(BGM  不可測の岩礁 神採りアルケミーマイスターより)


 厄介だな。これは……


 「千騎長閣下、アンナマリア副百騎長殿を呼び戻しますか? 流石にこれでは隊から逸れたり脱落する者が出ると思います。」


 困った顔でシャンティが進言してきた。隣の十騎長や其の同僚も不安な顔をしている。書類と現実は大違い、【折玄の森】がこうも深いとは思わなかった。これ未だ開発の手が伸びていない南領【這竜山道】より険しいんじゃないのか? 正直何処が森だ! 森によって巧妙に隠された峡谷地帯じゃないか。高さこそそれほど無いが転落すれば普通の兵なら即死する程の荒々しさだ。


 「いや、止めておこう。流石にメルキア帝国軍に所属するネール氏族(エルフ)が結界の近くをうろついているというのは相手に介入の余地を与えかねない。湖の森の女王(エレン=ダ=メイル)、エルファティシア陛下は神経質でかつ粘り強い。足止めをかけられれば撤退した方がましなぐらいの戦略的被害を被る。」

「しかし……」  


 一人の十騎長――この前蜂蜜酒の特配に預かった部隊の隊長――がなおも懸念を口にしようとする。その前に畳み掛けた。


 「彼女の国、その結界外を動くなら問題ない。彼女達は基本、結界外には不干渉だからな。しかし、空から結界内を覗き見るという疑いをかけられればどうなるか解らん。それも異国の軍に所属する同族がだ。そしてそんな危険を冒すならオレならアンアマリアをペガサスから下ろして先導役にする。それをしないのはさらなる適任がいるからだ。」


 全員一斉に渋い顔、ええい! お前ら軍人だろ!! 利用できる者は何でも利用するくらいの覚悟は無いのか!? 戦場でセクショナリズムを持ち込む等、敗北への一手なんだぞ。――あ、縦割り行政というだけでなく女性同士の性差別という意味にもできるな。


 「シルフィ君を連れてきたのは彼女がエルファティシア陛下と知り合いでもあるからだ。彼女がエルフの結界を見極め、それを避けられると言うだけじゃ無い。最悪の事態でもオレ達はここから追い払われるだけで済む。エレン=ダ=メイルの実力を侮るべきじゃない。これはルモルーネ領を我々と莫迦王の軍隊が獲り合うだけではなく、彼女の国と我々がどこまで突き詰められるかのチキンレースでもある。」

 「今回の目的は彼女の国を牽制するという意味合いもあるからね〜。万が一彼女が彼奴等(ユン=ガソル)に附けばメルキアは其の総力を以ってエレン=ダ=メイルを蹂躙する。人族の国の争いにエルフの国が加担するのはエルフ国家群(セレ・メイレム)で忌むべき前例の繰り返し〜。リガナール(グレイスメイル)の愚行を森の国は繰り返さない。」


 喋ったのはオレが騎乗する馬の鞍袋から顔を出している鼬モドキ、足がなんで8本あるのか解らんが魔法生物の一種、そう、レイナデリカの使い魔だ。オレが通信機使えないのを知って前衛との直通回線にしている。
 援護射撃は有難いけどレイナ? そこはか〜となく毒入っているぞ。今レイナの部隊が最前衛にいる。そこに当然シルフィエッタがいるから彼女は勿論、部隊長のレイナも針の筵に座らされている心地だろう。それくらい女性軍人と娼婦って仲が悪いのよ。……これが男娼だと周りの女性軍人共、トンデモなぶりっ子しやがるけどな!
 アンナマリアを出さないのは他にも理由があるのよ。彼女にネールの髪旗つけてもらって結界と反対方向で派手に動いて貰らっている。メルキアから見ればアンナマリア副百騎長だしエレン・ダ・メイルから見ればメルキアに味方している変わり者のエルフだ。じゃユン=ガソルからはどう見える?
 メルキアの天馬騎士なのかエレン=ダ=メイルのネール氏族なのか見分けがつかない。これを補強するようにオレはアンナマリアを今回の侵攻軍組織から切り離し、休暇扱いにしてある。だから彼女は誰何されても里帰りにきたネールエルフと強弁し敵味方を識別させなくて済む。
 そして、フォアミル前面でいきなり再雇用、部下を掌握という寸法だ。ラギールと懇意にし裏技を駆使すればこういう手も使える。ユン=ガソルが下手を打てばエレン=ダ=メイルとの抗争に繋がりかねない。事実両国はユン=ガソルの工業地帯が無造作に投棄する汚染物質で、戦争こそ起こさないものの敵対一歩手前だ。あの莫迦王も気にする位だからヴァイス先輩の為、ヤツの頭を悩ますネタを一つでも投下するのがオレの役目でもある。
 昨日も言った建前に追加情報を付けて説得開始、


 「今回の進撃は如何にユン=ガソルより先んじてルモルーネ公国の首府フォアミルを接収するかにかかっている。今の外交状況からすればフォアミル含め、ルモルーネ公国全域の東領占領は戦略的外交的のみならず諸君等の懐具合に大いに影響する。故にオレは“3年前”よりこの道の探査を進めてきた訳だ。」


 何人かが驚愕の余り声を無くす。そりゃそうだ、何故ヴァイス先輩の先行軍の後詰である筈のオレ達が街道外れて折玄の森を東に突っ切りエレン・ダ・メイル側から南下してフォアミルに迫るのか解っただろう? そう3年前だ、其の頃は皇帝暗殺未遂事件の最後の後始末(はんらんちんあつ)、オレからすればヴァイス先輩の下に配属された直後だからな。つまり彼女達からすれば其の頃からオレはこの状況を読んでいた(しっている)事になる。
――だから“オレは”泡食ったんだ。軍隊の準備期間において3年というのはとんでもなく短い。10年20年という長い期間に多種多彩な状況を想定し、ありとあらゆる事態に準備を整える。これが元の世界の軍隊ってヤツだ――


 「それにしちゃ行軍が進んでないよね〜? 特に彼等の国境線に入ってからはね〜??」


 ここでレイナデリカがあえて反論するのは議論誘導なんだな。本人もオレもこの後の流れは解っているのに周りは知らないから感情的になる。その矛先がシルフィエッタと言う事になってしまうんだ。ゲームと違って敵攻撃軸の矛先で鉄壁陣形なんてバカのする事。矛先を逸らす、または『矛先が手強い』と思わせて此方の望む方向に誘導する。指揮官は部下に苦労させ、結果的に部下の命と言うリスクを減らすのが仕事だ。


 「十分想定されていた事だ。残念ながらラギールでエルフ族の案内人を雇う試みは失敗した。これはオレの失策だ。だからシルフィと言う代用の駒を立て、アンナマリアが欺瞞任務に投入した。質問は?」


