以前、豫州から洛陽まで向かうのには、2日くらいの時間でよかった。
でも今回戻るのには、一週間くらいかかった。

理由は大きく二つ──
一つは俺って言うお荷物があったせいだって言うのはすぐ分かるとは思う。
二つ目はやっぱり警戒を強めながら進んだからだな。
残党狩りとかもやっぱりやってたから、それらの目から逃れるように進んだから余計に時間がかかった。


「直詭君?!」


豫州の星羅さんの屋敷の裏手から入らせてもらった。
出迎えてくれた星羅さんが顔面蒼白だったのは見るまでも無い。


「恋ちゃん、直詭君を部屋までお願いね?!前に使ってた部屋はそのままだから!」

「……………(コクコクッ)」

「ねねちゃん、経緯とか説明お願いできる?!」

「もちろんであります!」


恋に連れられて、前に使ってた部屋へと向かう。
随分時間がたってるはずなのに、埃とかそんなの見当たらない……


「直詭、ここ」

「あぁ……恋、包帯とか変えたいんだけど……」

「持ってくる」


同じのをずっとつけぱなしだったからな……
さすがに衛生上良くないだろう……
恋が駆け足で出て行ってから、左目に巻いてたものを外す。


「っ痛!……血が固まってるからなぁ、出血とかはないみたいだけど……」


外した手拭いとかは、血が固まって真っ黒になってる。
慎重に外したとはいえ、ちょっと血が出てるか……


「直詭、持ってきた!」

「ありがと。ちょっと手伝ってくれる?」

「……………!(コクッ)」


ちゃんと桶に水も入れてきてくれたんだな。
その水に新しい手ぬぐいを浸して、顔を拭く。


「恋がした方が良い?」

「あ、その方が良いか。じゃ、頼む」


鏡とかはさすがにこの部屋に置いてないしな。
やってもらう方が良いかな。


「じゃあ横になって」

「分かった」


言われるがままベッドに横になる。
……手とかつないだ時より優しい手つきだな。


「痛くない?」

「問題ないよ」


血糊とかが剥がれるとさすがに痛いけど、その辺は我慢すればいい。
恋の手の温度が手拭い越しに伝わってきて、それがかなり気持ちいい……
もうちょっと味わいたいなって思ったけど、そんな風に思ってたらあっという間に終わった。


「あ、終わった?」

「……………(コクッ)」

「んじゃ、新しい手拭いと包帯を──っお?」


横になった体を起こそうとしたら、力が上手く入らなくてバランスを崩した。


「っ!直詭?!」

「……よっぽど疲れてたんだな。体起こすの手伝って?」

「……………(コクッ)」


よっ……と。
ここまで重症って実感なかったな……


「んじゃ、その手拭いと──」

「直詭君、入るわよ?」


あ、星羅さん。
音々音からの説明とかは終わったのかな?


