海からの風が流れてくる。故郷と違い豊穣の雨を運ぶ風ではなく、乾いたそして火薬と鋼の混じった熱い風が。大地も見慣れた那須の優しい風景とは全く違う。より雄大でより苛烈な、赤茶けた石灰岩と丈の低い低木と薮に覆われた異郷に俺はいた。



 「敵連隊規模戦闘団接近中!距離2400、4列縦隊行軍中、後方に軽砲及び騎兵それに段列を伴う、以上!」


 「中隊長殿、不味(まず)いですぜ。数は10倍、不意打ちで叩ける数じゃない。」



 双眼鏡を覗き込みながら監視中の兵と特務少尉の言葉に耳を傾ける。最もな言葉だ、いくらこっちが地の利を得て相手を不意打ち、しかも火力は桁違いときていても数ってのは漸う覆し得るものじゃない。一度は踏みとどまったとしても砲に援護され騎兵に迂回されればそれで終わりだ。正直な話、尻を帆かけて逃げたい…少し考えて口を開く。



 「だがなぁ、少尉。この丘2つ抜けられれば村に出る。先日の交渉見れば奴らが何を始めるか解っているだろう。まだ村民全部避難できたわけじゃないんだ。『出来るだけ踏ん張れ、増援は寄越す。』連隊長自ら言い切ったんだし一度は押し返さんと恰好はつかんだろう?」



 「そりゃ中隊長殿見殺しにしたら連隊長はおろか本土でも首が飛ぶ御仁が仰山出ますからね。」



 我が歩兵中隊の特務士官である鍵島少尉の口は極めて悪い。何故、俺の爺様の従兵ができたのか不思議な位だ。トントンと首を叩いて予備役送り(レイオフ)を表現していた彼が気配を察して振り向き、仮設した狭い塹壕に匍匐前進で近づいてきた兵を引き込む。



 「石鎚橙洋大尉殿!壕1から壕4まで配置つきました。予定通り距離500より射撃を開始するとの上井中尉殿より報告です。」



 軽く頷き隣の鍵島に目を向ける。入営したての若い兵を連絡に回すとは向こうも切羽詰まっているな。緊張感で俺の名前まで口走ったあたり初年兵(新兵)なんだろう。目を向けられたことを察した鍵島が声を発する。



 「御苦労!貴様は此処に留まり次の連絡を待て。……まぁ、湯でも飲んでいけ。」



 しゃちほこばり礼を言う若年兵の声を背に双眼鏡を構え近づいてくる『敵』を見る。
俺たちの眼下、といっても高低差がそれほどない2つの丘の切れ目を細い街道が通っている。それは九十九折(つづらおり)の道程と幾つもの集落を経て海岸の街に向かう。ここはそんな峠の一つにすぎない。そこを敵軍が通過しようとしている。




 ざっと歩兵が千…2個大隊といったところか。先鋒がこいつらだが後ろが問題だ。騎兵が中隊規模、後ろに形式不明の軽砲数門を牽引した段列が視える。それに対してこちらは2個中隊弱、自分のところは重火器中隊並に装備を与えてくれているから機関銃だけで14挺、迫撃砲や携帯歩兵砲すら揃ってる。歩兵の持っている小銃だって最近流行りの空想科学小説から飛び出してきたような代物だ。
 しかし数が少なすぎる。向こうは歩兵騎兵砲兵と三兵揃っているから腰を据えて攻められたらひとたまりもない。本来両方の丘に兵を配して挟撃すべきなのに兵が足りず操典(戦術の教科書)すらできないとは。




 しかし、退くことはできない。相手がこんな地形上の要地でありながら兵と展開させないどころか偵察すら行わないのは急いでいるからに他ならない。村を占拠し略奪の限りをつくす、先日の餌食になった国境近くの村なぞいい例だ。奴らは軍人や民間人、はては回教徒(ムスリム)と日本人の違いすら『まとめて黄色人種、即ち人間ではない』で済ますのだ。いくら過去に支配されたされないで戦争やるにしても民単位で殺し合いをするなんざ常軌を逸している。



