「てめぇ、だけは……──!」



怒りに打ち震えるその声。
床に突き刺した自らの得物を引き抜くその手に、尋常でない力が込められる。



「うぉぁああああああああ!!」



走る。
憎しみをその手に込めて──
怒りを爆発させて──
目の前に立つ、憎しみの対象へと直走る。



「……………!」



対する、その憎しみを向けられている人物も、得物を振りかぶる。
かつてより戦ってきた相手と、これで幾度目になるか分からない立ち合い。

相手がどれほどの力を持っているかは、十二分に把握している。
それを迎え撃つのに、僅かでも躊躇すれば、自身の命が散るのは明白。
故に、得物を持つ手に力がこもる。

……だが──



「何?!」



武器同士が打ち合うことは無かった。
向かってくる相手は、自分の手前で武器を投げ出し、文字通り丸腰で向かってきたからだ。

当然、自分の手が止まることは無い。
防御をかなぐり捨てた相手を、無慈悲に切り捨てる結果となる。



「……………っ!」



数歩、力無く相手が歩み寄る。
惨たらしく斬り裂かれたその傷口からは、噴水のように地が噴き出す。
自身の得物にも、相手の血がこびり付く。
返り血を浴びた顔は、ただただ驚愕の色に染まっていた。



「……ハハハ」



笑っている。
力無く、自身を嘲笑うように、相手は笑っている。

彼には理解することができない。
何を思って、相手が命を捨てたのか。
何を思って、今笑っているのかが……



「分かっているさ……俺が全て、悪いって……ことくらい、な……」



目は虚ろ。
自分を見ていないことはすぐに分かった。

血が滴る。
着物を赤く染め、足元に血の池が広がっていく。
それを気に留めることも無く、また、ほんの僅かこちらに近づいたように見えた。



「……………─────」



何か、最後に何か言った。
その言葉は、確かに聞こえた筈だった。
だが、彼には、聞こえてはいても、理解はできなかった。

いや、理解する間もなかったのだろう。
相手が最後の一言を呟いた後、仰向けに倒れ、二度と動くことがなくなったのだから。



「……最期まで、虫の好かぬ男だ」



得物を振り抜いてから、漸く得物を降ろした。
少し立ち位置を変え、目の前に倒れている男の顔を覗き込む。

相手自身の血が、その顔にも飛んでいる。
ただ、そんなことは気にもならない。
最も気になったのは、彼の目から流れ落ちているもの……



「(……何故、泣いている?)」



この男は自分にこう言った。
『てめぇは、人の心を踏み躙った!信頼ってやつを、無碍にしたんだ!』……と。
だが、自分も敢えてこう言ってやった。
『貴様はその短慮故に、徳川の心を踏み躙り、自らの手で下したのだ』……と。


後悔すればいい、絶望すればいい。
自分の策に嵌った、愚かさを嘆けばいい。
それが、自分の策が成功したという、何よりの証となる。

だが、この結果は、何かが違う。
ある意味この男は、自分で自分の命を絶った。
そこまでは良しとする。

しかし、この胸の内に込み上げてくるもの……
彼には理解できない。
人を信頼することにも、人に心を預けることにも、無縁であった彼には……











「元就様。準備、整いました」

「……やれ」

「御意!」



元就の指示の元、火矢が放たれる。
四国の地の、長曾我部元親の居城は、やがて夕日よりも赤い炎に包まれた。
その光景を、元就はただただ眺めていた。
いつも通りの、何も感じていないかのような眼差しで。



