陛下が崩御され万民泣き崩れる中、恐らく“彼”は覚悟を決めていたのだろう。自らを生かし続けてきた枷は消えたのだと。旅順で、奉天で、屍山血河を作り出しながら自責という【自己満足】が為に死を求める自分を繋ぎ止めていた頑丈で暖かく、心地良かった枷が今消えたのだと。
 儂ならば解る。あの御方とともに日露戦後の“彼”の余生、その10年の時はあったのだと。それが達せられた今、迷うことはない。いや、迷ってはならない。陛下の添え人となるのだ。陛下と共に逝く“儂”が殺した幾万幾十万の御霊と共に逝くのだ。
 その決心が一瞬崩れたという。今の儂ですら同じ状況であれば崩れるだろう、いや“彼”と違いみっともなく狼狽え、馬脚を現したに違いない。
 至尊のお血筋とはいえ只の中学生に言える言葉ではなかった。故、違う時代を生きているはずの儂すら絶句した。少なくとも彼も人だ。だが……


 「乃木顧問官、何処かへ参られるのか?」


 この言葉は儂の心身は愚か、魂までも深く抉っていた。






―――――――――――――――――――――――――――――






 「フン、来おったぞ! 何が奸賊藩閥(さっちょう)ぞ。維新が無ければ異人共の下で平身低頭しか出来なかった連中、その息子共がどんな顔をして我が家の敷居を跨ぐのか見てやろうではないか!!」


 あの国難の時、どれほどの武士たちが自らの命引き換えに国を甦らせると信じたのか、あの小娘に聞いたことがある。


 『天下の武士百万……そのうち三千人と言ったところでしょうか? 勿論是には敵も味方も、と言う但し書きがつくのですが。』


 唖然とした。よく額に青筋が立たなかったものだ。敵味方……討幕・佐幕合わせて三千人という意味だ。かつての長州藩だけでも万に匹敵する武士が立ったと言うのに。そしてそれを遙かに凌ぐ幕府方と死力を尽くし戦ったというのに。その殆どをこの小娘は【有象無象の日和見主義者】と切り捨てたのだ。


 『余りに酷い戯言だな?たった三千で何かできる。鳥羽伏見を、戊辰を三千で切り抜けられれば維新を起こす必要はなかったわ。』


 鼻息で吹き飛ばしてやるとばかり反論すると小娘は立て板に水を流すように言い放った。


 『それはどうでしょうか? その三千人の思想こそがこの国を変えたというのが研究者の一説でもあります。三千人の精神的犠牲が【有象無象の日和見主義者】を動かし、明治維新を達成したのです。』


 言葉に詰まる。つまり此の娘は直接動いたものより動かした者の数を三千と言い切ったのだ。つまりそれほどの数の思想家が命を賭けて明治維新を創りだしたのだと。では、それが行われなかった他の亜細亜諸国の現状……其の差に愕然とし呟く。


 「つまり、それが今の日の本と隣国の差か。」


 アメリカ……いや欧州列強によって滅ぼされてしまった隣国、今なお列強の植民地として塗炭の苦しみを味わい続ける隣国に思いを馳せる。


 「多すぎても、少なすぎても不味かったのでしょうね。埋没も百家争鳴もこの国にとって害にしかならなかった。故に強引に国を二つに分け、相克という劇場政治を行った。それが明治維新の本質です。」


 薄く笑う。どうしてこの小娘は俺の内懐に入ってくるのだろう? 自ら悪と断じ、演じ、嘯いていた儂の心を抉るように。


 「言いたいことを言う奴だ。その頃生まれてもいない小娘にここまで言われるとは思わなかったわ。」

 「あら、【知っている】だけですよ? それに閣下も人のことは言えませんね。『俺は志士に生き、志士として死んだ。』権力を“追われた”時そう嘯いたそうですから。」


 あの時の笑みを浮かべる。実に“俺”らしい答えだと思った。今度はそう簡単にはいかぬだろう。だが面白い。維新の功労者・長州武士がどんなものであるか昨今の小童どもに見せてやるか。
 大股で客間に向かう。内務省から送られてきた警官の一人が思い余って直言してくる。 


 「閣下! 危険すぎます!! 奴等はクーデターを起こしているのです。御身に危険が……」

 「だからこそ直訴に来た連中と会ってやろうというのだ。丸腰になってまで直言に来たという度胸だけは褒めてやる。……そのまま論破されて泣きべそかきながら退散させるとしようか。」


