「愛紗!」


声をかけるタイミングが少しばかり遅かったか……


「ウチの仲間を簡単にやらせはせんで!」


突如、楽進の後ろから二人の人物が飛び出してきた。
さっきまで俺があしらってた奴らだ。
逃げたと思ったんだが、どうやら楽進を思って戻ってきたらしい。


「真桜っ!沙和っ!どうして逃げなかったんだ!?」

「蜀呉のことを華琳様に伝えるのは、ウチらやなくてもいけるやろ?」

「そうなの。それに、凪ちゃん一人に良いカッコさせてあげないもん」

「……すまん」


随分と仲がいいみたいだ。
多分、曹操に使える前から一緒に行動してたとかあるかもな。


「……三人がかりで私に対するか」

「卑怯と言うなら言ったらええで?せやけどあんたには三人でやらせてもらう」

「そうでもしないと勝てないもんねぇ〜」

「そういうこっちゃ……覚悟せぇよ関羽」

「私たち一人一人は関羽さんより弱いけど──」

「三人揃えば……我らは無敵だ!」


三人から伝わってくる気迫は、今にも愛紗を飲み込もうとするほどにも感じる。
でも、その気迫を受けてなお、愛紗はいい笑顔をしてる。
ああいうのは余裕って言うんじゃない。
武人として粋に感じてるとか、そういう類の奴だろう。


「……その気迫、確かに大言壮語ではなさそうだな」

「……来るか?!」

「いや……退かせてもらおう」

「何っ?!」

「もはや我が役目は終わった……さらばだ楽進、戦場で再び相見えようぞ」


踵を返し、愛紗がこちらに歩いてくる。
さて、俺の役目も終わった──


「逃がすかっ!!」

「……え?ちょっ?!」


っておい待て!
楽進の奴、潔く引こうとした愛紗に蹴りかましてきたぞ?!
何とか躱せたからよかったものの、見た限りでも相当な威力あったぞアレ……


「あ、あぶなぁ……」

「外したか……」

「な、何をするんだ貴様ぁ!」

「簡単に逃げられると思うなよ関羽!」

「いやいやいや!ああいうときは大人しく見送って、次の戦場でこの前の借りを返すとか、そういうやり取りをだな──」

「問答無用!」


……え〜……
楽進ってあんなに空気読めない子なの?
まぁ堅物そうな印象はあったけどもだな……
……ったく──


「愛紗、二歩右に」

「へ?」


言うが早いか、俺は刀を振るってた。
楽進の手甲と刀とが衝突して火花を散らす。


「くっ!」

「まったく……俺の仕事を増やすな、愛紗」

「すまん」


ただ、目の前の三人はまだやる気らしい。
目を見れば、まだ闘志が燃えている。
とは言え、こちらとしてはさっさと退きたい。


「そっちも退きな。これ以上戦うって言うなら、俺も加勢させてもらう」

「……まだ名前を伺ってませんでしたね、隊長の旧友殿」

「白石直詭。肩書きだけ天の御遣いの、な」


愛紗に目配せする。
俺が加勢するとなれば、今よりも状況が悪化するのは明らかに向うの三人。
今はこちらが優位に立っている。
だから、こちらが退くと言えば、劣勢の向こうは従うほかはない。
それを分かってない訳ではなさそうだけど、俺も成る丈闘気や殺気を出して威圧する。


「……分かった」

「また会おう、楽進」

「次は勝つ」

「ふっ、楽しみにしていよう。直詭殿」

「ん。じゃあな」











敵の補給路の攪乱を計って、すぐに桃香たちと合流した。
この作戦は功を奏して、曹魏の進軍速度は目に見えて落ちた。
また、呉の部隊も活躍したらしく、曹魏の補給路を次々に遮断していったと報告を受けた。
それでも──


「江陵は突破されましたか……」

「補給が覚束ない軍勢で、流石としか言えません」

「しかも、予想をはるかに上回る速度での落城、と言うわけだな?」

「はい。幸いにも、江陵を制圧した曹操さんの軍勢は、体制を整えるために進軍を停止しましたが」


あれからまだ然程日も経っていない。
楽進たちを退けて、作戦の成功を聞いて、それでも曹操はその上を行く。
みんなの中に不安と言う声が見え隠れするのが分かる。


「──あ、皆さんここにお揃いですか?!」


軍議を開いている大広間に、雛里が飛び込んできた。
いつもと明らかに違う、慌てている雛里。
否が応でもみんなの目が雛里に集中する。
そして、雛里が息を整えて口を開くのを待った。


