「WAR DANCE!」
「火焔車ァ!」

関ヶ原に怒声が響き渡る。
押し寄せる何百もの軍勢に、たった二人で斬り込む蒼紅の武士。
その二人の周りには、幾重にも重なる屍の垣根が、徐々にその高さを増してくる。

「Ha!真田幸村、どうやら腕は落ちてないようだな!」
「何の!政宗殿こそ、相も変らぬ腕前。この幸村、御見逸れ致す!」

お互いの顔を一瞬確認しながら、二人は敵を斬る。
そこには一切の介入を許さない、二人だけの空間が存在していた。

「しかしながら政宗殿!此度のご助力、誠に感謝申し──」
「……相変わらず、おめでたい奴だな、真田幸村」
「なっ……!」

予想外の返答に、幸村は驚愕の表情を見せる。
それでもなお、敵は斬り続けているのだから、流石と言えば流石。
そんな、傍から見れば奇抜な行動をとっている幸村に対し、政宗は挑発するような口調で言葉を続ける。

「俺にとっちゃ、虎のオッサンのことなんざ知ったこっちゃねぇ」
「な、何を申されるか、政宗殿!」
「“敵が共通している”……俺が力を貸す理由は、たったそれだけだぜ?You see?」

まさかの発言に、幸村は呆然とする。
その幸村に対して返答したのは、二人の後を追ってきた小十郎であった。

「当然だ、真田」
「片倉、殿……」
「同盟も組んでねぇのに、態々他所の国に手を貸すほど、俺らはお人好しじゃねぇ」
「で、ではなぜ!我ら甲斐に手をお貸しくださるのか、政宗殿!」

声を大にして、幸村は問う。
政宗は、薄らと笑みを浮かべ、相変わらず敵を斬り伏せながら答える。

「理由は三つある。どれもこれも、simpleな理由だぜ?」
「み、三つ……」
「一つは、織田と豊臣を、両方まとめて叩き潰す好機だったからだ。織田も豊臣も、俺らの邪魔ばかりしてきやがったからな……丁度いい機会だったのさ」
「二つ目は、織田・豊臣連合が、甲斐の国を取るのが時間の問題だったからだ。甲斐の武田が不在なら、お前も本来の力を出せず、通常よりも容易に国を奪える。領土が広がれば、それだけ兵力も増えるから、政宗様にとっても厄介なことになりかねる」
「そして三つ目は……愛だ」
「あ、愛姫殿……?」

政宗と小十郎はお互いの顔を見合わせ、小さいながらも溜息を吐く。
キョトンとしている幸村を差し置いて、二人だけで会話を始めてしまった。

「なぁ小十郎、この戦が終わったらどうなると思う?」
「恐らくは、愛姫様の手料理で、宴会が開かれるのではないかと……」
「Shit!勝っても素直に喜べそうにねぇぜ……何とかならねぇか?」
「……この小十郎には、何とも……」

どうにもテンションの下がる二人。
心配になる幸村だったが、鬱憤を晴らすように敵を吹き飛ばしている。
聞くのが少々恐ろしかったが、聞かないわけにもいかなかった。

「ま、政宗殿。一体何を危惧なされているのかは分かりませぬが、協力していただいている以上、某も多少のお力添えは……」
「Really?そいつは助かるぜ、真田幸村!」

急に機嫌の戻った政宗。
勢いよく六刀を構え、眼前の敵をなぎ払った。
小十郎も内心安心したのか、刀を勢い良く地面に突き刺し、もう片方の刀で周囲をなぎ払う。
二人のそれぞれの一撃で、周囲の視界が少し開けた。

「Come on!俺の心臓めがけて、向かってこい!」
「おお!政宗殿が滾っておられる!この幸村も、熱く燃え滾る!」
「お祈りを済ませろ……今すぐ済ませろ!」

三人の士気の上がり方に、織田・豊臣連合も意気消沈。
どうしても足が竦み、なかなか前へと出ることができないでいる。
そんな兵士の後ろに、気配なく佇む者がいた。

 

