(BGM 逆運の覇者<クラ=フェ・ディオル> 冥色の隷姫より)



 ベッドの天蓋部分が目に入り思わず想いが遠くへ飛ぶ。もう帰れない世界、いやオレが死んだ世界か。其れなりに楽して公務員になって彼女もできて……あっさり死んだ。気が付いたらかつて彼女の目を盗んで楽しんでいたゲーム世界だった。生前に比べて必至で頑張ってきた結果がここにいるオレだ。
 天蓋に描かれた絵画、どこまでも鮮やかに伝説的とまで鮮烈に描かれたこの世界の始まり……古い神話の世界、機工女神によって2つの世界が繋げられ、魔法の世界と科学の世界が一つになった。それがディル=リフィーナ――2つの回廊の終わりと言う意味だ。
 二つの世界にはそれぞれ沢山の神々がいて一つになったときに大きな争いが起きた。やっと治まったと思えば、それに関係なく人間も妖精も魔物もこの数千年争い続けている。彼女はその被害者であると同時に加害者でもある。
 少しだけ目を横にずらす。ヤル事ヤッた以上言い訳もできないけどさ、よりにもよって82年前のメインヒロインが出てくるとは思わなかった。うたた寝をしていると思って彼女は準備を始めている。さっきのは単なる前座。まーオレの性欲解消位な扱いなんだろう? これから戦闘開始だ。彼女を単なる娼婦から此方側に引き込む。

 月輪が耀失う(ファーランス・レルウォ)夜に生受けたる娘(クワディファル)総身に満ちし権(シュウリトゥラ)尽くること無し(フォウシェルナ)

 其の御髪に月耀を、(イャムフォ・ファラウ)其の瞳に森恵を宿し(トゥアムセルス)仕える主に(シャルディヲフォレェィ)無量の力与えん(セーラルウォ)

 輝くようなブロンドと翠玉の瞳に彩られた美貌、エルフの血を証明する控えめに尖った耳。乙女と女、そして母親を絶妙なバランスで併せ持つ肢体。オレの額冠を全周波妨害(バラージジャミング)させる程の馬鹿げた魔力反応。オレは久しく忘れていたエルフ語の祝詞をリフレインさせた。





◆◇◆◇◆


――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM 罪と虚ろな心 魔導巧殻より)



 カルッシャ王国産の葡萄酒なんて本当に世界は繋がっているんだな。不躾ながらグラスボトルを回し、ラベルを改めて思う。ゲームでもお馴染、姫神フェミリンスの直系王族が治める光陣営の有力国家。勿論顔には出さずにその王国の昔語りや昨今の噂、初めてメルキアに来たと言うことでこっちの他愛ない話を弾ませる。傍から見れば長距離恋愛の恋人同士の逢瀬にも見えるがこれが貴族社会の闘いだ。

 相手から言質を()り、優位な状況を作って相手を納得される。

 今は父上が当主である以上、オレにはさしたる権限も利用価値も無いが『いずれ必要になる。』の一言で帝都インヴィティア(ちちうえ)南領首府ディナスティ(おじき)にみっちり仕込まれた。だが、教育云々で彼女には叶う筈もない。彼女はそもそもそういった世界で生きていくことが当たり前な住人なのさ。

 「へぇ、奇遇だね。好みが同じだとは思わなかった。」

 「(即ち王族、それも元第一王女。)」

 彼女が生を受けた王家はディル=リフィーナ西方辺境、リガナール半島。ルア=グレイスメイル王国、エルフ語に訳せば【青珊瑚の森】(ルナ・カウア)と言う意味になる。そしてリガナール訛りを帝国標準語に直せばメイルという森を意味する単語はエルフの根幹、大地と森の妖精族――エルフ族――の領邦を示す。つまり彼女はエルフ、それも其の氏族の中で支配氏族とも言えるルーン氏族出身者。
 世界設定では王女の身分にありメインヒロインでもあった彼女が何故娼婦まで身を落としたのかは解らんでもないのだが、強烈な爆薬だからな。効率的に使うには誘導していかなけりゃならん。

 「どんな場所に行ったことがある? 旅で面白かったことは? 興味を引いたものはある??」 

 「(そして帝妃の名を持つ隷姫、そして同族から敬されながら最も疎まれる存在)」


 遍歴の娼婦は一所に留まらない。彼女が何を求め、どんな希望を持っているか推察する為に気軽に尋ねる。こっちが気まぐれで彼女を求めた貴族の様に。なにしろザイルードの姓はメルキアでは相応に名が通る。父上はノタリオンに荘園を持つ伯爵家当主。伯父貴は帝国宰相の上、四元帥の一角である南領元帥、彼らの父親であり、オレにとって爺様だった故人も帝都親衛軍団の千騎長だった。オレの目的など彼女にはお見通しなんだろう? つまり勝負は初めから向こうが優位だ。彼女はオレを知っており、オレは彼女を知らないと彼女は思っている。 だが、流石に彼女もオレの中身を知らない。そう彼女の真名を知っているとも思わない。僅かな優位でしかないけどな。


