夜明け前、戸板を開けると外は存外明るい。

 人間が言うところの下弦の月、構成体の瞳色に似た月光が柔らかく降り注いでいる。時折砲声が響くのは擾乱砲撃、俗に言う嫌がらせの砲撃である。すでに慣れた音であるがそれで再稼動状態――人が言う処の目が覚める――に変わる。


 ―――脳内の神経シナプスを再接続、感情シュミレーションプログラムを起動開始、外的因子反応センサー再稼働確認、概念伝達網限定オンライン―――


 人体で云う胸から足もとまで毛氈がかけられ肩に軍服の上着が掛けられている。鍵島という下士官の気遣いだろう。特に冷えるというわけではない、そもそも元の形態はおろかこの形態であってもたかが数十度の温度差など我らには問題ではない。
 また、砲声が響く。もう1時間もすれば砲撃は本格的なものになる。8月11日……いよいよ要塞への全面攻撃が始まろうとしている。
 戦争とは何か? 我の疑問はそこに集中している。人類側が呼称していた“大海戦”我等からすれば当たり前に彼らを攻撃し、当たり前に彼らを駆逐した戦い。そこに『戦争』は無かった。この娘が言った戦争という言葉――彼女の記憶からすれば同級生との些細な言い争いから出た願いにすぎなかったのだが――それが我の目的と合致した。
 だからこそ、この娘が最も頼りにする係累に力を与え戦争を起こさせている。どちらにせよ歴史上起きる戦いだ、問題はない。

 “我”自身が戦争を【実装】するのにこれほど好都合な条件もない。

 意識が切り替わリ始める。感情シュミレーションプログラムが“橙子”の思考を再現し始めたのだ。我は凍結され意識下に沈む。今までのデータは速やかにコアユニットに転送される。




―――――――――――――――――――――――――――――






榛の瞳のリコンストラクト   第1章第7話 
 
   
西暦1904年 8月 12日 曙
 





 ――ふと見上げる、自らの物に戻った体。くたびれた梁と壊れかけの壁、昼間の喧噪が嘘のような静寂の中で遠く遠く砲声が鳴り響く。椅子に(もた)れ掛かっていた体を起こす。小さな机の上には御爺様が使っている雑記帳がありページがめくられたままになっている。なかなか見せてはもらえぬ物、そっと覗き込んでみる。



行軍


<受士勅軍駆月夜> 士勅受け軍、月下を駆ける


<染央天連連烽火> 央天榛み、烽火(砲火)連々たり


<転景観兵昇岳山> 景観(鶏冠)転じ兵、岳を越える


<祈父老只仰誓言> 父老只だ誓言仰ぐ




 御爺様がよく吟ずる漢詩というものの様、これらの字の上に棒線が引かれている。失敗作ということなのかしら? 足を床に下ろし歩みを進める。
 ふと思う、既に南山の戦いは終わりロシア旅順艦隊は海に出てこようとすらしない。状況が変わり初瀬も八島もただ艦隊の一艦として睨み合いを続けるだけ。上村彦之丞提督率いる第2艦隊はいまだロシアの高速艦隊と追いかけっこの最中……既に父様が死地に向かう可能性は低い。
 父へと意識が向かうと胸が痛くなる。考えてみればおかしな話、24歳の父に9歳の娘、生物としてあり得ない話でも無いだろうが社会的な通例としては非常識の限りだ。もしかしたら血族というカテゴリーではないのかもしれない。もちろん彼は何も言わないし私も何も言えない。


 それでも…………


 具の無くなった椀に自らの具を入れてくれる父、軍に戻るとき門前で頭を撫でてくれる父、母親と喧嘩をして彼の後ろで舌を出す“橙子”に厳しくそして優しく諭してくれる父。論理を超えた何かが私の並列化された頭脳を渦巻いている。
 砲声が一気に増える。始まった!足早に駆けながら概念伝達を使う。この時代の人間達が使う電気パルスを利用した電信技術など話にならない通信量と伝達速度、“量子”を用いた私達の会話。