 「まったく…禄貰えなけりゃ士卒なんぞ飢え死にするだけなのに。」


 「大尉殿?」


 「なんでもない。少尉、予定通り距離500から始める。少々遠いがこちらに目を向けてもらわなけりゃならん。迫(迫撃砲)は騎兵に回せ、少しでも数を減らそう。」


 「了解。」



 後ろの壕に配置してある迫撃砲に指示を下す彼を一瞥して再び双眼鏡を構えなおす。

距離700、向こうも気づいて騎兵を警戒前進するのかと思いきや全く気配がない。かといって騎兵を威力偵察で突出させようという気配もない。こちらに全く気付いていないと言うのも考えにくいんだがこの服の色が関係してるのかね?と疑いたくなる。帝国陸軍御用達の肋骨服でなく、さりとて現在の制服である黄土(カーキ)色のものでもない。4色を使った複雑な模様の軍服にこれまた同じデザインの布製の合羽のような外套(マント)、“めいさいなんとか”と被服部の下士官が言ってたな。

 距離600、一斉に兵達が自らの銃の安全装置をはずし射撃姿勢をとる。機関銃に関しては既に射撃体勢だ。迫撃砲も壕内で発射態勢だろう。

 距離550、糞!なんでこんなことになった?帝国陸軍最精鋭部隊がこんな欧州の外れで何やっている?ロシアの勝ち戦から10年でこの有様。爺様、それに姉貴、俺達日本人は何処へ向かっているんだ!?



「大尉殿!」



「解ってる!射撃開始、奴らを掃射しろ!!」



 複数の迫撃砲発射音“気の抜けた音”と共に日露戦争でロシア人から“乃木の蒸気鋸”と恐れられた35年式42型多目的機関銃(マシーネンゲヴェール42)…略称MG42が甲高い悲鳴音と共に火箭を吐き出す。

殺戮が始まった。










 セルビア王国軍第8師団分遣隊は出しうる速度の限り南進を続けている。指揮官である大佐は苦虫を百匹単位で噛みつぶしているような有様であった。その矛先は数日前に解任した歩兵大隊長に向けられている。略奪はいい、それは勝者の特権であり報酬の一つの形であるからだ。問題は奴等の勢力圏の前からあの阿呆がそれを行使したからだ。




 略奪を行えば必ず「当たり」を引くものと「外れ」を引くものが出る。「外れ」を引いたものは「当たり」を引いたものを羨み、嫉妬し、憎む。それが戦友の間にに亀裂を含ませ個人の怨恨が部隊崩壊の引き金になることも少なくない。かつて絶対的な戦力差の軍が下らぬ略奪1つで格下の軍に崩壊させられたという戦史もあるくらいなのだ。
 事実、略奪三昧の第1大隊の兵は規律が緩みまくっている。遅れて到着した第2大隊兵士の目が彼らの背嚢に注がれているのは気のせいか。



 「急げ!もたもたするな!!」



 疲れと戦意不足の余り路肩で座り込む兵士を鞭打つ士官の怒号が聞こえてくる。2日!2日も遅れてしまった。事態を収拾し兵規を整えるだけで2日!雇われ軍人とは言え現状に暗澹たる思いを抱かずにはいられない。これが国民軍か?愛国心溢れる精強のセルビア陸軍なのか??



 「ゲオルグ大佐、騎兵だけでも斥候に出されては?」



 副官の言葉に首を振る。出来ればそうしたいのだがと考えもう一度首を振る。恐ろしいのは脱走兵だ。一度逃せば次々とこぼれ落ち、部隊が消え失せてしまう。奴らを監視し脱走兵を追跡、蹴散らし、射殺するのが彼らの任務だ。愛国心でも戦友愛もない軍を統制するのは【恐怖】しかない現実。せめて一個小隊でも大公国からの生え抜きが欲しかった。と無い物強請り(ねだり)を考えてしまう。しかしゲオルグ大佐か……ギリシャ表記とはいえもう少し捻った偽名にすべきだったか悩むところだな。




 それでも夕方には一息付けるだろう。国境線沿いの村、とっくに村人なぞ消えうせている筈だが夜露を凌ぐ屋根と竈ぐらいは残っているだろう。硬いパンと貧相なスープでも暖かい飯は士気を上げる。



 「もう少しだ中尉、村に入れば…」    


 「敵襲!!!」



 兵士の絶叫と共に悲鳴が上がる。いや悲鳴よりより恐ろしい悲鳴音と言うべきか。ここにあり得る悲鳴音、しかし2度と聞きたくなかった悲鳴音。奉天を地獄(ゲヘナ)に変えた忌まわしい絶叫。



 「伏せろ!そのまま歩兵展開急げ。騎兵後退射程外まで退け。砲兵準備。急げ!!」



 奴ら撤退していなかったのか?










