時が、ゆっくり流れているような気がする。
風が優しくそよぎ、そこに立つ三人の肌を撫でる。


「Are you ready?」
「ああ、いつでもいい」
「ならば、覚悟を決めろ……」


小次郎の目の前に立つのは、奥州の双竜。
伊達政宗と片倉小十郎の二人。
果たし合いを快く承諾し、今こうして対峙している。

少し離れたところでは、いつものように慶次が見守っている。
今回は2対1と言う形だが、そこまで心配には思っていない。
ここに来るまでの果たし合いを見ても、小次郎の敗北は予想できない。
ただ、今回の相手は“奥州の双竜”。
無事では済まないことは予想できる。


「お前は刀を抜かないんだったな?」
「……悪いとは思ってる」
「No problem!さっきの見れば、詫びなんかいらねぇよ!」


真剣勝負を申し込んだ身だ。
刀を抜かないと、相手側に申し訳ないということは重々承知している。
だが、半分も抜かないうちに、手の震えは止まらなくなっていた。

そんな小次郎を見て、興がそがれた双竜。
本気が出せるなら、刀を抜かなくてもよいと、渋々ながらも承諾した。
もちろん、小次郎が深々と頭を下げたのは言うまでもない。


「Show time!Ya-Ha!」


待っていられない様子だったらしい。
全員の用意が整ってすぐに、政宗は小次郎へと突っ込んでいく。


「おいおい……」


慌てつつ呆れつつ、小次郎はその刃を受け止める。
そしてすぐさま、焦燥の色を浮かべた。


「(お、重い……)」


片手では受け止められない?
腰に当てていた左手をすぐに添えるが、それでようやく互角と言ったところ。
無理やりながらも刃を往なし、大太刀を横に薙ぐ。
だが、政宗は跳躍してそれをかわし、落下の勢いも利用して斬りおろしてきた。


「イェア!」
「うぐっ……!」


島津や真田とはまた違う、政宗の兇刃。
荒々しくも、研ぎ澄まされたその刃は、的確に小次郎の急所を狙う。
ここまで防戦一方にさせられたのは久方ぶり。
……だが、いつまでも黙っていられる程、小次郎も気が長くはない。