 

──────────────────────────────────────────────────

 

 

「退きたまえ」

一人の兵士が悲鳴を上げる。
急に相手の雰囲気が変わり、政宗たちは刀を止める。
悲鳴の聞こえた方に目を向けると、そこには二人の人物が凛と立っていた。

「あれは……魔王の嫁!」
「おっと、竹中半兵衛もいやがる……」

見知っている、憎むべき敵の姿。
小十郎が眼で抑えているため、幸村は突出することを思いとどまっている。
だが、その心中は穏やかでない。
眼は血走り、槍を持つ手は血がにじむほど。
その怒りは、猛る炎のように爆発する寸前であった。

「久しぶりだね、政宗君。君が幸村君に助力するとは、実のところ想定外だよ」
「Ha!何でもかんでも思う通りになると思ってたのか、竹中半兵衛!」
「……竹中、呑気にお喋りしている暇はなくてよ?」
「そのくらい弁えている。だが、お互いの方針には口出ししないという名役の筈では?濃殿……」

苦虫を噛み潰したような表情で、濃姫は半兵衛を睨む。
それを、どこ吹く風と気にも留めない半兵衛は、先程から政宗と幸村を交互に見ていた。
そして何を思ったか、大きく溜息を吐いた。

「やれやれ……」
「Ah?何か言いたそうだな?」
「それよりも、お館様はご無事であろうな!お館様の身に万一のことがあれば、この幸村、決して許さぬ!」

息巻く幸村を、半兵衛と濃姫は嘲笑しながら見ていた。

「ふふ……心酔しすぎると、時に何も見えなくなるわよ、坊や?」
「ぼぼぼ、坊や?」
「甲斐の虎・武田信玄なら、まだ生かしてある。ただ、それも時間の問題かな……?」
「なっ……!ど、どういう意味──」
「真田幸村、少し黙ってろ……」

静かだが、圧力のある声で政宗が諌める。
その言葉に圧され、幸村も口を噤む。

「竹中半兵衛、どういう料簡だ?織田と組んで、お前らに何のmeritがある?」
「……やれやれ、これだから嫌なんだ、物分かりの悪い人間というのは……」

溜息交じりに、半兵衛は愚痴をこぼす。
別に不快とは感じなかった政宗だが、毎回のように相手を見下すその素振りには、あまり良い印象を受けられない。

「君に教えてあげる必要は、ないだろう?」
「……確かにな。それに、実のところ興味もねぇ……」
「フッ……しかし、こんな所でのんびりしてていいのかい、政宗君?」
「Ah?どういうことだ?」

半兵衛の代わりに、その問いには濃姫が答えた。

「少なくとも、私たちのやり方は理解したはずよ?なら、新しく反抗してきた勢力に対して、何もしないと思って?」
「……!」

脳裏に、一人の人物が過る。
すぐさま踵を返し、本陣に戻ろうとするも、溢れかえる敵兵の壁がそれを遮る。
歯を噛み締め、政宗の表情に焦りの色が見え始める。

「ま、政宗様!」
「今は……信じろ!」

それしかできない自分を、政宗は呪った。
ただ、無事を願うことしかできない、無力な自分を……

「(愛……無事で、いろ!)」

 

 

──────────────────────────────────────────────────

 

 

伊達・真田連合軍本陣──
眼に映るのは、屍の山。
真っ赤に染まった大地に膝をつく二人の人物と、それを見下ろす一人の人物がいた。

「くっ……!私としたことが、少々貴様を甘く見たな」
「く、くそー!そんな目で蘭丸を見るな!」

膝をつくのは、石田三成と森蘭丸。
二人とも、織田・豊臣両軍の中でも、武に秀でた猛者である。
だが、その二人に膝をつかせているのは、蘭丸とそこまで年齢の変わらないとはいえ、女性である。

