ボカァ別に全権大使なぞやるつもりはなかった。


 まだ30代になったばかりだ。やりたいことはいくらでもあったからヘンリー内閣に党籍移動の恩を返してもらい先ずは経歴と人脈を作る。そういった下心で植民地省次官の役職(ポスト)を得たのだ。なにより喜ばしいのは植民地の生の情報と接することができる。霧に淀む陰気なロンドンでは良い気晴らしだ。そこに入って来たのは遠縁のアーサー・マッカーサー・フィリピン総督からの手紙、日露戦争の最新情報だった。正直目を疑ったよ。
 戦闘詳報だけで常識を超えている。僕が従軍し、捕虜となり英雄とまで持ち上げられた南アフリカ・ブーア戦争。日露戦争にそんな甘ったれた浪漫など欠片もなかった。
 徹底した効率と能率によって統制される物量作戦、軍を最先端の技術で運用する機動戦法、人間を数字としてしか考えさせない冷徹を通り越した透徹ともいえる軍制…………。恐ろしかった! まともな人間が拒絶し浪漫という夢想(ロマンというドリーム)によって現実から目を背ける戦争、その戦争が到達し得る極致の一つがその詳報に書かれていた。
 事実、戦闘は南米の征服者(コンキスタドーレス)原住民(インディオ)の戦いの再現だったという。そして最後に書かれていた言葉……『ヒトはこれに耐えられるのか?』の一言、
 ボカァ手紙の前で即答した。無理だと、指導者の元、多数の人間が一丸となって目的を推進する。歴史上の英雄ならともかく今の政治家にそんな力量はない。個人主義の我等ヨーロッパ人なら尚更だ。
 
『切り離す』

 我が大英帝国にこんな言葉がある。『分割せよ、そして統治せよ。』あの人口ばかり馬鹿のように多い植民地(エンペラーオブインディア)を総督府が統治できるマジックの種がここにある。しかし今回同じものを分割したのでは埒が明かない。先ず国家と英雄、国土と兵士を切り離す。
 ヘンリー首相に直談判し、ボカァ地中海の端っこに飛んだ。そう欧州の重病人と呼ばれる国家の首都、かつて第二のローマ(コンスタンチノープル)と言われた街に…………あぁ、訂正しよう。無理じゃなかった。指導者でなく国家の元、多数の人間が狂ったように目的に突進することは出来たんだ。今の軍人は国家総力戦と呼んでるらしいね? クソッタレな戦だよ。


―――ある首相経験者の言葉―――






◆◇◆◇◆








 僕は金子君と途中で合流した高橋君を連れて憤然とした足取りのまま、金糸で刺繍された紅い絨毯の上を歩いている。合流した高橋君、史実で言えば後の高橋是清蔵相からとんでもない報告を受けたのだ。


 米英の資本家が資金を引き揚げようとしている!


 本来貸した金は金利を上乗せした上で返ってくる。個人同士ならともかく、国家同士で即金払いはありえないから大概分割払いだ。我が国は煙草の専売権を始めとした数々の国内利権を担保にこの戦争の戦費を米英から借り受けた。その金を……


彼らは利子も違約金も関係なしに引き上げようとしている!


 所謂『貸し剥がし』というやつだ。もちろんわが国にはそんな金は残っていないからそのまま国家規模の債務不履行(デフォルト)へ一直線である。踏み倒せばいいという馬鹿は論外、そうしたら我が国はおろか日本国民全てに国境を越えて金を貸す奴がいなくなる。近代国家に必要な信用を失えば列強の植民地どころか赤貧地域とされてしまう。つまり世界中から国家として承認されなくなってしまうのだ。

 クロンシュタット、セバストポリ、アルハゲリンスク、オデッサ……やりすぎだ!!

