まさか史実の『ローマ占領』ではあるまいし、郊外とはいえ30年後に起こる筈のローマ市内にドイツ製兵器が溢れる事態をこの瞳で目の当たりにするになろうとはな。厳しい目でパレードにて査閲を受けている皇軍兵士と査閲を行う閣下、そして口を半開きにしたまま観閲席でそれを眺めるイタリア王国軍のお偉方を眺める。


 「刑部主席参謀、準備終わりました。」


 下士官の一人が耳打ちしてきた。なにしろ下位とは言え列強に正面から武器を売り込もうというのだ。英米仏独、みな公式には日本製(イオージマ)の武器を買おうとはしない。もしこれらの国でそんなことを言う士官が居ようものなら『国の兵器を愚弄するか!』と怒鳴られる。下手をすれば予備役送りだ。将官クラスに至ってはもっと酷い。口にしただけで祖国の兵器産業に疎まれ、天下り先がなくなる。軍というものは閉鎖性の高い組織であるのは今も昔も、如何なる国であっても変わらない。最近、ドイツ帝国が秘密裏に購入を持ちかけてきたがこれはロシア大飢饉の影響の為だろう。なりふり構わぬ現状だからこその例外なのだ。


「順番は?」

「今が装甲車小隊ですから、後3番目です。【お車】の用意もできました。閣下には話しておられないので?」


 閣下は演技が上手いとは言えないが、昔と違い『それで良し』と諦観しないだけ前進している。あの御孫嬢が思わぬ影響を与えているのではないか? と私は見ている。軽口のつもりで閣下の言葉を伝えた。


 「ぶっつけ本番だ、閣下からして儂を慌てさせる位のことはしてくれ――と言っていた。」

 「期待は裏切りません。」


 自信ありげに頷き、今我ら観閲士官達が座る半円形の観客席――ローマ時代の屋外劇場だそうだ――から駆け去る部下を眺めて顔を引き締める。最近流行りの英国製両眼鏡を持ちあげ視界を合わせた。片眼鏡(モノクル)とは出来が違う。さぁ……始まるぞ。





―――――――――――――――――――――――――――――






 鋭角的な自動車、黒光りを放ち砲塔を振立てて周りを睥睨する装甲車。地獄から這い出してきたような金属的な叫喚を放ちながら動く戦車……圧倒的だった。これが欧州の田舎とはいえ世界最大の領邦を持つ国家(ロシアていこく)を叩き潰した東洋の力か!


「ロドルフォ? おい! ロドルフォ・グラッツアーニ!? 何呆けた目で眺めているんだ。あんなもの役に立つわけがないだろう。ここはアジアの草原じゃないんだぞ。」


 同期で運よくこの観閲式に参加できた騎兵中尉が馬鹿にしたような声を出す。あぁ、本当に馬鹿だ! そのアジアの草原で欧州でも五指に入るコサック騎兵がこいつらによって皆殺しにされたことすら知らないのか? 美酒に美食、そして美人とそれなりに楽しんできた俺だが戦誌については貪欲なまでに読み漁っている。戦争とは何か、英雄とは如何なるべきものか? カエサル、フランチェスコ・スフォルツア、ジュゼッペ・ガルバルディ……だが時代は変わった、もはや英雄なるモノはこの世には必要無い。
 ロシア―ジャパン戦争、これは人同士が相対して勝負を賭けるものではなく組織・システム同士の戦いだったのだ。そこに必要とされるのは正確な相対情報と迅速なる部隊展開、そして国家戦略から導かれる作戦戦略の徹底追及! そう、コサック騎兵の壊滅は結果論でしかない。
 おそらく上の観覧席に座っているジェネラーレ・ノギは戦争が始まった時点で終わらせ方を決めていたのだろう? 開戦に合わせた兵力動員と新兵器習熟、旅順から奉天に至る川が流れるような兵力展開……まともに戦っている、新兵器に苦しめられているが数で押し切れる。そう希望を抱いていたロシアの将軍達は最後まで気付かなかった筈だ。そう、最後まで…………

