」

その手に呼応して、アキトの手を握り締める砂沙美。

意外に大きくて暖かい彼の手に、彼女は妙な安心感を得ながら歩き出す。

しかし、そのほのぼのした情景は次の瞬間には無くなってしまっていた。

「あ……美星お姉ちゃんだ」

「え?」

誰かいるのか?と辺りを見回すが、誰もいないので砂沙美の方を向き、彼女の視線を追うアキト。

「……空?」

視線は空に向かっており、その空には流れ星が――こちら目掛けて落下してきていた。

「……何ぃ!?」

アキトが叫び声をあげると同時に、落下してきた物体は後方の湖へ。

ドバッッシャァァァ

大量の水飛沫が、砂沙美とアキトを襲う。

が、

「こんな時に傘があると便利だよね?」

「そうだな」

どこからか取り出した傘によって、ずぶ濡れになる事は避けられたらしい。

「……一体何が落ちてきたんだ?」

「あ、あぁ……えっと〜」

アキトの事を一般人だと思っている砂沙美は、

落ちてきた物について説明するべきか、隠蔽するべきかで迷っていたりする。

そのうち、細かい水煙などが収まり現れたのは……

「宇宙船?」

傍らに何かロゴの書かれた宇宙船であった。

「美星ぃぃ、あんた今度こそはって言ったわよね?!」

「ふぇぇん!!ごめんなさぁい!!」

ガコン、という音を立てて中から二人の人間が出てきた。

先に出てきた金髪の女性を、後ろの黒髪の女が鬼の形相で追いかけている。

「……こっちに来る?」

追われている女が方向をアキト達に向けて走ってき、追いかけている女も勿論同じ方向へと走ってくる。

「ひえぇん! 砂沙美ちゃ〜ん、助けてぇ〜!!」

アキトを無視して、砂沙美の背後に廻って彼女を盾にして縮こまる。

「この〜!! いいかげんに……あっ?!」

後を追っていた女も砂沙美の背後に廻ろうとするが、木造の地面に足を引っ掛けてダイブする!

