(BGM  大地を駆ける城砦 天結いキャッスルマイスターより)

 「A、B、X、Y魔焔反応炉出力85パーセント。Z魔焔反応炉追従して出力増大中!」

 「各拘束索、第二形態に移行。立脚体勢、急げ!」

 「リエンソドック注水完了。浮力増大中、メルキア人工精霊(モリガン・モルガナ)浮揚術式展開します!」


 思ったより出力が過剰だ。歩くならまだしも立つだけだとウチの現神(カミ)さんが引っ繰り返しちまう。外見が亀甲獣(カレムタイラー)を前後に引き伸ばし、サイズを数百倍した『城砦』だ。大惨事になる。


 「ミケユ。Z魔焔反応炉、魔制駆導旋盤(マギカホイール)接続解除。4基で立脚するぞ。」


 前の接続魔法陣で必至で動力術式を制御する銀髪の猫娘が慌てて返事する。


 「アヴァロ隊長。それじゃ一歩目から反応炉に負担がかかります。」

 「ミケユ、先ずは立つこと。全てはそれから。たいちょ? ミケユの補助入る。」

 「サンキュ、イオル。」


 隣の座席に跨るくすんだ灰色髪のボーイッシュな猫娘に礼を言う。彼女は骨組みだけのスカスカ重装鎧に大量の拘束索が付けられた奇妙な代物(ムーヴァバル・トレーサー)を身に纏ってる。しかも四つん這いの姿勢でだ。ミケユが動力を司るのならイオルは操作を司る。彼女は狩猟屋という名の元暗殺者。帝都を追いかけ回された時には泡食ったものだ。
 その卓越した平衡感覚こそ城砦をアヴァタール【西メルキア帝都・インヴィティア】からフィアスピア【フィユシア聖地・神響の霞廓】へ運ぶ力となる。そして後ろを向く。そこには客にしてこの旅のスポンサーである二人とひときわ高い席に座りひじ掛けに接続された優美な籠手に腕まで突っ込み全力集中しているオレの押しかけ恋人にして自称現神、そしてこの城砦の主。呼びかける。


 「行けるか?」

 「だいじょーぶ! イオ君(イオル)と何度もれんしゅーしたしね。」

 彼女の声が彼女の口からではなく隣から流れる。パタパタ羽ばたき元気に喋ったのは彼女と瓜二つな古妖精(メネシス)を模した人形。彼女は一言も口を開くことなくこの魔導によって作り出された兵器にして城砦制御中枢【魔導“操”殻】に己を憑依させ城砦を制御する。そこにボソリと一言、

 「神さま、昨日帝都の城壁……突っ込んだ。」

 「やっぱりわたしの所為だったー!?」


 頬を抑えて絶叫する魔導操殻と大笑いになる周囲。この城砦じゃないけど練習用の四脚型魔導外装【ルナータ】でまともにインヴィティア城壁に激突したからな。押しかけとはいえ恋人。オレも泡食って彼女の名前叫びながら突撃した。――ケロリとして操縦席から出てきたのを見て脱力したけど。

 
でも彼女こそが根幹


 この城砦は『神の禁忌』だった。神を捕縛し、封じ込め、使い潰す。その為だけに創られた。此の世の者として信じ難い狂想と憎悪、オレにもこいつを創り出したキチガイ共の血が流れているという。
 だからこそオレは彼女を開放できた。そうオレの血の半分、古来の人間族、今大陸航路に蟠り悪意をむき出しにする【魔シキ封錬ノ匠】の血が流れている……と今乗っている客の一人から聞いている。
 だが半分だからこそ待っていたのだ。

 
【貪欲なる巨竜】(メルキア)


 オレは半分だけしか彼女を開放できなかった。この国だけでなくこの地方の様々な魔術師、神格者が『彼女は神としての神力行使ができない』と言い切った。だが神の意志、神意はある。そして彼の女神は望んでいる。


 
「【神響の霞廓】へ行かなければならない。」



 
ならば神格者となったオレがその路を切り開く!


 だから胡乱に思いながらも感謝はする。全てを御膳立てしたこの国に。先だって行われた神学論争で各神殿はメルキアに大敗を喫した。『現時点での城砦は禁忌では無い』と認めざるを得なかったという。そりゃそうだ。禁じているのは『神を動力源とする兵器』であって『神が操る兵器――神機』ではないのだ。最早女神はその能力として城砦を操る事が出来、しかもこの城砦はもう神力を必要としない。
 この城砦を駆動させるのは四脚に配された【多重積層型魔焔反応炉】(フルトリムイレーザーエンジン)。未だ城砦に封印されている彼女の神力はこの動力炉を掣肘する制御機構として使われているに過ぎない。220年の時をかけメルキアはそれをやり遂げた。理由は解らない。おそらく【知っている】のだろうが言う事は無いのだろう。『オレ達が路を切り開け』と言わんばかりに。
 全ての準備が整う。一つ息を吸い言葉として吐き出す。城主席から少し緊張した声が届く。これが220年前に続く二度目の始動(リスタート)


 
「縁と絆の現神・フィア、城砦立脚開始!」


 
「私の神格者・アヴァロ。城砦行動権を託します。」
 


 唱和する。


「「グアラクーナ魔導竜砦、起動(スタンダップ・グアラクーナ)!!」」





◆◇◆◇◆






(BGM  心は大海原の流れと共に 珊海王の円環より)

 沈み込んでいた巨躯が徐々に持ち上がっていく。視界のインヴィティア城壁、それが見上げるから見下ろすに変わっていく。その向こう、リエンソ湖の対岸に我が都【バーニエ】を望む。


 「こ……これがグアラクーナ魔導竜砦(・・・・)。200年の時を越える魔導戦艦に続くメルキアの戦略兵器!」

 「マウアよ、これはメルキアのものでは無い。現神フィアとその使徒アヴァロの移動工房。我等メルキアは220年の誓約を果たしたに過ぎぬ。」


 隣の席、次期皇帝団に立席決定したマウア・フィズ・メルキアーナを嗜める。興奮するのは良いが言葉は選ばねばな? ただでさえこいつの“再”始動は大事だった。技巧など魔導戦艦の応用に過ぎぬ。神の禁忌をどう神の兵器に変えるか? 唖奴も厄介な宿題を残したものよ。
 が、マウアの熱狂ぶりも無理ないか。ドレッドノート完成の折には妾とてこの小娘と同じ心持ちだったろうよ。【知っていた】、そしてそれを凌ぐモノを【創り出した】唖奴ならば今の妾と同じ心持ちだったろうさ。


 「さて、彼等の旅はここより始まる。本来フィアスピアを半年で縦断すれば上出来と言うておったが今世はアヴァタールよりフィアスピア、10倍もの距離と二つもの内海を3年で踏破する。」