 そう、この屋敷に押し掛けてきた連中は直訴に来たのだ。言っていることはともかく言葉で戦を仕掛けてきたのであれば言葉で返さねばならぬ。政治家である以上それが当然、詰所に向けて顎を杓る。

 「そなたが職務に忠実なのは解っておるが、暗器の類は無いとは限らぬ。あのハイカラ爺(のぎ)が押し付けてきた兵士はそこに待機させておけ。俺が立ちあがったら射撃開始だ! 一人たりとも生かして返すな。」


 あの(のぎ)も変わったものだと思う。あの愚直な漢がこの世の悪を肯定し、自らも悪を以って斬り込もうとするのが。あの小娘とその主だけの影響ではあるまい? 恐らくあの漢が生涯溜め続け、墓まで持っていくはずだった本性が頸木を断ち切ろうと蠢いているのだ。


 「(その頸木に(ひび)を入れたのは、なんと未来からの使者とはな。)」


 この国の人間は外圧がなければ変わらなかった。元寇然り、黒船然り、“太平洋戦争”然り……あの漢も解っているのだろうか? 所詮主も同じだということを。
 客間に入る。頭を下げる客三名、顔は知らんが雰囲気は解る。エリート然とした頭だけが回りそうな秀才共、“史実の俺”ならば彼らに同情もしただろう。理路整然と道理を説く彼らに同調し後ろ盾にもなれただろう。あの漢はこう言っていた。


 「真の敵は後の“2.26事件”を誘導した未来の重鎮達ではありません。今彼らは実行役に過ぎぬのです。彼らの後ろで手を引く者、それが幼年学校と帝大、私大卒業を兼ね揃え、しかもかつての藩閥政治で顧みられなかった者の子孫……即ち学閥という政治将校達です。」


 敗北者の遠吠えが恨みを膿爛らせ、子孫に繋がらせた……それこそが我等薩長の支挫じりだと? だがそれは歴史という濁流の中で負けた者の運命でもある。故に、

 愚者でしかない。

 世界は変わった、いや変えさせられたのだ。あの小娘の失策によって!!!

 最早心の内にあった世界の人々と手を携え、欧米列強のアジア侵略を弾き返す……それは夢物語になった。その鏑矢になる筈の大日本帝国が列強の使用人として世界に認知されてしまっている。そう、大日本帝国はあの小娘が野放図に与えた欧米の論理と知略、そしてその苛烈さを持って西洋に勝利し、その事実を恐れた欧米列強は大日本帝国を、日本人を己の懐に取り込む事で自らの尖兵に仕立て上げてしまったのだ!! 故、アジア人全てが日本を日本人を同胞として扱うことはない。逆に羨望と嫉妬という昏い感情を込めてこう罵るのだろう。


「(裏切り者と。)」



 上座に座る。彼らが顔をあげるとともに妙なものが目に付いた。縦横2尺ほどの真空管の塊、あの小娘がかつて日の本に技術ごと置いていった通信機というものだ。鼻を鳴らす。どうやら俺と談判したい奴は余程の臆病者らしい。よくもまぁ跨奴等もそんな上官に平身低頭しているものだ。

 「電話如きで話す輩に用はない。まずはお前らの意気に免じて己の喉で口上を述べてみよ。」

 「「「問答無用! 撃て!」」」

彼等の声に素早く立ち上がる、結局この程度か。同時に内懐の42式38型自動拳銃(ワルサーP38)を引き抜く。鍛錬は絶やしたつもりはない。小娘の武器はなんだかんだ言っても優秀だ。信頼性も高い。性能は一世代以上先を言っている。軽い音が数回響き、彼らが倒れる。
 俺は何か間違ったのか? 結局彼らは武器を抜くこともなかった。かき抱くように通信機の起動ボタンを押し、叫んだけ。
 轟音とともに空気を何かが切り裂いて落下してくる音を聞いたのが最後……



◆◇◆◇◆




 山県有朋の本宅・椿山荘の700メートル先、目白台に展開していた35年式1号戦車丁型一個小隊の15センチ重歩兵砲が火を噴いたのはほぼ同時だった。12斉射・60発もの鋼鉄の凶器は曲射弾道を描いて山県家本宅・椿山荘を襲い、これを完膚無きまでに破壊したのである。