 「気楽な一人身だけど、父上や伯父上の下で絶賛教育中さ。其の憂さ位は晴らさないとね。」 

 「(彼女が立ち上がれば世界は変わっただろうな。いや、最愛の弟(いもうと)を殺した時点で破滅することは確定だったか。)」

 
 彼女の反応、外面なんてどうでもいい。娼婦は相手を饗す事がお仕事。その裏を辛うじて読めるのはやっぱり伯父貴の教育の賜物だ。先輩共々『厳しい! 死ぬー!!』と呻いた日々が懐かしい。……丁重さに隠れた冷厳な拒絶――より強くある拒否感か――、
 当然と言えば当然だな。彼女の王国は二度滅びた。一度目は故郷ルア=グレイスメイルの滅亡。二度目はその故郷を滅ぼし彼女を玩具同然の配偶者として娶った破戒の魔人・イグナートが建国したザルフ=グレイスの滅亡。二度も亡国の女という境遇を味わえばもう国なんぞに関わりたくはないのも当然か。
 だけどな……内心で怒りの焔が発生しているのを余所に頬杖をついて言葉を紡ぐ。さぁ攻撃開始だ!


 
「そういえばセオビットちゃんお元気?」


 
「いえ、もう便りも……え? !!!」



 良し引っかかった! 公式文書ですら記述されていない彼女の娘――魔人の愛嬢――この実名まで知るのは極僅か。向かいで座っている椅子を蹴倒して彼女が立ちあがると同時にオレは彼女の右手を掴み抱き寄せる。まぁテーブルのアレコレが割れたり壊れたりは無視。そんなのは高級娼館での備品のうちに入らない。むしろこのカマ掛けで彼女が取ろうとした行動を掣肘、


 
「やっ! 放して!! 誰か!?」


 
「離さない! 落ち着け!!」



 問答無用で彼女の唇を塞ぐ。まードラマでよく見たしこーゆーのは自分の唇で塞ぐのがセオリー。先ずは今のカマかけでパニックを起こした彼女を落ち着かせるのが先だ。そして彼女も異状に気づいた筈、己に掛けられた警報魔術が発動しない事に。痛ッ! 舌咬まれた。血の味も構わず唇と腕だけで彼女を拘束する。
 この世界、魔法があれば精霊もいる。娼婦である以上荒事に巻き込まれるのは無いとは言い切れないし娼館そのものが防衛策を娼婦に与えることもある。警報魔術、風の精霊を使用して言伝を特定の人物に渡すという魔術だ。単語一つをトリガーにできるから便利と言えば便利だけどオレは覚えることは愚か対象として聞くことすらできない。そして何処ぞのアニメの不幸者じゃないがオレと直接接触している生物もだ。
 伯父貴やディナスティのエリナスカルダ魔法研究長と何度も頭を悩ませ何度か人体実験紛いの事までして原因を探ったが、解ったのはオレが魔法の素質が無いわけでも魔法と相性が悪いのではなく……

 自分由来のものも他者由来のものでも魔法術式を掻き消してしまう体質

 特に地水火風光闇の6属性に関連した精霊魔法は全部ダメ。出力強度が10ケタ位下がってしまうらしい。魔神クラスが放つ最強電撃魔法が静電気程度まで弱体化してしまう。魔法が効かないのは魔法使いからの攻撃に優位じゃないか? ダメダメ、味方が掛ける治癒魔法も補助魔法も軒並みダメなんだ。こっちじゃ武将として絶対に前線に出せないと言っていい。味方と連携できない、ちょっとの怪我で戦線離脱、軍を率いる武将としては致命的といっていい。だからオレ指揮官専従というチキンに徹しなけりゃならん。ようやく落ちついた。彼女の正体を知って暗殺や拉致に動くならこんな無駄なことはしないからな。


 「シルフィ・ルー、真名は元ザルフ=グレイス帝妃兼ルア=グレイスメイル第一王女、シルフィエッタ・ルアシア。間違いは無いね?」

 「…………酷い人、娼妓の名を詮索するのは最大のルール違反ですのに。」


 上目遣いで睨んでくる。うん流石は元王族、睨んだだけでなんかこっちが悪い事でもしたか? と思わせるような表情を無意識で作る。ホント貴顕の方々って違うよな。思わず感心。


 「流石に支配人(リリエッタ)の恣意を感じてしまうとね。やる気のない人間に無理矢理やる気を出させようなんて依頼を飛び越えてる。」

 「私は女として、只の娼婦として扱って頂く。それが此処に来る条件でした。もう二度と国と言う物に関わりたくない! そんな言葉口にするも耳にするのも嫌!!」


 ゾクリと背中を悪寒が走った。これは恐怖? いや違う、嫌悪だ! 彼女の一度目の亡国は致し方が無いとも言える。人質同然、玩具同然のまま夫に故郷を滅ぼされれば厭世しても可笑しくは無い。だが2回目は? ザルフ=グレイス帝国が何故建国から4半世紀にも立たずに滅亡したのかはディル=リフィーナで国政に携わるものとしては常識だ。