このままでは地面とキスは免れない……

が、思わず目を瞑った女は意外に少ない衝撃に疑問を浮かべて目を開ける。

「あ、あれ?」

彼女の目の前には、誰かの胸板が存在していた。

「大丈夫か?」

アキトの意外と厚い胸に顔を押したてながら、抱きかかえられていたのだ。

「あわわ……だだだ大丈夫です!」

声がする方を見上げ、アキトの顔を間近で覗き込むようになってしまった女は、

顔を赤く染めて急いで彼から離れると、直立不動の体勢のまま動かなくなる。

「……妙に抱きつかれた時の対処が巧いよね、アキトさん?」

「そんな事無いぞ?(何でそんな棘のある視線で俺を見るんだ……)」

「あははは! 清音ったら、顔真っ赤っか!」

「う、うるさいわね!!」

清音と呼ばれた女は、耳まで真っ赤に染めて浅黒い肌の女に怒鳴り返す。

「うぅぅ砂沙美ちゃん〜、清音が苛めるぅ〜」

「よしよし……」

涙を流しながら砂沙美に泣きつく女に、砂沙美は子供をあやす様に頭を撫でている。

どっちが子供なのかわかんない。

「ちょっと!? それじゃ、私が悪いみたいな言い方じゃないの!」

「まあまあ落ち着いて」

まるでユリカとジュンの様だ、と苦笑いしながら

アキトは清音の怒りを宥めるために彼女の前へ出た。

「あっあぁ……」

また顔を赤くして黙り込んでいく清音。

「……風邪なのか?」

「いえ……何でもありません」

ただただ顔を真っ赤にして俯く清音に、本当に心配するアキト。

そんないい雰囲気に包まれそうな二人を見た砂沙美は、ぷくぅっと頬を膨らませるとアキトの手を掴み、

「ほらアキトさん!みんなが待ってるから早く行こうよ。 ……二人も早く来てね」

「さ、砂沙美ちゃん。なんで怒ってるの?」

「え〜砂沙美、怒ってないよ〜」

そう言いながらも引きつった笑顔を浮かべながら、アキトを家に引っ張っていく砂沙美。

「清音〜、砂沙美ちゃんが怖いよ〜」

「私、もしかして…………違う!! 絶対違うわよ!!」

「清音も壊れたよ〜!! あ、きっとお腹空いてるんだね! 清音、早く行こう!!」

訳のわからない叫びを上げる清音に、

彼女がイカれてしまったと泣く金髪の女だが、勝手な解釈をして砂沙美たちが向かった方へと走り出す。

……未だ赤い顔でブツブツと呟き続ける清音を引きずりながら。














「「「いただきます」」」

アキト達が、清音等を引き連れて家に帰ってから15分後・・・

柾木家のメンバーが勢ぞろいし、一通り自己紹介をした後夕食が始まった。

「アキトさん、ハイあ〜ん」

「い、いや砂沙美ちゃん……一人で食べれる――」

「アキト殿、こっちの方がおいしいよ」

「鷲羽ちゃんまで……」

二人揃ってアキトに【あ〜ん】をさせたいらしく、両方から迫られるアキト。

「「食べてくれないの……?」」

「ぐぅっ!?」

上目遣いで目をウルウルさせる攻撃に、思わず唸るアキト。 これに耐え切れる男はいないだろう・・・

「「♪」」

照れながら二人の行為に耐えるアキト。

魎呼と阿重霞はいつもの如く天地にアタック。

無論、断りきれるはずも無くどんどん口に物を詰め込まれていく。

そんな彼を見たアキトは、自分は幸せ者だな……とか実感していた。

「どう、アキトさん? 美味しい?」

「あぁ……美味しいよ。 でも3年ぶりだからな、舌がびっくりしてるよ」

本当に嬉しそうに話すアキトに、砂沙美と鷲羽はホッとする。

「良かった……本当に治ったんだね」

「これで肩の荷が下りたよ」

「どうも心配掛けてごめんね」

「あの、さっきから治ったとか……なんの話なの?」

何故かアキトの方を凝視しながら食事していた清音が、気になった言葉について聞く。

「あ……えっとね」

「俺の味覚の話だよ」

少し言いづらそうな砂沙美に変わってアキトは自分の口から事実を言うと、

清音の顔を真っ青になっていった。

「そ、そんな……」

「鷲羽ちゃんに治して貰ったからもう気にしてないよ」

気にしなくていい、そう言われたが気まずそうにする清音を見かねて天地がアキトに話しかける。

「あ、ホントにテンカワさんは強いですね! 感覚を失ってでもそうやって笑っていられるなんて――」

「……俺は、強くなんかないよ」

か細い声で返したアキトに、失言だったとこちらもまた気まずくなる天地。

「……ズズッ(この者は本当に強いが、それ以上に……)」

誰も喋らなくなった食卓で、老人の味噌汁を啜る音だけが響いた。

「「 ………… 」」

咀嚼音だけが響く、重い雰囲気が食卓を包み込んでいたが、

「ただいま帰ったぞ〜」

と、妙に明るい声が玄関先から飛んできて、その声の持ち主が食卓に姿を現した。

「おお?そこの男の人、良くなったのかい?」

黒ぶちの眼鏡を掛けた男は、この場にいるアキトを見て嬉しそうにする。

「あ、はい……って!!」

「ん? どうしたのかい?」

アキトはその男を見た後、驚きの声を上げる。

「ぷ、プロスさん!?」

「「「……はぁ?」」」

