曲陽に到着して、陣を敷くのは少し時間がかかった。
何より、こちらの兵は疲労しきってるんだ。
でもそんなことはお構いなしに、袁術側が手を貸してくれるなんてことは無かった。
まぁ袁家だし(ry


「こんなところでありますな」

「まぁ、疲れきってるところに鞭打つのは気が引けるけど」

「でも陣を敷かないことには始まりませんしね」


だよなぁ……
……………ん?


「っておい……摘里、何でここにいる?」

「向こうにいても暇なもんで〜」


これで軍師なんだからすごいよなぁ……


「それで直詭さん?この後の動きはどうされるので?」

「どうするも何も……斥候が出されてないんじゃ、敵側の動きなんて分からない。ってか、ほぼお前のせいで動けないんだけど?」

「……………テヘッ♪」

「なぁ、そろそろお前を殴りたいんだけど、どうしたらいいこの衝動?」

「抑えましょ♪」


いつか泣かせてやる……


「しかし、実際問題どうするでありますか?劉備軍が来るのも時間の問題と思われるであります」

「かと言って、俺たちの軍にこれ以上斥候を出す余裕は無いだろ?」

「そうでありますね……進軍するにあたって、各地の斥候は戻したくらいでありますし」


そう、ぶっちゃけ人員不足だ。
元々斥候に出してた人間も、それらにはあまり向いていない部類の奴ばっかり。
だから得られた情報も、本当ならもう少し明確であったり綿密であったりはしたんだろう。
でも、贅沢を言ってられない以上は、その情報で我慢するしかない。

しかも、そいつらを手元に戻さないと、軍として心許無い。
たかだか十数人とは言っても、やっぱり気持ちの面で大きく変わってくる。


「音々音、取り敢えず今は休ませよう。緊張しっぱなしでも、体が持たないだろ」

「そうでありますね。では、そう伝えてくるであります」


音々音はそう言って、各部署に走って行った。
摘里もその手伝いはしてくれるみたいで、一緒になって走って行く。
ただ、自分で言ってたように、体力には問題無いらしい。
走り方とか見ても、音々音よりも断然速いし様になってる。


「さて、俺は恋とでも打ち合わせておくか」


んで、その恋はどこだ?
軍議に参加しろとは言ってなかったからなぁ……
ま、でもそんなに広くないんだし、すぐに見つかる──


「あぁ、いたいた」


陣の端っこの方に、ちょこんと立ってた。
何してるんだろう?


「恋、どうかした?」

「……………直詭、おなかへった」

「だよなぁ……なんなら、俺の分少し食べていいよ?」

「……………(フルフルッ)」


そこはすぐ否定してくるんだ。
ま、人の分食べて自分だけ……ってのは性に合わないだろうな。


「直詭もずっと我慢してる」

「まぁ、みんな我慢してくれてるからな」


ぶっちゃけ、兵のみんなだって我慢してるんだ。
俺だけ腹一杯食う気にはなれない。
そこは恋も同じ考えみたいだ。


「それより恋、敵が来る気配とかはある?」

「今はまだ無い」

「そっか……どの程度で来ると思う?」

「……………?」

「いや、斥候を出してない以上、半ば勘に頼るしかないしさ……そっちの方は、恋に頼ろうかなぁって」


実戦での勘とかは、恋に及びもしないだろうな。
だから、任せ切っちゃう形にはなる。
別の分でカバーはするけど、どうなんだろ?
この時代で刃を振るってる以上、そういった勘も磨くべきなのかな?


