(BGM  抗争する闘志 魔導巧殻より)


 飛翔音共に三十を超える質量ある光条が要塞外壁にぶち当たり爆発を起こす。木製の防御構造物は勿論、石製の外壁も一部がはがれコルシノ鋼の骨材が露出する。向こうもやられっ放しではない。城壁の内側から次々と黒い塊が飛んでくる。投石機によって発射された燃焼炸裂弾(ナパーム)だ。正直向こうの世界からすれば投石機からの射程カヨ! という1000ゼケレー(3000メートル)をひと飛びに飛び、今魔力弾を発射した此方の魔導砲騎士隊に襲いかかる。それは彼等が今までいた地点を大きく抉っただけに終わった。一射して直ぐ砲撃位置を変えていた魔導砲騎士隊が今度は応射する。珍しい、曲者弾道攻撃なんて熟練者でも早々出来ないぞ。さすがドントロス百騎長直率の砲騎士隊だ。……ん? たしか百騎長の兵種は銃騎士じゃなかったっけ? 
 砲騎士隊が撃ち合っている間隙をついて他の戦闘部隊がじりじりと要塞に近接する。只の撃ち合いだと此方の近接部隊の士気も落ちるし、向こうも嫌がらせと判断して近接部隊を休ませてしまう。プレッシャーを与えるのも攻撃の一つだ。在る程度近接すると前衛の重騎士が密集して楯を構えた陣形から隣の者を楯で守る陣形に変化、今までディストード(亀甲陣形)で守られていた軽装の兵士が露わになる。

 魔術師

 彼等が陣形をの中で練りに練り上げられていた火弾、石弾、魔矢が次々と城門にぶち当たる。集合魔術でもないから一瞬で城門を破壊なぞ出来ないが城門上の防御拠点(キープ)を損壊するくらいの力はある。慌てて向こうの弩弓騎士が城壁から弩弓を構え魔術師にその矢尻を向けるだろうが。呟く。

 「遅い。」  後方で思わず嗤う。今回はこの性能試験。

 重騎士と魔術師の混成部隊の後方で支援射撃を行う為追従していた魔導銃騎士隊が一斉に膝をつき魔導銃を撃つ、まだ射程距離外からの初撃、ユン=ガソル側は高をくくっただろうが本来の魔導銃に比べ一回りも太い光条が次々と城壁の矢狭間に突き刺さる。向こうはあり得ない攻撃で悲鳴と負傷、そして死の大量産だろう。
 魔導力消費も激しいし、全部品が使い捨て故まだ実用化まで先は長いが200挺からなる魔導エネルギーの外接型増幅と望遠スコープによる対物狙撃。それもゲームで言う魔導銃制圧射撃だ。城門が開き始める。それと共に前線のいるカロリーネ百騎長代理が後退を下令。流石カロリーネ。きちんとつけいる隙を見せずに後退する。
 ここでのユン=ガソルの司令官は『軍師』エルミナ・エクスだが、その同輩に同じく三銃士の一、『将軍』パティルナ・シンクがいる。あの突貫娘、ゲームでも重騎士系とは思えぬ戦闘速力で此方を蹂躙にかかるからな。向こうも出た途端、こちらが彼女を待ち構えているのが解っただろう。其のまま突撃すればメルキア西領最強の銃騎士部隊のクロスファイアーポイントに飛び込むことが解るはずだ。彼女こそ無事でも部下が付いてこれない。そして彼女を袋叩きにして捕縛あるいは戦死させてしまえばこちらは政治宣伝上『ユン=ガソルはレイムレス要塞でメルキア帝国軍に敗北した。』と喧伝できるわけだ。もし、レイムレス要塞を奪れなくても講和条約で捕虜交換という餌で奪還できる。


 「バカじゃないな。」  今度は溜息、そうそう上手くいくものじゃない。


 これで突貫してくるなら本気でオレの策に見落としがあると疑わねばならないが、其の気配は無い。其のまま挑発と飛び道具での威嚇に終始する両陣営。この1週間、双方手を変え品を変えだがこの繰り返しだ。こちらはじりじり押してはいるが決定打とは成らず、向こうは向こうで後退はしても致命傷は受けていない。ヴァイス先輩、そろそろ来ないと策が涸れちまうぞ。





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――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル






(BGM  勇猛無比 魔導巧殻より)


 「で、本日も少し押して少し損害、千日手は変わらずというところか。」


 オレの感想に居並ぶ百騎長の一人、その中で一番若輩で在り今回最前線を駆って出たカロリーネが頭を下げる。


 「申し訳ありません。」

 「いや、いいんだ。寧ろセンタクスからの混成市民軍にしては良くやってくれた。」

 オレが千騎長になればカロリーネは繰り上がりで百騎長という流れを作っておく。だから今回代理で一部隊指揮させたんだ。新兵器の実験と新任部隊長候補のお披露目、そして帝国各領軍との連携確認。一つの戦で3つも4つも利益を上げなきゃ指揮官として失格だ。


 「しっかしですね! こうも毎度、押したり引いたりするだけじゃ部下の不満がたまるんですよねぇ。側面擾乱くらいウチの隊にやれせてくれても良いんじゃないですか?」


 天幕の中、長机に居並ぶ百騎長の中でオレが座る上座の近くにいる男――ホント女性7、男性3の割合で顔が並ぶから転生した身としては男社会の軍隊というイメージが湧かないのだが――其の彼が腕を頭で組み、座る椅子を後ろに傾げたまままま不敵な笑みを浮かべて放言する。黒髪をきっちりアフロスタイルのコーンロウに編み上げ、ポマードで固めている。傍らにはこの世界でも珍しい二刀流専用の片手剣、双剣を立てかけてている。ゲームでも帝国北領精鋭部隊に所属するケスラー百騎長、あんたそのまま某超大国でプリズンギャングやってくれを言いだそうかと思うくらい似合ってる。