彼らはジェネラーレ・ノギの掌で踊らされていること等、想像出来なかったに違いない。

 その力の源は下に見える兵器だが、本質はそこではない、その兵器が生み出す速度にこそ本質がある。従来の軍の機動力の鏑矢たる騎兵は、耐用年数が低い。仔馬を育て、軍馬として調教してから使えて5年。それが終われば種馬か荷運び用の輓馬にしかならない。しかも毎日のように手入れをしてやらねばたちまち【性能劣化】だ。馬一頭に馬丁二人、つまり騎兵連隊は総数600名と言いながら実質2000名近くの大所帯なのはこれが理由だ。大国といえども有力な戦力である騎兵が歩兵より少ないのはこの常識を覆せないからに過ぎない。
 しかし……この機械化という名のもとに造り出された兵器達は違う。それなりの機械工ならば性能劣化など考えられない。そして揮発油(ガソリン)さえあれば飼葉も水も毎日のように調整して与える必要もない。そして100輌に満たない数で連隊が作れる程の戦闘能力なら必要に人員は500人以下。総合的にマンパワーが少なく、安定しているものがより有力なのは軍事上常識だ。

 騎兵は滅びる。そしてその死骸を食い破って此等は産声を上げる。ジェネラーレにつけられた綽名・悪魔(ディアボロ)の如く。

 その証拠に英米仏独、あのホーフブルグの講和に参加した列強は競って国産戦車の開発に狂奔している。英国はマークT陸上戦艦――ランドバトルシップ――、米国はM1戦闘車――コンバットカー――、仏国はルノーNC、余裕のない独国とて下で動いている戦車をフルコピーして採用したらしい。
 続々と新兵器のパレードが続く中、それが起こった! 実は私も新兵器が徐々に小さいものに変わっていくのを見て少し飽きかけた時だった。爆音を立てて隣の坂道から何かが走ってくる!  モトツィクレッタ(オートバイ)、しかし金持ちが道楽で持つようなものではない。歴とした軍用品であり無駄をそぎ落とされながらも日本人が使うという鋭利なサーベル(サムライスパーダ)にも似た凄みをもつ。
 それに跨り観覧席を横目に見ながら屋外劇場を周回暴走する十数台。軍隊にあるまじき狂騒ぶりにあっけにとられるのも一瞬、暴走する彼らはいきなり機関拳銃(サブマシンガン)を抜き放ち、こちらに向けて発砲した!
 仰け反る軍高官達、暗殺の標的にされたのか!? と仰天した者が大半だろうが数名はニヤニヤと笑いを噛み殺している。斯く言う私も同様だ。機関拳銃から発砲時、盛大に白煙が上がったのは確認済み。本来、銃器から盛大に白煙を垂れ流すは不良品の証だ。逆にそれだけの白煙を上げるならば『それを見てください』というアピールでもある。
 信号弾、礼装弾、そして空砲。彼らは一通り我々に空砲を浴びせると気勢を上げながら去っていく。悪戯小僧共が悪さの後、一目散に退散する如しだ。爆音の残り音だけが後に残される。
 誰の趣向か解らないがこれは強烈だろう。鋼の騎兵が機関銃を撃ちまくりながら襲いかかる。唯でさえ騎兵突撃は歩兵を怯えさせるのだ。こんな連中が戦場で襲いかかってきたら歩兵は戦闘どころか隊形を変える前に壊乱してしまう。
 直後肘掛けを激しく叩きつけ立ち上がった男! 勿論、ジェネラーレ・ノギだ。どうやら今の趣向は予定外のことだったらしい。隣の眼鏡を掛けた参謀に怒声をぶつけている。頭を下げ弁解している参謀、そこへ我が我が王国軍の将軍が仲裁に入った。通訳越しに耳を(そばだ)てる。


「まぁまぁ……貴国の若者でも異国ではしゃぎたい者は多いのでしょう? ここはひとつ大目に見ては?」

「そうは参りませぬ! 上官達の目の前でこれだけの狼藉をやらかしたのです……」


 ジェネラーレ・ノギの顔が角度の関係で良く見える。唯でさえ凶相ともいえる顔が怒りで赤黒く染まり、文字通り悪魔将軍の形相だ。どうやら直接追いかけ捕縛するつもりらしい。あんな機械でできた駿馬を何で追いかけるつもりだろうと人込みをかき分けて将軍の【お車】を目の当たりにして絶句した。
 モトツィクレッタ……しかも先ほどの爆走集団のモトツィクレッタより一回り以上大きい! 黒と銀を基調としたフレームに目が覚めるような空色のカウリング、先ほどの爆音が痩せ犬の遠吠えに聞こえるようなエンジンの重低音! アレ等が馬ならばこいつは有翼獅子(グライフ)だ。サイドに書かれた【RQ750】の鋭角的な筆記体……こんなモンスターマシンに齢60の将軍が跨るのか!?
 しかし彼は臆することもなく跨り、軽く調子を確かめると円形劇場に踊り出す。この舞台の主役は私だと言わんばかりに。軽く信地旋回をかけ、劇場を一周すると一気に加速し我々の前から駆け去った。強烈なスキール音とエキゾーストを残して。