 揺さぶりどころか嬢ちゃんがロシア西部の各港湾を襲い壊滅に追い込んでいる。大西洋上、北海ですら沈められたロシア船籍商船は30隻を超える。しかも原因不明、敵対船籍不明、英国艦隊の必死の捜索も全て空振りで欧州中の港湾がパニック状態だ。
 ロシアの港や船ばかり襲っていることから我が国を疑う者も多いが証拠はない。もし【ウネビ】を見た者がいても日清戦争時の巡洋艦がロシアの堅く防御された要塞港を単艦で陥とすことなど出来る訳はない。もし、出来るのなら“畝傍”を建造したフランス造船廠は宇宙人が創ったというサイエンス“ノン”フィクションができるだけ。
 それでも恐怖という厄介なモノは消えない。次は誰が、何処が狙われるか欧州中が震え上がっている。それはそのまま昨今、【快進撃】の我が国へ向けられ未知なるナニカへの委縮といった感情論として噴き出しているのだ。
 先ほどその問題について参加国と会談を持った。もはやウイッテ伯爵は抗議する声すら気息奄々(きそくえんえん)で各国の声も僕の反応一つに脅えを感じされるほどだ。僕だって不本意だ、これでは講和会議にならない。


 「申し上げた通り“彼女”の機嫌を損ねたことが問題なのです。僕自身はやめるように説得できますが彼女が納得しなければ同じことの繰り返しでしょう! 彼女の狙いは僕が言った“ポーツマス”の講和条件を達成させて日本国民を増長させ、しかる後に米英によって叩き潰させる事が目的なのです。」

 「少なくとも我らだけにでも彼女と合わせて……いや話だけでもさせてもらえないのだろうか? 政府も国民も、いやそれ以上に我々自身が納得できない。それに一つの国家を自らの思惑で陥れる等、常軌を逸しているとしか思えない。」

 「で……そのまま最後の審判でもやるのですかな? 本物ならいざ知らず、偽物相手に平伏すなんざボカァ御免こうむります。」

 「そんなことを言っている場合ですか!? すでに事は欧州全土どころか大西洋を越えて我が国にも広がりつつある。各国の株式市場は大混乱、もはや外交で何とかできる問題ではありませんぞ! 貴国の海軍とて唯では済まないはずです。」

 「大使、だからこそです。英国王立海軍(ロイヤルネイビー)が何とかできるなら卿も手を打つでしょう。できないからこそこうやって会談が踊る。私としては王立海軍が四苦八苦する様は見物ですがね。」

 「次は独逸大海艦隊(ホッホ・ゼア・フロッテ)に御出馬いただくことになりそうですがな。」

 「…………。」

 「溜息など吐きたくないのですがここにいる人間皆、地獄で火刑でしょうな。相手が神か悪魔かは別としても。」


 こんな調子である。誰が何を言っているのかはさておき…………
 早々にこの問題は休憩という名の棚上げになってしまい個別協議に移ったわけだが移動中の廊下で高橋君がその情報を持って来たのだ。正直頭を抱え、全部ぶちまけてしまおうかと考えた時に呼び止める声がした。


 「エンペラーのノームともあろうお方が、抱えた頭をそのまま壁か床にぶつけそうな勢いですな。亡霊騎士(デュラハン)でも兜は大事にするというのに、妖精のお姫様はずいぶんと勝手気侭のようだ。」


 控室の一つでチャーチル卿がひょっこりと顔を出し手招きしている。高橋君と金子君に目配せし僕のアリバイを作ってもらう。僕は単身、その部屋に入った。
 チャーチル卿の他に一人いる。口髭を生やしたアジア系の男、隣に丸帽を抱え静かに微笑んで握手を求めてきた。握手をするとそのまま体を寄せ軽く抱きとめる、イスラム系の挨拶? 丸帽……そうかトルコ帝国の人間だ。