「……フゥ、急ぎの報告が入りました!江陵の城に籠っている曹操軍の動きが慌ただしくなったとのことです!」

「何っ?!」


これはつまり、本格的に準備が整ったと言うことだろうか。
すなわち、史上最大の戦いがまさに始まるってことだ。
歴史を知ってる俺も、当然ながら知らない皆も、緊張で表情が強張っている。


「桃香様!」

「うん!いよいよ、曹操さんとの全面対決だね」

「では我らは出立の準備を整えてきます」

「確か、合流地点は夏口だったっけ?」

「はい。周瑜さんの指定したのはそこです」


朱里たちからの話だと、夏口は長江の流れに沿って発展している地域らしい。
長江を利用すれば、兵員の移動や兵糧の輸送が陸路を使うよりもずっと速くできる。
恐らくは、周瑜が指定した理由の一端もそこにあるんだろう。


「長江を使えば便利……でも、それは曹操軍も同じなのだ」

「そうですね。私たちや呉の皆さんが行っていた小規模奇襲のお蔭で、曹魏の補給路はもっぱら長江を使ったものになっています」

「流石は曹操と言うべきか」

「ただ、全くと言っていいほど先が読めねぇな」

「江陵から全く動いていない以上、先の事はまだ分かりかねる」

「なら、まだ待機かな?」

「そうね。作戦が決まるまでは大人しくしておくしかないわね」


大きな戦だからこそ慎重に、か。
きっと呉も同じ考えだろう。


「じゃあ取り敢えず、呉と合流しよ?愛紗ちゃんたちは兵の皆を、朱里ちゃんたちは兵糧とかをお願いね」

「御意」











それから移動時間を省けば3日ほど……


「呉の連中はまだか?」

「焦っても仕方ないだろ翠」

「でもよぉ……」


夏口に到着して、主だった面子が呉の面子を待ってる。
頻りにソワソワしてるのがチラホラいるけど、焦ったって仕方ない。
向うにだって向うの用事とかがあるんだろう。
そのくらい待てる余裕がないと、これからの戦いはしんどいと思うぞ?


「まぁまぁ、少しくらいのんびり待ってようよ」

「桃香はお気楽すぎると思うが?」

「え〜?そんなことないよ?だって焦ったって何も始まらないし」

「何が始まらないの?」


声の方に振り向けば、孫策と周瑜が立っていた。
今まさに来たって感じで、クスクスと二人とも笑ってる。


「あ、孫策さんですよね?私、劉備です!字は元徳って言います!よろしくお願いしますね♪」

「あ……うん……」

「どうかしました??」

「いやいや……若いなぁって。元気いっぱい過ぎて仰け反っちゃったわ」


苦笑しながらも、孫策が手を差し出す。


「私の名前は孫策、字は伯符。よろしくね、劉備」

「はいっ♪」


さて、これで本格的に同盟成立だな。
二人が手を固く握ったのを見て、周囲の表情も綻ぶ。


「これで正式に蜀呉同盟成立ですね」

「あぁ、呉蜀同盟成立だ」

「……蜀呉だ」

「呉蜀だ」

「どっちでもいい」


愛紗と周瑜がくだらないやり取りしてるから思わず突っ込んだ。
桃香と孫策がクスクス笑ってるのを見て、愛紗たちが肩を竦める。
取り敢えず、話し合いを始めてほしいもんだ。


「じゃあ、早速軍議に移りましょうか。孫策さん、状況の説明お願いできますか?」

「私よりも周瑜の方が詳しいわよ。ってことで、お願いね冥琳♪」

「……ハァ、面倒なのね」


これは普段から振り回されてるな……
今の溜息で、何となく普段からの苦労が察せる。


「まぁいいわ……では、今の状況を蜀の面子に説明しましょう」

「お願いします」

「あぁ。現在、魏の軍勢は江陵に留まり、体制を整えている……が、それももうしばらくだろう。兵員や兵糧……進軍に必要な物資が頻りに搬送されているし、その搬送規模はかなり大きい」

