「……暑い」


それ以外の言葉が見つからない。
とにかく暑い。
体中の水分が汗に変わったかのような感覚に襲われる。
……まぁ、コレは俺だけに限った話じゃない。


「これだけ暑いと、兵の士気にもかかわるわねぇ」


隣にいる紫苑も、拭っても絶えない汗と格闘している。
薄らと下着も透けてるくらいだ。
目のやり場に困るのは確かだが、こんなことで逐一そっぽ向くわけにもいかない。


「んで、皆は後どれくらいで?」

「そうねぇ……さっき報告に来てくれた兵の話だと、もう一刻ほどだそうよ」

「一刻ねぇ……それまでにこっちの士気がダダ下がりするんだが……」

「急いては事をし損ずる、よ。焦らず待ちましょう?」

「その通りだから何も言えないな」


蜀と南蛮との国境付近。
砦に連れてきた兵たちを引き連れ、現在待機している。
目的は言うまでもなく、南蛮制圧だ。

侵攻の度合いが減ってきたとはいえ、こちらとしても国土の拡充はしておきたい。
ただ、西か南か選べと言われて、満場一致で南になった。
ま、訳の分からない五胡を攻めるのは誰しも嫌なんだろう。
実際のところ、俺だって嫌だ。


「直詭さーん、紫苑さーん!」


ん、もう来たのか?
いくらなんでも早過ぎじゃ……?


