(BGM  闇夜に浮かぶ澆薄の月 珊海王の円環より)

 「サンキュ、シルフィ」


 服を纏い剣帯を巻く、彼女も安堵の息と共に手早く衣装を纏う。双方新品だ、既存の物はベットの上に脱ぎ散らかしっぱなし。え? 何をやってたかは一目瞭然でしょ。あんな無茶苦茶をやらかしたんだ。オレの躰はクスリと無茶でボロボロになってた。シルフィエッタからして葬儀にやってきた瞬間驚愕して押し倒そうとしたくらい。良く今迄、気力だけで持ち堪えたもんだ。――――双方で性魔術使ってシルフィエッタの精気分けてもらったという事。向こうの世界での言い様ならば“房中術”てとこだ。


 「これっきりにしてくださいませ。ルクレツィア様が出てきた時、そんな体のまま突撃するのではないかと邪推してしまいましたわ。」


 腕を軽く屈伸させそれを手首や指に広げる。大したもんだ。あの心にまで染み付いたような痛みが無い。完全に復調したどころか、以前以上に体が思う通りに動く。そっとシルフィエッタが両肩に手を置いた。聞こえないふりをしていると見たか更に念押ししてくる。


 騙しているだけです。シュヴァルツ様、貴男の痛みは魂からのもの。故に直接手を出せば私とて二柱の神の怒りに触れるでしょう。それを肉体に波及させない様、弱い麻酔を掛けているに過ぎません。」


 掛ける前に忠告された。この術は人に何度でもかけられるようなものでは無い。麻薬に近い効能がある。副作用こそ無い物の依存性がある。何度も使えば一騎当千とされる者ですら廃人に変えてしまうとのことだ。それほどのモノを掛けなければ今のオレは保たない。少なくともオレの命は10年は削られたとみるべきだろう。


 「それでも有難い。覚悟した以上だからな。これからは『いのち大事に』でいくさ。迂闊に死ねなくなったしな。」


 溜息を吐かれた。それでもこの男は無茶をやらかす……と思っているのだろう。否定できない所が苦しいがね。


 「それよりも……いいのか? 共犯者になるという事は本気で世界に関わるという事になる。カロリーネの死がマシだった、そう後悔しても遅いんだぞ。」

 「貴男からすれば私は既に終わった役者(ヒロイン)なのでしょう? だからこそです。」


 彼女がオレの目を見て話す。もうリリエッタの娼館で見た世間から背を向けている卑しさは無い。オレが、センタクスの皆が、世界に冠たる者達が、そしてカロリーネが彼女を変えた。もう彼女にゲームキャラクターという割り切りは出来ないだろう。心の成長、それがヒトだ。


 「貴男を支える者は絶対に必要です。特に敵対するモノが超常である限り。でも貴男は『人ならざる魂』を絶対に信用しない。たとえ味方で信頼したとしてもです。ならば人を超えてしまいながら人の悪性に執着してしまう私は適任なのではないですか?」

 「悪性でなく人の想いだな。大局を俯瞰すれば俯瞰する程、ヒトの心から離れていく。カロリーネはいつもそんなオレを引き戻してくれた。」


 彼女をカロリーネの代わりと思ってしまう罪悪感がある。本来そこはカロリーネの立ち位置だった。彼女はオレ達が救う側だった。オレは彼女を見ていない。見る勇気を未だ持てない。それも今まで以上に出来なくなるだろう。


 「初めて出仕したときに言いましたよね? 学ぶために此処に居ると。まだあの地(リガナール)に至れる力も意思もありませんけど私はその為に貴男様の傍にいるのです。」

 「有難う。」


 それだけしか言えないオレ自身に歯がゆさすら覚える。神殺しとの死闘の後、贄となった彼女を何としてでも救いたいと願いながらこれだ。頼り、迷惑をかけ、利用し、捨てる。二流の謀将、預言者モドキ、自意識過剰の時間犯罪者。それがオ……


 「前を見なさい、シュヴァルツバルト・ザイルード!」


 凛とした彼女の声が響く。


 「貴男は今、主人公なのですよ! 圧し折られた心は蘇った。道標は愛した人と共に再び貴男を照らしている。心身を預けるべき友も理想を分かち合う主君もいる。そして打ち倒すべき敵までも! 貴男は今世界の中心に立っているのですよ!!」


 閉じてきた瞳が開く、その通りだ。オレは根本的なところで逃げている。この世界の人間では無いという甘えだ。だから全ては他人事、だから全てを俯瞰するだけ。其処に勝手に執着を抱き、その喪失で全てを己の所為にして引き籠る。莫迦王曰く自慰以外の何物でもない!

 イアス=ステリナの人類ではなく、ディル=リフィーナの人間族(ヒト)としてオレは時間犯罪者となる!

 バーニエ工廠から送られてきた砲楯の最終発展型、【魔導砲楯・メディウム】。本来はユイドラ鉱山下層で出現する遺失魔導弓なんだがまるで違う。魔制加速量子砲搭載砲楯というバケモノに変わっている――魔導式の固形プラズマ電磁投射砲(ソリッド・プラズマ・ディスチャージャー)みたいなもん、どこまでエイダ様突き進んだんだよ!?――それを持ち上げる。今度は今までと違いずっしりと重い。そもそもオレの身長並みの巨大砲楯だ。いくつかの機構を説明書を見ながら確かめていると卒業したての名探偵殿、一番上の姉貴分と共に飛び込んできた。


 「シュヴァルツ! ヴァイスが……ヴァイスが!!!」

 「随分派手にやらかしたようですね、アル閣下、そしてリューン閣下?」


 やらかしたか。数日前のアルの怯えたような言葉、オレの目標とした内輪で済ませるなど不可能だと感じていた。天賦の才が見境なく怒り狂っているんだぞ! その程度で済むものか!! 話を聞きオレは皮肉気に言葉を飛ばす。最悪の想定だがそこまで対策を立てるのが謀将ってとこだ。


 「降伏交渉の真っ最中、市民と中原中の国家代表の面前で女王半殺しね。……随分と熱血漢になったもので。」

 「シュヴァルツ、そんなことを言ってる場合では無いのですの!!」

 オレの頭引っ張ってカロリーネの真似(くびかっくん)する――サイズ的にオレに体かっくんされてる状態だけど――リューン閣下の悲鳴のような状況説明にオレは耳を傾ける。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


 (BGM  見えざるもの〜この想いは空高く舞い上がり ~のラプソディより)




 「(ふーん、そのまま奥の側壁でいちゃこら突入ね。この積雪の日でもお盛んなことで。流石エロゲ主人公、女の扱いは当代一ってか?)」


 【帝都・インヴィティア】、そのザイルード公邸に居候の身だけど伯父貴と父上は表向きは家族関係から始まった政治的対立で絶縁寸前という事になってる。オレがエイダ様に師事してることから伯父貴は西領へのメッセンジャー兼監視役という駒扱いで手元に置いているに過ぎない。
 ――――それなら割り切り様もあるけどゲーム通り情の深い人だからなオルファン“宰相”。オレは見せ金、実行役は足がつかない腕利きをスパイとして周囲に配置していると思う。その元締めが隣にいる先生だもん。


 「私より彼に興味があるなんて、少し妬けてしまいますわ。」


 せんせー! 教導中なのに科作って魔乳押し付けてこんでください! 睡魔族故こういうスキンシップは当たり前だけど中坊のオレは堪ったもんじゃありませんわ!!