 元枢密院議長  山縣有朋  自宅にて被爆  即死


 軍事史では初の電波照準射撃と言われた顛末である。





―――――――――――――――――――――――――――――







 わたしの中でどす昏い(・・・・)感情が噴き上がる。あのときと同じ、御父様の死を間近で感じたあの時と。山県侯爵と真瑠璃ちゃん、仲は良くない、というより疎遠と言ったほうが近かった。侯爵のたくさんの子供、孫達の内のひとり、そんな感じだった。好き嫌いがあっても大人の人たちが言う【妾の子】の方が恵まれていると思う。少なくとも気にしては貰えるのだから。


 「ではな小娘、ハイカラ爺にも言伝て置いたがどうにも(まるり)は危なっかしい。うん、頭が良い悪いではなく主と同じよ。2人で支え合えば少しはマシだろうて。」


 そう、決して侯爵は気にしていないわけじゃなかった。羽織袴のまま椿山荘の縁側に佇み、暇を乞うわたしに恥ずかしげに投げ返すような言葉。真瑠璃ちゃんにも会ったばかりの年頃の孫にどう接してよいか解らない厳格な祖父、そんな感じだった。祖父の心も見通す暇もなく、その想いに気付くことなく、取り残された真瑠璃ちゃん。こんな残酷なことって……


「(状況精査、東京都椿山荘上空、成層圏航行飛行船、最大望遠。)」


 映像が榛の瞳に映る。コアユニットが配置した偵察飛行船、今も帝都一万メートル上空を舞っている。そこからの映像…………ひどい。


「(状況判定、椿山荘倒壊、死傷者多数の模様、15センチ級榴弾砲弾着痕41箇所を確認。)」


 あの椿山荘が、侯爵様と短い会話をした縁側も、御爺様と侯爵の口喧嘩の絶えなかったあの広間も、あの大きな庭も、瓦礫の山と砲弾痕で見る影もない。
 そして映し出した700mほど先、砲戦車が蠢いている。私の内にある橙子もこれの砲撃が椿山荘に浴びせられたと結論付けた。発射弾数に換算……60発。豪邸とはいえ、人一人殺すが為にそこまでやったのだ!

 
昏い炎に指向性が与えられる。(――ユルサナイ――)



 「(コード2174556確認、索敵ユニット02<トーコ>マトリクス内序列変換、索敵ユニット05、08、11、17統御、コアユニットD335-16-9<ハマカゼ>統制下に。)」


 わたしが与えた武器や兵器はそんなことの為に使われる事を望んでいない! ただこの国を護るためにそれに最強の武器が欲しいと強請っただけ!! それをこんな……こんな下らないことに!!!


 「(D335-16-9【イソカゼ】優先命令事項、迂回許諾要請? 拒否、02<トーコ>最優先事項発令、状況1911-2-26-7K、対応行動開始。)」


 本来のラインが遮断され、わたしを頂点にラインが書き変わる/。イソカゼに命令する。今は東京湾の入り口に畝傍の姿で隠れて(ステルス)いる筈。兵装使用、自律展開型掃射弾……弾頭は高圧縮電磁輻射弾頭遅行モードで、侵食弾頭(タナヒレイト)なんて使うものか! ――解放されれば瞬時にありとあらゆる物質を対消滅させこの世から魂と仮定しなければならない量子(モノ)すらかき消す霧の決戦兵器――生温い! 


 「(垂直発射セル、弾頭プログラム設定完了、弾頭目標地点策定、自動追尾開始(ロック・オン)。)」


 侯爵の死、真瑠璃ちゃんの絶望、とても比較にならない!!


