我は汝の願いを聞き、それを叶えた。

汝は、自らが背負う罪により苦痛を味わっているだろう。

死んだほうがマシ、そう思うかもしれない。

だが、死ぬ事は許されない。  

この私が ――― 意思である私が、初めて人である汝の願いを聞き遂げたのだから。

人生の終わりが訪れるまで、出会い、別れ、もがき苦しみ、生きよ。







TRAVELER

第一章







第四話



天地家の朝は、砂沙美が作った朝食を皆で食べることから始まる。

朝から元気良く明るく笑う砂沙美を横目に、アキトは食事を終えて食器を片付ける。

「それじゃあ、出かけてくるよ」

「いってらっしゃい、天地兄ちゃん!」

アキト以外は既に食事を終えており、天地は魎皇鬼を伴い、砂沙美の声に送られながら出かけていくところであった。

「天地君はどこに?」

食器を片付けながら、砂沙美に問いかけるアキト。

「天地兄ちゃんは、近くのニンジン畑にだよ」

「ニンジン畑か……」

帰ってきた言葉に曖昧に相槌を打つと、彼は無言で玄関に向かいはじめた。

「どこ行くのアキトさん?」

「散歩」

慌てて手を拭きながら駆け寄ってくる砂沙美を一瞥したアキトは、口数少なく答える。

「あ、だったら私も一緒に――」

「ああ、アキト殿。 ちょっと待ってくれ」

彼女も一緒に着いていこうと声を掛けようとするが、廊下の奥から小走りでやってきた鷲羽によって遮られる。

「なんだ?」

「これ、持っていきな」

鷲羽が差し出したのは、アキトのバイザーであった。



「……これは俺の、だよな?」

だが、それは原型を留めないくらいに形が変貌しているのであった。

「若干形が変わってるけどさ、アキト殿だよ。ちょっち改造したけどね。

 暗視機能強化・サーモグラフィ・オートマッピング等等。音声認識で各機能の切り替えが可能だよ」

「はぁ」

嬉々として言葉を続ける鷲羽に、相槌を打つアキト。

「それに、一番のポイントは顔を覆う面積の減少!  これでアキト殿の見た目変態度もググッと下がるよ!」

そう言うと親指をグッと上げてアキトに笑みを浮かべる鷲羽。

「へ、変態……」

当のアキトは、明らかに自分を指して言った『変態』という単語にショックを受けていた。

「は、はは(汗」

もはや砂沙美はそんな彼を見て苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

「(――たしか、ラピスと街を歩いた時もそんな事囁かれた事あったが、あれは全部俺の事だったのか!?

  警察が追ってきたのも俺のせいだと!? ネルガル内でも避けられていたのは別の意味で怖かったからか?!)」

脳裏に浮かぶは過去の出来事から推測される自分の立場。

「――あ、ありがとう。それじゃぁ……」

アキトは少し泣きそうになったのを我慢して、差し出されたバイザーを受け取るとフラリと外へ出て行った。

「あ、アキトさん…「砂沙美ちゃん、止めときなさい」

そんなアキトを呼び止めようとする砂沙美だが、鷲羽はそれを止めた。

「え?鷲羽お姉ちゃん?」

どうして?と言わんばかりに彼女を見つめる砂沙美に、鷲羽はアキトが出て行った方を見ながら口を開く。

「彼の心は予想以上に傷つき、悩んでる。もう少し、時間を与えた方がいいの」

真剣な面持ちで言う鷲羽だが、砂沙美は困った顔をして答える。

「アキトさん、今ので結構傷ついたんじゃないかな?」

「……あ」

砂沙美の言葉に自分が言った失言に気づいた鷲羽。、

「てへっ♪」

「てへ♪ じゃないよ〜!」

なんとか誤魔化そうとしたが、やはり無理であった。














「――はぁ」

ブルーな心境のまま、一人山道を歩くアキト。

時折、手元にあるバイザーを見ては虚ろな笑みを浮かべる姿は異様なものがある。

「そうか、そうじゃないか!」

ピタッと足を止めると、肩を震わせながら感極まった様子で呟くアキト。

「何が悪い!?  俺のあの服装のどこが悪いんだ! 
 
 俺が好きだから着てるだけで、他人からどうこう言われる筋合いは無い筈だ!!

