――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  節前後・戦いの準備は忘れずに、節中央・おやおやおや! ~のラプソディより)




 街に急速に活気が戻ってくる。センタクスは大陸公路の中継点、それも大陸北路と大陸南路という東西並行にラウルバーシュ大陸を貫く二つの公路が交わるジャンクションという絶好の位置にあるんだ。民心の安定と国家の保障、これが揃いさえすれば交易は直ちに再開され富と情報が集まってくる。もう第一報とそれに先立った対処は済んでいる。

 ラナハイム王国軍1000、ルモルーネ公国【コーラリム山道】へ北進

 ヴァイスハイト元帥率いる“帝国軍”二個軍団(4000)【東領首府・センタクス】を出陣、布陣予定地【折玄の森】

 正直ルモルーネ公国のアサキム公王陛下からルモルーネの帝国東領への併合は認めてもらっているし、先手を打って軍を動かしたかったけどな……それはできない。大国の面子と言うものがある。
 先手を打って保障占領すればメルキアのルモルーネ併合という侵略の事実だけが独り歩きするだろう? メルキアの弱体化を狙う各国に格好の材料を与えかねない。あくまでメルキアは保護国に侵攻したラナハイムの挑戦に受けて立つのであって、結果ルモルーネが外交上帝国東領の保護下にはいる――即ち併合――という建前にしなければならないんだ。それにオレが懸念する点もある。

 獣化幼女(コロナ)ロリコン騎士(ギルク)をどうするかと言う点だ。

 基本優秀な武将だし、分岐をオレの思い通りにする為のキーキャラクターでもある。ただどう見ても最大懸案【晦冥の雫】と関係無いとしか思えない。つまり彼女達がいなくても問題無く対抗手段は作れそうな気はするのだ。寧ろオレが悩みながらゲームルートの通り『後の先』を取ることにしたのはヴァイス先輩の心理を鑑みた故だ。

 皇帝として先輩は素質と言う危うい一面を持っている。

 為政者に光と影、双方の側面は絶対に必要だ。善も悪も等しく呑みこめなければ自滅への道をひた走る事になる。恐らくこの直後、戦死と言うより暗殺されるアンナローツェ国王もそういった人種だ。ただ先輩の場合、光より影の部分がより厄介。いつもはリセル先輩やオレ、他の皆の御蔭で光が強いが、予想だにしない場所から影が溢れ出てあらゆるものを押し流してしまう。これをせき止める心理的ストッパーがあの幼女だとしたら?

 無心で護るべき無垢なる存在

 介入しすぎかもしれないがリセル先輩に念押ししておいた。コロナ・フィルージとギルク・セクリオンを可及的速やかに保護し、センタクスに移住させるようにと。勿論彼女達の特性も話してある。リセル先輩としてはコロナ嬢は能力を除けば侍女扱いと考えてたようだがギルク氏については難しい顔をしていた。彼、ユン=ガソルの脱走将校だからな。下手すれば外交問題になるというより、あの『王妃』ルイーネ・サーキュリー嬢としては間違いなく攻撃材料にするだろう。だから、


 「よし出来た! これでラギールのアイシャ君には文句は言わせんぞ。」


 三度目の書き直しだ。いやあの獣人族の店長、結構書類に煩いのよ。本人は至極のんびりした口調でラギールの店の定番【奴隷店長】らしくないけどな。コホン、奴隷はメルキアにいない、契約店長だ。今手元にあるごちゃごちゃ面倒な文面が書かれた書類はあのロリコン騎士をラギールが雇用し、メルキア内意でルモルーネに配属したと言う“事実”をでっちあげる偽造書類だ。
 勿論ラギールの店まで巻き込む限りなく本物に近い偽物。金こそ積まなきゃならんが国家が騎士や兵士、メルキアでは軍人の教練が為にラギールの店から教官傭兵を雇うなんてザラだ。ルモルーネに教官配置で居たらコロナ嬢を人質に取られやむなく契約外のメルキアに敵対した。そのペナルティとしてメルキアがラギールの反則金を建て替える代償に彼を直接雇用するという筋書き。
 うんコロナはこの場合単なるオマケ扱いになるから魔獣に変化できる特性は表向き秘匿できる。当面先輩達の足下を駆け回る子役で良いだろう。濡れ場(エロ)? それは先輩次第でしょ??


 「どうでもいいけどさ、なし崩しにルツの信頼と軍内の空気が崩されているような気がするんだよね。」


 カロリーネ、ジト目で発言。事実上オレの独断だし其の対策、彼女に丸投げしたからな。その原因は彼女と相対する位置で命令書と兵站物資の精査している女性、もちろんシルフィ・ルーことシルフィエッタ・ルアシアだ。


 「あの……私、席外しますから。」

 「いい! 其の資料は軍機なの!! 此処でしか扱えない物なの。解る!? アンタが軍機を犯せば全部ココの千騎長が責任とらされるの!!」

 「は……ハイ。」


 厳しくオレを指して説教するカロリーネと縮こまるシルフィエッタ。状況は愚か、双方の内心まで読めてしまうのは伯父貴に先生と厳しく教育されてきた賜物だ。厄介な事にこの場合、シルフィエッタの方が場を乱している。そう部隊内のシルフィエッタへの悪感情を一身に背負い、その捌け口とばかり彼女を指弾するカロリーネよりもだ。
 同じ女性、それでも娼婦と女性将校では思考のスタンスが違う。比較的健全な軍国主義国家であるメルキアでは上意下達という命令系統でも意見具申や理が通る上官批判、挙句に軍法に抵触しかねない独自判断すら平気で行われる。
 特権階級出のオレですら晒される荒っぽく無遠慮な御出迎えは数知れない。聞かずとも理解しろ理解できなければ無能という競争社会だ。特に女にとってそれは著しい。だから女性将校は男性的な行動原理に支配されるようになる。いわば男勝りが多いってことだ。
 シルフィエッタの様な娼婦は逆、相手を饗すことが仕事。相手の考えを読み、結果的に相手の望まれる存在になる。常に思考が受動的なんだ。つまり女性より女性らしくあらねばならない。元の世界じゃカロリーネの方が世間から弾かれかねないだろう? だがここは男性より女性が多い世界で其の女性同士が激烈な競争を行っている軍内部だ。シルフィエッタの今の反応は大半の女性将校や女性兵士にとって単なる『ぶりっ子』でしかない。しかも彼女、元からの性格なのかそういった環境に流されやすいんだよな。カロリーネから忌避や嫌悪が出る前に止める。


