膠着状態が続けばいいと、どこかで期待していた。


「てやぁぁあああ!!!」


ドゴォン!!!


でも、相手の許諸は手を休めようなんてしない。
俺を叩き潰そうと全力で鉄球を振るってくる。
避けられないことはないとはいえ、常に気を張ってなきゃいけないからしんどい。
なのに、さっきちらっと見たら鈴々の奴は気楽に鼻歌なんか歌ってる。


「おい……!いい加減に……!しろって……!」

「こんのぉ!いい加減にするのはお前だって!さっきからボクの攻撃、全然当たらないじゃんか!」

「当たって怪我で済むわけないのに、避けないわけないだろ?」


もう十数回は避けたか。
地面が大きく陥没して地形が変わりつつある。
……橋、大丈夫だよな?


「(勝負を付けに行きたいけど、後ろからの援護射撃が鬱陶しい……かと言ってこのまま続けるには俺の体力にも限界ってもんがある)」


ジリ貧だな……
何か打開策でもあればいいんだけど……


「お兄ちゃん!思いっきり攻めるのだ!」

「また矢が飛んでくるかもしれないのに、そう簡単に距離は詰められないんだよ!」

「むぅ〜……!そっちのお姉ちゃん、邪魔しちゃダメなのだ!」

「何を言う。そちらの不利は承知の筈だが?」


ここまで言われると清々しいもんだ。
てか、先にあっちを片付けるってのはどうなんだろ?
見た感じだと許諸よりも夏候惇や夏侯淵の方が腕は立ちそうだよなぁ……
それを承知の上で挑むのはバカみたいだし、かと言ってこのままだと何もできないし……


「お兄ちゃん、いい考えがあるのだ!」

「マジで?!すぐ教えてくれ!」

「あのお姉ちゃんが矢を射かけてきたら、その矢を躱しながらチビペタハルマキを斬っちゃえばいいのだ!」

「そんなこと言う気がしてたけど本当に言われると辛いんだぞ?」


簡単に言ってくれるよなぁ鈴々の奴……
いや、そりゃ俺も考えたぞ?
でもそれが簡単にできるほど相手の腕が悪いわけじゃないだろう……
現に、さっきの攻撃だって、許諸に当てずに俺だけを狙ってきたんだからな。


「ほぉ?私の矢を避け切れると?」

「お兄ちゃんなら楽勝なのだ!」

「本人差し置いて話進めんな!」

「ならば……避けてみよ!」


うげっ、マジで射てきやがったし……
しかも1本や2本じゃない、十数本の矢が俺に襲い掛かってくる。
これを全部避け切れと……?


「っく……!」


立ち止まった瞬間詰むな。
走り回らないと死ぬと直感した。
矢の軌道を必死に読みながら走り回る。
でも、敵は夏侯淵一人だけじゃないんだ……


「てやああああ!!!」


許諸も鉄球を振るってくる。
実質2対1だ。
取り敢えずは鉄球の間合いから外に出て矢を躱すことだけに神経を集中させないと……


「──ったく!鈴々、俺を窮地に立たせてそんなに楽しいか?!」

「八つ当たりはいけないのだお兄ちゃん」

「大体夏侯淵も夏侯淵だ!許諸一人じゃ俺に勝てないわけじゃないんだろ?!」

「そう熱くなるな」

「少なくとも原因は俺じゃねぇ!」


1対1ならまだ勝機はあるだろう。
でも、間合いが違う得物をまとめて相手するのはしんどいんだって!


「ん〜……秋蘭様、こいつなんか弱そうですし、ボク一人で十分ですよ」

「油断はするな季衣。仮にも張飛が相応の腕だといった相手だぞ?」

「あいつのいう事なんて間に受けなくていいですって!大丈夫です、ボクに任せてください!」



……お?
これはあれか?
チャンス到来ってやつなのか?