 「索敵ユニットA248-343-300H-S04よりコアA248-343-300H、沿海からの偵察活動を要請する。」

 「許可する。コアD713-505-160・仮称“ウネビ”を展開、S02をそちらに同調させる。」

 「了解、“臨時艦隊旗艦”。」


 もどかしい、たかがこれだけの『会話』(つうしん)にコンマ数秒もかかるのか。人の脳ではどうしても限界がある。扉をあけ早暁へと変わりつつある空を尻目に司令部へと急ぐ。




―――――――――――――――――――――――――――――






 早暁から始まった猛砲撃は僅か1時間の間に12万発もの砲弾を鶏冠山堡塁群に叩き込んだ。攻撃開始から数えれば既に40万発を撃っている計算になる。野戦砲や列車砲の中にはすでに砲身が限界に達し使用禁止とされた物も多い。
 と、言っても砲兵達に休む暇は無い。自らの射撃している野戦砲の隣には新品の砲が設置されており、ただ隣に移動して諸元を再計算した後、撃ち続けるだけだ。御国はおろか列強すら経験したことのない膨大なまでの絨毯砲撃、しかし要塞側からはこれといった反撃はない。彼らも既に思い知らされている。反撃したらどのような目にあわされるのかを。
 空に10個余りの黒い点がある。要塞上空を優雅に飛び回っている飛行機械。動きこそ緩慢だがそのエンジンが奏でる重低音は敵にとって恐怖の的でしかない。さながら羽音を立てて獲物を探しまわる雀蜂といったところか。傲然と人間など葉の裏に隠れる青虫に過ぎないと旋回を続けている。砲撃が終わると機兵の戦車を先頭に工兵、尖兵、歩兵の集団がゆっくりと前進を始める。
 目標は東鶏冠山北堡塁と盤竜山西堡塁、獲物に群がる軍隊蟻のように第11師団が丘に取りつき始める。





―――――――――――――――――――――――――――――







 坂道に変わると【1号戦車】の速度が急激に落ちる。さすがに急斜面では100馬力……馬100頭分の力でも難儀するらしい。鋼鉄の駿馬が甲羅を被った亀に化けたようだ。隣でもそのまた隣でも100輌もの鈍亀が『のそのそ』と斜面を上っていく。
 傍目には滑稽にみえるが歩兵や工兵……間違った。尖兵や工兵にとってこれほど有難い存在はない。斜面を砲煙弾雨の中、体を晒して突貫する必要がないのだ。普通なら敵の阻止砲撃で堡塁前面に辿りつくまで2割は倒れている。そしてそれを防ぐように15砲兵の噴進砲が堡塁に向かって死の花火を投げつけ始めた。兵士が要塞に取りつく前に行われた疾風射と言う瞬間制圧砲撃、さらに噴進砲の広域制圧。ロシア兵は阻止どころか頭を上げることすらままならないだろうな。


 「絶対に兵を戦車前に出すな! 出ようとする奴はぶん殴ってでも下がらせろ。」

 「下士官は戦車側面から注意喚起、地面の状態、戦車の状態、余さず怒鳴れ!」

 袴乗兵(こじょうへい)は機兵に状況報告! 戦車の窓からは外は見えんものとして報告しろ!」

 「5号車下にて地雷爆発! 履帯切断!!」

 「了解! 5号車戦車長、エンジン停止、待機!」


 兵、下士官、士官が交互に怒鳴り戦車に乗る機兵と連絡を取りながら前進していく。擱座した戦車を避け、履帯で崩れかけた鉄条網を踏み潰し、部隊は前進を続ける。電流を流した最新式の鉄条網すら例外ではない。必要とあれば【1号戦車・丙型】の加農砲を至近から浴びせ杭ごと吹き飛ばす。



 「浦上中佐殿、そろそろです。」


 「うむ、工兵前進、ほ……ではなく尖兵前に展開!」



 ええい! この阿呆のような呼び方はどうにかならんもんか。乃木閣下の計らいで全師団に最新兵器が配備されかけているのに参謀本部は下らん名前に固執するつもりか。そんなことより状況の確認が先だ。傾斜が急に緩くなってきている。堡塁前面に近付いている証拠でもあるが……そらきた!