その男は、プロスペクターにそっくりであった。

「いえいえ、私は天地の父で伸幸という者で……」

「あ……いやすいません、知り合いに似てたもんで、つい」

アキトが間違うのも無理はない。

今日の彼の服装は、赤ベストにネクタイ、黒のパンツであったのだ。

「いや〜この世に私に似ている人がいるなんてね〜、はははっ。 ところで」

軽く笑い飛ばした伸幸は、笑いと止めるとアキトの方を向き直り

「テンカワ君は、これからどうするのかね?」

皆の視線がアキトに集中する。

「……わかりません」

いきなりこの世界に来てしまったアキトは、行き倒れと同じ。

それに元々死ぬ気だったアキトには、これからどうすると言う事は考えてもいなかったのだ。

そして誰にも視線を合わせない様に俯く。

「伸幸殿、アキト殿は治療したばかりで何が起こるかわからない。 もう少しここで様子を見たいんだけど」

「鷲羽ちゃん……」

「私も、同じ意見です(砂沙美が、あんなに嬉しがっているもの)」

意外な人物の言葉に驚きの表情を見せる一同。

「ふむ、それじゃ……暫くここにいるかね?」

何か考えた後、伸幸はアキトにそう提案する。

「……いいんですか?」

「もちろん。 今更一人や二人増えたって気にしないよ」

一応この家の家主である彼の発言に、ホッとする鷲羽と清音、嬉しがる砂沙美。

「良かったね、アキトさん!」「ふぅ」「……はっ!?(何で私、ホッとしてるの?!)」

「あぁでも……」

だが、続きがあるように話を続ける伸幸。

「でも?」

「部屋が無いから誰かと相部屋になるんだよ」

「……それは別に構わないですが」

呆れる様に答えるアキトと、そんな事かよ、と呟く天地と魎呼と阿重霞だが……

「それじゃ砂沙美の部屋に!」 「……え? 砂沙美!それは駄目!!」

手を上げてアピールする砂沙美だったが、すぐさま阿重霞によって却下される。

「ぶ〜」

「それじゃ私の部屋はどう? 十分に広いよ。 ……ベットは一つしか無いけど」

「いや、それはちょっと」

ウインクして誘ってくる鷲羽に、引きながら遠慮するアキト。

「ねぇ清音、私達の部屋に誘おうよ?」

「ぶっ?! な、な何言ってるのよ!!」 ごちん♪

「ひぃぃぃん、何で叩くの〜?!」

困りはてたアキトは、助けを乞うように柾木一家の方を見た。

「親父」

「そうだな〜、このまま女部屋に放り込んだら大変な事になりそうだしな」

「……あいつがな」

喧騒の板ばさみになっているアキトを見て、少しだけ可哀想に思った魎呼が相槌を入れる。

「ハイハイ、注目!」

手を叩いて皆を注目させる伸幸。

「(この手際の良さ、本当にプロスさんじゃないのか?)」

ちょっとだけ疑問に思ったアキト。

「テンカワ君は天地の部屋に住んで貰う事にしたよ〜……異論は無いですよね?」

途端にブーイングが上がるが(何故か美星からも)、伸幸の睨みでみな黙り込んだ。

家主には頭が上がらないという点もあるが、何より伸幸の出すオーラが怖かったと、後から天地は語る。









「世話になる、天地君」

「いえいえ」

「しかし……ここは不思議な所だな。 あれ程の物を作れる技術があると思ったら、家は普通なもんだな」

「い、いや〜あれは鷲羽ちゃんの……」

妙に馬鹿でかい空中浴場のことを言われ、苦笑いする天地にアキトは笑う。

そして、二人はお互いの身の上を話し始めた。

天地は自分が樹雷の皇子である事、砂沙美や阿重霞がそれに連なる者で、

色々な事情があり自分の家に居候している事、魎呼と祖父・勝仁の関係を述べた。

「実はじっちゃんの本当の名前は遥照で、樹雷皇家第一皇子であり 最強の剣士なんだよ。 

 で、魎呼を追って地球まで来たら居心地が良かったもんでここに住みついたんだって」

「……今の話を聞いていると、樹雷の人間は長生きするようだな」

「なんか肉体に改造を受けていて、皇家の人間は2000年も寿命があるらしいんです」

改造の部分で反応するアキトだったが、悟られないように落ち着きを取り戻す。

「あ、でも成長の仕方は20歳までは地球人と同じらしいです。 まぁ、若い時期が普通より長いってだけの事です」

話は続き、魎呼が鷲羽の娘だと言う事にアキトは思わず吹き出した。

「鷲羽ちゃんって一体……」

「……あまり深く考えないほうがいいですよ」

お互い、彼女の事に関しては触れない事にしたようだ……懸命な事である。

「それで……テンカワさんは?」

「……俺は普通の男だったよ。 俺が別世界から来たの、鷲羽ちゃんから聞いてるだろ?」

「はい」

「火星に住んでて、親が二人とも死んで、戦争に巻き込まれて気がついたら地球……

 で、食堂でバイトしてたら首になって、戦艦に乗ってますます戦争に巻き込まれて、

 その戦艦でむりやり戦争終わらせた後、流されて婚約して……まぁこんな感じだ」

かなり大雑把に言った後、何かを思い出したのか苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべたアキト。

