――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  学生たちの日常 創刻のアテリアルより)





 グラスを揺らすと何かが反射した。おや? 流石アル閣下。早速酒瓶抱えて飛び回ってるな。


 「乾杯!」 「「乾杯!!」 「「「乾杯!!!」」」


 グラスを鳴らす音がそこかしこで響き、謁見の間である広間に貴顕の方々が集いさざめく。思えばセンタクス開放以降東領ではまともな外交パーティ等やっていない。その暇すらなかったのだからね。ザフハと戦争中とはいえ、いやだからこそ各国・各勢力を繋ぎ止め、アヴァタール連合軍を演出しなけりゃならん。ゲームではセンタクス開放と先輩の元帥就任を祝って内輪――それでも東領全体と言う規模だけど――でパーティやるイベントがあるんだがそんなせせこましいことなど実際出来ないのよ。だからこその対ザフハ戦真っ最中と言う時期での拡大解釈による中原全体を巻き込んだ外交パーティだ。


 ヴァイス先輩の元帥就任と内意での立太子披露

 リセル先輩の内縁化

 メルキア帝国の健在を宣伝


 こんなのは序の口だ。裏で激しく暗闘が行われる内容は


 ザフハ部族国平定後の戦後処理(ぶんどりあい)

 今後のメルキアとの外交関係の再構築(わりこみじょうとう)


 そしてオレの提唱した夢物語ともいう案件

 大陸()路開削のプレゼンテーション


 中原でメルキアに負担を押し付けられるのであれば各国は表面上は賛同するだろう。出来もしない夢物語にメルキアが金を突っ込み、疲弊してその分インフラ建設で各国が得ができると考えたならば。だがその裏でラギール御大が動く。各国で海のものとも山のものとも解らぬ魔導戦艦――リプディールの一件はこのパーティで初めて公表される。竜族と正面決戦できる戦闘兵器等、どんな国だって喉から手が出るほど欲しいに決まっているからだ。――それを大量建造できる工廠と契約者たるオレ、そして中間に位置する制御者のハリティ。今度こそ世界中の軍事バランスがひっくり返る。下手をすればこの世界を壟断する現神よりタチの悪い『人類国家』が『兵器輸出産業』を手に入れてしまう。
 各国はメルキアの方針を危険視し神殿勢力、特にハリティの大本になるバリハルト神殿にハリティの神殿召還を求めるだろう。アヴァタール五大国ならば近傍に位置しメルキアにその拡大をラナハイム属国化で地理的に阻まれてしまったリスルナ王国はその筆頭、レウィニアの西、ブレニア内海の制海権を魔導戦艦による制空権で一挙に失うスティンルーラ女侯国が次点。要請どころか懇願になるのは目に見えている。だがスペリアは今ハリティを召還するわけにはいかないんだ。


 「お久しぶりですな女王陛下、昨今の人間族同士の騒乱、我が国としても憂慮の至りです。」

 「御配慮痛み入りますわ。産みの苦しみ亡くして命は生れ落ちぬ……今アヴァタールはその岐路に立っているとも言えましょう。メルキアが何を選択し、どう道を示すのかメイルとして注視しておりますわ。」


 エルファティシア陛下に話を広めてもらっている。今正に闇の月女神アルタヌーがメルキアで蠢動を始めており、一定のラインを越えれば『安全装置』たるハリティが動き出す……と。
 マクルの惨劇が忘れられないバリハルト神殿にとって今ハリティを取り込むのは自殺行為だ。バリハルトとアルタヌーという神の大喧嘩に巻き込まれることになる。
 一見神の御心ということで容赦なき教化と異端殲滅に動きそうなもんだが、そもそもどちらも神ではなく神の御物。意思を持つ神器同士の争いに勝手に介入して神に助けを願ったら『おれ関係ないしー』と言われてスペリア壊滅なんて笑い話にもならない。神様を唯一神や最高神と訳すと陥穽に嵌る。こちらの世界は多神教でオリンポスの神々の様に皆勝手気儘だ。それでも神に縋ってしまうほど、メルキア外では神の影響は強いのよ。
 バリハルト神殿が執るのはおそらく時間稼ぎ。裏で事が終わるまでメルキアはハリティを管理しろと内意を回し、表向きはメルキアに召還ではなく返還という強い調子をもって挑んでくる。当然メルキアは気分を害したという事で態度が硬化し、交渉が長引くことも承知の上でだ。
 此処で伯父貴が出てくる。メルキア所属と主張するハリティをネタにどれだけバリハルト神殿を強請れるか? そして開拓地の大量発注という餌で魔導戦艦の『平和利用』に神殿が割り込めることを囁く。これをバリハルト神殿に宣伝してもらうわけだ。


 メルキアの魔導戦艦はあくまでラウルヴァーシュ大陸の更なる発展のために利用される。


 この大義名分の下で50隻の『開拓船団』を公認させ、ラギール御大と共に各神殿の説得に回ってもらうんだ。闇夜の眷属の国――まだ闇勢力最大国家(インペリアル・メンフィル)は存在しない――が一つでも欲しいヴァスタール神殿、各メイルが孤立しがちなルリエン神殿、獣人の連帯を唱えるベルーラ神殿はこっちに靡かせられるとは伯父貴の言、さらに競争意識の高い癒しの神イーリュン神殿と混沌の女神アーライナ神殿もどちらかが手を付ければ双方乗ってくるとの事。
 セーナル神殿含め10の神殿を引き込めば此方の勝ちだ。神々の第一人者、その使徒たる黄の太陽神・アークリオン神殿が出張ってくる。ここまで来れば神殿勢力がセーナル神の審判でメルキアが投げ与える開拓利権に投資してくれるに落ち着くはずだ。
 ハブられるのは文明社会と隔絶された神や、大きい枠組みで人類を認めないレイシスト系の神。闇の月女神にして復讐の女神アルタヌーはどっちにも該当する。力を失っているがカルッシャ王国の地方神・姫神フェミリンスもそうだ。彼女の場合は変則的だが純粋な人間族以外をヒトと認めないからな。この選民主義は隣、フィアスピア地方で起こった【精域神戦争(フィユシア聖戦)】が大いに影響しているとオレは考えるんだが……おっと脱線!
 さて、その元凶たる一族がお出まし。慇懃無礼にならない程度で挨拶、どっちが格上かを見せつけるのも重要だ。相手は公爵夫人、オレは貴族家で嫡子とはいえ当主の下、『卿』に過ぎないからな。


