西暦 1904年 9月21日   旅順陥落




 腐臭と人間が焼ける匂い、啜り泣く声と僧侶の読経(ブッディズム)。結局、旅順要塞が降伏したのは9月21日、予定では9月10日までに決着を着けると日本帝国軍参謀が言っていたことは果たされなかったことになる。しかし攻城開始から1ヵ月少々、ロシア・セバストポリ要塞すら凌ぐ大要塞がこんな早期に陥落するなど想像の埒外であろう。私ですら最低年内は懸ると見ていたのだ。
日本軍は多数の戦死者を埋葬し慰霊する集団墓地として丸ごと東鶏冠山北堡塁を改造している。その山腹で私ことヨハネス・F・L・フォン・ゼークト、プロシアドイツ陸軍中佐は視察を強行したことを後悔していた。思えば、私だけでなく民間人もいることを考慮すべきだったと思う。
 ……と言うよりも幾ら借金の為とはいえこんな戦場のど真ん中まで従軍記者を連れてこなくてもよさそうなものだが、それがとんでもない事態を招き寄せたのだ。自分の軽率な行動が主因であることは理解している。真実を知りたいという衝動が私を無能な働き者にしてしまった。
 かい摘まんで言えばこうだ。最初で見た戦死体収容所が綺麗すぎた。5体満足に残っている死体ばかり、それも日本軍のものばかり。不審に思った私はこっそりとその場を離れ腐臭のした方、堡塁の地下通路に忍び寄った。そして見てしまった。


 黒焦げになり剥けた皮膚に蛆が集る死体

 青黒く澱んだ舌をだらりと垂れ下がらせ喉をかき毟ろうとして息絶えたであろう死体

 四肢が挽き千切れ体全体に弾痕が残る死体。


 この程度で逃げ出すようでは軍人失格だ。口をハンカチで押さえながらもこの死体が何によって死をもたらされたのか確認するために近付く。そのとき、後ろで悲鳴が上がったのだ。
 しまった! と思ったときは遅かった。同じことを考えたのは私だけではなかったのだ。フランス人従軍記者か? たちまち外へ駆け戻り嘔吐し始める。こうなっては露見するも当然、私は日本兵達に拘束され地下通路から引きずり出された。その後は尋問の嵐だ。
 解放されたのが先程、イジチという参謀の取り成しだったらしい。おかげで私だけ記者団から取り残されて仕舞いこうして墓地の山腹で煙草を咥えている。どうにも火をつける気にならない。さっきの参謀が歩いてきた、よく見れば少将の肩章と参謀将校の微章をつけている。……ということは第3軍参謀長だったのか! 慌てて敬礼し感謝の言葉を口にする。


 「君は随分と行動力があるようだね? 戦車の時もそうだったし今回もだ。」


 彼の言葉が突き刺さる。独断専行、聞こえは良いが軍人として最悪の選択を安易に行った私への非難なのだろう。


 「はい閣下、ですが口にはしません。本国でもこの程度で醜態を見せた私を許しはしないでしょう。そして民間人はともかく欧州の軍人はあのような惨状如きで取り乱すわけにはいきません。」

 「流石だな。」


 確かこの男は祖国に留学したことがあったと聞いた。なかなか流暢にドイツ語を使うものだ。その彼が私から背を向け誰とは無しに問いを発した。


 「旅順守備隊5万3千名中、健常な者7千名強。我が軍5万8千名中、損害1万名弱……どう思う?」


 それは……『大勝利』の言葉を呑みこむ。彼はそんな事を言っているのではない、考えろ! 参謀として実地教育を受ける参謀旅行を思い出す。だが此処は戦場だ! 参謀旅行で間違っても叱責と考課の低下で済む。しかしここで支挫れば部下が兵士が死ぬ。その覚悟を込めて答える。


 「異常です。そこまで損害が積み重なればもはや軍組織として形を成していません。ロシア軍の指揮系統が崩壊し各個で抵抗を続けたとしか考えられません。日本陸軍の損害の過半はその過程で発生したものと推察します。」

 「そうだ、君は優秀だな。」


 思わぬ落第点を出した優秀な生徒が再び満点を出したのを見た教師のような満足気な顔を見せる。喫うかね?と彼は葉巻を取り出すが慌てて私は自らの葉巻をマッチを取り出した。先に上官の火を付けるのが礼儀、しかし彼は笑って小さな金属製の箱を取り出し蓋を開け内部機構を動かした。すると、小さな火が灯り私の煙草に着火する。驚きであっけに取られる私を嬉しそうに眺めて彼も煙草を喫い始める。