復讐の部分は口に出さずに、

「ま、こんなもんか? 気がついたら、この家の布団の中さ」

「波乱万丈な人生を送ってますね……」

同情の視線を送る天地に、アキトも階下から聞こえる怒鳴り声と衝撃に丸い汗を浮かべ同情の視線を返す。

「君もな……」

がしっ

今宵、二人の男の間に(主に女難という共通点で)熱い友情が生まれたのは言うまでもない。












「……っと、もうこんな時間だ。 そろそろ寝ますけど……」

と言いながら布団を敷き始めた天地を横目に、アキトは窓から見える湖を見ながら答える。

「俺は、今はいい。 少し散歩してくる」

スッと立ち上がり、部屋から出ようと歩き出す。

「じゃあ、俺は先に寝てますんで……ごゆっくり」

一人にしておいた方がいいと思った天地は、そのままアキトを送りだし、眠りについた。











月と星の光だけが降り注ぐ湖畔に、アキトは膝を抱え込むように座り込む。

「何故、俺は生きている……あれだけの罪を犯した、この俺が!!」

夕方の時には言わなかった、アキトの中で渦巻いていた考えが口から放たれる。

「何も知らずに死んだ人たちに、後から必ず逝くって誓ったのに! 俺だけ……」

「血に汚れた俺が、何で生き残ってしまうんだ?!」

感情を剥き出しにし、握り締めた手からは血が滲み出している。

あまりの絶望に思わず涙するアキトに、優しく肩に触れる手が後ろから伸びてきた。

「っ! 誰だ!?」

「……アキト殿」

驚いて後ろを振り向いたそこには砂沙美と同じ色の髪を、ロングヘアにした着物の女性が居た。

「どうして俺の名を……」

「私の名前は津名魅……3柱の女神で、愛を司る女神・津名魅です」

神秘的な雰囲気を持つ女性―津名魅は、アキトの隣りに歩み寄る。

「夕方の時も、その言葉を言うつもりでした?」

「んな!?」

何故その事を知っているのか、驚くアキトに不思議な笑みを浮かべる津名魅。

そしてそのまま座り込むアキトの傍に立ち、どこか遠くを見る。

「あなたは一体……」

知らない人間、見覚えの無い人間には警戒心を怠らなかったアキトは、何故か彼女にだけはそれを抱かなかった。

「……」

アキトの問いには答えず、彼女は視線を前方の湖に落とした。

アキトもそれに釣られて湖を見ると、そこには……

「砂沙美ちゃん!?」

その水面に映るのは今隣に居る津名魅ではなく、彼女と同じ笑みを浮かべた砂沙美の姿であった。

「どうして……」

「死の淵にあった……いえ、既に死んでいた彼女を救うには、私が彼女の新たな命の源となる必要がありました」

「……」

五感の無くなっていた彼ををラピスがリンクして補助していた物と似ているが、違うのは命を補助していると言うところ。

今は遠いところに居るラピスの事を思い出しながら、津名魅の横顔をじっと見るアキトに彼女は話しかけた。

「やはり、貴方の心から深い悲しみと死への渇望、己の絶望が感じられます」

「……あぁそうさ。教えてくれ! 何故俺は生きている! 何のために俺は生き延びた!?

 何故俺はこの世界に来たんだ! 俺に、どうしろと言うんだ……!」

悲痛な叫びをあげるアキトに、津名魅はさほど大きくない両腕で、彼を抱きかかえる。

「それは私にもわかりません。 でも、ここに来た事には必ず意味がある筈です。

 ……自暴自棄にならないでください。 

 貴方が生きている以上、必ずその意味はありますし、その意味を探す事もできます。

 ですから、そう簡単に生を捨てないでくださいね……?」

津名魅の瞳から零れた涙が、アキトの首筋に落ちる。

「……どうして、貴方が泣くんですか?」

「え?」

アキトの疑問に、彼から体を離した津名魅は自分の頬を伝うモノを触れ、泣き顔ながらも笑みを浮かべる。

「きっと砂沙美ちゃんの心配が、私に感染したのですね」

そしてそのまま泣きじゃくる津名魅に、困った様にオロオロするアキト。

「すまない、泣かないでくれ……」

「だって、アキト殿が!」

「貴方の言葉はちゃんと伝わりました……時間が掛かるかもしれないけど、

 俺は俺の生きてる意味を探していきます。 それを見つけるまで、絶対に死にません」

「ぐすっ……その言葉が聞ければ十分です。(この私が、涙を。彼女の影響がここまで……ですが、これもいいかもしれません)」

アキトの答えに満足したのか、やっと涙を止めた津名魅は立ち上がってその存在を光と変えていく。

「な、なんだ?」

目の前で姿が消えていく津名魅に、驚きの声をあげるアキト。

「大丈夫です、砂沙美ちゃんの体に戻るだけですから。それでは、アキト殿……おやすみなさい」

と言いながら、津名魅はアキトの前から消えていった。 今頃は阿重霞の傍で、砂沙美の姿で寝ている事だろう。

「……ふぅ」

しばらく佇んでいたアキトは軽く息を吐くと、柾木家へと歩き出す。





運命……あの時死ぬ筈であった彼が、この世界に流れ着き命を繋ぎ止めたのもまた運命。

そんな残酷な運命の流れを呪いながらアキトは、自分が生きている意味を探していこう、そう思ったのである。

赦される事の無い、罪の十字架を背負いながら……






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