 地面に戦車に銃弾が襲いかかる。大半は地面に銃創を穿ち、戦車で跳弾し、あるものは運の悪い奴に命中する。そんな事に構わず俺は怒号を上げる。


 「全工兵、戦車と壕の距離に厳重注意! 1輌たりとも落とすなよ。」

 「了解! 各戦車袴乗兵、逐次距離算定報告。20で止めて見せろ!」

 「8号車戦車長!距離30、25……20!噴射旋板(アクセル)止め、制圧行動始め!!」


 どの戦車も壕の手前で停止し機関銃の銃口、搭載砲の砲口を思い思いの方向に向け発砲する。壕、言うなればこの東鶏冠山北堡塁の外側に掘られた空堀は幅25メートル、深さ15メートル。兵士はおろか砲や戦車まで呑みこむ巨大な落とし穴だ。
 上で暢気に飛び回っている飛行機械が写した写真がなければ多数の兵器や兵士が壕に呑み込まれ大損害を受けていただろう。そして乃木閣下の言っていた壕内部に張り巡らされた罠、情報が有るのと無いのでは戦はまるで違うものになる。
 壕を挟んで激しく撃ち合う両軍、奴らの射撃点は分厚い土塁とコンクリート(ベトン)で固められこちらの砲を容易に通さない。逆に奴等の射撃は小銃と機関銃、こちらの戦車の装甲を貫くには至らない。千日手の状況に苛々とする。


「機動工兵の投射はまだか!」 「もう少しです、信管調整中。」 「遅い!」


 副官に思わず苛立ちをぶつけてしまい謝ろうとした瞬間、轟音と共に数十メートル先の戦車に破局が襲いかかった。射撃を続けていた【1号戦車】の連装銃塔がもぎ取られている。車体だけは残ってはいるがダメだ! どうみても全員死んでいる。野砲の直接射撃を喰らったのだ。さらに1輌、丙型の前面装甲に閃光が走る。ボコリと車体に穴が開いた瞬間、車体の其処此処から信じられない量の火炎が迸り大音響を立てて爆散する。堡塁側面の射撃窓から2門の野砲が顔を覗かせている。
 怒りに駆られて数輌の丙型、丁型が射撃を浴びせるが分厚い土塁に阻まれ有効打たり得ない。次の目標を捕らえようと砲口を動かす野砲。しかし其の前に重低音のエンジン音と共に、金切り声とも取れるあの恐るべき音が…………


空から降ってきた。





―――――――――――――――――――――――――――――





 「Great ! Great more !! Greatest !!! 」


 操縦席に座っている日本人は私の気が狂ったような声を妙な顔して聞いているのだろうな。だが構わん、これほど心躍らせる戦争が何処にある! あの飛行機械を目の当たりにし、それがなんであるかが理解できたとき……駄目元で頼み込んだ。日本帝国の参謀に、司令官に、頭を擦りつけてでも頼み込んだ。その結果がここにある。ジェネラル・ノギは各国の観戦武官一人ずつ、しかも危険に関する誓約書を書かせた上でタイプ156【こうのとり】の搭乗員として観戦することを許したのだ。なにもせずに1人ずつの枠を得た他国は癪だが、英国軍人たるもの嫉妬で非難するわけにはいかない。精々、謙譲(けんじょう)の美徳として黙っておいてやろう。


 こうしてみると空を支配する者こそ全てを支配するものであるとまざまざと実感できる。眼下に広がる旅順要塞の堡塁群、地上から素人が見ればただ堡塁を適当にばらまいただけのものに映るのだろう。これを堡塁同士が有機的に相互支援できる【要塞】であると看破できるのは有能な軍人か天才ぐらいのものだ。
 しかし、この天空の極みから下を覗くだけで新品少尉の私ですらその全容が明らかになる。ここから要塞の特徴から弱点まで手に取るように解るのだ。おそらく以前からこういった偵察活動を行っていたのだろう。大量に撮られ現像された航空写真、堡塁の上空図から旅順市の市街まで……これを見た時、私は『旅順は陥ちる』と確信したのだ。
 眼下では戦闘が続いている。ジェネラル・ノギは速攻を重視し、最も頑強な堡塁を攻撃しているが無理攻めの感は否めない。と、言っても攻撃開始から僅か3日で旅順最強の堡塁が猛攻撃の前に陥落しかけている事が既に異常事態なのだが。
 【こうのとり】の直上でのんびりと旋回を続けていたタイプ123【さぎ】が翼を翻し降下に移る。3機が一直線に並び猛禽が哀れな鼠めがけて襲いかかる様相だ。胸をかき毟るようなサイレンを轟かせながら堡塁めがけて急降下していく。
 彼らが機首を上げ飛び去った時、堡塁で抵抗を続けていた最後の砲台が爆砕されたのを感じた。思えば【さぎ】の釣り下げていた砲弾もどきの重さは500ポンド強(250キログラム)、小型戦艦の主砲弾の重さに等しい。そんなものの直撃を喰らえば木っ端微塵だろう。