 7条の火箭が敵先鋒に向かって伸びていく。標高差50メートル程度とはいえ完全な撃ち下ろしの為、奴らがどうなっているかは手に取るように分かる。一見機関銃というものは横隊突撃してくる敵兵を扇状に掃射することでに絶大な効果を挙げそうに思えるが、操典においてそれは下策とされている。制圧ならともかく、ただ闇雲に弾をばら撒いても効果はない。一点に火力を集中しゆっくりと掃射範囲を動かしていく。掃射が終わった地点は屍山血河になるという寸法だ。




 続いて第二波の7条の火箭が交替で伸びていく。機関銃は何時までも射撃を続けられるわけではない。機関銃が吐き出すのはなにも銃弾だけではないのだ。火薬の熱、銃身を赤熱させあっというまに機関銃を焼きつかせる。下手をすれば筒内爆発、即ち暴発によって使用者をも肉塊に変えかねない危険物なのだ。今射撃を止めた7挺の機関銃は即座に銃身を交換している。この【マシーネンゲヴェール42】の有難いのは防火手袋さえあれば簡単に銃身が取り外せることだ。すぐ真新しい銃身が装着され射撃体勢が整えられる。放り出された銃身は冷却用の樽の中に突っ込まれる。中身は汚水とか小便とか……まぁいろいろ。




 結果、敵先鋒は潰走を始めている。演習でもこの機関銃は標的に立てた案山子を纏めて薙ぎ倒すのだ。藁や竹が肉や骨に代わったとして結果に変わりはない。変わるのは凄惨さと実際に命が“消費”されているというだけ、時々あらぬ方向に飛んでいく短い棒らしきモノは千切れ飛んだ腕や脚だろう。強力な初速度によって放たれた弾は人体に穴をあけるに留まらず、その部位ごと吹き飛ばしていく。




 それでも軍隊というものは容易には崩壊しない。事実、すでに機関銃が6交替で掃射を実行しても崩れたのは先鋒だけで後続する歩兵部隊は陣形を組み替え終えている。騎兵は後退し集結、砲兵も馬匹から砲を外しこちらに砲口を回している。



 「早いな。即座に騎兵を下げたぞ、砲兵も準備している。」


 「はい、練度からして砲はまだ時間がかかりそうですが騎兵が厄介ですね。迫だけじゃ牽制にしかなりません。」



 曇りがちな表情を浮かべ鍵島が答える。撤退するにも騎兵は厄介だ。せめて奴らだけでも追い払わねば。



 「来ました!敵騎兵、迂回してきます。」


 「2小隊だけでも横に回せんか!?」


 「無理です。先鋒は潰れかかってますが後続の歩兵に取りつかれます!」


 「糞ぉ!3分隊歩兵砲用意、射撃に備えろ!!」



 自分の代わりに部下と怒鳴り合う鍵島の声を聞きながら考える。どうみても足りんな……やおら壕の上に出、匍匐前進で3分隊のいる壕に向かう。慌てて壕を飛び出し横に並んだ鍵島少尉が土に塗れながら機関歩兵銃を押し付け声をかけてきた。



 「大尉殿、無茶です。本部に残ってください。」


 「俺が出れば本部班分、3分隊の数は増える。騎兵を排除しなければ撤退もままならない。」


 「英雄になるのは御免こうむります。私はシルクロード踏破して靖国に行くつもりはありませんからね。」


 「上等。」



 軽口でもたたかねばやっていられんな。日露戦争で従軍の経験もある彼の言葉に苦笑しながら3分隊の壕に飛び込む。




 3分隊長、教口少尉が慌てて制止の言葉を口にするが同じ言葉を繰り返し黙らせる。鬼武者の孫、三代目(総督)、過保護だと思うが我が陸軍はなんだかんだで幕藩時代の名残がある。実戦の場で“若殿”に居られてはさぞやり難く感じるのだろう。