 「遠きレスペレントからようこそ。カルッシャ王国第三王女、イリーナ・テシュオス殿下(・・)。」

 「もう公爵夫人ですわ。お初にお目にかかります。メルキアの【宰相と公爵の懐刀】シュヴァルツバルト・ザイルード()。」


 いやー、オレ想定する時代を間違えたか? と前日招待客の名簿見て泡食ったわ。150年後の悲劇の姫君がなぜこんな場所に? とゲームをやり込んだオレとしては思うわけで当然別人、今顔を合わせてみて安心した位だ。後の魔人帝のツンデレ妹魔神(イヴリーヌ)を柔らかくした面差し、つまり銀髪碧眼だ。本来のイリーナ王女は金髪榛眼。……彼女転生元じゃないだろうな?


 「些か猥雑な宮廷で申し訳ない。若手中心で元気の有り余っている者が多いですからね。」

 「素晴らしい国ですわ。どの街もどの街も活気に溢れて……戦争中の国とは思えないほどです。」


 ふーん、直接転移の城門でなくて西領首府(バーニエ)から馬車を走らせたか。結晶化した帝都の視察もやったということだな。謙遜と称賛、こんなのは外交儀礼に過ぎない。最初から貴族の戦場(こうしょう)ということ。地政学上で魔導戦艦を用いた交易をおこなえばメンフィル王国からオウスト内海を周回し、フレスラント王国影響化のイソラ王国を含むケレース地方、そしてメルキアに至れる。今までの様に内陸のカルッシャ王国を経由せずに交易路を伸ばせるんだ。
 幾ら過去、フレスラント王国の主神・赤の太陽神(アークパリス)とメルキアが険悪な関係になったと言え、双方が『信仰と経済は別』なんぞ言い出したら窮地に陥るのはカルッシャ王国。彼の王国の収入は農業と交易、片方が立ち行かなくなるだけで彼の王国はレスペレント唯一の大国の地位から転がり落ちてしまう。

 「全くメルキアにも困ったものです。兵器ならまだしも新たな公路とは。商人たちの嘆く顔が見えるようですな。」

 「良いではありませんか? 貪欲なる巨竜(メルキア)が金をばら撒く理由ができるのなら。彼等の御蔭で富は傾く一方。その傾きがどちらに向かうのか興味はありまして?」


 遠くの陰口はさておき、軍事力を背景にした恫喝外交など論外だ。ここは元の世界の様に少し遠い国へ仲が悪いからぶん殴りに行くは厳しすぎる。これは兵力移動以前に通信と言う手段が原始的すぎるからだ。指示を出したらそれを実行するのが一年後とか西部戦線も真っ青のタイムラグが生じる。だからこっちの国家は隣国くらいしか外交関係を持たない。アヴァタール五大国クラスの先進国になってようやく中原と言う大枠をおぼろげながら勘案することができるんだ。魔術的通信網を持つ神殿や超常の組織などは別だがこれらは考えなくていい。また別の思惑や国家経済など考えない組織だからだな。
 だからこそ今回のメルキアの策動、セーナル神殿と組んで大陸公路を引き直すという暴挙は国家のみが悲鳴を上げるに留められる。あくまでも経済戦争で収められる。だがメルキア以外の国家にとっては交易による国家の興廃が突きつけられてしまうんだ。
 と……言う訳で戦争中、しかも侵略戦争真っ最中のメルキアにアヴァタール五大国だけでなく中原の名だたる大国、国家の意を受けた神殿組織が祝賀のために集まりこういった外交戦を繰り広げるのさ。
 今回のメルキアの策動で儲けられる国はいい。だが失う国は? もちろん大陸交易の拡大こそがオレの狙いであるから全体が底上げされるのは事実だが『隣の稲穂は黄金色』、人間なんてそんなものだ。だから人を束ねる組織である国家と言う物もそうなる。高速鉄道(しんかんせん)の建設に付随する停車駅を巡って地方自治体は愚か、国政議員すら醜い暗闘を繰り広げる。今回のパーティはそんな生臭いものともいえるんだ。
 個別会談をと望む向こう側をオレの隣にいるシルフィエッタが遮りいなす。ここは絶対にオレ自身が遮り、拒否を行ってはならない。伯父貴の外交教練の一つだ。相手が本命と見なす目標が門前払いの態度を執ればそれは本命が相手の意思を切り捨てる覚悟があるということ。つまり関係悪化も辞さないという意思表示になってしまう。
 だからといって個別会談を受けるのも不可、これが囮であれば相手を嵌めるという詐術で美味しい思いが出来るんだが、オレ自身が本命であることを明言しているからな。何故個別会談に踏み込まれるのが不可なのか? 答えは簡単だ。

 密室で男と女がいれば事後女はどういう噂を立てるか? 女性王族や女性外交官が貞潔や清楚等思ってられるのは民衆だけだ。


「カルッシャといたしましては航路を伸ばすのはメルキアにとって利が大きいと確信しておりますわ。むしろ伸ばさぬことで輸入醸造酒が高騰し、貴顕の方々の御不満を煽るようになっては“面白くならない”かと?」


 本音を暈して共通の利で訴える。大概の国はこの手を使ってくる。何故かは簡単、宗教色が薄いメルキアにとって同じ価値観を他の国は共有し難いからだ。初めの個別会談要請はあくまで女を匂わせただけの右フック程度、ただ何処かでそれに繋がるよう話を組み立てているとみた。
 極端な話だが女の価値が低いディル=リフィーナだけにこの傾向は顕著。だからオレのイリーナ王女を見る目は表向きは兎も角、内心は良くてビッチ、悪けりゃ食人植物(メキ)くらいにしか思ってない。ハニトラでネタを捕り、強請って外交的成果を上げるに留まらずそのまま宮廷に居座りメルキアを蚕食する。ヴァイス先輩に逆に堕とされてしまったがラナハイム王姉(フェルアノ)が狙ったのもこの手法なのは記憶に新しい。
 さて、いきなりぶちかましを掛けても良いが物事には順番がある。先ずはやんわりと拒絶し、『脈はある』を意識させる。