 「紹介ノ前ニ感謝と祝福を、北の掠奪者(ロシア)に勝利シタコトヲ御喜び申し上げる。」


 たどたどしい日本語で話した彼はエンヴェル・パシャと名乗った。





―――――――――――――――――――――――――――――






 控室と言ってもここは王宮である。其処此処に目立たぬよう豪奢な調度が置かれ、品の良さを醸し出している。静かに見まわし様子を探る、誘拐だの盗聴等の心配ではない。王宮という物は一種の舞台装置のようなものだ。何処で誰がどんな話をするのか考え抜かれて作られている。外交官にとっての戦場(バトルフィールド)と考えてもらいたい。特に今回は蹴球(サッカー)で言う敵地(アウェー)だ。
 小さなテーブルの上に古い地球儀と万年筆、珈琲を淹れる一式……それにトルコ菓子か? 正面の絵画はオスマントルコ軍の戦いを描いたもののようだがどうもおかしい。背景の中に中世ヨーロッパ騎士をその長い鼻で掴み彼方へ投げ飛ばす象の姿が見える。時代的な背景が読めない一品だ。
 3人が座ったと同時に英国人、トルコ人の通訳がつく。大英帝国、トルコ帝国とも恐ろしく仲が悪いのは僕も知識で知っている。双方とも相手を信用せず二組の通訳を置くことで『信用できないからこそ用心を行い信用する。』のスタンスを取っているようだ。特に英国人の通訳は僕がトルコ語を話せる可能性を考慮したものだろう。彼らを介し折衝が始まる。


 「我が国は貴国の勝利を東洋始まって以来の快挙と捉えております。特に北の掠奪者共を足腰立たぬまで叩きのめしたのは喜ばしい。我が国は奴らに散々煮え湯を飲まされてきましたからな。偉大なる神(アッラー)はいまだ我々を見捨てていない証拠です。」

 「有難う御座います。貴国が自国の不利益を取ってでもロシア黒海艦隊を妨害してくれなければこう上手くはいかなかったでしょう。英国ともども厚く御礼申し上げます。」


 双方リップサービスを切る。エンヴェルは我が国を無理やりにでも同朋として扱わねばこの折衝にすら参加できなかったという苦境が覗ける。その上でなにか我が国に提案を考えているのだ。僕が返した言葉も言質ではない。トルコ帝国の最重要地域、ボスポラス・ダーダネルス海峡の妨害活動は英国が後ろで糸を引いていた筈、そのため御礼は英国に返すのが筋である。それを態々英国を添え物のように扱ったのは講和会議において英国が味方とは限らないと皮肉ったのだ。チャーチル卿がニヤニヤと笑っている。おおむね予想通りの反応とほくそ笑んでいるのだろう。トルコの侍従がこの場でいれたコーヒーが鼻腔をくすぐる。彼は恐らくこの舞台の装置にして最悪の事態に陥った時の保険という奴だ。――下手な手を打った愚か者をこの宮殿どころか現世から即座に退場させるためのナイフ――そういう事だ。


 「単刀直入に行きましょう。我々はこの講和会議に憤りを隠せません。陛下も私も臣民もです。勝利者の名誉と権利を部外者が奪う等、人のすることではない! こやつら欧州諸国はいつもそうです。己のグループのみで利益を分け合い。肌の色が違うという理由だけで我々を都合よく利用し捨て去る。我等が黄色人種だと言うだけで!!」


 怒りのあまり彼は自論を(まく)し立てて話を長くしているが隣は平然としている。悪口など蛙の面に小便と言った事か。むしろこの話は本題に入る前に自分のペースに巻き込もうというエンヴェルの策、チャーチル卿もそれに一枚噛んでいると見た。