 バイザーだって、かっこい……」

開き直ったかのように見えたアキトだが、口にした言葉を途中で止め手にしたバイザーを懐にしまう。

なんだかんだで鷲羽に言われたことがショックだったらしい。

「で、ここはどこだろうか?」

気がつくと、獣道を歩いているアキト。

辺りは見渡す限り、木・木・木。

どこから来たのかすら覚えておらず、人の気配すらしない。

「……遭難?」

そこまでは言わないと思うが、アキトは柾木家付近の山で迷子になってしまったのであった。





数分は困った様子で佇んでいたアキトであったが、バッと手に持っていたバイザーを掲げる。

「! これさえあれば、方角はなんとか分かる! ズーム機能もあり! どこか高い所に行けば何とか成る筈だ!」

心底嬉しそうに言うアキト。

流石にこんな所では死ねないとでも思ったのであろうか。

「やはり最高じゃないか」

そう言いながらバイザーを掛けるアキト。

傍から見ると、可哀相な人に思えてくるのは気のせいだろう。








サァァ

「!  誰だっ」

鷲羽の改造具合を確認していたアキトは、何かの気配を感じて振り返る。

サァァ

だが、穏やかな風が木々を揺らす音だけが響くだけであった。

「……」

サァァ

「!?」

息を潜め、バイザーの感度を上げて目を凝らしていたアキトは、遠くの木の影に何かいるのに気づき、そこに向かって走り始めた。

ガサガサガサガサガサ

サァァサァァ

草を掻き分け走るが、謎の人影には追いつかない。


ガササッ―――――


いきなり森から抜けたアキトは、目の前の光景に足を止める。

野花が咲き乱れる中で、普通の人には現れないであろう色素、緑色の髪を靡かせた女性がこちらを向いていたのだ。

女性は軽くお辞儀をするとアキトに声を掛けた。


「こんにちは、異世界の人――テンカワ・アキトさん」

「なに!?」


柾木家の人々には言っていない二つ名を述べた女性に、敵意を剥き出しにするアキト。

その様子を見た女性は敵意を気にせず言葉を続ける。

「やはり、間違い無さそうですね」

「……何者だ?」

これほどまでに敵意を剥き出しにしているのに、たじろぐ事も無い女性に問いかける。

「少なくとも、貴方の敵ではありません。

 そう……ちょっとだけ物知りな、ただの女です」

数秒の間を空けて、女性はそう告げると微笑を浮かべる。

「――それで?」

思わずその微笑に見惚れてしまったアキトは気を取り直して声を掛けるが、

「……」

女性は体の向きを変え遠くの景色をボゥッと見始めるのであった。

「おい」

「――別に、大した用ではありません」

「はぁ?」

何か重要なことを言われるのかと身構えていたアキトは、思わずガクッとしてしまう。

「ただ、貴方という存在を確かめたかっただけ」

感情が読み取れない表情で喋る女性はそう言うと、再びアキトに向かう。

「それに、本当に用があったのは私ではなく、貴方なのではなくて?」

「何のことだ?」

「分からない振りはしなくていいわ」

怪訝な表情を浮かべるアキトに対し、笑みを浮かべ

「迷ったのでしょう?」

「うっ!?」

図星を突かれ、呻くアキト。

「ふふふっ」

上品に笑う彼女に、アキトは照れて赤くなる。

「……面目ない」

「ふふ、あそこに大きな樹が見えますでしょう?」

「な、なんだあの大きさは!」 

彼女が指し示した方向を振り向いたアキトは、視界に映る巨大な樹に思わず驚きの声をあげてしまうが

砂沙美達のように、外宇宙からの人間もやってくる世界だからこれくらいデカイ樹もあるんだろうと、

無理やり自分を納得させ、彼女のほうへ向き直る。

 助かった。そういや名前をまだ聞いてない……?」

向き直ったアキトの視界には彼女の姿は無く、周りに茂る草木のみが風に揺られ音をたてるのみであった。

「跡すら残ってない……だと?」

彼女が居た付近には人が居た痕跡を示すものは全く見当たらなかった。

まるで最初から誰も居なかったかのように。

「夢を見ていた、と言うわけでも無いが」