 「そこまで、カロリーネ。オレの隊の編成はどうなってる。まだ書類が回ってきていないが?」

 「……失礼しました。直ぐ揃えます。」


 憤懣冷めやらぬのか乱暴に椅子に座ると書類に没頭開始。シルフィエッタにひとつふたつ注意しようと言葉を選んでいると廊下から足音荒く――軍靴というよりハイヒール?――迫ってくる音。伝令か何かか? と考えた途端にバタンと扉が開いてスカートたくし上げたソレが飛び込んできた。

 「隊長! 助けてエェェェェェ!!」

 いくら外観が変わったと言っても()の特徴的な瞳、右が翠蒼色、左が赤褐色――オッドアイ、または虹彩異常症というヤツだ――で誰かは解る。だがオレ以下全員目を点にしたのはどう見ても彼女(・・)だったからだ。…………それも花嫁衣装で。


 「やベ、執務室にはいりこまれたじゃん。」

 「だから泣くまでやらせなくたって。」

 「シュヴァルツ千騎長殿なら逆に襲っちゃうかも。」


 追っかけてきた10人余りの女性士官や女性兵士達がこっちを覗き込んだ途端こちらも固まる。オレの視線の前には執務机を蹴り倒して仁王立ちするカロリーネ、勿論彼女の視線は開け放しの正面扉だ。――ちゃんと最後のセリフの主を覚えておく。十騎長の集まりで見たはず。オレは同性愛者じゃないわ!


 「き・さ・ま・らあァァァァツッ!!!」

 「げぇ!」

 「さ、最悪。」

 「逃げろ逃げろ!!」


 脱兎のごとく逃げ出す将校その他とそれを猛追するカロリーネ。先程以上の轟音をしかも軍靴で残して部屋から遠ざかっていく。彼の直属の上官はカロリーネだからな。こんな仕打ちを部下にさせられれば怒り出すのも当然。彼、ソリタリア十騎長と初めて会った時オレですらぶったまげたのよ。

 ゲームと違ってオトコじゃん! しかもドントロス閣下の甥御さんだし!!

 いや、レイムレス要塞戦の時、妙に腕達者な魔導砲騎士がいたんで閣下の所から引き抜きしたのよ。本来同家庭の者が同部隊にいるのはメルキアでは忌避されている。情実の元(えこひいき)になり易いのと、万が一部隊が全滅した時に一家から多数の死者を出さない様にする為だ。だから今まで教練配置でドンドロス閣下にとってはオレの引き抜きは渡りに船だった訳。しかし会ってみてオトコ以上に驚いたのは。

 どう見ても美少年じゃん! 男の娘なんて初めて見たぞ!!

 この状況から察するに元の世界のお姉さま方の趣味に通じる何かの対象にされたのだろう? あーあー、化粧までさせられてぱっと見美少女にしか見えねーわ。しかも下着までウエディングドレスモードと言う事はナニさせられていたかも想像がつく。初対面で初心だなぁと思えたし。ぼりぼり自分の緋頭を掻きながらバッサリ断言してやる。


 「建前上は似合っていると言うべきだな。だが、とっととオレの部屋で化粧落として軍服に着替えろ! オレの予備を使ってよし。……だから、その『うるっ』とした表情も消せ!  前だけでなく後ろまで襲われたらドントロス殿から予備役送り(クビ)だぞ!!」

 「ヒッ……ハイッ!」


 此方も脱兎のごとくオレの私室へ駆け込む。6ケレーもあるオレの軍服着たらこれまたお姉さま方の趣味にされそうだが花嫁衣裳よりはましだろう。部屋だって殺風景なものだから多分大丈夫。変な物の筆頭、某宇宙戦艦の模型はこっちの魔導戦艦の亜種とでも言い逃れるか。気配を感じ、半眼お口凸字型不機嫌モードの顔を作ってから廊下の天井を見上げて言う。


 「で……お前が主犯か? アンナマリア??」


 天井に張り付いていた。――ネール氏族は天馬エルフの異名通りペガサスを扱い、エルフの中でも群を抜いて俊敏だ。その長い耳で執務机を蹴り倒すカロリーネを察知し、天井に逃れたのだろう? ――彼女がストンと床に飛び降りる。


 「違いますよ。私は正義を遂行していたまでです。」


 謎発言にオレも後ろから近づいてきたシルフィエッタも首を傾げる。アンナマリア、オレとシルフィエッタの前で人差し指を立てて断言。


 
「可愛いは正義ですっ!」



 ――――良い天気だ。こんな良い天気の日にはきっとバカが湧くに違いない。もう集団発生してるけどな! と、後の莫迦王に対するヴァイス先輩の内心を吐露しても仕方が無い。正直急ぎたいけどカロリーネから書類が回ってこない。しかも本人も消えちまった。顔を戻し片方の扉を閉める。


 「丁度良いか、少し休憩しよう。」


 廊下の窓をはめ込んである壁籠に腰掛ける。茶を用意しようとするシルフィエッタを抑えてこっちに来させる。アンナマリアもずけずけと隣に座った。こういうのだってこっちじゃ女のアピールの一つ。自分は気がありますよ? な意だ。双方エルフと言うだけ他にも何かありそうだけどね。


 「さて、シルフィ君。君が何故疎まれているか感情面を除くなら解るかな?」

 「どういうことです?」


 アンナマリアの質問に先程のやり取りを説明する。いきなりアンナマリア合槌をうって一言。ありゃ、考えさせるつもりなのに先言っちゃ駄目じゃないか。


 「あーそれはダメですよ、シルフィさん。そりゃ娼家(むこう)がそういったのが必要なのは解りますけど相手の難癖まで斟酌する必要はありませんよ。皮肉の一つも言い返さないのであれば傲慢でもなんでも胸を反らすべきですね。」

