華の都、ウィーン。



 花々と音楽、そしてハプスブルグの昏き陰謀が渦巻く欧州の古都。講和交渉という戦はホーフブルク宮殿内の一角、レオポルド館を戦場として行われている。雪残る褐色の屋根と上品に装飾された壁面、華美かつ重厚な内装、橙子嬢ちゃんの小噺によるとこの宮殿がオーストリア皇帝の住居にして後の大統領公邸と言えばこの講和交渉の格の高さがわかるだろう。
 ただし、そこで行われている会議は交渉に名を借りた下劣な恫喝合戦と化していた。



◆◇◆◇◆




 
大日本帝国側講和条件



 1、朝鮮半島の日本優先権及び国家指導権

 ―――所謂、大韓帝国の保護国化である。日本にとって最も譲れない条件の片翼であり、これが認められないならばこの戦争はやる意味がなかったことになる。なぜなら朝鮮半島を緩衝地帯としなければロシア帝国という匕首を日本列島は延々受け続けなければならないからだ。つまりこの条件が勝ち取られなければこの戦争は『負け』である。


 2、遼東半島租借権

 ―――今回の戦争が日清戦争後の三国干渉から派生したことを考えれば最大の戦争原因である。国家の体面から考えれば今取り返せなければ大日本帝国は『要求したモノを手に入れることができない弱小国家』として見られるだろう。これも最も譲れない条件の片翼である。租借後は? 米国の資産家(ハリマン)にでも売っ払えば良い。すでにわが国には14億円もの借金がある。国家予算の6年分だ。当座を凌ぐカネにはなるだろう。


 3、国家賠償

 ―――樺太とか賠償金とか満州鉄道とか色々とあるが『橙子の史実』を見たとたん分不相応の代物と気づいた。なんとかひとつふたつを得て借金のカタにする程度と割り切っている。国民は大騒ぎし、僕を詰るだろうが元老も政府も軍も腹を括っている。いざとなればこのチンケな素っ首ひとつで片付くのだから楽なものだ。



◆◇◆◇◆




 そんなことを僕は大西洋航路の客船の中で考えていたのだが、フランス共和国ブレストであの宣言をジャーナリストから聞いた時、思わず差し出された新聞を引き裂いた。 それは、満州、朝鮮半島の露、米、独、仏、葡5ヶ国による国際共同管理宣言。これは我が国の中華大陸からの締め出しと言うだけに留まらない。


 白人国家以外の国を勝利者と認めない。


 世界に向かってこの国家共はそう宣言したのだ! 大慌てでパリの日本大使館、そして英国大使館に駆け込み談判に及んだ。日本大使館など無力なもの、抗議すらできずおろおろと情報を収集しているの一点張り。駐仏英国大使と話を持ったが全権大使をウィーンに送り込んでいるからそちらと話をしてくれとタライ回し。欧米の利器として有名になりつつある電話機を用いて全権大使に話を繋げと要求したものの向こうも向こうで談判に及んでいるとの歯切れの悪い答えとさっさと此方に来いとの催促だった。言うなればリップサービスでしかない。
 そしてこのホーフブルク宮殿……5ヶ国もの応援を得たロシア全権大使ウィッテは容赦なく攻勢に出てきた。彼らの要求は、朝鮮半島のロシア管理、破壊した旅順要塞と奉天市街の賠償金、対馬の割譲――この位で激昂するなど外交官ではない。
 朝鮮半島は純軍事力的に日本の勢力圏であり賠償は負けた方が払うもの、対馬に至っては遠征したバルチック艦隊が無惨に大敗した事を糊塗したい意図が見え見えである。 ウィッテ伯爵はともかくロシア帝国は負けていないことを強調したいのだ。日本と講和するのではなく“講和してやる”、そうしなければ国内が内乱になりかねない。向こうの苦しい台所事情が透けて見えるだろう? それでも同席した5ヶ国の大使達は余りの要求ぶりに空いた口が塞がらない顔をしていたのだが。


 「わが軍は負けていない、すでに100万の兵士が動員されており順次シベリア鉄道で移送されるだろう。来年にはトーキョーにて我等の閲兵式が行われているかも知れませんぞ。」

 「100万? 御冗談を。2000万は動員してもらわねば我が国を征服することはできませんぞ。あぁ、その前にシベリア鉄道が保つかどうか心配せねばなりませんな? 2000万人分の食糧と武器。是非とも頑張っていただきたいものです。」