 
ザルフ=グレイス帝国は魔人皇帝イグナート、唯一人の恐怖と支配だけで成り立っていた。


 
本人が滅びれば国も消える。


 元々イグナートは人間族の魔術師、強大な力を得ようと自ら鬼族や魔族の精髄のみを身体に取り込み【魔人】となった。だが良く考えれば無茶な話だ。それを原形として発展させたのがゲームでも有名な魔物配合だからな。長くは持たない。そう、魔力をいくら持とうと寿命がいくら延びようとも組織拒絶による己の身体の崩壊を食い止めることはできない。不老不死であっても不死身では無いのだ…………野心の解放者(ブレアード)腐海の大魔術師(アビルース)のような真のチートですら例外ではない。
 その後のリガナール半島の無惨な歴史は遥かに離れた此処メルキアですら史書に書かれている。それを此処で知ったからこそオレは……


 「不戯蹴るなよ! お前が何をした? 国滅びる時にお前が何をした!? 何もしなかっただろうが!! 今のリガナールがどうなっているか知っているだろう? 国家ひとつなく人間もエルフも鬼族も魔族も奪い合い殺し合うだけの只の地獄だ!!! お前は其処から逃げた。国も娘も民も身捨てて他のメイルに逃げ込み、裁きと称して追放されて自己満足に浸った。お前は国が嫌いなどではない! リガナール全てを殺した己を嫌い、それを国と言うシステムに転嫁して自慰に耽っているだけだ!!!」


 ぱぁんと派手な音が左頬から響いた。伯父貴から『女に頬を張られるのは愛情の証と思え。』なんて言われていたから気にはしないけどな。元の世界じゃ無駄にプライドだけ一人前だったからどうなっていた事やら。翠玉の瞳一杯に涙を浮かべて彼女が絶叫する。


 「ならば、貴方がやってみればいい! 力も無い女が力を持つ者達によって良いように扱われ絶望しか与えられなかったことを其の足りない頭で想像して御覧なさい!!」


 そんなもの上に立つ者からすれば言い訳でしかない。こちとら下っ端とはいえ元公務員だ。国に仕えるとはどういうものか肌で知っている! そのまま壁ドン……勢いとはいえ映画じゃあるまいし、という思いは頭から追い出す。


 「ならば力を持つべきだった! どんなに疎まれようともイグナートはお前を殺すことはできなかった。お前は己の命を盾にしてでもヤツの帝国で居場所を見つけるべきだった。いや! ヤツが死んだあとでこそチャンスはあった!! 娘を傀儡にし、国を立て直しながらヤツの作った支配体制を変えていく。まだ横のつながりがあったエルフ各氏族を共闘させて魔族をたらしこみ、多数派の人間族を間接支配する。シルフィエッタ・ルアシア! 力無い女という要が消えた御蔭でリガナール全ての命が路頭に迷う羽目になったのが解らんか。」

 「あ……あなたと言う人は!」

 「人でなし? あぁ、それは認める。だがな、相対的に少数の犠牲で多数の人間を救うのが国の在り様だ。そこに個人(おのれ)の事情等、斟酌してはならない。国主はそれによって国から食い扶持を与えられる身分に過ぎないからな。そして、お前が非難した理由等下らないの一言だ。『娘を道具として扱う、其処に愛情はあるのか』か? あるさ! 人として愛情を注ぐ、政治の道具として扱う。それは両立できる。だからこそ王族や貴族と言うのは臣民から尊ばられるんだよ。お前がイグナートの隣で学ぶべきモノだった。」


 へなへなと彼女が崩れ落ちる。そりゃ当然、今のディル=リフィーナではこんな論理は前衛思想による狂気の産物でしかないからな。時代は王権神授説や神権人崇が当たり前な中世封建時代だ。そこに現代思想を混ぜた近代思想なんぞ受け入れられない。この世界における初めての近世統治が始まりつつあるメルキア帝国で辛うじて通用する仮説(・・)だ。そう此処はオレが前世生きた現代じゃ無いんだ。


 「狂ってる……貴方は人の心を理解しない魔物と同じよ。」


 凄いね。公私がほぼ一体の王族で在りながらあえてそれを感情でも頭でも分けてしまうことを理解できてる。普通ならオレの考えの様な異質さはあらん限りの力を振り絞って物理的に逃げ出すと思うんだが感情的とはいえ言葉でこっちに抗う辺り流石。彼女は現状無能かもしれないが理解力は半端ないみたいだ。隣国のダメ王女(マルギエッタ)と同質のタイプかもしれんな。徹底して打ち鍛えて初めて素質が開花する。男として育てられれば英雄たりえたかもしれないのに。ならば劇薬の方が良いな。


 「そのセリフ、我が国の皇帝陛下にでも言ってくれ。オレとは考え方も目指す物も違う方だがオレ以上にせせら嗤うだろうよ。エルフ支配氏族――ルーン――の落ちこぼれ、生まれる前から上に立つ器では無いってね。」


 彼女はイグナートさえいなければ平穏無事にルア=グレイスメイルの国主となっていただろう。でも、それが彼女の平穏だったのかと問うと疑問だ。王族の義務を盾に臣下に操られる傀儡にしかなれなかったようにも思う。そう、だから陛下を出汁に使う。オレの口から王族としての彼女の存在否定、彼女の元王族としての矜持すら踏み躙って最初からやり直させる。畏怖と嫌悪で歪んだ彼女の顔面にありったけの意思を叩きつける。


 「来い! シルフィエッタ。国を纏め平穏を取り戻す術と意味を教えてやる。それを得た後で考えろ。お前達、ルーン氏族には有り余るほどの時間がある。命の終わりを気にして生き急ぐオレ等とは違う国の意味を導き出せるはずだ。」