「大丈夫」

「ん?何が?」

「直詭も頑張ってる。だから、恋にも任せてくれて大丈夫」


……ほんと、いっつも驚かされるよなぁ。


「そうだな。じゃ、頼らせてもらうよ……ってか、頼らなかったことなんて無いだろ?」

「でも直詭、いつも自分で頑張ろうとする」

「そうか?」

「……………(コクッ)」


そんなつもりは無いんだけどなぁ……
でもこれ、確か星羅さんにも言われてたっけ?
なら、もうちょっとその辺にも気をつけた方が──


「……直詭」

「ん?」

「来た」












俺たちが動くのはさすがに早かった。
恋の言葉を受けて、ほぼすぐに陣を組んで待機。
指揮が思うように高まらないことさえ除けば、迎撃の準備は万全だった。


「それでさぁ?何で摘里はこっちにいるんだ?何度目になるか知らないけどこのセリフ……」

「だって直詭さんや恋さんと一緒にいた方が、死ぬ確率が大幅に減りますし〜?」

「ハァ……袁術はどうしたの、音々音?」

「恋殿の直感を信じられない様子で、陣を展開する気さえ無いようであります」

「さすが袁家だ……」


呆れてぐうの音も出ないとはまさにこのことだな。


「あー……今頃になって俺にも敵が近付いてきたのが分かったよ」

「え?白石殿も分かるのでありますか?」

「ほんの少しだけど、地面からの振動が伝わってきた。かなりの規模の人間が移動してるのは分かる」

「え、えっと……摘里殿は分かるでありますか?」

「え、いや、全然……」


俺も結構この世界で鍛えられたってことだな。
まだまだ恋には及ばないとは言え、もう“普通の学生”って領域にはいないんだな。
じゃあ、今いる領域で、きっちり生き延びるとしますか。


「御遣い様!敵軍の先鋒が!」

「よし……音々音?」

「承知したのであります!」


陣の展開は終わってる。
あとは迎え撃つのみ……


「恋、今回の号令は任せるよ?」

「……………」

「たまにはいいだろ?」

「……………分かった」


ちょっと拗ねられたけど、やってくれるみたいだな。


「……全員、抜刀」


すらりと各々が刃を抜く。
俺も合わせるように刀を抜いて、恋の言葉を待つ。

恋の目には、遠くからやってくる敵の姿しか映っていない。
でも、ちゃんと“生き延びる覚悟”の宿った目をしている。
その目を見て改めて痛感させられる。
自分と恋との、遠さを──


「突撃──」











ぶつかりあった軍と軍とは、発する音の規模でその壮絶さを物語る。
武器と武器とのぶつかり合う金属音も……
命の消えていく断末魔も……
ただただその壮絶さを物語るにすぎない。

そう、何度も経験してきたとは言っても、慣れることの無い旋律だ。
もしもこの場に理性をしっかり持ちこんでたら、確実に吐いてるだろうな……


「ふっ──」


自分の手で、逆袈裟に相手の命を屠る。
その顛末を見る暇も無く、次の命を屠る。
ただ、これまで以上に刀が重く感じる。
陣形は万全とは言え、個人的な体調面に難ありだからだ。


「(刀だけじゃなくて、体も重い……)」


いや、それは俺だけの話じゃないな。
見て明らかに、こっちの兵たちの動きも悪い。
数としては優位にいるけど、もうすでに飲まれ始めてる。


「恋!」


叫ぶよりも走り出す方が早かった。
いつものように全身を緋色に染めて、戦場に凛と立っている。
でも、その姿はいつものような覇気がない。
当然だよな、恋も疲弊してるんだから……


「さすがに劉備軍は動きが良いな」

「関羽や張飛もいる」

「そうだな……猛者の数で言えば、向こうの方が多いもんな」


自分に皮肉を言ってるようにしか聞こえないな。
現状を嘆きたいくせに、それが許されないからこうするしかない……
情けない話だよ……


「恋殿ー!」

「直詭さーん!」


ちょっ!?
何で二人までこっちに合流するんだよ?!