 周りも仕方が無いという気分になってきたな。シルフィエッタが役に立っているのは事実だし、オレがそんな彼女を駒扱いしている事から『彼女は軍内ではオレの隣に立つ資格はない』と発言したようなもんだ。女性将校達からすれば『娼婦如きが成り上がる可能性は無い』この言質がオレから欲しかったとも言える。理解している者はメルキア軍内ですら皆無だろうな。本来、『軍事は政治の従属物』。今回の作戦行動では書生扱いのシルフィエッタの方が格が高いという事に。


 「千騎長状況 山眠る月 応対は王妃、繰り返す……」

 「有難う、もういい。」


 レイナの報告に一難去ってまた一難か! と思わず舌打ち。この世界の何月は漢読み、それを状況の悪さごとに下の月で呼ぶようオレ達は訓練されてる。山眠る月は13月、つまり最悪一歩手前の状況という事だ。――え? 一年は12ヵ月?? 野暮は言わない、ディル=リフィーナでの一年は14ヵ月420日だ。――


 「シャンティ、君は部隊掌握。オレが出る。レイナは下がってくれ、シルフィは残し奴等へのブラフにする。アンナマリアに連絡、状況 山眠る月 後衛部隊を右翼展開。絶対に左翼に動かすな! 接敵しても此方からの攻撃は禁止、カロリーネは?」


 矢継ぎ早に命令を通達。最後の言葉にレイナの使い魔が反応。


 「今来たよ〜部隊ごとね。向こうもお出まし、急いで。」


 最後に特配に預かった部隊長にシャンティのフォローを頼む、先程のぶっきら棒な指令と違い少し丁寧お願いしたら『我が全力を尽くします!』断言された。ま、それもそうだ。彼女は勇者じゃない。兵士からの叩き上げの将校にとって格上の存在に頼られるという事実は箔以上の何物でもないからな。彼女と彼女の部下をオレが特別視していると周りは見るだろう。それに付随する実益はかなりのものだ。彼女達は成り上がるチャンスを逃しはしない。彼女等を背後に置き去りにしながらオレは深刻な表情に顔を戻す。
 ……対策して此方に来ない様、仕組んだつもりなんだけどな。良くもまぁ見破るものだ。それともまだまだオレが謀将としては甘ちゃんということか? なぁユン=ガソル三銃士筆頭、

 
『王妃』ルイーネ・サーキュリー





―――――――――――――――――――――――――――――――――――



――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  忘却の空洞〜運命の秤 戦女神ZEROより)





 適当に会った木の切り株――実はオレが自前に行った隘路探索で探索隊が伐採したものだ――の上に折りたたみの軍用机を置き、其の周りを床几に腰掛けた将官級が囲む。西側にオレ達メルキア帝国軍、東側にユン=ガソル連合軍。
 それぞれ中央にオレと向こうの司令官、オレから見て左側にはシルフィエッタと彼女に相対している紫暗の髪と同色の瞳をもつエルフがいる。――こちらの策を逆手に取られたな、彼女を案内人に此処で待ち構えていたという事か――
 右側にはカロリーネとそれに相対している女性将校、えーっとコイツ誰だっけ? シャンティ並に若輩だがユン=ガソルで紫暗の髪と暗紅色の瞳の……思い出せん。先ずは拡大解釈だな、己の主張の枠を大きく取るのは外交の初歩。領土問題を係争地だけでなく、周辺地域も巻き込むのは常識だ。


 「さて、何故此処をユン=ガソル連合国、それも『王妃』ともあろう方がうろついているのでしょうか? 少なくとも此処は【折玄の森】ですな。」

 「あら? 『宰相と公爵の懐刀』でも知り得ぬ事はあるのですね。折玄の森は未だエルフとの国境線が法的に未確定の状態でしょう? 例え彼等が結果を国境線としていても『線』にはなっていないと伺っておりますわ。そしてそれはメルキア−エレン=ダ=メイル間と同じく、ユン=ガソル−エレン=ダ=メイル間も同じく。」


 ニコニコ目で笑って見せ、口では辛辣にこちらの隙を突く。風に透かせ蒼色に輝く紺青の髪をロングになびかせ大人びたタイトスカートアンダーのユン=ガソルの紅衣を纏う女性。これが彼の莫迦王の直属将官、ユン=ガソルの三銃士筆頭『王妃』ルイーネ・サーキュリー嬢だ。
 オレにとって最も敵として相対したくないタイプ、理由は簡単。権限、職分が全く同じでなおかつ相手の方が格が高い『本物の謀将』だからだ。これが他の三銃士の『軍師』エルミナ・エクスやレイムレスで吶喊してきた『将軍』パティルナ・シンクならまだなんとかなる。
 『軍師』にはまだオレの自前知識や元の世界の戦略が理解できる。其の知識の分だけ少なくとも何回かは優位に立てるわけだ。『将軍』とは初めから戦わない。オレも自身が中途半端な指揮官でしかないのは自覚しているし彼の直接戦闘を防ぎ、いなし、其の間に軍そのものの潮目を変える。そして其の機微を常に体感できる彼女にとっては不利で退く勇気を躊躇う事は無い。――この二人なら対応しようがある。
 だがこの御仁だけは無理だ。【作戦戦略】というオレの担当域より上の階梯にある【国家戦略、政治戦略】を語れる傑物だ。つまり本職の政治家でも無ければ勝ち目は無い。そして彼女もこんな限定的な戦場ならば一流の戦術家であり、しかも彼女自身が『将軍』に匹敵する一流の剣士。
 頭が痛い……だからこいつをこっちに来させない様、偽情報を流し欺瞞行動を取り欺いたつもりだったんだけどな。内心の不貞腐れはどこへやらという顔で挑発に出る。


 「それで早々に折玄の森に入りこむとは穏やかではありませんね。ルイーネ・サーキュリー殿、確か停戦条約でも国境線は現状維持となっておりますが。」

 「では未確定国境線もそのままでよろしいのですよね? シュヴァルツバルド・ザイルード千騎長殿??」


 この程度で折れるタマじゃないのは双方承知。次なる一手は、


 「それは講和条約毀損と評してよろしいですかな? 西領は講和の条件にメルキア東領の開戦前への回復と主張しました。西領の面子を潰せばそちらとの交渉も滞るでしょうな。」


 フン、こちとら西領が魔導戦艦建造の部品をユン=ガソルの工廠に発注してるなんざ知っとるわ。そしてその納入が滞りがちでありしかも不法コピーをやらかしている事も。懐の駒――魔導装甲の最終形態ルナ・ゼバルを模した駒――を取りだしてクルクルをテーブル上で回して見せる。証拠はないが向こうにはオレがなんの交渉で西領とユン=ガソルが揉めているか知っているぞ! というブラフだ。


 「あらあら、感心ですわ。千騎長殿は随分と物知りであります事。ではラナハイムの軍がコーラリム山道まで出てきた強気は何処からくるのでしょう? あまり伯父様を困らせるのは良い事とは思えませんわ。」