 「東の別邸ですからね。オレのように本邸で監視付きじゃなくて家族ですから。リセル嬢もそっちですから伯父貴にとってどちらが重要なのか一目瞭然ですよ。」

 「あらあら、オルファン閣下とエイダ閣下の間で蝙蝠が出来る方が宰相としては余程重要でしょう?」

 「危険人物としてですね。だからせんせー……魔乳乗せないでくれません?」


 だから緋頭に超大型魔導砲弾(乳)ふたつ乗せてストーキング邪魔しないでください! 睡魔族の魔術師である先生からしたら『どうせ無駄』なんでしょうけど。
 二人が側壁の影に入って行き、それにオレと先生が続くと先生の闇属性魔術『闇蔽』が効力を増し相手の五感だけでなくこちらからの気配まで隠蔽するようになる。青と赤の月がそれなりの大きさで輝いているが月の光が届かない影は闇の独壇場だ。


 「あれがヴァイスハイト・フィズ(・・・)メルキアーナ(・・・・・・)ですか。」

 「まぁまぁ……随分と高く評価するのですね?」

 「彼でないと無理なんですよ。オレがやらかしたこととはいえメルキア帝国の現状を見ると大規模な外科手術では済みそうもありませんから。一度ぶち殺して復活魔法を掛けるくらいの荒業は必要です。その時の()綱が彼ですね。」


 皇太子は異母兄にして嫡子【ジルタニア・フィズ・メルキアーナ】に決まっている。この対抗馬もいるにはいるという事だがそれはこれからの物語の主人公、【ヴァイスハイト・ツェリンダー】には当てはまらない。

 
庶子だから


 向こう側の世界やこちら側の諸国と違いメルキアではこれがモノを言う。嫡子と言えば家を継ぐ一人に限定されると思いがちだがメルキアでは一人として扱われる国民として何人いても構わないんだ。つまりメルキアを背負って立つべき人間は須く嫡子という『正当性』が与えられる。だから愛人の子であっても拾い子であってすらでも『嫡子』は適用されるんだ。
 ただ例外がある。その家にとって不安定材料、危険要因となりかねない子供だ。貴族などでは『庶子』と言われ将来メルキアを出ていく部外者とされるが帝政になってから庶民にも広がり始めた。
 相続者が多い家の子供、愛人同士の諍いがもとで弾かれた子供、親の期待通りの出来で無かった子供……そして忌み“仔”――“子”供としてすら扱われない肉体的ないし精神的な家畜。一種の家庭内虐待を正当化する論拠に歪んでしまっている。だからヴァイスハイト殿下も忌み銘『ツェリンダー』――追い遣られるものの意――を家名として与えられた。


 「ま、彼が何をしようとオレには関係ありません。いいや、従姉(リセル)に巻き込まれて下働きやらされるでしょうから全く無関係でもありませんが。」


 これから11年後、メルキアどころかアヴァタール東方域を激動に巻き込むメルキア中興戦争(まどうこうかく)が勃発する。その中心軸にいるのが彼であり、オレの従姉だ。


 「無視しているようでしっかり慮っている。閣下にはそう伝えておきますわ。」


 小さく舌打ち、そーゆー狙いか。ゲームスタート時ヴァイスハイトの周りには従姉とミア百騎長しかいない。修正パッチ当てられる前、エロゲでありながらチュートリアルともいえる緒戦でユン=ガソル三銃士、『軍師』にボコボコにされて涙を呑んだプレイヤーも多いらしい。
 状況的にも南領から間道使って長期遠征だからその程度の兵力しか送り込めなかったのだろうが伯父貴は明らかに水増しを考えているんだろう。状況こそオレ以外知らないがあの時点で帝国一個旅団程度の持ち兵力で二年後【貪欲なる巨竜】(メルキア)皇帝陛下になるとしたらかなりの難度と言っていい。オレを軸に同期軍学校生を新たなる東領元帥の幕下とする――勿論南領の紐が付いた手駒として――のが伯父貴の目論見だろうな。


 「さて、出歯亀目的なら退散するとしますよ。オレ好みじゃないし。」


 オレは彼が連れてたゴテゴテ着飾った見栄っ張り女趣味じゃねーし、外見だけなら先生みたいなふわっとした甘えさせてくれるおねーさん好みだし! 
 ――――だから伯父貴、今回のパーティ先生を相方につけたのかよ。宰相権限からの要請とはいえ睡魔族をエスコート役にするというのは周囲から胡乱な目で見られる。今回何が目的と言うのかは先生が間に立ってオレとヴァイスハイトのラインを作り出すという事か。めんどくせー、彼ならオレなんぞいなくても上手くやるよ。『ゲーム主人公』、『設定におけるチート・天賦の才』だからな。
 踵を返そうとすると、ぼふっと抱え込まれた。だから! だからせんせー!! 懐柔に自分の“兵器”使わんでください!!! 柔らかい双丘でオレの両頬プレスしながら


 「はいはい、シュヴァルツ君の言いたいことも御尤も。でも今はお・し・ご・と! 後でたーんと甘えてくださいな♪」


 溜息を吐いて恭順する。そりゃ転生者とは言え中坊、性欲なんぞ有り余ってるくらいだし――あ! こっちで男の自慰行為はかなり恥ずかしい。それだけじゃなくて女に相手にされないという貴族男性にとって致命的な噂を立てられかねない。娼館にてツケで女遊びしてる方が余程『健康的』なんだ。


 「!…………?!……!!」

 「…………? ……!」


 もう睦言開始(エロシーン)? とオレが生温〜い顔をしたんだが先生の顔を見て態度を変える。お・し・ご・と! どころではない。睡魔族は割と男好きのする顔であることが多いが本性がそっち側でない連中もいる。先生はその典型、美人局を始めとした諜報員とは逆。事態の隠蔽を行う防諜員という諜報の世界において最も暗密にして情け容赦の無い手段を取る連中の一翼だ。
 すたすたとオレの歩きながら先生から呟きが漏れる。


 「状況8-22 確保対象は従兄、隠蔽は8を使用……。」


 最後に首だけ回してオレに言いつけてくる。生徒への命令ってとこだ。


 「シュヴァルツ様、ヴァイス様へのフォローお頼みしますね。」


 それと同時に彼女の姿が掻き消える。暗蔽を解き、過姿――透明化の光属性精霊魔法――に切り替えたな。つまりオレ丸見え。その先にヴァイスハイトと連れ添っていた女がいた。


 「あ……やめて……誰か。」

 「ふぅん……こいつも同じか、どんな腹黒かと思って裂いてみれば綺麗なもんだな。」





 思わず卒倒しそうになったわ! 何処のサイコパス現場だ!! それも時の主人公が絶命しかけている女の腹引き裂いて内蔵掻き回しながらその温もりを確かめ、ソレを千切り落としているんだぞ!!! ゲームジャンルが違うわ!




 「ヴァイスハイト殿下(・・)」  絶命した女を放り出した彼に話しかける。

 「……また宰相閣下の差し金か? 毎度毎度御苦労な事だ。…………見ない顔だな。いや、リセルの従弟だったか??」

 「シュヴァルツバルト・ザイルードと申します。以後お見知りおきを。」


 その振りむいた顔はゲームのヴァイスハイトとは思えないほどだった。覇気というより狂気、明朗というより陰鬱、軽薄な作り笑いの奥底で燃え滾る憎悪。戦慄する、これがゲーム主人公【ヴァイスハイト・ツェリンダー】なのか!?
 正直彼の異常行動を除けば何とか我慢はできる。こちとら伯父貴や先生の生徒だ、感情をコントロールし判断を曇らせない。そういう教育を受けてきた。戦争を見たこともあるし間近での人の死も経験済み。獣人奴隷相手とはいえ殺しをしたこともある。――空中夢と独白ボロボロは良く怒られたけどね。


 「気はお済ですか? では離れましょう。人に見つかると厄介です。」

 「構わんのだがな……何故宰相はこうも俺を庇い立てするのか解らん。」


 解らんのはこっちだよ! なんで逆境が人を強くするを左右の銘にしてる主人公がサイコパスになっているんだよ!! それ以上の破滅願望なんてゲームプロフィールと全然違うぞ。側壁の隅にある馬小屋に引っ張り込む。長らく使われていないようで家畜臭も薄い。傍目から見ればパーティから抜け出した若様達が内緒の武勇伝(おんなあそび)をひけらかしているように見えるだろう。先生から与えられた情報をもとに会話を構築し、話しかける。


 「話ではこの類は3度目とか? 今回は子爵令嬢。流石に帝国枢密院も動き出しますよ。」


 帝国における秘密警察だ。捜査対象は貴族どころか皇族にすら及ぶことがある。ま、伯父貴の古巣でもあるから今回は揉み消せるだろうが今回限りにしないと不味い。


 「ならばオルファン“次期元帥”にとって願ったり叶ったりだろう? ブラフとしてしか使えない庶子だ。皇位継承の寸前にどれだけ皇太子から譲歩を引き出せるか。それだけの為の命だ。」


 バカじゃなさそうだがムカついた。なんだコイツ? 莫迦王名台詞じゃねーけど自慰に耽りやがって! これでも彼より大柄だ。胸倉掴む、


 「甘ったれんな、ヴァイスハイト・ツェリンダー!」


 静かに怒声を放つ。オレの方が年下だがこちとら10年下っ端国家公務員として苦労した前世持ちだ!


