「絶対ダメ」

「えー!?直詭さんもダメって言うんですか!?」

「当然です、桃香様」

「俺以外からダメって言われてるのに、俺がいいって言うわけないだろ」


たとえ全員OKだとしてもダメって言うし……
ま、言うわけないか。


「桃香様が殿部隊と行動を共にされては、全体の士気にかかわります」

「ただでさえ鈍重な行軍です。士気が低ければさらに速度も下がります」

「逃げるといった本人が、その逃げ足遅めてどうするのよ」

「軍の中ほどにいてもらわないと困りますねぇ」

「巻き込んだ者全員の命に関わるであります」


おうおう、軍師の皆さんから総スカン喰らってる。
ただ、事実である以上言い返すのは無理だわな。
そんな救いを求めるような目で見られても、俺は何も言わないからな?


「とは言え、随分な数が着いてきたな」

「これも桃香の仁徳あってこそだろう」


後ろを見返せば、家財道具などを持った徐州の住民たちの姿がある。
残ることを良しとせず、桃香と一緒に旅立つことを決意した人々だ。
当然ながら、葛藤もあったはずだ。
今まで慣れ親しんだ街を離れるという事にも、これからの苦難の道のりを考えることにも……
それでも、これほど多くの人間が着いてきてくれたんだ。


「兵士たちの数倍はいるな」

「全員無事に蜀まで導いてこそ、私たちの真価が発揮されるというものだ」

「桃香様ー!」


お、あの声は星だな。


「あ、星ちゃんお帰りなさい。後方の様子はどうだったの?」

「国境の拠点を落として以降、曹操軍は破竹の勢いで進軍していますな」

「さすがだねー……それで、曹操さんたちの進路は?」

「東方から彭城に向かう一隊に、西方から彭城に向かう一隊。そしてそのまま、南下している曹操の本隊。あとは……」

「偵察部隊でもいるの?」

「詠の言う通り。先行し、我らの動きの偵知を目的とした部隊が、他の部隊と連携をとりつつ動いている」


偵察部隊が出てるってことは、この行軍もいずれはバレるか。
でも、逆に考えれば、こちらの動きには気付いてないってことか?
だとしても時間の問題だろう。
後退して敵を叩くってのは、この行軍の目的からすると愚策だしなぁ……


「朱里ちゃん、どうするのがいいかな?」

「部隊を二つに分けた方がいいかと。先導し、先行して益州の城を落とす部隊。それと共に、後方で曹操軍の攻撃を防ぐ部隊を」

「それが一番かと思います。後方の部隊に3万、前方に2万を割り振って、残りを民たちの護衛に廻すのが宜しいかと」

「じゃあ、それでいきましょう。先鋒には愛紗さん、護衛部隊には星さんが指揮を執るって感じで」

「ボクとねねは恋と一緒に桃香の護衛に当たるわ」


となると、後は殿部隊か……
残ってるのは鈴々・白蓮・俺……
……え、ちょっと待て。
俺が殿とか嫌だぞ?


「あとは殿ですが──」

「殿は私が──」

「だから桃香、それはダメ」

「でも、私に着いてきてくれるこの人たちを、私自身の手で守りたいの!」


こんなとこで我が儘言うなって。


「桃香……桃香は導き手だろ?導き手と守り手は一緒じゃいけない」

「……え?どういうこと?」

「桃香様のお役目は、我らの先頭に立って手を引いて歩いていくこと」

「逆に私たちの役目は、歩いている者の背中を押したり、守ったりすることです」

「どっちとも誰にでもできることじゃない。適材適所、それにふさわしい人間がいるんだ」

「だからこそ、桃香様には皆の先頭に居てもらわないと」

「そうそう。そんでね、殿は鈴々とお兄ちゃんに任せておくのだ。ちゃんと守ってあげるから!」


……………ん?
いや、あの、鈴々……?
今何を仰いました?