 「私としてはイリーナ殿下の御懸念は最もだと思います。ですが現状カルッシャ王国は魔導高速運輸網(マギカ・トレイラー)から外れている。カルッシャの葡萄酒は私も愛飲するところですがそれだけでは材料不足ですね。今回の引き直しで是非ともメルキアに酒をと考える諸国は枚挙に暇は無いでしょう?」


 つまり特産品という理由で『オレが恣意的に線を引くのは無理ですよ。』と暗喩、逆に言えば『メルキアの利になる共通の話題は無いのですか?』に誘導させるんだ。まーこんなことで【テシュオス王家のへそくり】を出してくるなら罠を考えなければならない。そこでそれを匂わせずぶちかましをかけ相手の思考を停止ないし狭窄させる。彼女が苦し紛れにそれに飛びつく様にね。
 では難しい顔を作り腕を組もう。『困ったことに』のジェスチャーを助走とロープ代わりに加速。


 「それに人類国家・メルキアとしては姫神・フェミリンスの問題を考慮に入れねばなりません。」

 「どういう事でしょう?」


 宗教的な問題は話が拗れ易い。メルキアは敵対的な神でもない限り宗教意識が薄い分、宗教を盾にして外交を行おうという意欲に乏しい。特に自前情報でアヴァタール五大国に問題を拡大したがらないというオレの方針を得ているならば、オレが態々宗教問題を持ち出すというのは警戒と共に疑問すらでるだろう。ではラリアット、ボソリと耳元で囁く。


 「殺戮の魔女。」


 「! それは!!」


 顔色が変わり周囲を見回すイリーナ殿下。そりゃカルッシャ王国が長年隠し続ける王家の秘事かつアキレス腱だからな。こちとら【知っている】し裏も取れた。ゲーム通りテシュオス王家の長女は必ずこの呪いをもって生まれてくる。
 人間族を偏愛し、他種族を虐げた光陣営の地方神――姫神フェミリンス――。彼女を愛するが故に戦い、遂には打ち破った野心の解放者(プレアード)の力をもってしても彼女を膝下に組み敷くことはできなかった。怒ったプレアードは姫神を己の配下の力を使って封印し、彼女を生み出した姫神の血筋――テシュオス王家――に呪いをかけたのだ。

 常にテシュオスの長女は愛に富み慈悲深く勇敢で……最後に人間を殺戮する。

 これが近隣諸国に広まればカルッシャ王国、特にテシュオス王家は破滅だ。誰が魔物を傍に置き崇めたがる? 中原とはいえ宗教色が強い西方との隣接国家。特に西隣は偏狭なまでの教義を奉じる孤立主義国家【フィアスピア地方・インラクス王国】だ。良くてすげ替え、悪ければ断絶もありえる――――その程度で消える呪いなら問題ないけどね。
 事実は更に恐ろしい、未来でこそその殺戮の魔女(フェミリンス)となったエクリア・テシュオス・フェミリンスが神殺しの第一使徒として迎えられた御蔭で被害は止まったが、今呪いを止める者はいない。血が断絶したように見えても呪いは家系を越え、傍系へ傍系へと広がっていく。実は後の魔人帝リウィ・マーシルンの母君も傍系に位置する。
 ゲームをやり込んだなら恐ろしい事実に気付くだろう? もしエクリアが滅んだとすればその呪いは遥か未来、魔人帝の孫娘である【光闇の聖皇女、リフィア・イリーナ・マーシルン】に向かう事に。神殺しの仲間として最強レベルの魔砲少女、オレがこのメルキアではやらせないマルギエッタ・シリオスの呪われた娘にしてゲームネームド武将最強、【聖魔の魔人姫、メサイア・シリオス・アンナローツィア】の完全上位互換キャラだ。それが殺戮の魔女、いや姫神フェミリンスの依代となる。以降の歴史から見るとそれほどの爆弾なのよ。


 「解りました。今我が国にメルキアの方針を変える術はない。そういうことですのね。」


 あらま、此処で食い下がってくると思ったけどなぁ? そりゃショックなのは解るし、一外交カードと己の家族、国の尊厳まで天秤に賭けろというのは酷だ。引き下がるのかと思いきや我が国に注視する。つまりは他の国に影響力を働かせ間接的に利益を得る。
 カルッシャに路線を伸ばさせる。勿論妥協案としてその路線を西方の大国テルフィオン連邦にまで延ばすことも含めてだ。ただ、それはメルキアにとって少々面白くない。大陸航路――その南路と北路――その始発駅がテルフィオンになってしまう。航路で最も利益を得られるのはメルキアにするのがオレの役目。この路線変更はそれに対抗できるテルフィオン連邦という“経済国家”を作り出しかねない。
 ならばどうオレは対処すべきか? 答えは簡単、影響を働かせる国に割り込みをさせない程度の利益誘導を行う、だ。たがそれと同時に容赦無き事実という凶刃も突きつける。それこそがオレが求める彼の国すら知らない真の意味での【テシュオス王家のへそくり】を相手から差し出させる手妻になるのさ。


 「そうでもないですよ? 我等が貪欲なる巨竜(メルキア)の悪名を轟かせているのは周知の通り。カルッシャ王国を含むレスペレント地方での我等が狙いはメンフィルの重金属(きん)鉱脈。」


 続くオレのムーンサルトプレス発言にイリーナ殿下もう顔真っ青どころか半泣きだし。事実メンフィル王国の設立にはテシュオス王家が深く関わっている。この国のさらに東、哭璃の汚染地帯【海雪の間】から溢れ出す魔族の群れ。その防波堤となる筈の国の地下が無尽蔵なほど鉱石を産出するんだ。
 一般金属として大量の需要があるコルシノ鋼とキグルン鋼、貴金属であり標準通貨に使われる金鉱石、メルキアで珍しく産出不足で輸入が行われる緑魔法石。これらを安定供給する事が出来れば【貪欲なる巨竜】は戦後さらなる躍進の原動力を手に入れられるだろう?
 そしてゲームではこの事実はメンフィル側に未だ知らされていない。こちとら全部【知っている】んだよ! 本格採掘が始まったのは今から100年も後だ。そこまでテシュオス王家は隠し通してたという事――故にへそくりとオレが評しているんだ。そして……
 オレの口から殺戮の魔女含めて国家機密がここまで駄々漏れしているという事はメルキアがカルッシャ王国の内部、それもかなりの深層にスパイを潜ませていると誤導しているんだ。殿下、帰ったら居もしないスパイで宮廷大混乱に陥れるだろうな。囁きを繰り返す、


