すべてが闇に包まれる時刻。
三成は、秀吉のもとへの帰路についていた。
一刻も早く帰ろうと馬を急がせていたらしく、少々息があがっている様子。

「ふむ……少し休ませるか」

不本意ながらも、馬が倒れては厄介なことになる。
歩いて帰ることもできるが、馬の方が断然早く帰れる。
少々の休憩くらい、致し方のないことであった。

「……ここは、京の都の近くになるのか。もしや、あの男もここに来ているの──」
「おーい、三成!何してんだ?」
「(噂をすれば、何とやら……)」

遠くから聞こえてきた声に、三成は振り向く。
超刀を携えた、何とも派手な身形の男が駆け寄ってきていた。
彼の肩に乗っている猿も、久々に会えた知人に嬉しそうである。

「慶次か。お前こそ何してる、こんなところで?」
「もうすぐ祭りだって言うから、その準備を手伝いに、ね。お前は何してるんだ?」
「私か?私は、東国の視察に赴いていただけだ。近々、戦が起きるやもしれんからな」
「……また、戦か」

慶次の表情が若干曇る。
元来、彼は戦は好きではない。
自由に生き、人として人生を謳歌する。
それが、前田慶次という男であった。

「慶次、お前の言いたいことは分かる。お前の言う、恋やケンカも大切なものだ」
「ならどうして!戦なんて、戦なんかするんだ!」
「至極簡単な理由があるからだ」

三成は一呼吸おき、静かに答える。

「例え命尽き果てようと、誰にも譲れない信念や望みがあるからだ」
「……それを叶えるために、戦をするって言うのか?」
「何度も同じように答えているだろう?」
「俺には……俺には分からない」
「分かりたくないだけなんじゃないのか?」

三成が投げかける言葉は、いつもに比べれば生温い。
秀吉同様、三成もまた彼の友人であるが故に、無意識に言葉を気遣ってしまう。
だが、時にはその言動が、感情を逆撫でしてしまうこともある。

「違う!俺は、秀吉のようにはなりなくないだけだ!」
「力で全てを支配するという、その信念がか?まぁ、人それぞれではあるが、この乱世においてそんな──」
「違う!」
「ん?」

いつものように繰り返されるだけの討論。
そのつもりだった三成にとって、ここにきての慶次の反論は予想外だった。

「秀吉は、秀吉は……」
「勿体付けずにさっさと話せ。秀吉がどうしたというんだ?」
「ねねを、自分のことを愛していた人間を殺したんだ!」

突如、三成の表情が変わった。
先程までのどこか呆れていた様子の表情は消え、今や真剣そのもの。
いや、真剣というよりは、驚いたと言った方が適切かもしれない。

いつも人を見下しているかのようなその眼は、まっすぐと慶次を見つめていた。
何か言葉を発しようとしているが、口は小さく開かれたまま。

「……三成?」

いつもと様子の違う友人に、思わず慶次は声をかける。
その問いかけで、三成は何かを思いつめたような表情に変わった。
腕を交差させ、物思いに耽っている。

「慶次……」
「な、なんだ?」

不意に声をかけられ、慶次は驚く。
そんなことお構いなしにと、三成は言葉をつづけた。

「ねねが死んだ時のこと、詳しく教えてくれ」
「え?お前、知らなかったのか?」
「……半兵衛からは、不慮の事故で死んだと聞かされていた。それに、私はその時丁度、奥州の視察に行っていたからな」

三成の口調は、どこか悲しげ。
それを察したのか、慶次はゆっくりと語り出す。
あの忌まわしき日の、その全てを……

 

 

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今にも雨が降りそうな日だった。
念のため、傘を携えて歩く慶次は、お気に入りの場所に向かっていた。
よく、五人で花見をしていた、小高い丘の上に。

まだ桜は咲いていると、ねねから昨日聞かされていた。
「なら行くしかない」と、慶次の提案で花見は決行されることとなった。
ねねは、「先に行って待っている」とのこと。
遅刻しがちな慶次だが、この日は若干早目に家を出ていた。

「へへっ!なぁ夢吉、俺がこんなに早くに着いたら、あいつらなんて言うだろうな?」
「キキー」

どうやら、早めに言って驚かせる算段の様子。
丘が見えてきた頃合いには、慶次はわくわくしていた。
自然と、足も速くなっている。

「おーい、秀よ──」

後ろから声をかけて驚かそうとした慶次。
だが、目に入ってきた光景に言葉を失った。

「……慶次?」

秀吉は、ねねを抱えてそこに立っていた。
ただ、その手は血に染まり、顔や体も赤い返り血が付いていた。
ねねは秀吉の腕の中でぐったりとして、慶次にも気付かない様子。

「何しに来た、慶次」
「……!ひ、秀吉ぃ!」

我に返った慶次は、秀吉の腕からもぎ取るようにねねを奪う。
腕の中でか細く息をするねねは、もはや助かる見込みはない。

「秀吉ぃ、てめぇ!」
「違うの、慶次……あの人を、責めては……」

慶次の袖を引きつつ、ねねは諌めようとする。
だが、そんな言葉が慶次に届くはずもない。

「なんでだ秀吉!なんで……!」

秀吉は答えない。
その後ろにいた半兵衛に呼ばれ、振り返ることなく立ち去って行った。
残された慶次の腕の中で、ねねは、静かに息を引き取った。

 

 

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端的に、そして感情的に慶次が話す内容から、三成がどのように悟ったのかは定かではない。
だが、どこか納得したようで、それでいて悲しげな表情のまま。
そんな眼差しで慶次を一瞥し、何も言わずに馬に跨った。

「み、三成?」
「話は大体分かった。過去を詮索して悪かったな」
「それは……構わないけど、おまえこれから──?」
「決まっている。秀吉のもとに帰る、ただそれだけだ」

慶次の眼が見開かれる。
三成の言葉に驚愕したためである。

「三成、何考えてんだ!秀吉は、自分の愛した人間すら殺すような男だぞ!」
「……逆に問おう、慶次。お前は何をしている?」
「え?だから……もうすぐここで祭りが──」
「そうではない」

声は大きくないが、三成の圧力に慶次は言葉を遮られる。

「なぜ、お前はこんなところにいる。秀吉に何も言いたいことはないのか?」
「それは……」
「お前は過去から逃げているだけだ、慶次。逃げて逃げて、残るのは後悔だけ。馬鹿騒ぎ程度で、自分の気持ちを誤魔化せると思っているのか?」

普段慶次と話す、三成の言葉ではなかった。
あからさまに嫌悪感を醸し出し、馬上からではあるが、慶次を見下している。

「もう二度と会うこともないだろうが、慶次。一つ、お前に頼みがある」
「な、なんだ?」
「私はいずれ、乱世においても人道的にも、掟破りの所業をするつもりだ。その際には──」

慶次からは見えなかったが、三成は自嘲気味に一瞬微笑んだ。

「私のことを、秀吉以上に憎んでくれ」
「ど、どういうことだ?三成、お前……?」

答えることもなく、三成はその場を後にした。
その表情は、どこか寂しげで、それでいて──

 

 

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