「やめろ! やめんか貴様等!!」


 胸ぐらを掴まれ怒鳴り声をあげられる。少将閣下の前で俺はその腕を掴むと自らの迷彩軍服から引き剥がした。


 「今更何を言っているのです、秋山少将殿? 諸兵科連合による戦闘能力の向上は閣下が陸軍に提示したものでしょう、その結果がこれです。」



 まさか工兵大隊長の俺が支隊を率いることになるとはな。旅順攻略戦で乃木閣下はこの浦上という男をたいそう買ったらしい。閣下はたかが中佐の俺を装甲車2個中隊と機動尖兵2個大隊を中核とした臨時部隊の長として抜擢したのだ。浦上支隊2000名余りは急遽、満州軍左翼の李大人屯に進出する。味方の歓呼の中、我々は村に入った。当然だろう、数個師団は攻めてくると考えられていた貧弱な拠点に連隊規模の部隊が増援として現れたのだ。しかも多量の補給物資を持ち込んで。
 直ぐに我々は守備隊司令の秋山少将と防衛線を増強し始める。外周の警戒陣地をそのまま主陣地に転換、戦車全てと装甲車1個中隊を即席の機関銃陣地として配置し、その側面を尖兵大隊で固める。俺の子飼い、突撃工兵一個中隊は装甲車一個中隊とともに予備兵力にした。後方、村の中には中隊規模の砲兵と突撃工兵に試験的に配属されたばかりの巨大戦車と思わしきモノが配置される。
 巨大戦車? いや戦車ではないのだ。たしかに外見は1号戦車を凌ぐ巨体と丙型の倍口径の加農(カノン)砲を備えているが戦車ではない。35年式43型10糎砲運搬車(ホイッシュレッケ)、戦車でなく砲台の運搬車なのだ。戦車の砲塔は実は地面に設置することができ10糎という野戦重砲並の大型砲が全周旋回して敵を睨めつけ各種砲弾を御見舞いする。旅順の砲台が戦車に跨ってやってきたようなものだ。
 全部で5輌の運搬車が砲塔部分を自らの起重機(クレーン)で下ろすと土塁で囲った村は即席の砲塞に化けた。砲塔を操るのはなんと歩兵、専門家たる砲兵が操らないのはこれが単なる小規模部隊の支援砲であることを物語っている。野戦重砲級の10糎砲が戦略攻撃ではなく歩兵の支援砲と考えなくてはならない異常ぶりは秋山支隊でも絶句するものが多かったようだ。さらに兵士逹は持ち込んだ地雷や爆薬を用い陣地前に罠を仕掛ける。もう少し時間をかけたかったが到着から僅か2日でロシア兵は李大人屯に襲いかかって来たのだ。数にして一個師団1万3千!
 鶏冠山堡塁迎撃戦、あのロシア兵一個連隊を返り討ちにし、要塞戦というものを逆に彼らに叩き込んだ旅順の地獄が再現された!
 鉄条網と地雷に阻まれ多量の機関銃弾幕にひと山いくらで撃ち倒されるロシア兵、近接しようとするだけで機関小銃と機関拳銃の盛大な歓迎が追加される。歩兵も騎兵も関係ない、ただ一方的に死体の山を築いていく。距離を取ろうにも支援砲やあの砲塞の加農砲が狙い撃ちにし持ち込んだ僅かなロシア製火砲やマキシム機関銃を爆砕する。持ち堪えられず後退するロシア兵に側面から装甲車が襲いかかり蹴散らす。
 最初の突撃は1時間かからずロシア側の大潰走と化した。そして俺が前線に配置された装甲車で止めをさすよう指示を下したとき、少将閣下が俺に掴みかかったのだ。