彼が思わず口を呆けたように開きかけ猛然と怒鳴り散らす。――2000万――いずれ起こる“大祖国戦争”での“労農赤軍”の最大動員兵力だ。今から40年後ですら国家国土が潰れかけた動員。今、同じことをすればロシア帝国は即破産である。


「いったい貴君は戦争を何だと思っている! 戦争の本質は交渉の延長にある。それすら解さぬ外交官など狂人だ!!」

「そちらこそ戦争を何だと思っていらっしゃるのです? こちらはすでに国と国民を潰す覚悟で戦争を行っています。貴国が潰れるか、我が国が先に潰れるかの競争に何を怯えておられるのです?」


 『彼女』の用意した資料を渡す。ロシアの現状と動員兵力限界。そして我が国の現状と動員兵力限界、この資料のまま未来が進めば双方に待っているのは国家規模破産である。国家機密を容赦なく暴露され彼は怒気(あらわ)に僕を見るが、こちらも傲然とした表情で見返す。顔色を悪くするばかりなのは5ヶ国の大使だ。
 勿論今の話、ウィッテ伯爵も僕もハッタリをかけているに過ぎない。ウィッテ伯爵は日本が長く戦えないことを知っている。そして僕はロシア国内が戦争どころではない事態に陥りつつあるのを知っている。
 明石大佐の対ロシア工作にに加えて橙子嬢の通商破壊、政治と経済双方に信じがたいほどの打撃が加えられているのだ。それが無ければいくら戦場で勝とうともロシアが交渉のテーブルに着くことはなかった筈。逆に我が国の状況も悪い。我が国も奉天のさらに北、長春の郊外に陣を引きなおしたがそれ以上動かない。いや金と物資の面でそれ以上動けないのだ。橙子嬢のくれたのは武器と兵器、それに付属する物資だけだ。戦争はそれだけで出来るほど甘くは無い。

 初めに居丈高に要求を突きつけ、本音と妥協点を探りだす。

 どこぞの仁侠のやり口と変わらないように見えるが、今も昔も難癖つけて国家間の関係を作ろうとするのは変わらない。外交で最も恐れるべきもの…………それは国家間が疎遠になることで相手国不信に歯止めが利かなくなり、双方に破局的な結果をもたらすことなのだ。その典型が偶発的戦闘による戦線の拡大の挙句、双方の国家国民に甚大な損害が出るという相互自滅戦争である。これを防ぎ、戦争を鞭と飴で手懐けるのが外交なのだ。
 双方の政治家同士がいがみ合うだけならば大いにやるべし。そして双方の国民生活には極力被害を与えてはならない。恨みというものは根深いものだからだ。特に飯と金に関して庶民は敏感だ。

――ふと鼻に柑橘の香りが過った。気のせいかもしれないが、既に居るのかもしれない。『彼女』に時も場所も関係ない――


「待っていただきたい! 伯爵も全権大使もそのまま戦争を再開する御積りですか。ここは交渉の場でしょう? もう少し穏便に話を進めることはできないのですか!!」


 堪りかねたように仲介役の一人である、ポルトガル王国の駐墺大使が発言する。早くから欧州で隆盛を築いた国だ。我が国にとっては戦国の世に初めて訪れた南蛮国とも言えば親近感も湧く。ジロリとウィッテ伯爵は大使を睨みつける。部外の弱小国等発言するに値しないと眼で言っているかのようだ。
 僕も始めポルトガルがポーツマス宣言に入っているのか不審に思ったのだ。だが今いる全権大使という国家代表からアメリカを抜けば、ある条件が満たされる。


――半植民地化した清帝国に恒久的な利権を持つ国家という一点。――


 「少なくとも我々は日本帝国とロシア帝国の不幸な戦争が続くことを望んでいません。このまま戦争を続ければ塗炭の苦しみを味わうのは両国の国民です。小村全権大使、あなたは国民に餓死するまで戦争を行えとは言えないでしょう? ウィッテ伯爵、貴国の混乱ぶり、国民がこれ以上の戦争を望んでいないと我々は解釈しています。いかが?」

 駐墺フランス大使も割って入る。通訳を介して得られた言葉、その微妙なニュアンスに注目する。少なくともフランス共和国は戦場の勝者に関しては日本帝国がその果実を得るべきと仄めかしたのだ。