 ふと既視感が襲う、この飛行機械【航空機】が大量に配備され砲兵の代わりをするならば?陸だけでなく海でもこのような攻撃が可能であるならば?思わず笑い声とともに言葉が飛び出す。


 「No Guners! Not Battle Wagon! Allways Airforce of World!!」
 (砲兵はいらない! 戦艦も不要! 世界の未来は空軍にこそある!!)


 私、ヒュー・ダウディング英陸軍少尉は狂ったように笑いながら叫び声をあげる。




―――――――――――――――――――――――――――――






 「やってくれたわ! あの野郎ども。」


 助かったのは事実だ。もしあの攻撃がなければもう4・5輌は吹き飛ばされていた。兵士も言わずもがな。攻撃を受けた野砲とその周りの土塁は抉れたように地形を変化させている。口と鼻に飛び込んだ土を吐き出す。全く、100メートルもない距離に友軍がいるんだぞ。ええ?


 「中佐殿! 機動工兵準備完了、投射開始します!」


 副官のくぐもった声とともに3輌の【1号戦車・戌型】から桐櫃位の大きさの箱が飛んでいく。【1号戦車・戌型】は工兵に所属する唯一の戦車だ。外見こそ甲型に似ているが後方の誘導輪に支持架(ブーム)を取り付け後ろでそれを連結した奇妙な装置を付けている。連結した部分に爆薬をつけ西洋の投石機(オナガー)の要領で数十メートル先に投げ込むのだ。
 投げ込んだ爆薬が爆発し土砂や兵器の残骸、いびつな大の字の物体が空に向かって()き上がる。60キログラムもの巨大手榴弾だ。いかに力持ちかつ敏捷な兵でも投げ返せまい。同時に丁型改の7糎半歩兵砲や尖兵が持ち込んだ迫撃砲が砲弾を吐き出し堡塁でいまだに頑張っている敵を黙らせている。矢継ぎ早に砲を撃つ丁型改に感心しながら副官に声をかける。


 「丁型改の方が使いやすそうだな。15センチ砲のままだったら何台坂道で転がったか見当がつかん。」

 「そうですね、有坂閣下がこちらに来てくれたおかげで助かりました。」


 御国の兵器における主任技術者といってもよい有坂少将、彼は【1号戦車・丁型】を見るなり『転倒確実の欠陥兵器』と決めつけた。本来機関銃を据え付ける車体に固定式かつ短砲身とはいえ15センチもの大型砲を搭載しているのだ。バランスが悪いのも当然である。しかしここで終わらないのが彼らしい。第3軍の兵器庫を見て回り代用できるものを探し出してきたのだ。
 それが大隊支援砲として用意していた35年式18型7糎半軽歩兵砲【7.5cm lelG18】、ボルトで外せる作りだったためか改造は簡単に進み砲本体の重量は3分の1まで下がった。結果は良好、坂道でも転がる可能性は減り今回の実戦投入と相成ったのだ。
 後援者の橙子嬢が陸に上がった魚のように口をパクパクさせていたのを覚えている。それでも薩長閥の因果で何かと角突き合わせる伊地知参謀長と有坂技術主任の間を取り持ったのが彼女なのだから侮れない。
 堡塁側の銃火が急速に衰えていく。次から次へと砲弾を打ち込まれ、徐々に歩兵が頭を上げて射撃できない状態に追い込まれているのだ。これを『制圧』という。こうなってはよほど状況が変わらない限り兵士は死体と変わらない。この段階で反撃しようとすればこちら側の兵の的になるだけ。余程の手練か無謀付きの馬鹿以外ありえない。