 「でも、それではカロリーネさんが余計に怒り出してシュヴァルツ様に迷惑がかかるのではないでしょうか?」


 おずおずと反論するシルフィエッタに再び人差し指たててアンナマリア断言。


 「そこでカロリーネがヒートアップしたらシュヴァルツ閣下が止めに入ります。それでも止まらないならば軍法会議直行ね。感情で上司の指示を無視する無能はメルキアに不要ですっ! それにカロリーネは其処までバカじゃないと思うよ? 自分の稼ぎで家族食わせていた身だからね。」


 「さり気無く皇帝陛下の口癖そのままだな。」


 オレの茶々に今度はこっちを向いて自説展開なアンナマリア。なかなかに狡猾な政治的発言。ジルタニア皇帝の意思を重んじながらどっちに附いているのか明言してくる。


 「そうですか? 私としちゃジルタニア陛下はしっかりとした方ですよ。これだけの国を統率する以上、トップも其の下の文武官吏も無能じゃ務まりません。ヴァイスハイト殿()下やシュヴァルツ閣下は思うとこあるようですけど国を率いるってそういうことですよ。」


 「自分の正義と皇帝陛下が相反したら?」

 「軍辞めます! それが正義と言うものです!!」


 最後思わずずっこけたがこれはこれで正しい。隣のシルフィエッタは目を丸くしている。メルキアの場合支配と被支配は固定で無く流動、それも契約に近い構図だ。人類みな平等なんて不可能だし妄想でしかないが、人間の都合で神の名の元、差別が固定化されるのは中世封建の証だ。そこからメルキアは脱却しかけている。流石に最上と最下じゃどうにもならんけどね。娼館でオレがシルフィエッタに大見え切ったように支配者が啓蒙的というなら解る。しかしシルフィエッタにとっては一軍人でなおかつ同じエルフ族のアンナマリアまでそんな事を平気で言うのは余程衝撃的だったのだろう。


 「シルフィ、下を見てみろ。」


 覗きこんだセンタクス城下、再陥落以後、城下の復興は猛烈な勢いで進んでいる。機械化もされてないファンタジー世界が何故とも思えるが、例一つとっても建築物の資材をセンタクス城下まで運ぶのにゴーレム使うしな。この場合ゴーレムが資材を運ぶのでなく、資材がゴーレムと化して大挙センタクスにやってくると言う意味だ。しかも熟練の魔術師がゴーレムに制御を打ち込んでいた場合、建設現場で資材ゴーレムが即座に変形して建造物になり、ゴーレムの駆動核は勝手に吐き出されて次の資材ゴーレムの中枢になるという元の世界の土建屋も真っ青な建築技術だから恐れ入る。
 集合住宅、魔導兵器研究所、魔法兵器研究所、各種公営斡旋施設……さらに今後ユイチリ達が暮らす筈の杜まで…………これだけの建設能力は単なる物量や技術では成し得ない。それの根本たる民の力が結集し一方向に向けて驀進しているからだ。そう東領再興、メルキア不敗不滅という民の意思によって。


 「最終的には上の判断で一元化されるが議論や論戦、挙句に鍔迫り合いになったときの駆け引き(ワイロ)までメルキアは肯定してる。どんな人間も這い上がる為に努力を惜しまないことがメルキアをアヴァタール最強に押し上げる原動力なんだ。キミの国はトップだけが最強で良しとしていた。上どころか下たる被支配の種族ですらね。それがキミの国が滅び、この国が栄えているという証なのさ。」

 「でも、それはこの国の人々が絶えず努力し続けているからでしょう? もしその努力に差が生じてしまったら、もし人々が努力を止めてしまったら。」

 「其の時は滅びるの! 皆が前に進み続けるからメルキアは正義を掲げられるの。私がこの国を気に入っている理由。……何あっけにとられているの両方?」


 いやシルフィエッタが呆気にとられているのは仕方が無い。しかしアンナマリア此処まで人間社会に毒されている……でなくて慣れているとはね。エルフ族は基本森に篭り外界とは関わらない。極例外の変わり者が森から出てくる。彼女はその典型か、純粋に褒める。


 「驚いたな、アンナマリアは為政者としての素質もあるんじゃないか? 正義感もあるし統治の心構えも知ってる。」


 確かに彼女のゲームでの政治能力値は高い。実際占領地の行政官に抜擢しようと考えているからな。裏方で悪を呑みこめる器を持った副官――例えば現ザフハ部族国首長アルフェミア・ザラ――と組ませるとか。そうするとアンナマリア手をパタパタ振って否定。


 「むりむーり! 私達の統治感覚で人間族を統治なんて絶対に出来ないよ。そもそもルア(・・)氏族じゃないしね!」


 ルア? あれ確かにエルフの統治種族はどの森でもルーン氏族の筈。とみるとアンナマリアにんまり笑って軽くシルフィエッタを指す。


 西方テファール訛りでルーン氏族はルア氏族、それほど精霊従えているならモロバレだよ。ラティール氏族やリュリ氏族、私達ネールじゃ絶対に無理! リガナール辺りからの亡命王族かぁ。」


 あ……そういうこと(カマかけ)か! しかもコイツ、オレがルーン氏族である事を匂わせているだけなのに其処まで読むかフツー。これじゃシルフィエッタの素性がばれるのは時間の問題。どうにかせねばと思うより早くアンナマリアが先回りしてくる。


 「秘密にしとくよ、実際シルフィさんが統治種族だったら私達は否が応でも彼女に応えなきゃならない。それはメルキアでいらぬ混乱になるでしょ? 私達にとっては自然でもメルキアの中に国家(メイル)を作ることになっちゃうからね。」


