「兄ちゃん、これ手伝ってくれ」
「はーい」
「兄ちゃん、あたいたちと遊んでよ!」
「後で後で、な?」


真夏だが、奥州はとても涼しい。
小次郎は奥州の領土の最北に位置する村で、農民たちの手伝いをしていた。
最初に政宗と一緒にやってきた時は、邪険な表情で見られていた。
だが、子どもたちからは気に入られ、気がつけば村人全員から気に入られるほどになっていた。

刀を置いて、もうどれほど経っただろうか?
今では、時々だが持たせてもらう、鍬や鋤の方が手に心地よく感じている。
もちろん、腕が鈍らないように木刀を振るうことはある。
だが、ここ最近、その時間が徐々に短くなってきている気がする。

その様子を見て、政宗や小十郎は、若干ながらも心配している。
一応見張りと言うことで慶次を置いていたが、つい先日やってきた前田夫妻に、耳を抓られながら帰って行った。
時折視察がてら会いに来るが、稽古の誘いにはあまり乗らなくなっていた。


「佐々木、明日どうだ?」
「明日?明日は無理だよ、あそこの家の子と約束あるから」
「じゃあその次の日は?」
「山菜採りの手伝いを引き受けてる」
「その次は?」
「家畜の世話の手伝い、かな?」


さも当然のように答える小次郎。
政宗が機嫌を損ねても、あまり気にしていないらしい。


「ここでの生活はどうだ?」
「あぁ、とても気に入ってる。刀を振るってるより、気分はいい」
「そりゃそうだろうな」


茶を啜りながら、村を眺める。
冬になれば厳しい条件下のこの村だが、とても活気に満ちている。
子どもが外で遊んでいる様子など、四国や関東では見られない光景だ。


「……佐々木」
「ん、何?」
「予定が空いている日はあるか?」
「そうだな……五日後なら、多分……」
「その日、ちょっと城まで来い。大事な話がある」
「……分かった」


それ以降、政宗は村の話以外触れなかった。
時々子どもがやってきて、小次郎を遊びに誘おうとする。
政宗に悪いと思って断ったが、まだかまだかと物陰から伺っている。
それを見て、政宗は仕方ないと切り上げた。





日にちが過ぎるのは、意外と早いもの。
気がつけば、政宗との約束の五日目である。


「にいちゃん、どこかにいくの?」


最近よく遊んでほしいとせがむ女の子が、服の裾を引っ張って小次郎に尋ねる。
微笑みながら頭を撫で、小次郎はすぐに帰ると伝える。


「はやく、かえってきてねー!」
「(一体何の用事があるんだか……早く帰れるならいいんだけど)」





──────────────────────────────────────────────────





城に着くと、すぐに奥へと通された。
しばらく待つと、小十郎がやってきた。
どこか深刻な面持ちだったが、小次郎はあまり気にする様子はない。


「あれ、独眼竜は?」
「政宗様は軍議だ。お前をここに呼んだ理由が、予想以上に面倒なことになっていてな……挨拶そっちのけだが、本題に入るぞ」


真剣な面持ちで、手に持っていた地図を広げる。
ここ奥州の詳細が記された地図である。


「この位置、なんだが……」
「奥州から少し北に出るんだね?何かあるの?」
「一つの村がある。ここ最近、この村にどこかの軍が横暴を働いているという情報が入ってな……」
「……で、俺に用心棒に行けと?」


皆まで言わなくても、雰囲気から大体分かる。
「頼めるか?」と言わんばかりの表情の小十郎に、小次郎は快く頷く。


「仮にも世話になっている身だしね、協力はするよ」
「すまねぇな」
「……でも、俺じゃなくてもいいんじゃないの?それこそ、独眼竜やアンタが行っても良さそうだし……」
「……生憎と、そうもいかなくてな」


聞けば、川中島の戦いに乱入する手立てを立てているとのこと。
そのため兵を割くことも難しく、このような形で小次郎に頼むことになったらしい。
無論、首尾よく事が運べば、それなりに報酬を出してくれるとのこと。