 1000年を超えるエルフ・ルーン氏族の寿命、人、特に支配者であれば善悪限らずどんな対価を払ってでも得たいと考える指導者は数多い。何度でも理想に挑戦できるだけの時間を与えられるというのは100年生きられない人間族から見れば特権そのものだ。彼女は生まれながらにそれを持ちながらソレをドブに捨て続けている!!
 ……息を切れた。正直雰囲気だけでも圧倒されるヒトなのよ。ヤッてる間も始終リードされっ放しだったからな。彼女の過去を否定しまくって未来へ強引に蹴り出す位で無いと。ん? なんかさっきからシルフィエッタさん、オレの顔見上げるよりむしろ視線下に向けてるんですけど何かな??

 「興奮してお話になるのは嬉しいんですけど……ぷっ、全然似合ってませんよ。」

 あ…………バスローブに相当する室内着の前止めが解けている。下全裸だからもしかしてオレこの格好で大演説ぶちかましたの? いや特に意識しなかったけどあの木の実の御蔭で下半身――シルフィエッタの顔前――トンデモな事態になってるし。五欲の内、攻撃欲と性欲は似たようなもんって言葉思い出した。


 「ご、ゴメン! もう一戦いいですか!? これじゃ交渉以前の問題ですしっ!!」


 笑われた、思いっきり。でも新鮮だよな、ゲームのビジュアルではこうあけすけに彼女の笑った顔なんて見たことない。全然顔立ちが違う――それもこっちの方が並外れた美人だけど――ドジやって笑われた元の世界の彼女とデジャブしてしまう。彼女はひとしきり笑った後、立ち上がりオレの手を取ってベッドに誘う。下半身握られちゃったなぁ……こういった閨での不利に自分自身呆れつつもオレは彼女に続いた。





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(BGM  雨が降っても地固まらず〜探した答えは既になく 戦女神MEMORIAより)




 シルフィエッタは一応オレの秘書官として扱われるようヴァイス先輩に話を通してもらった。娼館からの帰り道がてらだから何処まで当てにできるか解らんけど、彼女自身はやはり宮務めには露骨に拒絶する。オレが寿命と言ったから未来への己の道筋を探すという過程の学業と言う感じで幕下にいてくれるらしい。公設秘書ならぬ私設秘書って感じだな。
 シルフィエッタの真名も伏せておく。いくら追放されたとはいえ王族の嫡子という身分はメルキアでは爆弾以外の何者でもない。真名が知れてオレの側妾なんて噂も立つとメルキア帝国法制上厄介なことになる。問答無用でオレの正妻にしろという圧力を内外から受けるに留まらず、ヴァイス先輩よりオレの方が格が高くなってしまうんだ。殊に王族の外戚はメルキアでは公爵の名を名乗らねばならない。たとえ国外の王族であっても、エイフェリア筆頭公爵が良い例だろう。
 下手すりゃオレとシルフィエッタの娘がヴァイス先輩達の息子と生まれる前から自動婚約なんて斜め上の状況にすらなる。そう、双方に子が生まれなくても可能性があるだけで国は動くのさ。世の宮廷なんてそんなもんだ。
 で……来る理由は解るのですけど何故ここに突撃してきて責め立てられるのでしょうか?


 「聞いてますか! シュヴァルツ君!!」

 「ハ、ハイッ! 聞いております聞いております!!」


 オレの執務室に突撃してきたのは我が従姉のリセル先輩、顔が紅潮していることから相当な御怒りモードだ。彼女だけでも手に余るのに後ろにはカロリーネとシャンティ。双方とも怒り以上に嫌悪を隠していない。もうオレ諸手を上げて降参モードなんですけど。


 「娼館から女を身請けした上に秘書ですって! どう見ても愛人連れ込んだだけじゃないですか!! クリストファー伯父さまになんて言い訳すればいいんですか!!!」

 「だからあくまで秘書官としてだって! 側妾なんて彼女が望んでないしそもそも宮仕えを拒否するのを学生身分で誤魔化してやっとの思いで連れて来たんだから。」

 「そういうのを公私混同って言うんです!!!」


 先輩バーンと執務机に両手を叩きつけて御怒りの三段攻撃を飛ばす。あぁ剣戟でないので三段()撃か。


 「どうでもいいけどさ、ルツ? 軍人として非常に不味い事態なの解ってる?? 君に懸想してる女の子ってヴァイス閣下程じゃないけど相当数いるんだよ。その序列差し置いて娼婦如きを傍に置くってどういうことなのさ? 君が言う軍の統制が成り立たなくなるよ。」

 「そーですよ! これでもしシュヴァルツ様が前線に彼女を連れていくなんて言い出したらあの人殺されるか、シュヴァルツ様が信頼失うかどちらかじゃないですか!! 何の為にラギールの店や国法があると思ってるんです。」


 カロリーネの剛震突きにシャンティの三段口撃、カロリーネの方は剛()突きになるな……と他愛無い事考えている場合じゃ無かった。厄介な事に軍と言う近い場所にいながら相性最悪の職業集団が女性軍人と娼婦であるわけよ。どちらも男性の同職業がいるとはいえ女性特有、双方が敵同士どころか味方同士でも争わざるを得ない競争社会、軍秩序や生理現象から男をある意味利用しなければならない摂理。しかも双方が目標として持つ『結婚』という将来が重なる。