 ついでにアンナマリアは事情を説明してくれる。どうもメルキア国内にはルーン氏族のエルフはシルフィエッタだけらしい。其の彼女がオレに囲われているとなるとメルキア中のエルフはシルフィエッタを象徴にオレに至誠してしまうらしいのだ。幼少の天皇とその摂政・関白みたいなものだな。オレに命令権はないがシルフィエッタを保護する担保にエルフ達は彼女の名の元オレに最大限の便宜を図らねばならないらしい。
 確かに不味いな。公になればメルキアに二重権力構造を生みかねないし、リセル先輩がますます追いつめられることになる。シルフィエッタは何も言わない。言いたくもないだろうし今の権力嫌いからすればそんな事態になったら即逃げるだろう。考え込むオレにあっけらかんとアンナマリアの追撃、


 「……ということでもう一個小隊分天馬騎士増やしてくれませんか?」


 セ、セコイなぁ全く! まぁいいや、潮時だし次回の援助措置でディナスティから回してもらう事にしよう。天馬騎士は戦闘以上に連絡や偵察に役立つ。オレにとっての切り札の一つだ。溜息をつきつつ承諾するとアンナマリア御機嫌でカロリーネ連れ戻してくると去っていった。シルフィエッタは未だ無言で考えている。


 「メルキアが最善じゃないさ。この国だって深刻な問題をいろいろと抱えている。だけど、前に進み未来を切り開く事を国民の大半が意識しているだけ良いんじゃないかと思う。シルフィ、君がもし国を創り直す事で贖罪したいのなら、国民を創る事をまず考えてみてくれ。」

 「私は…………。」


 それっきり彼女は押し黙る。それでも彼女の瞳は眼下の街から離れる事は無かった。





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(BGM  影の取引 戦女神MEMORIAより)



 カロリーネが自分の後始末をオレのダボダボ軍服着たソリタリアに手伝わせてやっている隙に――本来十騎長が機密事項覗くと不味いんだがメルキア必殺・部下に丸投げでカロリーネが教官役だ――寄っておくべき場所に移動、これからメルキアの版図は信じられない規模で増大していく。オレと同格の千騎長だけで後二人、百騎長だけで10人は欲しい。ゲームで使えると解ったネームド武将は敵味方構わず抜擢措置したい位だ。部屋の前、二人の門番がいきなり斧槍をクロスさせて道を塞ぐ。


 「どうした?」

 「失礼します。現在レイナ様が誰も入れるなと。」

 「そうか、では待たせてもらう事にしよう。」


 奥からいつもののんびりとした声が聞こえてくる。先程連絡しておいたからな。


 「いいわよ〜、部下の状態を上官が把握しとくのも任務のうち〜〜。シャンティには箔の一つもつけとくでいいんじゃないかな〜?」


 女性兵士の二人が斧槍を定位置へ戻し片手で略礼を行う。オレとシルフィエッタが入ると扉が閉められ外の閂とレイナの封扉の術が掛る。部屋の中には雑然と魔法具が置かれ、床にはシーツがかけられたシャンティが目を閉じて横たわっていた。


 「結果は?」     オレの単刀直入な言い方にレイナデリカ百騎長は渋い顔で一言。

 「ヴァイスハイト閣下の真似されても困るけどさ〜。も〜ちょっと風情もたせようよ〜。女の子の裸拝めるんだよ? シャンティちゃんも覚悟決めてるのに『結果は』じゃ泣いちゃうよ〜。御世辞くらいは常識〜〜〜。」


 と、言ったって本人魔術で意識切れてるじゃないか。レイナはのんびりとした口調ながら手早くシーツを捲りあげる。女の素っ裸なんぞ見慣れているから気もしないけど彼女からしたら一大決心だからな。持ってきた参考文献を開きシャンティの女性としては未成熟な裸身、その上にびっしりと描かれた魔法陣を睨めつける。一緒についてこさせたシルフィエッタは何を思ったのか唇を噛んでいる。どうしたのだろう? 
 説明を始めたレイナデリカに耳を傾けながらオレは拳を握りしめ後悔に念に囚われた。甘かった! あの神殺しの剣技だ、簡単に習得できるとは思えないがそれほどの代物だったとは!! それに気付かずレイナは最後簡単に話を締めた。


 「…………でも、シュヴァルツの言った通りね〜。やっぱり彼女普通の人間じゃ無い。魔力素質が血脈から後付け増強されてる。それに体が付いて言ってないんだよ。だからこそ飛燕剣の初動まではトレースできるんじゃないかな? 属性は恐らく地脈なんだけど封入した存在は間違いなく超常の域にある者ね。彼女自身は聖騎士の末裔なんて言ってたけど何に魅入られたのかな〜?」

 「聖騎士どころか魔族、それも高位魔神級ってとこだな。」

 「何か知ってるなら最初に教えてよ〜。ヒキコモルぞ〜。」


 レイナは間延びした声をあげているのなら問題ない。怒り出すと大概声が低くなる。といってもそのままいつものヒキコモりやられても面倒だからさっさと答える事にする。このディル=リフィーナでは神殺しの裏に隠れて見えないが彼女は魔神という尊称すら生易しい。彼女が元の人間族の世界(ネイ=ステリナ)に漂着した事でこの壮大な歴史が始まったともいえるんだ。何故か向こう側を舞台としたゲームでも先生として参加しているくらいだしな。


 「恐らく地の女魔神【ハイシェラ】。」

 ケレースの覇者……かぁ〜。これは私如きじゃ無理〜ってあわわわわ。」


 床の魔法陣が明滅を始めるのを見て慌ててレイナが魔力を送り込み始めると同時に、隣が厳しい叱責を浴びせた。


 「レイナ様! あなたはなんて無茶を!!」


 机の上の染料壺と筆、それにチョークをひったくるとシルフィエッタが床に魔法陣を書き加え始める。恐ろしく声低くしてレイナが呟く。


 「アンタ部外者、死にたい?」

 「そんなものは後です! 封環析出の儀をこんな適当な魔法陣だけで!! レイナさんはシャンティさんの魂魄への精霊力逆流をせき止めて! できないなら下がっていて!!!」