「何やってんだよ?!」

「これだけ不利になれば、心配の一つもしたくなりますって!」

「そうですぞ!」

「……ねね、逃げる」

「へ?……い、嫌ですぞ?!恋殿や白石殿を置いて逃げるなんて!」


いや、残念だけど逃げてほしい。
もうこちら側の陣形は崩れてる。
ここまで来ると、生き延びてもらう人間は多い方が良い……


「摘里、お前も行けよ」

「断りますね。私もねねちゃんと同じで、お二人を置いて逃げるのは嫌です」

「音々音……」

「絶対に嫌であります!!」


こんな場面で駄々捏ねるなってんだ……
俺らを思ってくれてる以上、強くも言えないし……


「見つけたぞ、呂布!」

「うにゃぁ?お前、あの時のお兄ちゃんなのだ?」

「ほぉ……以前よりも男前が上がりましたな、直詭殿」

「……………ぅげ、よりにもよってこの三人かよ」


俺はいつか神様をぶん殴る、うん、絶対殴ってやる……
関羽に張飛に子龍……
最悪のラインナップだろ、これは……


「この三人に来られるとは……こりゃマジに厳しいな」

「れ、れれ恋殿はねねがお守りするであります!」

「じゃあ直詭さんはわちきがお守りしますよ」

「良いからそう言うの……こういう場面は、文官は下がってるの」

「ねねも下がる、ね?」


二人とも、俺や恋を心配して前に立ってくれた。
でも、それは気持ちだけで十分。
取り敢えず無理矢理にはなったけど、二人を後ろに下げる。


「ほぉ?文官の割には肝の据わった人間だ……望み通り、直詭殿等の後を追わせてやろう」

「「させない」よ?」


今度は俺たちが二人の前に立つ。
とは言っても、この状態で勝てるような相手じゃないのは分かってる。
良くても引き分け──いや、引き分けるのさえ難しいか……


「呂布!まだ鈴々との決着がついてないのだ!相手するのだ!」

「……来い」

「ならばお前の相手は、この私がさせてもらう」

「関羽か……御手柔らかに?」


ま、どだい無理だけどな。


「何だ、私は見物か?」

「何をふざけたことを言っている(せい)!?不利な側に手を貸すに決まっているであろう!」

「やれやれ……愛紗(あいしゃ)、この程度の冗談くらい流してくれ」

「戦場で冗談を言うやつがあるか!」


この関羽って、子龍のおもちゃになってそうだな……
いやはや、敵ながら同情するよ。
いやほんとマジで……


「っておい!何を可哀想なモノを見る目をしている?!」

「え?あ、ゴメンゴメン。子龍にからかわれるなんて他人事に思え無くて」

「失敬な……私は純粋な人間ですぞ?」

「「どの口が言う」か!」


あ、やっぱり関羽と思ってること同じだった。
俺と似た性格っぽいし、相性は良いかもな?
ま、敵対してる以上、こんなこと考えてもしょうがないんだけど……


「──って、やるのか、やらないのか!?すでに鈴々達は──」

「うがぁっ!!呂布、手加減するななのだ!!」

「恋?!」


このやりとりの間に、すでに三合ほどやりあってたみたいだ。
ま、さすがに疲弊しきってるからだじゃ張飛一人でもキツイのは目に見えてた。
今まで見たこと無いな、恋が肩で息してるの……


「張飛、生憎と恋は手加減なんてしてないよ?」

「嘘つくななのだ!呂布はもっと強いのだ、強い呂布じゃなきゃだめなのだ!」

「そっちの言いたい事もあるだろうけど、ちゃんと全力でやってるんだよ?」

「うぐぐぐぐ……!」


ほんとに俺の周辺には駄々っ子が多い……
敵味方問わずに……


「何やら事情があると見えるが、直詭殿?」

「あーまぁ、あるっちゃぁあるけど……言ったところでそっちには関係ない──」


ぐぅ〜〜〜〜ぎゅるるうるる〜〜〜〜……………


「うにゃぁ!?お腹の虫さんが大合唱なのだ!」

「…………………………」


あららら、恋の顔が真っ赤だよ。
仕方ないから頭撫でてやる。
鳴ったもんはしゃぁないって……


「ま、そう言うわけだ」

「お腹が減って力が出ないのか?」

「そういうこと。ま、袁術が糧食まわしてくれてれば……って、たらればなこと言っても無意味か」

「恋殿も白石殿も、本当は武器を振り回す余力さえ無い筈なのであります」


でも振り回さなきゃ死ぬからな。
他人ならともかく、自分の体になら鞭打てるさ。
特に生き延びるためならいくらでも、な……


「と、とは言え、こちらも命がけなのだ!腹が減っていようと手を抜くわけには──」

「その勝負、待ったぁああああ!!!」


とんでもない大声が、関羽の言葉を飲み込んだ。
全員がその声の主の方へと視線を移す。
そこには、大慌てで走ってきたのか、肩で息をする桃色の長髪の少女がいた。


「と、桃香(とうか)様?!」

「何をされておる!さっさとお下がりなさい!」

「だ、大丈夫だよ。もうすでに、ここら辺一帯は包囲しちゃったから」

「なんですとー?!」


随分と素っ頓狂な声上げたな、音々音……
それにしても、手際が良いな。
さすがに劉備ってところか?
もしくはその下にいると思われるあの軍師の手際ってか?


「はい、包囲完了ですっ♪」

「あ、朱里(しゅり)ちゃんだ」

「はわわ!な、なんで摘里ちゃんがここにいるんでしゅか?!」


噛んでる噛んでる……


「まぁともかく、要点だけ聞けば、こっちは完全に包囲されてると?」

「はいそうです。えっと……」

「白石直詭です。そっちは、劉備でいいんだよな?」

「えぇ?!何で分かったんですか?!」

「そりゃ、関羽や子龍が敬語になってれば想像つくだろ」


そこまで節穴じゃないつもりだぞ?
んで、そっちのちっちゃい“はわわ”とか言ってたのは誰だ?