 『愛人』になるくらいなら『妻』に、出来なければ(こだね)に未来を託す。

 勿論、富裕な貴族や大商人の愛人ともなれば生涯が保障されるだろうし例外も数多いのだが、少数派の元に切り捨てられてしまう。カロリーネの言う序列と言うのはそういうこと。男でも一般兵士なら女同士でも上下を言い出すことはない。家族、人種、貧富……下層階級同士では誰を差別しようとしても必ず己に跳ね返ってくるからだ。
 しかし上流階級、身分で言えば貴族、メルキア軍人で言えば百騎長以上は違う。複数人の女性が一人の上流階級の男に想いを寄せると『妻』を勝ち得ようと激しい鍔迫り合いになるのが普通だ。当然男の前でそれをやるのはNG、当事者の女たち全員が嫌われては元の木阿弥だ。だから『序列』ができる。例えば本妻、側妾、愛人、恋人と言うようにね。おそらくオレの周りでも疑似的にそんなものができているんだろう? カロリーネはそれを気にしているというかたぶんその一員だ。だからこそ娼婦如きがその垣根をポーンと飛び越えれば序列の女全員から凄まじい敵意を買う。
 でも裏の事実を明かすのは禁句だ。少なくとも想定だけにしておかないとリセル先輩が苦しむだけ。


 「そういう『要請』でもあったからな。まぁ、そういうことで……。」

 「「「なにがどうそういうことなんですかっ!!!」」」


 あっぶねぇ、同時に耳抑えていなけりゃ聾耳(ツンボ)になってたぞ。三人に思いっきり絶叫させて息をつかせる。三人が三人、大声で絶叫しただけあってゼーゼー言ってる。向けられる視線には明らかに殺意が増しているけどな。生真面目な顔に戻して本題を告げる。少なくともシルフィエッタみたく感情的になっちゃ話にならないから最初に感情は吐き出させてもらった訳、


 「さて、オレは要請と言った。ここから先は話す事が限られてくる。東領の裏側の話だからな。それに重要なのは先輩、そしてカロリーネとシャンティでは話す事が全く違うと言う事だ。全く、伯父貴の意向なのか解らんが厄介な事態だよ。」


 うなじの毛を弄りながら伯父貴、つまりリセル先輩の実父たる帝国宰相にして帝国南領元帥オルファン・ザイルードのオレ流の代名詞が出た途端、先輩の顔が強張る。そりゃそうさ、リセル先輩の姓はルルソン、本来はザイルードの姓を使わなきゃならんのに家出同然で故人となった母親の姓を名乗っているんだ。ゲーム知識が無くともどういう関係なのかなんとなく想像はつく。


 「カロリーネ、シャンティ。ごめんなさい、ちょっと外で警備しててくれないかな? この能天気がロクでもない事言ったらすぐ呼び戻して殴ってもらうから。」

 「アイアイサー!」 「あぃあぃさー!?」


 二人の妙な掛け声の後、彼女達が扉を閉めると沈黙が流れた。耐えきれずに先輩が話す。其の問いは予想が付くから答えはあらかじめ用意してある。


 「父が……いえ、オルファン元帥閣下が関わっているの?」


 露骨だなぁ、表向きとはいえ母親見殺しにした父親なんだしな。娘が反発するのも解る、でもそうせざるを得なかったのも事実な訳で政治家の娘である以上解らねばならないのよ。特にそのころ二十歳というオレからすれば成人してた先輩が我儘いう歳でもない。生まれながらの呪いがそれを阻んでいるのもあるのだろうけど。


 「確証は取れない。だから彼女は源氏名のまま、だからリセル先輩も気づいたんだろ? だが問い詰められても本当の名は明かせない。もし先輩が彼女の名を知ったら先輩はヴァイス先輩の息子を産む道具としてしか存在を許されなくなる。そして男子を産んだ途端、用済みになる(ころされる)。ヴァイス先輩にも止めようがない。」

 「な! なによそれ!! どういう?」


 さらに冷厳に言葉を紡ぐ。


 「それだけじゃない。オレも同様、いやオレの方がマシか。あの女性がオレの娘を生んだ途端、国外に追放される。外戚など今の不安定な状況じゃ危険なだけだ。」


 外戚という単語だけで頭のいい先輩はすぐに彼女が何者か見当をつける。そして其の要素が自分に何をもたらすのかも。腕で肩を抱えリセル先輩が後ずさる。首を嫌嫌をする様に振り、踉めく脚で必至に身体を支える。オレは止めを切り出した。


 「そして男児と女児、二人が揃った時点で四元帥の名の元、メルキア新皇帝と新后妃が誕生する。ヴァイス先輩は摂政となり何処ぞの王家の娘とつるんでいたことにして妻を設けて……」

 「もう止めて! 聞きたくない!!」


 耳を塞いで喚くけどオレは容赦しない。あくまで最悪の可能性に抑えておくためだ。彼女の真名を探る気すらなくさせる為に。だから最後を締めくくる。先輩は忘れる事が出来ない、一度手に入れた知識も記憶も忘れ去ることができずに抱え込む特異体質『完全記憶能力』という呪いを持って生まれたんだ。帝国法を学んだ時点で今の状況がどういう事態をもたらすか解ってしまう。