 「降伏した最高階級は大佐だったよ。儀礼どおりの調印をしてそそくさと捕虜の列に戻って行った。あれほど後味の悪いものもなかった。」

 「将官クラスは……全滅ですか?」  


 思わず聞き返す。こう言ったからには責を負う為の自殺ではない。文字通り一人残らず戦死したのだ。士官である以上、これがどれほどの異常事態か理解できる。本来安全な後方にいる筈の将官が軒並み前線で戦死するなど常識としてあり得ない。彼は軽く頷く。


 「どうしてこうなったのか…………欧州人は無駄な争いは好まぬ筈。負けと解って吶喊するのは国家として未熟な我が国の方だと思っていたのだが。」

 「はい、失礼ながら少将閣下は根本的なところで間違っていると私は考えます。」


 振り向く彼、私はこの戦争で感じた違和感を口にしてみる。


 「日本軍は強すぎました。おそらく欧州列強いかなる精鋭とてこの軍隊を押しとどめることは不可能でしょう。だからこそ彼らは追い詰められたのです。誰も好き好んで死兵にはなりません。彼らに負けたと思わせる余裕すら奪ってしまったことが日露両軍の敗因と自分は考えます。」


 話しを続ける。


 「思えば祖国の戦術家もこの地の軍学者も同じことを言っていた覚えがあります。戦争は6分の勝ちで良しとする……勝ち過ぎは勝者の驕りだけでなく他者の目をも惹き付けます。普仏戦争の折、当時の宰相が勝者の特権を主張する軍部や皇帝をどれ程諌めたか。もしあのときの宰相の骨折りがなければ我がドイツ帝国は欧州各国に袋叩きにされ世界から消えていたかも知れません。」

 「それが出来れば苦労はせんよ。」


 その声にも納得できる。日本帝国には後が無い、勝って勝って勝ち続けなければ国が滅ぶほど追い詰められているのだ。戦わずに勝つ、口で言うのは簡単だがそれを為した者をこう言うのだ。


 
『名将』と



 山容さえ変わってしまった東鶏冠山の中腹で閣下と私はただ煙草の煙を棚引かせている。漠然とした不安を抱えながら…………




―――――――――――――――――――――――――――――







 予想より時間は掛ったものの旅順は陥ちた。負けた方は捕虜となり後方……何れは日本本土の捕虜収容所に送られることになる。少なくとも彼らは義務を完遂ししばしの休息を得るだろう。だが、勝者にそんな余裕はない。儂の前で戦務参謀が読み上げた報告がそれを示している。



 「第11機動尖兵師団の補充完了は9月中に、第8尖兵師団の補充完了は10月上旬になります。どちらも補充兵に加え第2独立混成旅団を統合しますので問題は無い筈です。」


 「野戦重砲兵旅団はともかく特別工兵旅団の北部移送は11月末です。特に列車砲連隊は海軍との折衝も重なり半分も動ければ良い方かと。」



 隣では、



 「兵站物資は武器、弾薬はともかく被服、食糧はかなり厳しい。我が軍が北上したとして持ち堪えられるのか?」

 
 「だから機動兵站連隊を……」


 「馬鹿者! 前線でも自動車を操縦できるものは少ないんだ。これ以上持っていかれて堪るか!」


 「それはこっちの台詞だ!!」



 山は過ぎたとはいえ厳しい状態、あちらでもこちらでも参謀同士で怒鳴り合う声が響く。『橙子の史実』では要塞陥落は来年の1月2日。3ヶ月以上早いとはいえ1月末には御国最大の危機とも言える黒溝台会戦が待ち構えている。儂としてもこの情報からいかに日本軍が危ない状態であったのかは理解できる。正直、ロシア軍の内輪揉めや宮廷闘争が無ければ日本軍はここで敗北し戦争は終わっていただろう。敵将クロパトキンは呆けていたのか? と疑ったが、向こうには向こうの都合がある。勝てる戦だからこそ余分な事にまで気を回さねばならないのかもしれん。
 現在、満州軍は第1、第2、野津臨時(・・)軍を指揮下に収め遼陽でロシア軍を撤退に追い込んだ。しかし既に人的消耗、物的消耗が酷く追撃どころか気息奄々らしい。少なくとも11月まで進撃は無理と言い出す師団長も出たそうだ。
 毎日のように各軍司令官や師団長から手紙が届く。大半は兵器供与の礼と戦訓報告、ついでに更なる兵器の供与要請といったところだ。なんでも儂が大山閣下に確約させた件は皆に知れ渡っていったらしい。師団長や連隊長の中には編制を無視し臨時編成で独自の部隊を作る者もいるそうだ。戦前の軍ならば異常事態と言ってよい。いくら戦時とはいえ陛下の規定した【編制】を自分の都合の良い様に【編成】してしまうのは部隊長による軍の私物化、陛下の大権を踏み躙じる行為とされる場合がある。それを犯してでも第3軍に武器や兵器を要請する。表向き新戦術や新兵器の試験と言い張る辺り苦しい言い訳だがもはや四の五の言ってられない事態なのだ。躓けば負ける! その恐怖が皇軍全体を覆い尽くし、焦りが皇軍全体を重武装化、機動化に狂奔させている。その打開策である新兵器の出所にしわ寄せが来ない訳がない。
 つまり……満州内における武器、兵器に限り、兵站活動の全ては第3軍に丸投げされているのだ。