 「早々に公開して宣伝してしまえば楽になりますよ? 我等も動かざるを得なくなる。大陸横断航路より縦断航路の方が旨みが大きいとなれば本来の大陸公路――横断航路の南路と北路――双方にいきなり再編成を掛ける必要も無くなります。」


 この時点では大陸公路を大陸航路に置き換えるところまでしか話は進んでいない。カルッシャの宣伝で利に釣られたオレが伯父貴とエイダ様を説得し、縦断路と横断路に話をすり替える。ガルムス閣下には危険地帯であるケレース地方から抜けた縦断航路の最初の停車駅が【北領首府・キサラ】ということで利益誘導する。そしてヴァイス先輩のみに彼の国すら知らない真の意味での【テシュオス王家のへそくり】をリークするんだ。うん公共事業発注業務でもこの程度じゃ局長や部長から書類突っ返されそうだな。おや殿下、これで固定するのかな??

 「……よしなに、それとこれは重々内密に。」

 「任されました。ではひと踊りして頂けますか?」


 シルフィエッタから睨まれたがこれにも裏がある。これで相手に代価を払わせた気にさせるのさ。双方が最低限でも利益を得ていないとこんな御喋り程度では国で『無かった事』と覆せる。『払った分は貰わないと』と交渉は本格化するはずだ。エイダ様やアディばーちゃん、大喜びで権限を奪っていくだろう? エイダ様ならこれくらいは恫喝しそうだ。


 「公爵夫人を離縁させてまで貢がせた? その程度で我等を篭絡するなど片腹痛い。利益を欲する前に払う物は払った方が良いぞ?? 傷物の姫(ひとづま)一人で我等が至宝、ザイルード卿を傾かせるのならばな!」


 さて、向こうが敗北を認めた。まーオレの狙いは次の世代にこそあるんだけどね。鉱脈だってオレが縦断航路を優先し、戦後メルキア各領が資本投下を始めればどうにでもなるのよ。それをあえてテシュオス王家自らにやらせるのはメンフィル王国をこの段階から肥え太らせ、宗主たるテシュオス王家が手離せなくする為。オレが未来のメルキアに与える本当の利益はメンフィル東部、哭璃の汚染地帯――即ち魔焔だ。

 これこそがオレが言う彼の国すら知らない真の意味での【テシュオス王家のへそくり】なんだ。

流石に100年もメルキアの版図から魔焔を作りまくれば枯渇してしまう。汚染地帯浄化にに名を借りてじゃんじゃん魔焔をメルキアに運び込むんだ。
 気づいた時には既に遅し、リウィ君の反乱とメルキアの保証占領でカルッシャ王国大損害。否応なく後に起こるレスペレントの大戦【幻燐戦争】緒戦から参戦しなければならなくなる。本来ではリウィ君がメンフィル王国国王を禅譲されるまで妃将軍を除けば敵対していなかった。準備不足のカルッシャ、ゲーム以上の孤立に苛まれるメンフィル、泥沼で踊らせた上でメルキアにとって都合の良い第二のメルキア(メンフィル)帝国をリウィ君に作らせるんだ。
 長期的な目で勝利を掴むのも外交役得(これ)も貰えることになったしね。向こうは自ら傅かねばならないほど拒否できない。身を擲って国益のためハニトラ仕掛ける筈が、目先の利益と王家のアキレス腱守るために供物になるしかないんだ。攻守逆転ということ。……まだ交渉相手(せんそう)沢山待ってるし明日も早いからな、深夜までどころか一戦が精々か、

 ――――え、公爵夫人? 人妻だから不味くないかって?? 人妻大好きなんですけど何か???





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(BGM  戦士 戦女神より)


 「(やってるやってる……)」

 次の会議まであと2時間だ。考えは纏めてあるけど昨日の痛撃がまだ残ってる。? ベッドの上の事じゃなくて最後に交渉(せんそう)した相手『王妃』ルイーネ嬢の事だ。
 ユン=ガソルの対ザフハ割り込み参戦を阻止するために伯父貴の軍を領内通過させろとの要求文書は確かに効いた。一見これは戦略面ではユン=ガソルにとっても得だ。自分達の後ろ暗い取引を切り捨て、ザフハとは関係無い事をアピールすると共にザフハの悪感情をメルキアが背負ってくれる。勿論、応分の報酬をメルキアに突き付けることも可能だ。

 だが国家戦略を考えるとユン=ガソルにとって致命的な一打になる。

 初めからメルキアとユン=ガソルはグルだった……ユン=ガソルがザフハをつけあがらせメルキアの挑発に応じて攻め掛かったら同盟しているはずのユン=ガソルが殴り込んでくる。国家の格としてはアヴァタール五大国の雄、メルキアが格上なのは常識。政策面で対立するだけでユン=ガソル連合国はメルキアの一部という誤った認識を各国に植え付けられかねない。
 もし今後“も”メルキアとユン=ガソルで戦争が起こっても諸国はメルキアの内乱と言うスタンスでユン=ガソルに接することになる。これは外交的に独立戦争という段階までユン=ガソルの外交戦が押し戻されることを意味するんだ。
 当然ながらユン=ガソルはこれを拒否すると共に旧ルモルーネ【公都・フォアミル】の隣接都市【城塞都市・コガレン】の兵力を大増強、南領軍の進撃を阻止する構えに出た。おかげで南領第2軍団は北上し、【折玄の森】経由でセンタクスから出撃することになったがオレ達は当面のユン=ガソルのザフハ参戦に名を借りたアンナローツェ侵攻を阻止できた訳だ。
 そこで策動を終わりとしたオレが甘かった。あくまで軍事的な牽制に過ぎなかったメルキアの行動をユン=ガソルは国家戦略として煽り立て五大国のリスルナ王国、スティンルーラ女侯国を動かしたのだ!
 双方の大使がユン=ガソルの国家承認を報告し、メルキアにも同様にそれを求めてきたときのルイーネ嬢の笑みは忘れられない。レウィニアすら同調してきた。これは言質どころでは無く、完全にオレの失策。まだエディカーヌ帝国が保留しているので――伯父貴に恩を売るつもりなんだろう畜生!――土俵際で粘れるが一回でも軍事面で躓けば五大国連名でユン=ガソルを国をして承認せざるを得なくなる。エイダ様が伯父貴がジルタニアが維持し続けていた外交的優位をオレが崩してしまったんだ。
 エイダ様から直後怒られたし、伯父貴からも嫌味が飛んできた。『此処で罰ゲームやるか?』、勿論御辞退したけどそれほどのポカをやらかしちまったんだ。一見10年も毎年恒例復讐戦争やってるから何を今更な案件だけど外面は重要。もうメルキアは内乱と言う言い訳で復讐戦争への各国の干渉を防げない。