音も立てず、草木を踏み倒すことなく消える事は不可能だと、

アキトは不思議そうに首を傾げていたが急に考えるのをやめ、とりあえず目印になる巨大樹の方へ歩き始めた。

「ふん、馬鹿馬鹿しい。 幽霊など……」

とか言いながらも、その足取りが若干速かったのは誰にも言えない秘密である。


































「てやっ!」 カァン 「甘い」

山から下って、柾木神社という所に出たアキトは、更に下方から聞こえる音に興味を示す。

「声からして天地君と、勝仁さんか?」

長い階段は面倒だと思ったのか、そのまま斜面を突っ切ったアキトは、音源の上方で立ち止まり、其れを見る。

側面は全て畑、その隅にある空き地で彼らは木刀で稽古をしているようであった。

「天地君、中々良い動きをするが……勝仁さん、底が知れないな」

其れを見下ろしながら、アキトはそう感想を言う。

上方にいるといっても、然程高くない場所であり彼らとアキトの距離もそれ程離れているわけではないのだが、

二人ともアキトの存在に気付いていないようだ。

――いや、勝仁は気付いているようである。

「集中しているのか」

そう呟くが、彼は自分が気配を殺しながら見ていることに気付いていなかった。

「あれ?アキトさん?」 「貴方もここに来ていたのね」

「……やぁ」

そのアキトの背後から、何時の間にかやって来た砂沙美と阿重霞が声を掛ける。

無論気付いていたアキトは、驚くことも無く彼女らに振り返る。

「どうしたの?アキトさん」

「いや、ただ見学していただけさ。 砂沙美ちゃん達は?」

砂沙美が手に持っている物から予想はつくが、一応尋ねてみるアキト。

「天地兄ちゃん達にお弁当持ってきたの♪」

ほらっ、と弁当箱を見せる。

「アキトさんのもあるよ」

一番下に置かれていた弁当箱を差し出しながら言う砂沙美。

「ありがとう。

(――もう少し下山が遅かったら不味かったな――)」

心の中で、姿を消した名も知れぬ女性に感謝するアキトであった。





「はぁっはぁっはぁっ」

「今日はこの辺りにしとこうかの。 ほれ天地、向こうで昼飯じゃ」

「はぁっ、やっと終わった」

息も絶え絶えに、弁当の方へ向かう天地は数秒後呆然とした表情を見せる。

「あ、あれ? テンカワさん、何時此処に?」

「大分前から居たが」

「天地、気付いておらんかったのか? まだまだ気配を読み取る訓練が足らんなぁ」

ホォッホォッ、と笑う勝仁だが

「まぁあれほどまでに気配を消されては、樹雷の戦士でも中々気付かないだろうがの」

「すまん、癖で気配を隠していたらしい」

「「「(癖って)」」」

アキトの発言に、思わず苦笑いしてしまう天地と姉妹であった。

「ふむ。テンカワ君、どうかね? 昼飯前に一つ手合せしてみるかの?」

興味深くアキトを観察した勝仁は、アキトにそう提案する。

「じっちゃん!?」 「お兄様!?」

勝仁の発言に驚きの声をあげる二人だが、アキトはそれを気にせず

「そうですね。 リハビリついでには十分でしょう」

「アキトさん、本気なの?」

淡々と、いやどこか嬉しそうな声で答えるアキトに、心配そうに尋ねる砂沙美。

アキトはその頭を軽く撫でると、

「大丈夫、ただの稽古試合だ。

 勝仁さんも手加減してくれるだろうし」

そして勝仁の後を追うように、広場の中央に向かって移動をはじめた。

「砂沙美が心配するのも分かるけど、相手はお兄様です。 ちゃんと手加減はしてくれますって」

「うーん……」

その不安をのせた視線は、ただ一直線にアキトに向かっているのであった。





お互い対峙し、木刀を構える。

「……」

アキトは感覚が無かった時代同様に、自身の体隅々まで動きをイメージし、体内の気の循環を活発化させる。

「(ほぉ、この年でここまで気を練れるか)」

感心した勝仁は、天地との時とは違い少し険しい表情を作って、自身も精神を整える。

そして――

二人の間にできた静寂な空間を、一つの木の葉が横切ると同時に――

「ッ!」 「ハッ!」

カァァァァン!!