 「満州軍総司令部が人を回してくれなかったら第3軍で労働争議(ストライキ)が起きていましたね。」


 橙子の皮肉で大連の臨時司令部は大いに沸いた位の忙しさだったのだ。こういった事が余裕に繋がるほど我等は追い詰められていた。
 旅順陥落の折、生き残ったロシア軍人も旅順市民も容易に武器を手放そうとしなかった。要塞全体を統括する将官が一人残らず戦死した為、個々の防衛陣地や堡塁で抵抗が続き市街まで防衛陣地化しようと動きがあったのだ。『軍人は皆殺しにされる。』『市民は奴隷として日本に送られる。』そんな根も葉もない噂が飛び交い旅順市民まで巻き込んだ市街戦になりかけた。
 ようやく全体を統括しうる佐官を捕虜にし各防衛部隊を降伏させたものの、ロシア軍兵士や旅順市民の不信感は中々消えない。市民の中に看護兵として兵士の看護にあたりその凄惨さを見た者も多かったのも拍車をかけた。我が軍に対する嫌悪と恐怖で非協力的なのは勿論、意図的な妨害(サボタージュ)すら行う者もいた。殆ど西洋の悪魔扱いで参謀の中には怒りの余り、『武威を示し軍紀をもって統治すべき。』との声も挙がったのだ。
 困り果てた儂は観戦武官も交えて会議を行った。異例だが欧州人のことは欧州人に聞いてみた方が良いのではないかと思ったのだ。英国、独国の武官は軍政に賛成した。舐められるのは後々の禍根になると主張したのだ。それに反論したものも少なくない。特に米国観戦武官のアーサー・マッカーサー少将は市民を武力で統治すれば必ず取り返しがつかない事態になると猛反発した。必要ならば中立国である米国の艦艇から陸戦隊を出し、警察活動を代行しても良いと言い切ったのだ。
 露骨なまでの利権獲得行動と言える。しかし、ここで旅順が騒乱にでもなれば本国の利益にならないと彼も考えたのだろう。“フィリピン総督”らしい行動故、それに応じた個人的な恩義として受けることにした――かの植民地では植民者と現地民の争いが絶えないという――児玉閣下から聞いていたことが役に立った。1個大隊分の小火器と弾薬、上海に停泊している米国軍艦が急行しているらしい。満州軍総司令部も大本営も見ざる聞かざるといったところか。元々、自らの物でない以上横流しではないと割り切ったようだ。
 隣の部屋で複数の外国語で怒鳴り合う声が漏れてくる。英国観戦武官の一人が第3軍の報道管制を敷くべきと先の会議で発言したのだ。『余りにも戦場が凄惨すぎる、このままでは欧州市民が御国を悪を決めつかかねない。』そう主張したのだ。同盟国らしい謹言に納得しようとすると。今度は仏国観戦武官が反発する。『事実を報道するのが記者の仕事だ。下手に隠せば欧州人から御国が信用できないと見られるだろう。』と、そこから他国の観戦武官も巻き込んで線引き(ガイドライン)で大論争を繰り広げている。自らの戦争でもないのによくもまぁ……といったところだ。
 いつの間にか多国籍司令部と化してしまった第3軍の長官席で儂は一人茶を啜る。基本、司令官という職種は自らの部内においては仕事が無いのだ。だからこそ儂の頭の中ではある疑問が渦巻いている。高野候補生の説明、辻褄が合わないのだ。おそらく渤海海戦において何かが起こった。橙子の話では【ウネビ】を救出に向かわせたが間に合わなかったとのこと。しかしそれではおかしい。


 
橙子は何故あの時動揺したのだ? 彼が後の連合艦隊司令長官であるとしてもだ。


 
橙子は誰よりも先に父の死を知ることができたのではないか?