 「必要ない〜。どうせアタシ等時間稼ぎ〜。門が壊れる頃には連中逃げ出す〜。」


 オレが軽い言い訳を口にする前に間延びした声が天幕に木霊する。ケスラー百騎長の相対席に座るレイナデリカ百騎長、プラチナブロンドにブルーアイ。20代の筈なのに茶褐色レース生地のカチューシャで髪を纏め見事なまでのゴスロリドレスという出で立ちだ。これでも帝都総合大学(インヴィティア・アカデミー)の首席卒業者、帝国最先端の魔術研究者の一人だ。


 「レイナ! おめぇ戦に付いてきて手柄無しでも構わんたぁどういうことだ!!」

 「私の仕事は魔術の研究〜。戦はついで〜。一緒が嫌ならヒキコモる〜。」

 「ケスラーもいきり立つな。それとレイナも毎度引きこもり宣言はやめてくれ!」


 解っていた。このゲーム一般武将より能力が高くスキルも多く持つネームド武将はなんだかんだと尖った性格をしている事は……しかし集めるとこれほど統制に苦労がかかる集団になるとは。オレの隣、目つきの悪いシルバーグレイがさらに追い打ち……オレにかよ!


 「苦労は良いですぞ。シュヴァルツ閣下はあえて帝国内では優秀かつ癖のある人材を集めましたからな。諸君等も心する事だ、ここでの失敗は己の自負する才能に傷を付けかねない物だと。帝国各領の臣という以前に我等はメルキア帝国軍の中で競い合う存在だと。我等はその力を束ねてユン=ガソルにいる売国奴に鉄槌を下さねばならぬ。」


 ドントロス閣下! あんたオレに参謀長どころか司令官職投げつけて自分は参謀長に徹しないでよ! しかも今の演説何気にオレをチクチク揶揄してるし!!!


「しかし、既に一週間同じことの繰り返しです。既に要塞全面の障害物は排除し、再配置しようとする敵工兵を潰していますが埒があきません。士気に与える面からしてこれ以上の繰り返しは無意味と進言します。」


 ミア百騎長の言に大半の者が頷く。うーむ、現状じり貧でもないから皆手柄を欲しがるんだよなぁ。何故レイムレス要塞奪回戦にヴァイス先輩の兵であるオレ等ばかりでなく帝国各領の兵と指揮官が多数……というか半分以上いるのかは簡単だ。
 帝国としては今まで西のレウィニア神権国とは同盟、エディカーヌ帝国やリスルナ王国とは一応の不可侵の約定を交わしている。だからこそ交易が発展し帝国が潤う原動力になっているんだが……当然それで豊かさからあぶれる連中もいるわけだ。 軍人なんて特にそう、帝国は現状褒美として与えられる軍資源をここ数年滞留させている。だから今回のユン=ガソルのセンタクス領蹂躙は彼等にとって願っても無い好機だろう。
 各領ともセンタクスが空白地になったことで金、地位、領地に大きな期待が掛けられるようになったのだ。ならば手柄を立てねばならない。帝国法で手柄の無い物に報奨はおろか今までの権利や相続すら認められない場合すらあるのだ。自らの地位や財産を守るため、新たなモノを得る為、皆手柄を欲している。だからこそ穏当で済ませようというオレの考えに反して過剰な程の戦力――メルキア一個軍団級の戦力――が此処に集結しているんだ。
 困ったもんだ。この世界で最先端の近世軍事組織を持つ筈のメルキア帝国軍がまさか中世武士団並のメンタリティしか持って無いとは。
 て……そうなんだよなぁ。今ここに並ぶ百騎長の全員が統一した軍服を着ていない。『やぁやぁ我こそは!!』とばかり皆思い思いの派手な魔導鎧を身に付けたり奇抜な軍装を羽織っている。百騎長が目立たないと其の部隊の手柄にならないというのが常識なんだわ。そのうえ『不意打ちを行うときは指揮官先頭』なんて何考えて軍法作ったんだよ帝国官吏共! 卑怯な手段は指揮官自ら剣をもって行えとか意味不明だろ!! しかもそれに反すれば軍法会議に牽き出された挙句、最悪死刑だ!!! 埒もない事で悩んでも仕方がないので予定通り事を運ぶことにする。先程アンナマリアが来たからね。


 「……こうしよう。オレは皆に死んでほしくない。死ねば手柄も糞もないからな。だが君達がこの千載一遇の好機に手柄を立てたいのは理解できるし、実際手柄無しでレイムレス要塞を外交的勝利で奪還したとしてもこの場所が帝国東領になるか甚だ疑問だ。オレ個人にとって大変面白くない。」


 机で雁首並べている百騎長の半分はハテナマークだが半分は興味深そうに耳を傾けている。カロリーネも内実ハテナだろうがオレとの付き合い上、外交や軍事戦略にまで話のハードルを上げる時はまた戦の常識をひっくり返す悪知恵を考えていると思う筈だ。