「摘里、そっちのは誰?」

「朱里ちゃんです」

「……真名じゃ無い方で」

「諸葛亮、諸葛孔明です」


……軍師=ちびっこのイメージが着々と完成されつつあるな。
このイメージ払拭できる軍師来てくれ?
蜀の陣営にそんな軍師いませんか〜?


「朱里ちゃん、雛里(ひなり)ちゃんは?」

「こっちの中軍にいるよ?」

「……そのこの名は?」

鳳統(ほうとう)、鳳士元ちゃんです」

「ひょっとしなくても、その子とお前ならどっちが背が高い?」

「背丈?同じくらいですよ?」


ビンゴ入りました……くそっ……


「……脱線させておいて何だけど、劉備の要件を聞かせてもらっても良い?」

「え、あ、はい。一言で言えば、武器を置いて投降してほしいってことですね」

「無理な相談ってことは分かってる?こっちは袁術と同盟組んでるし──」

「あ、袁術さんならすたこらさっさと逃げちゃいましたよ?」

「「「ハァ……」」」


さすが袁家だ、もう何も言うまい……


「完全包囲されてて、しかも同盟相手には見捨てられ、その上で投降してくれ、か……えげつないな」

「え、いやいや!そんなつもりじゃ……!」

「桃香様、直詭殿はその辺分かった上で言っておるのですよ」

「へ?そうなんですか?」

「ま、摘里に聞いてた分もあるけど、劉備という人間の周囲で悪い噂は聞かなかったんで、そんなに酷い人間じゃないとは思ってる」


史実や演技でもそう言う描写だしな。
多少なり先入観があったとはいえ、その通りっぽかったから摘里の話も半分以上は信じてた。


「……この状況だと投降せざるを得ない。でも、劉備が何を目指して戦ってるのかは聞かせてほしいな」

「恋も聞きたい」


俺と恋とが半歩歩み寄る。
でも、劉備はそれに臆することなく、小さく深呼吸して口を開いた。


「もちろん、戦いの無い世界を作る為です」

「戦いの、無い……」

「戦が続いて、食べたいものも食べられないような人を出さない為に!お父さんとお母さんと子供とが楽しく暮らせるために!それが至って当り前の世界を作るために戦うんです!」


劉備の目が輝いてるように見えた。
漫画とかなら星とかが出てそうだけど、実際にそう感じるほどに力がこもっていた。
目だけじゃなくて、声にも手にも、意志の固さという強さがあふれていた。


「音々音」

「は、はいであります」

「投降、する」

「……お、お二人はそれでよろしいのでありますね?」

「「……………(コクッ)」」


俺たちの目をしっかり見てから、音々音も小さく頷いて返した。


「じゃあ、これからは私たちは仲間ですね」

「……仲間、って認識なんだね。臣下とか部下って扱いかと思ってたけど」

「一緒に目標に向かって闘う仲間、でいいんじゃないですか?」

「……ふと思ったけど、劉備って──」

「あぁもうっ!仲間になったんだから真名の桃香でいいですよ!」

「そう?んじゃ、桃香ってさ、周りから“変”とか言われない?」

「えぇーーー!!?直詭さんまで私のこと変って言うんですか?!!」


そりゃ変だろ?
投降するとは言ったけど、すぐにその相手を仲間なんて呼べないだろ常識的に考えて……
しかも、真名まで許してきたし……


「他の人の真名も聞きたいっちゃ聞きたいけど、生憎とこっちは空腹が限界値なんだ。事の続きは城でってことでいい?」

「そりゃそうですよね。じゃあ朱里ちゃん、全軍に城に帰還するって伝えて」

「畏まりました〜」


戦が終わって、ここまで体が軽く感じるのは初めてかもしれない。
しかも、結果的には敗戦だって言うのに、不思議と解放感がある。
その解放感を感じたと思うと、今度は一気に疲労が襲ってきた。
少しふらついた体を、子龍が優しく支えてくれた。


「あ、ゴメン」

「気になさるな。それと、これからは真名の星で」

「ん、分かったよ星」


恋は恋で、張飛と何か話してる。
どうも、さっきの決着をちゃんとつけようってことらしい。
元気だなぁ、あの張飛って子……

音々音と摘里は桃香と喋ってる。
何か音々音が驚いてるけど、何を聞いたんだ?
後で教えてもらわなきゃだな。


「──にしても……」


戦の終わった場所で眺める青空って、こんなに清々しいものだったんだな──






後書き

ようやく日常編書けるなぁ……
ちょっと今回は多めに書こうかと思ってます。
人数が人数ですし、そこら辺はすいません(汗

あと、今さらながら元々いる原作メンバーにもルビ振りました。
ただの思い付きですが、すいませんorz




では次話で



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