 
つまり橙子とは別にナニカが存在し介入しているのではないか??



 背筋が凍るような想像が胸に(つか)えたまま、儂は湯呑の中身を飲み干した。




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 南米から取り寄せたばかりの豆を挽き、珈琲を淹れる。2つの日本製のカップの片方を豆の持ち主に渡しながら自分は聞いてみた。


「ダグ、君の聞きたいことはなんとなく解る。だが話すと思うか? この異常な戦争、国同士だけじゃない。各国武官全員がそれぞれに秘密を隠し持ち、それを同じ国の人間にすら取引材料にしようとしている。珈琲一杯で得られる情報など何もないぞ。」


 珈琲を啜る。少しばかり顔を顰めた。熱い! 何故日本人の使うカップには取っ手がないのだろう。使い難い事この上ない。彼は器用にハンカチでカップを包むと焙煎の香気を楽しみ問いに答えた。


 「だからさ。こうやって密談をしていること自体が年寄り共にプレッシャーを与えている。米国観戦武官代表の息子と英国士官学校主席が何を話している? そう勘繰らせたいのさ。」

 「フン!」


 狐め……。流石はスペインに難癖付けて戦争を吹っかけ植民地を奪い取った男の息子だ。情報の操作とその価値を知り尽くしている。たぶんこの男の狙いはそれだけでない。

「で……君の本当の狙いは何なんだ? 君の父上が抜け駆けをしたのは解っている。英国武官としては腹立たしいがこちらは香港から艦艇を引き抜くほど権力があるわけではないからね。ただ香港やシンガポールの総督達は黙っていない筈だ。」

「私が言いたいのは役割分担さ、ヒュー。」


瓢箪から駒のような発言が彼から飛び出す。思わず口を半開きにしてしまった。同時に心の中で舌打ちする、相手のペースに乗せられたことを自覚せざるを得ない。渋面を作って問い返す。


「どういうことだ?」

「たぶんこれから観戦武官たちは動けない。ただでさえ捌くべき情報が多すぎて自らの業務で手いっぱいなのさ。だから私達の様なオマケに与えられた千載一遇のチャンスになる。手の空いてる若手で独自行動し、手分けして情報を集める。そして各自が集めた情報から一つ二つずつ皆に公開し共有する。今まで各自で争って情報を集めていた状況より何倍も手に入る物は増えるだろう。」


彼には珈琲の味以上に苦い顔を浮かべる自分が見えているのだろうな。……そうか! ダグの言っていることは、


「我等の共有した秘密を各自の祖国へ売り渡し己の功績にしろと? しかも上官達に内密でか。」


 彼はヒラヒラを片手を振り、話しを繋げてくる。


「内密でなくてもいいさ。その上官が話が解るなら出世位させてくれるだろ? だが世の中、そう上手くは出来てはいない。私達に残るのは日露戦争の観戦武官というだけさ。」


こいつは多分、父親以上だ。並はずれた器と行動力、知性を兼ね備えている。敵ならば最優先に叩くべき相手だ。だが今は敵ではない、利用できる者……いや協力者だ。ならば、


「どう分担する?」     彼の話に興味を持ったように質問した。


「好きなことを各自でやればいい。ヒュー、君は妖精の翼(エアクラフト)を調べるべきだ。得意だろ? 私は将軍閣下に当たってみる。上手くすればこの戦争の大図面(グランドデザイン)を引いた影の主役に当たるかもしれない。」


 妥当だ、妥当すぎてぐうの音も出ない。目をつぶり決意し瞼を開ける。2回目に乗ったこうのとり、その窓から見えた祖国を旅立った戦艦の破局とその再生、北欧の人神(オーディン)の如き復活と南欧の大神(ユピテル)の雷をもってロシア艦に破滅をもたらしたあの光景。他言無用とジェネラル・ノギに言い含められたがダグならここまで簡単に辿り着くだろう。ならば知らぬ今、高く売りつけてやる。なるべく噂として要点は残さず推論として導けるように。自分、ヒュー・ダウディングは彼に話し始めた。


