陣幕に戻ってみても、さっきまでと様子は変わってない。
どうやらまだ動きはないらしい。


「さて……」


どこにいるやら……?
出来る限り早く見つけないと、太公望たちも痺れを切らすだろう。
……とは言え、見つけて何を話す?
これから俺が消えてしまう事実を話すのか?


「……泣いてほしくないとか思ってるくせに、泣かせるようなことしか言えないのか……」


自分の不甲斐なさを嫌と言うほど感じる。
これから確実に相手を悲しませることしかできない自分に……


「あれ?兄様ー、何してるのー?」

「蒲公英か」


俺を見つけて駆け寄ってきた。
あまり暗い表情は見られたくない。
大きく深呼吸して、表情を整える。


「何してるって言われてもなぁ……ちょっと外の様子を見てきただけだ」

「そうなの?たんぽぽはてっきり、また密談でもしてるのかと思っちゃった♪」

「……“また”ってなんだよ?」

「さっきだって、周瑜に目配せされたとか言ってたでしょ?」

「あー、そういう事……」


聞かれてたとかそういう訳ではないみたいだ。
尤も、本当に聞かれてたんなら、こんなに無邪気に話しかけてくること自体有り得ないか。


「それより蒲公英、まだ動きはないか?」

「無いみたいだよ?愛紗とかはピリピリしちゃってるけど」

「……いつも呑気で羨ましい限りだ」

「えーっ?そういう事言うの兄様、ひどーい!」


口を尖らせて拗ねる蒲公英の頭を撫でつけてやる。
ただ……こうやってじゃれるのもこれが最後になるかもしれないと思うと……


「兄様?どうかしたの?」

「っ!?な、何でもない……!」

「そう?何か兄様、ちょっと表情が暗かったから」

「気のせいだろ。あ、そうだ蒲公英」

「なぁに?」

「恋、見てないか?」

「恋?」


そう言いながらキョロキョロと辺りを見回してくれる。
知らないなりにも協力してくれるってことか。


「ゴメン兄様、ちょっと見てないや」

「そっか。ならいいよ」

「恋に何か用事?」

「ちょっとな。後は自分で探すから、ありがとな」


そう言ってもう一度頭を撫でつける。
キョトンとした顔の蒲公英を置いて、そのまま恋を探しに行く。


「(……何だろ?兄様、様子がおかしいような……?)」











数分後、音々音と話してる恋を見つけた。


「あ、直詭」

「白石殿、今までどちらに?」

「ちょっと外の様子をな。……なぁ恋、ちょっとだけ付き合ってくれるか?」

「……………?」

「ねねもご一緒してもいいでありますか?」

「……ゴメン、どうしても恋と二人で話したいんだ。今回は外してくれると助かる」

「むぅ、分かったであります」


音々音には悪いことしたな。
もしも、埋め合わせができるならしたいところだ。


「直詭、どこ行くの?」

「ちょっと外に。誰かに聞かれたくないし……」


並んで陣幕の外へと向かう。
その間、色々と言葉を選ぶ作業に追われた。
どうやったら、今、隣にいる相手を悲しませないで済むか……
それだけを必死に考え抜く。

だから、誰とすれ違っても気にならなかった。
肩に手をかけてきた星ぐらいかな?
ただ、星に対しても雑と言うか気の抜けた返事しかできなかったと思う。
そのくらい集中してた──と言うよりは、他の事に気が回らなかった。


「ここでいい?」

「……(コクッ)」


少しだけ陣幕から離れた場所に座る。
誰かが聞いてたらすぐに分かる場所だ。
たとえ辺りが暗いと言っても、そのくらいの気配は俺も恋も分かる。


「直詭、話って何?」

「……………」


未だに言葉を選びきれてない。
どうするか……?