「ねねちゃんから今までのことは聞いたわ」

「そうですか」

「それで、私の知り合いが腕の立つ医者を知ってるそうだから、明日には来てもらえるように頼んでおいたわ」

「ありがとうございます」


何から何まで世話になりっぱなしだな……
申し訳ないって言うか、胸が詰まる思いだ……


「恋ちゃんにねねちゃん、二人も休んでらっしゃい?」

「あ、星羅さん。あいつらは……?」

「一緒に来た兵士さんのことでしょ?彼らにも部屋は用意したわ」

「……それなら何よりです」

「……さ、お腹とか空いてない?ここにいる間は楽にしておいて」


安静にしておけって意味だろうな。
恋と音々音を促す形で星羅さんたちは部屋を後にした。


「……怪我人は怪我人らしく、だな……」











疲れが溜まってたせいでもあるんだろうな……
起きた時にはすでに昼過ぎっぽい位置に太陽があった。
同時に、“そいつ”もすでに部屋の中にいた。


「……なんだ、華佗かよ」

「不服か?」

「いや?予想通り過ぎたってだけ……連れ添いの化け物は?」

「化け物とは言い過ぎじゃないか?」

「……そうだな、お前もその内に入るんだもんな」

「いやいやいや、余計に酷くなってるぞ?!」


適当に悪態ついて、と。
……怪我のせいか、自分の口調が普段より酷い気が……


「んで?治療はしてもらえるのか?」

「あぁ、俺と王允とは古い友人でな。まさか白石と王允とが親密な関係とは知らなかったけどな」

「親密言うな……色々違う意味に聞こえる」

「違う意味?……ま、治療には差し支えないから置いておくとして」


お前は語彙を選ぶか学べ。


「まずは診察させてもらうぞ」

「寝てる間に済ませててくれてもよかったのに」

「王允と話をしていたからな。今まさに来たところなんだ」


タイミングが良かったってことか。
どうしてこう、こっちの世界の奴らってタイミング見過ごしたかのように……
……いや、気にしないようにしようそうしよう。


「んじゃまぁ、よろしく」

「あぁ。寝たままの体勢で良いから、顔は動かすな?」

「分かった」


んー、診察だって割り切ってるから問題は無いけど……
男の顔がこう近くまで寄ってくるって変な気分だな。
BLとかだとこのまま──って何考えてんだ俺は?!


「ん?おい、どうした?」

「……いや、ちょっと頭がおかしいと自覚して悲しくなっただけだ」

「何のことか分からないが、取り敢えず診察は済んだぞ」


早ぇな……
さすがって言って良いのかな?


「んで、どんな感じだ?」

「端的に言えば、完全に眼球が潰れてる。このままだと腐食して病魔を呼びこむだろうな」

「摘出した方が良いってことだよな?」

「その通りだ。ただ、骨格が歪む可能性もあるから、義眼を入れておくことを勧める」

「……その術式の最中、すげぇ痛いんじゃねぇのか?」

「その点に関しては問題ない。俺が調合した薬を飲めば、痛みを感じることは無い」


麻酔薬ってところかな?
でもこの時代でそんな薬って大丈夫なのか?


「副作用とかはないのか?」

「少々薬効が効きすぎるかもしれない。丸一日寝てしまうだろうが、他の副作用は無い」

「大分強い薬ってことか」

「そうだな……何なら、鍼を使って痛みを止めるツボを打つという手もあるが……?」

「……いや、薬の方で」


自分の顔面に、治療とは言え刃物向けられるのは嫌だって……
多分メスとかの類を使うんだろうし……


「そうか?なら、コレを」

「粉末状か……さすがに水とかくれないか?」

「それもそうだ。ほら」

「あるなら言われる前にくれよ」


水と薬とを受け取って、と。


「それで華佗、治療費とかどうしたらいい?」

「今回は無料で良い」

「無料で?何でまた……?」

「……詳しくは言えないんだが、“ある人からの頼み”ってことだ。その人から代金はもうもらってる」


ある人……?
全く予想付かないんだが……
星羅さん……なら華佗が隠す必要無いよな。
恋や音々音でも同じだし、後は誰かいるか?


「詮索する分は良いが、先に治療の方を始めたいんだが?」

「それもそうか。んじゃ、任せるな」


薬を口に含んで水で一気に流し込む。


「ぅえっ……予想以上に苦い……」

「糖衣の方が良かったか?」

「飲んだ後に聞くか?んで、どの位で効果が出始めるんだ?」

「かなり強めの薬だからな、もう間もなくと言ったところだ」


そんなに強い薬だっ……た……んぉ?
もう眠気が襲ってきたか……


「くぅー……マジで強いな、この薬」

「睡魔には逆らわない方が良いぞ、体に毒だ」

「尤もだ。じゃ、改めてよろしく」


それだけ言い切るのが精一杯だった……
襲ってきた強烈な睡魔に身を委ねて、そのまま闇へと意識が落ちて行った。
それは本当にあっという間で、何か声が聞こえた気がしなくもない。
それが誰の声かは、分からなかった。


