俺の話のあと、事はある程度順調に進んだ。
ただ、乱世の奸雄こと曹操を追い詰めるには何か一歩物足りない。

朱里や周瑜に及ぶかは知らないが、向うにだって軍師の一人や二人いる。
そうでなくても、曹操の頭の回転速度は化け物染みてるときてる。
そんな相手に、普通の策が通用するわけはない。
そう、“普通の策”なら──


「トドメを刺すための策、ねぇ……冥琳、何かある?」

「策、か……孔明、お前に策は?」

「……一つあります。周瑜さんは?」

「私も一つある」

「そうですか……なら、その策をいっせーのーでーで見せ合いっこしませんか?」

「うむ、いいだろう」


朱里と周瑜が掌に筆を走らせる。
見た感じ、それほど画数の多い文字ではないだろう。
そこから判断するに、恐らくは──


「いっせーのーでー」


二人が互いの掌を見せ合う。
そして互いに、ほんの僅か笑顔になった。


「うむ」

「はわわ、一緒ですね♪」


そう言った朱里の掌を桃香が覗き込む。
声に出しそうになって、それを愛紗に止められることになったが……


「もがもが……ゴメン、愛紗ちゃん」

「いえ」


ま、トドメの策なんだ。
壁に耳あり障子に目あり……
言わないに越したことは無い。


「……直詭さんは見なくてもお分かりですか?」

「あぁ……多分、これだろ?」


そう言って俺も同じように掌に筆を走らせる。
んで、朱里と周瑜に向かってその手を開く。
“火”と書かれたその手を……


「はい、その通りです♪」

「……だが、これで少し不安要素が増したな」

「あぁ。俺が思いつくってことは、一刀も──向うの天の御遣いも察してるだろう」

「だけで、それしかないんじゃないの」

「残念ながらな……相手は巨大だ。その巨大な軍勢に痛撃を与えるにはこれしかない」

「でも……一体どうやって……?」


桃香が不安げに朱里に聞く。
それに答えたのは、意外にも周瑜だった。


「それは私に一案がある。だが……雪蓮」

「何?」

「この戦いが終わるまで……何も言わず、私を信じていてほしい」

「良いわよ」


周瑜の言葉に聞き返すでもなく疑うでもなく、孫策はサラリと受け入れた。


「もう少し悩んでもいいんじゃないの?」

「何か考え付いたんでしょ?なら全部任すわよ」

「……ありがとう」


……ここで周瑜が動くとなると、あの策を用いると言うことか……
ただ、打ち合わせの時間なんて殆どないぞ?
これから部隊編成を行ったりするんだろうし、どうする気だ?


「では孔明よ。部隊編成を決めようか」

「はい」


俺の不安なんて余所に、二人はテキパキと編成を決めていく。
度々、周瑜が俺の方を向いては表情を確認してくる。
その度に、俺は考え込んだ。
どういった表情が正解なのか、どういった反応が誤りなのか……











船戦の準備は整った。
蜀からは愛紗と鈴々が、呉からは孫策が先陣を切る。
今回の指揮は周瑜が取るらしい。
んで俺はと言うと──


「……………」

「……………」

「あ、あの……思春殿も白石さんも、そう黙ったままだと何も話が進まないというか……」


呉の周泰と甘寧って奴と一緒に次の戦の準備中。
黙々と作業してるからか、俺も甘寧も口数はやたらと少ない。
それを見かねてか、周泰が場の空気を和ませようとしている。


「……ハァ、話って言うけど、俺からは別に何も言うことは無いぞ?」

「私もだ。明命、手を休めるな」

「はぅわ……怒られちゃいました……」


可愛そうにも思うけど弁解する気はない。
愛紗たちが頑張ってる以上、俺たちも頑張る必要がある。
無駄口叩いてる余裕はない。


「……白石、だったか」

「ん?」


無駄口を叩かないと決めたのに、何故か甘寧が話しかけてきた。
何か聞きたいことでもあるのか?