 甘い旅路ではない。メルキア東西帝国が中興帝の意思を受け継ぎ(ユナイテッド・インペリアル・オブ・メルキアが)世に送り出す次世代だ。それは彼らにとっても同じ。城主席の女神を弑し、彼にあの『神殺し』の業を背負わせるべきではない! 唖奴が言った悲劇の結末(ラスト・インプレッション)になぞさせるものか!! だからこそ妾は【時間犯罪者】としてこの時を待っていた。
 レウィニアに『水闘獣の針団』(ディートヘルム)、ディジェネールで南方ユイドラより『救国の匠王』(ウイルフレド)と仲間達、レルンでは神殺しと別行動をとる『二人の使徒』(エクリアとマリーニャ)、クヴァルナで『豊穣を否定した神格者と妾の妹』(エルバラードとルトリーチェ)が加わる。止めとばかりに『盗獅子』(ヴァレフォル)『魔人帝』(リウイ)にも伝手を巡らせた。それを未だ知らぬマウアが声を潜めて懸念を口にする。


 「それですが宜しかったのでしょうか? アヴァタール各国の護衛兵力を用いず、寄せ集めの混成部隊。しかもマーズテリアはまだしも……」

 「インフルースを入れたのがそんなに不満か? マウアよ。」

 「当然です! 敵国ではありませんか!!」


 声を抑えたがその憤りも解る。彼女の父にして皇帝団の一人であったギニラール・フィズ・メルキアーナを破滅させ、メルキア帝政に大混乱を巻き起こした敵性国家。今回の神学論争でも関係のないこの城砦の所有権を持ち出し参加する国や神殿を辟易させた。


 「だからこそ認め、譲歩させたのだ……散々にな。王位継承に直接関われぬ第三王子の私兵【竜鰐騎士団】。しかも分遣隊にした上、インフルースに関係のない三等客将(キスニル)を指揮官とした。マーズテリアには双方の監視者と言う名目で護衛兵力を出すよう要請し、征炎衆の6位天使(ミシュクアナ)を引っ張り出させ逆に直衛艦として竜躁魔艦(ヴァンガード)を認めさせる。竜族からは【威戒の山嶺】(リプディール)を通してフィアスピアの竜族【雷府の雲海】(ユウトリド)より次期後継者(カトリト)を差し出させた。」


 唖奴はこの征途を『絆を紡ぐ物語』(キャッスルマイスター)と呼んだ。敵味方など関係ない。この城砦で絆を紡ぎ大いなる時代のうねりとなって人間族の過ち、妖精族の懊悩、神の苦痛の象徴【フィユシア聖地・神響の霞廓】を打ち破るのだ。


 「(神を妄信せぬ【貪欲なる巨竜】が神を救うか。ヒトも神も世界の両輪、あの狂人共が願う自由と言う我儘ではなく、己の力を以って『神と我々は違う』。そう道筋をつけて逝った唖奴らしいの。)」


 感傷と共にマウアに言葉を繋げる。国益を追求するのも妾が務めである。


 「マウアよ……解っておるな? 我等メルキアにとってこの旅は目くらましに過ぎぬ。ラウルヴァーシュにメルキアの意思を喧伝すると同時に次なる城砦を確保せよ。マーズテリア教皇庁に目に物見せてやるのじゃ!」

 「ハッ!」


 まったくあの新教皇と聖女め。口で城砦を神の禁忌と罵りながら精域神戦争で世界中に散ってしまった城砦を探し求めておる。それほど神殺しを怒らせたことが怖いか? 先の聖女(ルナ・クリア)を殺めた己等の下劣な策謀こそ原因であり、その事実すら神殺しは忘れてしまった有様なのに。
 それだけではないな。神殺しを怒らせた結末たるプレアデス枢機卿の総本山ごと『相転移』(ばくさい)以降マーズテリアの退勢は著しい。本来ならばこの程度で軍神の信仰が揺らぐことは無いだろう。だが唖奴が変えた。地方のマーズテリア神殿が独自の行動をとり唖奴の言う宗教改革(プロテスタント)を始めようとしておる。だからこそ新教皇は己の権威を取り繕うが為、新たなる城砦を欲しておるのだ。


 「閣下、グアラクーナ魔導竜砦、メルキア連合帝国を進発します。」


 城主席に座る現神の下。統合運用席に座るハーフエルフの若者が許可を願ってきた。この移動工房は固定している限り現神フィアの総本山として、つまり宗教国家として扱われる。他国に入れば即紛争になるほどの外交問題を引き起こす。だからこそ些か中二病……だったか? その彼も緊張するのだろう。なにしろここは帝都・インヴィティア、【貪欲なる巨竜】の心臓じゃからな。


 「宜しい。アヴァロ・パレン・ルクレール君、旅に幸あらんことを、……とは言っても妾等もレウィニアまでは同行させてもらうがの?」


 彼をここに連れてきた唖奴の息子、彼がその氏(ルアシア)を譲った。それをこの若者が敬意を込めメルキア読み(ルクレール)で名乗る。本来ならば彼もまた適格者だったのだ。種は古来の人間族、しかもあの狂人共を上回る純血の人類【時間犯罪者】。胎はフィアスピアのエルフ国家(メイル)ファラ=レアロス大司教(クードヴァンス)の小娘等とは比較にもならぬリガナールの【隷姫】。


 「――多分彼も中興帝と同じ天賦なんでしょう。それでなければ父の遺した叙事詩のような結末は考えられません。僕にはそれが無い。何方を選ぶべきか自明です――」


 彼は旅を続けている……彼は父親と違い何を求めるのか。


 「メルキア国家元帥魔導竜砦行動法発令、第一中継目標【レウィニア王都・プレイア】!」


 彼の声と共に城砦がその一歩を踏み出し、妾は一種の諦観と気恥ずかしさに包まれる。


 「国家元帥か……最後の御奉公とはいえ、過ぎた職分だの?」

 「閣下なら当然かと? 我等メルキア“国民”にとって伝説ですから。」


 マウアの憧憬と賛美に渋い顔になってしまう。初代である我が祖母(ヴェルロカ)が悪名高すぎた。二代目は……


 「マウア、忘れるな。二代目が偉大過ぎた。いや、莫迦過ぎた。だから今のメルキアがある。」


 殆ど白くなった緑髪を撫で碧眼を遥か東にある『絆の塔』へ向ける。そこに今も眠っている。


 「(還って来い、シュヴァルツバルト・ザイルード。妾はまだ生きておるぞ。)」


 祈るように妾 エイフェリア・プラダは呟く。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――



――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  荘厳たる生地 魔導巧殻より)


 
「見事」



 艦内司令塔でオレは満足気な笑みを漏らしてしまう。そりゃそうさ、先史文明技術によってリスペクトされた最新鋭魔導戦艦。メルキアに頼らぬオレの私兵。これほどの出来になるとは思わなかった。もはやかつての世界における大航海時代の文化的残滓『帆船』ではなく大戦の狭間にある束の間の平和の時代――列強がこぞって軍艦を豪華客船を建造し国の誇りとした――そんな時代の『旗艦』だ。