一度小十郎は席を立ち、すぐに小次郎の大太刀を持って戻ってきた。
十分すぎるほど手入れの施されたその太刀を置き、小十郎は静かに口を開いた。


「……決して抜くなよ」
「約束できかねる、な。命が惜しくなったら、抜くかも──」
「絶対に抜くな!」


小十郎の声が大きくなる。
やや身を乗り出し気味の彼に、小次郎は少し驚いた。


「“迷いのある刀は、誰かれ構わず傷つける”……お前が護ろうとしているものも、お前自身をも……」
「…………………………」
「これで、鯉口を結んでおけ」


渡されたのは、青の細長い布。
今で言うところの、リボンのようなものだった。
手渡されてすぐ、何の躊躇もなしに、小次郎はそれを鯉口に巻き付ける。
しっかりと、絶対にほどけることのない様、入念に……

刀を持ち、それから何も言わずに城を出た。
小十郎が見送ってくれたが、お互いにどこか表情は暗い。


「佐々木!」


不意に呼び止められる。
振り向くと同時に、小十郎から何かを投げ渡された。


「そいつを持って行け、腹の足しくらいにはなる!」
「……お気遣い、ありがとう」





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凄惨だった。
村のすぐそばまで近づいて、もう悲鳴が聞こえてきていた。
慌てて駆け出し、道を急ぐ。

何かを踏んだ。
だが、何かを確認している暇はない。
小次郎は無我夢中で走った。
それが、人の死体だったことにも気づかずに……


「くっ……酷いな」


目の前に映るのは、立ち上る黒煙。
半殺しにされ、痛みに呻く人々の姿。
親の死体を前に、泣き叫ぶ子どもの姿。
思わず目を覆いたくなるような、吐き気がするような光景が、そこにはあった。


「に、兄ちゃんは誰だ?」
「え?」


弱弱しく聞こえてきたのは、少女の声。
声の聞こえてきた方を見れば、煤だらけの顔の少女がそこにいた。
身の丈ほどの木槌を、重たそうに引きずり、既に疲労困憊と言った様子。


「君は?」
「おら……?おらは、いつき」
「俺は佐々木小次郎。独眼竜に頼まれて、この村を助けに来たんだけど……」


フラフラのいつきを支えながら、小次郎は辺りを見回す。


「……手遅れだったか」
「そんなこと、ねぇべ。来てくれて、嬉しいだ……」


出来る限りの笑みを、いつきは浮かべる。
それが痛々しく思え、小次郎は歯を思い切りかみしめた。


「……せめて、これ以上被害が広がらないようにしてやる」


刀を握り締め、横暴を振るっている武者に突進する。
小次郎の存在に気付くも、既に遅い。
存在を認識した時点で、武者の意識は闇に落ちている。

不確定要素の乱入で、武者たちは混乱する。
しかし、その混乱はすぐに収まった。
手応えのある“餌”の存在に気付いたのと、同義だったからだ。


「ぶっ殺せぇ!」
「死ねぇ!」


狂気を膨れ上がらせ、小次郎に斬りかかる武者の群れ。
だが、小次郎は至極落ち着いていた。
大きく深呼吸し、刀を後ろ手に回す。


「秘剣・梟包み」


大太刀が弧を描く。
殺気の感じられないその刀に、血に飢えた武者たちは怯むことはない。
愚かにも、その弧の中へと自ら足を踏み入れる。

途端、ガラスの割れるような音が響く。
それが一体何だったのか……?
武者たちは知ることもなく、意識を失い倒れていく。


「こいつ、強いぞ?」
「……次は誰?ここまで横暴を働いたんだ、安らかに死ねるとは思ってないよね?」


もともと殺すつもりはない。
だが、全員気絶させて、政宗に突き出す腹積もりだ。
これだけ虐殺と略奪を働いたんだ。
死罪とまではいかなくても、それなりの罰が与えられるだろう。