 「庶子がなんだ!? そんな帝国法にもない下らん慣習が嫌なら正々堂々ぶち壊せ! 隣の莫迦王子みたくな!!」


 ユン=ガソル連合国“王子”ギュランドロス・ヴァスガン。ゲームの前から名をはせているとは驚きの一言だ。冒険者として、司法官として、やっていることは無茶苦茶だが道理は通っている。『暴れん坊王子』ってとこだ。
 冷たい目で彼が言い返してきた。あぁ、そっち関連か。解らんでもないけど、だからと言ってこんなことをやっている理由にはならない。メルキアにいるなら力を蓄えろ、メルキアを出るならその繋がりを作れ。メルキアに生を受けた貴族なら常識。


 「それができる相手か? オレは復讐したいだけだ。オレの母をオレの目の前で殺したコイツ等にな。」


 ゲームで見えなかった真実をオレも知る機会があった。ヴァイスハイトの母君は平民上がりの帝宮の下働き。正規のメイドですらない。それが皇帝の目に留まった。僅か一夜の過ちが彼というイレギュラーを生んだんだ。これは皇帝にとっても予想外だったのだろう。月の位置が合わない一夜の出来事で妊娠だからな。こちらではリューシオンが満月の時ほぼ妊娠確率はゼロなんだ。結末は彼だけでなく現皇帝ですら致命的なものになった。なにしろ女性が激烈に競争する【後宮】にてその賞品である皇帝がルールを蹴倒した。元の世界と逆なんだけどこの世界の男女不均衡が宮廷すら歪めたんだ。女の世界での階級社会、それが後宮。
 ――今の四元帥で皇帝に忠義を尽くしていると言えるのが現南領元帥だけというのが政治的な証拠だ。それすら今上帝の崩御と共に伯父貴に奪われるのだろう? 今、伯父貴の役職は帝国宰相。南領元帥ではない。
 結果ヴァイスハイトの母親は正妃側妃によって彼の目の前で殺された。お茶会という名の毒殺による公開処刑。此方で言えば小学生という最も多感な時期に最もやってはならないことを強制された。子供の命と引き換えにして。
 母親としては己の子を守ったつもりだったろうがそこまで女共は考慮済み、徹底的に苦しめる女の悪性がこれでもかと発揮されている。このままいけば一月も経たずにヴァイスハイトも“行方不明”になっていただろう。予想外だったのは彼の後ろ盾に帝国宰相の伯父貴が付いたことだ。
 即座に枢密院の内偵が始まった。これでは母親に続いて子もと考えていた女共も諦めざるを得ない。懐柔すべき伯父貴の妻は既に他界、反発している従姉には注意深く先生の手のものが張り付いている。それどころか完全記憶能力の御蔭で近づこうとした女共が根こそぎ弱みを握られるという散々な有様だ。――先生からすればリセル嬢、耳は良いけどこういった女の武器を嫌っているから宝の持ち腐れと嘆いていたけど。
 本来現皇帝だけでなく皇家そのものを軽視していた後宮の女共が皇太子ジルタニアにすり寄り始めたのは次期皇帝と言うばかりではあるまい。


 「下らんな。」    中坊(オレ)の一刀両断に、

 「貴様!」      ヴァイスハイトが掴みかかる。


 あまり言うべきじゃないが言わねばならないだろう。ゲームにおけるジルタニアのやり方は明らかに間違っている。国家として発展しても国の在り様を致命的に歪めてしまう。オレはここで本当のメルキアを知ったんだ。『皇帝と国民の連合帝国』、そこに神は居ない。この国が始まって以来の歴史……栄光(はじまり)暗雲(ていせい)……そして今たる奮迅(ちゅうこう)。未来たる激浪(まじん)……そして220年後起こる弔鐘(ほろび)の中にも神は居ないんだ。


 「オレはヴァイスハイト、お前が生まれる前からお前を【知っている】。メルキア中興帝と讃えられ簒奪帝と恐れられる。アヴァタール東方域を統一し、メルキア最大版図を築き、そして世界の危機すら救ったお前をオレは……」


 ゲームクリアの歓びと苦い結末への怒りを込めて、


 
「【知っている】!」



 彼が手を放し後ずさる、得体のしれないものを見るように。


 「お前は……誰だ…………!?」

 「シュヴァルツバルト・ザイルード。だがオレが此の世にきて己に定めた名は別にある。」

 
「――境界線に佇むモノ(シュヴァルツシルト)――」



 正直転生したときに思ったもんさ。ゲーム世界で何をしろと? メルキアは当分保つ、しかもオレゲーム以降でも勝ち組確定だ。史実通りこの男がメルキアを継げば問題無いんだ。笑うしかない。気楽に生きれる特権的立場。現在と未来を知りそれを動かす立場もあり、世界の秘事すらこの手の内。それでいて為すべき事が無い自分。境界線でウロウロするだけで済むあやふやな人生。

 だが、思った!

 このままヴァイスハイトを推し立てるのは不味い。覇道ルートどころの騒ぎでは無くなる。この時点で歴史は変わりメルキアは暴走と言う繁栄のまま瓦解しかねない! 顔を作り一歩足を踏み出す。


 「ヴァイスハイト、運命を変えたいか? オレにはその力がある。そしてお前にはそのきっかけがある。隣の莫迦王子が持つ【天賦】がお前にもある!」


 話す、彼の伝説を。語る、その中で消えていく命を、絆を。ゲームで得た知識、此処で知った現実。メルキアとて盛者必衰の理の中にいること。ゲームのヴァイスハイトはそれを全て受け入れ受け止めてきた。お前はそれを受け止められるか?

 
ヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナ


 オレの話すことを事実と認識してる……与太話と切り捨てることも出来ようがオレの今迄調べてきたメルキアを彼も同じように熟知している。やはり彼も特別だ。『只人ではない』。違うのは『諦めている』彼と『これから変えようとする』オレ。彼がさらに一歩後ずさる。


 「悪魔か……貴様は。」


 今度は前に出ない。その代わり彼の目を見る。眼をオレの眼光で射貫く。


 「似たような者だ。だが決定的に違う事がある。オレが欲しいものは粗方持っている。それを投げ与えてまでお前に力を貸すんだ。返せるのか? 全てを。」

 「……………」


 竦みあがっている。当然と言えば当然。やる事無き暇に飽かせた手慰み――今のオレの立場も知っているんだろう? メルキアの異様な躍進も。エイフェリア筆頭公爵と伯父貴の間で蝙蝠しながら双方の技術革新に提言し軍学校入学前から戦術・戦略……いや近世騎士軍を近代国家軍へと変質させるという試みを行っている。
 見境ない提言で皇帝家から目を付けられ伯父貴に聴講生として禁忌にすら触れられる帝室学院に放り込まれてもいる。最近は【宰相と公爵の懐刀】だけでなく、【皇帝家の腰巾着】という悪名も頂いた。
 だがオレはアイデアマン、皆からは突飛な考えを持つ変人扱いに過ぎない。だからこそ裏でその『力』を理解した者は独自にソレを推し進める……秘密裏に。それが貪欲なる巨竜をさらに猛り立てる力となる。
 メルキアの急速な変革は諸外国の警戒を買うだろう。だが周囲から寄ってたかってがこの国には通用しない。中原列強【アヴァタール五大国】の一角たるこの国。一見弱い部分、弱点ともいえる部分もあるが残り四大国を遥かに懸絶している部分もある。