 「こんなものが戦争と言えるか! こんなもの……こんなものは只の虐殺だ!!」

 「失礼ながら少将閣下は何か勘違いをされているようですな?」


 旅順のときにもこういった手合いがいた。近代戦を西欧の中世さながらの勇気と知恵で乗り切れると考えた輩が、敵だけならまだしも軍司令閣下の訓示した我が軍将兵にもだ! そいつらはまとめて鶏冠山の下に埋まっている。要するにそんな輩から戦場で死んでいくのだ。よく言えば善良、悪く言えば単なる莫迦。もはや戦場では殺すか殺されるか、目標を達成できるか否かに集約されてしまっている。そしてその現実は第3軍将兵の共通認識だ。いささか呆れながら俺は返事をする。


 「旅順で戦った兵は虐殺とは言いませんよ? 皆、ロシア兵の頑強さ、執念深さ、骨身に染みております。奴らが数が多いなら尚更、徹底的に殺さねば自分が殺され御国が敗北するというくらい閣下も解ると思いますがね。」


 「戦意を失った者までもか! 貴様、何処まで御国を愚弄ッ!?」


 思わず閣下の胸座を掴んでしまった。ああ! 俺達だって好きでやっている訳じゃねぇ!! だがこうしなけりゃ国が滅ぶんだ……後で軍法会議ものだが致し方がない。少将閣下が現実を直視できなかったが故とでも言い訳するか。後先考えずドスの利いた訛声(ダミごえ)をぶつけてしまう。


 「閣下! 旅順を知らない貴方に我等の苦渋が判る筈がない。貴方だってコサック騎兵に勝ちたい一心で日本騎兵を育ててきたんでしょう? だから騎兵に歩兵部隊を編合し機関銃を騎砲と称して配備し挙句、軍司令官閣下にまで装備増強を願った!!!」


 なんとか自制し手を放す。あのままいけば少将閣下を感情のまま絞め殺していただろう。一礼して自虐的に言う。


 「知っていますか? 第3軍を除く満州軍で装備を満額寄越して貰えるのは少将閣下の部隊だけですよ。乃木軍司令官閣下は秋山なくして御国の勝利なしとまで言い切るほどです。我等を失望させんで下さい。」


 部隊の方に振り向き指揮を続ける。我等は敵の先を行く、兵器も戦術も、だがどこまで先を行けば戦争に勝てるのか俺には解らなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――






榛の瞳のリコンストラクト
   

第1章第14話 
    

西暦1904年 12月 25日 夕暮










 満州軍本体が沙河と黒溝台で必死の防衛戦を展開している間に第11師団はそれを左から迂回し進撃を続けた。側面と後方を第3軍隷下の師団、旅団に任せひたむきに奉天後方、鉄嶺を目指す。戦術での要諦、

「敵の側面ないし後背に対して指向する運動、即ち包囲」


を行うためだ。黒溝台を指向して進撃してきたミシュチェンコの大騎兵部隊だが、あっけなかった。彼らは我等の戦車、装甲車……ズラリと並んだ機関銃の銃列にそのまま騎兵槍を構え突撃してきたのだ! 一万騎、御国が逆さになっても出てこない騎兵の大群はたった2時間の戦闘で壊滅した。師団の部隊長はおろか兵士に至るまで唖然とするしかなかった。いくら理論上こうなると説明を受けても頭が付いていかない者が多かったようだ。
 それでも儂等は立ち止まることを許されない。大山元帥からの命令書、第3軍で研究されていた機動師団を用いた迂回突破戦法が何処をどう回ったのか満州軍総司令部に持ち込まれ満州軍の作戦として裁可されてしまったのだ。作戦書と共に命令書まで出されては儂も腹をくくるしかない。
 橙子に問い質したが本来第3軍を満州軍のどこに向けるか解らない以上、全てに対処して補給廠を作ったのが仇になったとのこと。第1軍・第2軍・臨時野津軍の後方にある補給廠は早期のロシア軍冬期攻勢で解放せざるを得ず、結果左翼の補給廠しか使えなくなった為、第3軍の初期配置は決まってしまったとの事。
 伊地知も以前、研究という名目で満州軍の参謀にこの作戦を話したところ児玉元帥から作戦書の提出を求められ否応もなく提出せざるを得なかったらしい。止めはロシア軍の『史実』より早い黒溝台会戦だ。余裕を無くした満州軍総司令部はこの投機的な作戦に有り金全てを注ぎ込まざるを得なくなった。