 「心配するな少尉、本部班分増援の到着だ。俺はやばくなったら尻に帆かけて逃げ出す役目だ。」



 周りの兵から失笑が洩れる。青い顔してた若年兵も少しは元気になったか。ふと前方に目を向けると塹壕から10メートル余りに妙な物がある。灌木に偽装してあるようだが35年式携帯歩兵砲を鉄製の骨組みに多数括りつけたようだ。薮睨みで見ていると教口少尉が気づいたようで声をかけてくる。



 「大尉殿、うちの兵の発案でしてね、どうせ一斉発射ならこれでもいいんじゃないかと。弾体は散弾ですし1秒単位で順繰りに出るよう調整してあります。」


 「大丈夫なのか?」


 「征京の造兵課員(兵器の設計・改良員)の自作でして、上手くいくかも解らんので私物扱いです。」


 「やれやれ」



 陛下の武器云々なぞ形骸化も甚だしいな。無断改造など厳罰ものだったのに此処では日常茶飯事らしい。帝都の御役所など知ったことかというわけだ。



「うまくいけば俺が一筆入れてやる。提案した兵の名前は?あぁ帰れたら報償物だからな、一番下なら金鵄(勲章)を申請してもいい。」



「ハッ!有難うございます」



 そう言っている間に敵騎兵が機関銃が配されている塹壕を迂回し前進してくる。背後がいきなり急峻な地形になる為、後背をとられる危険は少ないが自分達も押し込まれれば後がないということでもある。



 「各自射撃は200から始めろ、38式と違い44型は短小弾だ、引き付けて撃て。兵隊、指切りを忘れるなよ?44型の連発力は半端ではない。空に手前の短いモノをばら撒くなら貧弱な尻に右腕をぶち込むぞ!」



 鍵島とこの分隊の伍長が兵士に注意を促しているようだが。なんというか相変わらずと言うしかない。あれだけ下品な台詞を吐きながら娑婆じゃダンスホールで踊れる洒落者だからこっちが恥ずかしくなる。



 「騎兵距離400、敵騎兵、搦足に変わりました!」



 「150であの梯子に火を入れるぞ。それまで少しでも先鋒梯団を足止めしろ。」



 騎兵の突撃を目の当たりにすれば之を押しとどめようとする気がしないのも道理だろう。銃が発達し騎兵の価値が徐々に薄れつつあるといっても騎兵槍を構え突進してくるその威容で歩兵は逃げ散る場合すらある。騎兵の衝撃力はいまだ健在である。

ただし、列強でさえなければという但書きがつくが。




 距離200、3分隊と周辺の壕から一斉射撃が始まる。奴らは今ごろ泡を食ってる筈だ。機関歩兵銃、洒落たドイツ語で直訳すると突撃銃と言うが、この35年式44型機関歩兵銃(シュトルムゲヴェール44)は近距離に限るなら歩兵一人が機関銃を持っているのと同じ力を発揮する。自動撃発機構(フルオートマチック)30連弾倉(カードリッジ)が次々と敵兵を撃ち倒す。この場合騎兵は大きな的でしかない。唯でさえ正対面積が歩兵より大きいのだ。しかし梯団は崩れない。何といっても騎兵は戦場の華だ、精鋭とも言っていい。危険の中に栄光を求める兵科が銃弾に怯えることなどあってはならない。弾を掻い潜り戦友を打ち倒されながら彼らは騎兵槍を此方に向ける。




 壕の兵士に恐怖が走る。さらに相手が馬足を搦足から駆足に変えたのだ。事実上の突撃、蹂躙されるという恐怖が歩兵の手足を竦ませまともな思考を麻痺させる。



 「歩兵砲連続発射開始!」    「了解!連続発射開始。」



 担当の下士官が激発紐を引き、梯子もどきに結われつけられた40年式150型携帯歩兵砲(パンツァーファウスト150)が次々と噴射炎と轟音を残して飛び出していく。飛び出した土瓶のような弾体は不恰好極まりない。本来“戦車”やトーチカを攻撃するものだが帝国陸軍でも陣地に攻撃する兵器ということで弾体内部に炸薬と鉄釘を詰めたものを多用している。簡単な時限式とはいえ50発近い数が敵騎兵の周囲で炸裂した。