 農業生産力 懸絶した農業国家でもあるレウィニア神権国と共に堂々の一位

 工業生産力 残る四大国合計の三倍、重工業国家ユン=ガソルの三倍

 版図内資源 超希少金属以外ほぼ全てが自給、輸出すら可能

 技術 世界唯一の魔導技巧推進国にしてその国体に見合う魔法術式も保有

 人口 正規人口なら五大国二位だが実働人口はその倍近い事実上の一位

 組織力 要人暗殺という政治断裂が通用しない官僚主導制

 そしてこの世界では稀有ともいえる【神を信仰しても妄信しない国民意識】


 何処ぞの新大陸超大国かよ!……というツッコミは置くとしてもそんな国が変革期に入りつつあるんだ。寄ってたかっての国が逆に有象無象で叩き潰される。

 
【貪欲なる巨竜】(メルキア)


 考えれば解るだろう? そんな化け物制御不可能だ。元老議員の幾人かがブレーキを掛けようとしている。途中で変節せざるを得なかったオレすら投げかかっている。

 
止まらないんだ。


 皆豊かになりたい、皆栄光を掴みたい、皆幸せになりたい……そのために頑張る、我武者羅に。俯瞰してみれば中興戦争の根本的原因はこれなんじゃないか? 神に帰依しない不安を未来の繁栄に求める。強迫観念の様に。そうオレはただでさえ過負荷状態で回転しているモーターに大量の直列電池をぶち込んでいただけだったのさ。

 
だからこそのヴァイスハイト・ツェリンダー。


 現在の熱狂し暴走しているメルキア国民に中興戦争という冷や水を浴びせる。既存秩序“のみ”を破壊し恐怖を刷り込む。『国家を国土を己すら破壊するまで躍進して何になる?』と。その悪はオレが引き受けよう。オレが始めてしまった過ちでもあるのだから。だが、オレが裏で悪となるためには表が必要だ。英雄が王が指導者が! それが

 
ヴァイスハイト・フィズ(・・・)メルキアーナ(・・・・・・)



 「オレはこんな為に生きているのではない……生きて居たくない! 他人の夢の中にいる自分等真っ平だ!! オレは自分で立ちたい。この世界で、ただ一人であっても!!!」


 彼については先生から一通りレクチャーを受けた。立場は道化、冷徹酷薄な実利主義者たるジルタニア皇太子と違い皇族の外面を良くするためだけの存在。それを演ずる役者(どうけ)にして相手の夢の中の皇族、それがヴァイスハイト・ツェリンダーという男。それを彼は大過無く努めてきたという。ゲームからすればお笑い種だ。彼がそんなタマなものか! 
 『逆境が人を強くする』、この世界様々なゲームの主人公全員がそうだ。破戒の魔人、匠王、魔人帝、異界守、神格位候補者、海賊王、救神の鍛梁師……そして神殺し。それを座右の銘とする男がここで朽ち果てて良い筈もない。


 「オレは何も返せない。今は何も持っていない。だがきっと返す。お前が擲つ全てを返して見せる!!!」

 「なら誓え、ヴァイスハイト。オレの為ではなくお前の為に。オレの共犯者として。」


 自然に言葉が出た。


  「皇帝となれ、ヴァイスハイト・フィズ(・・・)メルキアーナ(・・・・・・)!」


 彼がおずおずと言葉を選ぶ。考えながら己の道を歩き始める。


 「オレはまだ何も持っていない。だがお前という存在を初めて手に入れた。だからお前は俺と同等だ。配下でも同盟者でもない。朋友(とも)として、」


 彼が返す。


 「我が比翼となれ、シュヴァルツシルト(・・・)・ザイルード!」


 それが始まり。今へと続くあの雪の日の話。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――





(BGM  底なしの奈落へ 創刻のアテリアルより)

 カツカツと石畳を蹴る音が数人分。オレとドントロス百騎長、シルフィエッタ。


 「状況は大体理解した。随分派手だがメルキアを怒らせたらどうなるか諸国も思い知っただろう。」

 「なら良いのですがね。このままではユン=ガソルの調略を防げません。我らがアンナローツェにいる間に連合軍が空中分解しますぞ。」

 「直後の交渉ではどうなった。」

 「厳しく指弾したのは北領、西領、スティンルーラ、そしてエディカーヌですな。特にエディカーヌは『皇帝の資質無し』と息巻いている様で。」


 少し考える。北領はガルムス元帥閣下個人の感想だろう。それでなければ今から行く部屋にぞろぞろ北領軍幹部が来る訳がない。もし彼らが同調するならば手紙一枚突きつけるで済む話だからだ。
 西領は今までの外交を元の木阿弥にしてしまったヴァイス先輩への抗議行動と見た。もうエイダ様も解って居る。いくら外孫を招こうにも現状ヴァイス先輩に代われる人材ではないという事に。己の生き残りの担保を得る目的。だからエイダ様自らが来ている。
 スティンルーラ女侯国は少し厄介。女尊男卑の意識が強いからな。感情論もあるだろうが四大国と彼の国の間にあるそういった溝にメルキアを巻き込むつもりか? 当然外国なのでこの会議には来ない。いや来させたいのはエディカーヌ帝国の連中だった。


 「(意向を拒絶してきたからな。魔族が凶賊とは限らない。あの国はむしろその本性を化外として蔑んでいる。対外的には強大なメルキア帝国皇帝の権力を削ぐ、国内では化外の行動は必ず己に跳ね返ってくるというイメージを己の国民に植え付けるつもりか?――――210年後のドゥネイール会戦ではどうだったのかね? 腐海の魔術師(アビルース)天魔の残滓(アラケール)……ゲームだけ見て単純にレウィニアが善、エディカーヌが悪とは決めつけれないな。)」


 内心とは別にエディカーヌのアヴァタールでの利害を考えて答える。


 「狙いは強大化するであろうヴァイスハイト皇帝の封じ込めだ。たぶんオレという駒を最大限に利用してくる。伯父貴あたりにオレを先輩を掣肘出来る立場につけろと提案しているかもな。オレに伯父貴と彼の国の紐をつけたうえで。」


 実利の方も考える。オレと言う精神的化外をエディカーヌは制御しきれないと感じるだろう。ただ今までばら撒いた情報から実利――資本(かね)――を飽くなく求める【貪欲なる巨竜】の権化であることは理解できている筈だ。『損をさせる』はオレにとって強烈な抑止力になると考えるだろう。想定を考えるとシルフィエッタの発言……おやおや?


 「それでなければハレンラーマを中心とした東ザフハをエディカーヌの影響圏に入れろという実利かもしれません。イグナート様はかつてリガナールで私達エルフ諸国家同盟軍に勝利した際、ルア=グレイスメイルだけに過酷な要求を突き付けてきました。『首謀者は鎖に繋げ』、鎖を振り払おうにも内は南領、外はザフハから彼の国は影響力を行使出来るようになります。」


 ほう流石王族、ただ辛い事でもあるからオレがフォローしないとな。


 「エディカーヌとしては北辺の新国家建設を反故にされた以上、メルキアから対価を取り立てたい。ただし現状、伯父貴相手ではエディカーヌは分が悪い。ならば次代たるオレに伯父貴から政治的な圧力をかけ、オレ自身には利益誘導を行う直属の助言者を差し向けてくる……といったところか?」

 「素晴らしい。正面切ってシュヴァルツ閣下の理念を補佐できる方とは。我らは愚かエイフェリア閣下やオルファン閣下ですら手を焼くというのに……儂も老いましたかな?」


 百騎長の追従と言う名の安堵に感謝と憮然。彼女をメルキアの一員として認めてくれるという点と彼女は救われる側にいるというオレのちっぽけな美学(エゴ)だ。それでも帝国親衛軍の幹部である彼の存在は東領軍全体にとって命綱に等しい。特にハレンラーマでの一件はなけなしの東領一個軍団が戦力的全滅を引き起こしていると言っていいからだ。一個旅団がまるまるなくなっちまった。痛いというレベルじゃない。しかもレウィニア第二軍までおまけでだ。レウィニア政府も激怒と先程聞いた。水の巫女すら追認するしかなく国家非常事態を宣言。正規軍だけでなく民兵まで動員を初めている。しかも正規軍の増強に手を付けるという話すら、

 レウィニア第5軍 白色魔導騎士団(ナグ=ヴァイツ=ファールス)

 レウィニア第11軍 白地龍騎士団(ルフィド=ヴァシーン)