 この言葉と共にクルクルと指揮棒を魔法使いの弟子が稚拙な杖遣いをしているような真似をした。くそ〜こっちの編成を読まれているか。ヴァイス先輩は北領及び西領軍を率いオレが南領軍を率いる。困らせるという言葉からルイーネ嬢は『伯父貴がヴァイス先輩とラナハイムを両天秤に掛けている。』という不信をオレに投げかけているのよ。こちとらゲーム知ってるからハッタリなのは看破出来るけど周りはそうじゃない。しかもその南領軍指揮官のレイナは後方に下がった。つまり帝国東領軍は今挟撃される立場にあるんだぞ! と此処にいるオレ以外のメルキア指揮官各位を恫喝しているわけだ。ここで戦略環境へ話をシフト、問題を徐々に拗らせる方向へ向ける。


 「帝国軍を舐めてもらっては困りますな。ラナハイム如きに帝国全軍が投入されたのは格の違いを見せつけるだけの事。『秘印の魔猟犬(ガウメデス)は野良犬一匹追うにも全力を尽くす』と言う訳です。」

 「まぁまぁ! それは周辺諸国に対する恫喝と考えてよろしいのでしょうか?」


 それで困るのはそっち側だけどな。実はユン=ガソル連合国の工業製品、その主要輸出国はなんと毎年恒例交戦国になる我等がメルキア帝国だ。恫喝への対抗措置が過大と判断されれば周辺国すべての経済活動に支障をきたす。メルキアには対案があるがユン=ガソルは輸出先を変えねばならない、そして工業製品の主な市場であるアヴァタール列強への大陸公路はメルキアが押さえている。セーナル神殿に工業製品に関した関税を上げてもらうだけで向こうは大打撃だ。……流石にそれは無いか。経済攻撃は軍事衝突の一歩手前元帥(トップ)の発言が出ないだけ弱いが『メルキア包囲網』への言質にするつもりだろう。


 「我等メルキアには周辺諸国(飼い犬)に十分に恩恵(餌)を与える余裕があります。それを己の力と勘違いした一芸しか知らぬ駄犬(ラナハイム)には鞭が必要でしょう?」


 こんな活動家ががなり立てる差別発言など差別の内にもならない。相手はそこからこちらの裏を読み、こちらは発言から予想される相手の判断をシュミレートする。さぁてと……何処までオレが保つかだな。キリキリと痛む腹を無視してにこやかな表情と物騒な言葉で応酬する。





◆◇◆◇◆





 両国の軍事、経済、民生、技術。事実とハッタリ、誘導を駆使して話が進んでいく。そう外交戦て一種の流れなのよ。無理矢理曲げれば両国以外に判断や仲裁の隙を与えるという困った事態になる。席を蹴る等論外だ――それも一種の策なんだがあくまでパフォーマンスに留めるべき――そして相手を誤解させる事が勝利条件になる。だからこういった外交戦は勝敗がはっきりしない、はっきりさせてはならないんだ。表向き双方が何らかの利を得なければ交渉が妥結する事は無い。
 国のトップ同士が会談はしても交渉の矢面に立たない理由がこれなのよ。国の最高責任者が決めた事は国内では誰も覆せなくなる。つまり国家間の交渉ってのは常にトップが蹴る事が前提な状況にしておかねばならないのさ。だからオレ達がやってる訳なんだが。

 不利だよなぁ…………相手が悪いわ。

 確かにオレ自身、自前知識からユン=ガソルの内部事情は推察できるし、それを補足できるだけの経験と実体験は伯父貴から積ませてもらった。でも、そもそも学生レベル(シュヴァルツ)教授レベル(ルイーネ)じゃ経験の差が違いすぎる。更に悪いのはこういうのって心理戦でもあるからな。どうしたって心の細やかな機微に通じる女の方が強い。そして男の力任せに論理を押しとおす。というのは外交では其の力が余程開いているのでもない限り使ってはならない。――それは交渉ではなく戦争其の物なのだから――特に不味いのは周囲だ、苛立っている。余裕こいて話に茶々入れるくらいは慣例上良いんだが此処までピリピリしているのが伝わってくるとね。


 「ルツ〜。暇だぞ! そこの士官殿と模擬戦のひとつもやっちゃいかん訳? 魔術師なら魔術師同士で幻術比べでも良いじゃんか。」


 カロリーネ、援護射撃と言いたいところだけど全然援護になってるどころか状況悪化させて……アレ? 何故向こうの連中余裕だったのに顔色悪くした訳? つーかルイーネ嬢、一瞬だけど喋る声上擦ったし。
 あ、向こうも同じか。シルフィエッタと相対している向こうのエルフの案内人――リィンファイナ――がしきりに足を組みかえている。スカートで見えないと思ったら大間違い。向こうは向こうでとんでもないプレッシャーを浴び続けているのか。
 リィンファイナはエルフの主神・ルリエンの徒と言う意味のリュリ氏族、シルフィエッタはその殆どが神格者級と言う支配種族たるルーン氏族のしかも元一大帝国の帝妃。エルフ氏族内では氏族同士の平等は徹底されているけどこれが外の世界――特に人間族の国家――だと否応なく格の違いを意識せざるを得ない。格違いが人間の論理で外交戦、『私が何かした!?』位の怯えが出てしまう。控えめに話すシルフィエッタとの会話も疑心暗鬼にならざるを得ないだろう。
 だからか……優位なのにルイーネ嬢が直ぐに言質を取りに来ないのは向こう側から突き崩される可能性を感じて今まで得たカードを温存していると言う訳か。
 うん引き延ばしても仕方が無い、ここは負けを認めるべき。ルモルーネ接収は譲れんがユン=ガソルには今までと同等か少し上積みした利益を提示し、外交的成果を与えるべきだ。シルフィエッタという抑止力が利いている内に。

 弓弦の音と共に木製の机に鏃が突き刺さり矢柄から震拍音が響き渡る!