そして……

 大音響とともに東清鉄道支線、即ち露西亜極東軍と露西亜本国を辛うじて1本の線でつなぐ鉄路が爆破された! 極東軍は総司令クロパトキン大将諸共、奉天に閉じ込められ孤立したことになる。第3軍の各師団が西側から圧迫し中央の第2軍、臨時野津軍が中央突破を防ぎ続ける。そして東側の第1軍が奉天前面に進出すれば包囲網は完成する。
 儂も大役を果たした開放感から座り込みたいくらいだ。しかし司令官自ら弛緩してしまっては軍規にかかわる。グッと腰に力を入れ膝で踏ん張る。立ったまま軍刀の鞘を地面に突き立て大きく息をつくことで自らの褒美とした。周りでも握手する者、抱き合っておいおいと泣く者、皆様々に喜びを表している。
 大規模会戦こそ一回限りだったが合計170キロメートルもの道程を完璧な練度とはいえぬ機動師団が6日で駆け抜けたのだ。会戦をのぞけば実質3日である。薄く降り積もった雪の満州、凍った土を踏みしめる音と小さな影、橙子に振り向き儂は言葉を紡ぐ。


 「戦はこれからだ……」

 「? ウネビの火力支援で奉天から敵を追い出すのではないのですか。」


 確かに裏の作戦ではそうなっている。奉天の軍司令部、兵舎、兵器庫を火の海にすればロシア軍は否応なく城外へ出ざるを得ない。そうすればこの寒気と食糧不足、さらには体力消耗による病魔によってじわじわと軍組織が瓦解していく。最後は彼らの言う『精鋭シベリア軍団』が飢えと凍傷患者の群れに変わるのだ。だがそうはしない。

 
 「必要無い、勝敗は決した。ウネビを下がらせておけ。」


 見えなくとも妙な顔をしているのが解る。子供のことだ、戦など見える範囲で切った張ったぐらいにしか考えていないのだろう。戦争を始めるのならば馬鹿でもできる。問題なのはどうやって終わらせるのかだ。児玉閣下なら『火を付けた以上消さにゃならんぞ』と、…………儂は結局、その火に油を注ぎ続けただけだったな。思わず苦笑しようとして居住いを正す、だからこそこれからなのだ。小首を傾げて橙子が質問する。


 「仰る意味が良く解りませんが?」

 「ここからが司令官としての戦だ。向こうも勝敗が付いたことぐらい解っておるだろう。降伏交渉を行い最小限の犠牲で奉天を占領する。なんならまだ戦いたい奴は逃がしても良い。少数のやる気がある奴等さえ逃がせば殆どの者は大人しくなるだろう。」


 「は?」


 ますます小首を傾げて不思議な顔をしながら橙子は質問してくる。


 「御爺様は戦に勝ちたくないのですか?」

 「何を言っている? もう戦場は勝ったも同然、戦を終わらせてこそ勝ったと言えるのだ。」


 そう、戦場で勝ってもそれが戦争の勝ちとは限らない。そして……儂は大山閣下や山県侯と何度も話し合ったことを話す。今回の戦で勝てば国民は有頂天になり、ますます現実の厳しさを見なくなるだろう。結末はあの敗戦だ。結局満州も半島も無くなり屍の山、無一文だ。ならば初めから捨ててしまえばよい。債権の(カタ)に米国や英国に譲り渡してしまえば良い。

 『借金してでも国と民を守らねばならなかった。しかし、家財を切り売りしなければ国民皆心中です。』

 こう言えば国民皆この戦争がいかに有意義かつ、無駄であったかを悟るだろう。分相応の国としてもう一度やり直せばいい。列強がなんだ! つまらぬ背伸びよりもやる事があるだろう? 父を亡くし其の手ひとつで弟妹を食わせている少年を思い起こす。たった2円(2万円相当)恵んで何が善業か! 己はその少年から税を巻き上げる陸軍の将官、自己満足なだけだ。