「お兄ちゃん、チビペタハルマキの言う事間に受けちゃダメなのだ。どうせ危なくなったら、またあのお姉ちゃんが援護してくるのだ」

「だよなぁ〜……」

「むきーっ!ボクはそんな卑怯なことしないやい!望むところだよ、1対1で相手してやるぅ!」

「お、おい季衣……」


しっかし鈴々も煽るなぁ。
俺がやりやすいようにしてくれてるんだろうか?


「お兄ちゃん、別に殺さなくたっていいのだ。力の差を見せてやれば、あのハルマキ頭も黙るのだ」

「だーかーらー!ハルマキって言うなぁ!!」

「……ハァ。子供の口喧嘩はもうたくさんだ。許諸、俺と1対1でやってくれんの?」

「そのくらい全然いいよ!」

「なら……さっそく行かせてもらう」

「ふぇ?」


言質は取った。
もう形振り構ってられるか……!
許諸の承諾を得られてすぐに、俺は許諸に向かって駆け出す。


「わ、わ、わ!こ、こんのぉ!!」


鉄球の軌道ってのは分かりやすい。
ある程度距離のある相手に対しては振り回すか振り下ろすかの二択だし。
んで、この子の性格からして、ぶっ潰すのが性に合ってるんだろう。
だから鉄球を振り下ろす攻撃がほとんどだ。


「……………」

「また避けたなぁ、このぉ!」

「む?!季衣!」

「へ?」


夏侯淵がいくら叫んだって遅い。
俺は今、許諸と夏侯淵が一直線上に重なるように走ってる。
援護しようにもできないように……
ついでに言えば──


「もう一丁──ってああー!お前、ボクの武器の鎖掴むなー!」


厳密に言えば、掴んでるわけじゃない。
許諸の鉄球をつなぐ鎖に右手を添わせて、相手が引き寄せようとした時だけ掴むようにしてる。
こうすれば相手は攻撃するにできないし、俺は思うように走り抜けることができる。


「──もらった」

「あ──」


俺の間合いに入ってすぐだ。
左手の刀を振るって、許諸の首を狙う。
……ただ、思い通りに行くのはここまでだったらしい。


ギィン!!


「……さっきまで何もしなかったくせに」

「まずは謝らせてもらおう。この夏候元譲、張飛の言葉を信じずにお前の腕前を見誤っていた」


片手で防がれたのは正直ショックかな?
でもおつりがくる。
この夏候惇は明らかに強い。
そんな相手から認められたんだ、首をとれなかったことを悔やむ必要は……


「(いや、敵の数を減らすべきだったし悔やんだほうがいいな)」

「お兄ちゃぁん」

「ん?」

「その片目のお姉ちゃんが出てきたなら、鈴々と交代なのだ」


へ?
何だよ、交代するくらいなら最初っから鈴々がやってくれよ……


「何だ、この私を引きずり出したかったのか?」

「そういう事なのだ。そっちのハルマキがしゃしゃり出てくるのは分かってたし、片目のお姉ちゃんがそっちの中で一番強いことも分かってたのだ」

「俺を当て馬にしたと……鈴々、いい度胸だなぁおい……?」

「にゃ、にゃははは……お兄ちゃん、笑顔がとんでもなく怖いのだ……」


この状況下で笑ってられる俺の神経もおかしいか……


「じゃ、お兄ちゃんは下がってるのだ。こっからは鈴々の独壇場なのだ!」

「最初からやれ」


まぁ代わってくれるというんだし代わろうか。
たぶん大丈夫だろうし、後ろで黙って見てるとしよう。


「この私と一騎打ちか、面白い!」

「だが張飛よ。いつまで一騎打ちで時間を稼げると思う?」

「そんなのは分かんないのだ。でも、そっちのハルマキ頭もお姉ちゃんも、鈴々の敵じゃないのだ」


流石に強く出るなぁ。
ただ何となく、その言葉は信頼に足ると感じてしまう。
どうしてかなぁ……?