「そこな者」

「はっ!」



兵の一人を捉まえ、招き寄せる。
跪き、元就からの命を待つ兵は、若干ながらも違和感を覚えた。



「元就、様……?」



表情が、どこか曇っているように見える。
普段であれば、有り得ない光景である。

攻め落とした城を眺める時、常通りであれば、元就は無表情にその様を見ている。
だが、ほんの僅かとは言え、それが曇って見えるとは……



「──鏡を持て」

「……は?」

「二度は言わぬ」

「……しょ、承知いたしました」



毛利軍の兵は、質問に答えてもらえないことを重々承知している。
自分の中に疑問が残ろうと、命じられた内容を速やかに遂行しなければ、時として命にすら関わってくる。

数分後、鏡を持って駆け付けると、元就の様子は少々おかしかった。
いつもであれば、攻め落とした城に火を放った後、興味が無いと言わんばかりに立ち去る筈。
だが、その場から一歩も動くことなく、微動だにすること無く、炎に包まれる城を眺めている。



「も、元就様」



やや、声がかけ辛かった。
兵は声を少し押し殺し、申し訳なさそうに声をかける。

いつもであれば、この程度の声でも容易く聞き取れる。
だが、心此処にあらず、といった様子か。
元就が振り向くまでに、兵は5回も声をかける結果となった。



「か、鏡をお持ちいたしました」

「御苦労……下がれ」

「は、はっ!」



誰もいなくなったことを確認する。
とは言うものの、いつもとはまるで違う様子のこの元就に、近づく度胸のある兵などいるはずもない。



「……………」



返り血を浴びた顔が、鏡に映し出される。
指で拭うと、それは薄らと伸び、不気味な文様となる。
その文様を見た自分の表情の変化に、元就自身、内心驚いていた。



「(……我は、笑っているのか?それとも、泣いているのか?)」



表情は、口元が僅かにつり上がっている。
こういう場合、“不気味にほくそ笑んでいる”とかいった表現が適切なのかもしれない。
だが、元就の目元には、雨が降っていないにもかかわらず、水滴が溜まっている。

何らかの水が飛んだのだろう。
そう思って水滴を拭うが、暫くすると自然と溜まっていく。
放っておくと、それは頬を伝って流れおちた。



「……フッ」



嘲笑──
何が悲しいというのだろうか……?
毛利家と安芸の安寧を脅かす要因は、自身の策によって駆逐した。

徳川も、石田も、長曾我部も……
自分が計画した通りに戦を起こし、滅んでいった。

なのに、何故……?
この目から滴るこの水は、一体自分の心情の何を表わしているというのか?



「……気味が悪い」



吐き気すら感じる。
懐から布を取り出し、顔を拭う。

濡れた布で無いため、血と涙が途中で混ざり、君の悪い化粧のように、元就の顔を染める。
元就が顔を拭っている様子に気づいた兵の何人かが、濡れた布をいくつか持ってきた。
自分の顔を見せないようにそれを受け取り、入念に何度も何度も、自分の顔を拭う。



「(……やはり、感情のままに動く男と言うものは、扱い辛い)」



再び嘲笑──
だが、それは自身に向けられたものではない。
もはや原型の無い城に対して、その笑みは向けられている。

ちらりと、その表情を兵は見てしまった。
その笑みは、この世のどんなものよりも、恐ろしく不気味に感じた。

















後書き


元就様、難しいって……(汗
やっぱりこの人には、ザビー教でサンデーやっててほしいですわ。
──ん?誰か来た?ちょっと待って、後でちゃんと行くから。


さて、もうすぐ2月も終わり、卒業シーズンに入りますね。
私にはまだ関係無いですけど(爆
御世話になった先輩方にも、色々と……


……とまぁ、建前はこの辺にしておいて、と
次回はですね、家康の短編を書こうかな、って思ってます。
場面は……今のところ2つ候補があるんで、またゲームやって考えます。


あと、服部半蔵編ですけど、第四章にて、ちょっと考えてることがあります。
それは、私が今現在考えている、固有技とかの紹介です(いるか?
ゲームの装備画面をある程度見たてて書いてますけど、分かりづらいことこの上ないと思います。
御指摘とか、御提案とかあれば、ぜひぜひどうぞ(マテコラ


では、また次話でお会いしましょう。
私はちょっと呼ばれてるんで行ってきます。



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