 おいおいおいっ! 第五軍は願ったりだがどうみても史実では170年後の建軍部隊の話が出ているんだよ!! だが考えてみればこれは使える。向こうは軍と言ってもこっちの10部隊一軍団の基準から考えると3部隊1個旅団でしかない。その分精鋭だがな。ここまで温存した札を切る。軍事的と外交的な利益を得る事が出来る最大の機会と見た。


 「百騎長、親衛軍を東領に組み込む。出来るか?」

 「お待ちしておりましたぞ、その言葉を! 既にジルタニア皇帝の越権行為と徒ならぬ噂は親衛軍一兵卒までに広がっております。他の百騎長達も『何故東領元帥閣下は我等を用いないのか!?』の声に押されておりますからな。当人達ですら儂が抑えて居なければ部隊単位で勝手に東領軍に志願しかねん有様です。」

「有難う。」


 帝都結晶化からドントロス百騎長に頼んでいた親衛軍の取り込みが可能になったわけだ。これで東領軍は二個軍団半5000程度までにはなる。これらすべてを加味してエディカーヌを掣肘しさらに援助を引き出すことにするか。


 「シルフィエッタ、会議終了後エイダ様に連絡。レウィニア白色魔導騎士団に建軍に賛成要請を。その対価にレウィニア第一軍をメルキア国境に展開するようエディカーヌへのブラフとして謀議を進めてほしい。」


 勿論公式での軍事援助としてだ。今まで皇帝家が掣肘してきた箍を限定的ながら外す。メルキア一軍団もの魔導兵器の提供はこっちとしても噴飯ものだが、一旅団分を無償援助という名の有償提供で誤魔化す、さらに馬にぶら下げるニンジンとして終戦後の魔導戦艦の長期無償レンタルをつけてやればいい。
 それでレウィニア虎の子の第一軍、首都防衛軍・宮廷騎士団(テルフ=ヴァシーン)の出動。これをエディカーヌは看過できない。これが動くというのは【水の巫女】御自らが出陣すると同義なのだ。もし矛先が変わったとしたら? 可能性は無きに等しいがそれを認めたという事がエディカーヌにとって大きな外交失点になる。
 ではエディカーヌはどう出る? オルファン元帥はエイダ様とは政治的対立、国を割るか自らの援助を切られるか迫っても伯父貴はどこ吹く風の態度を崩さないだろう。『甥に儂が命令する対価はあるのだろうな?』それくらいは言いそうだ。
 それを言っている間にオレと伯父貴でタイミングを合わせ無償提供という宣伝を取り下げ有償提供にする。『命令を利かせたのだから多少は目を瞑れ』で今のヴァイス先輩への政治的攻撃を無害性の口撃、批判に留めさせる。そこからは伯父貴の仕事だ。


 「レウィニアが多少なりとも影響を及ぼせると知られるメルキア親衛軍の東領軍参加宣言、そして対価とも言うべき大体的な軍事援助。メルキアへレウィニアが本格的に肩入れし始める。つまり今回のヴァイスハイト様の行動をレウィニアは追認するというイメージを作り出すのですね。」

 「さらに東領軍への親衛軍団を編入。ドントロス百騎長、さっき言った部下が抑えられなくなった方向で雪崩を打って親衛軍団が押し掛けた体裁を取ってくれ。これでレウィニア、親衛軍、西領がヴァイス先輩のもとに集う。」

 「さらにルモルーネとザフハ、権威面でフェルアノ王姉、これだけの勢力が結集すれば東領を率いるヴァイスハイト閣下に正当性を与えられます。今回の失態はシュヴァルツ閣下の言うイエローカードで済みそうですな。」


 うん、これで対外的には、そしてメルキア内では何とかなると思う。今から会議でそのあたりの調整を行うつもりだ。現状集まっているのはヴァイス先輩を皇帝として押し頂かなくてはならない者ばかり。方針さえ示せば納得し行動に移るだろう。問題はヴァイス先輩の方だ。どう見てもゲームにおけるガルムス元帥の発狂侵攻より悪い。この会議で大炎上してる石油タンクに転移魔法連打して世界中の化学消防車と消火剤を差し向けなければならないんだ。


 「厄介だな……」

 「「??」」

 「いや、こっちの事だ。行こう。」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――





(BGM  行軍は終わることなく 戦女神VERITAより)

 成程ねぇ。錚々たる面子だわ。東領からはオレとミアさん書記役のシルフィエッタ。親衛軍からはドントロス百騎長、西領からエイダ様。南領からレイナ、北領からコーネリア千騎長だ。ま後ろの席の方にはもう何人か北領と南領の騎長がいるけどオレが折衝し策謀を組むのは彼等だ。
 一見階級がバラバラで力関係と重要度を現しているように見えるが根本的なところで一致している。

 全員ヴァイス先輩と一蓮托生の方々だ。

 オレは言わずもがな。ミアさんは東領最古参騎長だしシルフィエッタはオレの腹心にしてカロリーネの代役。親衛軍と南領は最もヴァイス先輩に近く東領でも職分をもつ騎長。西領はその棟梁御自身、北領はオレと最も付き合いの長い同格の千騎長だ。机の上、中央に西領筆頭騎リューン閣下がちょこんと座り込んでいる。エイダ様としては四元帥会議に準ずる扱いでこの会議を考えていると見た。ここでオレ達の方針に介入し魔導技巧側に付かざるを得なくする、という止めを刺すつもりだろう? 素知らぬ顔で話を切り出す。


 「さてさて……オレ達がここに一堂に会したという事は諸外国からクーデターでも起こすのか? と邪推されそうですがどうなのでしょうね。」

 「シュヴァルツバルト千騎長……」


 呆れ顔でエイダ様が言ってくるがそれを遮り発言――西領元帥閣下に失礼だけど致し方が無い。


 「解ってますよ。随分と派手にやらかしたようですね? 誰も止めなかったのが不思議で仕方が無いのですが??」

 「あれが止められるなら苦労しねぇよ【比翼】殿。あれはダメだ、どう足掻いてもダメだ! 人間如きに止められる代物じゃなねェ。」


 ぶるりと体を震わせて後席にいるケスラー千騎長が言う。状況によると絶望し、項垂れてまともに顔も上げられないダメ王女(マルギエッタ)にヴァイス先輩は一つ二つ質問した後、いきなり顔面殴打に及んだという。そこまでなら張り倒すがグーになっただけでゲーム通りだ。だが、
 もんどりうって壇上から転がり落ちたマルギエッタ女王陛下にさらに蹴りを喰らわせて倒れ込ませマウントポジション取って顔面殴り続けたという。普通最初の一発目で止めに入る人いるし此処までやれば周囲が止めに入る。特にリセル先輩、でも出来なかった。その気配をしただけで先輩は振り向いて睨め付けた。

 
正しく睥睨


 アンナローツェの代表団は愚か諸国の軍人、メルキアの部下達ですら『殺される』と感じたそうだ。殺気というより暴圧と言って良いとドントロス百騎長が先程説明していた。あれは人間が発せられるような代物ではないと。結果、降伏交渉中止。アヴァタール列強が涎を垂らしていたザフハ、アンナローツェの利権配分は振出しに戻ってしまった。
 今頃どの国でも兵を出した将軍や外交官が突き上げを喰らっているだろう。たかがヴァイス先輩の拳でこうなったんだ。『王族を処遇しない』それがどれほど常識外れなものか理解できるだろう。ヴァイス先輩だって解っていたはずだ。でも止まらない、止められなかった。
 オレは理解できる。その正体をゲームから推測できるからだ。運命を切り開く力【天賦の才】。無意識とはいえそれを最悪の方向で使ったのだ。だから出来ない筈の事が出来た。やってはならないことを行い、それを既成事実として中原中に知らしめてしまった。


 「(バカ野郎!)」


 いいや、オレも見過ごしたという意味で同罪だ。カロリーネの死で苦しんだのはオレだけじゃない。オレとカロリーネの背を押し未来を祝福しようとした先輩……そうか、そうだったよなヴァイス先輩。君は返そうとしたんだ。オレが擲った気楽な人生。それを戦場と政略に塗れた修羅道に変えてしまった償いをしようとしたんだ。当たり前の幸せを、当たり前の歓びを。己が皇帝(どうけ)となってでも守るべき安寧として。天井を仰ぎ見る。


 「(愛されているなぁ……オレ。)」


 この舞台におけるイレギュラーとしては過分な扱いだ。ヒロイン枠で主人公に愛されるなんて思わなかったよ――――言っとくがオレも先輩も男色なんてないからな!