「……と言うことは、部隊が大規模に動くと言うことですか?」

「そういう事だ」


やっぱり曹操の手腕はすごい。
痛手を喰っても、それを巻き返すことができる力がある。
蜀と呉、この二国が共同しないと太刀打ちできないというのがよく分かる。


「問題になってくるのは、曹魏がどう動くと言うことだが……」

「前の戦いによって、私たち蜀と孫策さんたち呉が手を組んだことは、曹魏の陣営に間違いなく伝わっているでしょう」

「そして私たち蜀の軍勢が、すでに呉と合流したことも、曹操さんは知っているはずです」


ま、それは間違いないだろう。
曹操の抜け目のなさは、ここにいる全員承知の上だ。


「ってことは、こっちの情報は全て曹操さんに漏れてるって思っておくほうがいいのかな?」

「そうですね……恐らく、今この時の軍議も、どこかで聞き耳を立てている人がいると思います」


おっそろしい話だ……


「では……我らの間諜はどうなっているんだ?」

「残念ながら……」

「あぅ……一歩出遅れちゃってるねぇ……」

「潜入は出来るのですが……我が軍の斥候は一人も帰ってきていないのが現状です」

「ふむ……それなら大丈夫だ。我が呉には優秀な将がいるからな。明命!」

「はいっ!」


ちょっ、どこから出てきたこの子?!
急に俺たちの背後に立つとかマジで何者?!
……ってあれ?
この子、どっかで見たような気が……


「えっと……個人的なことでゴメン。君、俺とどこかで会ってない?」

「会ってますよ。随分と前に、豫洲でお世話になりました」

「あぁ……思い出した。確か周泰だっけ?」

「はい!」


随分と元気いいな。


「で、周瑜さん。この周泰ちゃんって……?」

「情報収集に長けていてな。すでに曹魏の動きをつかんでいる」

「おおっ!すごーい!」

「すごいでしょー?……で、曹操の動きはどう?」

「はっ!曹魏の軍勢はまだ江陵に留まっていますが、近くの軍港には、すでに多数の船を用意しているようです」


……やっぱ船か。
ま、この辺はだいたい想像はついたが……


「船?陸路を捨て、長江を使うのか?」

「恐らく」

「まぁ考えられることだな。大部隊の移動で一番厄介なのは、間断なく小部隊にちょっかい掛けられることだし」

「いちいち反応するのも疲れるし、かと言って放置するのもウザい……か」

「……しかし、船を使うとなると、予定していた戦地を変更しなくてはいけませんね」

「……周瑜さん。曹魏の軍勢が長江を下ってきた際に決戦出来そうな場所はありますか?」

「赤壁だな」


やっぱり出るか。
この単語がいつ出るか、気になってて仕方がなかった。
そうだ、蜀と呉が同盟を組んで曹魏に当たる戦いで、誰しもが知っている戦いとなれば、“赤壁の戦い”を置いて他にないだろう。


「ならば、そこを予定戦場としましょう」

「賛成だ」


赤壁での決戦が仮とは言え決定した。
ただ、みんなまだ不安は取り除けていそうにない。


「しかし、曹操の軍勢は巨大だぞ……船戦をすれば、戦場が狭く、動きに限りが出るから五分の戦いは出来るかもしれんが……」

「うむ。呉の連中は兎も角、我ら蜀の面々には船戦の経験はない……勝てるかどうかわからんぞ」

「船戦だと、あたしの部隊も役に立てそうにないしな」


確かに、船上での戦いで馬は使えないだろうな。
基本的に考えると、蜀の中で中核となりえるのは紫苑や桔梗だ。
……ま、一計があるかと問われればあるにはある。
一応はあの戦いを文字の上では知ってるわけだしな。


「(だからって……)」


それを口に出すのが果たして正解なのか……
天の知識だのなんだの言えば、みんな納得するかもしれない。
でも、それって何より卑怯なんじゃないのかな?
べつに正々堂々戦いたいとかそう言うのはないが……

歴史を知ってるし、結果も実際には知ってるようなもの。
ここで俺が知っている知識をひけらかしたとして、それが何になる?
俺は──


「ねぇ、ちょっといい?」


朱里たちが頭を捻っているところに、不意に孫策が口を開く。


「どうかしました、孫策さん?」

「妙案でも思いついたんですか?」

「そう言うのじゃなくてね……ちょっと聞きたいことがあるのよ。あなたに」

「俺、に?」


何だろうか?
別に俺だけ何か知ってるってことは──ないわけじゃないが……
ただ、孫策と接した機会は短い。
俺の事を何か知ってるわけでもないだろうに……


「聞きたいって?何を?」

「この戦の大局に関わってくることを聞きたいのよ」

「……俺はそんな偉大な人間じゃないぞ?」

「……“天の御遣い”のくせに?」

「あぁ」


途端、にやけていた孫策が真剣な表情になる。


「嘘ね」

「え?」

「あなたは何か隠している。何かを知っている。ま、私の直感だけどね?私たちを信用させたいなら、それをすべて曝け出してくれない?」

「そんなことは……」

「あら、この同盟を台無しにしたいの?」

「……………」


みんなの視線が俺に集中する。
その視線を拒むように目を閉じる。


「雪蓮?」

「直詭さん?」


俺は──






















後書き

今回後書き書くことないですw


では次話で



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