「ご機嫌いかがかな、強き者……」
「……そんな呼び方はやめてほしい。俺は弱い人間だ」


東大寺大仏殿──
夜の帳が下りたその場所で、三人は対峙した。
あまり松永と鉢合わせさせたくないらしく、小次郎はいつきを自分の後ろに隠すように立っていた。


「ここに来た、と言うことは、私に何か用があるのかね?」
「全部、取り戻しに来た」
「全部、か……ならば、欲望のまま奪うと良い」


不敵に笑みをこぼしながら、松永は小次郎たちと向き合っている。
ここまである程度の障害を配置していたはずなのだが、目の前の二人には苦にもならなかった様子。
大した怪我も負っていない。

内心、松永は少しながら動揺している。
目の前にいる小次郎は、“刀を抜いている”のだ。


「(風魔の報告によれば、刀を抜くことができない状態だったはず……一体、何の心境の変化か……?)」


……考えたところで、何が分かるというわけでもない。
殺意を向けられている以上、それを放っておくわけにもいかない。


「卿は全てを望むと言う……なら、私も何か欲しいのだが?」
「何言ってる?お前はもう、沢山奪っただろう?俺からも、いつきからも、沢山……」
「ふむ……たしかに、それは尤もだ。だが、それは以前の卿であって、今の卿ではない」


手を前へと突き出す。
何かを掴むように、ゆっくりと……


「卿からは……“闇”を戴こう。卿の胸の内に犇めいている、それのことだ」
「俺の“闇”か……奪い切れるか?」
「それほどにまで大きいものなのかね?心が躍るよ」


言葉が終るか否か、松永は火薬をばら撒き炎を巻き起こす。
その炎が、四方の香炉に火を灯す。
やがて、不思議な香りが、辺りに立ち込めた。

毒と思いこんだ小次郎は、いつきを抱えて後ろへと飛ぶ。
だが、すぐに辺り一帯はその香りで埋め尽くされる。


「安心したまえ、毒などではないよ」
「……なら、これは……?」
「フハハハハ……私も、所詮は生きとし生けるもの、ということだよ」


言っている意味はよく分からない。
だが、遠巻きに見ていても、戦況がどうなるわけでもない。
危険と分かっていても、突進するほかない。

刀を構え、小次郎は一気に飛び出す。
その速度に一瞬松永は驚いた様子だが、攻撃をかわす分には問題ない様子。
紙一重の所で、切っ先を避ける。
……だが──


「甘い!」
「何……?」


後ろに移動しながら、松永は自身の体の変化に気付いた。
かわした筈なのに、刀傷が体を奔っている。


「これでも一端の剣客だからな。それくらいの芸当はできる」
「なるほど……やはり、念を押しておいて助かったよ」
「……ん?」


松永に負わせた傷は、浅いというわけではない。
だが、まったく痛みを感じている様子がない。
我慢しているという節も見られない。


「どういう、ことだ?」
「卿たちの周りにある、この香炉。これは高名な香炉でね、使用者の痛みを消してくれるというすぐれものなのだよ」
「痛みを、消す?」
「……それともう一つ、今から使う香炉もまた、高名な代物だ」


指を鳴らし、炎を立ち上らせる。
その炎が、まるで意志を持っているかのように、小次郎といつきの背後の香炉に火をともす。
やがて、何やら甘い香りが漂い始め、二人を包みこむ。


「小次郎の兄ちゃん、何だべ、これ……?」
「吸うなよ、いつき」
「賢明な判断だよ。だが、いつまで続くかな……?」






──────────────────────────────────────────────────





生きている以上、呼吸を止めておくのにも限界がある。
自分たちに影響を及ぼさないところまで移動し、漸く小次郎といつきは大きく息を吸う。
だが、ほんの僅かながら吸っていたようで、不意に目の前の景色が歪む。


「それは、“幻惑香炉”という代物でね……吸った人間が最も恐怖する幻を見せると言うものだよ」
「……何?」
「見たまえ、卿の隣を……」


言われるがままに見ると、いつきが震えている。
何かに怯えているようにも見える。


「に、兄ちゃん……お、おら……」
「……いつき、ここでじっとしてろ」


ゆっくりと松永へと歩みよる。
いつきに背を向け、振り返らずに……


「良いのかね?卿は再び、何かを失うかもしれないのだよ?」
「失うことに怯えて、前に進めなくなるのはもっと嫌だ。だけど、何も失わないようにとか、何もかも得られるようにとか、そんな無茶は言わない」


大きく息を吸い、吐き出す。
肺の中の空気を入れ替え、高ぶっていた気持ちを抑えた。


「ただ、俺は俺が望むように生きる。もう……迷わない!」
「む?」


鞘を高々と放り投げる。
大太刀を逆手に持ち替え、思い切り振りかぶった。


「行くぞ松永……俺の覚悟と、そして──」


小次郎の太刀が赤く煌めいた。


「決着だ」





『──魔剣・鳳凰喰い──』





小次郎は刀を振り抜きながら、一回転した。
赤く煌めいた斬撃は、弧を描く大太刀の動きに合わせ、凄まじい速度で広がった。
そして、触れるもの全てを斬り裂いた。


「おぐっ……!」


当然、松永も……
尋常でない程の攻撃範囲と攻撃速度に、動くことすらままならなかった。
惨たらしく、胴が二つに分かたれた。


「ま、まさか卿が……人を殺すとは、な」
「死なないだろ?あんた自身の香炉のおかげで、傷はそこまで痛まないし、時間が経てば治りさえする」
「……ハハハ……確かに、それもそうだ」
「まぁ、あれは壊させてもらうけど」