 「昨今の欧州情勢から鑑みるに貴国達が称する極東地域は現状維持が望ましいと我が国は考えます。どこの国も領土的野心を持たず植民地の経営と勢力圏の統制に心配(こころくば)る事が望ましい。」


逆に駐墺ドイツ大使の発言は厄介なものだ。満州ではなく北東アジアでもなくロシア“極東地域”との言葉を使い満州をロシア勢力圏とみなしている。理由は簡単、ロシアは満州支配を阻まれれば自然とその眼は欧州に注がれるようになる。その矢面に立つのがドイツ帝国である。厄介事を押し付けられるは真っ平御免と言うことだろう。だが疑問に思わざるを得ない。清帝国におけるドイツ帝国の植民地と勢力圏は山東半島、海を隔てるとはいえ隣同士なのだ。ロシアが満州を陥とした後、次に狙うはこの土地とも言える。その疑問は米国全権大使の言葉で氷解した。


 「我々は日本帝国とロシア帝国、双方の軍事力が満州で激突し続けることを望みません。日本には改めて、そしてロシアには繰り返すことですが極東地域における全軍事力の即時撤兵を求めます。満州、朝鮮は警察力だけで結構。争う為だけの軍なら百害の素です。むしろこれを奇貨としてこの地域全体を国際合同統治としてはどうでしょう? 我が国流にいえば門戸開放、機会均等ですな。」


 ここにいる全員が彼を睨む。口こそ出さないが要するに米国に市場を寄越せと言いたいのだろうと。しかし建前上文句を言うだけでその国の印象は悪くなる。

『皆同じルールでやりましょう』

 といった奇麗事の前に声を大きくして反対でもすれば強欲な支配国家と諸国民に印象付けられる。誰それがそういった暴言をしたというだけで国内政治というゲームの中で辞任という首切り(レイオフ)が待っているのだ。ならば迂闊なことは言えない。もし米国ポーツマスならば、講和会議開催国という距離で発言を薄め誤魔化すこともできようが、此処は欧州列強の中心ウィーン。涼しげにこんな言葉を言えるのは彼の国だけだろう。
 では同じルールなのに何故各国が不満なのか? その理由は金にある。欧州列強全てに共通して言えることなのだが……植民地が多すぎるのだ! 統治のために各国とも国家予算の何割も注ぎ込み、新たに満州に投資する余力が無い。しかし米国はそれができる。英国に莫大な借金をしているもののこの新大陸の雄は国内に余りあるほどの資源と労働力、そして資本を貯め込んでいる。 これで借金を返してもよいがどうせなら一銭でも安く払った方が良い。

『ならどうする?』 

 自らの初代大統領閣下(ジョージワシントンダラー)の株(価値)を上げてしまえばよいのだ。自らの紙幣の価値が上がれば相対的に英国のポンド札の値が落ち借金も安くなる。
 そのためにはいかに自らの国が豊かであるか見せつけなくてはならない。未だ参入できぬ清帝国への植民地争奪合戦、満州に同じルールで参入できれば自らの金の力で各国の参入意欲を削ぎ落せる。他国の植民地では権利侵害になるが中立化した満州ならば国土中に札束を敷き詰め自らのものにすることもできよう。そうすれば英国からの借金を安く返すこともできる。逆に米国が英国の利権を買うこともできるかもしれない。
 経済力で植民地を得ようとする米国が最も恐れること。それは武力を用いた強奪に他ならない。ならば武力を使わせないようにするのが得策である。だからこその中立化か……注意深く言葉を選ぶ。譲歩のそぶりを見せず米国の提案に追従してみせる。


 「我が国としてはロシア帝国の南下を防げるなら米国の提案も考える余地がある。だが、満州はともかく朝鮮半島までその対象とするべきではないという点、米国の意思が押し通されるならその名誉と代価を各国が提案することが前提ですな。」


 代価の対象も被対象も一言も漏らしていないが僕の言った言葉はこういった意味だ。


 『米国が話に突っ込むなら日本帝国に名誉と代価を支払え。』


 名誉とは我が国の勝利による獲得物の売却といった体裁、代価とは日本帝国が積み上げた戦債を割り引けという意味にとるだろう。しかし米国全権大使の返した言葉は予想を裏切るものだった。


 「代価はともかく日本帝国に名誉等を与えるつもりは無い、とここで断言しておきましょう。」


 同時に5ヶ国の大使達が頷く。その状況にウィッテ伯爵すら目を剥いたほどだ。僕とて耳を疑った。ポーツマスでの宣言は拘束力など無く、ポーズとしての体裁と見ることもできる。しかし僕という全権大使の前で米大使は日本帝国を勝利者として評すが勝利者として認めるつもりはないと言い放ったのだ!