「ダグ……君は魔法と科学の違いはなんだと思う?」





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 「本当に良いのですか?」

 「はい鮫島中将様、これ以上犠牲を増やしたくないのです。」


 その言葉で御嬢の父君を思い出す。精悍で娘思いの父親、よく懐いていた彼女からすれば言語に絶する苦しみだろう。このころの幼子にはなかなか実感できぬ物でもあるが、何しろ御嬢は頭が良い。戦場から戻ってこないという噂だけで何が起こったか容易に想像できるのだろう。不憫だ! 不憫すぎる。彼女のおかげで皇軍は世界でもかつて無い『西洋式要塞の即時陥落』を成し遂げたのだ。その対価が父親の死では嘆きはいかばかりだろうか……しかし、


 「確かにこの戦法を使えば理論上、奉天は確実に孤立し最後には陥落するでしょう。ですが将軍閣下の御裁許を得なければ絵に描いた餅に過ぎません。そして閣下がこのような投機的な作戦の為に将兵を天秤にかけることは無いと思います。」


軍司令という言葉を盾に翻意を迫ってみる。しかし『何を躊躇う? 汚名挽回の好機ぞ!』と頭の中で囁く声が我欲を増幅させる。机の上、橙子嬢が持ってきた作戦案の覚書……


 「周りから崩していくべきでしょうね。日本陸軍の欠点はリーダーに強制的な決定権が無く、周囲の意見が作戦の大勢を占めます。師団長2人に参謀長、そして参謀の半分が乗り気ならば覆すことは御爺様とて至難の技でしょう。」

 「言ってくれますな……」


 俺は3週間前の醜態を許せそうもない。まさか兵器ではなく人にこそ自らの蹉跌の原因があったとは。正直、職を辞するべきとも考えたのだが閣下は兵器に有頂天になり足元を掬われるは将兵全ての責である。と却下した。さらに第3軍全てに兵器に驕るは心に隙を作るものと心得よと布告し将兵に一層の奮起を促したのだ。旅順戦没者慰霊祭で弛緩していた軍内の空気は一変し、将兵は暇を見ては訓練や戦技研究を行い士気を上げつつある。しかし、支挫り(しくじり)は支挫りだ。
 橙子嬢の作戦、これに成功すればその責を補って余りある。第3軍がかつてのアウステリッツやカンネーを再現できるかもしれないのだ。閣下の名声は不朽のものになろう。


 『第3軍は来る奉天会戦にて敵右翼を機動部隊で迂回突破、ロシア軍唯一の後方連絡拠点である鉄嶺を封鎖し川と日本軍で敵極東方面軍を半包囲、東側の山岳部に敵軍を弾き出して根こそぎ凍死か降伏に追い込む。』


 そう、不可能ではないのだ! 自動車で戦場を移動できる第11機動尖兵師団にとっては。1日の行軍速度は60キロメートルを超える。もし考えなしで突貫すれば鉄嶺どころかロシア極東地域の首府・ハルピンにすら雪崩れ込める力だ。


 「徹底して作戦を煮詰める必要があります。まずは研究として参謀長と作戦参謀、それに立見閣下で進めることにしましょう。作戦の上奏と可否はそれからです。」


 作戦案を受け取り次の書類に手をつける。橙子嬢は静かに部屋を出て行った。





―――――――――――――――――――――――――――――







 「(わたしは何もしていない。)」    思う。


 そう、私は父様の為に何もできなかった。我侭だけで父様を振り回し、巻き込んで殺してしまった。戦艦と巡洋艦? 私の模造品が何をしたとしても私は納得しない。父様の苦しみの万分の一にもならない。だから……



 「わたしの手で叩き潰す。」   小さく呟く。



 愚かな国家、私が何であるかも気づかず日本を戦争に走らせた愚かな帝国。その代価、余りにも高かったと後悔なさい。“わたし”の兵器、“わたし”の作戦、そして“わたし”の戦争によって滅んでいきなさい。
 鮫島中将から遠ざかる私は少し上機嫌になる。そう、愛する人を奪われた女が復讐の対象を見つけたときのような笑みを……ほんの少し虹彩が遷移するその瞳の下でわたしは邪性の笑みを浮かべていた。











あとがきと言う名の作品ツッコミ対談





 「どもっ!とーこです。ようやく旅順書き終えたわね。ごくろーごくろー♪」


 力入れて書いたからね。仮想戦記としてはかなり血塗れなモノになったけど陸戦自体
こういったものだから残虐描写ありは致し方がない。世の仮想戦記で陸戦物が少なく陸戦でも戦略レベルしか書かないのも解る気がするよ。延々ライアン一等兵の序盤が続くようなものだから読者が疲れ果ててしまう。


