おっせぇ……
もう30分近く経つぞ?
いくらなんでも遅すぎじゃないか?


「お兄ちゃーん!ゴメンなのだー!!」

「やっと来たか」


得物を持って、ものすごい勢いで走ってきた。
おい鈴々、転ぶなよ?


「うにゃぁ……お兄ちゃん、待ったのだ?」

「大いに待たせてもらったよ鈴々」

「うぅ〜……ごめんなさいなのだ」


しょんぼりと俯いて……
これが豪傑と呼ばれる張飛、ねぇ……
今の俺の目の前にいるのは、年相応の女の子なんだけどなぁ。


「怒って無いよ。代わりに、遅れた理由をちゃんと言ってくれる?」

「うぅ〜……お寝坊したのだ」

「だろうな。ほら、寝癖立ったまんまだぞ」


ちょっと歩み寄って、手櫛で直してやる。
何て言うか、妹とかいたらこんな感じなのかな?
俺にはその辺の感覚は分からんが……


「……ったく、鈴々が今日は一緒に警邏に行こうって言ったんだろ?」

「あ、愛紗が夜中まで勉強させたからなのだ!」

「はいはい。でも、それは昼間に勉強をサボった鈴々のせいでもあるよな?」

「うぐっ……!」


それが分からないとでも思ったか?
生憎だけど、劉備の陣営の中で一番分かりやすい性格してるんだぞ?
要するに、思考は子供っぽいってこと。
勉強嫌いな一面とかまさしく、って感じだしな。


「ん、こんなもんかな」

「ありがとうなのだ♪」

「んじゃ、さっさと行くか。街の案内もしてくれるんだろ?」

「その予定なのだ。あ、でも、もうちょっとだけ待ってほしいのだ」

「ん?何かあるのか?」

「桃香お姉ちゃんも一緒に行くって言ってたのだ」


何でまた?
自分の街なら好きな時に出歩けばいいだろ?


「お待たせー!」

「お姉ちゃん、遅いのだ」

「鈴々が言えたことじゃないよな?」

「うぐっ……!」


自分のことを棚に上げるのは感心しないな。
そう言うことは指摘させてもらうぞ?


「んで?何で桃香も一緒に?」

「まだまだ直詭さんとあんまりお話できてませんし、たまには私も警邏に出てみたいなぁって──」

「──で、本音は?」

「ナ、ナンノコトデスカー?」


桃香も桃香で分かりやすいな……


「ま、俺が叱られるんじゃなきゃ良いか」

「庇ってくれたりはしないんですか?!」

「後ろめたいことしてる自覚がある人間を庇う必要無し」

「あぐっ……!」


あ、そう言えば言い忘れてたっけ?
さっきから普通に言ってるけど、鈴々を始めとして、桃香の陣営の面々の真名は教えてもらってる。
曲陽での戦が終わって、城に戻ってから交流会っぽく教えてもらった。
ただその交流会で、よっぽど疲れてたんだろうな、俺・恋・音々音は酒を少し飲んだだけで熟睡してしまった。
あの時はほんとに迷惑かけたな、いやほんとに……


「と、取り敢えず行きましょうよ!ほらほら、愛紗ちゃんが来る前に!」

「愛紗ってそんなに怖いの?」

「すんごい怖いのだ。起こったら鬼みたいに角生えるのだ」


生えてたまるか。


「んじゃ行くか。あ、念を押して言っておくけど、サボってる自覚があるなら庇うつもりは無いからな」

「うぅ〜……直詭さんが意外にも薄情で辛いです……」

「ならサボらなきゃいいのだ」

「鈴々、そう言うのを“墓穴を掘る”って言うんだぞ?」

「あぅ〜……」











警邏に出るってのも久々だな。
水関での戦が起きる直前くらいからご無沙汰してたもんな。
……あ、そういや──


「桃香、改めてだけど月さんのこと──」

「だから何度もいいって言ってるじゃないですか。今では月ちゃんも詠ちゃんも、私の大事な仲間ですよ」


そう、月さんも詠も、桃香が保護してくれていた。
処刑されたという話を流布したのも、保護するにあたってのことだったらしい。
俺としては、命を救ってくれたというその点だけで十分だ。


「しっかし、平穏そのものだな」


洛陽にいた時と比べても、徐州の人々は穏やかに過ごしている。
人通りもそれなりにあって活気もあるし、かと言って怯えてるような暗さは無い。
さすがは劉備ってことかな?


