「ようこそ!よく来たね、斎藤君!」



仮にも名乗った。
だが、一向に名前を覚えようとする気配の無い目の前の人物に、半蔵は小さく溜息を吐いた。

そう、目の前にいるのが、今回の目的の人物。
名は最上義光──
羽州の狐と称される、知略に長けた武将。
そして、例の書状を送りつけてきた人物……



「……して、この書状については……」

「うむ?おお!それで態々迎えに来てくれたと言うのかね?いやいや、結構な働きだったよ、斎藤君!」



色々と物申したいことはあった。
しかし、元来口数の少ない半蔵に、思っていることをぶちまけろと言う方が無理な話。
話の通じない人間なんだなと、視線を落として諦めていた。



「しかし……」

「……………?」

「あの家康君なら、忠勝君を寄こしてくれると思ったんだがねぇ……それがどうして、君のように名の知られていない人間を寄こしたのか……気にならないかい、斎藤君?」



……恐らく、この場に家康がいたのであれば、最上は恐ろしい笑顔の前に腰を抜かしていただろう。
ただ、半蔵は自分に対しては尋常でないほど謙虚である。
故に、返答は──



「……是……」



と、なってしまう。

最上としても、本当は忠勝の背に乗っていきたかったと言う願望があった。
かつて、家康がその背に乗って、大空を自在に駆けていたことを見たことがあり、羨望の眼差しを送っていたこともある。
つまるところ、“名もない武将が送られてきた”ことよりも、“迎えに来たのが忠勝で無かった”事の方が、最上にとっては大問題であった。



「斎藤君、我が輩は頗る機嫌がいい!だから、今すぐ家康君の元に戻って、忠勝君を寄こすように言ってきてはくれないか?」

「……やや、難題かと……」



謙虚にそうは言うものの、忠勝だって忙しい。
それに、仮に呼べたとしても、忠勝がこちらに到着するのは、どんなに早くとも三日後……
自分の労力が無駄になるからではなく、それまでに最上の気持ちが変わらないと言いきれない……
それ故に、半蔵が出す答えは自然と決まってくる。



「……忠勝も、多忙故……御勘弁を……」

「むぅ!吾輩がこれほど頭を下げて頼んでいるのに、聞けないと言うのかね!?」



傍から見れば、どこをどのように見れば、頭を下げているのかと問いたくなる。
だが、一応は機嫌も取らなければならないため、半蔵は必死に言葉を選ぶ。



「……此方が、御連れ致します故、御慈悲を……」

「君が、かね?ふぅむ……」



じろじろと、狐と言うよりは蛇のように、最上は半蔵の身体を見て回る。
やや不快ではあるが、家康のことを考えれば、一切苦にもならない。

やがて、何かを悟ったかのように、最上は大きく頷いた。
半蔵が小さく首を傾げると、半蔵の右肩に、力強く手を乗せてきた。



「よろしい!主君のためにそこまで尽くそうとする君の心意気に、我が輩は感動したよ!斎藤君、君に吾輩の馬を引く役目を与えてあげようじゃないか!」

「……恐悦、至極……」



言ってから思ったが、半蔵は自分でも、ここまで棒読みの感謝の言葉が出せるとは思っていなかった。
最上が、何やら不気味な動きを取り、その場から立ち去った後、今までで恐らく一番長い溜息が、半蔵の口から零れ落ちた。











「それでは諸君、参ろうかね」

「御意!」



支度が整い、最上を先頭にして、兵士たちが後に続く。
半蔵はと言うと、本来ならば行軍を陰から見守ろうと考えていたが、最上の言葉を無下にして機嫌を損なわせるわけにもいかず、止む無く馬を引いていた。
足取りや雰囲気からはまるでわからないが、半蔵の気分はとても重い。



「ところで斎藤君?」

「……何か?」



急に呼びかけられ、半蔵は最上を見上げる。
他人を見下していることがそんなに気分がいいのだろうか、どこか最上の表情は清々しい。



「忠勝君は、今どこで何をしているのかね?我が輩を差し置いてまで、優先するべき事情でもあったと言うのかね?」



返答に困る。
仮に、ここで“巫を迎えに”と正直に答えると、その後はどうなるかがすぐに予想できる。
あとで家康に口裏を合わせてもらおうと考えつつ、半蔵は少し小さな声で応えた。