そう言いながら、小次郎は刀を振り抜く。
斬劇が迸り、その先にあった香炉を一つ破壊した。

「ほぉ……やはり、あれは壊すのかね?」
「仮にも、見方が苦しむところなんて、見たくないから」


そう言いながら、いつきへと目を向ける。
怯え、震えていたいつきは、湯っ繰ると落ち着きを取り戻していた。


「……お、おら?」
「正気に戻ったみたいだな、いつき」
「兄ちゃん。勝っただか?」
「あぁ……」


いつきは大木槌を引きずりながら、小次郎の隣へと歩みよる。
そして、此度の元凶の松永を、憎しみをこめた眼で見下した。


「お前さんのせいで、おらたちの村は……」
「ハハ、ハ……健気だな。自身の村のために、そこまで怒れるとは……」
「お前さんさえ……お前さんさえいなけりゃ!」


恨みを込め、大木槌を振りあげる。
そして、渾身の力を込めて振り下ろした。
だが、手に伝わってくる衝撃に、いつきは違和感を抱いた。


「……え?」


大木槌の先端が、きれいに切り裂かれ、自身の背後へと落ちていた。
すぐに小次郎が切ったことは分かったが、その行動が府に落ちず、逆に何も言えなかった。
ただ、小次郎の言葉を待った。


「……ほぉ、卿にとっても、私は憎しみの対象の筈だが?」
「そ、そうだべ!今、このお侍を殺しても、兄ちゃんは──」
「見たく、ないんだ」


苦渋に満ちた表情で、小次郎は口を開く。


「もう、見たくない……誰かが殺すのも、殺されるのも……」
「なら何故、卿は刀を捨てないのかね?」
「誰も、殺されないようにするためだ……」
「フハハハ……!随分と可笑しなことを言う。刀は、“誰かを殺すため”にあると言うのに、その刀を以て、どうしてだれも殺されないようにできると言うのかね?」


松永の高笑いに、いつきは苛立ちを覚えている。
それを察してか、小次郎はそっといつきの頭を撫でる。
撫でながら、小さく口を開いた。


「刀が、誰かを殺す以外に使えないなんて、誰か言ったのか?」
「何?」
「刀を扱う人間として、刀で出来ないことなんてないって信じてる。だから、きっと誰かを護ることだって、出来ると思ってる」
「……欺瞞だな」
「何とでも言え」


背を向けて、いつきの背を押す。
振り返ることなく、松永から遠ざかっていく。


「所詮、卿は人殺しだ。分かっているのかね?人殺しの罪は……一生拭えない。その苦しみから解放される日など、永劫来ないのだよ!」
「……だから、何だ?」


背を向けたまま、小次郎は口を開く。
信じられないほど低く、恐怖すら感じるような声で……


「人間は、生きている以上何らかの罪を犯す。それが、人間の決めた規則で全て許されるはずなんてない。いつか必ず、ありとあらゆる罪に対しての罰がやってくる」
「……で、卿は、どうするつもりなのかね?」
「……向き合ってみるさ、逃げも隠れもしないで、ね」


いつきの背を優しく押す。
歩幅を合わせ、ゆっくりと歩き出した。


「帰ろう、いつき」
「で、でも……みんなが……」
「監禁されてる場所は分かってる。みんなで帰ろう」






──────────────────────────────────────────────────





それから、数日後の、とある島の上──


「…………………………遅い」
「あン?お前が早すぎるんだろ、小次郎?」
「時間を指定したのはお前だ、バカ」


呑気に会話する、小次郎と武蔵。
どうやら、戦いの時刻に大幅に武蔵が遅れたようである。


「……さて、さっさと始めるか」
「おうよ!今日こそ、てめぇをぶっ飛ばしてやる!」
「俺も早く帰らないと、うるさいのがいるからな」


鞘から刀を抜き、武蔵へと向ける。
たったそれだけのことだが、武蔵は目を丸くして驚いた。


「小次郎、お前……?」
「ん、どうした?」
「刀を、抜いた……漸く本気出すってか?」
「……あぁ」


テンションの上がる武蔵。
それを見て、にっこりと笑みを浮かべる小次郎。


「始めるぞ……武蔵!」
「おう!……ん?小次郎、お前の敗けじゃねぇのか?」
「勝負が始まる前から、随分と饒舌だな……」
「だってよ、お前。さっき、鞘を捨てたじゃねぇか」


小次郎も驚いた。
と言うより、時々武蔵には驚かされてきていた。
本当に時々、核心を吐くセリフを言うことがあるからだ。


「お前は本当に、分からない奴だな……」
「あン?」
「何でもない、賢くなったなって誉めてるんだ」
「へへっ!そうだろうな!」
「ちなみに……鞘を捨てたのはな……確かに、勝とうとしている奴のやることじゃないよな」
「だろ?だからこの勝負、俺様の勝ち──」
「でもな、生き残りたいから、捨てたんだよ」





刀が交錯する。
後に伝えられる巌流島の戦い──
その本当の勝負の行方は、風と波だけが知っている。










後書き

お付き合い有難うございます。
ガチャピンαです。
このお話を以て、「戦国BASARA3」は一時終了とさせていただきます。

以前にも書きました通り、本格的にゲームの方の情報も公開されております。
登場する全武将が分かって以降、またこのお話の続きを書いていく……つもりはしています。
今は、新作の方に力を入れていますので、そちらでまたお会いしたいと思っています。

……ただ、その新作も完全に白紙の状態からやり直していますので、時間はかかると思います。
本当に申し訳ないとは思っていますが、今しばらくお待ちいただけると幸いです。

最後に、駄文にお付き合いいただきましたこと、心よりお礼申し上げます。



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