──すまなかった──











「……………ん、ん?」


何かいつもよりも瞼が重い……
いや、それ以上に左目の方に違和感が──


「あ……コレのせいか」


左目の部分を瞼の上から触ってみる。
術式が終わったからってのもあって包帯が巻いてある。
でもそれ以上に、元は眼球があった部分の感触が明らかに違う。


「(さすがに元いた世界みたいなのは無理だよな)」


木製、かな?
その割には感触は悪くない。
かなり成功に出来た義眼だな……


「気分はどう?」

「あ、星羅さん」


ずっとそこにいたのか?
ベッドに座った状態だけど……
ってよく見たら、太陽の位置がまるで変わって無いような……?
……あぁ、丸一日寝てたってことね……


「二日もぐっすり寝れたんで、かなり回復できましたかね」

「でも、華佗ちゃんも言ってたけど、最低でも半日は安静にしてって♪」

「分かりました」


あいつを“ちゃん”付けって違和感半端じゃないな……


「それと直詭君」

「なんです?」

「……言いにくいんだけど、私の我儘を一つ聞いてほしいの」


星羅さんの我儘?
また随分と珍しいな。


「何でも言ってくださいよ。俺はずっと迷惑かけっぱなしだから、何かしら返したいと思ってたところですし」

「そう?それじゃあ、一つだけなのだけど──」


そう言いながら星羅さんが取りだしたのは、血で大部分が染まった俺の制服。
すっかり様変わりしたな……


「この服、もらえないかしら?」

「へ?でも、そんなに汚れてちゃ……」

「いいのよ……この屋敷には、直詭君のモノがほとんど無いから、ね?」


確かに、この屋敷で過ごした時間は恋たちよりも短い。
それに元々、この世界に来た時に身につけてたものが少ないしな……
俺が使ってたものって言っても、その使用期間はほんとに短いモノばっかりだ。


「それでいいんですか?確かに、他に置いて行けるものってないですけど……」

「これでいいのよ。許可もらえるかしら?」

「え、えぇ……それでいいのなら」


「ありがと」って言いながら、俺の頭を優しく撫でてくれる。
この人に撫でられるのは、本当に気持ちが落ち着くって言うか……
心が安らぐんだよなぁ……


「でも、この服貰っちゃ格好がつかないでしょ?だから新しいモノも用意しておいたわ」

「へ?そんなことまでしてもらって──」

「これは私の我儘だから、その我儘の代償くらいさせて?」


口を指で押さえて言葉を遮られた。
星羅さんは言い終わると、俺の部屋の机の上にあった包みを持ってきた。
多分、俺が寝てる間に置いておいたんだろうな。


「これなのだけれどね?」

「……へぇ、眼帯まで」


星羅さんが用意してくれたのは、代わりの制服と眼帯。
制服の方は、今まで着てたやつの色違いバージョンだな。
白かった部分が黒に、青かった部分が赤になってる。
さすがに材質は変わってるけど、着る分に問題はなさそうだ。

眼帯に関しては、元いた世界での病院とかでもらえるものとほぼ同じ形。
耳に掛ける紐がちょっと太めだけど、右目の邪魔にはならなさそうだな……
ただ、左頬の部分まで覆う形になるぞ?
ここまで大きいモノ用意しなくてもよかったんじゃ……?


「随分と大きいですね、この眼帯」

「気付いてないみたいだから言うとね、目の下の部分にも傷が出来てるのよ。かなり深かったみたいで、暫くは消えないって、華佗ちゃんが」

「それを隠すための?」

「えぇ、差出がましかったかしら?」

「とんでもないですよ。ほんと、ありがとうございます」


これ以上ないくらいに感謝してる。
俺のこと、ほんとに息子と思ってくれてるんだな……
さっき撫でてもらったことも含めて、俺自身も星羅さんのことを母親と感じてる部分はあるな絶対。


「ねぇ直詭君」

「なんですか?」

「久々に、二人でお話しましょ♪」

「はい、喜んで」


あの大きな戦を生き延びて、漸く心が落ち着いてきた。
それもこれも、星羅さんのおかげって言って良い。


「どんな話が良いですか?」

「恋ちゃんやねねちゃんとは、直詭君が寝てる間にお話ししたから……直詭君が過ごしてきた日々のお話が聞きたいわ♪」

「分かりました。それじゃあ──」


窓から入る陽の光の長さがゆっくりと変わって行く。
そんなことお構いなしに、一杯喋った。
今までにあったこと、感じたこと、思ったこと、その全部を──
その全部を、ずっと笑顔で聞いてくれていた。

星羅さんのその笑顔が、俺に生きていることを、改めて実感させてくれて……
話が終わることが勿体なく感じるほどだった。




















後書き


ちょっとのんびりした回になったかな?
あんまり切迫した場面に星羅出したく無かったってのもあるんですが(オイ

んで、制服の色を変えたのは一刀との区別です、単純に。
眼帯のイメージはあるマンガを参考にしました。
某戦国武将っぽいのでもいいんですが、マンネリ化しそうだったんで却下しました。

……ほんと、後書きで書くこと減ってきた(汗
最悪書かないって言うのもアリかとは思うんですが、個人的に嫌というか……
まぁ、何かしら考えてみます。


では次話で



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