 正に惨劇、いまや我が軍の陣地を蹂躙するはずだった騎兵はその半数以上が打ち倒されている。無事な騎兵も戦闘態勢に戻れない。馬とは元来臆病な生き物だ、調教され軍馬となっても常識外の事態に対処できるほど“鈍感”ではない。炸裂の衝撃と轟音で嘶きを上げて暴れ回り主人を振り落とすもの、恐怖の余り騎手を乗せたままあらぬ方向へ走り去ろうとするもの、様々だが最早騎兵が戦闘部隊として機能することはないだろう。



 「大尉殿!」



先ほど本部に伝令にきた若年兵が壕に飛び込んでくる。しかも匍匐前進どころか立ったまま転がり込んできた。



 「馬鹿野郎!!」



 戦闘区域で身を伏せず動く兵がどんな有様になるか常識の筈、怒りのあまり拳を振り上げる鍵島曹長を手で制する。



「申し訳ありません!1分隊の……報告、敵…………取りつかれ…」



 機関銃の連射音の中、途切れ途切れに声が聞こえる。俺はすぐに決断を下さねばならない。濡れた泥塗れの迷彩服、自らの手で押さえた脇腹からとめどめもなく血が溢れだしている。匍匐前進中に流れ弾か…もはや手の施しようもない。そのまま目から光を失った兵を壕に横たえると3分隊全員に命令を発する。


 「逆襲する。」










 「正気ですか!?中隊長殿!」



動転して教口少尉が反論する。俺はそれを睨みつけ言葉を発した。



 「幸い機関銃は生きてる。敵先鋒は崩れて使い物にならんはず。となれば1個大隊を一瞬怯ませればいい。それでありったけの弾をばら撒き、武器を捨てて各自撤退する。十分無茶な命令には従った、これからは生き残る為だけに努力しろ。」



 「了解、総員弾倉交換、着剣!。150まで漸進した後、躍進する。」



鍵島少尉のドスの利いた声でやり場のない怒りと恐怖、緊張感とガチャガチャと弾倉を交換する機械音が交錯する。下策中の下策と思う。だが一人でも多く兵を救わなきゃならん。ここまできても増援が来なかったのは自分の判断ミス以外の何物でもない。それを部下に押しつけるようになっちまったが…3分隊全員と本部班18名、壕を飛び出し体を低くしながら前進する。有難いことに戦場の間を小さな木立と薮が挟んでおり遮蔽を提供してくれる。




 薮越しに状況が俯瞰できる。最前列の壕はいまだ破られてはいない。だが後置して予備兵力とした2個分隊がいない。すでに投入するほど状況は悪化しているか。機関銃も稼働しているものは10丁はないな…丘の影から土煙が見えているが敵も歩兵を迂回させるつもりか?隣にいる鍵島曹長の肩を叩く。



 「目標、敵歩兵側面!躍進距離150、総員、突撃に、移れェ!!」



 鍵島の声と共に甲高い突撃喇叭が吹きならされ怒号の中を吶喊する。最前列の兵は腰だめで機関歩兵銃を盲滅法に撃ちまくりながら前進する。彼らは別に敵兵を怯えさせるだけで充分。さらに最後衛の熟練兵が擲弾の要領で【パンツァーファウスト150】を撃ちこむ。数発といえど特大の手榴弾が降ってくるという『状況を混乱させる一手』を取る。自棄糞で「俺の拳を喰らえ!」と叫んでいる兵がいるのはこの不格好な兵器が【鉄拳150】という綽名で通っているからか。




 敵兵の顔が見える、恐怖に歪んだ顔。日露戦争の悪名は伊達ではない、“黄色い悪魔”とでも絶叫したいに違いない。その顔面に弾丸を撃ちこむ。そう、俺達は悪魔だ。何の関係もないこの地に来て何も知らなかったはずの兵士を殺戮する悪魔そのものだ!
 各壕の兵士が一斉に反撃に移る。下士官、士官たちがきっちり統率している所をみると、俺の思惑を察して援護してくれている様だ。証拠に俺たちのように馬鹿な吶喊をする兵はいない。



 「頃合で退くぞ。躍進停止!」



 命令を下した瞬間、耳は全く想定しなかった飛翔音を捉えた。鋼鉄の塊が大気を切って降ってくる擦過音、

 砲兵か!