 「言ったろ? 西領元帥の魔導戦艦(ドレッドノート)が玩具同然になるって。」


 ドヤ顔で返してくるハリティ。いやー勇者セリカの顔でそんな顔されると新鮮だわ。あの無表情キャラがこんな顔になるなんて。


 「この世の物とは信じられません。イアス=ステリナでは本当にこんな怪物が??」


 慄くようにシルフィエッタが声を発した。破滅の魔導戦艦を見てはいるだろうがあそこまで進んでしまうと呆気にとられるだけで本質が解らなくなる。この世界には帆船はあるからその発展形たる軍船、魔導技巧を加えて魔導戦艦。それをオーパーツ化したものと思考を進めていきようやく本質が見えてくる。思考の断裂を繋ぎ直し、初めて『戦狂い』がどれ程世界から懸絶した代物か理解できるんだ。


 「使っている力こそ違うが、彼の世界の人類文明は此処より驀進を始めたと言っていい。戦に騎士道だの武士道だの魂の熱情だの言っていた時代が圧倒的な鉄火によって踏み潰され、戦死者が単なる数字にしかならなくなった。
 国家が国民に安寧を与える為、狂ったようにリソースを求め、持つ者と持たざるもので激烈な闘争が繰り返された。それに終止符を打つべく『持てるもの』の大半が力を結集し、人造の救世主を創り出した。オレが思うにそれが【機工女神】なんだろう。」



 正直推論でしかない。


 「傍迷惑な限りですわね。」


 ありゃ? 隣のエリザスレインがツッコミ入れてくるかと思えばキルヒライア先輩ですか。厳しい批評が飛んでくる。


 「己を改新せず国家を宗教に見立てて妄信する。今の人間族と大して変わらないのですね。過去の人間族も。」

 「弱い者はどうしようもないさ。ある意味弱肉強食がこちらより酷かったかもしれない。弱ければシステムの歯車になり死ぬまでどころか子々孫々までそこから逃れられなくなる。此方の即力になる信仰による魔術があるからこそ人間族はその方向に向かえなくなったとも言えるんだ。」


 血統や家系による『選ばれし者』が実際にいる世界がディル=リフィーナだ。選民主義がヒトをある意味暴走させず精神的成熟が訪れるまでヒトの歩みを押し留めているともいえる。功罪はさておき先輩には少しお灸を据えておかないと。彼女の独立独歩も好ましいし今回の決別における有力カードなんだけど独自に動かれると不味いんでね。機先を制す。


 「キルヒライア先輩、全ての原因がイアス=ステリナの人類にあるとお思いですか? 初めオレもそう考えておりました。しかしメルキアで学んでからその説には少々無理があると思う様になったのです。」


 先輩はネールエルフ、つまり元はネイ=ステリナのヒト【妖精族】だ。新参者がシャップルされたとはいえ己の大地で大きな顔をして繁栄しているのは面白くはないだろう。


 「ネイ=ステリナもイアス=ステリナと同じく滅びに瀕していたのです。得られる信仰に比べそれ以上に世界に注ぎ込まねばならない現神各位の神力。世界を拡大しなければ信徒が滅び、神もまた滅ぶ。しかしこれ以上世界を拡大すれば神が耐えられす滅び、結果世界も信徒も滅びる。故に現神もまた窮して求めた。膨大な信仰心を捧げる『新たなる信徒達』を。」


 ある書物からそう推測せざるを得なかったんだ。実は創世記には伝承百出でどれが正しいとも間違っているともいえない執筆する者の数だけ異伝が存在するほどのジャンルだ。実際オレがやった各々のゲームでも『二つの回廊の終わり』その原因は千差万別だしな。だからこそ双方の視点で物事を考えないと。


 双方が求め、機工女神が叶えてしまった。己の信じるべき神、己の護るべき民を斟酌せず矛盾の解消を外に求めてしまった……」


 聖なる父のみが得をしたとも考えられる。彼の目的の前にヒトが自滅することは避けられたのだから。しかもネイ=ステリナ側の新たなる種族によってかつての人類は更なる潜在力を手に入れた。ただこの真犯人説も変だ。なら何故この世界を去った? 何故今迄のように預言者を送り込む?? オレみたいな不出来な凡人を間違えて送り込みました……なんてギャグだけは勘弁して欲しい。


 「……世界が二つの回廊の終わりへ至った時、イアス=ステリナの人間族は驚いた。先住者がいたと。ネイ=ステリナの現神達は驚いた。己等の新たなる信徒達に先に古神が手を付けていたと…………」


 ファーストコンタクトも文書では可笑しなことになってる。話し合いもクソも無く三神戦争は起こったんだ。いくら混乱の最中とはいえ対立点の解らぬまま絶滅戦争なんてバカのやること。時代の末期には信じられないようなバカが信じられないようなバカやって滅びるとかあるが卑しくも神がそれやったら全信徒が神を見放して全員共倒れ等解り切っていたと思うのだが。


 「…………この過誤が己の生存圏を開かれると考えた先住者の警戒、人類からの信仰を取り戻した古神の恐怖を買ったのではないか? 三神戦争は四者の無理解と欲望が爆発したワースト・コンタクトの最たるものでは無いかと。」


 だからなるべく双方の視点を比べた文書に拘ったんだ。ここで意外な神様が出てくるとは思わなかった。彼なら中立として申し分ない。あそこまで反逆した人間族に娘を与え、騙されたとはいえ最後の最後まで反逆した人間族を許そうとした。おっと!


 「千騎長閣下が精遠たる神域(パライア)文書を熟読しているとは驚きですわ。」


 呆れ顔で先輩が言ってくる。先ずは敵を識れ。戦争を預かる者としては当然なんだけどな。ただオレの論だけで即座に使った禁忌級の古文書を特定してのけるとは。まー精域神パライアという緑の杜七柱の有名神様に関する文書だから特定できたのかもしれんけど。さて誘導開始、流石のキルヒライア先輩も今回ばかりは従ってくれるだろう。絶対に情報は出せないけど【知っている】ことを識ることで先輩は路を切り開けるかもしれない。


 「仕事の内ですからね。オレが転生者なのは先に話した通りですが必ずしもこの世界がオレの【知っている】世界とは限らない。だから初めは文書と文物で確認しながら此処がディル=リフィーナであることを確かめていったんです。」

「??」

 「実は精域神パライアの『状態』は良い道標ですから。おっとエリザスレイン! このことはまだ内密に。これは貴女に対峙する者も関わるかもしれませんので。」


 モーレツ耳ダンボ状態のエリザスレインにチクリと誤導もしておく。あながち誤導とも言い切れないのが恐ろしいけどな。どちらもマイスター系の採集製作冒険ゲームだ。地方は違っても繋がっていないとは言い切れない。……というよりアペンドで思わぬ繋がり方したわけで。