「ちょっと待て鈴々。なんで俺も殿に行くことになってるんだ?」

「んにゃ?だって、愛紗と星と恋は持ち場決まってるし、残ってるので強いのって言えば、鈴々かお兄ちゃんくらいなのだ」

「過大評価すんな」

「大丈夫なのだ。いざって時は、お兄ちゃんの分まで鈴々が戦うのだ」


ちょっ……マジか……?
と言うかだな、俺は袁紹とかのお守りも任されてるんだが……


「袁紹のことは気にしなくていい。私一人でなんとか頑張って見せるさ」

「白蓮……」


そこは俺の味方であってほしかった……
ま、最終判断は軍師諸君にお任せしようか。
どんな答えをくれるんでしょうねぇ……?


「そう言えば……白石殿、曹操の所にいる天の御遣いとは旧知の仲と、依然聞き及んだ覚えが……」

「ん?あぁ、音々音には言ってたっけ?」

「そうなると……直詭さんには辛いお役目ですけど、殿を頼まれていただけませんか?」

「納得いく説明をくれるなら。それでいい、雛里?」

「はい。曹操さんの事ですから、恋さんたちの情報も掴んでいると思うんです」


桃香の傘下に下ったってことをか?
まぁ、情報が命のこの時代だし、それくらいは当然と見ておくべきかな。


「そして、曹操さんの所の天の御遣い。これが真であれ虚名であれ、重宝されているということは、それなりに曹操さんに意見もできると思うんです」

「まぁ……確かに以前あったとき、曹操の真名を呼び捨てで呼んでたのは覚えてる」

「言い方は悪くなりますが、同じ天の御遣いが殿に配置されているとなれば、それは格好の囮になると思うんです」

「本人目の前にして“囮”とかよく言えるなぁ」

「雛里ちゃんの言い方はキツイですけど、実際その通りですよ?自国で重宝している天の御遣いが、こちらでは後方に配置されている。これは十二分に、相手に迷いを生じさせます」

「曹操さんは頭の良い方ですから、猶更迷ってくれると思います」


総司令官が迷えば、確かに軍全体にも迷いが生じる。
俺のこの肩書にはそれだけの力があるってことか。
肩書きだけで渡っていけるとは到底思えないけど、今はこれが桃香たちを守る最良の手段、ねぇ……


「分かった。殿を引き受ける」

「直詭殿、よろしいので?」

「良いも悪いもない。さっき俺が自分で言っただろ、適材適所って。だから──」

「「「「「……………?」」」」」

「軍師諸君はそんな申し訳なさそうな顔をしない。愛紗たちも表情を曇らせない。桃香はもっと自分の事を考えた顔をしろ」


ま、鈴々がいてくれるってのはデカいかな。
勿論、任せっきりにするつもりはないぞ?
ちゃんと俺だって刀を振るうつもりはある。


「でも殿かぁ……荷は重いなぁ」

「かと言って、これ以上行軍の速度を上げるわけにもいくまい」

「そんなに気落ちしないでいいのだ。鈴々がいれば千人力なのだ!」

「殿をお願いしてこれを言うのもなんですが、死なないでくださいね……」

「軍師が戦場で涙目でどうするよ。雛里、俺は気にしてないし責めるつもりもないから、もっと自分の言葉に自信持ってよ」

「はいぃ〜……ぐすっ」


マジで泣くな。


「じゃあみんな、よろしくね!絶対、みんな無事で戻ってきてね!」


桃香の言葉に各々応え、それぞれの配置へと向かっていく。
俺も鈴々と並んで、行軍の後方へと向かう。
ちょっと早足にしただけで、自分の鼓動がうるさいくらいに響き渡って聞こえる。
それと同時に、桃香の言葉も頭の中で何度も響く。


「鈴々」

「何なのだ?」

「絶対戻るぞ?」

「応、なのだっ!」










「はっやくこいこい、てっきのやつぅ〜♪」

「オイコラ」

「にゃはは」

「この状況下で緊張しないのは褒めるけど、できる限り来るのは遅い方がいいってこと忘れんな?」

「でも、緊張したって来るものは来るのだ。だったら、緊張するだけ無駄なのだ」


簡単に言ってくれるなぁ。
でもまぁ、このくらい能天気な奴が隣にいれば少し気持ちも楽だ。
でもな、蛇矛を振り回すのはやめろ、危ないから。


「頼りがいがあるよ、鈴々は」

「ドンと任せるのだ!」


自分の胸を叩いて、その自信の程を示してくれる。
そうだよなぁ……
普段通りに能天気と言えど、今横にいるのは一騎当千の猛者・張飛なんだ。
そう考えれば心強いことこの上ない。


「失礼いたします!」

「お、定期連絡か?」


後方に放っている斥候の一人が走ってやってきた。
曹操軍の動き、これは俺たち殿が一番気にしなきゃいけない。
さて……今敵方はどう動いてるか……?