「桃香?いくらなんでも早過ぎねぇか?」

「私たちは先遣隊。本格的な部隊は愛紗ちゃん達が連れて来ることになってるの」

「んで、蒲公英と焔耶と桔梗を連れてきたってわけか」

「わちきも一応いますよ?」


お前はあんまり数に居れたくない。


「んー……桔梗、お疲れ」

「よく分かったの」

「その二人があんまり相性良くないのは知ってるからな」


今もなお、睨み合ってるし……
そう言う敵対心は南蛮の奴らに置いとけ。


「だって兄様、こいつがー!」

「こいつとは何だ!貴様こそ!」

「……まだ続ける気か?」

「「……っ!?」」


ったく……
ちょっと脅かしただけで黙るなら最初からすんな。


「紫苑さん、相手の動きはどうですか?」

「あ、朱里ちゃんもいたのね。そうねぇ、まだ私たちが国境を越えてないからかもしれないけど、攻めてくる気配はないわね」

「それよりも朱里、兵糧とか水の手配だけど……」

「……かなり厳しそうですね」


まぁ、暑いわジメジメしてるわ、モノを腐らすには最適な環境だ。
下手しなくても兵糧が持たないだろうな。


「最悪水だけでも確保したいところじゃな」

「ですが、南蛮の水は毒水で、漢朝の人間が飲むとお腹を壊しちゃいます」

「そうなの?!呪いか何かかかってるとか?!」

「恐らくは……」


いやいや、呪いなんて非科学的なものがあってたまるか。
……いや、俺と言う非科学的な人間がここにいるんだったな。
ま、まぁ、それは今はいい。


「呪いじゃねぇよ」

「ん?直詭は毒の正体を知っているのか?」

「まぁな。どうせ、細菌でもウジャウジャいるんだろう」

「さいきん?それって何?」

「簡単に言えば小さな虫だ。それが体内に入ると、体調を崩したり、逆に良くしてくれたりする」

「じゃあ、その細菌さえ取り除けば水は確保できるということなの?」

「そうなる。手っ取り早いのだと、汲んだ水で湯を沸かせばいい。大抵の細菌は、熱湯の中じゃ生きられない」


まぁ中には例外もいるけど……
多分、火を通しておけば大丈夫だろう。
それが無理なら、他にもいろいろ考えないとマズいな。


「でも、水が確保できないんじゃ、短期決戦じゃないと厳しいかもね」

「ですね。兵糧の持ち具合や士気などの要素から見ても、出来る限り早めの決着が望ましいです」

「それ以外にも、あんまりモタモタして、他の強国に後れを取るわけにもいかないからな」


喰うか喰われるかの時世だ。
今こうやってる間にも、魏や呉は領土を広めてる。
ちんたらしてる場合じゃないのはみんな分かってる。


「じゃが、短期決戦と言うのも厳しいぞ?」

「そうね。地の利は向こうにあるもの」

「けど、南蛮の兵数はそれほど多くないんじゃないですか?」

「そうなの摘里ちゃん?」

「確かそうだった気が……どうだっけ朱里ちゃん?」

「摘里ちゃんの言う通りです。南蛮の人間は部族単位で動きますし、部族には必然的に口を賄える数しかいません」


んー……
色々な要素から見るに、短期決戦は厳しいか。
摘里の言ったことも重要だとは思うけど、これだけ暑いとこっちの士気が下がる。
暑さに慣れてるってのは大きいからな。


「ある程度は数で圧せると思うんです。後は……」

「敵の出方次第、だね」


そうなると、今は本隊を待つしかないな。
南蛮の方にバカみたいに強い奴がいなけりゃ大丈夫だとは思うんだが……











本隊が到着して、こちらの方針が各員に伝えられる。
兵糧の事もあって、極力短期決戦を心がけるようにとのことだ。
まぁ、どんな形にしろ、戦は早く終わってくれるほうがいい。


「それにしても暑いのだ〜……」

「ホラ鈴々、背筋伸ばせって」

「うぅ〜……」


暑いのはよく分かる。
ま、俺も上着を腰に巻いてるぐらいだし。
ただ暑いだけなら未だしも、蒸し暑いってのが辛い。


「こんな中で短期決戦てのはキツイよなぁ」

「おい翠、お前まで弱音吐くなよ」

「だってよぉ……直詭はいいよなぁ、いざとなりゃ服脱げるし」

「……怒らせる相手を間違うなよ?」


自分らだって十分に煽情的だって。
そんだけ汗かいてりゃ服も透けてる。
普通に喋ってると思うなよ?


「でも、本当に長期戦になるかもな」

「可能性は否めないな」

「数は少なくても、地の利は向こうが持ってるのだ。その分、こっちが不利なのだ」


すでに国境を越えて南蛮の領土だ。
鬱蒼と森が生い茂ってる。
見たこともないような植物もちらほらある。
そこらの木陰から敵が飛び出してこないか、警戒しながらも歩を進める。


「魏みたいに、相応の規模の軍があれば、長期戦にも対応できるんだろうけどな」

「無い物強請りしたところで仕方ないって。ほら、直詭も前線部隊の一員なんだから、前向いて歩く!」

「俺は警戒してるだけだが?」


叢が揺れ動くたびに緊張が走る。
マジでどこから出て来るやら……


「そこまでなのにゃ!!」


途端、声が響く。
歩みを止め、辺りに警戒を走らせる。


「誰だ、出てこい!」


翠が叫ぶ。
すると、叢の中から一人の少女が飛び出してきた。
緑の長髪に、胸と腰だけ毛皮を巻いた女の子。
……ん、前に見た南蛮兵とは少し違うな。


「我こそは南蛮大王孟獲なのにゃ!ショクとかいう奴ら!我らの縄張りに入ってきて、タダッで帰れると思ったらいかんじょ!!」


……はぁ、これが孟獲、ねぇ……


「うわー、可愛い!」

「オイコラ桃香、何前線に出て来てやがる」

「だってぇ」

「だってじゃないのだ、お姉ちゃんは下がるのだ!」


鈴々の言う通りだ。
総大将はとっとと下がれ。


「でもでも直詭さん!この子ぬいぐるみみたいで可愛いよ!耳までついてる!」

「ついてるけどもだな……」


いや確かに、猫耳がついてる。
まぁ可愛いかどうかと言われれば可愛い。
こういう、ザ・王道ってキャラ、一刀とか好きじゃなかったけか?