 「攻城戦を行っても相手の軍が撤退してしまえば手に入るのは要塞、それも元々我等の物だった要塞が手に入るだけだ。では連合国三銃士、それも二人分の首ではどうかな?」


 困惑の輪が広がっていく。それは今オレが言った言葉『レイムレス要塞奪回作戦をメルキア帝国の完全勝利で終わらせる。』という意味だ。それも敵将二人の首と言うからには全面総攻撃、今までとは正反対の損害許容度無視の殴り合いを意味する。彼等の想定では相応の損害で敵将一人の首を挙げる。そんな所だっただけに各百騎長動揺の中、呆れ果てた声でケスラーが文句を言ってきた。

 「正気ですかい? 三銃士の『軍師』と『将軍』に正面決戦なんてどれほどの損害になるか見当もつきませんぜ??」

 「それを何とかするのが手柄を欲する貴官等の任務と言う事だ。実際レイムレス要塞の敵戦力は600と少し、メルキアで言えば一旅団相当、それに比べれば此方は一個軍団弱1800だ。オレが良く言う攻者三倍の原則に合致する。」

ケスラー百騎長が鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をした後、遠雷の様に不機嫌な声を出す。オレは笑みを浮かべて『君の望んだことだろ?』な顔をする。


 「……そのために一番最初に陸戦の総指揮を俺に投げた。なんてぇ奴だ、其処まで極端から極端にするのかよ。じゃ奴等を引きずり出して野戦するしかねぇじゃないか! 覚えてろよ。」


 毒吐いて彼が天幕へ出ると数人の百騎長が連れ立って天幕を出る。ケスラーを怒らせたわけじゃない。彼は剣士としても一流どころだが指揮官としてもかなりやれる。だてにゲームでのイベント入手武将ではない。経歴では個々ですら人間より強力な魔族の集団攻撃を一隊で凌ぎきった経験すらある。寧ろオレの御墨付きを得て内心狂喜しているに違いない。そして攻者三倍の原則が攻城戦では五倍にも六倍になる事から即座にオレが『なんとしてでも野戦に持ち込め手段は任せる』という真意が解った筈だ。でなけりゃさっきの台詞は出ない。


 「(策はあるんだがそれじゃ君達が本気で戦わないからな。ヴァイス先輩とリセル先輩にも迷惑掛っちまうが『軍師』エルミナ・エクス、オレ側の航空戦術、お前達の重工業が何を可能にしたか見せてやろう。)」


 後ろに立つアンナマリア十騎長から差しだされた手紙を確認し手早く後方の帝国北領軍の鷹獅子騎士隊に連絡を付けてもらう。帝国北領鷹獅子騎士隊のトップであるマグナット百騎長も不満たらたらだろうが協力してくれる筈だ。ヴァイス先輩に論功恩賞で真っ先に呼ばれるよう進言しておこう。





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(BGM  戦乱の中のひと時〜小勢と千の刃 魔導巧殻より)



 肩を落とすオレの隣で胸を張るカロリーネ。実はヘッドロックかまされた時に結構厚みはあると感じたがちまっちい(せい)か殆ど目立たない。と、現実逃避する余裕も無くボヤく、


 「こうなることは解らんでも無いが……やっぱり囮かオレ?」

 「もっちろん! ケスラーさんに作戦投げて承認もしたのに自分だけ逃げるならド突くぞ?」

 そりゃ向こう側に有名人二人もいてこっちが誰も出さない様じゃ我々は盛大に囮です。と言っているようなものだしな。この場合、相手を策に嵌めるには囮の筈の戦力は実は本命でしたという詐術を仕掛けるのが普通だ。だがエルミナ・エクスにせよパティルナ・シンクにせよ――実はユン=ガソル連合国の重鎮である三銃士は三人が三人とも妙齢の女性だったりする――戦場経験は少なくともオレより長い。多感な十代始めで戦塵に塗れ、それを10年繰り返すということがどれほど心に歪みを作りそして対価として軍事的能力を開花させるか……。だからこそ彼女達に其の詐術は通用しない。ならば別の方面から、

 『囮ですら無視できない脅威として認識させる。』

 ケスラー百騎長の案はこうだ。両翼に火力戦部隊全てを配して双方を援護できる位置に近接戦部隊を集結させる。火力戦部隊は城壁の敵と渡り合ってもらう。そうすれば将軍あたりは其の部隊を狙って城門から近接戦部隊を旋回させ叩くだろう。
 ただ軍師はそう考えない。こちらにはオレの軍が敗れても帝国本軍や北領軍が存在する。消耗戦になればユン=ガソルにとって甚だ分が悪くなる。最悪レイムレス要塞を陥落させられ本来の国境城砦で在る鋼塊の門まで帝国軍が押し寄せれば今回の遠征はユン=ガソルにとって『負けなかった』まで価値が下がってしまう。向こうの国は借金経営だ。景気が悪くなれば国が傾く。ならば勝って講和を持ち掛ければいい。どんな小さな勝利でも……
 レイムレス要塞奪回部隊の早期撃破しかも都合のよい事に敵の指揮官――即ちオレ――はメルキア帝国軍の主力である火力戦部隊を攻城戦に全力投入中で自身は敵情確認の為に近接戦部隊の最前衛。火力戦部隊に将軍が突っ込めばこれ幸いと己の部隊を動かして将軍の部隊を擂り潰しにかかるところまで読める筈だ。