「数に勝てないのは重々承知してるのだ。でも、来たければ来ればいいのだ」


途端、周囲の音という音が消えて静寂が周囲を包み込んだ。
空気も消え失せたかのように息苦しい。
そのくせ重力が増したかのように、立っているのがつらいほど空気が重い。
その空気を発しているのは、間違いなく目の前の女の子だ!


「天下無双と謳われた燕人張飛の丈八蛇矛、雑兵の千や二千、地獄に送るのは軽いのだ!」


……これは、鈴々の闘気ってやつだろう。
目の前に立つ夏候惇たちに対してはなっているはずなのに、後ろにいる俺でさえ寒気を感じる。
そうか、きっとこれなんだ。
この上なく危険と分かっている殿を請け負って、なぜか死ぬという感覚が薄らいでいたのは、鈴々が横にいたからなんだ。
当然の話だけど、恋が横に来た瞬間にもっと薄らいだ。
これだけの闘気を内に秘めている人間がすぐそばに二人もいたんだ。
俺がいつも通りに居られた理由が今ようやく自分で分かった。


「ぐっ……この闘気、圧される……!」

「(闘気だけで相手を竦ませるか。流石は世に名高い張飛だな)」


目の前の三人とも体が思うように動かないみたいだ。
普段はおちゃらけてるのに、戦場でこれだけ頼もしいって言うのは何て言うかすごいギャップだ。


「うりゃりゃりゃりゃあああ!!!」


夏候惇に向けて、鈴々が蛇矛を振るう。
衝撃で地面が抉れてる。
そんな凄まじい一撃を何とか受け止めたみたいだけど、顔に苦しいって出てるな。
俺はこんな化け物じみた人間と、普段からバカみたいな会話してたのか。