 「……話が長くなってしまいました。こういうことです。我がトルコ帝国は欧州諸国が貴国に名誉も権利も与えない愚行に走るならば、その報いをくれてやることができます。」


 ? まさかトルコ帝国が欧州に喧嘩を吹っ掛けるつもりだろうか。不審に思いながらコーヒーを啜る。旨いな……


 「我がトルコ帝国は貴国に西方太守領……即ちバルカン半島マケドニア地方を割譲する用意があります。」


 飲み込みかけたコーヒーが逆流した。慌ててハンカチで口を押さえる。彼が言った言葉を反芻し椅子からずり落ちかけた。彼は何を言った!? この講和会議が気に入らないから欧州に対する腹いせに自らの領土を削って渡すと言い出したのだ。狂人の戯言だ!!
 怒りのあまり席を立ちかけるが、強引にチャーチル卿が肩を掴み席に戻す。睨む僕に凄まじいばかりの形相で彼は畳みかけた。


 「茶番ではありませんぞ! コムラ全権大使。この提案は3国共に利害が一致するからこそ此処にある。それでなければボカァとっとと本国に帰っている!!」

 「こういうことなのです、コムラ」


 エンヴェルが苦渋に満ちた顔で話し始める。オスマントルコ帝国……かつてイスラムを奉じて東地中海はおろか北アフリカ、中東にまで広大な版図を広げ、東西交易を制して莫大な富を築いた大帝国も今や見る影もない。国家の近代化、産業化に乗り遅れ、民族対立に巻き込まれ、失政が続き度重なる戦争で負け続けて国庫を削り取られた。領土こそ大きいが寄り合い所帯の統制のとれない2流国、これが欧州でのオスマントルコ評である。
 その領土すらも危ない。アフリカはイタリアに、中東はイギリスに、そして本土とも言えるバルカン半島や小アジアはロシアを始めとしたスラブ系独立国家に蚕食され続けている。そしてそれを押しとどめる力は政府にも軍にも果ては臣民にすらないのだ。


 「既に滅びた国、欧州の重病人……我々はそう嘲弄されてきました。国を纏めようにもその夢を語る者はいない。国を守ろうにも武器を手に取る民がいない。だからこそ!」

 「必要なものを既にいらなくなった国家より移植し国家の再構築を図る。正直、オスマントルコが滅びても我が大英帝国は小揺るぎもしません。しかしロシア人とその眷属どころかドイツ人までやってこられては大いに困る、ということです。」


 チャーチルが話を繋いだ。交渉者(かれ)にしては妙に他人事な発言だがさらに言葉を添えて皮肉って見せる。


 「言うなればオスマントルコは欧州の勢力圏獲得競争の餌になっていましてな、我等としては致し方が無く付き合う……おっとこれはエンヴェル殿に失礼! クェートは前内閣の先見の明だと納得できましたからな。」


 口を隠すフリをして演技する彼をジロリとエンヴェルが睨むが、睨みつけられた方はいたって涼しい顔だ。クェート――たしかペルシャ湾の最奥にある大英帝国領の小王国の事――何のことだろう?


 「貴国が証明したではありませんか。戦闘自動車を大量使用した騎兵を名誉諸共ゴミ屑に変えた機動戦! あれが可能なのは石油あっての筈です。あの小王国はわが大英帝国が飲んでも尽きぬほどの石油の大産地なのです。」


 チャーチルの断言にエンヴェルの顔が青くなる。そんな重要資源地帯を易々と明け渡してしまった先達に殴りかかりたい心境なのだろう。チャーチルが笑っている。
 日本人? 己の軍人ですら現実を見ない限り解けぬカラクリを外国人が解ける訳は無いと思っていたのか。トルコ人? 貴様等から産油地帯を奪ったのは未来を見据えた布石だったのに気付かなかったのか。情報を誰より先に得て先手先手を打つ者に貴様等如きが敵うと思ったか?? 

 
我々は肌の色だけで差別するほど愚かではないぞ!