 ――オレの八つ当たりモロに喰らったイリーナ姫様ゴメンなさい。どう見ても姿見の前で羞恥プレイはやりすぎでしたよね? 贈り物用意させとこう。勿論裏面でのメルキア魔導兵器試供品規模武器輸出(プレゼンテーション)も含めてだ。――

 階段を下り切り中庭に出る。剣戟と歓声、叱咤に聞こえる教導と復唱、罵倒に近い野次。それを囲む兵士や騎官――国家騎士のこと――がオレを見ると慌てて敬礼し道を開ける。オレにあてがわれた席はVIPなんて代物じゃないからな。事実上の主催者がオレなんだから。本来彼が座る隣に腰掛ける。――――ヴァイス先輩遅いなぁ。ザフハの分捕り合い難航か。


 「セリカ様、アンコール!!」

 「尻に蹴り入れろー」

 「這いつくばらちまえー!」


 あーぁ……オレ達からすれば敵だったんだぞ。よくもまぁ旗幟変えて応援できるもんだ。まーシャンティにとっては御褒美みたいなものだから周りからすれば妬っかみの一つもしたいだろうしな。美形の剣士、しかも伝説に謳われる男(ここ重要)に剣の稽古つけてもらえるから女性軍人としては総員しっと団になりたくなるのも解るが。


 「足の重心軸を動かすな。違う! 動くなではなく無駄な動きをするな。」

 攻撃残像形成(ディレイ・アタック)が早すぎる! 今の剣速ですら読み切れるぞ!!」


 シャンティの激しい打ち込みを軽々といなし、躱し、流し、打ち払う。隙を見せれば剣の腹か蹴りが飛ぶ。そのたびに派手に吹っ飛ぶシャンティ。――驚いたな、教練できるじゃん。カウラ嬢へのあの台詞は何だったんだ? 何度も繰り返し起こる記憶の剥離によって遂には教練すら忘れてしまいカドラ廃坑事件に至ったと考えるべきか?――あ……また蹴られた。オレの目から見ても前のセリカに集中し過ぎて方位残像形成(パラレル・アタック)に気付いていなかった。


 「きゃあぁぁぁッ! セリカ様〜〜〜〜!!」  


 たちまち起こる黄色い大歓声。おまいらはコンサート会場でメンズユニットに熱狂するJKかよ! ……確かにその年齢の兵士も多いのだがツッコミたくなる。神殺しセリカの本性を知らず伝説と外面だけ観りゃそうなるだろうけどさぁ……男は少数だ。神殺しの剣技を見に来たのか彼女に連れてこられたのか女の本性にドン引きしている輩もいるに違いない。
 剣戟が見える天幕の椅子に座る。何人か貴顕の方々が来ても大丈夫なようにしているからな。ただオレの他には誰もいない。神殺しと直接接触を図るのは各神殿の不快感を呼び込みかねないし国同士の牽制もある。大仰にどうぞとばかり席を用意しているからメルキアの策謀を疑って様子見しているんだろう。警備の兵士の隣にあるテーブル、そこにある円盤に置かれた短剣(ハイシェラ・ソード)、彼女に話しかける。


 「感触はどうですか? 魔神ハイシェラ殿。」

 「セリカを引き込んで何がしたい? 人間よ。」

 現れた姿に懐かしいものを見る。サロンとビスチェという下着同然な外見。それは劣情を男に抱かせるものでは無く、最高効率で絞り込まれた名弓のような躰を飾る被せ金属のようにも見える。
 蒼銀色の髪は自ら光を放つように輝き、その蒼色の瞳は恒星のよう。幻術投影での映像ですら凄まじい威圧感。教練の方に目を逸らして話を続ける。


 「個人的には今回の騒動の邪魔をしないで欲しいという事、願うならば多少の助力と言ったところです。報酬の主たるものは彼の維持と経験の蓄積です。」

 「ほう、ではこれがか??」


 彼女も何回か神殺しとの話に同席しているからオレがどういうモノか解って居る。というより解ってもらわないと困る。考えなし兼記憶が直ぐ飛ぶ神殺しのツッコミ役としての役どころだからこそ神殺しに関しての【知っている】はオレと互角、ゲーム外故にオレが知らず、本人すら知らない神殺しの物語を継承しているんだ。本題への口火を切る。


 「このままだと飛燕剣そのものが失伝しかねませんからね。私としては彼が毎度毎度記憶を失う度に剣技まで消えてしまうのが残念に思うのです。体が覚えていても道場があるのならば再度剣技を取り戻すのも容易でしょう?」

 「……どこまで知っておるのやら。」

 「全てをとは言えませんが相応の事を。神殺しになる前のセリカ、これから起こるであろう神殺しの試練の数々、女神アストライアの浄化の炎【リブラクルース】ですら焼き尽くされなかった勇者セリカ・シルフィルの呪われた残滓、【ラプシィア・ルン】の事。」

 「…………」


 言い過ぎたか? これじゃ全部セリカの事を知っているぞと脅しているようなものだしな。自分の頭で【スキル・言い訳T】とでもボヤいて交渉開始。


 「警戒しないでください。オレは神殺しをどうにかしようとなんて考えませんよ。そもそも生きる世界が違いすぎますし、遺跡での件は完全にオレのミス。自業自得という奴です。」


 そりゃ世界中の国家、組織、神殿、超常から狙われる立場だからな。こっちが加害者になって謝罪の一つもしないと信用すらできないだろう。諸外国では貪欲なる巨竜(メルキア)の悪名はメジャーだからだ。逆に言えば各国はそれをネタに少しでも己の国が己が利益を得たいという事。難癖付けて話し合いは外交の基本。
 でも神殺しは国家ではない。だからオレ個人と言う範疇に限っては言質を取られる謝罪は相手の心証を良くするためにやって損はない。うーむ、だめか……では【スキル・言い訳U】、世間話からにしようかな?


