「んー、今日って何かあったっけ?」


腕を組んで首を傾げてみる。
ま、それで何が分かるわけでもないんだけど……

今日も今日とて、調理場で雑務をこなしてる。
丁度昼食の時間帯だから、霞とか律とか来そうなのに、姿は見えない。
一番不思議なのは、恋もまだ来ていないってことだ。
警邏とかに行ってるなら別だけど、そうでもなければ、有り難いことに俺の料理を食いに来てくれる。

ちなみにこの調理場では、武官と文官の両方の食事を作ってる。
とは言っても、霞とか賈駆みたいに、ある程度の地位の人間しか来ない。
一般兵は別な食堂があるんだけど、俺がこっちの厨房を任されたのは、多分賈駆の手配だろうな。
恋や音々音と会う機会を考慮してくれたんだと思う。


「──にしても、恋も音々音も来ないっていうのは不思議だな」


あの二人、どこかで示し合わせたかのように一緒に来る。
職務をする自室は、武官と文官それぞれ別の寮だから、携帯電話もないこの時代、どうやって一緒に来ているんだか……


「あのぉ」

「はい──……今日は、サボりじゃないですよね?」

「へぅ……」


人目を気にするように厨房に入ってくる董卓さん。
後ろめたい行動とってる自覚があるなら、止めれば良いのに……


「あのぉ、詠ちゃん見てませんか?」

「賈駆?いや、今日はまだ……」

「ホッ……よかったです」


よかった?
何で、賈駆にまだ会ってないことが「よかった」なんだ?
嫌な予感がひしひしするけど、何となく気になるな……


「何か問題でもあるんですか?」

「えっと……実は詠ちゃん、今日は絶不調の日なんです」


絶不調だ?
何がどう不調なんだ?
……まさかと思うけど、下の話じゃないよな?


「詠ちゃん、ちょっと運が悪いこと、知ってます?」

「ええまぁ……」


ちょっとどころじゃ済まないくらいだとは思うけどな?
だって、あそこまで運のない人間、俺は今まで見たことがないぞ?
一つ例を上げてやろうか?

とある日、賈駆が何の凹凸もない道を歩いているところを目撃したんだけどな?
何もない筈なのに蹴躓いて、思いっ切り顔面から転んだ。
しかもその時、書簡をいくつか手に持ってたみたいなんだが、転んだ拍子に、相当小さな水たまりに、持ってた書簡を全部落としてダメにした。
ある種、神業かと思ったわ……

……で、それが何なんだ?
賈駆の不運なことと、何か関係でもあるのか?


「実は詠ちゃん、いつもは自分一人だけ不運なんですけど、月に一度、その不運が出会った人全員に蔓延するっていうのがあって……」

「……はい?」

「あ、命にかかわるようなことじゃないですよ?死人は一人も出てませんから……まだ……」


こらこらこら!
最後の方、ボソッと言わない!

え、何?
そんなに危険なものなの?!
ちょ、ちょっと、恋とか音々音が心配になって来たぞ……


「ナオキさん、とりあえず私の部屋に来てください」

「え?それこそどうして?」

「毎回なんですけど……誰かに何か起こると、兵士の皆さんが私に報告してくれるので、できればナオキさんにも対処のお手伝いをと思って……」

「……分かりました」


ま、こんな感じなら多分、誰も食堂には来ないだろう。
それにもうすぐ交代の時間だし、董卓さんの頼みって言う大義名分があれば、早めに切り上げても良いだろう。
……決して、暇すぎるから早く代わってほしかったわけではないぞ?











部屋に着いて、とりあえず董卓にお茶を出す。
仮にも俺が今仕えてる相手だしな……


「でも、どのくらいの被害なんですか?想像付きます?」

「えっと、そうですねぇ……先月は、霞さんが誤って傷んだお酒を飲んで倒れてしまったり、律さんが武器庫の点検中に落ちてきた槍の下敷きになってしまったり……」


死ぬ一歩手前まで行ってるじゃねぇか!!
え、何これ?
今日はマジで賈駆と会わない方がいいのか?

あれ?
そう言えば、董卓自身や賈駆の被害は言わないな……
何かしら恥ずかしい目にでもあったとか、そんな感じか?