「閣下が所要により退席いたしましたので、私が皆様の御質問にお答えしたいと存じます。」


 先ほど将軍に怒鳴り散らされ平身低頭していた参謀が汗を拭きながら質問を受け付ける。質問攻めにされる彼を横目に見ながら私は将軍が乗っていたモトツィクレッタの排気管にエッチングされていた紋様、【翼に囲まれた髑髏】に妙な既視感を覚えていた。





―――――――――――――――――――――――――――――






 「中隊速歩(トロット)距離600!」


 先任のブジョンヌイ下士官のダミ声が響く。満州のうっすらと雪に覆われた草原、中隊の騎行速度が上がる。この段階で馬を速歩にするのは突撃準備といった命令だ。一万騎もの騎兵が横隊突撃するなど相手から見れば圧巻と言っていいだろう? この場合絶対的な恐怖に怯えるだろうが、同じ騎兵ならその壮観さに目を剥くだけの価値はある。【ロシアコサック騎兵集団】とはそれだけの力をもつモノなのだ。
しかし頭の裏側をチリチリと焼くこの感覚だけは頂けない。おかしい? 確かに我々は絶対的だ。この先には日本軍の大隊規模の歩兵部隊が居るだけなのだ! 軍団級の騎兵集団の突撃を浴びれば潰走どころか戦う前に蹂躙されてしまう。
 だが……そう、例えるならば遮蔽物もない空き地で狙撃兵に狙われているような状況。自分の見えない場所から絶対的な死が狙い定めているような感覚……さらに下士官の命令が出る。


 「中隊騎兵槍(ランシェ)上げ! 駈足(ガロッポ)……」  

 「待て下士官! 中隊全騎、常歩(パス)、槍戻せ。」


 素早くブジョンヌイ下士官が馬を寄せてくる。彼は馬の専門家にして騎兵の華だ。だから騎兵指揮どころか連隊騎馬の一挙一頭足に至るまで彼に任せてある。近衛士官出のボンボンたる私は彼に従うのが生き残るコツと考えていたのだが。


 「どうしました、マンネルハイム中佐殿?」

 「下士官、これは不味い! 出来過ぎている、なにかあるぞ!!」

 霰弾使用重砲水平射撃(キャニスターショット)ですかい?」


 両翼及び後方の騎兵中隊が我が隊を追い抜いていく中、取り残されるのを恐れて具申してくる。霰弾――言うなれば重砲を水平に構え、散弾銃の要領で鉄釘や金属球を撃ち出す戦術だ。近接で発砲されれば標的の数人は粉微塵に消し飛び、周りの連中も蜂の巣になってのたうち回る。騎兵にとって厄介な敵だ。しかし……愛馬を彼の馬に寄せ耳元で話す。


 「それなら戦いようがある。だがたぶん違う。敵陣地の後方にあの日本第三軍がいる。リュイシュン(旅順)の兵を皆殺しにしたゲネラル・ノギならば……」

 「解りました、中隊全騎下馬! 射撃準備、友軍の突撃を援護する!!