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「おや?これは随分と、珍しい顔だ」


ふと、武者たちの群れの中から声が聞こえてきた。
どこかで聞いたことのあるような、どこか憎しみが込み上げてくるような、そんな声だった。


「……誰だ?」
「おやおや、私のことを忘れたのかね?随分と久し振りだから、無理もないがね」


視界が開ける。
武者たちが左右へと下がり、その人物と目を合わせる。


「お前……」
「思い出してくれたかね?」
「……出来れば、会いたくなかった」
「それは私にとって、褒め言葉だ」


白と黒を基調にした衣装に身を包んだその人物。
胸の内に何か息苦しいものが込み上げ、小次郎は顔を顰める。


「さて……卿はなぜ、この場にいるのかね?」
「答えたくない。と言うよりは、答える必要なんてない。」
「ほぉ、それはどう言うことかね?」
「俺は生きたいように生きる。その中で、俺がどこにいようと俺の勝手だ」
「成程、それは尤もなことだ」


そう言いながら、目の前の人物は右手を上げる。
すると、──彼の配下だったらしい──武者たちは見事に整列し、戦利品を抱えて引き上げていく。


「……どういうつもり──」
「卿には色々と借りがあるのでね、その借りを返す舞台を用意したいのだよ」
「何を……?」
「フハハハ……!まだ気付かないのかね?」


一瞬間を置き、小次郎はハッと後ろを振り返る。
村人が、一人もいなくなっている。


「……また、か?」
「以前とは違う。私も学ばせてもらったからね。では失礼……」


軽く会釈すると、その人物は立ち去って行った。
それを見送るや否や、小次郎は手当たり次第に民家の扉を開く。
だが、そこには誰もいない。
蛻の殻と言う言葉が、見事に当て嵌まる状況だった。





──────────────────────────────────────────────────





「(……また、護れなかった?こんな刀を持っていても、結局、俺は──)」
「小次郎の、兄ちゃん……」


驚いて振り返る。
そこには、いつきがいた。


「いつき?お前、無事だったのか?」
「……おら、村のみんなに助けられただ……みんな、みんな……」


いつきの目には、涙が溢れている。
武器を持っているということは、彼女も戦っていたのだ。
そして彼女もまた、小次郎と同様に護れなかったことを悔いている。


「小次郎の兄ちゃん……なして、あいつらは、おら達を虐めるだ?何で……」
「あの男は、自分の欲しいものを手に入れたいだけだ。その対象が、今回はこの村だっただけ……」
「そんな、理由で……?みんな、殺されただか?」
「……そうだ」


いつきの目から、涙がこぼれおちた。
それを必死に拭ういつきに、小次郎は青い布を手渡す。
……鯉口を縛っていた、あの布だ。

すぐに涙に濡れて、青い布がさらに色を濃くする。
小次郎はいつきの隣に腰をおろし、懐から何かを取り出した。
小十郎からもらった、おにぎりである。


「いつき、食べな」
「おらだけ、白いお米食べちゃ……」
「いいから……な?」


手渡され、涙をぼろぼろとこぼしながら、いつきは食べた。
小次郎も一つ口にし、いつきの怪我の手当てに取りかかった。
幸いにも、そこまで深い傷はなく、持ち合わせで充分に事足りた。


「小次郎の兄ちゃん……」
「ん、どうした?」
「あいつら、知ってるだか?」
「……あぁ、知っている」
「なして、小次郎の兄ちゃんが、あいつらのこと知ってるだ?」


ちょっとした疑問なのだろう。
だが、小次郎にとっては辛い過去を呼び起こすことになる。


「……少し、長くなるぞ?」


いつきは無言で頷く。
それを見て、小次郎は口を開いた。


「今からまとめて話すぞ?松永久秀のこと、松永と初めて会った時のこと、そして──」





「──俺が犯した罪のこと」




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