 「メルキア法典、皇位継承法31の15、記憶力に優れる先輩なら知っているはずだ。緊急時における皇帝選出法、そして帝都が結晶化し、残る直系皇族が庶子であるヴァイス先輩だけになった今、1週間後に開かれる四元帥会議の議題に上るはずだ。帝国の将来をどうするべきか? と。」


 恐怖と怖ましい未来で流石のリセル先輩も竦み上がったか。ガタガタと震える彼女を背にオレは引き出しから蒸留酒のボトルを出して一口二口呷り、そのままリセル先輩に呑ませる。ゴメン、グラスなんて置いてないんで間接キスになっちまうが。人心地ついた先輩がまだよろけた足取りでソファーの方に沈み込む。オレは対面の椅子に逆向きにまたいで座り顎を椅子の背に乗せる。ポツリと彼女が呟いた。予想通りの答え、だから今度は可能性ではなくオレの想定を語る。


 「父、様は……そこまで考えてるの?」

 「伯父貴が其処まで想定して手を打ってきたとは考え難いんだが、偶然が必然になる可能性はある……そういうことだと思う。オレ流に言うなら『オレ達に力が無いからそういった結末になる。悔しかったら力を手に入れろ。』そういう脅しかもしれないな。」

 「勝手な人……いつもいつも!」


 失望もあらわに先輩が吐き捨てる。そこに悲嘆も混じっている事はオレは知っている。ゲームでもあった二人の確執。父を愛しながら父の行状に憤る娘と冷たくあしらいながら己の罪科を娘に継がせまいとする父のすれ違い。最悪の結末になる分岐すらある。


 「だから彼女の名は言えない。オレ達三人がこのアヴァタール東方域で無視できぬ程強くならなければオレ達には幸福を手に入れる権利すらないんだ。」


 ゲームと違い今のままではヴァイス先輩はメルキア帝国皇帝になれない。そう、絶対に。帝国法によって国が成り立っている以上、メルキア帝国皇帝ですらそれに従う義務がある。庶子は皇帝になれない……そう明文化されているんだ。
 じゃ皇帝一族の血統が絶えたらどうするのかって? 一族で無い皇族から降嫁された血も対象として扱われるのさ。此処にトリックがある。皇位に関する庶子か嫡子かを決めるのはその両親と周囲の家族、つまり降嫁した傍系扱いの血でも其の子孫を嫡子とすることで皇族復帰が叶うというウルトラC条項……それが皇位継承法31の15の適用になる。そしてその前提条件の一つに元老院議員か帝国元帥2人の推挙、あ……そういうことか!


 「(伯父貴は男児を産んだリセル先輩の命と引き換えにヴァイス先輩に政治的な貸しを作るつもりなのか。ヴァイス先輩の意に沿わない賛成票で帝国元帥2人の賛成が成り立つ――直系血統を持つ皇族の子孫への皇位継承法適用。掣肘出来る保守の牙城、元老院は帝都結晶化で機能停止。エイフェリア元帥もガルムス元帥も文句は言っても反対が出来ない。皇族が壊滅状態の今、マトモな対案が無いからだ。――もし先輩にあれほどの野心が無ければ嬉々として乗っただろう? ヴァイス先輩が栄達しようが、平々凡々だろうが駒としては最大限使う……ホント有能だよ、オルファン・ザイルード(おじき))」


 これから起こる帝国内での内乱、エイフェリア元帥率いる魔導技巧推進派とオルファン元帥率いる魔法術式推進派、その踏み絵ともなる。そして己が憎まれても意に反さない。己の策が完成した時彼は、オルファン元帥は此の世に居ないのだ。メルキアを救い、愛娘であるリセル先輩から『死んでくれて清々した。』そう思われる事が望みなんだよな。予防線は張っておこう、自暴自棄になられても困るしね。


 「くれぐれも言っとくがこれはオレの頭の中で捏ね繰り回した可能性の話に過ぎない。むしろ伯父貴は先輩を大切に想っているよ。ヴァイス先輩に結婚話を持ちかけても何故かリセル先輩一択で推すからな。あ……いまからディナスティに突撃するのはナシで頼む。」


 あ、リセル先輩思いっきり頬を膨らませてる。いきなり人差し指一本でオレの額をデコピン。


 「そーゆーとこ、ほんとシュヴァルツ君も似たわね。明けても暮れても私とヴァイス様くっつけることしか考えないんだから。でも残念でした! この思惑引っ提げてオルファン元帥閣下に私が突撃したら彼、絶っ対にシュヴァルツ君が要らん事吹き込んだって思うでしょうね? 私もヴァイス様もそこまで悪辣な考え方しないし……せいぜい彼が並べる婚約者名簿で右往左往なさい!!」

 「まーった! 本気か!? それだけはやめてくれ!!!」


 くそーそっちから来るか! ヴァイス先輩と同じくこちとら独身生活楽しんでいるんだ。20半ばで人生の墓場に入って堪るか。向こうでも彼女出来たの30後だぞ! 慌てて手を掴んで引きとめようとするオレをさらりと避わし、彼女が言う。


