「何を……言ってるんだ……?」


言葉が理解できなかったわけじゃない。
バカみたいに頭は明瞭だ。
言葉を飲み込んだうえで、俺の口は勝手に言葉を放っていた。


「太公望?分かってると思うけどあんまり時間が……」

「分かっておる。だが貂蝉、直詭には知る権利がある」

「……全てを話すの?」

「掻い摘んで、じゃがな」


俺を差し置いて、三人はそれぞれ頷き合う。
少しの間をおいて、再び太公望が俺に口を開いてきた。


「順を追って説明する。まずは直詭、“正史”や“外史”と言う言葉を聞いたことはあるか?」

「いや……ない……」

「ならば良い。まずは正史の方じゃが、これは簡単に言えば現実世界の事……魔法もない、龍なんて生物もいない、ただ一つの確固としてある世界の事じゃ」

「……じゃあ、外史は?」

「こちらも簡単な説明に止めておくが、直詭、お主は小説だの漫画だのを読んだことはあるな?」

「そりゃまぁ……」

「そう言った、人々の思念や想念が集合し、観念的に作り上げられた世界……それが外史じゃ」


……言いたいことがよく分からない。
そんな俺を置き去りにして、太公望は淡々と言葉を続けていく。


「つまりは、様々な物語が正史で作られ、その物語を支持するものが好き勝手に作り上げた物語のことを外史と呼んでいる」

「その説明だと……この世界は外史だとでも言いたいのか?俺にとって現実以外の何物でもないこの世界を……?」

「そうじゃ。直詭の知っている三国志……それを支持する者たちが思い浮かべた、“登場する武将が全て女性の世界”がこの世界であり外史。到底信じられない話じゃとは思うがな……」


……今までいた世界と違うという感覚はあった。
ただ、それが人々の思想の集合体?
そんな簡単な言葉で済ませられるような、簡単な出来事が今まであったか?


「……ふざけんな……!」

「怒る気持ちも分かるがまずは聞け、直詭」

「……………」

「話を続けるぞ?次に、直詭がこの外史に呼びこまれた理由……これを説明する必要がある」


手がワナワナと震える。
そのくせ、頭だけははっきりとしている。
太公望の言葉を、一文字たりとも聞き逃さないよう、フル回転で動いている。


「そもそも、この外史はとある外史をもとに作り上げられたものじゃ」

「あなたはご主人様──北郷一刀を知ってるわね?」

「あぁ……」

「かつて生まれたとある外史では、北郷一刀が主人公を務めるものじゃった」

「……この世界でか?」

「厳密には違うが、そう捉えても問題ない……かつて、北郷一刀が迷いこんだ外史も、三国志の武将が女性の世界であった」

「その外史では、この世界同様、北郷一刀が曹操と共に戦乱の世を駆け抜けていった」

「……途中までわね」


途中、まで……?


「この外史でもそうしているように、北郷一刀は正史の流れを変える言動を取った」

「──結果、彼は消滅するという運命をたどったわ」

「消滅……?元の世界に戻れたとかじゃないのか?!」

「残念ながらな……一応、ワシらの同朋に忠告させたのじゃが、聞いてはくれんかった」


……ってことは……?
ひょっとして、この世界でも一刀は消える運命にある……?
死ぬわけでもなく、元の世界に戻れるわけでもなく、消える?


「……ここまで聞いて、あなたがこの外史に呼ばれた理由、分かる?」

「分かるわけないだろ……?一刀が消えるってことすらまだ分かってないんだぞ?」

「じゃろうな。先にも言ったように、この外史は北郷一刀が消滅する外史をもとに作り上げられた。ここまではいいか?」

「……………」

「その外史を垣間見た者は、また新たな外史を思い浮かべる。例えば……“北郷一刀が消滅しない結末があったなら”……とかな」


そこまで言われて、一つの仮説が俺の中に浮かんだ。
あまりにも無責任で身勝手で無慈悲な仮説……
でも、何故か俺の中ではその仮説の信憑性は高かった。


「なぁ……まさかとは思うが──」

「察したようじゃな。その通り……直詭、お主は北郷一刀が消滅しないために呼びこまれた、いわば人身御供の役割を担っている」


…………………………
…………………………
…………………………
…………………………
…………………………


「北郷一刀を消滅させないためにはどうすればいいか……それを考えた人々は思い浮かべるわけじゃ。代わりに消えてくれるような存在がいればいいのではないか、などと言う無責任なことをな」

「外史とは得てして無責任な想念の集合体。生み出されては、その結末如何で身勝手な人々の思想が新たな外史をさらに作り上げる」

「一つの物語の主人公が不幸の一途を辿ることしかできないのなら、その代替わりをさせる何かを放り込めばいい……人の思念なんてそんなものよ。身勝手で無責任で無慈悲で、その人の都合のいいように動かそうとするの」

「結果、主人公以外の何かが不幸になろうと構わない。思い浮かべたとおりの結末になるのならば、新たに介入させた何かをいとも簡単に殺すのが人の想念じゃ」

「もっと言うとね、あなたが今まで努力によって身につけてきたと思ってる武の力。それも、この外史に呼びこまれた時に付加されたものなの」

「北郷一刀が間違いを犯すまで、“簡単に死んでもらっては困る”と言う思想のもとに、な……」

「他にも──」


…………………………ハッ!