 「仕方ありませんね。北領としては今閣下にメルキアを離れるのは大いに困るのですが妹御の事態と未来の世界、双方を盾に取られてはこちらも無理をするしかありません。コーネリアにそう伝えておきますわ。」


 やはりか、彼女の今迄の言動から見てアンナマリアのようにメルキアに憧れて協力しているわけではない。むしろエリザスレインに近い。その警戒対象が今明らかにカルムス元帥からオレに代わった。
 ガルムス元帥は今現在メルキア帝国内で最も神位――というか現神が警戒する自己神格者――に近いだろう。彼女としてはライバルであるだけでなく緑の杜七柱からの依頼で監視対象にしているはず。そして今の反応から見るに彼女はフィユシア教の秘中の秘を何らかの形で知っている。今の惨憺たる『状態』こそ知らないだろうが精域神戦争で何が起こったか知っているかもしれない。ならば知り、そして資格の可能性があるオレが最大警戒対象、いや最悪抹殺対象になる。

 今の『状態』のまま『神』が解放されたら確実にラウルヴァーシュ大陸が破壊されるからね。

 だからこそ溜息を吐いて彼女が譲歩を差し出してきた。『もし北領がこの混乱で動いてもそれはガルムス閣下個人レベルで済まされるようにする。』北領軍が言う事を聞かなければ、いや職場放棄してヴァイス先輩の元に走ってしまえば戦争中の西領と南領、そしてオレが抜けて絶賛混乱する東領は背後を突かれることは無くなる。それ以上にヴァイス先輩の下に帝国最強・北領軍の二個軍団以上が加わるんだ。これでやっと4個軍団8000、莫迦王率いるユン=ガソルの総兵力5個集団(軍団)10000に何とか対抗できる数になる。


 「さて計画に戻ろう。おそらく二時間後に先輩がオレに追捕令を出すはずだ。エイフェリア元帥がファラ=カーラを発見、抵抗したアルベルト百騎長の逮捕でオレの国家反逆罪が露見する。オレこそが皇帝ジルタニアの【比翼】であったという『事実』だ。」

 「それと同時に各領軍に放っていた密偵をリリエッタ女史とアデラ百騎長の士気に統合、セーナルの転移門をラギール閣下と共に一時掌握。用意した物資を一挙に此処に転送します。」


 秘書役のシルフィエッタの言葉に頷く。実は転送する物資はそう多くない。ヒトこそが重要だ。この一回限りのチャンスでしかメルキア離脱メンバーを招集できない。ここが最大不安要因なんだが。


 「アンナマリアの下に私の子飼いがおりますわ。取りこぼした場合、彼に『誘拐』させてはどうでしょう。合流がプレイアでも構いませんわよね?」

 「成程、南領の情報が東領を介して北領に流れていたのはそれが手妻でしたか。」


 憮然とするオレとニッコリするキルヒライア先輩。メルキアの国家諜報組織はリリエッタさんと先生たち含む伯父貴の手の者だけと思ってたわ。軍情報局員としてのアデラ百騎長どころか北領はお抱えの諜報組織まで持っていたわけね。資源と情報あってこそ戦は勝てる。メルキア最強北領軍とて手を抜いていたわけではなかったのか。


 「ラギール御大の離脱と共にヴァイス先輩の軍が各地のセーナル神殿に押し入り策謀に気付いたバミアン氏と合流。物資や人員の目的地が判明する。魔導双方向通信機、オレの手妻だが偽情報を疑う暇はない。特にアンナローツェ女王とその娘を誘拐したと解れば事は一刻を争う。手近な兵かき集めてここに来るはずだ。」

 「【マグナート大山塊】、しかし4日は掛かりますわね。」


 悪戯っぽくエリザスレインが囁くが駆け引きやる予定もないんでね。白状しとこう。」


 「王姉フェルアノ・リル・ラナハイムなら2時間かからん。単独で転移の城門作るチート相手には対処不能だ。」


 勿論メルキアの資材ふんだんに使えるという条件付き。たしかゲームでも彼女がボヤいていたが【貪欲なる巨竜】にはこの世界のチート共が涎を垂らして近づいてくるものが沢山ある。研究施設、希少物質、運用資金……それを用意できる資本があるからこそ西領は英雄すら雇えるんだ。そしてこの一手こそオレには重要だ。国家戦略面に話をシフト、


 「これで不確定要素【ラナハイム】は消せる。国主の方は先輩に対処して貰おう。」


 実はラナハイムの反乱はフェルアノという内憂さえ崩せればどうにかなってしまうんだな。彼の国では直接戦力こそ増強できても継戦能力が無い、そして短期決戦しようにもこっちが先年奪ったフリムに穴熊するだけでたちまち国家存続の危機だ。
 そしてその背後で竜騎士団――リスルナ王国――が動き出す。国家戦略級の包囲網へとラナハイムは叩き落すんだ。これでは宣戦布告と同時に国家崩壊になってしまう。頼るべきユン=ガソル? 無理だ。そもそも莫迦王にその気がない。そもそも向こうの国主が王姉を切り捨てられないシスコンときた。ゲームはそれを逆用しての姉弟鬼畜調教ルートがあるしな。
 余計なことを考えているのが解ったのが一言入る。


 「悪辣だね。」

 「褒め言葉と受け取って良いかな?」

 「悪人面でそれ言うかい?」

 「何しろ【時間犯罪者】なもので。」


 ハリティの茶々とボケのやり取りだが、彼も不満を吐き出したつもりだろう。今回彼を出せない。流石に祖霊の塔をがら空きにするわけにはいかないからだ。先史文明先端技術なんてルクレツィアに使えないし侵入も不可能だろうが万が一【魔シキ封錬ノ民】と繋がって居たら最悪の事態になる。まだ総帥【ガイダル・ヴァースラフ】は生まれてすらいないだろうが彼奴等本質的に同じなのよ。闇の月女神(アルタヌー)とね。


 「そしてオレ達の旅は始まる。ヴァイス先輩の目の前で国威分断という暴挙をやらかすんだ。アヴァタール五大国どころか中原全体が大揺れになる。ただし国家だけだ。オレの表面における目的を察知しているのはアルタヌーを識るごく僅かの神殿、それも上層部のみ。つまり力ある現神の現状維持派(たいはん)は動かない。いやオレとヴァイス先輩が狂言やっているだけとも捉える。」

 「流石と言わせていただきますわ。その真意はこれから起こるであろうメルキア内乱に神殿勢力を加担させない。それでありながらアルタヌー廃神の為に無償の援助を引き出し続けさせる。悪魔の策ですわね。」