瞬時にお互いの間合いをつめ、交差すると木刀が互いに触れた音が響き渡る。

そして交差した二人はすぐさま振り返り、間合いを詰める。

「チッ!」

「ぬぅ!?」

アキトが繰り出す攻撃を受ける勝仁だが、上手く攻撃を下に流して反撃にでようとするが、

迫ってきた蹴りを避けて後ろに下がる。

「いきます」

「居合いか!ならば!」

そして腰の位置に木刀を戻し居合いの構えを見せるアキトに、勝仁も構えを見せる。

「シィッ!」  「フッ!」

ばきぃ!

目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出すアキトに対し、勝仁も彼と速度が劣らぬ斬撃を繰り出した!

それらがぶつかり合った結果、威力に耐え切れなかったお互いの木刀が柄部分から折れ砕けてしまった。

「やはり、底が知れない」

「若いのにやるのぉ」

戦いの昂揚からか笑みを浮かべる二人は、稽古試合用としては使い物にならなくなった木刀を投げ捨てる。

そして、今度は拳での闘いが始まる。







「ねぇ、阿重霞さん。 ……テンカワさんって樹雷の人じゃないよね?」

「鷲羽さんの話では地球人だそうですけど」

肉体強化を受けている勝仁と、手加減されているとは言え互角に戦うアキトの姿に呆然とする天地と阿重霞であった。

「……カッコイイ」

自分の懸念が外れたことにより、先程の不安げな表情は一変、嬉々とアキトを応援する砂沙美があった。




幾回の攻防の末に、勝利を掴んだのは勝仁であった。


「フン!」

重心を低く保ったまま勝仁に接近したアキトは、勢いを殺さず左足で踏み込み左拳で勝仁の腹を狙う。

それを防御しようとガードを腹に集める勝仁だが、

「ここだ!」

勝仁の死角になる位置から側頭部に向けて右蹴りを放つアキト。左拳はフェイクだったのだ。

腰を捻り、尋常じゃない程の速さで繰り出された蹴りは勝仁に決まると思いきや

「甘いっ!」

勝仁はそれを避ける!

「!……そっちこそ!」

が、アキトは更に体を捻り勢いに乗せたまま左回し蹴りを繰り出す!

「むっ!?」

しかし、今度もそれは決まらず、勝仁は逆に受け止めると宙に浮く形になっているアキトにさらに密着し、

彼を地面に叩きつける!

ダン!