「……何分、大きな戦が近い故……」

「ふぅむ……それで、君のような下級の人材を送ったと言うのかね?家康君の元には、名だたる武将が多いと聞いていたのだがねぇ」



誰ひとり気が付かなかったが、手綱を掴んでいた半蔵の右手には、薄らと赤い色が滲んでいた。
当然、自分が見下されているからといった理由ではない。
最上の中で、家康の評価が下げられたことが、一番の理由だった。



「そうだ!斎藤君、我が輩は良いことを思いついたよ!」

「……良い、こと?」

「そうとも!心して聞きたまえよ?」



何やら嫌な予感がする……
自分の表情がそう言っているような気がして、半蔵は思わず顔を伏せた。



「来たのが君だったとはいえ、迎えに来ておらっておいて、何の礼もなしじゃあ、我が輩の名が廃る!ここは、名だたる武将の首でも携えていこうじゃないかね!」

「……名だたる、というと……?」

「うむ!我が輩たちの進行方向……斎藤君、君は理解しているかね?」



訊かれるまでもなかった。
自分たちの進行方向……それは、越後だ。
無論、謙信には許可をもらってから通過させてもらうつもりではあるが、今の発言を聞く限り、穏やかには済みそうにない。



「……義光公」

「うむ?何かね、斎藤君」

「……………こちらの道を」



そう言って、半蔵が指示したのは、奥州へと通じる道。
丁度、奥州と越後への分岐点だったので、何の考えもなしに、半蔵はそう進言した。



「奥州?何故かね?分かるように説明したまえ」

「……家康様と謙信公は、以前より親交が……義光公が謙信公を討たれますと、些か問題が……」

「ふぅむ……」



行軍を止め、最上は腕を組んで考え始める。
それと同時に、半蔵も頭をフル回転させ始める。

仮に、このまま越後に向かわせると、自分は謙信に対し、恩を仇で返す結果となる。
対して、奥州に向かわせた場合、最上よりも先に党首たちに示談すれば、恐らくは何事もなく済む。

奥州の当主・伊達政宗──
その右目・片倉小十郎──
半蔵も、戦の中で出はあるが、この二人を見たことはある。
当然、家康が二人と会話しているのも見たことがあり、その人柄はある程度知っている。



「……よし!斎藤君、君の言うとおり、奥州から向かうことにしよう!」

「……それが、最善かと……」



内心、この人間に判断をゆだねる時点で、最善からは遠ざかっていると思っている。
しかしながら、今は最上の決断が全て……
家康の立場を考えると、致し方の無いこと……



「では参ろうか、諸君!我が輩に続きたまえ!」

「……あ……」



言うが早いか、最上は馬を急き立てて、奥州へと駆けだしていた。
配下の将兵たちもそれに続き、気がつけば、砂塵だけがその場に舞っていた。



「(……機会があったら殺そう……)」



物騒なことを考えつつも、半蔵は瞬時にその場から姿を消した。











奥州城下──
いつものように、政宗は見回りと称しての息抜きに来ていた。
城に戻れば、小十郎の小言が待ってはいるが、今この時を満喫できるならそれも仕方のないこと……
美味しそうな饅頭を頬張りながら、城下の道を気分よく歩いていた。



「ん?」



途端、目つきが変わる。
先程までの和やかな目つきはどこへやら……
今は、龍のそれと見間違えてしまいそうになるような、鋭い目つきへと変貌している。



「おい、そこの……暗殺に来るなら、日が沈んでからにしろ」

「……流石……」



何も無かったはずの物陰から、半蔵がその姿を現した。
そして、姿を見せるや否や、自分の武器を政宗に投げて寄こした。



「What?何の真似だ?」

「……此方は、徳川家康の配下・服部半蔵」

「ほぉー、家康の……それで、態々何の用だ?」

「……時間が無いので、端的に」
















後書き


……今回、なんか短いなぁ……
あ、後付けなんかじゃないけど、前後篇だからこの位でもいいかな……みたいな?

orzだめだ、どんどんダメ人間になっていく……
久々にBASARAやってみたら、なんか本気で最上殺したくなって……
……出てないよね?私のそんな願望

いやはやしかし、本当なら今年中にもう一話投稿したかったけど……
って、すればいいのか……
でもなぁ、できるかな……?

御存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私、友人と共同して別な作品も投稿してるんですよねぇ……
しかもそいつが、「大みそかと正月に投稿してみたい!」とかふざけたこと言いやがるもんで……
……ちょっとシメてきますね

では、もしも大みそかに投稿できなかった場合のために……



皆さま、今年一年大変お世話になりました。
来年も温かい拍手を戴けると、作者冥利に尽きます。
何とか更新ペースを維持できるよう努力いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、良い御年をお過ごしくださいませ



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