 「貴女に比べればまだまだですよ、エリザスレイン。」


 これは一定の意味で神殿勢力と現神への配慮でもある。援助は物や金に限らない。人――宣教師――も同時に送り込んでくるだろう。そう簡単にメルキア臣民が神に転ぶことは無いが手段を選ばない布教活動をやらかす場合もある。特に混乱するメルキアを揺さぶる意味でね。故に防波堤を張るのさ。神学論争という対立軸を神殿各位で行ってもらう。ま、これも外に出てしまうオレには関係ない話で主に居残り三元帥に予め話してあるけどね。
 さて神祇に戻ろう。本当はこの国家戦略こそがオレの本分なんだけどどうしようもない。先ずは闇の月女神をどうにかしないと世界が滅んでしまう。


 「今回の最大目的は内乱を終えヴァイス先輩の元再統合されたメルキアをどう諸外国と付き合わせていくかなんだが、」


 「? シュヴァルツ様、最大目的はルクレツィア様への対処では無いのですが??」

 「シルフィエッタ、それは最低ラインだが最大目的じゃない。実はそれについて数手を動かしているし、今回の旅でさらに数手増やせる。オレは抑止力でアルタヌー(アルクレツィア)を止めるつもりだからな。一つの手を引っ繰り返されただけで瓦解なんてバカはやらない。」


 隣から口が出る。


 「正直この【時間犯罪者】はとんでもないぜ。こいつは望むなら現神共を顎で使う事も、世界をその論理で覆いつくすことだって出来る。だけどそれを全部否定しやがった。最も倍率の低い『勝てる馬』(メルキア)に有り金残らずBETしてるだけさ。」


 やれやれ、ハリティの言う一点全賭けは丸損なんだけどな。勝てそうな状況(ウマ)に当選率と利益率から逆算して賭けていくのが順当なんだよ。万馬券でてきたらどうしようもないけどその時は次のレートでも眺めるさ。講評を頂いた。恋愛脳でチクチクしてこなくても!


 「あくまでメルキアを生き残らせることが第一。次にアルタヌーを擁する勢力の排除、最後がメルキアの行く末と中原世界の再構築。大言の割には堅実ですのね? 少しは冒険しないと惚れられませんよ??」

 「女だって恋に浮かれていてもしっかり相手を見ている。権威主義(ステータス)物質主義(エコノミック)が至上命題とは限りませんが、恋が愛として成立するのはその時ですね。キルヒライア先輩?」


 双方薄く笑って話を締める。全くディナスティの先生の教導が無かったらこんな色男の台詞なんざ出てこないよ! ついに全てを明かす時が来た。中原と西方の一部に限るが舞台をラウルヴァーシュ全域に拡大する。対神格防御フィールドを展開する。――といっても祖霊の塔の簡易版。盗み聞きを防ぐ程度のものだ。


 「では行動ルートと指針、各々の目的を説明する。」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  一滴、大海へと至れ 峰深き瀬にたゆたう唄より)



 「(今のところは計画通り、タイミングはこれからか……)」


 続々と人が集まってくる。西領からフィオ技巧長。彼女が鍛梁師であることを知ってエイダ様に土下座して引き抜きました。そして彼女の師匠にして旦那をレウィニアで紹介してもらえるらしい。腕の良い鍛梁師は大歓迎だ。――代わりに即戦力のギュノアさんは差し戻すことになったけどね。
 南領からはデレク神官長、もう神殿でも神様でも権威は皆使ってやるとの心持ちです。後ろ盾の国家抜きで外交戦なんて向こうの世界でもとんでもない難易度だ。例えればイスラム過激派が世界の警察官と対等に交渉しようという無謀っぷりでしかない。
 東領からはシャンティ。北領から転移の城門で来たのは神殺しと北領不敗の怪獣大決戦見てきたから。双方本気ではないとはいえ北領首府(キサラ)の闘技場が全壊したってこの世界のチート共ホントにどうなっているのか知りたいわ!
 当然アンナローツェ元女王とメサイアちゃんも連れてくることに成功。これは第三総騎軍から傭兵軍に移籍していたランラメイラの手引きなんだけど、ある意味安易に彼女を動かしフェイスへの監視を緩めたことがオレに一手遅らせる選択になってしまったかと悔やまれる。それがカロリーネの死ともなれば言い訳も効かない。思うにこのゲームにおける顔出し武将のほぼ全てがこの中興戦争で重要な役割を果たしているキャラクターではないか? とオレは最近思うのよ。その全てを関係を持ち縦横に動かせたなら……止そう繰り言になってしまう。
 当然メサイアちゃんと一緒にテレジットもセラヴィ、それにルクも付いてくる。テレジットは現状こそ単なる『ちびーズ』の一人でしかないがレルン地方では陰の主役、フィアスピア地方では並行世界を繋げる絆を創り出す。この段階で鍛えるべきだ。特にこの220年の間に侵入不可能な筈のアークパリス総本山から神器を盗み出すというトンデモをやらかしている。流石【盗獅子・ヴァレフォル】その下準備としてのレベリングを含めている。
 セラヴィは逆。彼女をこれ以上関わらせない。本来こんな大冒険は彼女の歴史に無いのよ。もう経験も十分に積み、学べるものの基礎も教え込んだ。尖水晶の森へ返す。ここからは彼女次第。『ある工匠の物語』(アルケミーマイスター)で彼女がメインヒロインを張り【ディジェネール・遼遠たる繭宮郷】を目指すか、サブヒロインとして残る二人のヒロインを見守るか――本気で3つのシナリオ同時に来たらどうしよう? ディジェネール歪みの打破、ディスナフロディの侵攻阻止、ユイドラ内乱鎮圧……時の主人公(ウィルフレド)過労死しかねんぞ。
 ルクについてはマルギエッタ元女王について亡命先まで避難させる。これはメサイアちゃんも一緒に亡命したという影武者の意味も含んでいるんだ。メサイアちゃんについては今回レベリングも含めた教育を兼ねてる。何しろゲーム登場魔人キャラでも有数の実力者だからな。ヴァイス先輩の庶子として押し込むにも相応の実績が必要なんだ。
 神殺しに関しては一度南領に戻り伯父貴の手引きで歪竜連れて合流してくる。デレク神官長が言伝てくれたが【歪竜・ペルソアティス】第一期生産分全部回すとの事だ。いいのかよ伯父貴? 最新鋭兵器揃えて限定総力戦の筈が最新鋭兵器無しで限定総力戦なんてできるのかよ?? と言いたい。
 ま、これで伯父貴としては勝っても負けてもエイダ様が魔法術式を排除できなくなると踏んで手を打ったともとれる。戦後南領潰しを強行すれば両輪を指向するオレが敵に回る。彼女にとって戦後最凶最悪の【南領元帥】(ザイルード)が誕生しかねない。
 そして伯父貴から餞別として神官長が持ってきてくれたもの。いや剣使ったことないしそもそもまだ開発されていない筈なんですけど? でもあっても不思議じゃない。ザイルード家が家宝として長年隠匿し続けていた一族を冠した暗黒剣(ザウルーラ)、確かにアルタヌーの因縁は我等によって導かれた。この宝剣自体が強力な召喚の媒体であり確率は低くともこれがアルタヌーを導いたかもしれないと伯父貴が考えているのならば猶更だ。
 そして部外者だけどユン=ガソルのリプティーとザフハのフローレンさんまで来やがった。見届け人という類だろうけど今後のアヴァタール東方域新秩序に一定の影響を及ぼそうという腹だろう。ゲーム参加国に対応した武将キャラ動員状態だ。もう対外的には『アヴァタール東方域交渉団』と言ってもいい。
 オビライナについては別行動。流石にバレるだろうしそこまで彼女を信用しているわけじゃない。敵を騙すにはまず味方から、彼女の行き先は故国であるレウィニア神権国、それも王都プレイアだ。とにかく最初このメンバーに後ろ盾が欲しい。それにオレの計画が現神の間、それもこの大陸に根を下ろしている地方神達にどのような影響を与えるか歓談し交渉せねばならない。貴族派の領袖たるローレン家を十二分に使わせてもらおう。神殿派はいい顔をしないだろうがレウィニアの政治バランスが過剰に傾くことは避けたいんだ。
 200年以上先を考え元の木阿弥に戻す道標を用意しておく。だが変え様が無く修正者が妥協せねばならない案件も残しておく。たとえミサンシェルの現使神自らオレの死後介入しても迂闊に手を出せないように。歴史改変を行いリバウンドを行っても全てが変わらず無理に変えれば世界そのものが予測不能に陥る。秩序の守護者【現神】がそう恐れる程の【時間犯罪】を行うんだ。
 だから見届け人としてその御当神(?)(エリザスレイン)は愚か、共犯者も連れていく。その共犯者である彼女、シルフィエッタについては総仕上げだ。上に立つ者の行動一つで世界が変わるという実例を見せる。彼女が以降の歴史においてリガナールに戻り国を立て直すのか、再び娼婦と言う放浪を続けるのかは解らない。オレは選択を増やすのみだ。彼女が『欲する時、欲する選択ができるように』。
 指に嵌る円環を眺める。