「董卓さんと賈駆はどんな被害を?」

「あ、私と詠ちゃんは、大丈夫だったんです」

「え?でも、さっき出会った人全員が不幸になるとか行ってませんでした?」

「はい。ですけど、私は何故だか、まだ被害に遭ってません」


董卓は被害に遭わない?
……待てよ?
と言うことはつまり、賈駆の不幸の影響を受けない董卓と一緒にいれば、俺も大丈夫なんじゃないのか?


「でも、よく分かりますね?賈駆が不運なのって、別に今日だけに限ったわけじゃないのに……」

「えっと……この日は詠ちゃん、何て言うか、不敵に笑ってるので……」


不気味じゃね?
悪いけど、そんな人と会ったら素で引くよ?


「ちなみに、賈駆自身は?」

「詠ちゃんも、なぜかこの日は大丈夫です」


どういう仕組みになってるのかさっぱりだ……
でも、とりあえずは董卓と一緒にいておこう。
そして、賈駆には会わないでおこう。
多分それで問題ない──


「月、入るわよ?──あ、白石も居たんだ」


……おい……
この流れ、お約束だとは思ってたけどよ……


「あ、詠ちゃん」

「賈駆、なんか今日はあんまり宜しくない日なんだって?董卓さんから聞いたけど」

「フフフ……そうね、宜しくないと言えば間違ってないわね」


怖ぇよ!
そんな不気味な表情するなって!


「それで?ボクと会った以上、白石の身にも何か起こると思うけど……遺書は書いた?」

「殺す気?!」

「冗談よ」


聞こえねぇよ!
……とりあえず今日は、大人しくしてよう。
下手したら、マジで死にそうだ。


「ところで、賈駆?恋と音々音、見てない?」

「見たわよ?食堂に向かう途中だったけど、会ってないの?」

「さっきまで食堂の厨房にいたけど、まだ……」


……嫌な予感がするな。
何事も無けりゃいいんだけど……


「と、董卓様!失礼いたします!」


扉の向こうからの兵士の声。
その声を聞いて、俺の不安が加速した。
いや、だって董卓は小さく溜息吐くし、賈駆はまたほくそ笑んでるし……


「どうぞ?」

「失礼いたします!伝令であります!」

「聞くわ。誰かに何かあったの?」


賈駆が尋ねた。
兵士は、賈駆の方に向き直って、改めて背筋を正した。


「そ、それが……ちょ、張遼殿が……」

「霞が、何?まさか死んじゃったの?」


賈駆……頼むから物騒な質問は止めてくれない?
ただでさえ、さっきからリアルに怖いんだから……


「い、いえ……ですが、鍛練中に槍が折れて、それが鳩尾にめり込んで……先程、医務室に搬送されました」

「槍ぃ?!」


思わず声を荒げた。
いや、だって、槍だぞ?
マジで死人が出たんじゃねぇのか?!


「あ、御遣い殿、ご安心ください。めり込んだとは言え、刃を潰してある物なので、出血などの外傷はありません」

「安心できねぇよ!?……って言うか、その呼び方やめない?」

「で、ですが……」


兵士の視線を追えば、そこにいるのは董卓その人。
ま、この呼び方にも原因はある。
一つは董卓で、もう一つは何進だ。

董卓に原因がある理由は、俺をそういう風に紹介したから。
兵士の間でも、“天の御遣い”の噂は結構広まってたらしい。
そんな時に、自分の仕えている主が、「この人が“天の御遣い”です」なんて言えば、まぁ信じるわな?
新聞とかインターネットとか、そんな情報ツール存在しない時代なんだし……

……で、何進の方の理由は……あんまり言いたくない……
だってよぉ、仕官した初日の例のあれだぞ?
その辺察してくれると嬉しい。


「まぁまぁ白石、霞は生きてるみたいだし、良かったんじゃない?」

「良かねぇよ!?」

「し、失礼いたします!」


また兵士が駆け込んできた。
今度は何だよ……


「か、華雄殿が食中りで倒れられました!」

「何がどうなってそうなった?!」

「落ち着きなさいよ白石。詳細は?」

「それが……華雄殿が悲鳴を上げられたので駆けつけると、手にこのようなものを持って倒れられていたので、恐らくは食中りかと思われます」


兵士がそう言って何か差し出してきた。
……おい律、何でこれに手を出した?