 「工兵総員! 懸垂降下開始、壕内掃射口を排除せよ!」


俺の叫びとともに工兵が戦車に鉤爪を引っかけ、次々と鋼製登攀索(ワイヤー)を伝って降下を開始する。この巨大な落とし穴には幾重もの罠が仕掛けられておりさながら茨の園だ。
 まず底に一定間隔をおいて張り巡らされた有刺鉄線、落ちた兵を傷つけ壕内での移動を阻害する。次に地面に仕掛けられた地雷、踏めば兵士など一巻の終わりだ。最後に壕内掃射口、司令官閣下が最も警戒しておられる罠だ。壕をベトンで固めた通路で取り囲み、落下して右往左往する兵士を展望窓から小銃、機関銃で掃射するのだ。
 もしこれらの罠が全て機能すれば100人程度の中隊はおろか500人級の大隊すら覆滅される危険性がある。さらにやっかいなことにこの壕内掃射口は堡塁の地下通路を伝って、なんと攻め手側の壁沿いに配置されているのだ。こんな死角では銃も砲も役に立たない。幸運にも壕の前で留まれた兵は転落した兵士の援護すらしてやれず、眼下で戦友が殺されていくのを歯噛みするしかない。


 ただし……『知らないのであれば』だ!


 我が工兵達が懸垂降下したのはその壕内掃射口の直上、途中から土の壕がベトンに変わり、人一人が潜り込めるくらいの小さな窓が有るのがわかる。我らの上、地上では尖兵や歩兵が猛烈に堡塁に向かって射撃を続けている。35年式44型機関歩兵銃(シュトルムゲヴェール44)35年式42型機関銃(マシーネンゲヴェール42)の火箭を堡塁に浴びせているのだ。今我らは最も無防備な瞬間、狙撃兵に狙われれば助からない。それをさせまいと無駄弾覚悟で支援してくれているのだ。彼らの奮闘に答えるべく命令を発する。


 「突撃工兵、第1射投擲!」


 遠心力と手首の捻りを利用して柄付き手榴弾を一斉に窓に投げ込む。即座にワイヤーを伝って数メートル上昇。一拍後、派手な爆発音が上がり窓から噴煙が噴き出す。


「突撃工兵、第2射投擲!」


 同様に硝子(ガラス)製の手榴弾を一斉投擲し再び上昇する。甲高い割れる音と共に先ほどよりずっと少ない煙が上がり、窓の内部から悲鳴と咳こむ音が聞こえる。
 これが我らが外道と呼ばれる理由の一つだ。亜硫酸ガスを発生させる化学兵器、我らが被っている防護マスクが無ければ目鼻喉をやられ酷ければ死に至る。だが容赦しない。


「突撃工兵、第3射【開始】!」


 今度は背中に金属製の樽のようなものを背負い、銃の代わりにその樽から伸びる棒のようなものを抱えた工兵が降りてきて窓直上でその先端を向ける。そして引き金を引くとその先から炎が飛び出した! いや炎と言うのは語弊があるだろう【火のついた燃料】と言った方が正しい。火炎放射機、FmW35【フレーメンヴェルファー35】、人間を火炙りにする為の兵器だ。
 今度は壕内からさっきの比ではない魂消るような悲鳴と絶叫が上がる。家禽で訓練済みとはいえそれでさえ拒絶する者が続出したのだ。今降下している兵の中に慌てて上へ駆け上がる兵がいる。胃液でも吐くのだろう。
 やがて窓のいくつかから火達磨の人影が跳び出してきた。必死に転げまわって火を消そうとする者、外にでた段階で力尽き窓から上半身だけぶら下げて炎に包まれているモノ……地獄絵図だ。転げ回っているものも実質式には死んだも同じ、体中で燃え上がる火は周囲の呼気を奪い対象を窒息させる。絶えざる苦しみの中死んでいかねばならないのだ。