 彼の怒鳴り声で訝しげな顔をしながら部下達が馬を降り、騎兵銃を皮帯(ゲートル)から外す。部隊の皆から変わり者扱いされているが、それだけに私の勘の鋭さは知っている。要領の良い中隊長が勝ちが決まった戦において怯惰で命令を出すなど在り得ないから何かあるのだろう? と思ってくれたようだ。
 しかし、射撃体勢に入ろうとした瞬間! 私の読みは外れた。そう、取り越し苦労ならどんなに良かったのだろう。実態は真逆、私ですら想像できない悪夢が現出した!!
 先行していた騎兵が跳ね飛ばされる、突撃中の騎兵が反対方向に跳ね飛ばされるなどありえない! 乗っている騎兵や装備を含めて400キロはある重量物が真逆に跳ね飛ばされたのだ!!
 跳ね飛ばしたのは鈍い灰色地の塗装が施された自動車。いや、アレを自動車と言って良いものだろうか? 其処彼処を鋼で(よろ)い、天井に機関銃を据え付けた【装甲車】。鋼鉄で出来た堡塁と言ってよい【戦車】。我ら騎士の末裔だる騎兵を蹂躙する悪なる竜(ドラコーン)の群れ!!!
 騎兵の一隊が吹雪く機関銃の中を突進する。仲間を、上官を、部下を薙ぎ倒され吹き飛ばされても突撃を止めず、僅かな数の兵士たちが戦車に騎兵槍を突き立てる! しかし鋼鉄の鱗(そうこうばん)の前に穂先は空しく弾かれるばかり。逆に銃塔が旋回し必至の思いで抵抗する兵士達を蜂の巣にする。
 騎兵にとって馬は兵器というだけではない。自らの相棒であり、生死を共にする戦友である。その戦友を機関銃で殺され己だけ助かった兵が折れた片足にも構わず立ち上がる。皮帯を乱暴に外し、怒りに震えて騎兵銃を構え発砲する! しかし、その戦果が出たのか解らぬうちに目の前に装甲車の車体が広がり鈍い音を立てて彼は……轢き殺された!


これが……これが! 戦争だというのか!!



 私は怒りと憎悪で顔を歪めながら、それでも納得していた。これが戦争なのだと。最早我々は、古き良き戦争に戻ることは叶わないのだと。こちらにむけて装甲車が突進してくる! ダメだ!! 騎兵銃如きではアレには敵わない。もっとなにか……そう爆薬があれば!!! 馬に釣り下げられていたダイナマイトの束を引っ掴み点火、こちらから徒歩で突撃する。私がダイナマイトを投げつけたのと装甲車が機関銃を発砲したのはほぼ同時だった。





◆◇◆◇◆






 目を覚ます。
 五月特有の明るく柔らかい日差しが降り注いでいる。私が寝転がっていた草地は十分に熱を孕み、若葉の匂いを振りまいている。思うが何という贅沢だ。故郷のスオミ、長らく暮らしたロシアの大地でも7月にならなければこんな日差しは望めない。珍しく夢を反芻する。
 そう、あの時私にはダイナマイトすらなかった。、あったとしても私が装甲車に轢き殺されるか、機関銃で穴だらけにされるだけだっただろう。私は、いや私達騎兵中隊全員は馬を横倒しにしてその陰に隠れ、死んだ振りをするしかなかったのだ。坂道を上ってきた付き合いの長い下士官が覗き込んで来る。私は彼に尋ねた。


「ブジョンヌイ先任、私はどのくらい眠っていた?」


 彼が銀縁の装飾が施された懐中時計を開き、時間を確かめる。ロシア軍時代、彼ほどの名騎手でも手が届かない品。これで時間を確かめるたび彼は上機嫌になる。本当にアメリカ人という連中は金持ちだ。たかが一傭兵にこんな物を与えてしまうのだから。


 「2時間と言ったところです。大佐殿、毎日馬車馬のように働いていますのでもうひと眠りしては?」

 「いや、雇用主の前で醜態を見せるわけにもいかない。それに今は大佐じゃない。エミール大尉さ。」

 「いいえ(ニエット)、我が傭兵隊の隊長は大佐ですよ。グスタフ・エミール・フォン・マンネルハイム大佐殿。」


 苦笑する。フランス外人部隊に移籍し2年もたたないうちにこの地へ戻ってきたのだ。満州の地に、それもゲネラル・ノギが地獄に変えたという旅順に。アメリカ陸軍極東集団直属特設警備隊第6大隊、それが私と共に志願したロシア人傭兵部隊の境遇である。20万近い大軍団を投入し、未だ軍団規模の兵をこの大地に駐留させているアメリカ政府が何故傭兵など使うのか? 
 簡単な事だ。彼らは満州をよく知らない、そして無駄な犠牲を嫌う。これを鑑みれば日露戦争でロシア軍に所属した兵士を雇えばいい。根なし草の傭兵だ。戦死しても満州総督はアメリカ国民から恨まれることはないし、危険な任務は我らに丸投げして功績を独占できる。
 危険任務ばかり宛がわれる我らが一方的に損をすると見られそうだが、そもそも傭兵に名誉など要らない。与えられた任務を全うし、給金と手当てを貰う。それで精一杯だ。そして、アメリカ合衆国という国は金払いが良い事で知られている。