「凄い臭いね……白石、これが何か分かる?」

「……“鮒寿司”だよ」

「鮒寿司?聞いたことないけど、食べられるの?」

「俺のいた国の、とある地方の郷土料理だよ」


この間市場に大量に鮒があったから、試しに作って見たんだけど……
と言うか律、これまだ出来あがってないんだぞ?
塩抜きしてないし、まだ発酵もさせてないし……
それ以前に、この状態で食えるわけないだろうが!


「……食べられるんですか?」

「まだ出来あがってない……と言うより寧ろ、まだまだ調理の最初の段階です。大体、1年くらいかかりますかね?」

「随分と時間がかかるのね?美味しいの?」

「……人によって好みが物凄く分かれる。ちなみに、酒飲みは結構好きだって聞く」

言っておくと、俺は結構好きだぞ?
元から結構ゲテモノ好きだったのもあるからかな?
イナゴとかも食ったことあるし……
でもまぁ、シュールストレミングだけは未来永劫二度と食わないけどな!

そもそもさぁ……なんで律は、これを生で食おうと思ったんだ?
食えないこともないだろうけど、絶対塩辛いだろ……
腹の中に、塩が詰まってるんだから……


「……とりあえず、これは下げて!月の部屋の中が臭くなる!」


御尤も……


「で、伝令!呂布殿と陳宮殿が大量の書物の下敷きに!」

「ど、どこで?!」

「文官の宿舎の書庫です!本棚ごと倒れたようで、現在救出に当たっています!」


ちょ、ちょっと……賈駆!
どんだけ影響力凄ぇんだよ?!
少し目があった程度だろ?
……ってことは、この後この兵士たちもアウトだな……


「白石、行ってきていいわよ?」

「あ、うん。そうさせてもらう……」


二人に目配せするや、俺は董卓の部屋を飛び出した。
……ん?あれ、何か忘れてるような……
気のせいか、胸騒ぎがする。
何だろうか……?











「じゃあ恋に音々音、おやすみ」

「おやすみ」

「お休みなさいであります、白石殿」


二人とも、大事に至らなくて何よりだった。
霞も律も、何故かいた羅々も、数日で元気になるらしい。
兎にも角にも、今日は全員医務室で寝ることになった。

しっかし、今日は精神的に物凄く疲れた気がする。
ま、次から次へと不幸の報告されりゃ、無理もないか……
今日は大人しく寝ることにしよう。

──それにしても……
董卓の部屋を出た辺りから、何かが気になってしょうがない。
何か大切なことを忘れてるような、そんな気がする。


「あ、白石」

「賈駆か……どうかした?」


正面から歩いてきたのに気付いてなかった……
意識が散漫になってる、って言うか、疲れきってるんだな……


「別に?ただ、霞たちの容態を聞きに行くだけよ?」

「へぇ、そう言う部分は真面目なんだ」

「どういう意味よ……」

「深い意味は特にない」


お互いに軽く微笑みあう。
賈駆相手だと、こんな感じで言葉でじゃれあう方が楽しい時もある。
ま、毎回ってわけじゃないけどな。


「でも、不思議なこともあるものよね」

「ん、何が?」

「分かってないなら別にいいけど……じゃ、ボクはこのまま部屋に戻るわ」

「あ、あぁ……お休み」


そのまま医務室へと入っていく賈駆。
何が言いたかったのかさっぱりだ……
とりあえず、部屋に戻って寝るか。


「あ、御遣い様!」

「ん?」


歩き出してすぐに、後ろから声をかけられた。
兵士が数人……何の用だ?