「くっ、まいった」

すぐさま反撃に出ようとするが、手刀を首元に構えられ降参するアキトであった。








「いや〜、若いのに大したものじゃわい」

倒れたアキトに手を貸しながら言う勝仁。

「いえ、まだまだ未熟者の身です」

起き上がったアキトは、服の埃を叩きながら苦笑いを浮かべる。

「それにしても、度々動きが可笑しかったが……どこか調子が悪いのかね?」

「あ、いや……悪いというか良くなっているんですけどね。

 自分でも気になるので後で鷲羽ちゃんに聞いてみますが」


弁当を広げ待っている3人の下へ歩きながら、声を潜めて話しかけてきた勝仁にアキトも困ったような表情を浮かべて答える。

「テンカワさん、強いんですね!」

天地の言葉に苦笑いで答えながら、アキトは地におかれた弁当の周りに腰掛ける。

「未来の地球には、これくらいが当たり前だったりするんですか?」

「……いや、そうでもない。未来未来と言うが、人の生活なんてそう変わってないしな」

弁当を啄ばみながら、世間話が膨らんでゆく。

「じゃアキトさんは、その……」

凄く言い難そうに口篭る天地。

「人体実験が力を求める切っ掛けになったのには間違いないだろうが、それで力を得た訳ではない。

 ――逆に体の感覚を奪われたしな」

【人体実験】

よく鷲羽がお遊び程度にやる事だが、そういった類の一線を越え、

人を人とは思わない非人道的な行いを、実際に受けたアキトに思わず重くなる周り。

「――――さ」

「え?今なんて?」

最後の方を聞き取れなかった天地は思わず聞き返すが、アキトは何でもないと首を横に振ると食事を続ける。

「……この卵焼き、砂沙美ちゃんが作ったのかい?」

「え?あ、そうなの。 この前テレビでやってて、興味あったから作ってみたの。 どう、おいしい?」

「俺が作るより何倍も美味しいよ」


そして、賑やかな雰囲気で食事の時が過ぎ

「さて、そろそろ昼休みも終わりにしようかな」

天地はそう言いながら立ち上がって伸びをする。

「そうじゃの。わしもそろそろ神社へ戻るとするかの」

「アキトさんはどうする?」

勝仁がそそくさと歩き出したのを見て、砂沙美はアキトに声を掛ける。

「そうだな」

少し考えたアキトは天地の方を見、

「天地君の手伝いでもしてるよ」

「いいんですか?」

「まぁ、やること無いしね」

居候させてもらってる、せめてもの恩返しだとアキトは立ち上がって天地のほうへと歩き出すのであった。

「ちぇっ」

「砂沙美?」

「あ、ううん、なんでもないよ! 行こう、お姉さま」

一瞬残念そうな表情を見せる砂沙美だが、すぐに笑顔に変えて天地家へと歩き出す。

「この、妹の成長を喜ぶべきか否か。 はぁ、お母様達がが知ったら大変なことになりそうね」

何ともいえない表情を浮かべたまま溜め息をつくと、阿重霞も砂沙美の後を追うのであった。



















「ふぅ。アキトさん、今日はこれ位にしましょう」

手拭いで汗を拭きながらアキトの方を向く天地。

「あぁ」

天地と同じ作業をしていながら、まったく汗を掻いていないアキトは

何時の間にか自分の頭の上に乗っかって寝ている魎皇鬼を落とさないように、器用に歩き始める。

――乗せながら作業をする方が凄いのだが。

夕焼けで染まる空を見上げながら、二人と一匹は帰路につく。

「やっぱり、アキトさんは強かったですね」

不意に天地が口を開いて話しかける。

「俺が強い、か」

「そうですよ! 手加減してあるとはいえ、じっちゃんとあそこまでやれる人って始めて見ましたよ」

冷めた声で呟くアキトと対照に、天地は少々興奮気味に言う。

「どうやったらあそこまで強くなれるんですか?」

「簡単な事だ」

「え?」

どういうことだと視線をアキトに向けた天地は、彼の眼の奥深くにある何かに気がつく。

「天地君は何か目指すものに辿り着くために、稽古を受けているだろう?」

「は、はぁ……、最初はただなんとなくじっちゃんと稽古してましたけど、

 今は皆を守れる力が欲しいので」

少し考えた後、苦笑いしながら答える天地。

復讐の為だけに鍛えたアキトとは違い、純粋に、自分の大切な人だけを守りたいと言う。

そんな天地が眩しいアキトは彼から眼を離すと、自嘲気味に口を開く。

「人は目標があるから、強くなれる。その目標に達する為に稽古する理由が天地君に、俺にもあった訳だ」

「アキトさんにも、ですか?」

「……あぁ」

「それって――」

尋ねかけて、天地は思わず言葉を呑む。