 「……さて、何やら面妖な事態になったものですな。角度からメイル側、矢羽は白爪幻鳥(メサイチュエ)ですな。無粋な矢柄より嫋な女性の碧髪を飾るに相応しい。」

 「同感ですわね。それと千騎長閣下も大した胆力と博識、感服いたしますわ。前線を厭うと言う風聞は当てにならない物です。」


 二人で微笑みながら相手を褒めるけど、もう冷や汗モノだから! そして周りが一斉に動こうとするのを双方、手だけで止める。そう、これですら外交戦の要素。己の命すらカードにする覚悟がいるのさ。


 「さて、私は貴国が刺客を雇う理由など無いと確信しますがどう考えられますかな? 王妃“殿下”??」

 「メイルの領域に入っていないのは確かですわ。ですが昨今エルフ達の動きが慌ただしいのも確か、さまざまな条約を締結している貴国こそ今の状況を良く“識る”と考えますけど?」


 そう、コレすら表の言葉と違った裏がある。オレがサーキュリー嬢に刺客ではないと明言した時点で『物理恫喝は外交交渉の下策』、『此処で会ったのはあくまで偶然、その偶然を利用する輩に対しては共闘すべき。』と暗に求めた訳。そして殿下とは彼女は権威者として見物に徹すべきという要請。つまり都合良く横入りするなってことだ。
 それを彼女は“識る”という一言で『ユン=ガソルにメイルとの関連は無い。』と返してきた。同時に隙あらば割り込んでくる気満々という意味にもなる。つまり“殿下”は拒否してきた訳だ。ここから見えてくるのは?
 先ずはオレに交渉権を委ねる……という合意が成されたと言う事。訳の分からん外交担当者の世間話って何重にも裏を読まなけりゃならんのよ。さて、面倒だけど致し方が無い。ここで現実に見える訳でもない国境線を巡って三者がトンパチなんて諸外国に嘲笑と隙を与えるだけだ。


 「兵士と親玉共に告げる! ここから出ていきなさいっ!! ここはエレン=ダ=メイル。ルリエンの社ですっ!!!」


 あ……オレと一緒にルイーネ嬢も溜息ついた。考えている事も同じだろう? 声がどう見ても子供、勇者気取りのお子ちゃまが冒険という名の無断外出して正義感の趣くまま……なんて類だ。外交交渉なんぞ考えない乱入者では話にならない。これは最早オレ達云々の問題ではなく単純にメイル側の落ち度だ。


 「シルフィ。出来るか?」


 こっくりとシルフィエッタが頷き、腰のベルトから両端に重しのある小さな飾り紐を引き抜く。結界越しとはいえもう目標を特定したか。大したものだ、女性将校共が危惧するのも解る。
 では、軽くデモンストレーションと行こうか? ユン=ガソルに対しある程度抑止を与える必要があるからな。この局面をあっさり打開できるのならばサーキュリー嬢もそちらの方に注意を向けるだろう。
 見切ったのがさりげなくカロリーネがオレと結界内の弓主の軸線上に割り込む。向こうも向こうでサーキュリー嬢との間にカロリーネと相対していた女性士官――漸く思い出した。確かゲームでリプティーって言う弩弓騎士――が割って入る。


 「カロリーネ、頼むわ。」


 小声で囁くとカロリーネが後ろに回した手、その指を動かす(ハンドサイン)。其れを確認してオレは机に頬杖をついて左に視線を動かし乱入者に対し声をかける。勿論、効果的な挑発文言は頭の中で選択済み。


 「さてエルフの御嬢ちゃんだと思われますが、無粋な申し出ですな。国境“外”の諍いに嘴を突っ込むと可愛い御尻が台無しになりますよ?」


 相手が素人かつ子供なら激高させた方が早い。でも油断はしない。エルフは成人するまで100年という長い時を生きる。肉体的な成長が遅いと言う意味だが精神的に幼いままとは限らない。メルキアのアカデミーにも幼女先生がいたからな。だが言った途端想像通り、
 飛んで来る矢をカロリーネが魔導槍で払い落とし、シルフィエッタがぶら下げていた飾り紐を一回転、遠心力で放たれた小さな球体がエルフの結界内へ飛んでいく! 数秒後に大きな悲鳴。そのまま擦過音や何処かにぶつかる派手な音が近づいてくる。具体的にはドサッゾリゾリベキッパコッドギャベシ……そんな感じだ。
 サーキュリー嬢、興味深げで見ている。魔法具の類なんだが見た事は無いだろう? 何しろオレのアイデアで南領が創り出した魔物配合を応用した投擲拘束具だからな。紐の両端についている魔物配合で創り出した疑似コアを相手に接触させる。目標固定(ロックオン)された相手の自然放出魔力を元に秘印術による疑似招請魔法を起動。本来ならたったそれだけの魔力で招請など不可能だ。だが疑似コアに重しとしてついている魔焔充填筒と連動した動くトラップとしてならどうだろうか? それでも人を害せるほどの魔物や創造物を呼び出すなど不可能。これで招請したモノは、

 上着一枚ずぶ濡れにする大きさのスライム状モンスター(プテテット)、しかも速乾性

 さらに疑似コアと投擲紐に繋がりさえあれば相手にくっついた疑似コアは投擲者の元へ戻ってくる。せいぜい大人一人分の力しかないが子供を引きずる位はできる。
 そしてシルフィエッタにこれを使わせたのはエルフの結界をすり抜けさせる為。メイルの結界は侵入者に厳しい。結界魔術師として長ける彼女なら危害を与える規模でない物品ならすり抜けられるとオレは読んだ。本来は小動物捕獲用の魔法具と結界魔術師としてのシルフィエッタの存在があるからこそオレはこの手に訴えた訳。
 もう固まりかけてカピカピの白プテテット塗れの幼女……と言っても10歳くらいに見えるから少女の範疇だな。金髪セミロング黒瞳という珍しい組み合わせだ。丁度あの服飾店の見習い幼女(テトリ)みたく髪を小さなツーサイドにして一緒に引きずられてきた月琴弓(ライアーボゥ)を見て……ミテ?

 おい……いや、待てまてマテ! 月琴弓は弓術と音楽を愛するエルフ族ならではの武器だけど!! オレが口を開くより早く、


 「双方の軍勢、剣を納めなさい。メイルは国境(くにさかい)での血を厭うと申し渡した筈です。言葉は言の刃、肉から血は流れずとも魂心から憎しみは流れていきます。森を怯えさせるのはメイルへの明確な敵対行為、それを忘れましたか?」


 森中がざわめいて声が伝わる。これが出来るのはメイルでは極僅かの筈。しかも此方に話を通してきたということはエルフで言う俗事の代弁者。

 
エレン=ダ=メイル女王 エルファティシア・ノウゲート陛下


 全員が一斉に膝をつき個々に臣下の礼を取る。メルキアもユン=ガソルも等しくだ。そう、王族にはどんな軍人も礼節を尽くさねばならない。例えそれが敵であってもだ。それでなければ国家間戦争など政治の手段で無く、只の殺し合いにしかならない。権威者に刃を向けるは化外(まぞく)同様。
オレ等メルキアでこそ払拭されたが戦場で敵国王に剣を向けられるのは同じ王族か国を代表できる勅命騎士だけというトンデモ理論が存在している位だ。斯く言うメルキアだって勅命権に値するのは百騎長から、国を敗北させるってそれだけ大変なんだ。


 「エレン=ダ=メイル女王 エルファティシア・ノウゲート陛下、お初にお目にかかります。ユン=ガソルが一将、ルイーネ・サーキュリーと申します。この度は宸襟を騒がせ奉り驚懼の次第、我等ユン=ガソル将兵、喫緊の問題さえ片付ければすぐにも退散いたしますわ。」