 「(舷側兵装バルジ展開、42連装自律展開型掃射弾全弾、目標東京各所。全攻撃設定終了。)」

 「…………ん!!」


 けど、せめて己のありとあらゆる水が火に変わり、生ける松明としてその生を終えな……



 「(カウントダウン最終ラインまで削除、3、2、)」

 「「橙子ちゃん!!!」」

 「んぁ!? エッ!」

 「(システム緊急停止、全セクションリセット。)」


 いきなり引き戻された。わたしの瞳の前に真瑠璃ちゃんといおりちゃんの顔がある。わたしが小さいから二人とも膝立てしてわたしを抱きしめている。


 「大丈夫、私は大丈夫だから! 養御爺様が何故私を引き離したか解ったから!!」

 「橙子ちゃん、酷い顔だよ。それは誰かを憎んでいる瞳。そんなこと誰も望んでないよ。橙子ちゃんは皆の素敵な妹なんだから!」


 あの時を思い出す。御爺様を殺しかけたあの時。ううん、私は殺していないけど殺意はあった……と思う。その結末はいま世界中の誰もが知っている。


「(わたしは一つの国(ロシアていこく)を滅ぼしてしまった。)」


 誰もがその災厄を知っていながら誰もがわたしの言葉を信じることがない。精々変わり者、誇大妄想の類とみるだろう。力を使わない限り――そしてそれは御爺様に禁じられている。旧ロシア帝国の残骸と、旧ロシア国民の行き場の無い怨嗟を踏みつけにしてわたしは暮らしている。


 「ね、これ乃木顧問官先生は全部知っていたんだよね? だから私達を全校合宿訓練と言って“今日”学校にみんなを集めた。」


 真瑠璃ちゃんの言ったことは真実だと思う。御爺様は理由があってはじめて動く。だから2.26事件の事も想定して準備を進めていた。沢山の考えからキーワードを探し出し、予め準備を進めておく。御爺様は前に言っていた。『お前の主、唖奴(シナノ)の遣り口を真似たに過ぎんな。』そう苦笑いしていた。


 「うん、多分……そうだと思う。」


 わたしが頷くといおりちゃんが意を決したように聞いてきた。


 「橙子ちゃん無理させたくないけどアレで解らない? 今この事件で帝都がどうなっているか。」


 隣の真瑠璃ちゃんはキョトンとしているけどいおりちゃんは知っている。いおりちゃんの御父様が遭難しかけた時、わたしは力を使って畝傍を動かし彼らを救助した。向こうは『帝国海軍が危険も顧みず救助に来てくれた』と繰り返し新聞記者に語ったそうだから海軍の偉い人達は鳩が豆鉄砲当てられたような顔をしていたみたい。その時に見せた橙子というわたしの一面。
 すすり泣いている子やそれを慰めている同級生から離れて隣の教室へ、3人で円陣になってわたしは意識を切り替える。そう“橙子”から橙子へ。霧の巫女へ……
 10分ほどでわたし達は教室を飛び出し、支度にかかった。




―――――――――――――――――――――――――――――






 「殿下……。」


 その言葉だけで儂の心が萎縮してしまう。自らの知らぬ“乃木希典”であっても、自らの知らぬ時代の彼方にあった咎、いやそれを上回る此方の咎を持ってなお、その言葉は強烈に過ぎた。
 かつて、時の彼方で“儂”はこう答えたらしい。


 「英国王子(コンノート)殿下のお見送りもありまして、卒業式には御目にかかれぬかもしれませぬ。しかし、乃木は何処にでも居ります。殿下の御成長を見守り続けて居ります。」


 “彼”なりの逃げだったのかもしれぬ。たかが中学生に隠していた想いも、決意も見透かされたとなれば動揺も致し方が無かろう。だがこれこそが皇家と納得してしまう。不敬の言だが、『歴史が作り出した怪物』。一度モールバラ公という男を手紙を遣り取りしたときに彼が語った言葉だ。しっくりくる。故に想いの全てを言葉にする。


 「殿下、御別れの時です。儂の生死に関わらず、この時より御国は【別の道】を歩み始めます。そしてこの事件……恐らく2.26事件と呼ぶ【帝国最大の内戦】によって儂はこの国を追われるでしょう。儂は地獄にしか生きられぬ男です。御国でも虎騎亜でも。」

 「私は顧問官を止めるべきと感じた。へい……いや、御爺様から『乃木は無私』と度々聞かされてきた。私はそれが危ういと思う。乃木顧問官は死ぬ御積りなのか?」


 時の彼方で“乃木希典”が殿下に言わせたくなかった言葉が此れなのだろう。これを聞いたのならば儂は嫌でも自裁を諦めざるを得ず。そして殿下は何があっても儂を殺させない――儂の意思を鎖で縛りつけてでも生を強要する――という義務が生じる。
 皇族とはいえそれはあまりに無体だ。たかが一老将にそんな厚遇を与えれば御国が乱れる元となる。それを感じた故、時の彼方で殿下はそれ以上口を開かなかったのかもしれない。
 今、儂の立場は時の彼方の“乃木学習院院長”でなくトラキア総督兼学習院顧問だ。後進を育てるという重職ではなく、今を変えるべき、変えなくてはならない職務だからこそ殿下はこの言葉が出たのだろう。
 愛すべき御方……今世では直接教え導くことは叶わねどもその御言葉、終世の誉れとさせていただきます。全ての意思を殿下に伝えるため口を開く。