 「(救える……まだ間に合う!)」


 状況を廊下で話した点から拡大。これを線にしそれを未来に向かってシュミレート、『面』を形作る。それに各国の動向を加味、行動指針と言う直方体へ変化させる。瞳を開く。先程から議論という名の無駄話になっていた状況を打ち切らせる。


 「では【比翼】として行動指針を決めさせてもらう。」


 一気に言い切る。少しばかり策動を修正。未来は預かる、でも想いと絆はヴァイス先輩に残していこう。


 「オレはメルキアを出る。」


 知っていた数人の除き口が半開きになった。そりゃねぇ……ヴァイス先輩の腹心が『見限る宣言』だもの。ちゃんと説明はしないとな。


 「皆で驚いてくれるのは謀将として矜持を擽られますが、別にヴァイス“先輩”をどうこうすることはありませんよ。ただ今のままでは不味い。大いに不味い。皇帝が一個人に執着するというのは暴君の始まりです。」


 始まりの雪の日を話す。そう、オレはヴァイス先輩を利用し、ヴァイス先輩はオレを頼った。それだけだった。二人ともその他を道具としてしか見なかったくらいに。だからヴァイス先輩は誤ってしまった。特別を汚されたことで回りが目に入らなくなってしまったのだ。


 「男女間ならリセル“后妃”のような形で良いと思います。家族として一蓮托生になるんですし、彼女はオレのような破綻者では無いですからね。ヴァイス先輩はオレが家庭放棄してしまうような腐った人間なのは解っています。もちろんオレもヴァイス先輩の虚無的な歪みを知っています。だからこそカロリーネを殺した元凶を先輩はマルギエッタ女王陛下にぶつけるしかオレに謝罪する術が無くなってしまった。今回の騒動は俯瞰すればこれだけです。」


 「酷い話〜メルキアのトップとナンバーツーが揃って精神病患者なんて何かの冗談……」


 レイナが謐きながら自己ツッコミ。


 「……シュヴァルツは解ってたことだけどね〜。」


 何人か苦笑が漏れる。


 「ですが原因が解っても繋がりが見えないのですが?」


 コーネリアさんの言葉と共に先程の三人会議を開帳、ここでヴァイス先輩に一気に権力を集中させる。


 「政治的にはこれで問題は無いと思います。ですが、最大の懸案はヴァイス先輩の心を置き去りにしてしまう点です。よく先輩は家に帰りたがらないオレを叱ってくれました。『想いを置き去りにするな!』と言われたものです。」

 「それでは先程のメルキアを出るは逆効果な気が? 絶対にヴァイスハイト閣下はシュヴァルツ様に捨てられたと思い詰めますよ。」


 ミアさんの非難めいた発言。


 「ええ、それについては今からぶん殴り合いをやってきます。先輩もバカじゃないのでオレの狙いは気づくでしょう。オレが一時とはいえ前に出るという意に。」

 「「「???」」」


 やっぱり『お前は何を言っているんだ?』の嵐になるか。そりゃ見捨てるのか代役になるのか何が何だか解らなくなるからな。


 「オレがヴァイス先輩に隠すのは事実ではなく方向です。頑なに立てこもっているバ・ロン要塞の件と女王陛下の件はこっちで片付けます。これをネタに国を飛び出しますんで皆さんにフォローして頂きたいんです。オレが帰って来るまで。」


 エイダ様の目が窄められた。政略を旨とする政治家達にとってオレが何をしたくて国を出るか予想がついてきたようだな。


 「敵を騙すにはまず味方から、じゃの。だが解せぬ。主の方が遥かに入れ込むようになった。あの小僧(ヴァイスハイト)が主に入れ込むように……まるで許しを請うようにな。」


 あ……気づかれた。これは言うべきなのだろうか? 闇の月女神の巫女については危険要素も大きいしな。ただ言わねば皆納得しないどころか邪推しかねない。過去の話に留めておくか。


 「エイダ様……オレはもう先輩を真面に見ることは出来なくなりましたので。先輩からすればオレは親族殺しの大逆者にあたるのですから。」

 「シュヴァルツさんよ。言ってることがまるで見えてこないんだが、お前さんとヴァイスハイト元帥閣下の間にそんな深い因果があるのか? 今まで見た限りじゃ利害の一致にしか見えねぇがな??」


 ケスラー千騎長もうオレがぶっちゃけているのを見て言葉崩したな。だがもう一度その口調を直すべき情報を開帳するか。かつての寵姫謀殺案件、そう事件にすらできなかった後宮の闇。それを話し、


 「ヴァイス先輩の母君をな、オレの妹ルクレツィア・ザイルードは殺したんだ。」

 「なんだと!?」 「ちょっと!? その頃10歳にも……」「どうやってだ! 証拠は!?」


 悲鳴のような連呼が鳴りやむ前に手を翳し皆の声を止めさせた者がいる。エイダ様だ。この段階で彼女の策謀、ここで東領と西領を完全に連携させるは破綻した。オレという保険無しで東領元帥ヴァイスハイト・フィズ・メルキアーナを皇帝に推し立てるのは危険だと全員に認識されてしまった。そのオレが国を出る宣言。これでは取り込んだ方が大火傷をしかねない。最終的に連携させるのは決定済みだがあくまで東領が主でなければならないからね。


 「なんという……何という事をしでかしたのじゃ! これでリューンが仄めかしていたことと辻褄が合うわ。唖奴が宮廷を憎む理由も解ったわ。本来皇帝となれば全てが手に入る後宮、それをぶち壊し皆殺しにすると理路整然と言い放った唖奴の覚悟が理解できる。」


 頭を抱え突っ伏してしまったエイダ様。それを痛ましそうにみるリューン閣下。技巧師として領主として元帥として卓越していても女としてはどうしようもなく不器用で未熟だったゲームでの彼女。彼女にはヴァイス先輩は救えない。そしてリセル先輩も家族故に支えることしか出来ない。ヴァイス先輩の闇を昇華できるのは自身のみ。だがその天賦(きっかけ)になることはできる。いや、やらなければならないんだ! オレが!!


 「そうです、ヴァイス先輩としてはもう二度と自分のような憎しみと虚無に囚われた人間をメルキアから出したくないという決意でしょう。ま、そんなことは人間が人間である以上無理な話ですがオレの妹であったルクレツィアは違います。彼女の狙いは憎悪の覇者となったヴァイス先輩を軸にオレがその車輪を回す復讐の女神の国(アルタヌス)・メルキアを作る事。」


 そして終末を告げる。オレや神殺し、超常連中の予測でしかないがこれで正しい。だからこそ彼らに頼れない。頼る前に片づけねばメルキアがメルキアでなくなってしまう。


 「そしてオレ達の信仰をこの世界の憎悪で満たしラウルヴァーシュ大陸、いやディル=リフィーナ全域を目標に『遊星墜とし』を仕掛けることです。」

 「…………世界滅亡。」


 レイナの慄いた言葉と共に多数の怒号が飛び交う。今一地域の騒乱が真の意味で世界存亡の危機になってメルキアに立ちはだかった。こんなものに耐えられるのは超常のみだ。もはや国ではどうすることも出来ない。普通なら……後席のアルベルトが推論する。


 「だからメルキア帝国か。神を妄信しない帝国だからこそ憎悪で世界を満たせ得る。そして闇の月女神の巫女はメルキア以外を己の憎悪で満たすなど不可能だ。初っ端から其処を治める地方神と全面対決になる。だからこそメルキア帝国皇帝とその比翼を利用する。否が応でもメルキア臣民が御前達に従わねばならない状況を作り出す……」


 ケスラーが後をつなげる。後のフィアスピアテロリズム勢力首領【ガイダル・ヴァースラフ】と同じアプローチってことね。おや莫迦王と同じセリフかよ。


 「……とんでもねぇ。本当に人間か? お前の妹はよ??」


 冷たく言い放つ。決別はした。もはや情に囚われてはならない。為政者として。


 「すでにヒトの身にない。死を偽った時からオレの妹はアルタヌーの僕、いいやまだ僕ならいい。アルタヌーの怨念を引き継いだ共犯者と化した。【晦冥の()巧殻・アルクレツィア】それが彼女の正体だ。」