 「許せ……。」


 機関拳銃を構え一斉射、それで対象は動かなくなる。部下には常に言い聞かせている。『心と体を切り離せ』と、人はコレを戦争とは言わないだろう。人殺しと呼ぶのだ。だからこそ我々はコレを『作業』と呼んでいる。そう自らに命じなければ…………


 「大隊長殿、終わりました。」


 副官の声に我に返る。無駄なことを考えるな! 帰って昇進し妻と子に楽をさせるのだ。その為に俺はここにいる。


 「排除完了! 各員登攀開始!」


 ワイヤーを伝い登攀する。上の連中はこの惨劇を見ていない。何かの連絡がない限り見てはならぬと厳命されているのだ。見たらまともでいられない筈。悲鳴や絶叫など戦場音楽がかき消してくれる。見ない方が良いのだ――そう言い聞かせ俺は壕を登りきった。




―――――――――――――――――――――――――――――





 堡塁内へ続々と皇軍兵士が侵入していく。扉を蹴破り、壁をぶち抜き、過剰ともいえる火力で一つ一つの通路を、部屋を占拠する。ここまで来れば勝敗は決したも同然。しかし彼らは逃げない。圧倒的な火力と情け容赦ない殺伐が彼らの心を追い詰め、死守という最悪の選択をさせてしまったのだ。
 火炎放射機で焼かれつつもなおロシア軍兵士が暴れ回る。2メートルもの巨漢が火に包まれたまま、その膂力で鋤を振り回すのだ。兵士が吹き飛ばされベトンの壁に血と脳漿をぶちまけて即死する。その戦果を目にし狂ったように雄叫びを上げながら次の獲物に向かって突進する狂戦士。その眼前で数丁の機関拳銃が唸りを上げ箱型弾倉の中身がばら撒かれる。狂気の突撃は数十発の拳銃弾によって前衛的な舞踏に変わり巨漢が床に叩きつけられた時、『化物め!』嫌悪感と共にその言葉を吐き捨てたのは誰なのか?
 警戒前進している皇軍兵士の一人が絶叫を上げる。脇腹に刺さったロシア製の銃鎗(スパイク)、ロシア兵の一人が死体の山に自らを紛れ込ませ不意を打ったのだ。ささやかな復讐に笑みを浮かべたロシア兵が凍りつく。怒りに震え得物を振りかざす顔! 顔!! 顔!!! 同輩達がその襲撃者に銃弾を撃ち込み軍刀を銃剣を突き立てる。士官の『死んだふりの兵に注意』の言葉は兵士達で徹底的に拡大解釈され人事不省の者、動けなくなった者、降伏しようとした者すら容赦なく殺伐する。


 
炎と血、硝煙と屍と憎悪に塗りたくられて東鶏冠山北堡塁は……



陥落した。












あとがきと言う名の作品ツッコミ対談




 「ねぇ?ちょっと聞きたいんだけどさ……。」(ヒソヒソ)


 どした?今回は妙に大人しいな。(ボソボソ)


 「結構技術的な問題。なぜ24cmThkテオドール列車砲なんて出したの?ドマイナーな兵器だよ?独3帝で有名どころの28cmK5(E)の方が雰囲気としていいと思うんだけど。」


 成程、確かに微妙な件だよな。確かにそっちの方が良いのだけど断念したんだよ。広軌とか標準軌以上にK5の重さが問題になったのさ。本体重量が218トンなんだけどコレ満州鉄道の重量限界超えているんだわ。たぶん線路に乗っただけで枕木押しつぶして土台を破壊し転倒してしまうと思う。実際K5をイタリアで使用した時も鉄橋や線路の補強で大わらわだった資料もあるし、このころ最も鉄路が発達していた欧州ですらコレだから無理と判断したんだ。で……もってきたのが約半分の重量のテオドール、日本軍の28cm榴弾砲に合わせたかったけどね。