「……なぁ恋」

「……………?」

「恋は……桃香の理想、好き?」

「……(コクッ)」

「そっか」


……話しながら選べるほど器用でもない。
なのに、沈黙が嫌だと感じた俺の口が勝手に言葉を放つ。


「この戦が終わったら、その理想が叶うと思う?」

「叶えたい」

「……そうだな」

「直詭は違う?」

「そんなことないよ。俺だって叶えたい」


これがこの世界での最後の戦だと信じたい。
いや、最後の戦にしたい。
もう誰も傷ついてほしくないし、何より、皆に笑顔でいてほしい。
……でも俺は──


「……ハァ」

「直詭?何か言えないこと、あるの?」

「っ!?あ……いや、その……」


……恋は敏感だ。
隠し事してたってすぐにばれる。
中身まで分かるわけじゃないけど、それでも、察知されれば動揺もする。


「……どう、話したもんかな……?」

「直詭?」

「なぁ、恋は覚えてる?俺と初めて会った日の事」

「……(コクッ)」

「俺も憶えてる。まるで昨日のことのように」


あの日、全てが変わった。
出会ったから変わったわけじゃない。
ただ、始まりは恋からだった。


「あの日の事を思い出すとさ、時々思うことがあるんだ。もしも、もしも……戦のない世界で出会えてたらな、って……」

「恋も」

「ん?」

「恋も一緒。戦のない場所で、直詭と会いたかった」

「そっか。そりゃ嬉しいな」


その場に立ち上がる。
俺を見上げてくる恋をそのままに、言葉を必死に選び抜く。


「でも、戦乱の世で出会ったのも、きっと運命ってやつだと思うんだ」

「運命?」

「あぁ……バカみたいなこと言うけど、人にはそれぞれ背負うべき運命ってやつがあるんだ。俺も恋も皆も……」

「……直詭?」


今、振り向いちゃいけない。
きっとクシャクシャな顔になってる。
そんな顔、恋に見せたくない……


「……俺が背負ってる運命ってやつは、どうにも残酷なやつばっかりでさ……これから直面する運命も、今までの比にならないくらい残酷なんだと」

「……………?」

「きっとこうやって、何気なく喋るのも……最後になるかもしれないからさ……どうしても、恋と話しておきたくて──」


不意に、背中に柔らかい感触が当たった。
それが何かはすぐに察しがついた。
だからそのまま、言葉を続ける。


「──……どうしても、恋に、ちゃんとお礼を言っておきたかった」

「……………」

「一緒に戦ってくれたこと、助けてくれたこと、そして何よりも……こんな俺を、少しでも好いてくれたこと……本当にありがとう」

「……やだ」

「恋が想ってくれるだけで、笑顔でいてくれるだけで、今まで戦ってこられたって言う自覚がある。だからどうしても、ちゃんとありがとうって言っておきたかった」

「やだ……!」


恋の声が震えてる。
俺の背中に縋りついて、声も体も震わせて、泣きじゃくってるのが嫌でも分かる。
流石恋だな、今からどうなるかをもう察したらしい。
……やっぱり泣かせちゃったか……


「これからちょっとだけ辛いことがあるかもしれない。でも、恋なら乗り越えられるよ」

「やだ、よ……!直詭!」

「俺の知ってる恋は、誰よりも何よりも強いから……だから、これからの戦いでもちゃんと生き抜いて行ける」

「やだ!直詭が横にいなきゃ、やだ!」

「大丈夫……いつもみたいに優しい笑顔でいてくれるなら、戦が終わっても、大丈夫」

「直詭が、直詭が横にいてくれないの、やだ……」


俺の背中にいるのは、無双豪傑の鬼神なんかじゃない。
どこにでもいるような、たった一人の女の子だ。
俺の事を想ってくれてる、俺にとって大事な人……

彼女を泣き止ませられる方法を、俺は一つ知っている。
簡単なことだ。
振り向いて抱きしめてやればいい。
「どこにも行かない」って、ここで誓ってやればいい。


「ニャァ」


今まで気がつかなかった。
スミレが足元で俺を見上げてる。
……この段階でも、まだ俺に選択肢を与えてくれるらしい。


「(このまま恋を抱きしめても良し……太公望の言う儀式に赴くも良し……か)」


最後は自分で決めろってことか。
……どうやら、本気で想ってくれてるのは恋だけじゃないらしい。


「直詭……行かないで!どこにも行かないで!恋と、恋と一緒に──」

「……ありがと、恋」


肩にしがみついてる恋の手に、そっと手を置く。
今までで一番の“ありがとう”を言ったつもりだ。
今までで一番の、謝罪を込めた、ありがとう……


「恋はまだ、直詭と一緒にいたい!一緒にご飯食べたり、一緒にお昼寝したり、一緒に……一緒に……!」

「うん」

「お願い!もう恋、我が儘なんて言わないから!だから、お願い!どこにも行かないで、こっち向いて……!」

「うん」

「一緒に、いてくれるだけで、いい……お願い……っ!」


必死に声を絞り出してる恋。
今まで感じたことのないくらい恋が愛おしい。
もう彼女に泣いていてほしくなんかない。
これ以上辛い思いもさせたくない。
だから──





「ありがとう」





──そっと、突き放した。



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