「……せーの」
「あン?」


受け止めていた大太刀を、一気に下におろす。
ぶつかっていた力が一気になくなり、政宗は体勢を崩した。
その隙をつき、小次郎の大太刀が政宗の腹へと吸い込まれる。

その筈だった。


「……っ!」
「政宗様、あまり無謀なことはなされるな!」


寸前で、小十郎がその太刀を受け止めていた。
ぶつかった際に起きた火花が、その衝撃のすさまじさを物語っている。


「一筋縄じゃ、いかないよな……」
「佐々木、お前の強さはよく分かった。だが、その程度じゃ勝つまでにはいたらねぇぜ?」
「うん、分かってる。だから……」


刀を後ろ手に構える。
緊迫した空気が流れ、静寂がその場を支配した。


「二人にももっと本気を出してもらいたい」
「All right!」


後ろに飛び、政宗は刀を構える。
青い雷が奔り、刀に纏われているのがよく分かる。


「避けられるか、佐々木小次郎?」
「……やってみないと、ね?」
「Ha!上等だ……HELL DRAGON!」


尋常でないほどの速度の突き。
だが、見た限りでは間合いはそれほど長くない。
届かない距離まで後ろに飛びのき、その攻撃をかわそうとした。


「……何?」


突きの延長線に、雷が迸る。
咄嗟に横へ跳んでかわしたが、思わず息を呑むほどの威力。
そして、その攻撃のせいで、一瞬反応が遅れることとなる。


「……唸れ」


振り返れば、小十郎も同じように刀を構えている。
政宗の攻撃を避けることを見越しての、最高の位置取りで……


「鳴神ィ!」


政宗ほどの威力は伴わない。
だが、速度の連射という面で見れば、小十郎の放って雷も恐ろしいもの。
三連発のその雷を、小次郎は跳躍して何とか避けた。

しかし、双龍との闘いは甘くはない。
飛んだあと、すぐに小次郎は後悔した。
自分より少し上より、別の殺気が漂っていたからだ。


「JET-X!」


交差した、真空の刃。
払いのけることに意識を集中させすぎて、勢いよく地面に身体をたたきつけた。


「痛たた……」


斬られてはいないが、圧倒されていることは痛感している。
これほどまでに防戦一方になるとは、さすがに予想してはいなかった。


「こんなもんか?佐々木小次郎?」
「……予想以上に強いよ、二人とも」
「……そういや、真田幸村には勝ったんだよな?」
「まぁ、一応……」
「そン時に使った技、見せてみな?俺が軽く破ってやるぜ?」


明らかな挑発。
だが、それを受け流せるほど、心のゆとりもなくなっている。
うすら笑いを浮かべながら、小次郎は刀を前へと突き出した。


「分かった……秘剣・鶫語り──」


突如、殺気などを含む、あらゆる気配が消えた。
目の前にいることは分かっているのに、なぜか小次郎がそこにいないような気がする。


「〜♪いいねぇ、こいつぁcoolだ」
「政宗様、御油断なされますな。何やら危険な臭いが致します」
「問題ないよ。こっちからは攻撃できないから、好き勝手に嬲ってみたら?」


小次郎は、二人を挑発する。
ただ単に、先程政宗に挑発されたのが気に入らなかっただけだ。
その挑発に、双龍は敢えて乗ることにしたようだ。


「HELL DRAGON!」


青い雷が、小次郎を襲う。
ぶつかった衝撃で砂塵が舞い、一瞬視界が閉ざされる。
ゆっくりと晴れていく砂塵を、政宗と小十郎は落ち着いた様子で見つめていた。


「……ふぅん、さすがだな」


小次郎は、幸村と戦った時のように、全くの無傷。
一歩も動いた様子はない。
だが、視覚以外に確認できないと言うのは、剣客としては少々辛い。

ある程度の殺気を感じ取り、相手の先を読む。
政宗も小十郎も、そう言ったことには超越している。
別に、今の小次郎が感情を閉ざしているわけではないが、なぜか気配そのものが感じ取れない。


「小十郎……どう出てみる?」
「無闇に突っ込むのは些か危険かと……」
「だが、突っ込まなきゃ話にならねぇ。俺がまず当たる。隙ができたら、お前が確実に叩け!」
「御意!」






──────────────────────────────────────────────────





大きく息を吸い、呼吸を整える。
目をカッと見開き、政宗が突進する。
両の手にはそれぞれ二本ずつ刀を持ち、小次郎の間合いを侵してすぐにその攻撃は始まった。


「CRAZY STORM!」


両側から代わる代わる、兇刃が襲いかかる。
だが、全く手ごたえはなく、空を斬っている感触。
そんな政宗を見ながら、小次郎は小さく口を開く。


「八つ当たりにしか見えないよ?」
「Ha!口だけは達者だな!なら……」


斬りつけながら、もう一本ずつ刀を抜き、手に加える。


「六爪流……?」
「CRAZY STREAM!」


勢いをさらに増し、刃が右から左から襲いかかる。
だがそれでも、ただ立っているだけの小次郎には全く当たっていない。


「……もういい、よね?」
「チィッ!小十郎!」


大太刀を後ろ手に回した小次郎を見て、政宗は叫ぶ。
それを聞くより以前に、小十郎は既に駆けだしていた。


「秘剣・梟包み」


大太刀の切っ先が弧を描く。
政宗の攻撃は、急には止められない。
そのため、小十郎は政宗を抱え、一気に後ろへと飛んだ。

刹那後、ガラスが割れるような音が響く。
時間が止まったような感覚が政宗たちを襲い、意識が途切れかける。
だが、気合いと精神力でそれに耐え、なんとかその場に立っていた。