「話を戻しましょう。」


 静かに彼が言葉を発する。たかが30代の若造がこれほど大きく見えたのは初めてだ。彼が後の救国の宰相と呼ばれる理由を垣間見た僕は背筋を震わせた。


 「バルカン半島マケドニア……はっきり言いますと死地です。バルカン7カ国と国境を接し、しかもワラキアを除けば数少ない穀倉地帯。欧州と近東の結節点であり今まで幾多の民族が興亡を繰り返してきた地でもある。『彼女』の状況を再現するならばあの日本と大陸を繋ぐだけのちっぽけな半島に比べ遙かに適した地でもある。貴国を弱らせ、破滅させる格好の地として説得できるはずです。」

 「しかし、そんな名も知らぬ土地を聞いたところで日本人の誰が日本領土と思いましょう? 最悪、端た金と引き換えに売り飛ばすのが精々です。」


僕の懸念をしたり顔で頷きながら彼は切り札を切った。


 「移民してしまえばよい。貴国だけで3000万を超える人間がいる。どうせ食わせるにも困るはずです。欧州の穀倉地帯を餌に移民を募ればいい。我が国は全力でそれを支援することを約束しますぞ。」


 「何が狙いなのです。貴国が同盟国とはいえそこまでやる必要がありますか?」


 そう、あまりにも非常識だ。移民というのは途方もない金がかかる。数人が旅行するのではなく数千人、数万人が遥かなる波濤を超えるのだ。英国本土から豪州に移民した英国人が100万にも満たないことを考えれば国家政策でもどれほどの無理か掛るか自明だろう。しかもその大半が金のかからぬ食い詰め者か犯罪者という実態でだ。その費用を肩代わりするといわれても信用できない。裏を取ったとしても信用できず罠と判断するだろう。彼は僕の顔をみてさもありなんという表情を浮かべ更なるカードを(めく)る。


 「簡単な事なのです、ロシアのアジア進出が阻まれ欧州に目を向けるには少しばかり時間がかかります。その間隙を縫ってあのジャガイモを作ることしか能のない連中が南下を企てている。奴らに対する楔になってもらうのがひとつ……その奴らが昨今しかけている我等に対する挑戦を違った意味で頓挫させてしまうことが真の目的です。なにしろ戦艦数十隻を作るより安上がりだ。」


 成程、ロシア人とドイツ人にバルカンを巡って対立させるのが大英帝国の意図だがドイツ人が抜け駆けをしないよう見張りは必要、そしてドイツ人の挑戦とは英独で激しく争われている海軍拡張競争のことか。戦艦の性能や数で争えば国家にどれだけ負担がかかるか見当がつかない。では掛け捨て保険である海軍より英国の誇る商船隊(マーチャントネイビー)で競争した方が得策だ。なにしろドイツ帝国は内陸国家、商船の数は英国に比べるならば遙かに少ない。我等を移民させ彼らに脅しをかけるのだろう。


 『英国はいざとなれば全世界から百万単位で兵士を集結できる。ドイツ陸軍精鋭といえども10倍、100倍の兵士に抗えますかな?』


 欧州最強の陸軍を喧伝するドイツ帝国も流石に考え込むに違いない。戦争をするにはリスクが大きすぎる。もう一つの雄にしてドイツ帝国の宿敵、フランス共和国を増長させず彼の国に釘を刺す。超大国らしい狡猾な外交手腕だ。


 「我がトルコ帝国がこの話に乗ったのは、現実の状況と貴国の名誉を回復できる故です。」


 続いてエンヴェルがトルコ帝国の現状を話し始めた。


 「もはや我が国に国土を守る力はありません。だからこそ列強は我先に我が神聖な領土に乗り込んでくる。列強だけならまだしもあのバルカンの裏切り者共……ギリシャ、アルバニア、セルヴィア、ブルガリア……貴国に比べ遙かにちっぽけな国にも侮られているのです。奴らに先祖伝来の大地を奪われるなら明け渡してしまえばいい。そう極東の片隅で産声を上げた新たなる帝国に! 我等が国を再編し、自らの力によって国を守れるまで我等を守っていただきたいのです。その報酬がマケドニアの国土です。全世界見渡しても列強が世界中の土地という土地を奪い植民地としている中、貴国だけが逆に欧州に植民地を持つ。欧州全国家に対しこれ程の名誉と挑戦状は無いと考えます。」