 「(やはり1個では足りないか。ルノーシュで全ての円環を集めるのは前提条件。そしてその時こそ決戦になる。如何に状況を不利にしようともアルクレツィアは逃しはすまい。)」


 中央指令室に組み込まれた『祖霊の塔』にあった巨樹のコピー――先史文明期神域演算装置――を眺める。今回の計画はこのコピー元で演算され計画として策定された。薄氷を踏むような可能性と考えたのだが演算装置は『可能』と判定した。特にオレの与太話をハリティが解釈しこのシステムを動かした結果、『可能』になった。
 既にオレの計画が禁忌に踏み込んでいるのは解ってる。一定以上の力を認めないのが現神だ。だが其処にトリックがある。神は持っているのに人は持っていないのは不公平という論理だ。思い上がりではなく『神の過ちを掣肘する抑止力』これがオレの狙う『最強の兵器の動力炉』兼『魔躁巧騎計画の中核』にしてゲーム設定すら置き忘れたような魔導技巧を元とした【真なる御物】であり、ヴァイス先輩率いるメルキアが開発する晦冥の雫すら焼き尽す【黎明の焔】なのだ。
 正直なところオレの策動の方向性はフィアスピアで怨念を振りまく悪シキ一族こと【魔シキ封錬の民】とよく似ている。特に神からの独立と言う意味では完全に同じだ。ただし、その根本が違う。彼らは神の信仰を否定するが為の独立。オレの根本は神とヒトがこの世界で対等に付き合える独立だ。そして彼らの組織にはその遂行に致命的な欠陥がある。

 感情が理念を歪めたのだ。それも環境が怨念を創り出しそれを肥大させるという悪循環を以って。

 彼らの憎悪は本来の目的【神からの独立】を歪め、後の世の総帥【ガイダル・ヴァースラフ】に至っては【己達を庇った神に世界を破壊させるという自己満足】へと堕した。自家中毒とはこの事。そのためにオレはメルキアと言う国家を長期的なラインで技術国家へ変えていくつもりだったのさ。
 秘密組織のような代物は容易に本来の目的から逸脱してしまう。構成員がヒトである以上それは防げない。だが国家にはそれを掣肘し本来の在り方に引き戻すシステムが存在する。国法、憲法とかいうが基本的な単語で言うならば【法治】だ。だからこそ【貪欲なる巨竜】でしか不可能なのよこの国家プロジェクトはね。
 早々に各国首脳に話してしまわざるを得なくなったがどんな国家、神殿、組織であろうとも禁忌に至る技術ラインを掌握できない『特許権』をメルキアが掌握する。勿論メルキアですらその力を使えないように厳重に神殿勢力が監視するようになるだろう。それでいいのだ。禁忌なぞ使い方次第。使わなければ越したことは無く全存在に恩恵を与えるならば自然に禁忌では無くなる。唯一の例外が自然発生してしまった『当代の禁忌』に対しラウルヴァーシュ大陸の総力を以って対抗する『ヒトのヒトによる世界の為の殉教者共』――対禁忌制圧部隊

 
【巧騎師団】


 そして彼女達『人を逸脱してしまいながら人の想いと絆の中に生きねばならないモノ』、魔導巧殻……いや

 
【魔装巧騎】



 「(それこそが未来への階。過去のメルキアを語る唯の琵琶法師がここまで異形化した代物になるとはな。)」


 そして各神殿から提供された時事報の束に目を向ける。これらを行う材料としての【時間犯罪】だ。本来時間犯罪と言う物はゲーム気分で自己満足を得る為に行ってはならないと思ってる。徹底的な己のエゴと利益のために世界を利用しなければならないのだ。自己満足と言う気分は結末への感傷以外持ってはならない。だからこそ各々の地方においてオレが最大の利益を得つつもその地方の既存秩序【史実】に対し誠実であることを求められる。そのための情報収集はこの戦争が始まった時点から進めていた。――本来は仮想敵たる残る四大国や神殿勢力を監視、牽制する為のものだったんだけどね。


 レウィニア神権国――神殿派と貴族派の初めてともいえる対立が始まっているらしい。

 港町・ミルフェ――隣国の抗争が激化し政情不安に陥っているという。

 採鉱村・ユイドラ――特殊鋼の鉱脈発見と共に街が急拡大している。

 リガナール半島――驚くべきことに知識がまだ残っていた。

 ルノーシュ多島海――海賊バトルロイヤル【第四次円環戦争】が勃発。

 フィアスピア地方――末期的なインラクス王国が遂に滅亡


 正しくラウルヴァーシュ大陸は動乱の世紀へと突入しつつある。その世界を揺るがしている力を踏み台にスイングバイを仕掛け『魔躁巧騎』を創り出す。つまりオレが以降、中興戦争で使う力は結果でしかない。もう一度覚悟を決める為に心で呟く。妹を取り込んだ闇の月女神の亡霊(アルクレツィア)を倒す手段なら、