「耐えられた、か……やっぱり、二人は凄い。……いや、俺が井の中の蛙なだけ、か」
「Ah……意識が吹っ飛ぶかと思ったぜ」
「佐々木……先程、政宗様の攻撃を往なしていた、あの技は……?」
「仕掛けを教えるとでも思う?」


その問いかけに、政宗たちは苦笑で応える。
再び刃を構えるが、小次郎の異変に気がついた。


「……どうした?」
「これだけやられたんだ、こっちも意地を見せないといけないだろ?」


そう言うや否や、小次郎は自身の左手を思い切り噛んだ。
血が滴り落ち、少し痛みで震えている様子。


「佐々木……?」
「……これなら、多分……」


目を静かに閉じ、大きく息を吐く。
そして、ゆっくりと大太刀を鞘から引き抜いた。
両方の手は震えているが、最初に見たときに比べれば気にもならならない程。


「(成程、痛みで邪念を払いのけたか……)」
「次で、決める」


鞘を順手に持ち替え、小次郎は凛と立った。
相も変わらず眼は閉じられたまま。
だが、纏われた殺気は、尋常でないほど膨れ上がっている。

本気──
一瞬でそれを悟り、政宗たちは息を呑む。
少しでも気を抜けば、命の灯が一瞬で消えうせる。

政宗は六爪を構える。
小十郎は髪を乱し、荒々しく刀を地に突き立てた。
二人の周りには雷が迸り、徐々に勢いを増している。


「小十郎……Are you OK?」
「無論……」
「OK……遅れるなよ!」


一気に二人は距離を詰める。
小次郎と比例するように膨れ上がる自分たちの殺気を、存分に感じるような笑みも浮かべていた。


「WAR DANCE!」
「穿月!」


二人の兇刃が、容赦なく小次郎へと襲いかかる。
だが、刃が体のすぐそばまできても、小次郎は全く動かない。
そして無情にも、血飛沫が舞った。





──────────────────────────────────────────────────





「どういうつもりだ?」
「こうしないと、当たらないから……」
「Ah?」
「俺のこの技……自分を犠牲にしないと、当てられないんだよ……!」


固より、この果たし合いで互いの命を取るつもりはない。
政宗も小十郎も、ギリギリのところで急所は外した。
だが、痛々しくも突き刺さる刃は、小次郎の血に塗れている。

それでいて、小次郎は全く動じていない。
むしろ、刃が突き刺さったことで、二人が動けなくなったのが幸いとみたようだ。


「「……っ!」」


殺気と狂気──
その二つが、小次郎の体から放たれた。
自分たちのものとは比べ物にならないそれに、政宗は刀を引き抜いて後ろへと飛ぶ。
だが、ほんの僅かながら遅かった。


「秘剣──」


鞘を上へと投げる。
思わずそちらへと目を向けてしまったことが、二人の命取り。
小次郎は刀を両手で持ち、上段に刀を構えていた。


「──鷹殺し!」


刀が歪んで見えるほど、凄まじい速度で振り下ろされる。
別々の方向へ跳んだはずの政宗たちを、その刃は的確に襲った。
剣撃の衝撃で、遥か後方へと吹き飛ばされ、岩肌へと身体をたたきつけられた。