 くそ、サーキュリー嬢こういうとこ達者だわ。機先をもって挨拶を行い実務(いいわけ)をこちらに投げつけやがった。これでオレと『王妃』が罪をなすり合えば人間族へのエルフ族の不信をアピールして人間族の強国群たるアヴァタール五大国への問題へと事件を拡大できるし、オレと『女王』が争えば自分は仲介役として双方に貸しを作れる。己と己の国に責を向けさせない。厄介な……


 「メルキア帝国東領軍千騎長シュヴァルツバルド・ザイルードです。御下問の前に少しばかり質問をお許し願いたい。此の小娘は貴方の意を受けているのでしょうか? 受けていないのであれば名前を伺いたいのですが……。」


 少しの間森が風に揺られて沈黙が流れる。耐えかねてカロリーネ、


 「ルツ? 何、話を横に反らして??」

 「セラヴァルヴィ・エンドース 尖水晶の森(レイシア・メイル)の…………そこの副官らしい方? なぜ其の千騎長は樹に頭を叩きつけているのでしょうか? 」


 エルファティシア陛下の単語一つでオレは早速行動開始。後の言葉なんざ聞いてやるか! 最後に『迷惑なんですけど……』のぼやき声は聞かなかったことにする。ゲームでもあるように私人としてはフランクな方だしね。


 「あー……気にしないで下さい。この千騎長『理不尽だ!』を体で表す時こういう行動しますので。」

 「???」


 オレの後ろで勝手に話が進んでいるけどさ! それはないだろ!! 正直話に加わりたいが理不尽の方が先だ!!!

セラヴァルヴィ・エンドース 愛称・セラヴィ


 200年程度後、このアヴァタール地方東方域より遥か西南――セテトリ地方工房都市ユイドラ――其処に生まれた一人の工匠を主人公としたゲーム、そのメインヒロインの一翼だ。他二人のヒロインに比べて明らかに一格高い先輩格のキャラなんだがまさかこの年から生きていてしかもエレン=ダ=メイルに居るときた! 
 何とかしてくれ。シルフィエッタなら終わったヒロイン故何とかなると思ったがどーすんだよ!! ここで下手に対応誤れば後の歴史が滅茶苦茶、三国の面子を立ててメルキアがルモルーネを接収し、しかもこの小娘に咎が及ばないようにせねばならない。難易度ハードどころか人外じゃないか!!!


 「あ、気が済んだみたいです。」


 気が済んだじゃねーよカロリーネ。というかルイーネ嬢、貴女までヤレヤレ顔で他人行儀しないでくれ、知らんが仏とはこの事か。対外的言い訳その1開始。ただし最後で双方に圧力を加える様、態と初めの声を高くする。元々音程がバスだしなオレ、こういった交渉事では常に高い声を創る様指導された。


 「失礼、今の言葉で安心致しました。現状でのルモルーネ公国の帰属、それに対する人族同士の争いに過ぎませぬ故、交渉次第で此方も退散する事にします。……失敗となればそれでは済まぬ事になりそうですが。」

 「血が流れるのを厭うと言った筈ですよ?」


 硬い声に空かさず追加発言アンド切り札を開帳。とっとと終わらせるに限る。ルイーネ嬢は想定しているだろうがこうやって方向を変え責任回避と擦り付けを行うんだ。


 「それはユン=ガソル次第という事です。ルモルーネ公国は復讐戦争以前よりメルキアの保護国で在り、それはジルタニア・フィズ・メルキアーナ陛下即位の折にも決定づけられています。そしてアサキム陛下の亡命先はメルキア、これが現実です。」


 そうあの莫迦王の即位式にルモルーネ公王、アサキム陛下は参列していない。勅使ですら無く使者を立てたのみ。ウチの陛下(ジルタニア)には即位式に直々に呼びつけられている。この事実からすれば国際政治上ルモルーネの宗主権が何処にあるのか明白だ。早々にこの切り札を切るのはオレが負け、その被害を最低限に留める為。


 「その帝都が現在大変な事になっていると聞きますわ? メルキア皇帝陛下も安否不明とか?? 今のメルキアに五大国たる資格があるのでしょうか。」


 ホレ来た、ルイーネさん水を向けてくれたな。この世界でも無駄に兵士を損なうのは兵家の下策、勝てないと解って居て、態と言質を取りに来てくれたんだ。向こうとしてはメルキアが今と変わらぬ、いや今以上の恩恵を東方域に与え続けるのならユン=ガソルはルモルーネの帝国領併合を黙認すると言う譲歩。もちろん出来なければ問答無用に動くという逆言質をオレが取らされるよう仕向けてきたとも言える。ならば懸念を感じる程度の押しは必要。


 「我等が陛下は用意周到な御方です。そして俗世にはそう関心を向けて下さらない。俗世は元帥各位が切り回せと内示されておりましてね、今の危機ですらヴァイスハイト閣下に丸投げするつもりだったやもしれません。なにしろ残った皇族ですから代理(・・)としては適当です。」


 ニコニコ笑って見せるが王妃は口元をほころばせない。ひとつはオレがヴァイス先輩に対し庶子という言葉を一切発しなかった事、庶子は皇族として扱われない。だがジルタニアはその庶子であるはずのヴァイス先輩を事実上の皇族として扱っている。諸外国から見れば嫡子と庶子に厳しい差があるメルキアでジルタニアとヴァイス先輩の間に何らかの政治的が取引があると考えるのが自然だ。故にそのヴァイス先輩のナンバーツーたるオレが『万が一のための候補者』代理の言葉を使って強調した。つまり帝都結晶化が起こっても帝国は変わらない。そこまで言い切る自信と彼等の政治的取引とやらに興味を持たせたんだ。
 もう一つはオレが彼女の内面を窺ったのに気づいたからだろう? 彼女、ジルタニアの即位式で来てた筈、余程の危険人物と判断したのは難くない。その危険人物がヴァイス先輩を推したとオレは発言した。勿論ヴァイス先輩は庶子で皇位継承に何の権限も持てないのは帝国法で明らかだしそれを王妃初めユン=ガソルの軍人なら常識。だからこそ挿げ替えの利く代理として価値がある。
 これだけの情報が揃えば謀将としての彼女なら幾らでも手を打てる。そう、ジルタニアを抑える駒としてヴァイス先輩をユン=ガソルが使う。そしてそれを出汁にオレはこれからの状況にユン=ガソルを巻き込む。この物語中盤にはメルキアと周辺各国の虚々実々の駆け引きが見られるのだ。ゲームにて半ばこれを読んでいた王妃は謀将の名に相応しい。――実態は彼女の常識の斜めを三回転半ジャンプしていたわけなのだがね。