 
狙うは戦術規模に絞った桶狭間といったところか。


 自らの城兵で火力戦部隊を拘束している間にオレの方に突貫し、早々に首を挙げてしまえば良い。確かにこっちは数は多いが戦術状況に限るならば勢いだけで数を覆す事例などいくらでもある。そしてここディル=リフィーナではその勢いを作り出す部隊長が滅茶苦茶に強いんだわ……いやマジで。
 カロリーネなんか兵士相手の一対十で平気で勝つし、経験不足のシャンティなんて安定はしないけどそれ以上だ。本気で素質を認められきっちり訓練された武将と一般兵ではスペックがまるで違う。斯く言うオレも一般の兵士相手ならタイマンで勝てるしな……彼女達に比べるとまるで自慢にならねぇが。
 だからオレが将軍パティルナ=シンクと正面対決すれば十中十負ける……というか瞬殺もありえる。そして向こうもメルキアに放っている間諜からオレの実態を知っている筈、ゲーム的紹介で言えば『組織力に優れるが戦闘は下手』つまりゲーム選択に無い強襲からの一騎打ちで押し切ることも可能なわけだ。

 
それを誘う


 オレの部隊と部下達は実は火力戦部隊の方に言っている。今司令官直属の兵は先日戦った魔導銃騎士隊でもカロリーネの混成市民軍でもない。紛うこと無き帝国最精鋭部隊、北領軍――つまりケスラー百騎長直属の兵だ。もちろん目立たぬ格好で彼もいる。そしてカロリーネもシャンティのおまけをつけて此処にいる。ケスラー百騎長が『これなら勝てる』位に十重二十重に罠を仕掛けているのさ。つまりオレはカロリーネにボヤくように『将軍』パティルナ=シンクを釣りだす囮ってことだ。

 
来た。


 一気に城兵の抵抗力が上がり消耗無視の反撃が開始される。投石機の躑射攻撃、弩砲、弩弓、対騎士だろうが対砲騎士だろうが見境なしに叩き込んでくる。消える灯の最後の煌めきにも見えるが城門が逆襲の為に開かれる。其の最前衛に立つ一際小柄な体躯と其の身長ほどもある機甲投刃という楕円半月の巨大な鉄塊、紫暗のショートカットとそれを飾る玉紐、ユン=ガソルのみならずこのアヴァタール東方域で知らぬものが無い赤褐色の軍衣!

 爆発的な土煙が上がる。


 「第一陣対抗突撃! 第二陣防壁展開!!」


 はえぇ! 軍師の集合支援魔術『銃士の采配』に支援され人間としての限界を超えた速力で突貫してくる。騎兵でも無い生身の人間数百人が自動車の速力で突撃するなんてアリなのか? アリあんだよ!! この世界で魔法に支援された人間は一種の戦術兵器まで格上げされる。第一陣の対抗突撃が破れるのは想定済み。二陣で受け止める事を考える間もなく己の持つ兵器を全力稼働させる。辛うじて相手の動きを目で追えた。
 大音響を立ててオレ達が後退する。魔導障壁で弾いたオレと弾かれた彼女。


 「今更名を聞く野暮はしたくないが『将軍』でいいかな? 三銃士、パティルナ・シンク」

 「それはこっちの台詞だよ。『宰相と公爵の懐刀』、シュヴァルツバルド・ザイルード。其の首貰いに来た!」


 暗い緑にも見える瞳がニッと笑った気がした。





◆◇◆◇◆





 あの鉄塊の横殴り斬撃から間発入れずに二連突き、ノックバックに対応しバックステップで距離を取れば即座にあの鉄塊其の物が飛んでくる。一瞬のうちに魔焔充填筒の数本がオーバーフローし本体から弾き飛ばされる。
 クソ! こんな短期間で半分以上無くなるのかよ!! 右手の魔導拳銃を三連射、一発目こそ掠りはしたが完全に弾道を見切られてる。追撃が来なかったのはあの鉄塊を繋がるワイヤーで己の手に取り戻すだけのこと。一発目が掠ったのも彼女がそのリスクと手繰る速度を野生の勘で計算しただけの事。
 機甲投刃……鎖鎌の分銅をより剣に近づけ遠心力ではなくその重さと投擲速力で敵を粉砕ないし体ごと分断する凶悪極まりない武器、投げれば攻城弩砲、手元に帰れば斬馬刀となにをどうツッコむべきか悩む代物だ。