 「冗談冗談! じゃカロリーネとシャンティ呼んでくるわね。大丈夫、そんな悲壮な顔しなくても外で見張りしといてあげるから。」


 ケラケラ笑いながら扉に向かって歩く彼女を見て、こりゃ一生弟分から逃れられないなァと思った。






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(BGM  高貴なる場所 戦女神VERITAより)




 カロリーネとシャンティに関しては先輩の時とは逆に裏から突く。真名こそ教えないが彼女が元王族である事。そしてリリエッタの娼館がメルキアでも高位軍人だけが使える情報機関であることを匂わせる。リセル先輩に娼館の支配人が実は伯父貴の密偵でした。……なんて解れば回り回ってオレがヴァイス先輩から首かっくん攻撃を受けかねないからな。彼女はそこから来てオレの配下に押し付けられた――即ち他の三元帥の誰かがオレを監視対象に含め、東領における連絡役としても使うつもりでいる事を匂わせたんだ。カロリーネが、


 「エレン・ダ・メイルの差し金?」


 と穿った見方をしてくれたので沈黙と言う肯定で誤解させる事にした。これでセンタクスの帝国東領軍の将兵は彼女に迂闊に手が出せなくなる。王族に――隣国であるエルフの王族という誤解――軍人が手を出したら即外交問題になって身の破滅だ。彼女が大人しくしている限り、表面的な付き合いに留めるだろう。
 女が御喋りなのはこの世界でも変わらんけど『王族じゃないの?、人質??』位の噂なら問題にはならない。彼女が否定すればなおさらだ。この場合男ってバカなもので女達の『実は零落した王族で愛人同然にシュヴァルツに囲われている。』なんて下種な噂を丸々信じて嫉妬の矛先がオレに向かうから丁度良い。程度の低い妬っかみなら臣民から貴族が向けられる負の感情と言う名の義務みたいなもんだ。
 だが、そろそろそんな下世話な話とはおさらば、此処はセンタクス城の地下にある神殿特別租借地、行くべき場所は結晶化した帝都インヴィティア、そして西領首府バーニエで開催される四元帥会議だ。帝国東領で参加するのはヴァイス先輩にリセル先輩、オレに護衛役のカロリーネになる。留守はドントロス閣下――もうオレの方が地位上だけど目上の人がいると有難いんだよ――にメルキア必殺『部下に丸投げ』してある。
 青い燐光灯が並ぶ下り階段を降り切ると小さな部屋。そこであらかじめ神殿の神官達が改めたオレ達の服に着替える。男女別部屋で着替え専用に神官(スタッフ)が必ず付く。ここは帝国東領として扱われないのよ。元の世界の税関や大使館みたいなもの。
 出てくると、まーカロリーネの場違い感。そりゃ外交交渉である以上は戦闘服はNG、といっても貴族のガウンじゃね。小柄だしどう見てもリセル先輩の侍女が精一杯おめかししているようにしか見えない。


 「どーせ似合って無いって言うんでしょ?」  ガン見してたら剥れられた。

 「ちょっと新鮮だったし……」  ますます剥れられた。どーゆー事?

 「『良く似合ってる』と言うべきだな。特に耳元で囁くべきだ。」

 「シュヴァルツ君、そういうのは黙ってカロリーネを傍に引き寄せるくらいで丁度良いのよ?」

 「「誰がやりますか! 木っ恥ずかしい!!」」


 両先輩の茶々に二人揃って反応してしまった。カロリーネとは同期だし親友と見られてはいるけどな。恋愛とか余り考えてなかったし。
 セーナルを讃える祝詞が響き最奥への扉が開く。其処に転位門がある。ゲームでも不思議に思っていたのよ。たかだか小額の費用だけで軍団級の部隊を好きな場所に転位できる【転位の城門】。チートじゃね? って。うん出来ない事はないんだな。今からセーナル神官によって開かれる転位門の最大稼働時間は約一時間、全力を傾ければ2000人からなる軍団を転位できる。しかし、それをいかなる国にも認めていないのがこの神殿なのさ。それだけの力がある独占流通企業であり遥か大陸西方ディファーレン連邦からメルキアを東西にぶち抜き、さらに遥か東方のノスグバンラ帝国まで絹の道も斯くやの大陸公路を管制する存在。それが、