 「では少しばかり駄話をしませんか? オレはセリカが神殺しになる前の事、ハイシェラ殿は狭間の迷宮から旅立ち、リガナールに至るまでの小噺。」


 流石に天慶第二学園の情報話したら殺されそうだ。向こうの話と彼女に起こったことは秘中の秘だろうし向こうであんなはっちゃけぶりをかましたから地雷以外の何物でもない。オレが差し出すのはハイシェラが知りたい情報の一つだろう? セリカとディジェネールで初顔合わせしたとはいえ勅封の斜宮で何が起こったかは知らない筈だからだ。そしてハイシェラに求める話もオレにとって重要、神殺しの空白期間で最大のものだからだ。これを世間話の体裁で情報交換する。
 オレの本当の狙いはここにある。ハイシェラは外交という戦ができるのか? 彼女はケレースの覇者の名の通り一国を率いていたことがある。ただそれがヴァイス先輩のような国主兼軍事指導者なのか、イグナートのような山賊の棟梁だったのかは解らない。それによってはセリカの方に依頼者として交渉を行った方が手っ取り早くなる場合がある。


 「フン、大して面白い話ではないぞ、唖奴はいつも己の行き当たりばったりで動くからの。儂ですら予測がつかん。」

 「だからこそ面白いのではないですか? 後に気まぐれである姫君(エクリア)を助けた後、その姫君が己を捨ててまで尽くし続けるんですから。ハイシェラ殿もきっと妬けますよ??」


 流石チート魔神! セリカの特性の一つである感情や記憶剥離を一言も匂わせずいい加減な冒険者とそれを窘める相棒という体裁をとったか。目を瞑る、セリカの物語の始まり……廃都ノヒアの探索行、そこで出会った水竜とその仔の物語から。
 オレは物語を……いや神話を語る。神殺しセリカの元となったバリハルト神官戦士セリカと、知識の神ナーサティアの神官と称したサティア――正義の大女神アストライア――の悲恋を。外の剣戟が終わるまで隣の映像版に映し出される魔神はそれをじっと聞いていた。





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(BGM  二人だけの時間〜深淵へのいざない 創刻のアテリアルより)



 「さーて、先史文明遺跡公表に事実上の四元帥公式会議の強行、止めとばかりに魔導巧殻(ハリティ)のお披露目に神殺し。どうしてくれようかこの共犯者!」


 全部終わった後、呼び出されて来ればブレーンバスターからのナガタロックでした。てかパーティプログラム組んだのは先輩でしょうが! リセル先輩に助けを求めようとするが何? 木製のお椀引っ繰り返して擂粉木で叩いてる……て『なーむなーむ』の発言から木魚がよ!


 「先輩死ぬからやめてくだグヘゴホゲヘッ!!」


 悶絶すること十数秒、首のロックこそ外してくれたけどうつぶせに倒され後頭部にフェイスロックがかかっている。まー先輩には今回の結末までは話さなかったからな。個々の交渉が何を生み出すか? 実はこの時点でヴァイス先輩とオレの狙っていたものが違うんだよ。


 「ここまでは【知らん】ぞ! お前はいったい何を企んでいる? もはや俺の皇位継承は規定事項、しかもメルキア国外に多数の植民地を持つ連邦帝国構想だと!? 話が大きいにも程がある!」


 最初期はヴァイス先輩にメルキア皇帝位を簒奪(・・)させ、アルを一時的にでも生かす方策を目指すものだった。そこまでをどうして進めるのか? ヴァイス先輩だけでなく共犯者外のエイダ様も交えて話し合ったものさ。
 皇帝位簒奪は先輩にとって最終目標点。でもオレにとっては皇位継承(・・)への折り返し点でしかない。たとえジルタニアが滅び、帝都結晶化が解除されたとしても有力政治家や大貴族と言う皇帝施政権監察機構、即ち元老院がある。戦後これも敵として潰し、再編成をかけ諸侯会議への前段階にしなけりゃならん。
 ヴァイス先輩の皇位擁立に元老院は表向きは兎も角、裏では反対どころか妨害や失脚、暗殺に訴えてくるのは明らかだからだ。庶子という理由だけでね。まずこれは覆せないし、切り崩そうにもメルキアの硬直化による副産物。時間稼ぎをされればされるほどオレ達若手が不利になっていく。
 だからこそのエイダ様主導の強権弾圧政治と言う狂言、そして示し合わせてのクーデターによる元老院を巻き込んでの粛清という劇場政治を謀るわけ。その上での先輩の皇帝位『簒奪』ね。ここまでいってオレの最終目的は折り返し点になる。そう簡単にエンディングには辿りつけない。後頭部をロックしている手をゆっくり引き剥がす。


 「先輩が正統なる皇帝(・・・・・)にならなければならない。そのために不磨の大典たるメルキア法典を力づくで変える(クーデターする)。クーデターは相手が思考停止しているうちが勝負です。伯父貴やエイダ様、そしてオレという暴走分子を叩きのめせる唯一が先輩でなくてはならない……そう諸国に認識させなければ先輩の皇帝擁立は元老院と言う内だけでなく諸国という外からも潰される。ラウルヴァーシュ大陸全土に『すべては手遅れだった』と呻かせてオレ達はやっと安寧を手に入れられるんですよ。」


 それだけじゃない。それ以上に厄介な問題が首を擡げてきている。話を続ける。


 「それに……先輩もオレの報告解って居るんでしょう? オレはジルタニアの策動を【知っている】から判断していた。しかし、オレは裏切られ続けている。ここまでジルタニアの手が長い、しかも己は結晶の中に閉じ込められていてこの神算鬼謀、どう見ても異常だ。」