 「全く、なんて威力だ。これじゃ何処まで保つか解らんぞ。」

 「それはコッチのセリフ、三人がかりの上亀甲獣(カレムタイラー)みたいに篭るなんてね。男のやる事?」

 「異性としてはその身体で其の鉄塊をブン投げるほうを問い質したいところだね?」


 『将軍』は勿論、オレも軽い口撃を交わしながら周囲の状況を測る。オレは周りの戦術展開。将軍はそれもあるがそれ以上に彼女を囲っている残り二人の動向もだ。

 カロリーネとシャンティ

 まだカロリーネは彼女にとってあしらい易いとも言える。経験ではシャンティより遥かに上だが彼女は重騎士、魔導鎧と魔導槍の重量では同じ重騎士でありながら鎧を全廃して僅かな防護板(プロテクター)付き軍服という将軍の軽さについていけない。経験を頼りに先に位置取りをし横撃を加えるという難事をこなさなければならないんだ。
 逆にイレギュラーのシャンティは未熟とはいえ彼女にとって予測しづらい相手。飛燕剣の速さに加え――というより近接して一撃離脱の初動が見えない程早いんだわ――経験の浅さが『将軍』の戦場の経験をかき乱している。いつどこで一撃を掛ける為に突貫してくるか予測がつかない。流石にオレの楯にオウンゴールしかけた時は泡食ったが……そう、オレの武器って右手の魔導拳銃だけじゃないのさ。
 障壁展開型魔導砲楯……エイフェリア公爵からも『チキンにも程がある!』と怒鳴られた位だが、剣術も槍術も、下手すると魔導銃辺りも成績真っ赤っ赤なオレとしてはこういった者に頼らない限り戦場に出る気が起きなかったのさ。魔焔充填筒から発生する魔導エネルギーを内蔵した秘印術式で反発斥力場に変換、楯前面に展開して防御壁とする。莫大な消費エネルギーは盾裏面に配置された多数の魔焔充填筒を使い捨てにして賄う。
 メルキアはおろか殆どの国家において戦場指揮するのは万夫不撓の勇者と決まっているからな。指揮官と兵士のスペックが違うなら尚更。だからオレの取った手段は勇者と指揮官を分離するという考えな訳。だからオレは自分の部隊にネームド武将躊躇なく入れるんだ。じゃ何故こんなことをやっているかと言えば、チキンなのは自覚しているがそれでも貴族である以上戦場には出ないとならない。メルキアの流儀って奴だ。
 状況は予想通りこっちに有利。『将軍』は一騎当千の猛者だが部下はそうじゃない。此処にいる二人のネームド武将と半人前のオレという指揮官とは別に本来の指揮官と精兵が彼女の兵を喰っているという訳だ。多少は腕の立つ奴もいるだろうが尽くケスラー百騎長の双剣に斬り伏せられている。

 「そろそろ仕舞にしようか? 部下をこれ以上死なせるわけにもいかないからね。……見るなよ。」

 「見ないよ……そこは。」

 「見てるじゃんか!」

 彼女が機甲投刃を一振りして構えた時に派手に音がして軍服の右肩部分が破れた。あれだけ障壁に激突を繰り返していればそうなるだろうな。見れば両腕も二の腕から下、軍服はおろか腕甲(ガントレット)までボロボロで血塗れだ。満身創痍に見えるがそうじゃない。魔術師なら解るだろう。彼女にいくつもの防護、再生呪文が先掛けされている事に。この世界の武将一騎打ちは超人決戦と大して変わらん。


 「(……パティちゃんてスポーツブラなのか。そりゃ同僚二人に比べて控えめだし、濡場でコンプレックス気味だったしなぁ…………)」


 考える前に盾を持つ腕が動く。此方の魔導銃の連射に構わず右へ左へ体を振り一気に距離が詰まる。盾に弾かれる十文字斬撃、さらに中央への突きによって魔焔充填筒の数本が吹っ飛ぶ――後4本!――だが将軍の突進と同時にカロリーネとシャンティも同時に動いている。前に出たカロリーネが土煙を上げて左薙ぎ払いからの剛震突き。将軍がこれを喰らわずに凌げるには。
 パティルナが俺の前でその小柄な体が半回転、機甲投刃をカロリーネに向けて投擲! その鉄塊を魔導槍で相殺するカロリーネそして

カロリーネを飛び越え空中からシャンティが突貫する!!

「てえぇぇェヤアァァァァァッッ!」

「ハあアァァァァッ!!」

無理矢理パティルナは弾かれた機甲投刃を己の腕だけで縦旋回させようとするがもう遅い。先程は失敗したが飛燕剣の速力で繰り出されるドロップキック、今度はタイミングが合った。『将軍』は今前を俺の楯に阻まれ、後ろはカロリーネの次撃、上空をシャンティの【踵】に阻まれようとしている。頼みの機甲投刃は手繰り寄せる暇が無い。そして双方を左右にサイドステップして躱わそうにも己が自身を中心に旋回中だ。そしてオレが楯を僅かにずらすだけで魔導銃の銃口が彼女の胸に押し当てられる!!! 勝っ……!!!
 悪寒が走る。彼女の在るべき場所に在るべきものがない! そう機甲投刃を変幻自在に動かす為にかならず振り子の先の様にバランスを取っている左腕が在るべき位置に無い!
咄嗟に魔導銃も楯も放り出し己の前で腕をクロスさせる。半回転してオレの前に戻ってきた将軍の顔がにんまりと笑みを湛えたまま。其の左手を突きだした。

光が炸裂する。






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(BGM  志を胸にして〜強豪達の激闘 魔導巧殻より)




 眼が光に慣れると光景が目に映る様になる。顎が外れるくらい口をあけてるカロリーネと、俺の横合いで両股大開脚でひっくり返り目を回しているシャンティ――言っても詮無いがくまさんパンツは隠すべきだと思うぞ?――そして後方に飛び退き怒髪天を突くが如きでこっちを睨みつけている『将軍』、

 「あんた……今自分が何したか解ってるんだろうね?」

 怖っ、ゲームでは能天気な妹系キャラなのにここまでドス利いたセリフ吐けるのかよ。恍けてみる。


 「さてね、こっちとしても切り札見せちまったしな。」

 「手前ェ、もう一度言うぞ! 今自分が何したか本当に解ってんのかコラ!! 【融解電撃の呪符】二枚重ねを堪え切った。いや堪えたんじゃねぇ、掻き消しやがった!!!