 「! リューン。今までそなたが秘してきた神代技巧、開示してもらうぞ!!」


 あ! これはビックリ。エイダ様【五騎之秘巧殻】についても知っていたのか。じゃアルが別格という事も安全装置も知っていた。それを知る手段は【帝国西領筆頭騎・魔導巧殻・リューン】閣下のみ。それでか、リューン閣下はベル閣下と共謀しオレとヴァイス先輩を見定める。リューンの【見定める】駒はオレ、ナフカ閣下の言は正しかったことになるのか。結局その見定めがオレの邪推を招きアルクレツィアという予想外の乱入に隙を与えることになった。


 「エイダ様、禁忌については別の話としてオレはこれほどの相手に対抗する為、全ディル=リフィーナの力を結集しようと思います。最大級の抑止力をもって彼女を諦めさせる。どう足掻いてもヴァイス先輩とオレ、そしてメルキアの前には無力だと思い知らせます。」

 「そのために国を出るってか〜。一体何百年掛けるつもり?」


 レイナのツッコミは当然のもの、真面目にやったら100年単位の計画になってしまう。だからこそこの世界を舞台とした全てのゲーム知識、ゲーム設定を踏み台にスキップをかける。――そうだな、距離的な問題に答えを歪めてしまえ。


 「実はそうかからなかったりするんだなレイナ。27.5ランパールなら半週間もすれば大陸の東から西を踏破できる。で、行く場所も既に決まっている。」


 レイナも意を察したか。そんな速力で長期巡行なんてメルキアでの移動手段は一つしかない。オレの口癖で彼女が不満を表明。


 「南領としては『面白くない』なぁ〜。ルツはハコモノ大好きだしな〜〜。」


 そりゃ元公務員だから……じゃなくて!


 「面白くするさ、南領からも洗い浚い持っていくからな? 泣いても知らんぞ!?」
 
 「レイナ先輩、悪辣が魔焔反応炉ぶん回すんだ。覚悟した方がいいぜ。で……この中から決めんのか??」

 「メルキアと言う意味ではな。アルベルト」

 「「「???」」」


 この辺は付き合いの差だな。おそらくエイダ様はあえて黙っていると見た。本来の魔導へ道筋をつける。オレがこの時点ですら南領と組む気配がない。つまり南領どころか北領、西領すら潰しても魔導技巧によるメルキアを維持することをオレが意識していると確認した。今それ以上は望まないという事か。


 「これから云う事はヴァイス先輩に話さない。そして今から命令することは完全な国賊行為だ。国政壟断と言うチャチなものですらない!」


 エケホースを引き抜き彼らに照準を合わせる。オレが態々脅迫紛いの手を取る。南領元帥の甥、しかも悪辣を是とする男だ。これはブラフでしかないと誰もが思うだろう。つまりその程度も認識できない騎長はここから出ていけということだ。皆姿勢を正し動こうとしない。救国が為に反逆者になる。それはメルキア帝国史に何度かある忠臣の姿【メルキアの流儀】のひとつだ。


 「出奔する先はラウルヴァーシュ全域。アヴァタール、レルン、クヴァルナ、セテトリ、ルノーシュ、ヴァシナル、クヴァルナ、リガナール、フィアスピア……の各地域だ。オレの【知っている】事象、ありとあらゆるモノを組み合わせ【神殺し】を創り出す。」


 うん、ゲームだと意味不明だけどメルキアとして考えるならこれでいいんだ。あのお馬鹿(セリカ)みたく神を殺す必要なんてない。もし、そんな事態になってもオレの手の内に対神特攻兵器たる神造秘巧殻(ハリティ)がいるしな。ちらりとリューン閣下、そして此処に居ない妹達を重ねる。真の目的は彼女達に救いの手を差し伸べる事、【魔装巧騎計画】へのステップ。


 「オレが連れて行くのはシルフィエッタ、東領からシャンティ、西領からギュノア、南領から代理としてエリザスレイン。」


 実はセラヴィ、テレジット、そして先程部屋に入る直前でアデラ百騎長から報告を受けた彼女達も加える。間に合わなかった。あのプレイが原因ではない可能性を含めるべきだったんだ。産まれるんだ。そう覇道ルートにいながら脇役、本来ならばヒロイン格としてゲームで全身像を描かれる筈の【聖魔の魔人姫】が! 鋭い声が飛ぶ。コーネリアさんだ。


 「ミサンシェルの現使神を代理? 読めましたわ。本命は『神殺し』、それが北領への懐柔策。人が欲しいならちゃんと要求なさい、【宰相と公爵の懐刀】。」


 あらら。ばれたか。彼女、今まで黙っているので変だと思ったらそういう魂胆か。最終的にオレ達がメルキア帝国を作り直すには『帝国最強・北領軍』の支持が絶対に必要なんだ。だけど、今回に限って北領軍から実力ある騎長を引き抜きたくないのよ。ガルムス閣下があれだけ覚悟を決めているだけでなくエルファティシア陛下と連携できるならノイアスには十分対抗できる。
 ヴァイス先輩の最後の札として北領軍の全てを無傷で残しておきたいんだが仕方無い。今のままだとオレの策動に対して北領は何もしなかったことになってしまう。先輩即位後、北領の地位低下が起きかねない。


 「コーネリア閣下、ではキルヒライア“筆頭”百騎長を出してもらえますか?」

 「ならアンナマリアをこちらに回していただけるという事で如何?」


 にっこりとフードの下で笑みを浮かべる閣下にレイナとエイダ様の視線が飛ぶ。そりゃ面白くはないわな。北領の航空部隊たる天馬騎士筆頭、レイムレスやリプディールで支援してくれた鷹獅子騎士のマグナット百騎長の上官だ。筆頭百騎長と言うのはメルキア軍制では存在しない。彼女が規格外である証拠でそれを求め対価を差し出したことが相対的に南領と西領の癇に障るということでもある。
 嬉しいけど厄介な。此方で初めて知ったけどネールエルフのまま神格への道へ至ろうとするエルフ版ガルムス元帥と言っていい偉人だ。これじゃゲームでも隠遁先から引っ張り出さなきゃならん訳だよ。たしかゲームでLV34だったはずだがそれより確実に強い。そして知名度はそれ以上だ。


 「今言った者を連れて行きます。全員出奔扱いでね。その理由も簡単、オレの東領簒奪未遂という咎です。」

 「根拠薄弱ですわ。今までの功績が大きすぎます。今挙げた騎長を実行犯として各領の軍需物資横領を証拠としてもヴァイスハイト元帥閣下の意を受けた“三領”掣肘の策動にしか捉えられないでしょう。」


 厳しいなぁコーネリアさん。しかし表向きの罪状が作り難い。ザフハへ喧嘩を売った事も『連合軍』と予想外の『アンナローツェの裏切り』によって裏返ってしまった。軽く手を上げ発現したのは、


 「これならどうじゃ? 【魔導要塞・ファラ=カーラ】の隠匿。お主が【知っている】のは周知の事実、妾がリプディールに着くより早くジルタニアの秘密工廠から魔導要塞を持ち出した。【皇帝家の腰巾着】なら不可能ではあるまい?」


 うはエイダ様、そうきますか! 


 「最も害意を示している当人が帝国の反逆者(ジルタニア)の『真なる側近』ですか。前東領元帥(ノイアス)が狂死しそうですな。」


 思わず皮肉の一つもでてしまう。


 「でもヴァイスハイト元帥閣下に一芝居打ってもらわねばなりませんの。少なくとも決別して貰わなければ諸国の侮蔑や油断を誘えないですの。」


 今まで黙っていたリューン閣下も話に加わる。彼女達独自の行動がオレを混乱させていた事への罪滅ぼしのつもりで今回は従ってくれるんだろう。


 「今から派手にやってきますよ。適当なところで引き剥がしてくれると嬉しいですね。何しろ先輩滅法強いんでオレが早々撃沈したら決別になりませんし。」

 「「「気張れよな!!!(インドミタブル)」」」


 皆が左腕を上げ右手で肘を叩く。一斉のツッコミに思わず笑み。メルキア古語にこんな単語が混ざっているんだ。もう国家組織も国民意識も違う。それほどの長い時と苦難を以って海洋帝国は再起しようとしている。世界の都(ロンドン)を築き4つの地方領(グレートブリテン)を構築し神に惑わされぬ国家宗教(チャ−チオブイングランド)を以って植民地帝国(インペリアル)への道を歩む工業化を達成した。オレはそれを真の意味での帝国主義国家(コモンウェルス)へと階を上げる。上げて見せる!