 「その言葉、言質として取らせて頂きますわ。東領との国境線画定、今度こそ双方に納得いく結果にしたいものです。」

 「永久の平和とは言ってくれませんか?」

 「我等にそんなものが必要とは思いませんわ。シュヴァルツバルド千騎長殿」

 「ルツで結構ですよ、王妃。」

 「これからはルイーネ、とお呼び下さいな。」


 ホントとんでもない敵だ。周囲は愚か対峙した本人達ですら勝ったかどうかも解らない外交戦、それできっちり『勝たせてもらった』と言う負けを自覚させられた。それも先輩と莫迦王、トップ同士の合意であっても潜在的な敵としてオレを潰すのを躊躇わないという恫喝を含めて。どう見ても彼女に能力も素質も劣るオレは手立てを考えなければならない。本物如きに潰されて堪るか! 贋物らしく足掻き続けてやる。その想いを顔に出さずオレは命令を発する。


 「交渉終了! これより我が軍はルモルーネへの進撃を再開する!!」

 「で……どうすんのさ? この餓鬼。」


 カロリーネの声で我に返る。そうだった……諸問題であって問題ではない。森がざわめいて声色が変わった彼女の声が届く。所謂ゴキゲン急降下という奴、


 「こちらも話は終わっておりませんよ? 今の物騒な挑発的文言の数々、メイルに対する恫喝と捉えてよろしいのかしら??」

 「あ…………。」


 話から切り離された陛下の不機嫌な声と剥れている小娘の膨れっ面を代わる代わる凝視して呟く。フォロー役となる中立者がいない。ルイーネ嬢? とっとと逃げやがった!


 「…………シルフィ、頼む。」


 どうしようもないので陛下と小娘の後始末をメルキア必殺『部下に丸投げ』とシルフィエッタに頼む始末、ホント人材足りないよ、どうしたもんか。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  旗幟を掲げて勝利を掴め 珊海王の円環より)




 折玄の森から湖上の森(エレン=ダ=メイル)を翳めコーラリム山道の端を抜けて一路公国首府・フォアミルへ。街並みがこの森を抜ければ見える筈、まだ油断はできないが最大難関は突破できた。シルフィエッタはセラヴィを返しにメイルの方に。代わりにアンナマリアが先導役を駆っている。恐らくユン=ガソルはメイルの南側を抜けてコンフェノ水道側へ引き上げたのだろう。つまり『王妃』はオレの時前展開までも読んでいたと言う事になる。
 もし、読んでいないならフォアミルの西、街道沿いの【城塞都市コガレン】より軍を出撃させている筈だ。その場合は一戦すること確定、何しろフォアミルを陥落させないまでも制圧せねば背後を突かれる。向こうもあくまで外交戦で決着をつける為に間道を使ったと読めるんだ。戦わずに勝つ……口では容易いがそれをやり遂げることがいかに難しいか。
 と、森を出たところで絶句、


 「アンナマリア! 戦闘偵察。全軍戦闘陣形!!」


 森の案内役たるアンナマリアと先頭に立って進撃していたのが幸いした。全部隊が行軍陣形から戦闘陣形に切り替わる前にアンナマリアが天馬に飛び乗り垂直騎行――本来天馬騎士達においては己の愛馬に多大な負担を掛けると言うから禁じ手に近い、オレの世界の垂直離着陸機の様な特性だ――に入る。さらに後方から森の中にも関わらず続々と垂直騎行にはいる天馬騎士達。いくら危急でもあんな無茶したら……


 「大丈夫だよ〜、南領では精霊放射でああいった反則技をやるからね〜〜。」


 振り向くオレの頬に小柄な人差し指がコツン、レイナデリカ百騎長がもう到着してた。


 「サンキュ、レイナ。」


 お礼を言いながらカラクリが閃いた。成程、魔術師の中には秘印術師だけでなく精霊術師も多い。いや生来の素質に左右される秘印術師よりも神を信仰する事で簡単に魔術を授与される精霊術師の方が多数派だ。彼等は一斉に風の精霊を集積して上方向に精霊を放射、天馬騎士達を空中に放り上げたのだ。其処から滑空、揚力と魔力場で空中騎行に入る。
 ……そうか、なら天馬騎士達は全員アレを持って騎行に入ったな。こっちも切り札を立て続けに切る。もう『王妃』はいない。軍事的は愚か政治的にもいないと言う意味だ。ならば今、ルモルーネの都を襲っている軍は一つのみ。

 
ラナハイム王国クムアット要塞駐留軍


 恐らく司令官はスゥニア・ウェイル・ラナハイム。ゲームでも要塞の部隊長だった魔法剣士。この世界に来てからオレは敵国扱いで情報を収集した為。パソコンでポチポチ情報開示していた以上に彼女を知っている。ゲームじゃ姓は解らなかったが傍系王族だったとはね。端的に言えば優秀、メルキア帝国軍(・・・)がコーラリム山道に雪崩れ込んだことから機先を制して独自にフォアミル侵攻に出たのだろう? 既成事実を作る……それは正しい。だが最大の誤算は、

 
オレ達がいた事だ。



 「レイナ。これ使え。」


 部隊に戻ろうとする彼女に放り投げたのは【進撃の軍旗】、これだけなら周囲十数人に一種の瞬間強化であるバッドステータス【高揚】を付与するだけだが儀式魔術の媒体として使うと……


 「天馬も斯くや〜だね! ユリアナ中心軸で行くよ〜。」


 人が変わったように彼女が下令する。これが彼女、レイナデリカ・ユークリッド。考えたくはないがパラレルゲームのこっち側キャラとかだと怖いな。


「全魔術師、儀式陣! 術式【勇者の賦術】!!」


 一気に南領の魔術師たちが動き陣形を形成、その周囲に騎行に入ってるアンナマリアの4個小隊を除き四方をシャンティ率いるオレ直轄、カロリーネの重騎士、その他の部隊が固める。そして中央に乗馬騎士――この世界、馬に乗る騎士の方が珍しい。天馬や鷲獅子、飛竜に魔獣と騎乗動物だけで実に多彩多様だ――であるユリアナが附く。
 こちらでは高校生になったばかりの年頃、まだ成人の儀を行うには早いから本来は将校になれないが彼女は義務が優先された。茶髪褐瞳で笑えば可愛い顔になるのにいつも険のある表情をしている。右目の下、泣き黒子もアレじゃ台無しだ。大急ぎで近づき下令、


 「ユリアナ百騎長、敵前衛を横撃するだけでいい。其のまま駆け抜けて後方輜重兵を蹂躙しろ。」

 「ん…………了解。」


 聞いているのか居ないのか解らない言葉遣いだが設定どおり人付き合いより馬の傍にいた方がいいという性格だからな。半ば人間嫌いという軍においてあるまじき士官なのよ。オレも閉口してカロリーネの忠告無視して調べて後悔した。
 【知っている】は詳細まで知っている訳じゃない。帝国小領主の長女である彼女、帝国内のケチな陰謀に巻き込まれ帝都行幸中に家族ごと襲撃に会った。其の時野卑な男共に手酷い目に合わされたとなれば何が起きたか想像はつく。
 だが現実は彼女に悲嘆という停滞を許さない。家族が皆死に、生き残ったのは未成年の彼女のみ。このまま相続権を失えば帝国法によって領地を取り上げられ一族どころか領民全てが離散する。否が応でも貴族の責務【軍務】を果たさせなならない。事実これほど酷くは無いが行き場のない境遇で軍に居る女性将校も多いのよ。