「定期連絡です!敵影未だ無し!繰り返します、敵影未だ無し!」

「ご苦労さんなのだ」


俺たちが殿に着いてからもう一時間くらいは経ったはずだ。
でも、流石に前の方もそれほど進んでないだろうな。
なにせ、行軍速度が民のおかげで一層鈍重なんだ。
分かっちゃいるけど気が急く。


「ハァ……もどかしいもんだな」

「無茶言っちゃいけないのだ」

「まぁな」

「そいや、お兄ちゃんも天の御遣いってことは、鈴々達の知らないこと知ってるのだ?」

「多分な。それがどうかしたか?」

「だったら、これだけ多くの人が一遍に移動するときに、何か便利なものってあったのだ?」


んー……思いつくものは結構あるぞ?
バスとか電車とか飛行機とか……
一番手っ取り早くてこの場に適してるのはバスかな。


「あるにはあるけど、無い物ねだりしてどうするよ」

「うぅ〜……だって、お兄ちゃんがもどかしいなんて言うから……」

「そりゃ悪かった。言葉には気を付けるよ」


気負いし過ぎて言葉が口をついて出たんだな。
これは俺の失態だな。


「これまで経験したことない行軍だからな。ちょっと気疲れしたのかもな、俺」

「今から疲れてたら身が持たないのだ。お兄ちゃん、もっと気楽にした方がいいのだ」

「気楽に、ねぇ……」

「気持ちは分からなくないけど、まだ敵も来てないのに疲れたらダメなのだ」

「……敵、もうすぐ来る」

「ん?」


不意に後ろから声がした。
振り返るとそこには、恋と音々音が立ってた。
……あれ、桃香の護衛はどうした?


「恋?桃香の護衛は?」

「星がいるから大丈夫」

「まぁ、それなら大丈夫か……」


恋までいてくれるとなるとこれほど心強いものはない。
呂布だからって言うのも勿論ある。
でもやっぱり、これまで一番多く一緒に戦ってきた人間って言うのが大きい。


「恋も、一緒に戦う」

「ありがと」

「むぅ〜……鈴々だけで大丈夫なのにー」

「……でも、恋が一緒ならもっと大丈夫」

「俺は戦力と見てないのか?」

「「そんなことない」のだ!」


即答で否定してくれたことは喜ぶべきか悲しむべきか……


「音々音も来てくれたんだな」

「ねねは常に、恋殿と一緒であります」

「じゃあ俺の事は気にしてなかったってこと?」

「そそそ、そんなことないのであります!」

「知ってる。冗談だからそんなに怒るな」


顔真っ赤にして、まったく……
その気持ちは素直に嬉しい。
心なしか、胸の内にあった恐怖心も和らいだ。


「四人で、皆守る」

「合点なのだ!」

「ねねも頑張るであります!」

「おう、みんなで頑張ろう」


ふと、後ろの人たちから緊張が緩んでいくのを感じる。
心強い人間に守ってもらえてると実感したからか。
はたまた、もうすぐ敵が来るかもしれないのに、明るくしているからか。
どちらにせよ、張りつめていた緊張が緩まって、俺もほっと胸を撫で下ろせた。


「直詭、もう怖くない?」

「いや?まだ怖いのはあるけど、さっきまでに比べれば全然」

「それって鈴々が頼りなかったってことなのだ?」

「違うって。ただ、話し相手が多いと、緊張も解れやすいだろ?」

「むぅ〜……」

「そんな顔するなって。俺一人で殿だったら、こんな風に会話するなんて無理だった。鈴々のおかげだって」


実際、鈴々の存在は大きい。
恋たちが来なかったら、ずっと依存してたかもしれない。
戦いが始まったとしても、だ。
だからそんな、ふてくされた顔しなくていいんだぞ?