 「御爺様は“未来”を変える御積りですか?」


 困惑したように橙子が言い募る。孫としても予想外なのだろう、儂とて『史実』に対する反骨心位持ち合わせている。


 「悪いか? ここは儂等の時代だ。おまえの思い通りにはならんよ。」

 「良いですけど……約束事は続行させていただきます。」


 不穏な言葉を発した孫を訝り以前の契約を思い起こす。


 「日露の戦での勝利か、これだけ勝てば十分だろう? 南山で勝ち、旅順を奪り、奉天も露西亜軍も風前の灯だ。」

 「この国は夏まで持ち堪えられません。あの帝国はそれ以上持ちこたえられます。ならば、持ちこたえられないようにするまで。」

 「何?」  


 儂はここで黙るべきだった! 耳を塞ぎ目を閉じ知らぬ存ぜぬを通せばよかったのだ。だが、儂は……悪魔の声を聞いてしまった!!


 「今、ロシア帝国における継戦能力を壊滅させる作戦を行っています。ロシア皇帝も自らの畑が枯れ果て、自らの家が瓦礫の山になれば思い知るでしょう。此の国と戦をすべきではなかったと。」


 虹彩を揺らめかせ唇に人差し指を当てて少女と思えぬ仕草で艶然と笑う橙子は既に人と思えなかった。


 「莫……迦……な…………!。」


 正直どうやってそんなことができるのかは知らぬ。だが、此奴はやると言ったことは必ず実行する。それだけの力もある。慌てて怒鳴る。


 「そんなことをしてみろ! この戦収拾がつかなくなるぞ!! 戦は戦場で行うもの、民草殺して何が戦だ!!!」


 激しく虹彩が揺らめきながら橙子も叫ぶ。そう黒から榛へ……


 「甘いです! 御爺様!! 民は簡単に兵士になります。私はその大本を叩き二度と戦ができぬようにするだけ!!!」

 「愚か者!!」


 儂の怒りの絶叫を同じ言葉と瞳で言い返してくる。そう榛から黒へ……


 「愚か者は御爺様です!! 御爺様は御父様が殺されて悲しくないのですか!? 口惜しくないのですか!? 私は……憎い! もう御父様の温もりも感じられない、もう思い出せもしない……だから」


 最後に孫の口から言いようのない恐怖が放たれた。


「……だからあいつら(ロシアすべて)が憎い!!!」



 儂が間違っていた、いや根本的に間違っていたのだ。孫は戦争に向かないのではない。戦争を根本的に間違えている。国権の延長、外交の一手段としてではない。やられたらやり返す、殴られたら殴り返す。そんな子供の喧嘩と同じ程度で戦争を考えている! そのままさらに言葉を続けようとして橙子が硬直してしまう。不気味な沈黙の中、孫の口から棒読みの台詞が垂れ流される。機械が軋むような音を連想させる声、


 「状況第1段階完了……ウクライナ、ベロルーシア、ヴィスワへのVZ07Ω散布完了、当該地の小麦収穫量70パーセント減少を想定。第2段階、ロシアサンクトペテルブルグ、ズィームニイ・ドヴァリェーツ(冬宮)への絨毯爆撃準備……」


 後半の言葉など聞こえていなかった。ロシア主要穀倉地帯の穀物が半分以上消えた!?その果てにあるのは…………
 ――明治の世、米が豊富にとれた年ばかりではない。小規模とはいえ凶作、飢饉もあった。まともに穂をつけず頭垂れる百姓、奉公という名の人身売買によって遊郭へ売られていく娘達、妻とのかけがえのない命を間引く小作人――