 
セーナル神殿


 セーナル神の加護を商人に与え、信者から奉られる神殿だが元々人間族はこの神を信仰していなかった。彼はディル=リフィーナが創成される前の2つの世界、ネイ=ステリナのエルフの小神でしかなかったんだ。二つの世界が融合されたときに行われた三神戦争――2つの世界3つの世界観が激突した神々の闘い――で彼ほど上手く立ちまわった神は無いと言われる程だ。有名なのが敵対するイアス=ステリナの人間族を交易と商業利権で釣った件だろう。
 イアス=ステリナに現住していた人間族は神々への信仰はさほどでもなかったらしい。そして逆もまたしかり、イアス=ステリナの神々はそのなんとなくの信仰で十分に力を保持していた。
 しかし、この世界の創成によって今まで想像や絵本の中でしかなかった存在――魔物・魔族――が直接牙をむいて来たのに自らが信仰していた神々が信者を無視して戦争に明け暮れていたのならどうなる? 彼は此処に楔を打ち込んだのだ。
 セーナル神は自らの力だけでなく仲間の神々からすら分の悪い取引をして“力”をかき集めた。それを全て人間族の交易と商業の繁栄につぎ込んだのさ。人間に自分を信仰させることでイアス=ステリナの神々への信頼性を失わせ、彼等に向かう信仰心を奪う。たったこれだけの目的が為に講じた策が……
 融合によって交易路が断たれ、見たことも無い怪物の恐怖に怯えていた街にキャラバンが通ったのなら? 市場で物資が情報がやり取りされ、それがセーナルの聖印を掲げていたら? そしてネイ=ステリナの人間族がなんとなくではなく神を狂信し始めたらどうなるか?? この世界でも起こったんだ……十字軍という狂気が。しかも弱肉強食の世界で人の生存圏を守るという人間族誰もが正当化できる論理で。
 小さな丘ひとつ創造する程度の神力で大陸丸ごと創造できる程の信仰心が集る。彼の狡猾だったのはここから、集まった信仰心を分の悪い取引までした他の神々にまで分け与え。対価にもし人間が彼等を信仰するのならば力を――即ち魔法――を与えるよう唆す。人間族にはイアス=ステリナの神々を紹介し、もし彼等を信仰するのならば必ず見返りがあることを喧伝する。

 
劇的だった


 多数の人間族。それもエルフやドワーフなど本来の世界の“人間族”とは比較にならない量の信仰心が敵側であった筈のネイ=ステリナの神々に流れ込む。与えられた魔法は新技術として扱われ、其の恩恵が知られるな否や其の流れは止めようがなくなる。本来のイアス=ステリナの神々が気がついた時は既に遅し、なんとなくの信仰で成り立っていた本来の人間族の神々は敵である筈のネイ=ステリナの神々に信者を根こそぎ奪われていたのだ。この世界の神の強さは信仰心イコール神力、決定的なまでに其の壁が神々に立ちふさがる。

 結末はネイ=ステリナ側の神々の勝利。イアス=ステリナの神々は滅ぼされるか、封印されるか、下級神として勝者の配下になるか……惨めな結末を強いられた。

 それでもセーナル神は神々の筆頭にはならなかった。それに値する功績を得ていたのに。今までと同じように下っ端という意味の三級神として留まっている。しかし、もう彼を下っ端と呼ぶ神々はいない。蹴落とされたネイ=ステリナの神々からは掠奪者として憎まれ、同輩のイアス=ステリナの神々からは陰謀家と恐れられる。この世界における人間族の最初の守護者がなんとエルフの神とはゲームを知って驚いた位だ。


 「……何考えてるの?」  チョンチョンと頬をカロリーネに突かれて我に返る。

 「ん? 少し昔のことをね。神々の闘いとか。 カロリーネは軍神マーズデリアの信徒だったっけ?」

 「んー御祈りとか喜捨とかしてないけどね。なんとなくかな? アタシ軍人なんだし。そいやルツは鍛冶神ガーベル信仰なの?」

 「神様、いい加減だし自分勝手だからな。オレはオレの道を行くって感じ。」


 セーナル神のやり方を模倣し、このメルキアに一大信仰勢力を築いたのがドワーフの鍛冶神ガーベルとされている。神々が与える魔法術式【魔法】とは違う魔導技巧、即ち【魔導】をこの国が邁進しているのもこの神が発端になっている、……そういう欺瞞の上にこの国が成り立っているんじゃないか? そうオレは疑っているけどな。


 「へー以外、エイフェリア公爵様とつるんでいるからてっきり同じかと。」

 「彼女だって熱心な信徒て言う訳じゃないさ。半ば押し付けられた名誉司祭として説教壇で説法しているときは凄まじく仏頂面だしな。一度見るだけで話のネタになる。」

 「んじゃルツに連れてってもらおうかな? アタシなんかじゃ雲の上の人だし。」


 おぃおぃ、そのまま彼女の研究室見せてもらおうて気じゃないよな? 確かにオレ彼女に新古品の改造とはいえ高価な魔導鎧譲ったしその開発者兼改造者がエイフェリア元帥なのは間違いなんだが……今度『ファン連れてきました。』とでも面会させてみるかな??


 「開くよ。」


 カロリーネの声でオレ達三人も思わず目を細める。オレ達の前にある大型魔法陣、其の中心が縦に配した瞳が瞳孔を開くようにゆっくりと割れていく。初めに豊饒のバーニエ領、アルムーア平原の景色が見え西の都バーニエが映る……最後に此処と同じ魔法陣のある部屋が歪んで映り。その歪みが消え明瞭な景色を形作る。


 「繋がりました。元帥閣下とお連れ様方にセーナルの加護があらんことを。」


 その言葉と共にオレとカロリーネが踏み出す。理由は当然、安全確保の為だ。相手はあの陰謀家セーナル神の信徒、信用度100パーセント等存在しない。彼ら転送神官の命が関わるモノであってもだ。


 「私が行く。」

 「そこまで薄情じゃないさ。信頼はしているからな。」


 先に出ようとするカロリーネより早くオレは転位先に一歩足を踏み出した。



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