 ちょっと待て! 融解電撃の呪符だと? 魔法行使能力の無い人間が簡易に魔法を発動する手段として使われる呪符、先ず手に入らないその最上級呪符を2枚!? 正気かアンタ? 国家予算の盛大な無駄遣いなうえにオーバーキルなんてもんじゃないぞ!!
 向こうの激怒も当然だろう。なにしろ普通の人間はおろか超常種である竜や魔族、天使族にすら傷を与えかねない程の電撃魔術を受けてノーダメージなんて禁忌でも使うかそれらすら超える真の超常種でも限り不可能だ。しかも厄介なことに彼女は掻き消したと断言した。そういえば彼女は動物的感覚で戦機を読み勝利を掴み取る。――故に将軍――こっちのカラクリを感覚的に識った可能性すらある。もはや手遅れだろうがな、オレにとってもこの場の彼女にとっても。
 轟々と空中から音が聞こえる。それと同時に浮遊術式の甲高い打音も。


 「これで仕舞だ。そちらは切り札を使いきり、此方は今から切り札を切る。纏めてな。」


 罠に閉じ込められた猛獣も斯くやという唸り声をあげてる彼女は兎も角、勝敗はついた。彼女が最も恐れていた状況、さらなる増援『西領軍』が最後方から此方を援護する位置に着きつつある。最初森の中に隠していたのは将軍も軍師も解っていた筈だ。その前にオレの首を取る。それに失敗した今『将軍』の賭けも『軍師』の読みも破綻した。そして彼女達が想定していない、いや考えすらしなかった大馬鹿野郎(オレ)の策が今上空にいる。
 浮遊術式で空中に浮かび鷹獅子騎士達に牽引されてレイムレス要塞に強行着陸しようとする数十機の【士】型の飛行物体。

 
グライダーによる空挺降下作戦


 勿論この世界でも航空兵力はある。アンナマリアの様な天馬騎士や今グライダーを牽いてる鷹獅子騎士、挙句は天使や魔族のように自力で飛行できる輩まで。しかし、そもそもこの世界では制空という考え方が無い。空を飛ぶ物が一定の条件において有利である事は解るがそれによって相手の行動を制約するという考えに至っていない。その証拠にレイムレス要塞の守備兵は自らの投擲武器や兵器を地上に向けるのか空中に向けるのか大混乱の有様だ。『軍師』たる三銃士エルミナ・エクスすらどちらを主力とすべきか思考停止しているだろう。そもそも陸上兵力を空から送り込むなんざ北領筆頭騎であるベル閣下からして『狂人の戯言』と切って捨てに掛ったからな。特攻部隊で【転移の城門】を敵のど真ん中に展開する方がまだしも常識の範疇に収まる。

 
作戦を司る者、相手に己を大きく見せ相手を呑まねばならない。


 只の奇策なら暴発され予想外な結末にもなろうが『軍師』が辛うじて理解出来る範囲で己の不利と誤解させる。完全な想定外、いったん退くべきだと。そしてオレにとってのレイムレス要塞は手柄でも名誉でもない。今グライダーで突撃するヴァイス先輩の王道を舗装する手段でしかない。一般兵の兜を被った彼が双剣振って血糊を落とし、嗤う。


 「さあってェ! こっちは終わったゼェ!! シュヴァルツ閣下おまちどうさん、囮の役目は終わりってことだ!!!」


 見れば将軍配下の兵は殆どケスラー百騎長と其の部下達に切り伏せられたようだ。僅かに残る一隊が将軍周囲を決死の覚悟で固めているだけ。オレ達はやや遠巻きとはいえ十重二十重にこれを取り囲んでいる。それを突破しようにも今度はオレ達の攻城部隊が待ち構えているし、さらに城内には空挺部隊。彼女は戦機を読み勝利を掴み取る、それが役分。しかしその上『軍師』の役分を完膚なきまでの想定外で覆してしまったらどうなるか? 戦略は戦術で覆せない、ある一定の条件を除くならば……そしてその条件は今閉ざされた。


 「ユン=ガソル連合国三銃士パティルナ・シンク、メルキア帝国及びメルキア帝国レイムレス要塞奪還部隊指揮官シュバルツバルド・ザイルードの名のもと降伏に同ぃ……。」


 口上を言うオレの目の前で空のモノ――オレが用意した決戦兵器の一機が牽引する鷹獅子いやそれに騎乗する騎士すら纏めて爆ぜ割れた。レイムレス要塞から投げつけられた、と言うしかない【人間】がオレの策其の物を根本から粉砕するだと! そんなことが出来る奴は……


 「よぉう、パティルナ? 上手くいかないってそんな湿気た顔するんじゃねーよ。兵共が泣いちまうだろうが。」


 将軍の背後からスライディング降下してきた巨体が土煙の中影として映る。丸太の様な腕を組み脛骨をコキコキと鳴らしながら一瞬晴れた土煙から見える顔は少年の様な悪戯っぽさと獰猛な肉食獣が共存している。思わず呻いて尋ねる。予定より早い! いやオレとヴァイス先輩が遅かったのか!?