 絶句、いやオレ確かにリリエッタに経験のある魔法術式者をリクエストしたよ? 彼女としてはシルフィエッタを押し付けるつもりであんな無理難題をやったのかと思いきや、素人目からしても解る。彼女本物の魔法術式者だ。恐らく超一級の。
 一時的に顔を顰めて荒く呼吸を始めたシャンティの容体がみるみる収まっていく。パンという小さな音と共に彼女がぼんやり眼を開いて右のシルフィエッタ、左のレイナデリカを交互に三度行き来し、最後に中央のオレで視線が固定。
 部屋中に絶叫植物の音声攻撃(キーニング)が響き渡ると思いきやその前にシルフィエッタとレイナが口抑えてくれたおかげで『むーむーむー』で済んだ。くるりと後ろ向いてフォロー開始。レイナの言葉にも一理あるからな。


 「シャンティ、眼福モノだったがもう少し体鍛えろとのレイナの見立てだ。今のままじゃ飛燕剣はとても使わせるわけにはいかない。」

 「「「…………」」」


 ん? なんか微妙な沈黙が。恐る恐る振り向くと、シルフィエッタにレイナデリカ……何深々と溜息吐いて。てコラ! 二人とも頬つねるな引っ張るな!! でなんでシャンティ涙目!?


 「シュヴァルツ様はリリエッタ様始め娼家で教導されたと聞きましたがどういうことでしょう? フォローにならないどころか公開処刑されたいんですか??」

 「さ〜っきまでシャンティ『普通の女の子より筋肉付いているから』って恥ずかしがっていたんだよね〜? 今日なんてぇ〜お昼御飯も朝御飯も全然喉通らなかったみたいだしねぇ〜〜。それをルツはど〜してこ〜う魔焔爆発(ゆうばく)させるかなぁ〜?」

 「うっ……ふぇ……ひっく、ひぃつっくぅ!」

 「わはぉああぁぁぁっ! 泣くなっ。悪かぁった!! 綺麗だった綺麗だったから泣くなおあぁぁっ!!!」


 何故だ! 何故女心というのはこう複雑なんだ!! もーなんとかしてくれこの女性軍人社会!!!




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(BGM  欠けた心 魔導巧殻より)




 少なくともゲームで神殺しに飛燕剣を教授願ったカウラ・フレンジー嬢クラスの実力(チート)がないと通常の人間で飛燕剣を放つのは自殺行為ってことか。それでも神殺しからすれば盗め以上の事が言えなかったことから最早あの秘剣の伝承は不可能。

 故に神殺しの剣技

 ある意味シャンティは体が出来ていない事でその自殺行為にあらかじめストッパーが掛っていたんだろう? 体育座りして落ち込んでいるシャンティを見ると慰めの言葉でもと考えてしまう。


 「気にするな、シャンティは良くやっている。事実ラナハイム戦が終われば十騎長昇格は内定させてある。オレとしてはカロリーネに前線も担当してもらう以上、護身の剣はキミしかいない。そう考えている。」

 「ほっといて下さい…………。私に、私にもっと力があれば……。」


 モロにショック受けてるなぁ。自分の剣技が伝説と謡われる飛燕剣ならば研鑽を続ければ何れ……それが人間の限界故に使えば命を失うという呪われた剣技になってしまった事を。ここは元の世界の武士階級のように例え死しても名誉を求めるといった『もののふの美学』は無い。
 其の一生を賭け金にどこまで己を立てられるか物質的な観念が強い【年季奉公騎士】にとってメリットを超えるリスクを確実に発生させる今の飛燕剣は騎士としての死亡宣告と同義か。あの神殺しと同門でしかも彼の師である兄貴分(ダルノス)はいったいどうやって飛燕剣を使いこなしていたのだろう?


 「シャンティさん、力を持っても貴女は其の剣技を振う事は出来ません。何故なら貴女は未来に怯えてしまっている。シュヴァルツ様? 貴方は先程、前に進み未来を切り開く事を人が意識できるからこそメルキアは発展し繁栄している。そう、おっしゃいましたよね? この子は前にある巨大な谷間に足が竦んでしまっているだけなのです。」


 シルフィエッタの慰めにシャンティが顔を紅潮させて怒り出す。彼女から信じられない悪罵が迸った。


 「何勝手に! アンタ何様のつもり!! たかが売女が!!!」


 それにもかわまずシーツだけ纏ったシャンティをシリフィエッタが抱きすくめる。もがこうとするがシルフィエッタは頑として抱きすくめ彼女の緑髪を優しく撫でる。


 「いいの、それでいいの。初めての試練に出合った時、女はみんなそう。私はそれを見ただけで諦めてしまった。でも貴女は諦めなくてもいいの。」


 危険を感じた。オレは即座に話に割って入る。


 「贖罪なら止めろ。君の境遇には同情するが安直な同情心で力を使われても困る。シャンティとメルキア、どちらを取れと言われればオレは即座に後者を取る。例えお前達を殺してでもオレはメルキアを滅ぼすことはさせない。」


 シルフィエッタは確かにそれだけの力がある。あのエルフ語の祝詞の様に真に彼女が求める事は叶えられるのだ。彼女の五体に満ちる魔力は奇跡すら顕現させる。エルフの守護神ルリエンと彼女の同僚が座する緑の七柱、その恩寵を受ける彼女を魔人イグナートが求めたのは必然と言っていいだろう。そんな奇跡をこのメルキアで使ったらどうなるか? エイダ様の恐れる神の大地を現出させてしまう事になる。最悪メルキア全土がエルフの国(メイル)に形質変化してしまう可能性すらある。彼女は解っているように首を振る。