 「しかし世界の裏側、欧州の辺境まで移民しようと……」


 話は解る、解るのだが論理が滅茶苦茶だ! 双方とも御国の事情など斟酌していない。いくら好条件とはいえそんな非現実的な論理が!! 僕の言いだした言葉をチャーチルが遮る。ハッタリや詭弁と解っていても僕は彼の怒気と強烈なまでの意思が押し寄せてくるのを感じた。


 「辺境? 言ってくれますなミスターコムラ! 貴方は……いや貴国全ての民が辺境呼ばわりするマケドニアがどんな意味を持っているのか全く解っていない!! 我等イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、列強と呼ばれる国全てが偉大なるローマによって生み出されたのを御存知か? そのローマに世界という夢を与えたのがかの偉大なるマケドニア大王アレキサンダーであることを御存知か?? 貴官は欧州始まりの地辺境と言い捨てたのですぞ! 我等ヨーロッパ人に対して例えない程の侮辱だ!!」

 「そう欧州の古都ビザンチゥム(イスタンブール)に続き今度は欧州始まりの地までもが名も知らぬ黄色人種の軍靴に踏みにじられる。世界を席巻する欧州にとってこれ以上の意趣返しは無いでしょう。」


そして彼らは決定的ともいえる言質を放った。二人共、厚意とも嘲笑ともとれる笑みを浮かべて。


 「英国は世界の維持(パクスブリタニカ)を、トルコは新たなる親衛隊(イニチェリ・ガディト)を、そして貴国は名誉の大地(テリトリーオブオナー)を…………我がヘンリー内閣はこれを了承しました。」

 「我が皇帝陛下(スルタン)もです、コムラ。」


 そんな事ができるわけが……頭がぐるぐると回り、割れ鐘のように耳鳴りがするなかチャーチル卿とエンヴェル将軍がゆっくりと近づいてくる。僕は政府の……いや陛下の快諾と言い訳を繕う事もできぬまま追い詰められていった。


 ――乃木閣下、橙子御嬢ちゃん……あなた方が思い描いた未来は誰もが信じられぬ方向に走り出しましたぞ!!――


 恨むことも呪うこともできぬまま僕は彼らの握手を受けざるを得なかった。




◆◇◆◇◆





 さてさて、世界はどう動くのかな? ミスターコムラの手を握りボカァ考えたのさ。正直、イスタンブールでは途方に暮れたものだ。偉大なる国家(コモンウェルス)欧州の重病人(オスマントルコ)、外交関係は最悪と言っていい。しかし何故それが敵対的な関係にならないかと言えば力の差が歴然としているからなのさ。こちらの要請をあちらは断ることはできない。しかし、今回の問題は双方の力が表面上でも対等でなければならなかった。まさかコムラも大日本帝国に策謀を仕掛ける国が複数、しかも同類の黄色人種にしてアジア系国家、そして列強ではなく番外の国であることなど想像できなかっただろうね。
 あのときどうやってトルコ皇帝(スルタン)に繋ぎを付けようか算段して公館街を歩いていたときにトルコ語を話す日本人と出合ったのだ。トラジロウ・ヤマダ……都合良く使える伝手どころではなかった! 彼はエルトゥールル号事件――オスマントルコとジャパンを結びつけたある事件の関係者だったのだ。トルコ人はボクの話など聞かないだろうが彼の話ならば耳を傾けるだろう。彼と徹底して話を詰め、そして彼から協力者を引き出した。
 人種差別? あぁ、ボカァ紛う事無き人種差別主義者だ。だがそれがなんだ!? 政治家と言うものはそれすら武器にして世を押し渡る者。出来ない者をこう言うのさ、ロマンチストってね。
 皇帝の施策が不満で軍を率いて立てこもっていたエンヴェル・パシャを訪れ、イスタンブールに進軍させた。トルコ政府の討伐軍? そんなもの植民地軍精鋭であるグルカ兵と南アフリカ兵をスエズから持ってきたから軽いものだったよ。エンヴェル・パシャは自称ではなく公式に将軍(パシャ)の位を得て政権を簒奪した。その代価がボクの策謀に加担することなのさ。でもあの時もう一手考えるべきだったかもしれない、と思っているよ。