 「大丈夫?威力としては半分くらいしかないけど。」


 射程はクルップ28cm榴弾砲の倍だし砲弾は万のレベルであるから数で押し切る。肝心の砲本体も史実の6門なんてみみっちい数じゃないよ。予備含めて40門近くある。だからじーちゃま海軍から根こそぎ砲術員引き抜いたわけ。しかも予備といっても摩耗する砲身はさらに別、砲身が摩耗したら分解整備して再戦力化するだけの工廠まであるからね。


 「作者?目が据わっているわよ。K5出せなかった怒りを作品にぶつけてどうするの(呆)もうひとつだけど、一号戦車乙(重装甲型)だけど史実に対応するとVk1801だよね?これ標準の一号とは別モノだよ?唯でさえその辺り細かく設定しているから作者らしくないなーって。」


 あ…バレたか(笑)外観こそVk1801だけど足回りは標準の一号戦車のまま、限界まで装甲厚くしてるだけだから。80ミリ装甲なんて出鱈目な値じゃないよ。せいぜい30ミリあればいい方。一応言っとくけど史実=橙子の史実とは限らないから。あくまで蒼き鋼のアルペジオの世界での一号戦車と言う事にしてほしい。


 「技術的なごにょごにょはこんなところかな?さて張り切って突っ込み行きます!
最初は、なぁにぃ?このヘタなお謡!」


 うあぁぁぁッ! 言わないでくれッ!! 正直悶絶した位なんだから。(大泣)
正直じーちゃま軍人なんぞにならずに文筆家になれば飯が食えたのにって本気で思ってる。現実このころ衰退しちゃってる漢詩でなければ正岡子規とか「坂の上」で出てくる文筆家達に匹敵かそれ以上のモノを作った筈と作者は考えてるわけだ。


 「ま、ウィキでも凄味のあるモノ出てるしね〜。でもわざわざじーちゃまの真似する必要ないんじゃない作者の自爆でしかないわよ?“あ・の・お・う・た”」


 …………(呻き声)


 「なになに?爾霊山(203高地)潰したから補完するしかなかったと?乃木三絶を潰すのはもったいないし練習文だけでも書いて橙子に戦の現実たる累々たる死の上に何を立てるのかを感じさせる為だった?……面倒な事考えるわよね〜。」


 …………(ピクピクピク)


 「もひとつ!今回初出の航空機だけど“こうのとり”とか“さぎ”とかどこぞのお役所じゃあるまいし、もちょっとマシなネーミングなかったの?」


 その件か。Fi-156シュトルヒ(こうのとり)は解るよね?これはそのまんま訳した。練習機、観測機、輸送機、軽攻撃機としても使える汎用機だから世界中の航空機の原点がコレになるわけだ。そしてHs-123だけど適当なネーミングが無かったからダイブで水面の魚を狙う鷺をそのままじーちゃまが名付けただけ。平仮名にしたのは国民受けを狙ったという点も大きいよ。なにしろこの時代は「人が空を飛ぶとは非常識」の世の中だから「人は機械の力を借りれば鳥になれる」とのキャッチフレーズは効くと思う。


 「あ……復活した。でもこのままだとバトルオブブリテンの立役者“ヒュー・ダウディング大将”が。急降下爆撃厨になりかねないけどどーするのよ?しかも何処ぞの種の名台詞書きかけたし。」


ま、彼は戦闘機優先論者で爆撃機軍団のハリス大将と仲悪かったみたいだけど彼としてはまず独空軍を凌ぐのが先決、反撃かけてドカ貧になってたまるか!な考えだから柔軟な思考はできると思うよ。むしろ問題はWW2がこの世界で起こるかの方を心配しないと。それに何故彼というマイナーどころを出したかだけど。彼の柔軟性が作品の登場人物の関係構築に役立つと思ったから。」


「どういうこと?」


彼さ、サブカル部門側の人間なわけ。霧を理解するには相当柔軟な人間でないと壊れるか全否定になりかねないからね。退役した後、妖精とか神話とかそっち方面に全力投球しちゃった人なのよ。ついでに慌てて書き直した旧悪を暴かんでくれ。(笑)」


「この作者、壊した方がいいのかしらん??(呆)」


 それじゃ突っ込み対談にならないだろ。で……それを向ける訳か。


 「御所望通りに♪」 (轟音と悲鳴が交錯)



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