「こいつが南蛮の王様なのだ?」

「そうだじょ!みぃは南蛮の王様なのにゃ!えらいのにゃ!みんなハハーッって言え!」

「……ハァ」

「何を溜息吐いてるのにゃ!」


いやだって……


「ムゥー!バカにしおってー!そんな奴らにはたっぷりお仕置きしてやるじょ!」


お仕置き?
……なんか、高が知れてるんだが……


「コブンどもー!!」

「にゃー!」

「がおー!」

「……ふぁぁ」


あ、この間の南蛮兵。


「あらあら。随分可愛い子分さんね」

「俺は何度か見てるからもう慣れたがな」

「うにゃ?あーーー!この間の奴にゃ!」


以前おしりペンペンした奴が俺を指さして叫んでる。
あんまり顔覚えててほしくなかったがまぁいい。


「久しぶりだな」

「うぅぅ〜……だいおー、あいつこわいにゃぁ」

「なにを弱気なこと言ってるにゃ!こんな奴、何ともないにゃ!」


俺の前にずいっと立って、低い位置から睨んでくる。
うん、全然怖くない。
むしろ愛くるしいというかその……


「……………」

「な、なんにゃ!」

「ほれ」

「……にゃぁぁぁん」


顎の下くすぐったり頭撫でたり……
そしたら簡単に落ちた。
いやはや、この子完全に猫じゃん。
猫の扱いはそれなりに知ってるから楽だわ。


「な、直詭殿……それでは完全に猫ではないか……」

「いや、コレは猫だ」

「……ハッ?!い、今の声は無しにゃ!それに、みぃは動物じゃないじょ!」


ん?
何か恋が羨ましそうに俺を見てる……
そうかそうか、じゃあバトンタッチだな。


「恋、いいよ」

「……(コクン)」

「な、なんにゃ?」

「なでなで」

「……うにゃぁん」


これで猫じゃないって言う方がどうかしてると思うが……


「やっぱ猫だよなぁ、これ」

「ね、猫じゃないじょ!人間だじょ!」

「まぁそういうことにしておこう」


桔梗も酷だなぁ。
ちゃんと人間扱いしてやれよ。
……あ、一番初めに猫扱いしたのは俺だったわ。


「くぅ〜……!そういうことにしておくとかじゃなくて、みぃはホントに人間なのにゃ!」

「まぁ猫でも虎猫でも人間でも何でもいいが。我らの前に現れたということは、戦を望むと考えていいのだな?」

「何だか言い方が気に入らんがそうなのにゃ!」

「ならば話は早い」


言うが早いか、愛紗は青竜偃月刀を構える。
いつものように闘気を醸し出し、相手を威圧するように立つ。


「南蛮王の素っ首、この場で叩き落とし、後顧の憂いを立たせてもらおう」

「上等なのにゃ!南蛮大王孟獲が相手をするじょ!」


孟獲も猫の手の形をしたハンマー(?)を構える。
……構えたのはいいんだが、なんか、その……
子供が我を通そうとしてる様にしか見えないのがなぁ……


「フーッ!!みぃは強いじょ!泣いて謝ったら許してやるじょ!」

「……愛紗」

「な、なななな、何だ?」

「ちょっとおいで」


手招きして愛紗を呼ぶ。
うんうん、すでに顔が赤い。
こりゃダメだわ。


「アレに攻撃できる?」

「で、できるとも!」

「……本音は?」

「……可愛くて手出しできん……」

「素直で結構」


しょんぼりしながら愛紗が下がる。
まぁそのなんだ、あんまり気にすんな?


「ふむ……恋と同じ匂いがするということか。愛紗では無理だろうな」

「……………?」

「あははっ♪恋ちゃんはみんなに愛されてるってことだよ♪」

「……(コクン)恋も、みんなのこと好き」

「ああぁぁあぁあ……恋……可愛いなぁもう……!」


ヘヴン状態な愛紗は放置しておこう。
取り敢えず次。


「ふむ……得物を用いず愛紗を退けるとは。ここはやはりこの私が──」

「はい次」

「なっ?!直詭殿、私が行くと──」

「いや……何となく星はダメな気がする」

「何故?!」

「……ちなみに星、アレをどう捌く気?」

「いやその……愛い者を見るとついつい苛めたくなるので……」

「却下」


遊ばれてたまるか。


「た、たぶん大丈夫だよ直詭さん。星ちゃん強いし……」

「……あんまり苛めてやるなよ?」

「ぜ、善処する……」


気の毒だ。
心底孟獲が気の毒だ。


























後書き

紫苑の説教はまだ続く……
どうもペースが安定しないので桔梗にも怒られてくるねb

では次話で



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