「お前、雪蓮様と蓮華様をどう思う?」

「……随分唐突だな。えっと、それって孫策と孫権の真名、ってことでいいのか?」

「あぁ」


ふむ……
どう思うと聞かれても、何と答えるべきか……


「どうって聞かれてもなぁ……どういう答えを望んでるか教えてもらってもいいか?」

「王としての資質。歴史を知るお前から見て、お二方はどう見える?」

「んー……まだ会って間もないしなぁ」


答えられる立ち位置にいないというか……


「逆に聞くけど、甘寧はどう思ってるんだ?」

「……王としての器は、お二人とも十分兼ね備えていると思っている。ただ、いずれは蓮華様が呉を背負って立つことになる。今のままでは弱いのではないかとさえ思っている」

「思春殿……」

「弱い、ねぇ……それは思想が?それとも力が?」

「分からん……ただ、蓮華様の側近として、そう感じているだけだ。お前の知る歴史の孫権は、どういう人物だった?」


……歴史を知ってるって事実が知れた途端これだ。
言ったところで始まらないが、俺は神でも何でもない。
書面の上でしか知らない人物の事を、偉そうに語れるほど己惚れているつもりもない。
だから……はっきり言えばこの問いに答えるのは嫌だ。
でも、二人とも俺の口が開くのを待ってる……


「悪いけど……俺は歴史の上で孫権がどんなことをしたかってことぐらいしか知らない。どんな人物だったかなんて知らないし、知ったかぶりして話すつもりもない」

「「……………」」

「でも、でもさ?俺も傍で見てて、時折桃香が弱いと感じることはある。でもそれは悪い事か?」

「……どういう意味です?」

「まぁ、これは戯言だと思って聞き流しててくれていいけど……人間ってさ、どう足掻いたって人間の枠を出ることは無い。完璧だとか超人だとか言われてる奴にだって、弱点の一つや二つある。それは当然のことで、それだけでその人を弱いとか言っちゃいけない」

「つまりは……雪蓮様も弱い部分があると?」

「きっとあるんだろうな。それは、今対峙してる曹操にだって言えることだ」

「あの曹操に弱いところがあるなんてとても思えないですけどね……」

「そう感じるのは、それだけ曹操って人物を大きく感じてる証拠。んで、最初に戻るけど、相手を思ってるなら、弱いと感じている部分を支えてやればいいだけの話。ま、偉そうに言えた口じゃないがな」


俺が桃香を支えられてる自信はない。
月さんに仕えていた時も、そんな自覚はなかった。
ただ、そのつもりで接してきた。
桃香に、月さんに、出来ない部分を支えようと頑張ったつもりだ。


「だから甘寧、一番近くにいるんならしっかり支えてやればいい。これからも傍に居続けるんなら守ってやればいい。一人で立ち続けられる人間なんていないんだから」

「……天の御遣いとは、そんな風に甘言を吐くものなのか?」

「さぁな?ただ、俺は甘言のつもりはない。とは言っても、説教してるつもりもないが……」

「でも、白石さんの言ってること、心に沁みた気がします」

「……なら嬉しいかな」


……何か小恥ずかしいな。
まぁ、他に蜀の面子が周りにいないからこんなこと言えるんだろう。


「……で?」

「……で、とは?」

「雪蓮様か蓮華様、どちらが王として相応しいか……まだその問いの答えを聞いていない」

「そんなもん知るか。俺は風説ぐらいでしか二人の事を知らない。そもそも帝王学なんざ学んだことないし、答えられるわけないだろ?」

「なら、お前の知る歴史では、どちらが王として立たれていた?」

「……………」

「何だ?何か言い難い事でもあるのか?」


……だから嫌なんだ。
歴史を知ってるって言う事実を周りに知られると、こういう質問が来ることも想像がつく。
つまりは、“お前の知る歴史ではどうだった?”的な質問に真っ正直に答えて、それが現状俺がいるこの世界と違う場合……
受け入れられる人間がどれだけいるだろうか?
内容云々では受け入れられても、怒ったり悲しんだりする可能性が高い。
喜ぶってのは、まず有り得ない話だ。