「少なくとも」

天地が言わんとした事が分かったのか、アキトは言葉をつむぐ。

「天地君の様に、純粋な理由ではなかった筈だ」

「……」

そして黙りこむアキトに、天地は声を掛けることが出来なかったのであった。












「あ、アキト殿。 ちょっといいかい?」

夕食が終え一息ついていると、今まで自室の研究室に居た鷲羽がヒョッコリ現われてアキトを呼ぶ。

「なんだ?……って、それは」

畳間にて腰掛けていたアキトは呼ばれた方向に首を向けると、彼の視線は鷲羽が持っている物に引き付けられた。

コミュニケだった。

「これね、壊れているようだったから直しておいたんだけど〜」

猫撫で声で差し出す鷲羽を尻目に天地は、「絶対違うな」と確信した表情で青筋を立てる。

「……」

恐る恐る、といった感じで手を伸ばし其れを手にしたアキトは、感慨深く其れを見つめる。

「アキト殿、それは一体?」

「――これは、懐かしき日々の象徴さ」

コミュニケの機能の説明ではなく、意味深な言葉を呟いたアキトは、其れを右手首に装着する。

その動作をただ黙って見ている鷲羽と天地の二人は、次の瞬間、驚愕することになった。

パチッ

と、音を立ててコミュニケが装着された瞬間、

ぴっぴっぴっ

空間にウインドウが表示され始めたのだ。

「な!? コミュニケはオモイカネの管理下でなければ作動しない筈なのに」

「おぉ?!」

「確かにアキト殿の言うとおり、これは何かの管理下で使用するものだと思ったんだけど」

天地は純粋に、アキトと鷲羽は不思議そうに驚きの声をあげる。

そして、何も表示されていないウインドウはアキトと並行になるように移動すると、

一斉に表示を開始しはじめた。

【艦統括AI オモイカネダッシュ 起動    システム:オールクリアー】

【現在の時刻・座標をプリセット:...ネットワーク接続失敗、現時刻不明、座標・地球エリア2C-0IH】

【艦内走査:...ユーチャリスの存在を感知できず】

【再起動】

【――おはようございます、マスター】

多少の時間を掛け、そのウインドウはアキトに話しかけてきた。

「ダッシュか?」

【そうです】

「ということは、ユーチャリスが近くにあるのか?」

【いいえ違います、現在私の本体ユニットが格納されているユーチャリスは存在を感知できません】

【私はマスターが着用なさっているコミュニケを媒体として、ここに存在します】

「コミュニケにって、これにお前が入るわけが……」

【正しくは、私の意識と呼ぶものが本体ユニットからマスターのコミュニケに随時伝送しているのです】

「つまり、ユーチャリスはまだどこかに存在する、と?」

【肯定。 しかし、現状では位置を把握するのは不可能。 コミュニケと繋がっている理由、技術も不明】

アキトは一唸りした後、鷲羽の方を向き、

「鷲羽ちゃん、なんかやった?」

「いや? 中の焼き切れた回線を直しただけだよ」

「じゃあどうしてダッシュが」

再び考え出すアキトに、鷲羽が助け舟を出すように口を開く。

「亜空間通信、かな? でも。AIの意識をそんな小型な物に伝送・繋ぐって出来ないと思うが」

もはや天地は置いてけぼりで会話は続けられる。

「考えても分からない、か。 まぁダッシュ、お前がまだ生きててくれて嬉しいよ」

単なるAIを人間と同じ扱いで話すアキトに、鷲羽は何故だか、自分と彼は同じイキモノなのだと思う。

鷲羽も自分の作品には愛情を注ぎ、息子娘のように扱う。――たとえそれがイキモノではなくても。

【私もマスターの生存を確認できて嬉しいです。それに、元気になられたようで】

「ああ、鷲羽ちゃんのおかげでね」

ダッシュはウインドゥを鷲羽の方に向けると、器用にそれでお辞儀をする。

「空間ディスプレイでお辞儀されるのは始めて……いや、柱ロボが挨拶してくるくらいだし普通か」

『『 柱?! ひ、酷いでござるっ 』』

「(こいつ、こんな動きとれたっけか?)」

怪訝な表情をするアキトを他所に、ダッシュは天地にも挨拶を終えていた。

【天地さんは、昔のマスターに似ておられますね】

「へ!?そ、そうなの?」

「そうかぁ?」

ダッシュの唐突な発言に、思わず驚きの声をあげる天地。

【どこが、と言われると難しいですが。そうですね、雰囲気でしょうか】

「「へぇ」」

どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出すアキトの昔を、今の天地のイメージで想像した二人は苦笑いを浮かべる。