 「遺跡出立の折にも零していたな。それがどうしてこんな事態になる!? これでは内乱での犯人探しに名を借りた粛清も不可能になるんだぞ!」


 そうオレが願うアル救済の手妻、他国と組んで世界中を開発する。これはメルキアの統治が今のままでヴァイス先輩が皇帝になっても比較的1位の偕主が皇帝位を名乗っていることが前提となる。それでなければこれはメルキアの世界への宣戦布告と諸国は考えかねない。つまり単なるヴァイス先輩の簒奪戴冠はそれまでに起こる政治的混乱からジルタニアを凌ぐ超危険人物がメルキア帝位につきかねないと諸国は誤解してしまうんだ。
 最初に危険要因と特定させない。そういった意味では四元帥とオレは先輩の楯でもあるんだ。オレ達全員が暴走し諸国に【よりマシな支配者、ヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ】で納得させる。内圧と外圧でメルキア法典を撓め特例での皇位継承を納得させるんだ。
 そして先輩の願いでありオレ達の狂言の中での悲劇として扱われることになるメルキア後宮虐殺事件は拙速に行えば先輩を初めから危険人物として特定させかねないのよ。


 「正直後宮なんぞ粛清しても後から後からあぁ言った輩は出るんですし……」

 「シュヴァルツ君。」


 リセル先輩が窘めてくるので本題を修正。ま、先輩のアキレス腱叩いて怒らせるのも嫌なんでね。据わった目でヴァイス先輩と見る。方向性こそ違うが後宮を憎む心はヴァイス先輩と同じだ。オレはあの事件で先輩がこうなったと結論付けているからな。先輩との出会い、ゲームと違い現実は皇帝になれるのか? それを疑わねばならない程酷い『再会』だった。


 「……先輩に敵する連中には消えてもらいます。しかし、それは過去のメルキア法典諸共という制約がある。オレは先輩を暴君にするならエイダ様共々粛清されるのを望みますしね。それ以上に今のままではジルタニアに勝てない。オレはそう判断しました。なら勝つべき手段を選んではいられません。」


 人の神の禁忌すら踏み越えて祖霊の塔を手に入れた理由はこれだ。本来ゲーム通り進めるならばエイダ様かレウィニアに頼んで再封印で構わなかった。だがジルタニアがオレの行動を想定し、そして世界がオレたちメルキアの一挙一頭足に注目しているのならば奴の二手前三手前を行くべきだ。
 予感したのは魔神グラザ、疑念したのはエリザスレイン、想定を進めざるを得なくなったヴァレフォル、確信に変わったのは神殺しとの出会いだ。今オレがメルキアの意思すら忖度せず勝手に進める行動を話す。


 「【黎明の焔】その量産、アルを壊せる【五騎の秘巧殻】(ハリティ)の確保、ファラ=カーラ量産に対抗すべき【竜操魔艦】の大量建造、ジルタニアの存在をどの国どの神殿すら認めないように包囲網を形成、それでもダメな場合での最終手段、クヴァルナ最北部に眠る【最強の兵器】と帝国直轄領(インヴィティア)諸共ジルタニアを滅ぼす最終兵器(かみごろし)の担保。」

 「……そ、そこまでやるか!?」


 絶句しているのはヴァイス先輩。リセル先輩は首を傾げている。これが共犯者とそうでない者の差だ。オレはヴァイス先輩にこの世界において何が危険で何が危険でないか話している。一国家一貴族の動静ではなくその背後で策謀と気まぐれをもって世界を動かす超常共の存在について。
 オレは今回のメルキア中興戦争についてもヴァイス先輩に脅威として最初に伝えたのは内乱時に敵対する伯父貴でもラスボスであるジルタニアでもない。新たなる己の領を得んと画策する闇の月女神・アルタヌーこそ見据えて行動しろと言ったんだ。だからこそ人として意思を示し国家を動かしてもそれに肯んじない超常に対しては同じ超常を持って対処する。だから【世界最強】(かみごろし)が欲しかったのよ。そしてオレは手札一枚で勝負を掛けない。それが【最強の兵器】。正面対決は己のみが消滅してしまうと絶望させ圧倒的格差を以ってアルタヌーを諦めさせる。これぞ抑止力ってやつだ。
 

 「シュヴァルツ君、其処に貴方は居るの?」


 唐突にリセル先輩に聞かれた。


 「それが今の話と何の関係が? オレはヴァイス先輩のナンバーツーでいいんですよ。それでも過分だ。」

 「……違う。シュヴァルツ君、ちゃんと話聞いてる? 貴方の考えの果て、貴方の叶った夢の先に貴方は居るの??」


 言葉に詰まる。そんな個人的な話じゃない。メルキア、ひいてはラウルヴァーシュ大陸全ての興廃が掛かっているんだ。反論しようと口を開くが、それをリセル先輩が許さない。


 「…………やっぱり解ってないのね。シュヴァルツ君、クリストファー伯父さまから聞いたわ。シュヴァルツバルト・ザイルードと呼ばれる男はこの世を良く知る歌劇としてしか見ていない。だからこそ俯瞰的な見方は他の追随を許さないが一緒に見ている観客のことなど気にもかけない。いいえ、気に掛けることを酷く恐れている。カロリーネに言われているよね?『逃げている』って。」


 スガンッ!という何かが響いた。いや音はしていない。これはオレの心の悲鳴? ゆっくりと視界が傾いていく。その傾きが途中で止まり背筋に衝撃が走る。ヴァイス先輩が活を入れてくれたみたいだ。頭はまだ朦朧としたまま。そうか……これがそうなのか? エリザスレインが警告し、祖霊の塔でハリティが結論づけたオレの真実、オレは未だ転生していない。


 「リセル! 何をした!?」

 「私は何も! シュヴァルツ君、シュヴァルツ君!!」

 「…………大丈夫大丈夫、流石に皆に言われると動揺するからな。オレの汚点そのものだし。」


 本当のことは話せない、話せるものか! オレ自身が全く違う意味での超常というべきモノだったとは。オレは此処の人間(ディル=リフィーナ)ではない。世界によって送り込まれた預言者(セカイノテキ)なのだから。