 「12ター……失礼! 三か月で戻ってきます。おそらくオレがメルキアを離れた瞬間に莫迦王は最後の復讐戦争を挑んでくる。帰ってくる間までに決着をつけてください。そして、」


 多分無理だろうけどね。莫迦王と三銃士、彼ら率いるユン=ガソルを止められるのは帝国の総力だけだ。エイダ様を見る。彼女自身はオレ達が魔導を取ったとしても此方側につけない。ここを最後に叛乱者という汚名を着ることになる。伯父貴と共に。


 「エイダ様、死に急がないでください。オレがいない間、貴女が楯になるしかないんです。本当に本当にヴァイス先輩を頼みます。」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――






 (BGM  残光の煌き 魔導巧殻より)

 言い合いから罵声、どっちが先か手を出し掴み合いの殴り合い。そして今、双方硬い石の床にぶっ倒れている。ヴァイス先輩が仰向け、オレがうつ伏せだ。


 「気が済んだか? 大馬鹿野郎(ヴァイスハイト)。」

 「この程度で納めるのか? 悪辣自称犯罪者(シュヴァルツバルト)。」


 どちらも気息奄々で言葉を絞り出す。オレは勿論、向こうも片手片足拘束されている状態で怒鳴り合いながら殴り合ったからな。そんなエネルギーの浪費をやれば早々に戦闘不能になる。でも先輩もバカじゃない。御芝居なのは先刻承知と理解したからこそオレの誘いに乗った。


 「俺はあの時前に出るべきだった。シュヴァルツ、俺は未だに何も返せていない。地位、名誉、財……安寧。」


 未だカロリーネの事を悔やんでいるのだろう。ただもし彼が前に出たのならばオレはたとえ彼が生還しカロリーネを救ったとしても袂を分かつ選択に走る。オレの美学を蹴倒した愚者として。だから彼はそうしなかった。しかしそれは彼が自らの誓約を自らの足で踏み躙るという事。


 「無理をすれば道理が引っ込む。気持ちは解りますが立て直しはオレにやらせてください。先輩は当分道化、今回のペナルティはそんなところです。」

 「聞いたぞ、マーズテリアの聖戦士に実の妹をぶつける気だと。しかもオレの知らない場所で莫迦王と繋ぎを付けていた。全部お前の糸引く叙事詩に塗り替えるために。」


 まだ、先輩には話せない。いや先輩も朧げに掴んでいるだろうが事実には到達していない。言えるものか! オレの妹が悪意を持って先輩の母を殺したことに。先輩を憎悪の皇帝にする為がだけに!!


 「晦冥の雫を量産なら想定していたがまさかノイアスそのものを量産するなど想定外、おそらくあの飛天魔族がジルタニアの留守居役だ。オレがそいつを引き寄せ振り回す。その僅かな時間稼ぎで先輩はメルキアを纏めてください。莫迦王さえ下せば状況は大きく変わる。」


 嘘だ、もはや莫迦王自体の美学を除けばユン=ガソルはメルキアと一蓮托生になりつつある。この言葉はオレがいなくなっても目指す目標は変わらないという示唆。だからオレからは話せない。【晦冥の秘巧殻】の事を。


 「なぁ、シュヴァルツ?」

 「なんだ、ヴァイス?」


 ゆっくりと先輩が体を起こし冷えた壁にもたれかかる。オレはうつ伏せから無理矢理体を転じ仰向けになる。


 「メルキアとはなんなのだろうな?」

 「アヴァタール五大国が一、唯一の魔導技巧推進国家、世界を驀進し続ける【貪欲なる巨竜】。」


 聞いていることはそんなことではないと思いつつ、ぼんやり答えを紡ぐ。


 「シュヴァルツ、お前は言ったな? 此処は人の国だと、神の国にはさせんと……」

 「先輩…………何故それを。」


 離別と決別、その時の言葉を先輩が知るわけがない。あれ自体が秘事の類だ。諜報で探れる代物ではない。実際葬儀の前にリリエッタさんもミリアーナは愚か南領の先生すら揃って神格者や高位神官に拘束された。ヒトと超常ではどうしようもない懸絶した格差が存在しているんだ。全てを排除し行ったときのセリフをなぜ先輩が知っている?


 「お前が葬儀の最中になるな……軽挙妄動するなとオレを説得しようとしたアルが突然胸を押さえ苦しみ出した。『人も神も関係ありません。唯憎まないで。擦れ違う事を憎しみに変えないで。私達はもう十分憎しみ合いました。』ルツの言葉の後に続く彼女の慟哭だ。」


 アルの言葉とは思えん。あの空気読まない不思議ちゃんの言葉とは思え……違う! 彼女はただ一度だけ全てを見透かしたような言葉でヴァイスハイト・ツェリンダーを諭した。晦冥の雫が黎明の焔によって砕かれ、機工帝ジルタニアが破壊され、制御者としてアルの魂が消滅していく最中の約束。エルファティシア陛下の犠牲の上で成り立った遥かなる希望の言の葉。


 「先輩、オレをミサンシェルの現使神は【預言者】と言っておりました。神の名の下、神託を言う偽善を下す詐欺師という意味です。」

 「だからお前は自ら犯罪者を名乗る。だけどな……」


 先輩が天井を見上げる。


 「それで救われる人間もまた存在しているんだ。お前はそれを偽善だというのだろう? だがお前の美学、至らなき結末を全て覆す真の結末(グランドエンディング)。それ自体がお前にとっての救いなんだ。」


 押し黙るオレに先輩が語り続ける。


 「俺はお前に過去何があったのかは知らない。何故オレの未来を知りえたのかすら知らないんだ。だが、一つだけ言えることはある。」


 はっきりと聞こえるこの言葉がオレ達の誓約の本質。そして……


 「お前はオレの比翼(とも)であり。俺はお前の為に皇帝(どうけ)になる。やって見せろ時間犯罪者。それがお前の此処に居る証だ。」


 目を剥く、ハリティの言葉を今度はヴァイス先輩が語る。そうか、オレは今、神話と現実双方から背を押されて己の美学を突き進もうとしている。これが祝福か。涙が出そうになる。俺は幸せ者だ。たかが転生者がヒトに魅せられ。ヒトに憧れ。己を擲つ。セテトリ地方ユイドラ、その鉱脈深く眠る魔宮【ベシュトラの封緘地】そう、色欲の悪魔王にして第二位天使【アスモデウス】がかつて『聖なる父』に願って堕天したのと同じ選択。
 彼女の様に永劫たる戒律も突き抜けたような意思も無いが、だからこそ一国程度は救わねばならない。与えられたものを返し此処で一人の人間族として生きる為に。
 ゆっくりと立ち上がる。足がふらつき鈍痛がするが気にしない。


 「有難う、さらばだ……ヴァイスハイト。」

 「……? …………!」


 鉄扉を閉じた向こうで音と声が聞こえるが心を閉じる。廊下を歩き塔を出ると黒髪赤目のアデラ百騎長がいた。


 「キルヒライア百騎長が到着しました。それと女王陛下ですが…………」

 「馬鹿な! たった、たった1週間だぞ!? 」


 早すぎる、あり得ん! 先生にリリエッタさん、ミリアーナや他の高級娼婦たちにも聞いたが半魔人の誕生は早いとはいえ二月はかかるんだぞ。それが一週間!? 何処のインド神話だ!


 「流産の兆候は?」

 「いいえ、すでに始まっています。」


 慌てて駆け出す。彼女をヴァイス先輩とオレの目論見の為、利用する目的だったのにとんだ誤算だ!


 
救われぬ子(メサイア)誕生す(うまれ)る。




 
救われぬ子(メサイア)誕生す(うまれ)る。




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