 「我々はロシア人……いや白人の血を流させただけで満足しろと? 国民全てが血涙流し勝ち取った勝利を(ドブ)に捨ててお前たちに這いつくばれと!? 外野で戦争を眺めておきながらッ……!!」


 交渉の場では激昂するのも戦術の内、しかし僕は本気で殺意を覚えた。此奴等は我等黄色人種など人間ではない、故に自らと並ぶなど分不相応、ロシア人を殺せただけで満足しろと言ったに等しい。


 「勘違いしないでいただきたい、ヘル・コムラ。」 


 ドイツ大使が手をかざして僕を制する。そのまま米国大使に殴りかかるとでも思ったのだろう。


 「貴国は小さい、だが幸運な国だ。一つの国にひとつの民族、外地もなく国民の声をまとめるのも容易い。だからこそ私は貴国がロシア帝国に勝てたのだと思っております。しかし、大国とて……いや大国だからこそ悩まねばならぬ苦労があるのをご存じか?」

 「もし貴国が勝った事を大体的に世界に喧伝したらどうなります?」 


 フランス大使が話を続ける。穏やかな表情が苦渋に滲んでいる。


 「世界中の現実を知らない自称活動家達が(ロク)でもない活動を始めかねない。植民地独立という暴挙をね。さしあたって日本帝国(アンピール・ジャポネ)の近傍、フィリピン、インドシナ、チャイナ……そしてインド帝国。」


 最後の単語に絶句する。英領インド帝国、英国最大の植民地にまで態々フランス大使が言及した訳は米国のみならず同盟国、大英帝国すら敵にまわろうとしているという隠語である。最後に米国全権大使が覚悟を決めたように宣言する。


 「貴国が世界のルールを弁えず、世界を“掻き回し”続けるならば我々とて止めねばなりません――たとえ力ずくででも。」


 力ずく……ここで今すぐ宣戦布告も辞さないという意味だ。ウイッテ伯爵は硬直から抜け出せそうもない。日露講和のはずが日本対全世界の対決に話が書き換えられてしまっている。未曾有の有利より『どうしてこうなった?』の感が強いのだろう。


 「できますかな?」


 心中憤怒の塊だが努めて平静に言葉を紡ぐ。交渉としては最悪の局面だがこちらにはカードが何枚も残っている。それも全てかエースかジョーカーだ。どう切り出すか考え始めた瞬間、押し殺した笑いが聞こえてきた。
 隣の座席、今まで一言も話すことなくハバナ葉巻を燻らせていた男が葉巻をクリスタル製の灰皿で潰し唇の端を釣り上げて笑っている。挨拶で諧謔味のある紹介をしながら目は笑っていなかった彼がこちらを向いた。30代の若さで全権大使とは呆れかえるばかりだが『橙子の史実』によってこの男が一筋縄ではいかない交渉巧者(ネゴシエイター)であることは知っている。


 
「やっと貴官の遊技盤(バカラ・テーブル)が空きましたな。コムラ全権大使?」


 
「ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル卿……。」



 このころは大英帝国植民地省次官だった筈の男がそこにいた。




―――――――――――――――――――――――――――――






 彼の男は灰皿で潰れているハバナ葉巻から手を離すとズボンのポケットからフラスクを取り出して蓋を開け中身を呷る。それをそのまま隣の米国大使の前に置いた。アイリッシュウィスキー特有の香気が僅かに香る。交渉の場で酒を呷るなど無礼も甚だしい。しかし外交官にとってこういったジェスチャーから話の内容を察することが交渉の第一条件であることは常識である。米国大使は顔を(ひそ)めたがそのままフラスクの中身を呷り隣のフランス大使の前に置いた。
 そのフランス大使は差し出されたフラスクを手で制すると部屋の戸棚からボトルとグラス数本を取りひとつのグラスにボトルから真紅の液体を注ぎ呷る。彼がラベルを確認したのはフランス産のワインか確かめる為。王宮の応接室にあるワインだ、最高級品だろう。そしてラベルを確認したのは英国の論理にフランスが中心となって対抗するとの意思表示だ。――もはや当事国のひとつであるロシア帝国に出る幕は無い――そう言い切ってきたとも取れる。そのワインを、ドイツ、ロシア、ポルトガルの大使が次々と呷り僕の前に残り少ないワインボトルとフラスクが置かれる。僕はワイングラスの中に双方を等分に入れテーブルの中央に置いた。