「朱里ちゃんや雛里ちゃんが頑張ってくれたおかげですよ」

「でも、街を治める頭目しだいで変わってくるもんだから、そこは桃香の人柄も大きく関わってるんじゃない?」

「基本的にお姉ちゃんはお人好しなのだ」


ただのお人好しが街を治めても、ここまで平穏にはならないと思う。
ま、桃香の元に集った人間の影響もあるんだろうけど……
それだけの人間を惹きつけたってことは、桃香自身も凄いんだろう。
何がすごいって聞かれると、厳密に言葉にするのは時間かかるけど……


「あーーー!!!」

「な、何だよ鈴々?」

「お寝坊したから朝ごはんまだなのだ……」

「ハァ……」


ほっとくと腹の虫がコーラス始めるんだろうな……
あんまり食べ歩きってのは良くないんだろうけど、何も食べないでって言うのも酷か。


「ほんとは食べ歩きは良くないんだけどな」

「買ってくれるのだ?」

「自分の金で買え」


集られてたまるか。


「って言うか、そもそも俺は無一文だって」

「「へ?」」

「いや、当然だろ?ついこの間まで、その日の食事もままならなかったんだし」

「朱里ちゃんや愛紗ちゃんに言ってないんですか?」

「桃香には言ったよな?」

「……………え゛?」


オイコラ領主……


「じゃ、じゃあ……直詭さんの分も買ってきますよ。私のおごりで……」

「俺は良いよ。って言うか、桃香に立ち食いを許した覚えは無い」

「えぇ〜……」

「苦情も受け付けないから」

「むむむぅ〜……」


何が、“むむむ”だ。
今の自分の立場を考えろ。
俺はおサボり領主に買い食いさせるような人間じゃないんだぞ。


「あれ?お兄ちゃん、アレ何なのだ?」

「どれだよ?」


鈴々の指さしたのは、何か知らないけど出来てた人だかり。
露店でも出てるのかな?
ま、進行方向だし、ちょっと様子見に行く分には良いか。


「行ってみる?」

「行きましょ」

「行くのだ」


即断即決かよ……
気分で行動するって、ほんとに女の子だよなぁ。
ま、それが女の子の定義に当てはまるかは知らないけど……
少なくとも学園の女子の大半はこんな感じだった……気がする……



露店の内容は、一種の勝負事みたいだな。
店主がカップの中に小さなボール入れて、空のカップの中にそれを混ぜる。
んで、三つの内どれに入ってるか分からなくなるように掻き混ぜて、客が当てるって寸法か。
どうも5連続当てれば景品が出るらしいけど、今のところ達成者はいない。
よっぽど店主が上手いんだろうな……


「お、これは劉備様に張飛将軍」

「面白そうですね〜。私もやってみていいですか?」

「どうぞどうぞ。宜しければお三方は、最初は無料で構いませんよ」


金取ってるのか。
ってことは、よっぽど景品は豪華なんだろうな?


「じゃ、最初は桃香からどうぞ?」

「よぉっし!頑張るね」

「それじゃ、始めやすよ?」


店主がそう言って、カップにボールを入れる。
はてさて、桃香は当てられるのやら……


「さ、どれにします?」

「んっとぉ……この左ので!」

「はい。……あら、残念でしたね」


ハズレ、か。
ある程度手の動き見ときゃいいのに……
今の桃香、絶対勘で当てに行こうとしてたよな?


「それじゃ、次は鈴々が行くのだ」

「頑張って鈴々ちゃん」

「ちゃんとお姉ちゃんの仇討ってやるのだ!」


いつからそんな物騒な話になったんだよ……


「いいですか?それじゃ、いきやすよ?」

「どんと来いなのだ」


んー、さすがは鈴々だな。
ちゃんと手の動きとか見て、ボールを入れたカップから目を離してない。
これは3連続くらいは余裕かな?


「さ、どれでしょう?」

「この右の奴なのだ」

「はい。……おお、さすがですね。当たりです」


ま、三つの内の一つを見極めるくらいは余裕か。
そんな感じに着々と当てて行く。
予想通りに3連続は当てたくせに、4回目で外した。
一瞬視線外したから、そん時に分からなくなったな?


「うぅ〜、もうちょっとだったのだ」

「何で最後、目を離したんだよ?」

「あっちから、肉まんの良い匂いがしたのだ……」


そういや飯まだだったな。


「それじゃ、えっと……そちらの片目のお兄さん?いかがです?」

「ま、やらせてもらおうかな」


この流れだと、二人がやれって言うだろうしな。
どうせ無料なんだ。
仕事中に遊ぶのは気が引けるけど、まぁこれくらいなら良いかな?


「頑張って、直詭さん!」

「お兄ちゃん、頑張るのだ!」

「声援ありがとう。でもちょっと静かにしよう」


周囲の男連中からの視線が鬱陶しい。
なんだ、妬ましいのか?
この衆目の中、声援送られるってのも結構面倒なんだぞ?
主にそう言う視線送ってるお前らのせいで……


「さてさて、それじゃ、始めやすよ?」

「どうぞ」


とは言え、さっきから後ろで見てたし、この店主の動かし方は分かってる。
速度も目で追えないことも無かったし──


「さ、どれでしょう?」

「左ので」

「はい。……おお、当たりです」


ま、目さえ離さなきゃいけるだろう。
鈴々も、失敗したのは目を離したからだったしな。


「おぉー、さすが直詭さん」

「お兄ちゃんなら、この程度は大丈夫なのだ」


そう言うこと。
……ん、とくに危なげも無く4連続クリアだな。
問題は次、か。
まぁ、ただの遊びだからそこまで深刻にならなくても良いな。


「さぁ、次が勝負どころですよ、お兄さん」

「頑張って直詭さん」

「絶対当てるのだ!」


まぁ確かに、ここまで来た以上は当てたいよな。
よっぽどのことがない限りだ以上だとは思うけど……


「さ、それじゃあいきやすよ?──……さ、どうぞ!」

「……………」


“よっぽどのこと”しやがったな?


