「……っう、っつ……」

「直詭!」


血を流しすぎたのか……
足に力が入らない……


「音々音、この辺で休めそう?」

「もう少し、もう少しであります!もうひと踏ん張りであります!」


恋が肩を貸してくれてるとは言え、もう限界なんて超えてる。
止血なんてしてる暇なかったし、激痛と貧血とで意識が朦朧としてる……
なんとか、休める場所まではもってくれ……


「白石殿!こちらであります!」


音々音が叫んでる。
足を動かすことさえままならない俺を、恋がそこまで連れてってくれる。


「……腰、おろしていい……?」

「だ、大丈夫であります!」

「ねね、水持ってきて」

「ただ今お持ちするであります!」


……んと、川辺ってことで良いのかな?
なんとなくせせらぎが聞こえてくる。
太めの木にもたれて、だらしなく両手両足を投げ出す。


「直詭……」

「……今は、止血出来れば……それでいいよ」


とは言え、包帯の類は無いしな……
恋とかが持ってるとは思ってない。
俺自身もそんなもん持ってないし、何か代替わりできるモノってあるか?


「ねね、これ使って」

「それを?良いのでありますか?」

「……………(コクッ)」


ぼやけてる右目の視界で、恋が何を渡したのかは分かった。
いつも戦場に出るときに手に巻いてるサラシだ。


「(……長さ的には申し分ないか……)」


「悪いよ」とか、そんなこと言う余裕も無いみたいだな俺。
先に、音々音が濡らしてきた手拭いで顔を拭いてもらう。
そのあと、その手拭いを左目の方にあてたまま、恋のサラシで固定する。
この作業中、ずっとされるがままだった……


「どうであります?」

「この怪我ですぐに痛みが引くわけ無いって。休めるんなら、少し体力を回復したい」

「直詭は休んでて」

「……………恋?」


すっと立ち上がったかと思うと、俺の横で警戒を強めた。
……あぁ、俺が動けるまで守っててくれるってことか。


「それで音々音、他のみんなの動向とかは?」

「こちらに来る前に斥候は出したであります。ただ、何人戻って来られるかは……」

「そっか。なら、戻ってくるまでは最悪休めるな」


恋が警戒しててくれるとは言え、俺も気を緩めてられない……
いや、迎撃できる自信は無いぞ?
ただな、気を張ってないと意識も持って行かれそうなんだ。
脳に近い部分の大怪我ってこともあるのか、吐き気とかも結構キツイ。


「……っ!ね、音々音、悪いけど水くれる……?」

「わ、分かったであります!」


自覚は無いけど、多分顔面蒼白なんだろうな。
音々音の慌て方がいつもとケタ違いだ……


「と、とは言え……水を入れる容器などは……手皿で宜しいであります?」

「あぁ、お願い」


小走りで川縁まで行って、手に水を掬って帰ってきた。
口元まで持ってきてくれたから、音々音の指が口に入るのさえお構いなしに水を含む。
んで、一気に飲み干した。


「……ゴメン、噛んで無いよな俺?」

「だ、だだ、だ大丈夫であります!」


そりゃ恥ずかしいよな……
ゴメンな?


「そ、それで気分などは……?」

「吐き気はちょっと治まったけど……また何度か頼むと思う」

「分かったであります!」

「……恋も、適度に休んでよ?」

「……………(フルフルッ)」


予想通りと言うか何と言うか……
一番この中で重症の俺が言っても、気休めとかにもならないよなぁ……


「直詭、寝てて良い」

「そうしたいんだけど、どれくらい寝るか分かんないからな……無理にでも起きてるよ」

「……苦しくない?」

「もっと苦しいのは……この状態が悪化することだよ……」

「……………?」


現状、俺は二人の足枷だ。
でも意識があれば、肩を貸してもらえればまだ動ける。
それが寝てしまえば、確実に恋におぶってもらわなきゃいけない……
追撃部隊とかが来れば、それは最悪以外の何物でもない。
……なら、気休め程度でも動ける状態で居続けたい。