 後悔する暇もなく爆発音を感じた後、俺の意識は途切れた。










 懐かしくそして荒っぽく揺さぶられる感覚に薄目を開ける。真っ青な空と白い雲を呆然と見つめながら自分が何かの上に横たわっていることに気づいた。



 「(生きてる?)」



 誰かが揺さぶったわけではない。横たわった鉄の板が揺れているだけのようだ。助かったのかとよく回らない頭でぼんやりと片腕を上げようとすると動かない。いや、途中まで動いて引っ掛かるように止まったから何かに固定されているのだろう。腕を下ろすと自らの視界に覚えのある頭が映った。



 「お……目が醒めましたか?若殿。」



 前の鉄製の台からひょっこりと顔を覗かせ気楽に声をかけてくるその人物には心当たりがありすぎる。



 「星野少尉?」



 戦車の司令塔である車長のハッチから身を乗り出し彼はにんまりと笑みを浮かべる。



 「さすが総督閣下の御曹司!一個中隊で一個連隊を叩きのめすとは大手柄ですなぁ。」


 「よしてくれ、そういうのは柄じゃない。それに部下はどうなったんだ?」



 悪意はないのだが彼はこういった口を利く、同期の誼で悪友を演じてくれているのだ。俺の周りは本土でも名の通った奴、名を挙げようとする奴ばかり。そういった連中と話すときは気をつけている。だからこそこいつは俺の数少ない親友だ。



 「間一髪でしたよ。私が到着した時には中隊が狂乱して敵部隊に肉薄する寸前だったんですから。こいつで奴らを蹴散らし大尉殿を救出するまでどれほど私が冷汗を流したか解りますか?それに若の部下は大丈夫ですよ。あの砲撃で倒れたのは若だけだったそうですから。」



 ポンポンと星野は自らの乗車している。【35年式1号戦車】、ドイツ語で言うならば【パンツァーカンプワーゲンTb】を叩いてみせる。そうか、揺れ方に覚えがあるのはこいつだったか。本土でこいつと無断で乗り込み大目玉を喰らったのが懐かしく思える。まだ3年も経っちゃいないのに。



 「若はよせやい。爺様は家は潰すって言ってるんだ。どうせ俺は乃木家の居候、天涯孤独の身の上だ。」



 寝たままそっぽを向こうとすると。戦車の天井にに体ごとくくりつけられた体、その右肩を掴まれ星野の顔がグッと乗り出してくる。



 「石鎚大尉殿、天涯孤独は訂正してもらいましょう。アンタの命はアンタだけのものじゃない。大日本帝国欧州植民領とその住人100万の未来がかかっとるんです。その全てが若の味方だ!簡単に死なれちゃ困るんですよ。」



 怒ったような声を聞いても俺は恨まざるを得ない。あぁ解っているとも!だが何故帝国がこうなったか考えてみろ?爺様と姉貴が戦に勝った御蔭でこの有様(ザマ)だ!!

 首を回し未だ見えぬ街を睨みつける。

 数十キロ東にあるかつてアレクサンドロスポリスと名付けられていた街、征京と名前を変え今も拡大を続ける街を睨みつける。

その街に君臨する祖父と姉…乃木希典と乃木橙子の姿を眼に映すが如く俺は彼方を睨みつけていた。










あとがきと言う名の作品ツッコミ対談




 「どもっ!とーこですっ。この作品で語り手兼ヒロインやらせてもらってます。…で、そこで土下座しているのが作者のフェリ。」


 ども、フェリと申します。このたびは拙作をお読みいただき有難うございます。こうやってこんなネタな作品をアップしてくださったシルフェニアの管理人様及び後押ししてくれた皆様にまずは感謝の意を。(ペコペコ


 「で…作品突っ込みたい放題を銘打ってあとがきの代わりをやるようだけど、この作品、突っ込むところが多すぎというかさ…突っ込むところしかないじゃん!今回のプロット見ただけで1913年のバルカン戦争においてバルカン半島マケドニア北部で乃木希典の孫率いる1945年ドイツ武装SS装備の大日本帝国軍がマンネルハイム大佐率いるセルビア陸軍戦闘団と激突するってどこをどうやっていじったらそんな状況になるのよ?
仮想はおろか火葬戦記のレベルすら超えてるじゃない!?」


 うん、反省も後悔もしている。やっちゃった感も自覚している。だが突っ走る!