 「(もうある。)」

 「シュヴァルツ隊長、最終便ですが転移門術式に介入を受けました。センタクスからです。」

 「解った。艦外要員は撤収。転移阻止の魔術師は妨害術式を残して干渉放棄を。甲板にはオレが出る。」

 「お供します。」

 「いや、先輩の前にはオレですら無力だからな。ただ、シルフィに伝えてくれ『バックアップ頼む。』」


 左の薬指に嵌められた契約の証、銀の円環。右の人差し指に嵌められた導きの証、金の円環が僅かに煌く。既に固有の円環魔法は発動済み。魔力も持続時間もかなり消費してる。カロリーネへの誓いとこの世に残っているのかもしれない彼女の意思、その導きのままに……


 「前方、魔法術式発現! 種別転移!! 城門開削されます!!!」


 開戦前から従ってきてくれた古参十騎長の声を背にタラップを上る。そこはこの『戦狂い』とはまるで違う景色。甲板すら欠片も見当たらない荒涼、その崖の一角。大きくそそり立った斜頸の先にオレは立ち、その根元からこちらに向け撤退してくる部下たちを見やる。
 その前方、転移門が強制的に構築され続々と決死隊ともいえる親衛軍所属近衛騎士隊が出現する。その中に見慣れた金髪と黒髪、そして緑髪ロリ。やれやれエイダ様、コレ見たさに来たな。自分がノイアスに狙われている事解って居るのかね? さぁ…………

 
決別の時は来た。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――




(BGM  迫られる決断 天結いキャッスルマイスターより)


 「シュヴァルツ戻って来い! 今なら間に合う!!」

 「先輩、もう間に合いませんよ。先輩の手はすべて空を切りオレにとって必要な手札は全てが揃った。今まで有難うございました。これでオレも世界を動かせる。」

 「何を馬鹿なことを言っている! あの誓いを忘れたのか!? お前は俺に力を貸した。俺はお前に……」


 やれやれ、お芝居にならんほど衝撃を受けたか。敵を騙すには味方からとも言うがやり過ぎたかもしれん。遮る、


 「さて、【比翼】とは誰に対してでしょう? ヴァイス先輩? ジルタニア?? 違いますね。オレは【メルキアの比翼】です。ジルタニアも先輩もそれに値しないなら【要らない】。政治とはそういう物ですよ。」


 「貴様!」  鯉口を切りかけるヴァイス先輩を押しのけてリセル先輩が前に出る。

 「まって、ヴァイス様! シュヴァルツ君、お願いだから考え直して!! この全てが御芝居だなんて私達も解ってる。でもここまでやる必要なんてない。シュヴァルツ君の言った未来、それをみんな望んでる。何故それを言い出したシュヴァルツ君が真っ先に背を向けてしまうの!?」


 ヴァイス先輩も話せなかったか。この裏にあるどす黒いまでの怨念を。オレを妹が擦れ違った挙句の憎しみ合い、それはメルキア一国に留まらず中原、いやラウルヴァーシュ全土を巻き込む騒乱に突き進んでしまった。


 「リセル先輩。言いましたよね? オレは【メルキアの比翼】だと。メルキアに敵する存在には消えてもらう。そのためにオレは力を欲した。いうなれば先輩に力を貸したのは『投資』に過ぎず、今それを回収し終えた。ならオレは返してもらった力を使い目的に突き進むのみ。」

 「「いったい何を言って……何をする…………!?」」


 二人とも『お前は何を考えてる!?』状況だけどそりゃヴァイス先輩には闇の月女神アルタヌー以上のことは言ってない。リセル先輩にとってはそれ以下。何をするか……か。我ながら単純なことかもしれん。


 「何をするか? だって?? 誰でも解る簡単な事ですよ。」


 大きく息を吸い込む。後は話したエイダ様がフォローしてくれるだろう。結果はレウィニア王都ででも聞くさ。


 
「史上最大の兄妹喧嘩!」


 
「お前は何を言っているんだ!?」


 
「あなたは何を言っているの!?」



 二人とも絶叫する台詞がソレですか。でも要約すればそれで終わるんだ。オレとルクレツィアの対立なんて本質はその程度。ただ兄が【預言者】妹が【継承者】どちらも歪なまでの【神モドキ】であることが事態を悪化させた。双方とも己の願う物の為に瞳を濁らせ世界を駆り立てる。
 そうだったな、神位とメルキア玉座。モノは違えどジルタニアとヴァイス先輩のラストバトルも似たようなものだ。ゲームを考えれば理解できる。

 何故ストーリー展開とはいえジルタニアはヴァイス先輩達を一致団結させてしまう愚策ともいえる手を行ったか? 

 何故ゲームシステム制約とはいえジルタニアがヴァイス先輩との正面決戦を望んだか? 

 ゲーム上の真ボス出現という御都合主義とはいえ何故アルを取り込むというこの世界のジルタニアからすれば真逆の手段を使って機工帝になろうとしたのか?


 彼は世界に宣言したかったのではないか??

 
ヒトよ己の天賦(かのうせい)を信じ立ち上がれ!


 結果が己であろうがヴァイス先輩であろうが構わなかったのではなかろうか? 現神と言う圧倒的上位者とそれに傅き阿るばかりの神殿組織。幾ら恩恵によって安寧を得られようともそれは欧州暗黒時代たる『中世』の再現だ。古神すら雑学と言う記憶の彼方に吹き飛ばし、巨大な文明圏を作り上げた人類の可能性は何処に消えた!? と、

 「ルクレツィアがどうしたというのだ? シュヴァルツ! まだお前は過去に……」

 その言葉をエイダ様が止める。そうヴァイス先輩と殴り合ったのは今の危機を先輩達にはっきり認識させる前振りであり、その前の計画こそが最後の復讐戦争のトリガーとなる。オレが言えない、言ってはならない事実をエイダ様が言う。
 オレは言えない、言ってはならない。先輩はカロリーネを盾にした(ころした)という後ろめたさからオレを許してしまう。


 「違う……ヴァイスハイト元帥。違うのじゃ。この大戦は皇帝ジルタニアが起こしたものでは無い。オルファンや妾が起こすものでもない。それは14年前、既に始まっていた。そなたの母君をルクレツィアが謀殺したときに始まったのじゃ!」

 「「嘘だ(よ)!」」    悲鳴交じりで絶句する二人。

 「先輩、それが『秘めたる真偽』という奴だ。メルキアの真の敵は皇帝ジルタニアじゃない。【闇の月女神・アルタヌー】をラウルヴァーシュに呼び込んだ【ザイルード一族】こそが真なる【メルキアの敵】だ!」


 二の句が継げないような二人にさらに畳みかける。ここから神代と現世、オレ達の歩む道は分かたれるのだ。思いも絆も認めよう。それを愛おしみもしよう。だが歩くべき道は違う!