 そう……これだけで今からの話と勢力関係図が明らかになる。


 まず皆で酒盛りを始めた時点でこれ以後の話は酒抜きに語れない戯言、または酒の上での話であり公にできないモノであることを示唆している。そしてウィスキーを飲んだ外交官とワインを飲んだ外交官で2つのグループができたことがわかる。顔を顰めたアメリカ、ドイツの外交官は不承不承同じ酒を飲んだ側についているといったあたりか?そして酒を飲むことなく違う酒をちゃんぽんにしてテーブルに置いた僕はこの話においては数は関係ないこと、そしてこんな混合酒を飲めば悪酔い確定という意味から『これからの話はまともな話ではない。逃げるなら今のうちだぞ』という警告を匂わせている。

 これすら理解できない輩は、そして話に加われない輩は……部屋から『出て行け』(ゲッタアウェイ)ということだ。

 周りでこのことを察した随員が周囲を促し部屋を出る。彼らは実務協議といったフェイクでこの場にいる大使たちを隠し秘密交渉のお膳立てをするというわけだ。外交官に高い言語能力と国際知識、そして機知が必要とされる理由がこれである。部屋の中に大使達だけが残ると全員は楽な姿勢をとった。たが、ここからは一挙一動が交渉という名の戦争だ。


 「かくして我等の前で地獄門は開かれたわけだが我々は亡者の如く目を潰され耳を塞がれているわけだ。門内は自らの頭で正しき回答を出さねば目にし耳にすることはできない。」


芝居がかったチャーチル卿の言葉にフランス大使が不機嫌に答える。


 「もはや限界を迎えつつある植民地統治、新時代の国民帝国の勃興、ではベアトリーチェたるは誰か?」

 「もっとも未来に近い国には居なかった。居たのはもっとも古き国、しかしその名を知る者はいない。」


 アメリカ大使が悔しそうに呟く。


 「それは理想でもなく希望でもなく彼方の絶望、150年の歳月をかけて紡がれる憂いの都。」


 僕の言葉に皆ぎょっとするが話は続く。


 「愚かなる者は問う! 何故に呼び出したのか? 世界にそれはもたらされるべきだったのか!?」


 ウィッテ伯爵の弾劾ともとれる声に指を振ってドイツ大使は答える。


 「メフィスト曰く、最も汚れた者共に価値など無し。純朴な者、誘惑してこそ悪魔の本領。」


 その言葉にカトリックらしく十字を切りポルトガル大使が宣する。


 「眼を開けば滅亡の民ばかり、耳を欹てれば苦患の叫びばかりなり、幾千幾億の罰こそ第一の愛がある。ならば……」

「一切の望みを棄てよ」
  


 
皆が唱和する。



 パリの芸術家による作品とその元となった詩篇、他の物も混じっているが、致し方が無いだろう。……こういうことだ。列強は橙子嬢のことをおぼろげながら掴んでいる。あの芸術家が理想とした女性の名を出したとこから彼女の外見までつかんでいるのかもしれない。アメリカ大使は理想に選ばれなかったことが不満のようだ。そして彼女の成す意図を測りかねている。そして最後の言葉、この講和会議以前の問題としてこれを話し合い全員が妥協すべき事柄と全員に確認を求めたことになる。そして全員が宣したことにより議決された。
 僕を含めここにいる全員が微笑む。全ての人間が僕の持つカードについて最低限の知識は持っているという証拠だ。そしてそのカードを直接用いぬのでない限り僕、即ち御国をゲームの親であることを認める。そこから外交交渉(ゲームスタート)という意味になるのだ。
 このゲーム、投げてしまえは論外、つまり彼らは『カードのルールには従う』とまず譲歩してきたのだ。初め自らのカードを切ったのは隣の漢、


