※かなり過激な描写がありますので、ご注意ください。


 

 

 

 

 

幾許か月日が流れ、各国が鎬を削りあう乱世も、終息に近づいていた。
今や、天下は織田・豊臣・徳川の三大勢力によって分かたれ、いつ大きな戦が起きてもおかしくない緊迫した状況。
この状況を長引かせることをよしとしない半兵衛は、先に叩いておくべき織田への進軍を決行する。

かくして、豊臣の大軍勢は安土城へと向かう。
日の本の西半分をかけた、かつてないほどの規模を誇る戦い。
その戦場の舞台に、なぜか三成の姿は見えなかった。

なぜなら、三成には別の大役が任されていた。
三つの勢力が拮抗するこの状況下で、どの勢力にも属していない人物がいた。
その人物を放置しておくことは、内側から日の本を腐敗させてしまう危険性が高いということ。
故に、三成にはその人物の討伐が命じられていた。

「……東大寺、か」

松明に灯される、巨大な大仏像。
それを背にして立つ人物と、三成は対峙していた。
白と黒を基調とした衣装に、刀を天神差しにして、不敵な笑みのその人物。

「卿と会うのは、初めてかな?」
「そうだな、松永久秀」

挨拶代わりということか、三成も微笑を浮かべていた。
立ち上る炎に照らされて、二人の表情はどこか恐ろしく見える。

「さて、卿は何しにここへ来た?」
「我が軍の軍師の命でな、貴様の頸を貰い受けに来た」
「私の命を所望するか?ならば好きにするといい……して、卿は何をくれる?」
「ん?どういう意味だ?」

独特の久秀の口調に、三成は首を傾げる。

「卿が私の命を欲するというのなら、私も何か卿から貰い受けたいのだが?」
「これから死にゆくというのに、まだ何か欲すると?」
「その程度のこと、何の問題もないのだろう?」

口元を緩め、いやな笑いを浮かべる久秀。
しかし三成は、そこまで嫌悪感を示していない。
むしろ、好感を抱いているほどであった。

「なら、貴様が欲するものを持って逝け。死者への手向けくらい、どうということもない」
「フハハハ……!いや、卿とは気が合うな!それに、卿は私によく似ている」
「褒め言葉だ、久秀。私も貴様も、人間の本質から目を背けていないという点で見れば、実にすばらしい人間だからな」
「ほぉ?どういうことか、ぜひ聴きたいものだ」

どこか気が合う二人。
しかし、対話の中に見え隠れする悪意は、背筋が凍りつくほど恐ろしい。
不敵な笑みを浮かべ合いながら、二人は会話を続ける。

「まぁ、私のくだらない論議などどうでもいい。それよりも久秀、私の友人を覚えているか?」
「卿の友人?さて、どうだったか……」
「きっと覚えているはずだ。私が鮮明に覚えているくらいだからな……」

炎が燃え、煙が昇っていく空を、三成は仰いだ。
今、自分が刀を振るう理由。
その理由となっている人物との、初めての出会いが頭をよぎる。

 

 

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「みなさん、見つかりましたか?」
「申し訳ございません、光秀様。雨のために足跡が消え、これ以上の追跡は困難かと……」
「おや、それは残念ですね……まぁ、いいでしょう。見つけたら、彼とはゆっくり話し合いたいものですねぇ……フフフ……」

雨が強く降っていた。
夜も更け、これ以上の捜索は不可能と判断した光秀は、兵たちを引き上げさせる。
その様子を、生い茂った木の上から眺める影が一つ。

「(漸く行ったか……)」

光秀の姿が見えなくなると、その影は木から飛び降りた。
辺りを警戒しながら、どこかを目指して歩いて行く。
やがて、古びた祠へと辿り着いた。
なかなかに大きな祠であったが、雨風を凌ぐためだけに、ここへ来たわけではないようであった。

「三成様、ご無事で?」
「問題ない。全員居るのか?」
「……それが、運悪く捕まった者もおりますので、当初の半分以下かと……」

祠の中には、鎧を着た兵士が百人程度、疲れた様子で隠れていた。
不思議なことに、全員が全員、同じ鎧を着ていた。

「しかし三成様、これからどうするご予定で?」
「決まっている。魔王に敵対する勢力へと仕官する。まぁ、私が納得できるような勢力があれば、の話だがな?」
「し、しかし!魔王の軍隊から逃亡したと分かれば、難色を示す将も多いかと……!」
「問題はそこだ。最終手段としては、新勢力として旗揚げするという方法も残っている」