「……ハァ、怒るなよ?」

「あ、あぁ……」

「まずは孫策が王として立ってた。ただ、かなり早い段階で孫策は病死し、その後を孫権が継いだ形になる」

「……別に怒るところはないが?」

「その孫策の病死に関していろいろな説があってな……結構有名なのが、とある呪術師に呪い殺されたってやつだ」

「なっ……!」


まぁその反応は分かる。


「で、ですけど、雪蓮様は生きていますよね?!」

「だから、俺の知ってる歴史とこの世界の流れは違うって話をしただろ?俺の知ってる歴史だと、赤壁の戦いが起きる時点で孫権が家督を継いでたし、しかもこの戦いが終わってそれ程立たないうちに周瑜も病死することになってた」

「……っ!?」

「怒るな……世界の流れが違う以上、周瑜が死ぬかどうかも知らないし、そもそもこちらの同盟が勝つかさえ分からない。だから……」


そこで一度口を閉ざす。
二人が次を待ちわびてるのが分かる。
一度目を閉じ、言うべき言葉を、正しいと思える言葉を選びぬく。


「……二人とも、本気で戦ってくれ」

「「……………?」」

「この世界に来て、本気で戦うことの意味を思い知らされた。知ってる歴史と異なる流れになったとしても、本気で戦えば、終わった後に本気で笑い合える。孫策や孫権と笑い合いたいなら、今俺から聞いた歴史に惑わされることなく、本気で、全力で、この戦に身を投じてほしい」

「それはお前の願望か?」

「あぁ……ハァ」

「あの、どうされました?」


思わず漏れた溜息に周泰が問いかけて来る。
ま、これは答えてもいいだろう。


「歴史を知ってることを、こんなにも嫌だと思うようになるとは思わなくてな」

「はい?」

「自分だけある程度の未来を知っている……それってさ、誰よりも先に恐怖を克服する時間があるってことにもつながる。つながるけど……多分、誰よりも恐怖は大きい」

「どういう事だ?」

「俺は元董卓軍だ。つまり、対董卓連合の結成の事実も知っていたし、虎牢関で敗北する流れも知ってた。……これから敗けると分かってる戦に身を投じるって、どれだけ怖いか分かるか?」

「「……………」」


この感覚は多分、この世界でなら一刀ぐらいにしかわからないだろう。
何度となく経験しても、乗り越えることができなかった恐怖……
それは、勝つかもしれないこの戦いであっても同じだ。


「ま、分からなくてもいい。取り敢えず知っててほしいのは、俺は元いた世界の歴史を知ってるだけで、この世界の未来を知ってるわけじゃない」

「この戦の勝敗がどうなるかは……」

「さっぱり分からない。だから、俺も、本気で臨むつもりはしてる」

「……なぜです?」

「ん?」

「何故白石さんは、そんな真っ直ぐな目ができるんですか?私だったら多分、怯えたり逃げたりすると思うんですけど……」


……ハハッ、これこそ簡単な答えだ。


「理由は簡単だ」

「……と、言いますと?」

「俺はもう……とっくの昔に、戻れる好機を捨ててるんだ。今更泣き喚く筋合いがないだけ……だったら、本気で生き延びようと刀を振るうだけ」

「強いな」

「お褒めに預かり光栄だ」


三人共に笑顔がこぼれる。
何も隠すところのない、爽やかな笑顔。
この笑顔を、戦が終わった後も、皆と交わしたい。


「伝令!周瑜様より、陣地に戻れとのことです!」

「承知した。明命、白石、戻るぞ」

「はい!」

「あぁ」


最初の策はどうなっただろうか……
困難を極めたことぐらいは分かる。
ただ、ただ……
……みんなが無事であればそれでいい……
























後書き

さて、ぼちぼちオリジナル路線に入る準備が整うかな?
この物語にも終末が見えてきました。
まだまだ走っていきたいです。


では次話で



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