 
儂ですら目を背けた現実を此奴は、コヤツワ……。


 儂の中で何かがぶつりと弾け飛んだ! 頭蓋の中は真っ白になり目の前は真っ赤になる。気がついたのは、ぬらりと左顔面を濡らす生温かいモノ、






―――――――――――――――――――――――――――――






 私が未だ名が違うにも関わらずジュニアと呼ばれていることには訳がある。腹立たしい限りだが親父は私より遙かに偉大なのだ。南北戦争の英雄にして米比戦争の殊勲者、フィリピン総督、挙句にこの戦争における米陸軍代表だ! いくら私自身の見聞の為と納得しようとしても周囲は私を米観戦武官代表の添え物と見ているに違いない。だから親父達が細々とした外交の云々で第3軍に付いて行け無くなった時、私は絶好の機会が訪れたと考えた。親父に頼み込み旅順の武官達との連絡役として奉天まで第3軍司令部に居続けることが出来たのだ。
 抜け駆けと罵るなかれ! チャンスをモノにできぬ輩は後ろで泣き喚くがいいのだ。親父もあの旧大陸の新米士官もそうだったではないか!
 近くでジェネラル・ノギを観察できたのは大いに喜びとするところだ。一見美丈夫なだけの凡庸な男なのでは? と疑いを抱いたが巧みに部下を配置し使いこなす。兵士の状態を肌で感じて演説一つで士気を上げて見せる。彼は兵士を率いる将ではない。将を率いる将なのだ。私もいつかあのようになって見せる!!
 その彼が少女と言い争っている。以前隣に居る参謀長からジェネラルの孫娘と聞いた。戦場に女、しかも子供を連れ込むのは褒められた試しではない。しかし、親父の副官とは言え私という実例もある。あぁ、片言でも日本語を覚えるべきだった。

――覚えるべきだったのだ! この愚か者、ダグラス・マッカーサーめ!!――


◆◇◆◇◆



 
「ろをおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉっっっ!!!」



 
「だめエえぇぇぇぇぇっっっ!!!」



 
「閣下あアァァァァァつっっっ!!!」



 
「ヲ嬢おぉぉぉつっっっ!!!」



 寒さの中、小雪が舞い始めた戦場で4つ? 否、それ以上の絶叫が轟き渉る。それは罰だったのか――運命を変えようと、歴史を変えようと、想いを守ろうと、戦を止めようと――沢山の意思がぶつかり合ったことのへの罰だったのか?


◆◇◆◇◆



 ぬらりと左頬を撫でる温かい何かに我に帰った時、目に飛び込んで来たのは逆袈裟に斬られ倒れようとしている孫の姿だった。儂の左手には杖代わりに手を添えていた軍刀の感触がある。驚愕の表情のまま瞼一杯に黒瞳を見開き倒れゆく橙子。黒? 何故榛でない? あの声は……まさか、まさか!
 瞬間! 空気すら震わせるほどの音と共に橙子の瞳が榛――いや、榛を超える輝きの塊『黄金』(こがね)――に変わる。
 彼女の顔、体、衣に至るまで十数ヶ所に瞳と同色のあの紋章が現れ体全体に光る六角形の格子が展開する。その幾何学的な文様が考える余裕すら与えず、儂の体を10メートル以上吹き飛ばした。

 
空間歪曲障壁(クラインフィールド)



 彼ら“霧の艦隊”の大型戦闘艦が常備する事実上の絶対防壁、空間に擬似的な『クラインの壺』を作り出しありとあらゆるエネルギーを取り込み、そのベクトルを捻じ曲げあるいは吸収する。確かに弱点はある、あるのだが150年前の我等には不可能という事実しかない。使い方次第で攻性防壁としても機能する。
 地べたに叩きつけられ息が詰まる。しかし詰まった息すら吐き出させない程の瞬速で体全体に凄まじいまでの剛力がかかる。右目に映る幾つもの黄金色の六角形……。肉も骨も意識すら砕けんほどの力に儂は堪らず悲鳴を上げた。





―――――――――――――――――――――――――――――






 「いかん!!」

 絶叫と共に信じられない速さで軍司令官閣下が軍刀を鞘走らせた。斬られる! 無駄だと思いつつも閣下に体当たりをかけようとして飛び出そうとした矢先、それは起こった! 御嬢の体が黄金色に輝き、閣下の体が10メートル以上も弾き飛ばされる。そのまま金色の幾何学模様のようなものが閣下に張り付き押し潰す。凍った大地が軋みを上げて爆ぜ割れ、昇華した凍土と共に悲鳴が上がる。