 「起動!」


 早い! と気づく前にオレ以外の戦気が高まる。いやそもそも立っている大地そのものが危うい程に脆く感じるらしい。オレ以外の軍構成員、その全ての行軍速度・戦闘速度其の物が儀式魔術で底上げされているのだ。『軍師』程じゃないが歩兵の戦闘速度毎時50キロメートル、騎馬に至っては200キロメートルを超える。
 此れだからオレに純粋な軍務はダメなんだ。集団賦与魔術が対象外じゃね。仕方が無くベルトの小瓶の中【加速の妙薬】で代用。これだけで120フィズ・ルドラ、十騎長の月給に匹敵する。昔で言えば栄養剤一本、課長の月給が飛ぶ。あはは……乾いた笑いしか出んわ。
 一気に軍全体が加速する、敵軍の横腹めがけて。まだ距離換算で5ゼレス(10キロメートル)近い。それでも時速50キロなら地形や起伏考えても20分で接敵、騎馬なら5分という向こうの世界の21世紀級機甲師団並の戦場展開速度となる。この世界に放り込まれた人間族が魔術を如何に脅威とみなし、己の神々を捨ててでも魔術を欲したのが解る。只の人間が戦術兵器に、しかも集団で格上げされる。


 「4ゼケレー……3ゼケレ……2ゼケレー! 砲戦開始!!」


 オレの声と共に最後尾についていた直属の部隊、ソリタリア十騎長の魔導砲騎士隊が急停止しながら向こうの世界のバズーカーに相当する物体――魔導砲を掲げ次々と砲火を敵陣に浴びせる。【魔導砲・プラーダム】シルフィエッタの時代でも出ていた魔導兵器なんだが何故こんなものがメルキアから離れたリガナールで? と思った位。
 だが名前を帝国公用語で直訳すれば簡単。【プラダの鉄拳】(プラーダム)、つまり帝国西領の輸出兵器だった訳だ。正に世界は繋がっているのを確信出来たんだがこの時代、神殺しの仲間達が使っていた魔導鎧にショルダーアーマー収納兵器として装着された多連装魔導砲は存在していない。それについてエイダ様に話したら真っ青になって開発し始めた位だ。なぜ広域制圧兵器としての魔導砲に誰も着目しなかったのだろうか?
 流石に接敵前に魔術も切れる。それでももう敵との間に半ゼケレーも無い。ユリアナが一気に飛び出し攻城中の魔術師部隊に突進、敵後衛――恐らくスゥニア将軍直属部隊にはソリタリアだけでなく東領の砲騎士による魔導砲の弾着が始まる。そして敵中衛の攻城兵器に向かいに対しアンナマリア率いる天馬騎士4個小隊が一気に急降下し次々と丸い物を投げ落とす。それが地面だろうが攻城車だろうが兵士だろうが落着した途端。激しい音と共に爆炎・氷塊・紫電・岩晶を播き散らす。

 
魔力爆弾による戦術爆撃


 クムアット駐留軍の戦術は読める。前衛に混成の魔術師を置いてルモルーネ兵を消耗させる。この世界魔術師が鎧を着てはいけないなんて無いしな。装甲魔術師はゲームでは無くて面食らったがラナハイム王国の主力の一つ。弓兵主力のルモルーネでは魔力障壁と鎧で装甲化された防御を突破するのは至難の業。彼等が消耗戦をやっているうちに中衛の攻城兵器部隊――当然ユン=ガソルから手に入れた物――がフォアミルの柵に毛が生えた程度の城壁を崩す。止めはスゥニア将軍率いる精鋭の魔法剣士部隊(パナディ=アズール)が突入、一気に首府要所を制圧してしまう。策としては非常に良い。
 しかし後衛の精鋭を魔導砲撃で指揮系統を撹乱、前衛の魔術師を馬騎士の突進力で蹂躙されれば隊伍だった攻城戦は中断せざるを得ない。相手の射撃魔法で不利? こっちの騎兵は槍なんぞ持たずに魔導拳銃やプラーダムを装備する擲射騎兵だ。装甲魔術師が狙いを定める前に急襲、砲弾と量子線で隊形をズタズタにして離脱する。そして主力たる攻城部隊は戦術爆撃で半壊して戦闘どころではない。オレの狙いは敵を殲滅するのではなく敵の攻撃衝力のみを潰す

 
エアランドバトルによる間接的アプローチ戦術


 さて、優秀なスゥニア将軍なら考える筈だ。今のルモルーネは600強、ラナハイムは1000、そしてメルキアが1300という状況。オレ達が森を出たばかりでそれほど長く戦闘が出来ないのは両者共認識できる。しかし今ラナハイムは最も必要とされる攻撃衝力のみを潰され、陣形を立てなおさねばならない。それはルモルーネにもメルキアにも戦線再構築という時間を与えてしまう。そして双方時間を置けば2000弱対1000という兵力差が物を言う。
 個人による技量だけならこの戦場でスゥニア将軍が最も強い。だが将軍一人でフォアミルは占領出来ない。特にメルキアは数に物を言わせて指揮官クラスを牽制し、末端の兵士から潰していく事で悪名高い。このまま撤退してくれれば……

 そう来るか! 北進の意思は固いということか!!

 横腹を晒している敵陣形が後退しつつ旋回集結、こちらに向き直る。ルモルーネ兵が城外で出ないと踏んで各個撃破、ならば!


 「レイナ! カロリーネを出せ!! 全縦深同時迎撃開始!!!」

 「了解〜やるべき事をやる〜全力で!」


 ユリアナが突破後の馬首を変えたか。後方の輜重隊を狙うのでなく敵戦闘陣の最後尾を狙う。命令で無理はするなと言ったがホント臨機応変が利く良い指揮官だよ。アンナマリアは上空で陣形……魔術陣形へ移行したか! なら使うのがゲームお馴染のアレか。フン、敵も障壁展開を始めたな。これで魔術師は動かせまい。なら攻城兵も破れかぶれで将軍の指揮下に入る。彼等を楯にパナディ=アズールをオレの本営に突入させる。

 だが甘い!

 前衛をカロリーネ率いる重装騎士と戦列騎士の混成、中衛をレイナ率いる魔術師と魔術剣士の混成、後衛をオレ率いるシャンティ中核のメルキア銃騎士隊、更に後方にソリタリアと南領の砲騎士隊、其処に敵軍が殺到する。
 一気にカロリーネ率いる騎士隊が後退。本来これだけでオレ達の陣形が大混乱に陥る筈だがそれは無い。縦深列によって複数の部隊が交差し易い様、常にメルキアでは訓練が繰り返されている。中衛のレイナデリカは大きく中央から側面に展開。カロリーネとオレの部隊が一列ごとに密集する。カロリーネの部隊が一斉に楯を構え防御姿勢、銃騎士を庇いその銃騎士達は一斉に片膝をつき射撃体勢に入る。それがずらりと複数列で相手に立ち塞がる。そこに一斉に衝撃波が襲い掛かった!