年がら年中、周りにいる女性の好意の空回りでトラブルに巻き込まれたり、

そんな男だったのか、とアキトを見ながら思いを馳せる二人。

感慨深い表情を浮かべようにもやはりギャップのある彼のイメージから笑いを消せなかった。

「そんなに笑うことないじゃないか」

「はははっ、だってさー」

苦笑いの天地に比べ鷲羽は大爆笑であった為、なんか馬鹿にされたようでガックリする天地。

――実際馬鹿にされているんだが。





「あら、皆さんで何をなさっているのですか?」

談笑しているアキト達の元にやってきたのは、阿重霞であった。

「いえ、ちょっと話を……ヒィ!!?」

答えた天地は、阿重霞が持つ物に対して過剰に反応した。

「あ、天地様。これ、砂沙美と一緒に作ったんですの」

差し出された物は、少し小さめなおにぎり。

「ああああああありがと」

微かに震えながらも、其れを受け取る天地はゆっくりと頬張る。

それで気をよくした阿重霞は、アキトと鷲羽の方を向きおにぎりを差し出す。

「お二人も如何ですか?」

丁度小腹が空いていたアキトは、ありがたく其れを受け取ろうと手を伸ばそうとするが、

「ああ、私らはあまりお腹空いていないから遠慮しとくわ」

貼り付けたような笑みを浮かべる鷲羽によって、その手が出る前に阻止された。

「そうですか」

「鷲羽ちゃん一体……」

「見てれば分かるよ」

静かに見ていると、アキトはおにぎりを咀嚼する天地の様子がおかしい事に気がついた。

次の瞬間――

「むぐぅぅぅぅぇぇ!!?」

「天地様!?」

天地は顔を変色させながらその場でのた打ち回りはじめたのだ。

「今度こそ成功だと思いましたのに……」

「おい、天地!大丈夫か!これを飲め!」

今度は、どこからか駆け付けてきた魎呼が差し出した飲み物を受け取り、一気に飲み干す天地。

「…っ!?!?」

それが止めになったらしく、顔面を蒼白にさせた天地は泡を吹きながら痙攣し始めるのであった。

「天地ィィィィィ!!」

流石にまずいと思った元凶の二人は、アタフタと天地の介抱を開始するのであった。






「……うぷっ」

過去に経験した出来事が、先ほどの惨事によりフラッシュバックしてきたアキトは思わず口を押さえる。

「アキト殿、大丈夫? なんか顔色が悪いけど」

「だ、大丈夫……」

心配する鷲羽になんとか答えたアキトは同情の視線を天地に向け、先程のダッシュの言葉に同意するのであった。

【まさか女難まで似るとは。侮りがたし天地さん】

そのダッシュの言葉に苦笑いを浮かべながらアキトは答える。

「しかし、彼は2食だ。 俺の方が一食多い」

【アレを三食食べて生きてられるマスターって本当に人間かと疑ってしまいます】

「……それほどヤバイ物だったのか?」

【肯定】

冷や汗垂らすアキト。

「アキト殿も、あのような状況に陥ったことが?」

「あ、あぁ。まぁね」

「へ〜……ふ〜ん」

なぜか淡白な受け答えになった鷲羽に、アキトは疑問符を浮かべるが、

彼女から発する何かに押されて問いかけることが出来ずに黙り込んだ。

【……相変わらず鈍いのは変わらないですね】

「どういう意味だよ」

【さぁ?どういう意味でしょうかね?】

ムッとするアキトだが、ダッシュは相手にせずにだんまりを決め込むのであった。

「アキトさん、お味噌汁の味見をして欲しいんだけど、なんかあったの?」

左は天地がのた打ち回っている惨劇の間。

右はアキトと鷲羽が黙り込んで座っている不思議な空間が出来上がっていた為、砂沙美は思わず引いた。

「あ、砂沙【ルリ?】…は?」

この微妙な雰囲気から逃れるチャンスだと声を掛けたアキトだが、ダッシュの台詞に?マークを大量に浮かべた。

「な、なに……?」

「ルリ?」

砂沙美はいきなり目の前に現れたウインドゥに、鷲羽はその人物名に疑問符を浮かべた。

【? 違う? でも似てますね、マスター】

自分の勘違いに気づいたダッシュはアキトに振る。

「お前も勘違いするんだな。って、ルリちゃんとの共通点って言ったらツインテール位だろ。

 似ても似つかない……って事も無いか」

そう、アキトも最初砂沙美と出会ったとき、一瞬ルリかと思ったのである。

「雰囲気は全く違うんだけどな」

ダッシュに向けて苦笑いを浮かべると、ふと砂沙美と鷲羽の視線に気づく。

「……どうした?」

「アキトさん、ルリって誰ですか?」

ルリ。