「お止めください!」


 御嬢に突進した鮫島伍長の眼前にあの幾何学模様、ちょうど蜂の巣の窓のような六角形をいくつか束ねたような光の格子が現れ閣下と同様に弾き飛ばされる。十数メートルも派手に空中を飛び地面に叩きつけられる。同じように拘束され悲鳴を上げる。


「やむをえん! 護衛兵威嚇射撃、かかれ!!」


 最悪御嬢に当たる可能性がある! が致し方が無い。第3軍参謀長・伊地知幸助である以上、閣下の御命を優先せねばならない! 8人の護衛にあたる兵、持っているのは44型機関歩兵銃だ。彼らの腕前は長射程戦に向かないこの小銃で狙撃をやってのける程の腕、異常事態にも関わらず彼らは躊躇無く片膝をついて小銃を構え発砲した。

が!


 悲鳴をあげて倒れたのは彼らのほうだった。その経緯が解ったのは私にとって奇跡のようなものだ。発砲で飛び出した銃弾が中途であの光る六角形に捕えられ、そのまま兵士達目がけて跳ね返されたのだ。しかも発砲した銃口を狙って!
 確率すら無視して各々の44型機関歩兵銃に銃弾が飛び込み暴発させる。即席の凶器と化した小銃の構成部品に刺し貫かれのたうちまわる護衛兵。私は呆然と口を開くしかない。
 あんな……あんなモノ、どうやって対処しろというのか!


 「Oh…my……my God……Salvation my…mycrime…」


喘ぐような声に改めて戦慄する。しまった! 彼もいたのだ。御国のカラクリ云々以上に彼ら西洋人の宗教に『天に唾する者その身に返る』の言葉がある。彼がこの事態を認識したら御国一国で済む問題どころか全世界の危機になりかねん!! 腰を抜かし手を足でかろうじて後ずさろうとするマッカーサー少尉に覆いかぶさり腕で頭を抱え込み押さえつける。彼には日本語が解らぬだろうがそれでも言葉を口にする。


「見てはならん! あれはお前が信じるような者ではない! アレは我等が信じてはならぬモノなのだ!!!」


 もはや我々の誰一人生き残ることは叶わないであろう。無限とも思える沈黙と恐怖の空白が過ぎた後、御嬢だったモノの声が朗々と響きわたる。


 「正直、失望しました。結局人間から戦争を実装してもらう価値はないようです。ここまで中途半端な結果になるとは思いませんでしたが、ダウンロードしたデータは活用させて頂きます。……もう会うことは無いでしょう。」


 気がつくと御嬢のいた位置には誰も居らず、小雪と寒風そして呻きの中、私は唯……そう唯立ち尽くしていた。







あとがきと言う名の作品ツッコミ対談




 「どもっ!とーこです。いよいよ第一章も佳境!あたしの戦争の行方はっ!?」


 作者の台詞とらんでくれ。しかも前回の次号予告手直ししただけだし(苦笑)


 「でものっけから凄まじい展開になったわね〜。黒溝台で浦上中将と秋山少将がつかみ合いをするわ、ロシア右翼軍を行殺するわ、じーちゃまとあたしがガチで殺し合いになるわ……この収拾つくの。作者?」


 失敗だろうね。コラ!ジト目向けない。エタるとかの意味じゃなくて読者のいくらかも想像ついてたはずだけど見事なまでに「改変失敗」だ。まぁ浦上中将と秋山少将は致し方がない。秋山少将も進歩的な人では有るけど旅順を戦った者から見れば只のロマンチストと評価されるほど第3軍各員の戦争意識が進歩してしまったんだ。基本秋山閣下も一芸の人だから耐えられなくなるのも解る。自分の人生全否定されたようなものだし。しかも反論ではなく極論によってだからなおタチが悪い。