 「正直、この戦争には今までにない興味をそそられるのは事実です。ボカァ(僕は)ブーア戦争で少しは名が知れた英雄という扱いを受けましたが今回はそんなチンケなものじゃない。」


 チャーチル卿の言葉にフランス大使が頷く。


 「我が第一帝政(ボナパルト)が霞むほどの伝説といっていい。叙事詩として出版でもすればさぞかし売れるでしょうな。……もちろんフィクションとして。」


 最後の一言は現実味が無いという暗に批判したものだ。


 「だが現実にそれは起こりました。」


アメリカ大使がそう言うと指を鳴らし一丁の小銃を大使館付武官に持ってこさせ、皆の前で分解させ組み立てなおさせる。武官はそれが済むと一礼して退出した。この場合武官は人間としてすら扱われない。大使の手足の延長として扱われる。皆唸り声を上げている。凄まじいまでの工作精度と見たこともない構成素材、これを自らの陸軍工廠で作れと言われて出来るだろうか? この中には軍事の素人も含まれているが結論は一致している。


 「悔しいがこれは列強の物ではない。勿論日本のものでもない。別のナニカが我々の技術を発展させ創り出したものだ……と。特に私を苛立たせるのはこの技術から我が帝国の匂いが感じられるのです。」


 ドイツ大使は元兵器産業のオーナーという事を思い出した。冷や汗が噴き出す寸前、再び気楽な調子でチャーチルが話を遮る。

 
 「ボカァこれ自体恐れてはいません。しかし、これを作った技術を心底恐れている。欧米列強の先端技術を玩具の如く弄んだコレを創った存在とソレを行えた智慧をね。

 「疑問なのは何故今で何故ここなのかという点だ。」


ウィッテ伯爵が疑問を呈するとポルトガル大使が返答する。


 「選ばれたからですよ。選ばれた者とそうでない者には歴然たる差がある。貴国が世界最大の領邦を持つのも、それが北の僻地なのもそれが理由です。」


 彼にしてはさっきの威圧に対する意趣返しというものだろう。憮然として伯爵が黙る。僕はまず最大のカードを切ることにした。人類が今後遭遇するであろう最悪の未来、彼女達、いや『霧の艦隊』によって世界中の海洋が閉ざされ全人類が陸地に閉じ込められた悪夢の時代……ただあえて僕は彼女を第三者として見る。彼女は乃木閣下の味方ではあったのかもしれないが、御国の味方とは限らないのだから。


 「理由などそれにしか解らないでしょうな。ですがソレは契約を結んだ者(ジェネラル・ノギ)に150年後に向けて人類に力を蓄えて欲しい、そしてそれは力を得た未来の人類を人の力によって叩き潰す。そう言い放ったそうです。」

 「なんたる傲慢! なんたる驕慢!! 神を僭称するつもりか? 悪魔め!!!」


 意趣返しの皮肉を投げ捨ててポルトガル大使が吐き捨てる。敬虔なカトリックとの自前情報だったがその通りの様だ。話を続けようと口を開く前にチャーチル卿は僕を制し結論を言いだした。僕のこれだけの情報から彼が先回りしている。取り返しようもあるが、容赦なく自ら【親】に成り替わろうとする辺り強かだ。


 「ミスター・コムラの提言、ソレという存在が日本帝国に与えた技術は全世界に与えられなければならない。ボカァそう解釈しました。手始めに全ての列強に……そして全ての列強はその対価を日本に払うべきです。これがウィーン講和会議、いゃホーフブルグ講和会議と呼ばれるであろうこの場の前提条件になるでしょうな。」

 「会議がまとまらなければ?」


 僕が疑念を呟くとアメリカ大使が嘆息とともに言葉を紡ぐ。


 「僭称するモノとはいえ神の期待に応えられぬ者がどういった末路を辿るか自明です。彼の作詩者の様に門内に入る勇気がありますかな?」


 カトリック、プロテスタント、正教会、これらにおいて父と子と聖霊(ジーザス・クライスト)は絶対だ。いがみ合う理由は神がどう人たりえたか?に集約されている。彼らの根本は絶対的な一神教であることをまざまざと思い知らされた。即ち彼らの意思は統一されている。そして僕に反論の余地はない。彼らにとって自等が全面的に実利を引き受けると妥協した以上、僕の妥協、そう大日本帝国の権威失墜こそが最悪の事態を回避すると提言しているのだ。しばらくの沈黙の後、古びた柱時計が時刻を告げる。