 「で……どうなんだ? 彼らは。」

 「無駄弾を盛大にばらまくだけなら一人前ですぜ。少なくとも奉天の我々より下手なのは確かです。」


 彼は何とも冴えない顔をする。彼が愚痴らねばならない程ということは今度来た新編部隊の練度の低さは相当なのだろう。銃器こそ伝統というアメリカ合衆国では意外に思えるが、農村を除き実際にライフル銃を撃てるものは少ないのだ。だからこそ我々が彼らを教導する。採用試験で『あのジェネラル・ノギの戦場で2回も生き残れた。』この宣伝文句はアメリカ極東軍で強烈なインパクトがあったらしい。実戦でそれが証明されると共に、我々は教導部隊として対匪賊戦の新兵(ボーイスカウト)達のお守役として重宝されている。


 「正直日本帝国製(イオージマ)の武器を装備させる価値があるのか疑問です。雇い主たるアメリカ政府は大枚叩いて日本から購入したそうですが、あれだけの高性能でも使う者がヘボならば唯の飾りでしょうし。」

 「それを鍛えなおすのが我らの仕事というわけだ。さ! 行くぞ先任曹長。内戦しか知らん新兵共に本物の陸戦を教育しようじゃないか!!」


 反動をつけて立ち上がり頬を叩く。私は戦場の顔に戻り、ブジョンヌイ曹長を連れて練兵場に向かった。横目で海岸を見る。そこにはイギリス海軍籍の戦艦モドキが海中を掘り返しているのが見えた。アメリカ海軍士官がら小耳にはさんだ言葉、


 「リヴァイアサンの残骸を探しているらしい。」


 その言葉を思い出し、私は少し顔を(しか)めた。





―――――――――――――――――――――――――――――







 大英帝国王立海軍籍ロシナンテ、本来の名前はスイフトシェアと言った様だが、海軍の連中はどうしてこう戦略兵器足る戦艦に妙な名前を付けるのだろう? 訳せば元駄馬、意訳すればリサイクル品という意味だ。最新鋭艦にリサイクル品という名前を付けた隣の元第一海軍卿(海軍大臣)の神経を疑うべきなのだろうか? いや、私の話を断片でも聞いたならばそう名付けたくなるのかもしれない。此処に居た戦艦を思えば全世界の戦艦等、旧式の名すら付けられないゴミだ。


 「ヒュー君、上がってきたようだよ? 君は愛しい恋人と御対面というわけだ。」


 軽い揶揄だが反論を許さない意思、この御仁だ。【ロシナンテ】(ノロマやろう)の名付け親、温厚そうな外面にあくの強い性格を隠し持つ、ジョン・A・フィッシャー提督。海軍最高峰の官職を蹴って本国からこの艦でやってきたのだ。
 本来の戦艦に在るべき主砲塔は無い。代わりに巨大なクレーンが据え付けられ、潜水夫の為の装備を満載、艦内は武装など一つも装備せず英国でも最新の工作機械がずらりと並ぶ。資材運搬、搬入用の専用甲板(デッキ)すら持つ工作艦という名のサルベージ艦がこの船の正体。
 何をサルベージする? 決まっている、この渤海に消えたあの脅威! ロシア戦艦と巡洋艦を跡形も無く消し飛ばした、我が国が建造した筈のモノ…………


 
改マジェステック級戦艦【初瀬】



 たかが一隻の沈没艦、たかが量産型の戦艦一隻に英海軍の全力が注がれている! 周りには東洋艦隊の戦艦と巡洋艦が睨みを利かせ、英国でも信用に足る商船隊から数隻の貨客船がロシナンテに接舷している。ここから引き揚げるもの一片たりとも逃さぬ――その意思も(あら)わに。


 「良いのでしょうか? 私は陸軍の一士官に過ぎません……」

 「そして全てを垣間見た唯一の人間だ。」


 逡巡した私に閣下の厳しい声が飛ぶ。逃げるなと、
 前方のクレーンは水面から塊を引き上げた。バスタブ程の容器、潜水夫たちが危険を冒し水底から(さら)い出したものが入っているようだ。そして後方のクレーンはそれよりも小さな塊を引き上げる。あの艦の船体構造材の筈だ。
 弾かれたように甲板を走る。その前に辿り着き……落胆した。ただの鉄塊だ、錆付き、海藻と貝殻が付着した船体構造物の一部。これが、こんなものがあの初瀬なのか? 期待と落胆を予想していたのだろう。提督はにんまりと笑みを浮かべながら歩いて来た。