「あの、付かぬことを伺いますが……御遣い様は何かしら被害に遭われましたか?」

「本気で突拍子もない話題を持って来たんだな……?」

「ですが、賈駆殿は本日、絶不調の日と伺っていますので」


兵士の間でも知られてるってどんだけだよ……
──って、おい、ちょっと待て……


「(まだ被害を被ってない……?)」

「御遣い様、どうかされましたか?」

「御遣い様?」


全員が各々に声をかけてくる。
でも、ちょっとだけ待って。
今の俺の状況を理解させてくれ。

現段階で、まだ被害に遭ってない俺が置かれてる状況……
多分、いくつか考えられるとは思う。

まずは……まだ遭っていないだけって言うパターン。
そうなると、“今日”が終わるまであと2時間くらいだろうから、ちょっと危ない。
こういうのって、アニメやゲームだと、最後の方が相当キツイんだよなぁ……

次に考えられるのは、董卓と一緒にいたことで、賈駆の不運を免れたパターン。
でも、これはあくまで理想論だな。
もしこれが当てはまるなら、報告に来た兵士たちも無事な筈。
でも実際は、あの後各々何かしらの被害を被ったって聞くし、このパターンはないな……クソッ……

他に考えられるとすれば、何かあるか?
実はもう被害に遭ってるけど、俺が気付いていないだけとか?
いやいやいや、それは無ぇな。
恋たちの被害を見ても、一歩間違えたら死にそうなことばっかりだったし……


「(……頭使いすぎて、目が冴えちゃったな)」

「あの……御遣い様?」

「ゴメンゴメン。ま、みんなも気をつけて、部屋に戻りましょうか」

「はい!では、失礼いたします!」

「「「「失礼いたします!」」」」


背筋を伸ばして敬礼。
俺が背を向けるまで、兵士たちはそのままだった。
訓練が行き届いてるみたいで、ちょっと驚いた。

とは言え、部屋に戻ってもすぐには寝れなさそうだな……
軽く体を動かしてからにするか……?


「小腹も空いたな……」


なら、厨房に行くか。
軽いものなら勝手に作って良いって言われてるし。
適当に作って、部屋で食おう。











「何か食うもの……あるか?」


ちょっと物色させてもらってるけど、目ぼしいものは無いな……
……泥棒みたいな物言いだな、俺。


「学生寮とかだったら、カップ麺でも作るんだろうけど、そんなもんないしなぁ……」

「ならば、別なものを食すか?」


背筋に鳥肌が立った。
え?誰かいるのか?
でも……振り返るのがものっすごく怖い。


「えっと……どちら様でしょうか?」

「フフフ……そのように謙る必要はない。ほれ、余に顔を見せい」


……この声、どっかで聞いたこと無いか?
確か……記憶から抹消したいと懇願してる声だったはず。


「フフフフフ……じゅるっ」

「(振り返るな……俺よ、決して振り返るな!振り返ったら、何か確実に失う!)」


そう心に言い聞かせながら、ゆっくりと前進。
何とか後ろのおぞましい存在から距離を取らないと……


「ほぉ?このような場では嫌か?ならば、余が直々に部屋に招いてやろう」

「いや、あの、えっと、その……」

「ほれ、早ぉ来い」


腕掴まれた!
しかも滅茶苦茶力強い!
は、外せねぇ……!


「抵抗するのか?ま、それも構わん。逃げ惑う猫を追いかけると言うのも、また一興」

「(もうヤダこの人!!)」


ん、一瞬力が弱まった。
よし、この隙に……!


「逃げ果せると思うたか?余はそれほど甘くは無いぞ?」

「くぉっ!?」


痛っっってぇ!!
え、何?
今、掴んでた力を強めただけ?!
万力で挟まれたかと思ったぞ?!


「さ、行くとするか」

「(引っ張る力も強いな、アンタ!?)」

「今宵は久方ぶりに楽しめそうよな……じゅるっ」


えっと……年甲斐もなくこんなセリフが頭を過るとは思わなかった。
でも、この状況下なら言っても良いよな?
その位許してくれ……


「(お袋ーーーー!!!)」




後書き

本気でPC買い換えるか悩んでます。
もう、SS書くのに支障をきたすものあるんですけど、色々遅いしフリーズしたりするし、就活にも多少影響が……(汗
とりあえず、もうすこし投稿ペース安定できるよう頑張ります。
ま、暫くは日常編を書くつもりなので、こんな情けない作者にお付き合いしてくだされば幸いです。



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