 「休憩にしましょう。いささか無駄話が過ぎたようだ。」


 ポケットから取り出した懐中時計を眺め、フランス大使の言葉を放つと皆安堵したように席を立った。







 「どもっ! とーこです。凄いわね作者? 外交交渉を此処まで描き切るなんて(驚)」


 うんにゃ、全部嘘、尽く妄想だから要注意だね。(威嚇射撃炸裂w)ちょ! ちょっと待て!! とりあえず全部話させてくれ。まったく……本来外交交渉てものは国家機密級の代物なんだよ。誰が何をどう喋るかすら文章化された上に重要部分は黒く塗りつぶされて保管され機密指定解除と共に焼却処分という国民が絶対に見ることのできない代物だから。


 「ちょっと前に某サイトで山のように外交交渉での罵詈雑言が公表されたとか何とかあるから管理はずさんじゃないの?」


 作者的には精々週刊誌の特ダネ程度の価値しかないから囮目的で掴ませたんじゃないかと思うけどね。なにしろ数字や場所など具体的な実務表現がない。管理者がその数字をネタに各国を強請った報道も無かったし体のいいガス抜きだと各国外交官は思ってるんじゃないかな? もし具体的な数が漏れたならあの管理者いまごろ何処ぞの海にコンクリ詰で沈んでる筈だよ。世界中の外交官が徒党を組んで襲いかかるからあっというまに社会的に抹殺されてしまう。


 「こわっ!」


 それでも作者としては参考文献は其れなりに読んだし面白い話を中心に持ってこれるようSSや商用仮想戦記で僅かに出た外交戦を参考に話を汲み上げてみたんだけどね。


 「それで雰囲気が某佐藤センセの古典万歳交渉になったわけか。たしかダンテ・アリギエーリの神曲?」


 ノーコメントで、実際1章の漢詩に匹敵する作者の恥を晒しているようなものだから(笑)そしてようやく出てきたわけだ。物語最大の悪役がね。


 「この作者ほんとドンデモな大物を持ち込んでくるわね。大丈夫? 書き切れるの??
チャーチル閣下なんて自伝もあるはずなのにそれすら無視して書いたワケ???」


 う〜ん。手に入らなかったのが大きいかな。あちこち探したんだけど流石に英語原文を読み解くだけの脳味噌は作者に無かった。佐藤センセのチャーチル閣下のリスペクト的な雰囲気になったのは事実だね。それでも30代のチャーチル閣下なんて仮想戦記でまず書かれないから。どう動くのか面白いキャラであはあるよ。


 「それでじーちゃまやあたしの最大の敵になるわけだ。」


 最大の敵と言うか最後の最後まで会わずじまいかなぁ? 相手の見えないチェスゲームみたいなものだから2人がはたして彼の意図に気付けるか作者としても気になるくらいなんだよ?


 「え?プロットできまってないの??」


 決めても意味無いよ。倒すべき敵ではないんだから。対峙すべき敵と気付くことができるか作者としても見ものだからじっくりシュミレートしてる。


 「それとなんでアメリカ大使がStG44持ってるのよ? 恐らくフィリピン向けの援助武器を掠め取ったみたいだけど?マックパパ(笑)ダブルスタンダードじゃないの?」


 そうだよ? フィリピン総督だってちゃんと米国の役人だからね。個人的恩義といってもバランスブレイカーの種を放る訳が無い。つまりこのStG44、大連-マニラ-パナマ-ワシントン-ウィーンと地球を半周して届いたんだ。重要度を差し引いてもギネスモノだね。あのさぁ? ツッコミ砲こっち向けるのはいいけどさ……そんな暇あるの? ホレ第2章の台本。


 「(パラパラ)…ゑ?……えええ?? なんじゃこりゃー!! マジでやるのコレ!!! あたし、あたし演技練習しなおしてくる―――(脱兎)」


 (ニヤニヤ)まぁあの御方出すのは誠に恐縮だけど出さないと話が続かないしね。さて砲撃娘も去ったわけだし(轟音と悲鳴が交錯)


 「それ、ついでー!忙しいから先にツッコんどくねー。」



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