 「ヒュー君。期待外れの醜女(しこめ)でがっかりしたかい? 生憎、英海軍でも初瀬は化粧下手でね、しかも厚化粧ときている。外見で落胆されても困るよ。」


 提督は従兵に洗顔用のボウルを持ってこさせていた。その中に入っていたのは銀色に輝く砂? いや粒子の細かさから言って泥か。となれば前方のクレーンがバスタブで浚っていた物はコレか??


「銀砂?」  

「いいや、違う。これは銀どころか素材ですらない。」


 呆気にとられた顔を見てますます提督は上機嫌になったようだ。垂れ気味の目元を細めて説明する。


 「新聞で空想科学小説(サイエンスフィクション)を書き立てる自称作家共を連れてきて良かったよ。奴らに学術は理解できんが、想像力だけは旺盛だ。君ががっかりしたその塊は唯の器に過ぎない。この銀砂こそが君が言った奇跡の正体さ。」


 彼が手に持っている塊を投げてよこす。先ほど私が失望した塊の小型版――子供の握り拳程の大きさだ――しかし二つに割れており断面が見えている。中心の鉄製構造体とその外周に広がる見たこともない色の金属。拳を開きボウルの銀砂を握り閉めては持ち上げ、己の拳からそれを毀れ落とす。閣下はこれを繰り返しながら言い放った。


 「内部は明らかに初瀬の物だ、しかし外周の物質は違う。初瀬であったモノと言って良い。君が言った初瀬の再生(リコンストラクション)、その僅かな時間で戦艦初瀬は原子レベルで作り替えられたのだ! それも比較にならないほど強化されてね!! この断面一つ作るのに最強硬度の切断機(グラインダー)が何枚鉄屑に変えられたか!!!」


 笑っている……いつも渋い顔をして人と話しているか、暗い部屋で設計図を眺めている提督が笑っている。我々の営々として積み重ねてきた技術を、科学を嘲笑うかのように。


 「モールバラ公(チャーチル)の言った通りだ。確かにこいつは全世界総掛りでも手に負えん。だがこの謎の一端だけでも解き明かすだけで人は計り知れない高みに……そう神の高みに手が届くのだ。」

 「いったい何なのです、この銀砂は……。」 恐怖と共にそれに触れる。


 作家共はこう言ったよ……ちらりと私の方に目を向け提督は断言する。


微小にして万能なる構成体(ナノ・マテリアル)





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 征京の港、イタリアから帰ってきた儂に橙子が駆け寄る。孫らしくもなく青醒めた顔で慌てたのように口走った。


 「御爺様、燐子が!、燐子が!!」


 続いて出た孫の涙と声に追い付いた使用人がら事態を聞き、儂も慌てて家に駆け込んだ。






 あとがきと言う名の作品ツッコミ対談



 「どもっ! とーこです。おや? 今回珍しいわね。じーちゃまも橙子も殆ど入っていない。それも舞台が最後残して全部外国。」


 来ると思ったよ。ども作者です。早々ツッコミ来たから返そうかとあいさつは省略させて頂きまして……1章2章みれば解るけど必ず章に1話は周りの人々から見た風景を入れているわけよ。今回はそれが拡大してじーちゃまや橙子だけでなく原作たるアルペジオのラインまで拡大させてみた。仮想戦記パートの第3章でアルペジオの裏側を書くなかなか難しかったね。


 「じゃツッコミその1!」


 今のはツッコミじゃないのかよ(汗)


 「フェイク♪ フェイク♪♪」


 全くもう……只でさえこの対談作者的なストレス発散用お遊び企画なのに。(←威嚇射撃炸裂!!)


 「ぶっちゃけるなら今ここで最後のヤツやるぞー!(怒)」


 解った! 解ったからその1はなんだ?