 「それは私が故郷を逃げ出し、追放された時に封じられました。二度と間違いを犯さない様に。私が彼女を救う術は他にあります。」


 きっぱりとオレの顔を見て宣言する彼女は美しかった。いや、上っ面でも女としての美しさでもない。――あぁそうか、彼女は母親だもんな。


 「シルフィさん、貴方何者? 支配種族(ルーン)にしても異常すぎるよ。馬鹿げた魔力だけじゃ説明できない。」


 呆然としてレイナが言う。頃合いだし、レイナなら黙ってくれるだろう。オレは静かに彼女の真名、そしてリガナールで悪意と共に語られる彼女の蔑称を言う。そうか、彼女をヒロインとしたタイトル名でもあるなぁ。懐かしさのあまり自然と言葉が零れ出る。


 「シルフィエッタ・ルアシア、リガナールの【冥色の隷姫】。」

 「…………マジ?」

 「まじ。」


 そりゃレイナ程の魔術師になれば知ることになる有名人だしな。シルフィエッタに聞いた事があるが彼女は其の存在の格としてはルリエンの神格者より上、神の子に等しい。光陣営の神の子が闇に堕ち、リガナール半島を混沌に突き落としたなんてそれこそエルフ族全体で贖わざるを得ない程の大醜聞だ。レイナがなんとも言えない顔をして返事返してきたけど最後は声が低くなる。


 「で、シュヴァルツの愛人だと相当不味い事にならないかな〜? ……リセル将軍死ぬわよ。」

 「だから困ってる。最悪そうなりかねいからな、伯父貴は笑って誤魔化していたがオレやヴァイス先輩が期待以下なら躊躇無くその手を使うだろうな。」


 これでレイナは理解するだろう。東領そのものが南領の血族的な傀儡でしかない現状と、それを許さず自立の道を歩ませようとする伯父貴の内意に。東領トップが教え子、副官が実娘、参謀役が甥となればメルキア内は元より諸外国からも伯父貴は帝国南領と東領を軸にメルキアから独立を考えているのではないか? という疑念を抱かせようとしている事を。
 メルキアを生かす為に他全てを道具として扱い、諸外国から己が反逆者の誹りを受けようともメルキア弱体化を餌に大量の援助を掠め取る。これが愛国者という魔物だ。不出来な甥と違って伯父貴は優秀という証。だからこそ安易に死んでほしくない。今までのオレからの発言を考えてレイナが政治的発言を行う。最後には皮肉も一つもつけてきた。


 「だから無理矢理引き抜いて愛人という体裁の秘書官かぁ〜。諸国には東領と南領に特別な関係はないと言い張るんだ〜。シュヴァルツはてっきり色仕掛けで転んだだけかと思ったよ〜?」

 「ないない、それはない!」    必至に否定。でも横から、

 「あら? 娼館中に聞こえる大演説の挙句、下半身暴走して交渉どころで無くなったのは誰なのでしょう?? その後も散々に啼かされましたし。」


 痛、痛い! シルフィエッタ娼館内のお話はルール違反でしょ!! シャンティはジト目で、レイナに至っては意味ありげな視線で責めてくるし。ここにカロリーネいたら絶対首かっくんが来る!!! もーシルフィエッタすらオレの反応見てクスクス笑っているし。


 「と! 兎に角、どうするつもりなんだ? 正直シャンティに飛燕剣を使わせるわけにはいかないぞ。オレだって研鑽すれば何とかなる位の甘い考えだったが即死前提の剣技なんて使わせるわけにはいかない。正直今の速さでも十分な位だ!」


 またシャンティが半泣きモードに突入、えーいどうしたらいいんだよ!!

 「手はあります。イグナート様の為に何度も行い、それでも足らず彼が私の真の力を求めてしまった故にザルフ=グレイスは滅びたのですから。今更躊躇はしません。」


 彼女が自分の下腹部を撫でる。オレの背中に悪寒が走った、頭から魔術に関する外法(きんき)、ええいやたら難しい単語で思い出せん! いや……その前にレイナの声が割り込む。


 「冗談! シルフィエッタ、貴女正気!? 禁呪の【賦胎練成の外法】を……」


 それ以上声にならない。口をパクパクさせ絶句して声がそれ以上出てこない。おや? レイナもう『様』付けかよ。まー仕方が無い、彼女も優秀な魔術師だがシルフィエッタは存在そのものが魔法と言っていい。基本、現人神と同じで信仰の対象なんだ。――真実は彼女が力導く替え玉、本体は偽装された弟(いもうと)なんだが。


 「レイナ様、それは人族の禁忌でしょう? 私達ルリエンの僕が恐れるのは神の禁忌です。だから私は罰を受けたのです。」

 「あの、えっと……?」


 ハテナマークを多数頭の上に浮かべて首を捻るシャンティは無理も無い。そもそも禁呪の類をレイナが知っているだけでも凄い事なんだよ。メルキアの知識集積力は低くはない。帝都を始め西領にも帝立図書館があるしな。重要な地位にある者には禁忌を覗き、それを順守する義務が課される。それでも百騎長如きが簡単に閲覧できる代物じゃ無い。
 オレは強制刷りこみ、【知っている】で見境なく提案してたら伯父貴から雷が落ちた。殆ど特例で聴講生として帝室学院に放り込まれた位だ。


 「レイナデリカ百騎長、魔術審問法禁呪項、楷書。」

 「は……了解〜。」 


 語尾が伸びたが彼女の目が笑ってない。一歩間違えばディナスティの間諜に引っかかり南領憲兵隊が送り込まれる類だ。ここに伯父貴の恐ろしさがある。外面で売国奴、内心で愛国者、意思で執行官、伊達に10年前の皇帝暗殺未遂事件を捜査した元帝国監察官ではない。オレも注意深く言葉を選ぶ。


 「この場合、帝国百騎長レイナデリカには規約内禁呪施術者、帝国十騎長補シャンティは禁呪物品被験者として守秘義務が課される。シルフィエッタ・ルアシアに関しては禁呪媒体者としての責務を含めシュヴァルツバルト・ザイルード千騎長が其の指導責任を負う。」

 「了承します。シャンティは? 前に進みたくないならここで打ち切ることもできるよ。逃げられなくなるからね。」

 「私、了承します。私の剣技ここで折れるくらいだったら!!」


 レイナが結界魔術を行使しこの部屋一帯が外界と隔絶される。といっても次元とか空間規模ではなく五感感覚でだ。レイナも落ち着いたのか口調が元に戻ったな。手短に話す、詳しく話したら此方も吐き気がする類の知識だ。