 「死にませぬ……いえ、儂の躯は既に死病に侵されております。故、ここで死ぬわけにはいきませぬ。儂は陛下よりこう命を受けました。『名もなき溝に身を埋め、息絶えたとしても国に尽くせ』と。そして儂は誓いました此方(トラキア)彼方(おくに)、永遠たるモノを築き上げる』と。故! 命を投げ捨てる真似だけは致しませぬ。」


 微笑んで軽口で締める。


 「それに小娘(とうこ)に責投げて隠居等、似合いませぬ。」


 謹厳実直な顔面しか表すことがない儂が冗談を口にしたのだ。殿下は目をぱちくりさせた後、にっこりと微笑まれた。


 「ならば孫娘殿の我儘も聞かねばならないな。心配ない、私はここで待つ。顧問官の策が正しいのなら、ここに後詰めが駆け付けるのだろう? 習志野か横須賀か、顧問官の手は存外広いのだな。」


 嗤う、己の浅はかさを。殿下は全て見通されていた。恐らくこの尋常でない事態でも習志野の空挺旅団、横須賀の海軍陸戦団が儂の意のままになるのを見抜いておられたのだ。叛乱将官共を嗤っていた儂も存外大したことは無い。殿下と言うたかが中学生に隠し種を見抜かれるのだからな。
 儂はつかつかと廊下への扉に近寄り開け放つ! そこには橙子やその友人達は愚か、女学級生だけでなく男子学生すらいる。優しい目をして励ましてやりたいが彼らにそれは不要、彼らの決意の姿を見て儂は鋭く命を叩きつける。


 「覚悟はあるようだな? 今朝イツフタマル(5時20分)西門前自己装備の上、集合せよ。」

 「「「ハッ!」」」


 軍人の物とは違う思い思いの雑多な礼法、それでも一斉に敬礼が返る。今時の民権運動(デモクラシー)の世の中に軍人教育など不要とも考えたのだが、儂が知る物は少ない。儂が残せるありたけのモノを彼らに与えた結果がこれだ。


 「武器は持参せぬ様、そなたらは軍属であって軍人ではない。訓練の通り命を助ける事、兵士が戦い続けれる事、それがそなた等の任務である。では解散!!」


 一斉に彼らが走り出す。後ろを振り向き殿下に行き先を告げる。殿下も頷かれた。行先は……

 
宮城(こうきょ)







―――――――――――――――――――――――――――――








 「いつまで続くんですかねぇ? 正直新米共はトーキョーに遊びに行きたくてウズウズしてるんですが。」

 「さぁな? トーキョーでクーデターが起こったらしいぞ。御前等のお楽しみはパーと考えた方がいい。」

 「そりゃないですよ! 何日部下を抑えたと思っておいでで??」


 すれ違う大尉と中尉、不満と言うよりボヤキ声を横耳に挟み軽く敬礼する。こちらが少佐であることに遅まきながら気づいたのだろう。大慌てで敬礼する彼らに笑って問いかける。


 「君達も休暇を取り消されたクチか? 実は私も似たようなものでね。もし政府が埋め合わせを考えなかったら、ひとつ国防省でオツに清ましている連中に告訴状でも突きつけようじゃないか?」


 そりゃいいですな! 笑う彼らに軽く手を振り別れる。舷側通路から階段を下り戦車格納庫へ……アメリカ陸軍出の私から見てもこの艦、【ニューポート級戦車揚陸艦】は良い艦だ。本来、戦車のような重量物を船から陸に動かすなど容易ではない。陸揚げ時、乗ったとたん2つにへし折れ、戦車もろとも海中に落下する降車甲板、スペックの70トンは愚か、20トンの重さに耐えきれず動かなくなるクレーン……