 魔力、剣技混在による薙ぎ払い(ソニックブラスト)

 それをレイナの部隊が魔術障壁で防ぎ止める。それでも全ては防ぎきれず最前衛の重騎士と銃騎士直援たる戦列騎士がバタバタと倒れる。だが、


 「メルキア銃騎士、三斉射!!」


 オレの命令と共に満を持して主力が射撃を開始、400挺余りの魔導銃が発砲する。一斉射で3発、締めて3600射分の量子線が突撃しようとしたパナディ=アズールに叩きつけられた。本来これら魔導銃のエネルギーも魔術の一種。障壁で防ぐ事は可能なのよ。出来るならばね。【貪欲なる巨竜】メルキアでも指揮官レベルで配備がやっとな秘印術師を一般兵士として大量配備出来る国があればの話だけど。故に敵前衛が阿鼻叫喚の有様になって衝力(あし)が止まる。それを眺めているだけのメルキアではない。


 「重騎士隊、前へ!!」


 此処まで聞こえるカロリーネの気合十分の怒声と共に重騎士が距離を詰め乱戦に持ち込む。こうなれば魔術剣士である彼等は脆い。多対多での近接戦、これでは簡単に消耗する支援魔術より分厚い鎧が物を言うし魔術を掛け直そうにも押し合い屈し合いでそんな空間的余裕が無い。側面からはレイナ率いる魔術師の支援の下、魔術剣士が今のパナディ=アズールそのままに攻撃を開始。さらにソリタリアの砲騎士隊が将軍の居るであろう箇所に向けて砲撃を続行して部隊行動を阻害する。止めとばかりに後方からユリアナの馬騎士が突入。敵の支援火力である装甲魔術師は此方の天馬騎士が封じ込んでいる。そして予想外だがルモルーネ兵が城外へと展開を始めた。
 最早スゥニア将軍一人でどうにかなるものではない。敵衝力破砕と側面展開、後方遮断と敵指揮の無力化による陣形崩壊。両翼包囲がこうもあっさり完成してしまうとは……オレは別にのぼせるつもりはない。オレが与えたのはアイデアだけ。それをオレの部下達、兵士達は実現できる力があった、それだけだ。


 「レイナに連絡、右翼を後退。敵に退路を作ってやれ。ユリアナはルモルーネ国境線まで追撃、ただし追い払うだけでいい。」


 包囲殲滅、華々しいが此方の損害も馬鹿にならない。特に敵有力指揮官が自棄になって自滅覚悟で此方の兵士を殺傷し始めたら事だ。戦場で勝っても次の戦争で不利になる愚は犯せない。戦争はまだまだこれからなのだから。
 元の世界じゃ下策の極みだけど一騎当千の勇者を死兵にしてしまうのはこっちの戦争では下策どころか愚策だ。同じ人の筈なのにそれほどまでのスペック差が存在するからこそ戦争も騎士道じみた規範が必要なんだ。
 カロリーネが包囲陣の外にラナハイム兵を追い立て、其の出口で銃兵が集中射で頭数と士気を崩壊させる。さらにユリアナが残余を衝く。うん潰走にならないだけ凄いな。アンナマリアと牽制し合っている魔術師を合流させ崩れつつも整然と退却していく。一騎当千の将と無双精兵が命と国家の誇りを掛けてぶつかり合う戦場。オレ如き半端者は……


 「オレは戦場にいるべきじゃないな。」


 思わずそう呟いた。それでもオレは歴史を回す為に此処にいる。最悪を回避すると同時に零れ行く命を一つでも拾い上げる為に。ラナハイムという国の終わりの始まりを示すようにルモルーネの空に残照が広がっていた。







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あとがきと言う名の作品ツッコミ対談


 「どもっ! とーこです!! これでようやく第一章終了かぁ。随分と細かく書いたわね?」


 そうでもないぞ、かなりざっくりな感じで政治小説の構成としては落第レベルだと思ってる。特にキャラ描写に力入れ過ぎて政治的対立とかほとんど書けなかったから第4章で掘り下げどころかこの章を改稿しなきゃならなくなるかもしれない。


 「難しくなる一方よね。それにしてもこの時点で『隷姫』に『ZERO』に『幻燐』入れちゃって大丈夫? それに4話何? 『神採り』でプロローグ作っちゃって。」


 まぁ『神採り』は殆どのキャラが出場不可になるからな。基本セテトリ地方までいかないと出る幕無いキャラばかりだし。あくまでセラヴィは子役で特別参戦だから出番は少ない。だが、それどころじゃないぞ。次章から『VERITA』『ラプソディ』『円環』も追加。4話だけど本来あっこで章切って1〜3話を序章にするつもりだったのよ。だけど第一章が短くなるので統合した。4章の影響でね。


 「そういえばシナリオプロットで全3章と明記してなかった?」


 だな、でも次たる2章があまりにも長大化してね、2つに分けざるを得なかったのよ。まさか主人公の行動範囲がディル=リフィーナ全土にまで拡大する事態になるなんて考えもしなかった。


 「エンディングのせいだ! と作者吼ざいていたよね(笑)」


 本来の史実ルートプラスアルファのつもりがグランドエンディング狙いになったからな。主人公は大きく出たけど救いはあれども結局アルの救済は叶わなかった結末にしようと考えていたのよ。それが『円環』でひっくり返ったのが大きい。


 「それ以上は不味いからやめとこうね。」


 だな、それと序文で別作品出しながら共通項があるのが解るかな?


 「解らいでかっ! そんなに魔導戦艦出したいのか!! 毎度毎度描写の為に設定描写コピペして乱用するのモノ書きとしてどうかと思う。」


 それくらい魔導戦艦への愛が深いと考えてくれ。実際ゲーム以上の発展形になるしな。事実魔導戦艦だけじゃ魔導巧殻のメルキアらしくないからでぶち上げたのが竜操魔艦だからな。


 「戦艦に飽き足らず空母までつくるこのキチめ……? アルペジオSSでの畝傍て機帆船でバーク帆走だったよね?」


 うん(!)


 「なんか計画してる魔王スライドものSSにも拠点として秘巧戦艦と言う名の魔導戦艦だしてるよね??」


 うん(席を立つ)


 「ネタで装甲列車とゾンビもののSS計画中に何故か蒸気帆船の設定してたよね???」


 うん(脱兎)


 「やっぱりそういう事か! この軍艦ヲタめー!!!」


 (轟音と悲鳴が交錯)



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