 「始めから開き直るな!…もう、でも他にもSSのプロットあったのにわざわざ何でこんな難しいのを選んだの?世界レベルで歴史が激変してるからシュミレーションも難しい筈だし。」


 うーん…このプロット初めは作者の妄想で終わらせるつもりだったんだけどね。ある作品を読んだ時に脳内で化学反応が起こったのよ。基本日本無双で面白くもなんともないと作者が断言できるシロモノだったし。


 「それが蒼き鋼のアルペジオ?」


 そ、あの年表を見てた時、妄想の空白部分に見事にそれが嵌ったわけだ。小説において大日本帝国欧州領そのものを書くつもりはなかったから。あくまで背景に含めて小説として人物の軌跡と想いを追えたら面白いんじゃないかな?と。


 「でも原作も今の状態(2012年次)じゃ完結の見込みが立たない位の大作じゃない?細かい設定まで作って後で矛盾が生じたらどうしようもないわよ?」


 だからかなり予測材料に幅は取ってあるのさ。あくまで始まりの時よりさらに前に時空転移してしまった“霧”とそれにかかわった一族の人間模様を描いていくのがこの作品の骨子だしね。だから原作の全キャラクターに登場の予定は無いし東洋方面巡航艦隊の霧にも登場の余地が無い。全てはあり得ざる過去の話、アルペジオSSとしてはかなり異質な部類になるんじゃないかと思う。だからアルペジオ自体知らなくても火葬戦記として読めるように作り込むつもり。


 「何故シルフェニアだったの?他のサイトでも…」


 ここだからさ。ここの主力小説であるナデシコSSて基本ボソンジャンプを結節点や展開点にしてるでしょ?この作品も同じ次元転移を題材にしてるてな理由かな?霧の戦闘艦とナデシコ系戦闘艦は技術的にも似た存在だしね。


 「なんのことかよく解らないんだけど??話が進めば見えてくるってわけか。」


 そんな感じで


 「で…弟なんだけど序章で出てきたのはいいけど再登場はかなり後じゃない?」


 ちょこちょこ幼少期は書くつもりだけど本格的な登場は4章からだね。そこ菓子盆振り上げない!火葬戦記からアルペジオに移行する時のキーパーソンが彼なんだから、今回の第一部に関しては逆のアルペジオから火葬戦記に移行する物語と考えてもらっていい。だからこそ乃木のじーちゃんが第一部の主人公、そして橙洋は結果でしかない役割に徹することになる。それを踏まえ第二部へと繋げる(つもり)。


 「第二部プロットだけなのによくもまぁ考えること(皮肉
じゃ紙面も少ないし作者から挨拶を。」


 改めましてSS物書き初心者のフェリです。まだまだ稚拙な文章ですがすこしでも読者の皆様方が楽しんで頂けるよう頑張ります。最後にこの作品をアップして頂いたシルフェニア運営の皆様方、クロスオーバーという面白さを教えてくれた空の涼様、戦記という構築を考えさせてくれた第三惑星人様、フェリにSSという衝撃を作品を持ってはじめて教えていただいた眼堕様、ここまで読んでくれた読者の皆様方に尽きせぬ程の感謝を。

 蒼き鋼のアルペジオSS 『榛の瞳のリコンストラクト』 

始めさせていただきます。




 追伸、メールフォームでの感想は大変有り難いのですが、確実なお返事を期待したい人は感想掲示板にお願いいたします。時々重要なメールが消えてしまい大事になるフェリです。

 「こんな作品に感想書いてくれる偉人になんという注文を!(作者を菓子盆で殴)」



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