「どうやってここまで来た。」    


 視たとおりだが現実離れの為かそれしか台詞が出ない。   


 「応! 簡単さ。こいつが苦戦してるっぽいから重投石機に自分の身体括りつけて飛ばしただけよ。だが、思ったより狙いがいい加減でなぁ!! 仕方が無いからあの空飛ぶ船モドキにありったけ力叩きつけてブレーキ替わりにしたってことよ!!!」


いや投石機で飛ばしたのは解るけど……解るけど! 重力加速度は? 衝突衝撃は?? 着陸時の負担は!? 無茶苦茶だ!!!
 相手はたった一人増えただけ。それでも其のたった一人によってメルキアの兵理もオレの策も、戦場の常識さえも粉々になった。こいつ……



ユン=ガソル最大最凶の大莫迦国王(ギュランドロス・ヴァスガン)によって




◆◇◆◇◆





 「面白かったぜェ! あのエルミナが腰を抜かしてるなんて初めて見たくらいだかナぁ。オレサマの国で作った木偶大凧(グライダー)にバーニエの魔導浮遊術式を仕込み、鷹獅子で引っ張って要塞を空から陥とす。流石は策謀元帥の甥、やる事が違う!」


 オーバーアクションかつ上機嫌で感想らしき口上を吐くだけで周囲の空気がビリビリと震える。クソッ、完全に呑まれている。兵士達もオレの部下もオレですら! ギュランドロス・ヴァスガン……コレがメルキアに比べ国力が数段劣るはずのユン=ガソルが戦い続けられる元凶。ようやく起き上ったシャンティも事態を悟ったのだろう。捨て身で剣を構え叫ぶ。


 「余計好都合! ここで国王を討ち取ってしまえば私達のか、」

 「黙れぃ! 小童!!」


 凄まじいばかりの気圧、いや気圧ではなく闘気にシャンティは問答無用で口上をへし折られ体ごと吹き飛ぶ。あらまー、またもや両股大開脚で……。


 「あー?……すまんかった。小童でなくて嬢ちゃんだったとはな。まぁたルイーネに絞られるナこりゃ。」


 ぼーりぼりと頭を掻きながら件の莫迦王が言い訳する。近くの大岩にガンガン額を打ち付けている将軍は見なかった事にしよう。


 「オレの罠を破るにももっとやりようが在ったと思いますがね。ギュランドロス陛下? こんなのは単なる自殺だ。」


 精いっぱいの皮肉に相手は片目をウィンクしてみせる。ゲームと違いそーゆー表情もするんですかアンタ!?


 「お前さんからすれば自殺なんだろうがな。オレサマからすれば何時もの事だ。それにオレサマは面白い事が大好きだ。ならもっと面白くしなきゃなぁ!」


 それと同時に莫迦王が拳を振り上げ攻城戦の戦場に鬨の声が上がる。城壁に次々と起つのは4つの穂先を根元でつなぐロンテグリフクロス、其れをあしらう軍旗にクロスを囲む4本の剣、

 
国王親衛軍


 嵌められた……完全に嵌められた。情報では国王親衛軍はレイムレス要塞とは反対方向のユン=ガソル東部【絶界の砦】にいるはず。それをこうも簡単に返せるはずもない。元々の情報其の物が囮だったか、途中から情報がすり替えられていた!? これでは勝負にならん。こっちじゃ銃兵で騎兵をアウトレンジするなんて幻想だ。時速200キロメートル以上で突進してくるんだぞアイツ等!


 「シュヴァルツ、撤退を。殿は私がやる。だーぃじょうぶ、ヴァイス閣下なら上手くやるよ?」


 そっとカロリーネがオレと莫迦王の軸線に割り込む。畜生! ここまできて味方捨てて逃亡かよ。いや、それが正しい事位解る。総司令官が捕虜になったら戦そのものが負けだ! しかし、しかし!!
 莫迦王を睨みつけると彼はあらぬ方向を見ていた。そう此方ではなく上空、黄の太陽を見て大剣を引き抜く。
 激突音! そして熱波と不気味なまでの振動音と共に莫迦王の大剣が溶け折れる。【複列刃装振動溶断式魔導剣】(ザイムリッター)。未だ世界最先端のメルキア魔導技巧を持ってしても再現不可能の偶然の完成作、それを持っているのは一人しかいない! 天空から振ってきた彼が怒鳴り声と言う挑発を言う。


 「莫迦というよりは非常識なだけだなユン=ガソル国王! ならばメルキアの『道化師』ヴァイスハイト・ツェリンダーが御相手しよう!!」

 「先輩!?」 「閣下!」 「ヴァイス閣下!!」


 あ……アホかぁぁぁっ!!!

 確かに先輩が墜落死しちゃ敵わんと天使の楯モドキ渡したけどさ、なんでこっちに来るんだよ! 向こうは親衛隊とはいえ兵と将が分離した状態、まだ数と指揮官で押せば勝利は見える、


 「シュヴァルツ、作戦は続行しろ! 上から見えた。騎兵等一兵もいない!!」


 先輩の声と放ってきた望遠鏡、思わず城壁の戦気を【視る】。確かに莫迦王の親衛隊は騎兵、騎馬兵が馬から降りて白兵戦なぞ愚の骨頂だ。死に物狂いで此方の攻城部隊と戦う守備兵の隣に国王親衛軍の旗…………え? じゃあの旗は、まさか!