「──もう……どうでもいい!」

「直詭……」

「考えなかったことがあるとでも思うのか?!天の御遣いだなんて肩書きを誇るつもりはないけど、それでも、俺がこの世界に来た理由くらい考えたさ!その結果がこれか?!人を舐めるのも大概にしろ!!」

「……じゃが、思念や想念とはそういうモノじゃ。思い通りの展開にするために、新たに介入させたモノの意思や感情などはすべて無視される」

「……っ!!」


声にならない。
言葉にならない。
マグマのように煮えたぎった怒りだけが意識を支配して、三人をこれでもかと睨みつける。


「直詭」

「聞きたくない!お前たちの口からは俺を絶望させるための言葉しか出てこない!もうウンザリだ!消すならとっとと消せ!!」

「直詭!」

「っ!?」

「……聞け」


太公望の語調が強まる。
言葉を抑えられて、黙って聞くしかなかった。


「……コレを見てくれ」


そう言いながら、太公望はすっと右手を差し出してくる。
その手の中には、ビー玉大の球体が淡い光を放って浮いていた。


「……何だよそれ?」

「直詭の、左目じゃ」

「……………は?」

「華佗によって摘出させたモノじゃ。今はワシが預かっておる」

「何のためにだよ……?絶望に追い込んで、これ以上まだ何か奪う気か?」

「違う」


静かにそう言った太公望の言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも圧力があった。


「ワシは……直詭を救いたい……運命や宿命を捻じ曲げてでも、生き延びてほしい……そう、真に思っておる」

「何を……言って……?」

「これより、この左目を対価に、儀式を執り行う。北郷一刀も、直詭も、誰も消えることのない結末を作り上げるために」


熱が急激に冷めていった。
それほどまでに、太公望の言葉には真意が籠ってた。
消えなくて、済むのか?
俺も、一刀も、誰も……?


「……本来であれば、直詭が左目を失うはずではなかったのじゃが、この儀式のためにワシが運命を捻じ曲げた」

「……ひょっとして……以前、頭の中に聞こえた声って……」

「ワシじゃ。運命を捻じ曲げた代償はすでに払っておるから安心せい」


そう言いながら、太公望は俺に背を向けてきた。
V字の水着だと、背中どころか尻まではっきり見える。
その背中には、猛獣にでも引き裂かれたかのような傷跡が克明に刻まれていた。


「ま、ワシの身勝手の結果じゃ。気にする必要はない」

「……………」

「それで、直詭。受け入れてはくれんか?ワシは直詭に生きていてほしい。身勝手故残酷な宿命を背負わされた直詭を、心の奥底より助けたいと願っている」

「俺は……」


どう答えればいいんだろうか……
そりゃ、死にたくもないし消えたくもない。
あんな傷を負ってまで、俺の宿命を変えようとしてくれたんだ。
それに応えるのも一つの恩返しかもしれない。

でも……
運命や宿命を捻じ曲げるって、きっとものすごく大変だと思う。
太公望の傷を見ればそのくらい分かる。
仮に消えずに済むとして、左目程度の代償で本当に済むのか?


「一応付け加えておくわね。あなたは太公望の話を断る権利も持っているわ」

「……は?」

「これは言わば、太公望の身勝手な行動に他ならん。これ以上の身勝手に付き合わされるのが嫌で、消えることを望むのであれば、儂らもそれを受け入れよう」

「直詭……直詭の思う通りに決断を下してくれて構わない。それでもワシは、消えてほしくない……!」


深々と太公望が頭を下げてきた。
それに合わせるように、貂蝉と卑弥呼も頭を下げて来る。


「……一つ聞かせろ」

「何なりと」

「その……代償の話だが、本当に左目一つで済むのか?仮に消滅しなかったとしても、一生寝たきりとかはさすがに……」


俺がそう言って、三人が頭を上げた。
三人とも、同じように難しい顔をしている。


「非常に言い難い話じゃが、恐らく代償は他にも払う必要があると思われる」

「しかしながら、現段階ではそれが分からん」

「儀式を執り行って、その結果何かしらを失うって形になるの。終わるまでは私たちも何が代償になるかは分からないわ」

「そうか」


不安要素も、不確定要素も多い話だ。
本当に寝た切り生活を強いられるかもしれない。
もしかしたらもっと酷いものかもしれない。
……でも──


「受けるよ」

「え?」

「俺の事をそこまで思ってくれたなら、応えてこそ恩返しだ。何かを失うのはやっぱり怖いけど、でも、受けてみるよ」

「……いいのか?」

「……まだまだ、俺は……みんなの笑顔が見たいんだ……だから、消えたくない」


太公望が、嬉しそうにはにかんだ。


「ありがとう、直詭」

「……で、物は相談なんだが……」

「別れを告げる時間くらい設ける。じゃが、一人だけじゃ」

「一人だけ、か……」

「悪いが、それ以上は待てん」

「分かった」


三人の間を縫うように、陣幕へと歩き出す。
誰にこれを伝えるべきかは、もう決まってる。
許してほしいなんて言わない。
受け入れてほしいとも言わない。
でも、せめて……


「(泣いてるところだけは、見たくない……)」



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