「……独眼竜も、なかなかの女を手にしたものだ」
「おい三成!お前、手を抜いたんじゃないだろうな!」
「その言葉は、私が言うべき言葉だ。遠距離からこの女の足を射抜く役目。蘭丸、まともにこなせなかったのはお前だ」
「う、う、うるさい!」

「……Last Supper」

どうにも馬の合わない二人。
そんな二人を見ていた愛姫は、身の丈ほどある鎌の刃を地面に叩き付ける。
刹那、鎌の先端より波紋が広がるように雷が迸り、二人に襲いかかる。

「う、うわー!」
「くっ……!この、足手纏い……!」

自身に雷が当たる直前、足を竦ませた蘭丸を、三成は後方へと放り投げる。
そして自身は、刀を地面に突き刺して、鍔に足をかけて後方へと飛ぶ。

「石田様に森様?敵を目の前にして、口論なさるのはどうかと……」
「う、うるさい!だからって、背後から攻撃なんて──」
「お子様は口を閉じてろ!」

思わず三成は声を大にする。
蘭丸はその声に怯み、ただ三成を見ているしかできなかった。

「愛……貴様は戦の何たるかを心得ている。確かに、戦の最中に敵から目を背けて、後ろから斬りつけられても文句は言えない」
「はい。政宗様ともお手合わせさせていただくこともありますので、多少なりとも武芸は嗜んでおります」
「でしたら、私とも遊んでくださいよ」

不意に後ろから聞こえてきた声。
振り向くと、そこには二本の鎌を携えた、長髪の男性が立っていた。

「何だ、貴様も来たのか、光秀」
「……明智様、ですか?織田様に仕えてらっしゃる……?」
「ご承知でしたか?光栄ですね」

予定にない登場だったのか、三成と蘭丸は若干驚いた風。
それを知ってか知らずか、光秀は敢えて何も二人には話しかけない。

「愛姫殿、あなたには我々とともに来ていただかなくてはなりません」
「何故でしょうか?石田様にも森様にも申しましたが、仮にも本陣を仰せつかっている身。軽率な行動はとても……」
「来られないというのであれば、あなたの夫には死んでもらうことになるのですが、それでも?」
「……………?」

恐ろしい脅しを微笑みながら言う光秀。
だが、愛姫は首を傾げている。
いつも、光秀の言動を間近で見ている蘭丸は、そんな対応は始めて見たので驚いていた。

「政宗様が、お亡くなりに……?」
「そうです。あなたの返事次第で、独眼竜の命は──」
「可笑しなことを仰るのですね、明智様?」

微笑みながら、光秀に話しかける。
他意もなく、これほど親しげに接されたことは、光秀自身も滅多にないこと。
愛姫の反応には、いちいち驚かされていた。

「あの方は、政宗様は死にません」
「それはどうだろうな?半兵衛や濃が、布陣を強いている。まぁ、仮に死ななくとも、無傷では済むまい」
「ですが、政宗様は勝たれます。そう、この愛とお約束くださいました」
「フフフ……微笑ましいほどの夫婦愛ですね。まぁ、固よりこちらは、あなたの意志などどうでもよいのですよ」

光秀が含み笑いをしながらそう言うと、愛姫に気付かれないように三成が頷く。
愛姫の視線が光秀に向けられている隙に、三成はその背後へと気配を消して忍びよる。
そして──

「え……?」

一瞬だった。
三成に気付いて振り向いたときは既に遅く……
首筋に手刀が入り、意識が遠退く。

薄れゆく意識の中で、愛姫はただ政宗のことだけを考えていた。
本陣を守れなかったこと。
敵の手に落ちてしまったこと。
自分が政宗の枷になってしまうことに、申し訳なく思っていた。

 

 

「フフフ……龍が天に昇るには、まだまだ早いようですね」
「クハハ……あの男の悲痛な表情が目に浮かぶ」

蘭丸を差し置いて、三成と光秀は微笑む。
予定から随分と遅れはとったが、目的は何とか果たせた。
二人は肩を並べて歩いていく。
夕日と血に染まった、赤い大地の上を……

 

 

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