その名を唱えた時のアキトの表情が、自分等などに見せる表情とは違っているように感じた砂沙美は、

軽い嫉妬を浮かべながら問う。

鷲羽も同じ心中だろう。

「ルリちゃんは、俺の娘だよ」

「「娘!?」」

なんか間違ったこと言ったのかと、彼女らの声に驚くアキト。

【マスター、説明不足です。  正確には義理の娘、養女です】

ダッシュの補足に拍子抜けする二人だが、心中穏やかでは無い。

ダッシュはルリについての情報を、ドンドン表示し始める。

そして最後の一文 ―――

【マスターに迫る女性の中で最年少。受け入れられた少女】

の所で時が止まる。

「ちょっと待て!」

【何か?】

自分の周りの空気だけが、空間だけが別の物に変わっていくような錯覚を覚えたアキトは

すかさずダッシュに突っ込みを入れる。

「ルリちゃんの事だ! 俺がいつOKした?」

【病院からの帰り、ルリと出会った時に】

「ん?……あぁ」

どうやら身に覚えがあるようだ。

そのせいか、空間の変異度が更に加速したような感じを受けるアキトは、脂汗を垂らし始める。

「し、しかしな? あれは……!」

手をバタバタと無意味に動かしながら釈明のように言う彼に、ダッシュは止めを刺すようにウインドゥを展開する。

【マスター、いくらユリカさんから三行半みくだりはん突き付けられたショックで

 ルリに抱きついたからって、そんな言い訳は彼女に失礼ですよ】

「ぐっ……!?」

そう言われたアキトは最早反論できずに唸る。

彼女の気持ちを知ってて、あのような行動を取ったって事は自分にも彼女を想う心があった事を否定できないからである。

「三行半って何ですか?」

無表情でピシッと手を上げて質問した砂沙美に、ダッシュは律儀に答えを提示する。

【要は離婚届、ですね。 色々ありましてね〜マスターも、突き付けれられたっていうか、忘れられた?みたいな】

「て事は、アキト殿は既婚者って事かしら?(私はそれでも構わない、むしろ私がそうだし……けどなんかムカつく)」

「それは違う。 彼女とは結婚ではなく、婚約という形だった」

「え、じゃぁ三行半って意味が違うんじゃ」

【軽いジョークを含ませた一種の表現です】

砂沙美の疑問に、ダッシュが自慢げに答えるとアキトは青筋を立てる。

「この野郎、何時からそんな事ができるようになったんだ?」

「あのアキトさん、聞いていい?」

「ん?」

恐る恐るといった感じでアキトに尋ねかける砂沙美。

「聞いたら悪いのは分かるけど……、どうして別れたの?」

砂沙美は、本来ならこのように人の傷に触れるような質問をしない娘。

その事をよく知っている鷲羽は砂沙美の意外な質問に、小さな彼女なりの想いの強さを知るのであった。

「(でもね砂沙美ちゃん、私も今度ばかりは譲ってやれないのよ)」


アキトはどこか儚げに笑みを浮かべると、呟いて答えるのであった。

「……彼女の望む俺じゃ無くなったからさ」

「「 えっ? 」」

【マスター……】

「さてと、砂沙美ちゃん。 晩御飯の仕度、まだだろ? 手伝うよ」

これ以上言うのも辛くなってきたアキトは、そこで話を切り替えると

砂沙美の頭をポンと叩いて促す。

「あ、うん!」

先に台所へと歩き出したアキトの後を、慌てて追っていく砂沙美を見送りながら

鷲羽は難しい顔を見せながら独り呟く。

「アキト殿、なんか無理してるような……」

【流石に完全に吹っ切る事は、まだ無理でしたようです】

文字だけだが、控えめなウインドゥから何気に心配そうな気配を漂わすダッシュ。

「そんなにショックな事だったの?」

【えぇ……それはとても。それがどんな事だったか、ご自分で聞いてみてください。

 私から話しても、それは同情を誘うような台詞にしかなりませんから】

「……努力してみるよ」

重く感じるダッシュの言葉に、鷲羽はアキトが居るほうを見ながら頷くのであった。
















あとがき

沢山の拍手、コメントありがとうございます。
文章を書くのが苦手でコメント一つ一つに返事を書くのにも非常に時間が掛かってしまう為
この場を借りてコメントを下さった皆様へお礼申し上げます。


正直な話、
ここまで沢山拍手いただけるとは思っていなかったため、非常にビビってます。


ちなみに、私がGXPを未視聴のためGXPシリーズのキャラはでてきません
(今後どうなるかは……)。





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