小次郎はずっと目を閉じたまま。
刀を上に向け、落ちてきた鞘に見事に収める。
鞘で鍔が鳴ったのを合図に、ゆっくりと目を開いた。


「……やりすぎた、かな?」


斬撃の威力は、地面が雄弁に語っている。
大きめの岩ごと斬り裂き、大地を盛大に抉っている。
吹き飛んだ木の葉が落ちてきて、地面に着くと四散した。


「……くっ!」


政宗は意地で起き上がる。
だが、足の骨が折れた様子。
刀を杖に、何とか立っていると見える。

小十郎は完全に気を失っている。
政宗と違って、刀を引き抜かなかったのだ。
そのため、小次郎の斬撃を鞘で受け止めたものの、伝わった威力は桁違いだった。


「……っ、くぅ……!」


腹に突き刺さった小十郎の刀を引き抜く。
血が噴き出すが、臓器には損傷はない様子。
政宗たちに比べれば、まだまだ軽い傷と言ったところ。


「ハァ、ハァ……佐々木小次郎、Last danceといくか?」
「その足で?こっちは五体満足だから、圧倒的に有利だと思うけど?」
「No problem!龍は……飛べるんだぜ?足の一本や二本、どうってことねぇ!」


強がり……とはほど遠い。
漲る自信が、ひしひしと伝わってくる。


「……わかった。じゃあ、俺の十八番で沈める」
「Come on!It’s not over yet!」


左手に持つ刀を杖にし、右手には三つの刀を持つ。
どの道、次で最後だ。
ならば、精一杯の攻撃で仕留めて見せる。
不思議と、政宗の表情は明るかった。

小次郎は刀を振りかぶり、政宗へと突進する。
一切の慈悲も感じさせないその目は、相手への尊敬の表れ。
手を抜くことは、決して許されない。


「秘剣──」
「Phantom──」


両者は刀を横に薙ぐ。
ぶつかりあった刃が火花を散らすが、どちらも押し負ける様子はない。


「燕返し!」
「Dive!」





──────────────────────────────────────────────────





「──……様……政宗様!」
「……っ、俺は……?」


目を開けた政宗。
横を見ると、小次郎も同じように倒れている。
相討ち……なのだろうか?


「いやぁ、良い勝負だったぜ、独眼竜!」
「前田の風来坊……」
「最後、ちょっとだけ惜しかったな」


その言葉だけで、十分だった。
敗けた、のだ……

最後の攻撃は、最後の最後で小次郎が押し勝ったようだ。
その衝撃で政宗は意識を失い、力尽きるように膝から崩れた。
小次郎はしばらく立っていたが、傷の痛みで力尽きたらしい。


「……っ、……慶次?」
「よぉ!起きたか、小次郎!」
「あぁ……だけど、思いっ切り疲れた」


起き上がることもなく、小次郎はその場に寝そべる。
大きく息を吐き、勝負がついたことにホッと胸をなでおろした。


「佐々木、しばらく奥州で休んでいけ」
「え?」


突然の政宗からの申し立て。
まぁ、この怪我では動き回るのは難しい。
有り難く申し立てを受け取り、ホッと一息つく。


「じゃあ、怪我が治るまでここに──」
「何言ってる?お前は当分の間、ここにいてもらうぞ?」
「へ?」


小十郎は、さも当然のように言った。
驚きが隠せない小次郎に、小十郎は丁寧に説明した。


「お前……戦いの最中に、刀を抜いただろ?」
「……………」
「精神が不安定な奴が、無闇に刀を抜くもんじゃねぇ。まずは、刀から一度離れて、その心の中の物を何とかすることが先決だ」
「……それと、ここに留まらなきゃいけない理由は?」
「実はな……」


聞くところによると、奥州の北の方の村で、どうも人手が足りていないらしい。
用心棒ついでに、そこでしばらく生活してみてはどうかと言う、小十郎からの勧めだった。


「まぁ無理に、とは言わねぇが……」
「いや、そうさせてもらう。悪いな、色々考えてもらって……」
「気にすることはねぇ!小十郎、とりあえず飯にしてくれ」
「御意に……」





その晩は、随分とにぎやかな宴が開かれた。
伊達軍の面々からも小次郎は気に入られ、明け方まで明かりは消えなかった。

だが、小次郎はどこか暗い表情だった。
大太刀の手入れすら伊達軍の一人に任せ、一切触れようとしなかった。





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