 「正直ヴァイス先輩を道化としてオレ達が扱い、先輩がそれに徹してくれたお陰で助かった。これなら先輩に国崩したる“簒奪帝”の汚名を着せずメルキアを継がせられる。そしてリセル先輩、貴女がオレ達ザイルードの良心だ。幸せになってくれ。」


 決別の理由を言ったと同時にオレの背筋が凍る。意思が物理的な圧力となって押し寄せてくるかの様。その中心はヴァイス先輩だ。


 「もういい! お前は自分に酔っているだけだ!! 何故オレを頼らない。何故オレに話さない。お前は己が嫌う超常になっているのに気づかないのか!?」


 彼が近衛騎士を押しのけ躊躇なく前に出る。そのプレッシャーに思わずのけぞり一歩引いてしまう。凄まじいとしか言いようがない。これではアンナローツェで誰も手出しができない訳だ。こんなものに対抗できるのは超常ですら数少ない。これが人間の可能性、

 
天賦の才か



 「ここから引きずってでもセンタクスに、人間に戻してやる! シュヴァルツ!!!」


 その怒気のまま闊歩してくる姿に感動すら覚えてしまう。あの雪の日、捻じ曲がったヴァイスハイトがここまで来た。理不尽に怒り、それを覆さんが為、己を駆り立てる。『逆境が人を強くする』そのものだ。だが遅い。僅かに目を細め、

 「出来無いからこそ待っていたのさ、ヴァイスハイト。」


 
瞳を開く



 
「【シルフェニアの双環】、円環魔法解除!」



 
一挙にオレの両手から光の濁流が溢れ出す。



 
「姿を現せ!!」



 周囲の景色が一変する。幻術ではない。この円環魔法は【世界を組み替える】んだ。魔力依存とはいえ『世界の敵』ともいえる超級の円環、


 
「戦狂い!!!」(ウォースパイト)






◆◇◆◇◆






(BGM  desire hexagram 珊海王の円環より)

 オレの目の前、断崖の斜頸が先端のオレのいる場所を除き爆ぜ割れる。召喚陣も魔術詠唱すらないのに精霊達が実体化する。
 風幼精(シルフィ)火幼精(ファマ)光幼精(メルタン)水幼精(ティエネー)。少女の姿を模す下位精霊だけではない! 
 上位嵐精(ルファニー)緋焔精霊(メルテ・ルイ)神随光精(ファクシー)碧尖氷精(レニア・ヌイ)。余程の強者、上位者でもなければ召喚者など一顧だにしない超常一歩手前の上位精霊までもが多数、円環とその所有者に従う。結果は

 今まであった斜頸が崩れ空中に代わる。両端の空中は認識レベルでの折り畳みを解除されあるべき姿を現出させる。

 全長250ゼケレー(750メートル)全幅50ゼケレー(150メートル)、最早それは魔導戦艦という船の名をつけるのも烏滸(おこ)がましい。天航機動要塞(ベル=クレール)とも言うべき巨体。しかも斜頸の断崖の両脇に発現したという事は二隻……ではない!
 オレの立つ場所がその突端。中央に120ゼケレーもの長さをもつ巨大艦橋が聳え立ち船体を繋いでいる。そう二隻ではなく双胴、その艦橋すら異様。
 繋いでいながら中央がぶち抜かれ船首から船尾まで平らな甲板が広がる。竜すらそこで翼を休められるような空間。最早オレの構想した【竜操魔艦】すら超えている。
 右の船首には黄金竜の特徴を兼ねた現神最高権威者にして調停者の人型【黄の太陽神】(アークリオン)、左の船首には『聖なる父』の代弁者であり最も慈悲深くそして最も残酷な試練(ヒトよ、なんじのてきをあいせるか?)を人類に強いた【磔にされた聖者】(ジーザス・クライスト)の像を置く。中央艦橋にはこの世界、全ての始まりとなった彼女の神であるかもしれない似姿【時女神・エリュア】(ハイシェラ)の船橋像を。
 ガレー櫂を模した浮遊術式による三重輪形精霊光が船体周りを取り囲み、後方の並列四軸旋回推進翼が騎馬をも超える速力を与える。両舷に配された魔導光分子要塞砲(バスターランチャー)、周りの重魔導砲が魔導銃にしか見えない巨砲だ。更に巨大な外輪。こんなものが空中で推進力になる訳がない。これも兵器。同質の魔導戦艦ですら纏めて薙ぎ倒す攻撃兵装だ。中央と双方の船尾にせり上がるように聳え立つ艦橋。其処に翻るメルキア臣下としてもう掲げられる事無き『真なる』ザイルードの家紋旗。これが、


 
【双胴魔導戦艦・ウォースパイト(いくさぐるい)



 よし! やった!! 完全にリセル先輩含め全兵力が止まった。そりゃこんなもの見せられれば止まるしかない。先史文明技術でリスペクトされた魔導戦艦、もはやそのカテゴリーからも外れつつある竜操魔艦の思想すら取り込んだ双胴魔導戦艦。こいつの存在力が瞬間とはいえ【天賦】に相当する域にあることを証明している。
 それを意に介さないひとり……おや? もう一人いた。エイダ様、腰抜かして足ばたつかせながら狂笑してる。まー、一族の悲願。己の叶えた魔導戦艦が一瞬にして玩具にされちまったんだ。解らんでもないけど。むしろ問題は、


 「オオ゛ヲ゛オオオッツ!!!」


 その非常識な回天すら己の決意に変えヴァイスハイトが突進してくる。天使の羽盾を起動し、崩れる足場を蹴り飛ばし、その意思をオレに向かって叩き付けながら突進してくる。


「(止められる訳にはいかないからな。ヴァイス先輩。)」


 彼がいなければ、彼の歪みが無ければオレは一転生者として世界に関わる事も無かったかもしれない。彼がいたからこそオレはオレで在れるのかもしれない。だから、


 「円環魔法【環魔の壁】」


 オレの直前で先輩が壁にぶつかった様に止まる。足掻き手を伸ばしてくるがオレは躊躇なく甲板を蹴り階下に降りる。先史文明級魔法、これすらもぶち破りかねないからな。一撃に戸惑う間隙を利用する。円環内の魔力もすっからかんだ。これ以上は対峙すらできない。


 「ウォースパイト、仰角15度。高度250ゼケレーまで上昇の後。旋回。目標【レウィニア王都・プレイア】。」


 轟音と共に旋回推進翼が艦体を前進させ輪形精霊光が展望窓からでも輝き続けながらウォースパイトがアヴァタール東方域から離れようとする。マグナート大山塊が遠ざかる瞬間その声が聞こえた。怒り、嘆きを多分に含むあの優しかった声。


 「シュヴァルツヴァルトオォ!!!」


 その声が耳に残った。



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