「鈴々ちゃん、どれだと思う?」

「んー、今回は分かんないのだ」


分からないよなぁ。
だって、俺も分からん。
と言うかだな……──


「ねぇ、店主?」

「なんでしょう?」

「この回、俺が自分で開けても良い?」

「へ?」

「ただの余興だよ。単純に当てるんじゃ面白くないんだよ、主に俺が」


さすがにちょっと考え込んだな。
でも、周囲から「面白そう!」って声も上がってる。
しかも、店主自身も乗り気な表情してるから──


「いいですね!ではぜひ、自らの手で勝ちを掴み取ってください!」


……そうこなくちゃ、な?


「じゃあ開けさせてもらうけど、俺が開けるのは入ってないやつな」

「……………は?」

「俺が開けて、玉が入ってたらこっちの負け。逆に、二つ開いて両方に入って無ければ俺の勝ち。まさか、今さら駄目とは言わないよな?」


爽やかに笑みを送ってやる。
何か言いたそうだけど待ってやらない。
問答無用に真ん中のカップを開く。


「入ってない、な。じゃあ右か左か……」

「ちょ、ちょっとお兄さ──」


店主の制止なんて無視して左のカップを開ける。
……予想通り──


「入ってない」

「え?ってことは、つまり──」

「お兄ちゃんの勝ちなのだ!」


桃香たちを含めて、周囲から歓声が上がる。
店主を放置した状態で……


「さて、俺の勝ちな訳だけど」

「い、いや、その……」

「景品はいらないよ。無料で遊ばせてもらったんだし」

「……………へ?」

「ただし──……言いたい事は分かるよね?」

「は、はいっ!!」


俺がそれだけ言うと、そそくさと店仕舞いを始めた。
今日の興行は終了とでも言いたげに、相当慌てた表情だ。
いやはや、ああいう表情は見ててスカッとする。


「景品もらわなくてよかったんですか?」

「いいのいいの。ほら、警邏の続きに戻ろ」

「んー……分かんないけど分かったのだ」











警邏を終えて城に戻ると、愛紗が笑顔で待っていた。
ただ、まったく目が笑ってない。
その表情に、桃香も鈴々も怯えてる。


「愛紗、桃香を引き渡すよ」

「ちょっ?!直詭さん?!」

「説明の手間が省けて助かる、さすがは直詭殿だ」


それだけ言い交わして、桃香は引きずられていった。
色々助けを請われた気がしたけど、気のせいと言うことにしておこう。
サボったやつが悪いんだからな。


「ところでお兄ちゃん」

「ん?」

「あの勝負、どうして勝てたのだ?鈴々でも、どれに入ってるか全然分からなかったのだ」

「あぁ……分からなくて当然だよ、どれにも入って無かったんだから」

「うにゃ?」


訳分からんって顔で首傾げてる。
ま、端的に言い過ぎた俺が悪いんだな。


「簡単に言うと、最後のアレは詐欺なんだよ。玉を入れたように見せて、実際にはどの容器にも入ってない。当てられるわけ無い勝負だったんだ」

「あいつ、そんな卑怯なことしてたのだ?!」

「だから、逃げ道を塞いだ上で勝ったんだよ。もしもあの場面で、俺が入ってるかどうかの確認をしたらどうなってたと思う?」

「えっとぉ〜……ん〜……分かんないのだ」

「間違い無く、今まで金を取ってた客から文句言われるだろう。下手すりゃ袋叩きに遭ってたかもしれない」


高額だったらなおさらヤバいだろうな。
どんな感じの景品で釣ってたかは知らないけど。


「じゃあ、お兄ちゃんの勝負の後にすぐに店たたんだのは──」

「俺の見える範囲で同じことしたら、今度は間違いなく処罰受けるって悟ったんだよ。最後以外は楽しませてもらったから、今回だけは見逃したけどな」

「うぅ〜……!今度見つけたら、鈴々がとっちめてやるのだ!」

「はいはい。じゃあそいつをとっちめる前に、俺と一緒に勉強しようか」

「うにゃにゃ?!」

「今日の寝坊の件、怒ってないけど許したわけじゃない。大丈夫、愛紗と違って俺はがなり立てながら勉強させないから」


逃げられないようにしっかりと肩を掴む。
観念したようで、鈴々は思い切り項垂れてる。
……ま、よっぽどじゃない限りは適当なところで許してやるか。
頑張れよ、鈴々?





後書き

最近スポーツ始めました。
愛煙家なんで体力が覚束ないです(汗
筋肉痛が辛いorz




では次話で



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