「もう一丁ぉ!!」

「ぐぅ……っ!」


受け止めるので精一杯って感じだな。
これは、さっき言ってたこともあながちウソじゃなさそうだ。
雑兵が何人集まったって、鈴々の敵にもなりそうにないな。


「そっちからは来ないのだ!?」

「くっ!ここで一太刀も浴びせられなければ華琳様に合わせる顔がない!夏候元譲、参る!」

「──待ちなさい、春蘭!」


突如、どこからともなく声が響く。
その声には聞き覚えがあった。
でも俺以上に、夏候惇たちはその声に驚いていた。


「か、華琳様?!」

「……曹操?」

「待ちなさい春蘭。私の許可なく死ぬことは、絶対に許さないわよ」

「し、しかし!ここで張飛を倒さない限り──」

「下がれ春蘭!そして武器を置け!……これは命令だ!」

「は……はっ」


唐突な曹操の登場に流石に驚いた。
それは向こうも同じみたいだったけど、夏候惇は言われるがままに武器を下ろして下がった。


「秋蘭、軍を下がらせろ。これ以上あの三人を刺激しても何も得られないわ。無駄に損害を増やすだけよ」

「しかし御身に何かあっては──」

「何もない……そうよね、張飛?」


おい鈴々、俺の方見て確認取ろうとするな。
この殿の隊長はお前なんだって。


「……様子見なのだ」

「だそうよ。下がらせろ、秋蘭」

「御意。各隊は下がれ、華琳様の御前を邪魔するな!」

「霞も、そこまでにしよう!」

「えーっ!一刀、そりゃあんまりやで!」

「何だ、一刀も来てたのか」


久しぶりの旧友の姿を見ても、何故かそんなに驚かない俺がいた。
多分、まだ鈴々の闘気で気が立ってるからだ。


「直詭?!その目はどうしたんだよ?!」

「死ななきゃ安い」

「あらあなた、以前より男前が上がったんじゃないかしら」

「煽てても道を譲るつもりはないぞ、曹操?」

「そんなつもりで言ったんじゃないわよ」


じゃあどういうつもりで言ったんだか……


「……直詭」

「あぁ恋、お疲れ様」

「……………(コクッ)」


ん、何だよ?
その子犬が餌をほしがるような目は……?
言葉だけじゃ不満だってか、ったく……


「はいはい、お疲れ様」

「……………」


頭撫でてやったら満足したらしい。
いつもらしい笑顔でOKサインくれた。


「むぅ〜……恋だけずるいのだ!お兄ちゃん、鈴々も撫でてなのだ!」

「はいはい……ってか、曹操ほったらかしでいいのか?」

「あ!そりゃ駄目なのだ!」

「ふふ……少しくらい待ってあげるわよ?」

「いやもうねぇ……何か俺たちに言いに来たんだろ?なら俺はちゃんと聞いてるから、勝手に話進めてくれる?」

「……ちょっと一刀?彼、前に聞いたあなたの話と違わない?」

「そんなことない……はずだよ?」


おい一刀、人の事どういう風に話しやがった?
事と次第によっちゃタダじゃ済まさんぞ?


「まぁいいわ、劉備に伝えなさい。今回は逃がしてあげる。更なる力を付けて私の前に立ちはだかりなさい。その時こそ……決着の時」

「……………」

「あなたの理想の力がどれほどのものか……楽しみにしていると。そう伝えなさい」

「徐州を手に入れただけで、曹孟徳は満足したと?」

「えぇ。これ以上の戦果は望むべくもないわ」


本当なら疑いところだけど、曹操がこう言ってる以上信じても大丈夫だろ。


「お兄ちゃん、信じていいと思うのだ?」

「大丈夫だろ。追っかけてきたって、鈴々と恋がいるから、大怪我するのは相手だし」

「……恋、まだ戦える」

「というわけだ曹操。そっちの言葉を信じる以上、そっちが言葉を違えたときにどれだけ損失を被っても知らない」

「私の言葉を信用なさい。我が魂に賭けて、自分の言葉に偽りはなさないわ」


ここまで言うってことは本気で大丈夫と思っていいかな。
でもまぁ、やっぱりどこか心配なのはある。
その不安を拭うのに最適な奴がこの場にいて助かった。


「一刀」

「何だ直詭?」

「今の曹操の言葉、間違いないな?」

「あぁ、華琳は約束を違えるような人間じゃない」

「ならいい。行こうか」


二人の背中を軽く押して、曹操たちに背を向ける。
勝ったとまでは言えなくても、上々の戦果だ。
曹操の言葉をもらうわけじゃないけど、これ以上は望むべくもない。
……いや、“曹操たちから”これ以上の戦果は欲さないってのが正しいな。

戦はまだ終わってないんだ。
これから巴蜀を手に入れるための戦いが待ってる。
今この場で生き延びられた命、もう少し頑張らさせてもらおうか









後書き

こういう戦闘描写にまだ慣れてなくてすいません。
絵と音声があればこれでもごまかせるんですが(;^ω^)
あ、そういえば許諸って恋姫だとこの漢字なんですが、本来は違いますよね?
恋姫準拠ってことで私もこの漢字を使ってます。
基本的に、難しい漢字は恋姫準拠ということで行こうと思ってます。
報告が遅れてすいませんでした。

今年もあと一週間ほどですね。
目標としては今回を抜いて、あと二回ほど投稿できればいいかなって思ってます。
勿論この目標の数が変動することはあると思いますが、減るということはないと思います。
……というか、減らせば減らすほど完結まで遠くなるんで……

あ、もう一つご報告を……
恋姫で言う日常イベントも、近々投稿しようかと思ってます。
例えば、ほとんど一緒にいる時間をかけていなかった曹性とかですかね。
できる限り一対一でのイベントにしようかと思ってます。
こっちの方の投稿は本編よりも遅いペースになるかとは思います。
ですができるだけ濃密にしようかと思ってるので、楽しんでいただければ幸いです。
一応ためしという形で、大晦日の日に投稿できるよう書いてみます。
どんな形にするかはまた追々……



では次話で



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