――インタビューしている記者達にボカァ皺くちゃな顔のまま、にやりと笑いかける。それは秘密だ、と言わんばかりに。あの時のズボンの中、厳重に硝子で封印された試験管の中に封じられた(しお)れ果てたウクライナ小麦の穂、あれが始め何を意味しているか解らなかったからね。ボカァそう考えていた。――


―――ある首相経験者の言葉―――





―――――――――――――――――――――――――――――





 人種という名で隔てられた障壁は未知なる恐怖という厄災によって壁ごと双方を焼いた。解放を志した者はその半身をもぎ取られ、其を慕った者はそれを弾劾も告白もできぬまま凶刃のみを取り込むことになる。
 しかし、刃が突き立てられたのは新大陸でなくその先祖達が始まりを宣した大地。
戒を破ったのは誰か?それは責められるべきなのか?? 何もわからぬまま世界は鳴動する。そして…………

 
一つの国が歪んだ産声を上げる。







あとがきと言う名の作品ツッコミ対談


 「ども、どーこです!なんか最初から最後までチャーチル閣下無双?」


 まー救国の宰相だしね。行動力もあるし調整力もカリスマもある。灰汁の強い性格だから好かれる人物じゃないけどこの人の行動に誰もが納得せざるを得ない。嫌いだが認めざるを得ない典型的なカリスマ悪役として構築した。むしろ橙子が暴れだしたからこそ彼を引っぱり出せたのさ。それでなければ反ファシズム反共産主義人種差別主義者の彼が興味を持つとは思えない。英国海軍のプライドをズタズタにしちゃったしね。


 「へ? あたし英国貨物船も英国軍艦も襲ってないよ??」


 本文でこそ割愛したけど、戦艦2隻で挟みこんで護衛してたロシア船籍の貨物船が直下から霧の魚雷攻撃受けて轟沈してるから。勿論英戦艦に被害なし。しかも後ろにも護衛してた船がいて其れがアントワープ辺りで事態を公表したから英海軍の面子ズタズタ。世界最強の海軍が成す術無く護衛対象を沈められたから「世界の海は安全でない」と証明されてしまった。だからこそ市場で船会社始め貿易関連企業株総崩れになったわけ。そりゃ英国怒り出すわな。しかも怒り出す対象が見つからない。「宇宙人が通商破壊をやっていますので英国は手も足も出ませんテヘペロ」なんて言えないからね(爆笑)


 「あははははははは――――あたし何やってんだか。(泣)」


 いや、結構妥当な選択だと思うけど?第一章にて橙子は敵か味方か位でしか世界を見ていないからその他の存在なんて眼中にない。そして其れをコアユニットも踏襲している。さらに原作にて“大海戦”の状況を映したアングルなんて数コマしかないけども、もし相手を分断するとかの考えが霧にあったなら先制攻撃したロシア艦隊のみを襲撃しただろうしね。……それを人類側の艦艇無差別攻撃したから霧自体も初めは人類はひとつ的な論理だと思っていた筈。ここにフェリは楔を打ち込んだのさ。そうする原因が霧にあったのではないか?とそれが今回転移した霧と脳内補完して物語を作っている。