「音々音、見張りは恋に任せてさ……俺の目の方気にしておいて」

「え……?」

「これ以上出血が続くようだと、さすがにいきなりは歩けないし……怪我の状態を気にしておいてほしい」

「しょ、承知したであります」


……さて、いつ斥候が帰ってくるか……
ただ、帰ってきても──


「(──朗報が一つも期待できない、か……)」










感覚としては、もう何日もたった気分だ……
実際には十分とかそんなもんだろう。


「陳宮様!」


戻ってきた斥候は二人。
何人出したかは知らないけど、よく戻ってきてくれたよ。


「み、御遣い様?!そのお怪我は?!」

「今は良いよ……それより、報告が聞きたい」


一応は、俺は命があるんだ。
他の面々の安否が一番気になってる。
……無事であってくれと、それだけしか今は無い。


「で、では報告いたします」

「よろしくなのであります」

「まず張遼様ですが、曹操軍に捕縛されたとのことです」

「捕縛……つまりは、死んじゃいないんだな?」

「はい、命に問題はありません」


さすがに霞は問題ないか。
曹操軍の足止めだっけか?
それでも、よくもまぁ無事でいてくれたよ……


「んじゃ律は?」

「華雄様はこちらと同様で、逃亡されたとのことです。安否の確認までは……」

「そうか……」


いくら律でも、無茶はし過ぎないだろう……
だから多分、生き延びててくれてるはずだ。
律なら、絶対に──


「それと御遣い様、董卓様なのですが……」

「……あぁ、聞かせてくれる?」

「賈駆様共々、処刑された……という話が流れております」

「……話が流れてる、だけ?」

「はい。しっかりと確認は出来なかったのですが、義勇軍の中にそれらしいお姿が見えた気も……」


義勇軍、って劉備とかの陣営だよな。
ってことは、子龍に頼んで置いて正解だったってことか?
あやふやだけど、現状はその情報だけで納得するしかないな……


「そういや、羅々は?門の上で弓隊の指揮してたろ?」

「……それが、曹性様なのですが……」


何だ?
言葉を詰まらせるなよ、頼むから……


「……はっきりと報告するであります」

「承知いたしました……曹性様は、曹操軍の敵将の右目を射抜くという功績を上げられ、そして……戦死、されました」

「……………ぇ?」


今……なんだって……?


「羅々殿が、亡くなられた……?」

「羅々が?」

「……………」

「ご遺体の確認も済ませてあります……誠に、無念ではありますが……」


羅々が……死んだ……?
甘えん坊で、口下手で、サボりもよくして、それでいて──
俺にとっても、大事な人間の一人になってた、羅々が──


「……っぐ、ぅえっ……!」

「直詭?!」

「白石殿!!」


身体的なモノより、精神的な喪失感が一気に拍車をかけてきた。
治まりかけていた吐き気が、さっきの数倍強く襲ってくる。


「御遣い様?!」

「な、何してるであります!すぐに水を、水筒でも何でもいいから水を用意するであります!」

「「ぎょ、御意!」」


音々音に急かされて、兵士の二人が自身の水筒を渡してくる。
口の中を漱いで、地面にその水を吐き出す。
……視界がぼやけてるのは、吐き気や貧血のせいだけじゃないってのは分かってた。