 
偽兵の計



 「カロリーネ前線に伝令! 攻撃続行!! 撃ち尽くして構わん、城壁を破れ!!!」


慌ててケスラー百騎長がカロリーネと位置を代わりカロリーネが飛び出す。前線ではなく後方に……そこに魔導双方向通信機がある。


 「バレちまったか。しっかしなァ、伝令に何処に走るつもりだアノ娘?」

 「国主、貴公が心配することはない。此方には情報を全ての将と兵が共有できる手段がある。だからお前に逃げる術は無い!」

 「ほお〜ぅ。ルイーネから言われたが昨今のメルキア軍は妙な方向に突っ走っているらしいな。今解ったぜェ! オレサマと同じ天賦の才がたかが一将を守るか! それが解れば十分!!」


 まだ頭を打ち付けていたらしい将軍をヒョィと担ぎあげる。この莫迦王身長だけで8ケレー――2メートル半近い――の上に肩幅なんて2人分位あるもんな。獣族不法合成獣(メウグオン)と拳闘ができる人間なんて元の世界にはいないだろう。それ以上に……


 「指揮官だけ連れて脱出とは堕ちたな! ユン=ガソル国主!!」

 「オゥ! その割に全然当たらんじゃないか? さっきの気合はどうした、えェ!?」


 ヴァイス先輩の剣技、正直ゲームではまだ大した実力ではない筈なのに一線の剣士と互角以上に渡り合う程の実力だ。しかしそれ以上に莫迦王の方が早い。あんな重装備で? あんな巨体で?? しかも小柄とはいえ人一人(パティルナ)抱えて??? もうチートとしか言いようが…………
 それでも十重二十重の包囲の中、逃げられる場所は限られている。いや暴風の様に逃げ回り、その包囲を半壊させている莫迦王が異常なだけだ。その元凶が残った配下の兵達に怒鳴る。


 「サッてと、コこまでだな。手前等! 其のまま降伏しろ。身代金積み上げてでも故郷に帰れるよう取り計らってやる!!」


 内心舌を巻く、この世界では兵ですら身代金さえ払えれば降伏した後、捕虜交換の対象になる。しかも国王自らが前線で宣言した事が決定的だ。オレ達によって証拠隠滅と言う名の虐殺によって反故にされれば国際的にメルキアは袋叩きになる。後始末の為に四元帥や皇帝はヴァイス先輩とオレを問答無用で処断するだろう。ただその意味も無くなった戦場だからこそ彼は態とこの言葉を台詞にした。今回の戦争は終わりだと言う意味を込めて。
 バカだバカだと諸外国の貴族や平民はユン=ガソル国主、ギュランドロス・ヴァスガンを馬鹿にする。只の馬鹿ならそれでもいい。しかしこいつは……己の存在と己の周囲、そしてユン=ガソルの国家としての矜持を同時に天秤にかけ、全てを得ようとし、実際に手にしてしまう最も危険な類の【本物の莫迦】だ!
 莫迦王がマントを脱ぎすてる。…………絶句した。いや確かにオレはエイフェリア公爵閣下と話題にしたよ、


 「飛天魔族の様に一般の人間に飛行能力を持たせるなら? 背中にロケットエンジン付けて点火すりゃいいんじゃないですか??」


 いや、其の時は制御とか着地はどうするんだと二人で爆笑しながら他愛無い冗談のつもりだったけど。だったけど!


 「では、さらばだ! メルキアの天賦の才、そして『宰相と公爵の懐刀』よ!!」

 「やめて! ギュランドロス様、もう下ろして!! スカート上がっちゃってる。見えちゃってるからぁ!!!」


 爆煙と共に莫迦王の背中に付いたこっち流のロケットエンジンが猛然と噴射を開始し、誰かさんの悲鳴をかき消してしまう。最後オレの目に映ったのは腕を組んだまま垂直離陸から水平方向に遷移しつつある莫迦王と、それに抱えれられて暴れている白と水色の縞々パンツだった。





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(BGM  胎動、帝国の未来を見据えて 魔導巧殻より)



 「おわったな……」       


 感嘆と言うのか呆れると言うのかヴァイス先輩が言う。


 「終わりましたね……」


 余りな現実に溜息をつきながらオレが言う。
 莫迦王の離脱とほぼ同時にレイムレス要塞の城門が破れた。グライダーも次々と最後の浮遊術式を発動させ強襲垂直降下に入っている。まだ副将としてリセル先輩もいるし勝負はついたと言っていい。そして折玄の森に加えレイムレス要塞を奪取したことでヴァイス先輩の帝国東領元帥、即ちメルキア帝国に4つある地方領の軍事・政治における最高権力者、帝国四元帥への昇進が決まった。ほぼゲーム通りと言う訳だ。

 
しかしここまで違うとは………


 兵士と指揮官の歴然としたまでの能力差、異状と言うより異形とまで言える魔法・魔導体系、それすら超える超技術とこの世界に真に存在する神の介入。ゲームと違い他人事では済まされない世界の実情。


 「これからですね。ヴァイスハイト“元帥”閣下。」

 「あぁ、これからだ。頼りにさせてもらうぞ、シュヴァルツバルド“千騎長”。」


 ヴァイス先輩には少しだけ話した事がある。先輩もオレが全てを話せない辛さを解ってくれている。だからオレ達は共犯者になることにした。雪の日の帝都・インヴィティア、血溜まりの路地で……


 「で、どうなさるんです? リセル先輩きっとカンカンですよ? 傍から見て恋人なんですから……」

 「それを宥めるのが従弟の役目だと思うが?」

 「「勘弁です(だ)。」」


 いつもの軽口が戻ってオレ達の間にようやく笑みが戻った。





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 数日後、ユン・ガソル連合国から停戦の申し出が来た。たとえ双方の権力者が矛を納めなくても周りが『まぁまぁ』と言って一時的な停戦になるのはよくある……というかメルキアとユン・ガソルでは毎年の恒例行事だ。しかしオレはこれから(ゲーム)を知っている。いよいよ序章が終わり、乱世が始まることを。そして忌わしくも悲しい4体の少女達が歴史の表舞台に躍り出すことに。



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