三成の言葉に、祠の中の兵士たちが驚きの声を上げる。
それも致し方のないこと。
たった百人程度の部隊で、旗揚げすることは不可能に近い。

「……それより、各国へ放っておいた忍びはどうなっている?」
「はっ!先ほど戻って参りましたが、大凡三成様の御眼鏡に適う勢力は……」
「そうか……」

落胆した様子はない。
むしろ、三成はどこかホッとしているようにも見えた。

 

体を休ませようと、数名が眠りに就こうとしていた。
三成自身も、壁に背を預け、目をつぶっていた。
それを妨げたのは、祠の外で何かが倒れた大きな音。

もしやこの場所が見つかったのではと、祠の中に緊張が走る。
三成も自身の刀に手をかけ、扉の近くに待機する。
この大雨のため、火攻めはないと思われる。
ならば、一気に攻め入ってくると予想するのが定石。

「(み、三成様……?)」
「(攻め入られる前に、打って出た方が生き残る確率は高い。各々準備しておけ)」

兵たちは、武器を携えて身構える。
先頭に立つ三成の動きに、全員が神経を張り巡らせていた。

そっと、三成は扉を開ける。
周囲を確認するために、ほんの僅かだけ。
だが、映った光景は実に驚くべきものだった。

「……?なんだ、あれは?」

不意に武器を置き、扉を開けて外に歩み出る。
驚いた兵士たちが後に続くと、そこには一人の人物が横たわっていた。
自分よりも遥かに大きなその体には、無数の傷跡と血の跡がこびり付いていた。

 

 

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「……む、ここは?」
「目が覚めたか?」

目を覚ますと、映ったのはボロボロの天井。
蝋燭が灯されていることは、明かりが揺らめいていることを見ればすぐに分かった。

「……お前は?」
「まずは、自分から名乗ったらどうだ?」
「我は、豊臣秀吉……」
「石田三成だ。さて秀吉、なぜ貴様はあんなところで倒れていた?」

間髪入れずに、三成は質問を投げかける。
少し間をおき、頭の中を整理しながら秀吉は答えた。

「東大寺より歩き続け、当てもなく歩き続け、気がつけばこの地に赴いていた」
「東大寺?大和の国から、尾張のこんな奥地まで歩いてきたというのか?」

呆れと驚きで、三成の声が大きくなる。
その件に関して色々と言いたいことがあったが、小さくため息を吐き質問を続ける。

「東大寺で何かあったのか?」
「……我は無力で、無知であった……」
「……話してみろ」

語られるのは、噛みしめた唇から血がにじむほど悔しい経験。
自分たちの力を過信しすぎたために、強大な力に捩じ伏せられ、蔑まれ……
かつての親友とも袂を分かち、ここまでやってきた。
そんな、とても辛い過去であった。

「──で、秀吉。お前はこれからどうする?」
「我は、力を手にする!誰にも屈せぬ、強大な力を!」
「力を手にするだけで満足なのか、お前は?」
「どういうことだ?」

三成は小さく微笑みかけた。
それが微笑であったのか、嘲笑であったのかは定かではないが……

「力を手に入れ、その力を以て何がしたい?」
「“手に入れた力を以て”、だと?」
「力を手にするだけなら、勝手にすればいい。だが、その力を何に用いるかで、別の何かも手に入れることができる」
「……………」

秀吉に迷いが生じる。
目の前にいる人物の言葉は尤もである。
だが、手に入れた力を用いる術を、自分は知らない。
そんな秀吉の心中を垣間見たのか、三成は手を差し出す。

「秀吉、私と組まないか?」
「何?」
「私はな秀吉、この日の本を治めるべき人物に仕えたいという願望がある。私は秀吉の中に、その器を見た。日の本を、総てみようとは思わないか?」
「……我でなくとも、織田信長や武田信玄、他にも数多の英傑がいるであろう?なぜ、我なのだ?」
「私はもともと、魔王に仕えていたのだが……あれは問題外だ。恐怖で人を支配しようとしている。そんな天下を、私は望まない」