 「それを不気味な笑い声出しながら書いてる作者も人格壊れていそうだけどね〜。じゃツッコミ始めよっか? 今回初めて多元視点文章構築らしくなったわよね。ゼークトおじちゃまにじーちゃま、ヒュー君に鮫島閣下、それに“わたし”読者が泡吹いているような気がするけど?」


 少しずつ読者が横を向くように調整したつもりだけどね。乃木パパにステッセリ閣下
コンドラチェンコ少将、秋山弟、一回こっきり系とはいえ皆、橙子の力を覗くだけの機会が与えられ彼らの視点から読者に描写が展開されたわけだ。これで読者に慣れさせて第4章まで続くキャラクター達に視点を集約させていく。この物語の構成の原点にして目標である某大和無双作品は本来これをやりたかったんじゃないか?とまで個人としては思っているよ。


 「ほんとこの作者は読者様に対しても高レベル要求するわ。読者がついてこれなくなってカウント0になった挙句泣いても知らないわよ?」


 自己満足にならないよう頑張るつもりです、ハイ。(戦々恐々)


 「さて、はじめて“わたし”が登場したわけだけど。こんなヤンデレ幼女だったわけ?アニメでありがちなネタキャラにしか思えないんだけど構築しきれるの?」


 “橙子”なんだけど設定上、家庭環境は苛烈なもんだよ。元々勘の鋭い子だし性格もアクティブな前のめり思考だしね。自分の中で喜怒哀楽がマグマのように混在してて感情のコントロールが出来てない。表面上じーちゃまやパパの軍隊教育でいい子であるけどその分内面はかなりの問題児だね。本来の子供はまだ感情のはけ口が癇癪程度ですんでるけど“橙子”は動き始めると容赦なく霧の諸力をぶんまわす傾向が強いから「なんとかに刃物」どころか「狂信者に核弾頭」級のキャラだったりする。


 「ヒロインを言うに事欠いて……(砲口径拡大中23.3cm→30.5cm)」


 まったまった!それこそが今回の物語の発端なのよ。いわば日露戦争は物語における起に当たるのは前 にも言っただろ?巨大すぎて扱いきれない力と、未熟な自分、課せられた大きな咎と責任、橙子がどう折り合いをつけ成長していくか。そして何を為そうとするのか。これを書くことがフェリの目標だから。


 「なんか仮想戦記とかアルペジオSSとかから趣旨が離れているような?」


 でも材料としては優秀でしょ?その2つはあくまで枠、このなかで橙子がどう成長していくかが趣旨、それをじーちゃまはじめ皆の視点で追っていくのが骨子として作ってる。


 「作者が書ききれなくてエタる可能性の方が大きいかもね。(ジト目)」


 ……が、頑張ります(汗


 「そうだ!ヒュー君が話してたダグってもしかしてあのダグ君?それにゼークトおじちゃまが言ってた無能な働き者だけど……」


 そ、ついに出てきたね。彼の出番だけど2章でも説明されるくらいだし3章で一気に出番が増える。第一部陸戦におけるメインキャラになってしまった。出したら彼の動くこと動くこと…横山ノビ先生の戦車屋将軍のようなキャラになってしまった(笑)おかげでパパ総督がえらいことになったけど。それと、あーその言葉は閣下がの言動じゃないという説ね。有名な格言「有能な働き者は参謀に……」はこのころからあったらしいから彼も知ってて可笑しくないなと思って組み入れてみた。


 「最後だけどアレ? 鮫島中将パパの死は知っているのに。あたしが56からパパの死を知らされているのを知らないのはどういうこと。情報配置ずれてない??」


 神視点で見ればその疑問も解るけどね。良く考えてみて?乃木家の私事に他人が関わる事は遠慮するよね。そして鮫島中将はじーちゃまが橙子に父親の最後を話すはずは無いと思っている。精々「父様は帰ってこない」位で済ますはずだと。乃木家はその辺りぶっとんでいる事知らないから同情で済んでいるんだ。これが鮫島中将のおもいっきりポカ、それでなければ作戦書ごと闇に葬った筈だよ。危険すぎる。(あ)


 「危険って?(あ)」


 歯を食いしばれぇぇぇぇっ!!


 「どっちがよおぉぉぉっ!!」


 (轟音と悲鳴が数度ばかり交錯)



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