 「ひぇぇ! そこまで考えてたのか、でもそろそろ教えてくれてもいいじゃない?転移した霧の正体。」


 ひ・み・つ(威嚇射撃炸裂w)どわーちゃんとヒントあげてるじゃないかー。第一章にてもう真名が出ている艦があるだろ? 【イソカゼ】と【ハマカゼ】この2艦だけで3番目は予想できるし東シナ海で船団を護衛してた黒い影あるだろ?あの浅海面で自由に隠れて行動できる軍艦なんて限られている。そして霧のスペックから考えて転移した艦はどう見てもメンタルモデル構築可能艦ユニオンコア以上のスペックを持ってる。つまり巡洋潜水艦、重巡洋艦、大戦艦、海域強襲制圧艦、超戦艦のどれか。しかもアルペジオで公表されてない艦だからかなり絞れるつもりなんだけど?


 「それがどれだけあると思ってるのよー!…………アレ? 日本国籍艦?? かなり絞れるけど。」


ハイハイそこまで! 一応ひとひねりして解りにくくはしてるけどそれ以上はオフレコにしてよ(笑)


 「あ……この章始まってからあたし以外一章のキャラだれも出てないわね?舞台こそ欧州ど真ん中だから出しようが無いけど登場キャラ多くなり過ぎない?」


 いや、これでいい。本来この章のジャンルが外交戦記だから軍人には出る幕が一切ない。ま、基本5話までだからそう長く続かないけど。この章出てきた新キャラと前章キャラの何割かが合流して第3章を構築するわけだ。この第3章すらさらにジャンルが変わるから我ながらトンデモ構築考えたものだと思うよ?


 「そんなにキャラ覚えられっか!!(怒)」


 ん? そんなに多く無い筈だよ?基本乃木じーちゃんと橙子と家族。それに若干のアルペジオ系キャラ、@史実の有名人くらいだからメインキャラは20名かそこらの筈、のこりは一回こっきりと空気とかそんな感じだから。


 「それでも多いよ……そういえばエンヴェル将軍だけどこのころはまだ大尉程度じゃない?この時期絶賛反乱軍率いて山岳立てこもり中なのになんでこんなところにいるのよ??」


 だから史実とは少しばかり違うといったろ? 実はエンヴェル閣下は3年位前倒しで動いてる。歳もプラスしてるしね。現況では改革派の自称将軍(パシャ)、政府や軍部にこそ影響力があるけど肝心の宮廷には全くのパーなんで将軍どころか青年トルコ革命そのものが空回り気味なんだ。それ以上に時のスルタン:アブデュルハミト2世の専制政治も絶賛空回り中。このダメダメな状態にチャーチル閣下乗り込んで自ら利害を調整してスルタン―パシャ枢軸を形成させたのさ。その代価が日露講和に協力すること。何もかも足りない国に何もかも過剰な国から必要なものを持ってくるという言葉で利害の一致を見させたわけ。だからこの二人、保守派と宗教界からめっさ恨まれるようになった。改革最強硬派の頭目と見られてしまった訳。勿論反英国派からもねw


 「意外と双方ともまともになってるね?」


 そうでもしないと前提が崩壊しかねん。(苦笑)御蔭でこの後日本がはるばる欧州に出かけていかなきゃならん事になったわけだ。


 「そして最後! 予想こそ付いてたけど今度の副題ネタは島崎大先生かぃ!!よくもまぁ名前負けしかねない方々をネタに持ってくること(呆)」


 うん、今回辺りから本気でこのころの国際情勢をやらなきゃならんと考えていたから世界は帝国主義、人種差別主義真っ盛りの時代だからこそこの副題が適当と考えた。島崎センセの原作品でも最後の慟哭と怒りは本物だったしね。何?左側ばかりの作家ばかり贔屓してないかって? ま、それは物語の綾と思ってくれ……何故そこでツッコミ砲を向けるんだ? とーこ。


 「このままだと左右から叩かれる可能性があるから初めに粛清しときます♪」


 ちょっと待てー!!(轟音と悲鳴が交錯)



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