 「【賦胎練成の外法】、魔術行使者自身を利用し練成を行う性魔術と賦与魔術からなく複合型禁忌魔術、練成したい物品や生体組織の素材を練成者の胎内で練成し産み落とす。故に妊娠できる女性の躯が必要な魔術だ。基本その反動に肉体が耐えられず練成者は即死する。死亡主原因は胎盤及び下腹部の破裂。」

 「ヒイィィッ!!!」


 先程の威勢は何処へやら事務的に述べても余りの悍ましさにシャンティが嗚咽と共に耳を塞ぐ。絶叫をこらえたのは大したものだがこんな禁呪、精神操作した生贄でも使わない限り絶対に無理だ。
 レイナも顔が青い。命を育み、育てる女性の中枢をモノ扱いするなんざオレのいた世界だってド外道の極み。シルフィエッタがソレを連続して使えるのはある意味必然。ゲームでもある様に過剰なまでの魔力がルリエンの『神の子』として無意識でも彼女を生かすからだ。


 「で……シルフィエッタ、何回やった?」


 ザルフ=グレイスで玩具同然の実験道具として扱われていた過去を穿じくり返す言葉、オレの一種事務的で尊厳すら踏み躙る質問にシルフィエッタは寂しそうに答えた。


 「覚えていません。それくらい私は“使われた”のです。あの子(セオビット)がいなければとっくに私は壊れていたでしょう。でもそれを使えばシャンティ様の剣技の反動は抑えられます。肉体の時前強化と反動で起こる肉体組織破壊の急速再生……神楯の秘紋と回生の妙薬……それに血廉の癒手それらを練成すれば…………。」


 おぃおぃ、それだけで指揮官付きでラギールから傭兵一個隊雇える金額じゃんか。無理じゃないけどオレのポケットマネーでも大出血扱いだぞ。勿論シャンティの雇用金額以上だ。そんなオレの考えを余所に、


 「待ってよ、ちょっと待ってよ!!」


 悲鳴のようなシャンティの喚き声が木霊する。シルフィエッタを侮蔑視線で避けていたシャンティが彼女まで四つん這いで近づいて訴える。


 「私そんな事頼んでない! そんな恐ろしい事しなくていいから!! 私我慢するから、自分でちゃんと技を磨いて一流の騎士になるから!!!」


 シルフィエッタは涙を溢して吐血するように叫ぶ彼女を優しく抱きしめ頭を撫でる。


 「ね、貴女は神殺しの話を知ってる? あの人は世界の敵として蔑まれながらも己の大切なものの為に剣を振い続けている。あの人が、あの人だけが使える飛燕剣、それを継承できた貴女がこの世界でどれほど望まれているか解る?? シュヴァルツ様の力になってあげて。私は其の為に踏み台になるわ。」


 あぁやはり彼女は聖女(ははおや)だわ。彼女の腕の中で嗚咽を上げ続けるシャンティを抱きしめ頭と撫で続ける彼女を見てオレは決意する。【この世界の主人公】、しかも今の時代では消息不明。ダメ元でも彼女の為(シャンティ)(かれ)を探すべきだと。しかし驚いたな。


 「シルフィエッタ、その口ぶりから察するに神殺しと会ったようだがどんな人物だったか教えてくれないか?」


 確かに彼女の物語では特別参戦という設定で登場させることができる。オレの決意を補足する為に彼の人物像を知っておきたい。この世界の主人公故ゲームで察するところは大きいが、直で会った人物が目の前にいるのなら聞かずにはいられない。


 「銀髄珊瑚の森(トライス・メイル)、白銀公の情夫でもありましたからエルフ諸氏族では有名な方ですし、会った時にリガナールの混乱を見かねて助け出すとまで私に言ってくれました。結局、私はそれを振り払ってしまったのですけどね……どんなに恐れていても、どれ程憎んでいても、イグナート様は私の夫でした。たとえイグナート様がそう思っていらっしゃらなくても。愚かな女とお笑いください。」

 「臆病の理由は慎重の裏返しと言ってもいい。もし君が神殺しに身を委ねていれば三神戦争の再開になっていたかもしれないからな。」

 「?」

 「気にしなくてもいい、独り言だ。」


 そりゃ神殺しが後の世に姫神の使徒(エクリア)にせよ戦神の聖女(ルナ・クリア)だの娶っただけであの大騒ぎだ。それ以上の格とも言えるルリエンの神の子なんて娶ったらどうなるか? あの神殺しセリカ(かんがえなし)、自覚が無いせいでホント世界はタイトロープヒストリーだよ。


 「で……レイナ、伯父貴に早速伝えてほしいんだが。」

 「この千騎長また悪企みする〜。ナフカ様いってたよ〜、悪辣だけは天下一って〜。で……元帥閣下に何頼むのさ?」


 そりゃ決まってる。オレの策動にも使えるからな。望み薄だが彼に一時でも国主という経験を積ませることで後の歴史が大きく変わる。当座は彼しか使えない筈の剣技をシャンティに僅かでも継承させることだ。にっこり笑って答えを紡ぐ。


 「神殺しの居場所。」

 「元帥閣下過労死させたらナフカ様に御鎌(オカマ)にされっぞ〜。」


 思わず四人とも笑いだし、やっと雰囲気が戻った。




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(BGM  指揮者はこの地に降り立つ ~のラプソディより)