それから進軍すること一時間強……


「うにゃっ!?お兄ちゃん、斥候が帰ってきたのだ!」

「恋の言葉通りかもな」


姿が見えて間もなく、兵士が一人俺たちの下に駆け寄って膝をつく。
息を整えて、その凶報を口にする。


「申し上げます!後方に砂塵を発見しました!」

「来たな」


兵士が一礼して去ると、鈴々に視線を向ける。
鈴々は大きく頷いて、声を大きくした。


「兵を四つに分けるのだ。一隊は鈴々が、もう一隊がお兄ちゃん、もう一隊が恋で、もう一隊がねねなのだ!」

「分かった!」

「……………(コクッ)」

「分かったであります!」

「なら、陣を敷いて敵と対峙しながら、うまく時間を稼ぐぞ。その間に、皆には逃げてもらう!」

「じゃあ、一部の兵は非戦闘員を逃がすことだけに集中するのだ!」

「「「「「はっ!」」」」」


三国志演義だと、こっからは有名な長坂橋の戦い。
徐州を出る前に見た地図でも、その橋は架かってた。
演義やゲームとかだと、橋の手前で張飛が一人で仁王立ちって言うのがメジャーだ。
でも実際は……


「この先は長坂橋。逃げるには不利でありますが、迎撃にはいい地点かと」

「なら、その橋を渡ってから陣形を整えるのだ」

「了解」

「恋殿は鈴々と一緒に前線の維持をお願いするであります」

「……………(コクッ)」

「白石殿は一度、非戦闘員の動きを見てから、こちらへ復帰してほしいであります」

「ん、分かった」


あとは……
気にすることと言えば兵糧か?
でも多分、それなりにしかなかったはずだ。
後方にいる輜重隊(荷車引いてる兵士)も、そんなに多いわけじゃない。


「お兄ちゃん、輜重隊の使ってる荷車を解体して、柵代わりにできないのだ?」

「それは多分いけるよ。防御力も少しは上がるだろうし」

「米などは捨て置くことになりますが、致し方ありませんな。では、そのあたりの指示はねねが請け負うのであります」


方針はこんなところか。


「じゃあ、各隊迅速に動こう。敵が待ってくれるとは限らない」

「了解なのだ!」


でも、さっきの伝令が言ってたことを考えると、追いつかれるのはもうすぐだろう。
それまでに、どれだけ進めるか……


「……来た、後ろ、曹操の軍」

「ッチ、予想より早いな」

「まだこちらも整わないのであります!」

「……来たもんはしゃぁない!鈴々!」

「分かってるのだ!みんあ、後ろからの攻撃に備えながら、長坂橋までゆっくり歩くのだ!あんまり早く動くと、敵を刺激するから注意なのだ!」

「「「「「応っ!!」」」」」


あとは音々音がどれだけ早くしてくれるか……
俺も、本当なら非戦闘員の方に行きたいけど、この状況だと無理だな。
前線の維持に努めるほかないか。


「ねね、落ち着く」

「れ、恋殿?!」

「まだ大丈夫。敵、来ない」

「攻撃はまだないってか?そんな根拠どこにも──」


……いや待てよ?
仮に立場が逆だったらどうだ?
普通、武器を持たない民と戦いたがる奴なんているか?
そんなことすれば、虐殺君主なんて不名誉な渾名さえ付けかねられない。
しばらくはこちらを様子見してくる可能性もある、か。


「そうか。長坂橋までは大丈夫と見てもよさそうだな」

「……………(コクッ)」

「なら音々音、急かして失敗してもつまらない。確実性を求める方向で」

「承知したであります!」

「鈴々も」

「聞いてたのだ!鈴々達もこのままゆっくり後退するのだ!」


よし、なら俺と音々音で先行しておくか。
鈴々に恋もいるなら大丈夫だろう。


「音々音、先行して陣を作るぞ」

「分かったのであります。輜重隊はねねたちに着いてくるであります!」


決戦は、もう目の前だ。








後書き

見直しし忘れてて誤字とか見つけてしまったので再投稿します。
ご迷惑おかけいたしました。



では次話で



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