 「糞、重量級め! 鍛えすぎだろうが!!」    


 ガタイがでかいから相応に筋肉付いてるだけで莫迦王みたくムキムキマッチョじゃないですから!――と言い訳もできずにずるずるとヴァイス先輩の寝室に引きずられていきベットに放り出される。体にまるで力が入らない。死体を引きずるような状態だから先輩も苦労するさ。気付けにクヴァルナの蒸留麦酒《ウィスキー》嚥下させられた。
 少し経ち、ようやく体が思い通りになる。ベッドの上で腕を上げその手をワキワキとして状態を確認しながら独白してみる。


 「確かに逃げているのは事実です。ですがいつまでも逃げれるものでは無いとは承知してますよ。今はジルタニアとアルタヌーの策謀を圧し折り、メルキアを中興させたい。そっちを優先させたいんです。そのために逃げるという手段に訴えてる。駄目ですか?」

 「あぁ、駄目だな。駄目すぎる! 俺は良いかもしれんがオマエのその手段こそが逃げにしか思えない。特に俺の思惑ぶち壊した所でシュヴァルツ、お前は逃げているんだよ!!」


 虚を突かれた。先輩何を言ってるのか解らないよ。自分の野心否定して。
 私室のドアをノックする音、『リセル、入れてやれ。』のヴァイス先輩の言葉と共にオレを半分起き上がらせる。両開きの扉が添え人のリードでゆっくり開き、後ろにリセル先輩がペールを持ち上げている。そこにいたのは……いやその姿は…………
 純白の華、花嫁衣裳(ウェディングドレス)。戦傷だらけの肌は化粧によって無垢のアラバスターの様に輝き、いつもの手入れもおざなりなざんぎり赤錆髪は綺麗にまとめられその上にユイチリ謹製のヴェールが乗っかっている。誰などと言う疑問などわかない。そのくりっとした暗褐色の瞳で、


 「…………カロリーネ。」

 「カロリーネもバカよ。本当はパーティの最中にお披露目して欲しかったのに最後の最後まで待っていて、シュヴァルツ君! 責任取りなさい!!」


 リセル先輩に半泣きのまま怒鳴られた。なんで? なんで?? 


 「今回のパーティにはもう一つ目的があった。当然ルツには秘密のサプライズでな。軍内の組織再編成の為、決定的なカードを切る。俺以外の三元帥が親代わりとしてカロリーネ・ザイルードのお披露目を行う予定だった。四領全軍を束ねる権限を持つ帝国のナンバーツー【国家元帥】の布石としてな!」

 「な!? 先輩……謀りましたね!」


 それを戦後リセル先輩を軸に行う予定だったことを何故先に! ……等すぐ解る。オレの地位を自由かつ完全に固定する。メルキア帝国における四元帥を束ねる最高軍事指揮官――国家元帥――は危急時にしか存在しない。本来は皇族が立太子や戴冠できない状況で軍権を掌握せざるを得ない時に便宜的に名乗る代物だ。だからこそリセル先輩を立后させる前段階として考えていたのよ。だがその条文にとんでもない裏側が存在する。これ、皇族でなくてもできるのよ。しかも条文が元の世界じゃなんじゃそりゃー! という奇天烈極まりものだから!!

 各元帥の対称者、その女性配偶者への親権立候補、しかも三人以上。つまり三元帥の【嫡子】として認めるという事、

 つまりこの場合、事実上の皇帝となるヴァイス先輩除いて三元帥全員が内外ともその対象の人物を上に頂くことができるという無制限裁量権を女性嫡子の配偶者(おとこ)に与える、それがメルキア宮廷法、国家元帥選任特別条項だ。
 だからか! 伯父貴がオレに責任をおっかぶせるという意味は。メルキア現帝弑逆、帝位簒奪というメルキア法典最悪の大逆をメルキア全体でなかったものとするために大騒動を機に責任者であるオレを引きずり下ろす。スケープゴートをオレに負わせることでヴァイス先輩に罪を被せない。その対価としての今だけの無制限裁量権、それが国家元帥という独裁権の塊で実現する。


 「また余分な事に逃げているな? お前の思っていることなどお見通しだ。俺が、いや俺達が本当に望んでいるのは。」


 ヴァイス先輩の怒ったような揶揄の後、リセル先輩が後をつなげる。涙ぐんで。


 「幸せになってほしい事。」


 しずしずと歩いてくるその姿に見惚れる。オレのカロリーネと共に立つ構図は戦場で背中を預けられる戦友、共に励まし合いともに駆け上っていく同輩、その結果と言う名の儀式的な結婚(つながり)と割り切っていた。
 此処は現代ではない! 群雄割拠が当たり前な世界で軍人となれば何時命を失ってもよい様覚悟を決めておかねばならない。事実、神殺しと相対した蹂躙劇ではオレは生き延びることに全力を尽くしながらどこか冷めた目で死ぬことを理解していた。だから神殿以外でこんなカロリーネの姿を見ることはない筈だった。だったのに!
 寝台の縁で跪いたカロリーネになけなしの力――まだ皮膚の痺れが取れない――で近づきそっと顔を覆うヴェールを捲る。泣いていた……カロリーネが、


 「ルツ、ハリティから聞いたよ。キミのこと。もう共犯者とか世界から切り離された敵なんてワルぶって全部背負い込むのはやめようよ。皆いるから、みんなメルキアを愛しているから……孤高を気取らないで。皆……ううん、私も背負っていくから。ルツの原罪(メルキア)を。」


 あの軽薄魔導巧殻めと毒吐く気も起きなかった。たぶんハリティはカロリーネこそオレの最も傍にいるべき人だと確信した故か。シャンティは論外だろうしシルフィエッタでは釣り合わない。彼女はたとえ零落・失墜したとはいえオレが忌む超常のカテゴリーだからだ。オレがどんな力を持とうと只人であることにこだわり続ける限り釣り合う事は無い。
 停時結界に覆われ廃都と化している帝都での言葉……オレはきっと逃げていたんだろう。小母さんからリインナちゃんから、世界から、そしてカロリーネから。だから逃げてはならない、今ここだけだとしても!





◆◇◆◇◆





 それは誓いの言葉、青の月女神に戯言と言い捨てても彼が彼女と共にあることを誓う言葉。主君のベッドに二人が倒れ伏し本来の主人達がそっと扉を閉める。碧光の暮明、虚偽の想いを安寧に歪めて睦み合う。それは“わたしであったモノ”への裏切り。


 
「それでいいのね…………ルツ。」



 遠くで昏い声が響く。



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