秀吉は黙って、三成の言葉に聞き入っていた。
その言葉の一つ一つが、自分の心の奥底に語りかけてくるようでもあったからだ。

「甲斐の武田、越後の上杉、他にもいくつかの勢力との戦に参戦したが、どの勢力も何一つ分かっていない。この天下を統べるのに必要なのは、“力”なのだということを」
「“力”……それが、今の天下に必要なもの……」
「秀吉、お前ならその“力”を手に入れられる。やってみないか?」

 

 

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灯された炎の勢いが、次第に強くなってくる。
照らされる三成と久秀は、どこか不気味な笑みを浮かべていた。
そして静かに、刃をお互いに突き付ける。

「卿は、本当は何を望んでいる?」
「逆に問おう、久秀。私は何を望めばよいと思う?」

今までにない返事に、久秀は一瞬唖然とする。
が、同時に込み上げてきた感情を、抑えることもしなかった。

「フハハハ……!いやはや、卿は実に面白い人物だ!」
「クハハハ……!久秀、先程の問いに答えてやろう。貴様には、苦痛をくれてやる!」

一気に距離を縮め、刃が交差した。
笑みを絶やさない二人を、刃が映し出している。
何度となく打ち合う二人には、炎に照らされてどこか魅入ってしまう。

振り下ろされる刃を、久秀は巧みに受けとめ、見事にかわしていく。
三成もまた、器用に攻撃をかわし、久秀を薙ぐ。
その最中、三成はふとあることに気がついた。

「(この臭い……まさか!)」
「業火よ!」

小手に仕込んでいた火薬をまき散らし、久秀は炎を立ち上らせた。
辛うじてかわしたが、これで無闇に近寄れなくなってしまった。
そう、久秀は思っていた。

「……この程度で、終わりか?」
「フハハ、卿の内に眠る獣に、今にも噛み殺されそうだな」
「噛み殺しはしない……嬲り殺してやるから、安心しろ」

途端、三成の姿が消えた。
あまりに速い動きに、久秀も目で追い切れなかったのだ。
三成の殺気を背後から感じ取った時には、すでに遅かった。

「香しい香りに、酔い痴れていたのか?」

その言葉が耳に入るか否か、久秀は思い切り斬りつけられた。
鎖の真ん中を持ち、回転させて相手を切り刻む、三成が得意とする技の一つであった。
残酷な回転鋸の勢いは、石の床すらも抉り切っていた。

あまりに残酷なその斬撃により、骨や内臓まで思い切り抉られた久秀。
後退り、苦しみながらも、ふてぶてしい笑みは残っていた。

「ぐっ……がぁっ!ふ、フハ、ハハハ……卿は、強いな。だが、卿からはまだ、何も貰ってはいない」
「安心しろ、久秀。これからくれてやるところだ」
「フハハ……やはり、結構だ。覇王に仕えし、悪魔よ……さらば──」
「まぁ、急ぐな」

指をならし、自爆しようとしていた久秀。
死体を残さないと決めているため、跡形もなく消し飛ぼうとしていた。
だが、それは叶わなかった。
三成によって、両手の腱が瞬時に断ち切られたからである。

「うぐっ!な、何を……?」
「言ったであろう?貴様には、“苦痛”をくれてやると」

そう言いながら、三成は久秀の体に刀を二度突き立てた。
冷酷なその剣撃で、久秀は思わずよろめいた。
途端、久秀は膝をつき、胸を押さえて苦しみ出した。

「両の肺に穴をあけた。あとは勝手に苦しんで死ね」
「なっ……!け、卿は……存外、優しいのだな?」
「この状況下で、そんな戯言がまだ言えるのか。違う意味で、貴様には感心させられる」
「フハ、ハハ……今まで、私に、誰も何もくれなかった、のでね……」

息が荒くなり、久秀の言葉もか細くなってくる。
そんな久秀を見下ろしつつ、三成は懐から一枚の紙を取りだした。
その紙には、見事な筆遣いで、ある文字が書かれていた。

「久秀、これを何と見る?」
「……?その、文字……はて、私には、さっぱりだ……」
「そうか……」

もがき苦しみ、それから数分後に久秀は息絶えた。
せめてもの手向けということか、東大寺から引き揚げる際に、三成は火を放った。
懐にしまった、その文字が書かれた紙も一緒に……

 

 

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