 「でも1万騎の騎兵がそう簡単に瞬殺できるものなの?」


 ロシア側の無知、日本側の徹底した安全策、そして兵力差から来る選択の狭さが原因だね。騎兵1万対11師団支隊分数千では騎兵の取り得る手段は迂回起動じゃなくて戦術突撃から蹂躙につながる多数梯団による突破に限定されるのさ。そもそも数の少ない歩兵に騎兵が臆して逃げたってナニヨ?責任者デテコイ!と言われかねない。そしてこの頃「旅順脱出艦隊」から「敵の新兵器」が極東軍総司令部に届いているけど旅順の戦いが4万+未完成要塞VS5万+新兵器だから数で圧殺できるとロシア側が踏んだ点も大きい。そして実態は史実でのドイツ装甲師団に突撃かましたポーランド陸軍ポモルスカ騎兵旅団の惨劇を拡大生産したに過ぎなかったわけ。


 「……作者ソレ間違ってる(パラパラ)。どうもポモルスカ騎兵旅団は下馬して射撃戦で撃ち負けたぽぃケド?」


いいじゃないか! そういった絵も残っているし。(菓子盆激突w)イテテ……次ガチの殺し合いだけど、コレはプロット段階から決定してた。ここでじーちゃまと橙子の道は別れる。


 「え?いいの??ここで別れると……。」


 そういう意味じゃない。橙子がじーちゃまを盲目的に信じる時代が終わったと言う事。彼女の自立がここから始まるわけね。ま、一人の自立がために世界がエライ事になったのは否定しようもないけど。


 「VZ07Ωとか妙に記号で書いてたわよね?なんとなくわかるけど使えるの?」


 生物兵器さ。それも散布型遺伝子変異ブロックのね。どこぞの超有名ゲームの夢ィパーイウィルス(悪夢一杯?)と違ってじみーな代物だけど生物兵器てこっちの使い方の方が効果的だから。仮想戦記で生物兵器使う商用作品は極少数だから使いがいもあった。


 「違う〜!どうみても全人類に対する無差別攻撃て点よ!アドミラリティコード忘れたわけじゃないよね?ハルハルの無差別攻撃指令覆すだけの存在だし、本体からの指令がなくとも各コアユニットへの制約として打ち込まれていないかって話。アルペジオの根幹に関わる重大問題よ!!」


 うん、何度も検証した。結果は可だ。まずアドミラリティコードは人類評定によって構築された霧出現と目的遂行の為の設定条件の筈、つまり設定上1914年までは完全にフリー。つまりそれ以前の1905に逆行した以上1945以降に課せられた制約は機能しないと見た。そして本体からの直接指令は時間と空間の移動によって無効化されている。そのうえでコアユニットは橙子の意思に沿って最速にして最凶たるプランを使ったわけだ。即ち「相手国家の自壊による強制講和」ただし、コアユニットが判断能力をもつ量子コンピューターであることも考慮に入れてある。今回限りのチートだろうね。


 「ひどっ!ロシア帝国終了のお知らせじゃん。唯でさえ明石大佐の御蔭で大混乱なのに悪辣なシュミレートしたわよねー。」


 仮想戦記としてはこれが劇的なトリガーになるけどね。ロシアが崩壊し飢えた人民の津波が欧州に押し寄せることになる。でもこの辺りは作風故にスルー。背景情報に過ぎないと決定済み。


 「あ……だから改変失敗なのか。もう史実に戻れないような事態を作って読者から“どう見ても失敗だろ?”を納得させる気ね。全く姑息な事。」


 そうでもしないとどちらにせよじーちゃま死ぬしね。だからこそ彼には。「兵士を死なせた罪」以上に「世界を砕いた罪」を意識してもらう。もう彼一人の生き死にでは償えない大きさだ。というかどう償うのかすら見当がつかないレベルだね。


 「この作者、本気で地球規模の改変を一家族でやる気だよ(呆)あー少し聞きたいけどホイッシュレッケなんて良く知ってたわよね?ドイツ戦車でもほとんど知られてないというか世界でも類を見ない工兵機材なんだけど?」


うん、某大戦略系でお気に入りだから趣味で入れた。


「趣味……」


うん(逃げ腰)


「作品に己の趣味を持ちこむなぁあぁぁッ!!!」(轟音と悲鳴が交錯)



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