 「まずは出てきた歴史的愚将その2! ロドルフォ・グラッツアーニ元帥(退役時)なんで作者こういった人間出すかなぁ? リベンジさせてあげたいという希望的観測なら他にも適任一杯いるし。」


 まぁウィキでも引かないと世界大戦通でも誰ソレ? 位のマイナー人物なのは確かだね。知ってる人でも英コンパス作戦のヤラレ役ぐらいしか知られてないし。でもさ彼が欧州人で初めてなんだよ? 機械化部隊の実戦運用。


 「は? (資料パラパラ) あーあのエチオピア侵攻の司令官が彼か。原住民相手にイタリア正規軍がやられまくって戦車に飛行機、都市爆撃に毒ガスまで使って占領したというイタリア陸軍史大恥その1」


 あのなー? そもそもやられたのは上司のエミーリオ・デ・ボーノ中将。彼の主力軍がモタモタしていたおかげでグラッツアーニ機動部隊の側面攻撃が意味をなさずに空振りを繰り返したのよ。彼自身は機動戦術については少なく見積もっても平均以上、この時点では唯一実戦能力のある機械化部隊指揮官と言えたね。


 「じゃなんでコンパス作戦で伊軍23万対英軍増援含めても6万であんなに大負けしたのよ! 相手がこちらの1/4で攻撃かけてきて負けるなんてバッカじゃないの!? しかも機動戦の名手でしょ? 相手が機動戦かけてきたときの対策なんていくらでも取れるんじゃないの??」


 なんか聞き覚えがある台詞だな(笑)でもグラッツアーニ元帥が機動戦をしたくてもできず、対策を立てたくてもできない状態ならばどうよ? コンパス作戦時の伊軍23万と言っても砂漠で兵力に数えられる機動戦力は僅か5千、しかも英軍機動戦力に比べ一歩も二歩も劣っていた。しかも対策を立てようにも機動兵力の主力たる戦車に対抗できる対戦車砲が40門程度というデータすら残っている。23万ならば平均的な師団編成で14個師団、一個師団辺り3門も持ってない計算。これで英軍誇る重装甲鈍亀【マチルダおばちゃん】を防げると思う?


 「あはは……そーだったのかー(棒)」


 それに決定的だったのが水問題、飲み水にも事欠いて戦争が出来ない。そもそもグラッツアーニ元帥は機動部隊の増援を望んだのに統領閣下数倍の歩兵部隊を補給なしで送り込んできたからもうなんというか(呆)


 「政治的な面から足を引っ張られて軍事的才能を出せなかったのかー。」


 世界史から見ればこういった理由で愚将とされた人物はかなり多いのよ。まぁ中にはどーしよーもないのも混ざっているけどね。具体的にはアレとかコレとか(怒)


 「うわーなんか毒吐きそうね? 次いこ次! RQ750に翼の生えた髑髏ってまさかハーモゴモゴモゴ……」


 ええぃ! 初めっからネタを暴露するな(笑)まぁググれば解るしこれに関しては作者的には洒落のつもりだったけどね。マックの御蔭で第2部に繋がるエピソードになったのも確かだ。正直第4章でマックパートが『コードアドミラリティ 反逆のダグラス』になってしまった。(←威嚇射撃炸裂!!)


 「そっちこそアホなネタを開帳するなー!! まーいいやネタ程度ということは本筋にはそう関係ないわけだし。じゃツッコミその3! いよいよ霧の真実について人類側の調査が始まったわけね。まさかマンネルハイム大佐の夢から始まってヒュー君の出番そして偶然の一致という運命でアルペジオ用語ナノマテリアルを展開したわけか。」


 うん。ここは第2章で書くか第4章まで引き延ばすか相当考えて今の位置に持ってきた。ここで話を合わせると第4章での『ハツセ』メンバーが決まるからね。


 「というと先に橙子とラインを含めた56とヒュー君は確定か。もう一人はいい加減教えてよ。」


 我慢できないか〜まぁヒント位いいだろ、この時代の大日本帝国海軍で舵輪持たせたらこの人てなキャラかな。実際橙子が今後の会話文で『えー?』なんて言っているけど史実での評価からみるとこの人一生舵輪回している方が幸せだったのかもしれないと思うよ。実戦指揮官としても海兵の講師としてもぱっとせず、結果と名前ばかり有名になった人だしね。


「また良く解らん回りくどい説明ばっかり……」


 じゃ話は変わるけど次回の準備しなくてもいいの。ついに橙子の主人公パートだよ。本気で某国営放送の朝ドラまで見て構築したからヘマするなよ?


 「そりゃーヘマしたら作者の責任だからね〜(他人事)」


 アホな事妄言しとらんでとっとと台本読んでこーい!!(蹴)



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