 下半身は通常の軍装、上半身だけ濃緑の短衣の上からエイダ様が贈ってくれた新型の魔導鎧を装着する。胸鎧、肩鎧、腕甲まで覆う上半身部分鎧タイプ。鎧としてだけでなく自己浮遊、装着者の機動をブースター補助する優れものだ。さらに右腕にはレイムレス要塞戦で破損した魔導砲楯に変わる新型魔導砲楯を装備。今までの使い捨て式魔焔充填筒だけでなく魔導鎧背面の小型魔焔炉と連動してより強力な障壁を発生させる。合わせてエイダ様渾身の力作、魔導鎧、ファレーズ・ド・ノワール――思わず笑った。元の言葉で漆黒の絶壁か。
 黒がメルキア帝国の国色にして皇帝色。エイダ様は知らない筈だが、意訳すればメルキアの威信をオレが纏えと言う事になる。
 左腰ホルスターに魔導拳銃エケホース/、帝国の最新鋭魔導拳銃だが良く見れば神殺しの第三使徒(シュリ・レンツェン)の愛銃じゃないかと思わず無理して取り寄せて頂いたものだ。その横にはずらりと各種特殊弾頭とオレの命綱魔法薬類が並ぶ。その上から将官用の外套(サーコート)、頭には魔力探知用の額冠はお馴染。

 
準備完了


 私室の扉を開け、下の階に降りていく。途中でシャンティと合流、彼女も軍装の上から限界まで軽量化された鎧を身に付け呪鍛長剣(イウリスソード)を吊るしている。あぁユン=ガソルの『将軍』に影響されたな。さらに彼女は二の腕に魔法薬用のホルダーを巻き付けている。その辺りから覚悟を感じた。禁忌に頼ってでも迷わず己の剣技を振り抜く事に。うん、其の覚悟こそが未来を切り開く、そう信じたい。
 階下でカロリーネと合流、今までとは違い今度は彼女も百騎長として指揮官の身、魔導鎧を身に付け、今までの剛槍を一回り大きくした【魔導槍】を片手で持ち敬礼。魔導槍騎士は帝国の精鋭たる証、自分の夢をかなえる為、そして閉じ込められた家族を救う為、自らに克つ。其の意思も露わに左後ろに附く。
 階下、正面扉を衛兵が開く。くすんだセンタクス城内の明かりの中でずらりと整列するそれが露わになる。

 
メルキア兵団


 アヴァタール東方域の各国主力兵団の装備はかなり違う。ゲームでは数値として微妙な差異しかないデータに過ぎない。最後にメルキア兵は魔導兵器を使う事を前提に、動きやすい練成皮革と軽金属を中心にした鎧を使うとか、ユン=ガソル連合国は機械兵器を扱い、なお近接戦闘にも対応できるよう急所のみを重点的に複合装甲で鎧っていると言うフレーバーテキストでイメージを膨らませるしかなかった。
 これが現実になるとどれ程戦略や戦術を練り込まねばならないか。軍学校入学後必至になって記憶から汲み出した知識と現実をとっかえひっかえして悩んだものだ。面白いのは今から進撃するルモルーネ公国軍、まともな軍備を持たない平和国家と称するがなかなかどうして侮れない。オレがこの世界で初めて確認した迷彩軍服採用国家だしな。アサキム公王陛下、政務より狩猟が大好きだけあってどうしたらルモルーネを実際の侵略から守れるか良く解ってる。
 だがメルキア兵団はこの数年間で劇的な変貌を遂げた。特に攻撃面で。兵全てが魔導長銃を装備、魔導兵器国家ならではの量産能力だが各国からすればまずこれがありえない。末端の兵士まで魔導兵器を持つなんてこっち側では兵士全員に呪鍛長剣(イウリスソード)持たせるような反則技だ。しかもこの剣には射程が存在する。近づく傍から弓や弩以上の兵器で攻め立てられるというのは接敵前の兵士にとって士気を大いに削がれる代物だ。
 実際メルキア兵なら主戦装備は魔導銃だろ! とオレが暴走して西領と帝都で大量産やらかしたしな。事実この構想はエイダ様もジルタニアも考えていた事だっただけにオレが伯父貴を説得すれば動きは速かった。伯父貴にはかなり渋られたが帝都と西領が交換条件を出す事で乗り切る事が出来た。南領のリスルナ及びエディカーヌとの独自交易権、西領からの魔導関連品の供与。交易権はオレのさらなる暴走によって潰されたのだが今度は其の引き換えに莫大な軍資金だ。しかも伯父貴は交易権の付属品扱いの意思疎通機関を両国に置き両天秤からの外交的利益を得続けている。
 其の魔導銃と30発相当の魔焔充填筒を詰め込んだ弾帯、近接戦闘用の方楯と両刃小剣(グラディウス)何処の帝国軍団兵だと自己ツッコミしたがこれはこれで正しい。事実上帝国全軍がゲームで言うメルキア兵から魔導銃騎士隊に化けた程の戦力価値の上昇を得たのだ。しかもオレの発案で今揃っている兵団の魔導銃には全て銃槍が付いている。――突き刺す槍としてなら銃剣よりも此方が安い――つまり攻撃面だけなら重装騎士隊と同じ事が出来るわけだ。


 「総員 メルキア帝国東領軍千騎長、シュヴァルツバルド・ザイルード閣下に敬礼!」


 音を立ててオレの目の前1200からなる帝国二個旅団が敬礼。うん、やっぱこれほどの力を己の意のままに動かせるとなれば心が躍るわ。だが、それだけの人数の命と未来がオレの両肩に掛っている。忘れるものか!


 「直れ! 千騎長訓示。」  カロリーネの掛け声が終わると共にオレが登壇台で口を開く。

 「諸君、これより我々はヴァイスハイト閣下に続き、ルモルーネ公国保護の為出陣する。オレが口下手なのは皆もよく知っている筈だ。だから手短に言う。諸君には先ず大汗をかいてもらう。だが戦場で冷や汗をかくのは最後の最後だ。目的を達し生き残ろう、以上!」


 「隊形変更、行軍陣! 新編東領203部隊より進軍を開始せよ!」


 副司令官役のレイナデリカ百騎長の声と共に各隊の十騎長、副百騎長が行軍序列を怒鳴り兵士を纏めて出撃していく。最後にカロリーネに一声かけようとしたら逆に言われてしまった。


 「シュヴァルツ、キミは今日は司令官、どっしりしていなよ。荒事は私に任せてさ、それは私の役目。」



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