 「戦艦を建造するより難しい!!」

 命名の御当地であるニューポート海軍造船廠、その一流の技師たちが泣き事を言うなど信じられなかったそうだ。その隣に鎮座する戦艦、【テキサス級戦艦】も悪戦苦闘の連続と言う。新技術を満載したお陰で4年も経つのにいまだ完成しない。英国の試作弩級戦艦【ドレッドノート】は愚か、量産艦にすら後れを取っているらしいのだ。決して表ざたにできないほどの国家機密になってしまったがジェネラルが部品提供を申し出てくれなければネームシップにして名誉ある地元の名を冠せられたこの艦が建造途中で廃艦にされていたかもしれない。
 それほどの技術が結集された艦、悪いわけがない。戦車大隊を丸ごと収容できる格納庫、高速客船すら凌駕する巡航速度、船員はおろか戦車部隊の士官まで艦内で個室が持てる。馴染みの少尉が、


 「俺ッチは雁首並べて物見遊山(ドライブ)に行くつもりなんですかね?」


 と、皮肉気に笑い。喜ぶ同僚を叱り飛ばして皆で甲板掃除に精を出したのは良い思い出となるだろう。少し気分転換を考えた後、再び暗鬱な気持ちに苛まれる。

 私、ダグラス・マッカーサーは何をやっているのかと?

 気付くべきだった。あの小柄な少女が我等の未来を知っていることを仄めかした以上、ジェネラルの【騒擾】(パニック)が何であるか想定しなければならなかった。私が米国軍人であり、あの時のカフェでミス・トーコが渡した冊子『もう一人の私の後半生』、日本国内の不穏な動き、ジェネラルから仄めかされた『米軍……いや、私は関与するな。』の忠告、国内騒擾に対しての他国軍隊の関与禁止、即ちクーデターに対応したカウンタークーデターをジェネラルが行うという宣言だったのだ。

 だが不利すぎる!

 目下ジェネラルに従う兵はいない。彼はトラキアの総督ではあるが日本ではカレッジの講師にすぎないのだ。昨日のこの国の国営放送がラジオで報じていたが参謀本部、軍令部といった軍の要地こそ反クーデター派が確保したものの。国会議事堂、首相官邸、国営放送局はクーデター派の支配下に落ちた。要地を確保したから良いというものではない! クーデターを起こしたのは日本帝国トーキョー駐留師団 第一師団(ザ・ファースト)なのだ。
 今要地を確保していても反クーデター派は後が続かない。二万もの兵がトーキョーで睨みを利かせるだけで事実上ジャパンはクーデター派の支配下に落ちたと言えるのだ。おそらくジェネラルは地方師団を動かす御積りだろうがジャパンの道路事情、鉄道事情からいって最短距離の部隊が【準備を整えトーキョーに到着するのに】一週間はかかろう? 手遅れだ。


 「(私は……私はどうしたらいい?)」 


 あの冊子から考えればジャパンはこのまま軍事政権(ミニタリーポリテクス)化し世界中に侵略を開始するだろう。世界は大戦争に突入し、億を数える人間が死傷し……そしてこの国は滅びる。ミス・トーコがもし策略を廻らししているのならば、その時の占領軍司令官がこの私だ。


 「(冗談ではない!!)」


 こんな大陸横断鉄道の軌条(レール)を尻を叩かれながら走るなど悪夢だ。私は彼女にとって駒の一つでしかない。そんな人生など真っ平だ!!


 「(だが許されるのか?)」 


 歴史を変える、自分の一時の感傷で世界を変えるなど許されるのか?? 私は神などではない、ちっぽけな人間だ。遠い親戚が言っていた彼女の綽名 第三大悪魔(レヴァイアサン)に抗うことなど許されるのか??


 「どうしました少佐殿? 指揮官がしょぼくれていちゃ士気にもかかわりますぜ。」


 少尉でありながら上官に気安く声をかけ、しかも厭味や不敬を感じさせない気安さ、いっぱしの上流階級であるのに下町の酒場で下級兵士とどんちゃん騒ぎを行い、彼らの不満を何とはなしに解決してしまう行動力。知性と勇気を兼ね備えた人間、そして時の彼方で非業の殉職を遂げた男……


 「ジョージ・スミス・パットン少尉、私は……私はどうしたらいい?」


 渇いた喉がかすれた声を呼気とともに吐き出す。遥かな未来、祖国アメリカ随一の将軍と呼ばれることになるであろうその男に私は尋ねた。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.