「……っはぁ……ハァ……」

「落ち着いた?」

「なんとか……って言っても、説得力無いか」


まだまだ息は荒いな。
肩で息してるし、視界もまだぼやけてるし……


「音々音、追手とかは?」

「それは無いようであります」

「……なら、もう少し休んでから行こうか」

「行くって……どこに行くのでありますか?」


言った手前、あんまり考えてなかったってのは恥ずかしいな。


「……どこかでこの目も治療しておきたいし、ここにいる5人もちゃんと体は休ませたい」

「とは言え、我々の顔は知られているでありますし、どこも安全とは……」

「……星羅の所」

「「え?」」

「星羅の所なら安全」


星羅さん、か……
確かに、あの人の所まで戻れば多少なり安全だろうな。
悪い言い方だけど、あの人は俺たちを売ったりしないだろうし……


「……確かにそれはアリだな」

「ですが、ここから豫州まではかなりの距離が……」

「直詭がもたない」

「もたせるさ。このままここにいても、何の解決策も浮かばないんだし」


そもそも食糧とかも無いに等しい。
こんな場所で何もせずにいる方が危ないだろうしな。
なら、体に鞭でもうって、安全な場所まで行く方がマシだ。


「……なら、もうちょっと休むであります。せめて白石殿の吐き気が完全に治まるまでは」

「そんなんでいいの?」

「大丈夫」


「……ありがと。んじゃ、みんなもちょっとは休んで」


さっきよりも気は緩めて、それでも多少なりの警戒はする。
恋や兵士もその場に腰は下ろしたけど、いつでも得物を構えられる体勢。
一番休んでるのは、音々音ってとこだな。
でも、軍師なんだし、元々の体力もこの中じゃ一番少ないんだから仕方ないか。


「(……吐き気が治まっても、ちゃんと歩けるか?)」


どっちかと言えば、そっちの方が心配だ。
多分、結構な量の血は流しただろうとは思う。
……致死量じゃないのがほんと救いだ。

ただ、ここに来るまでに既にふらついてたんだ。
足元が覚束ないのは目に見えてる。


「直詭」

「ん?」

「膝、使う?」

「いや、体は起こしておきたい。ありがと」


多分まだどこかで、恋は俺に対して罪悪感持ってるんだろうな。
別にそれを咎めるつもりはもうない。
ただ、素直に心配してくれてる分には礼は言う。


「……………ハァ」


空を見上げる。
気がつけばもう夜中だったんだな……
星がほんのりと見える。

その星の一つ一つを、半ば無意識に目で追いかけてた。
……いや、“探していた”って言った方が的確だ。
言葉だけだったから、まだ俺は受け入れられてないんだ……


「(羅々……)」


ひょっこりと顔を出してほしい。
後ろから、いつもの間延びした声をかけてほしい。
もう一度、あの黒の髪を撫でさせてほしい……

頭ではまだ理解出来てない。
いや、理解することを拒んでる。
そのくせ心の方はしっかりと理解してるから、喪失感や虚無感を顕著に感じるんだ……


「(なぁ羅々……もう一回、顔見せろよ……)」


どれとも定まらない星を見ながら、自然と呼びかけてた。
それと同時に、一つの疑念が頭を過った。


「(ひょっとして……子龍との一騎打ちの時に聞こえた声って──)」


……いや、それは無いか。
あの時聞いた声は、間違いなく今まで聞いたことのない声だ。
羅々の声だったなら、すぐに気付くはずだ。
俺なら、絶対に気付けたはずだ。


「音々音、ルート──道順は任せるよ?」

「承知したであります」


神様であろうが無かろうが、一度無くなったモノを元に戻すことなんてできない。
それが命であればなおのことに……

今は受け入れることは出来ない。
だからと言って忘れたりもしない。
ただ今は、その事実を受け入れられなくても、進まなきゃいけない。


「(約束するよ、羅々)」


いつか必ず、その死を受け入れる。
そして必ず、送る為の言葉を言う。
だから待っていて欲しい、その日が来るまで……


「(ほんと……頼りない上官でゴメンな……)」




















後書き


ほんとは今回で星羅さんに登場してもらう予定だったのに……orz
なんか上手くまとまらなくてすいません。

次話で、ちょっとした変化があると思います。
どんな変化かは、さすがに言えませんが……
その言い訳は次に置いておきます。

では次話で



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