虎の章/第33’話『天からの授かりモノ』


そこからは連合軍の快進撃と言った感じかな。
洛陽までほぼ問題なく敵を撃破して、あっというまに洛陽まで到着した。


「いい気分ねぇ♪」


洛陽への一番乗りは、劉備軍と曹操軍が競うことになったらしい。
どうも、孫策はここまで二人を利用していたらしく、そのお返しだって言う。
……まぁ、別にそれはいいんだけど……


「だからって酒呑むか普通?」


陣地の中で、二つの軍が一番乗り争いをしているのを見ながら孫策は酒としゃれ込んでる。
俺はと言うと、羅々を埋葬した後すぐに手当てを受けた。
ただ、本格的に眼球が潰れているらしくて、いずれは摘出したほうがいいと言われた。
現段階ではそれをする時間やら道具やらがないとのことで、しっかりと止血して包帯を巻かれただけで済ませてある。


「だって、私たちはしばらく高みの見物出来るんだし?それに、他人の難儀は蜜の味って言うじゃない♪」

「いい趣味してるよ全く……」

「よかったら直詭もどう?」

「結構だ。それより孫策──」

「雪蓮、よ」

「……………」

「真名で呼んでくれないの?」

「いくら仲間になったからって簡単に許していいもんじゃないだろ?」


そう言うセンチメンタルなことは慎重に扱いたい。
ま、何となく孫策は豪放磊落って言うか……
多少なり適当にしてるとは思うけどな。


「……ま、今はいいわ。でもいずれは呼んでもらうわよ?」

「おいそれと承諾できないな」

「お堅いわねぇ」

「そういう性格なんでな。そうそう、これは没収な」

「アーン……いいじゃない別に……」

「大徳利を4本も空けたんだからもういいだろ」

「私にとってはまだ序の口よ?」

「常識的に考えて呑み過ぎだ」


孫策の横にあった大徳利を手の届かない場所に置く。
不貞腐れてるけど別に気にしない。


「随分と打ち解けたようだな」

「あ、冥琳。お帰り〜」


眼鏡をかけた黒の長髪の女性が声をかけてきた。
彼女が周瑜。
一応さっき軽く自己紹介は済ませてある。


「まさか、早速子守を任されるとは思ってなかったよ」

「ちょっとぉ、子守ってひどくない?」

「あなたの面倒を見るのは子守よりも大変なのよ」

「冥琳まで〜……」


拗ねた孫策を見て周瑜はニヤついてる。
史実で一応は二人の関係は知ってたつもりだけど、実際はもっと深い関係なのかもな。


「……ハァ、まぁいいわ。それで冥琳、首尾は?」

「上々だ。台帳と地図はしっかり確保した。これは呉にとって無形の財産となるだろう」

「あ、それでさっきから姿が見えなかったのか」

「あれ?私言わなかった?」

「聞いてねぇ」

「ゴメンゴメン。冥琳は先に洛陽に入ってたのよ」


事後報告とかいらないんだが……


「それで冥琳?これからどうするの?」

「劉備と曹操の一番乗り争いの後、洛陽に入城する。……少し城内が荒れているから、その再建に力を尽くそうと思う」

「荒れてる?何かあったのか?」

「そう言えばさっき思春からボヤ騒ぎがあったって報告を聞いてたけど、それと関係があるの?」

「そうだな。思春」

「はっ!どうやら董卓軍が退却した後、黄巾党の残党が侵入し、狼藉を働いたようなのです」

「……チッ、まだ獣どもが跋扈してるのね……いつか根絶やしにしないと……」


……一つの不安が過る。
何事もないことを祈るだけしかできないけど……


「じゃあ私たちは入城後、すぐに復興作業を始めましょ。穏!」

「はいはーい」


眼鏡をかけた、恐らくこの中で一番胸の大きい女の子が返事する。
陸遜って名前だそうだ。


「資材は充分……とはいきませんけど、供出できる分をまとめておきますね〜」

「よろしく。ある程度無理をしてもいいから、出せるものは出してあげなさい」

「了解であります」


月さんが治めて、俺たちが守ってきた街。
それの復興に手を貸してくれると言う。
言葉にならない感謝の気持ちがあふれて来る。


「……ありがと」

「別に直詭の為じゃないわよ?」

「それでも……ありがと」

「ふふっ」


優しい笑みを向けてくれる。
孫策は思った以上に大きな人かもしれない。
そう思わずにはいられなかった。


「ご報告!劉備、曹操の軍が洛陽入城を終えました!」

「了解。じゃあ、私たちも行きましょう」

「全軍、洛陽に入城する!乱暴狼藉をしたものは斬首だ!孫呉の正規軍の誇り、忘れるでないぞ!」

「「「「「応っ!!!」」」」」











「……………」


入城して真っ先に目に入ってきたのは、黒々と燻っている煙だった。


「まさに獣の所業ね……むかつくわ、いつか根絶やしにしてやる」

「我らに力がついてから、な」


自分の治めていた街でもないのに、孫策は心底怒ってくれている。
……俺はと言うと、怒りと悲しみと心配とが同時に頭にあふれて、呆然とすることしかできない。


「で、雪蓮?この惨状、どう処理する?」

「穏、炊き出しの準備を。それに負傷者の救助は最優先で行いなさい。あと、長老格の人間を連れて来て」

「了解であります♪」

「思春は治安回復を。李緒は仮設天幕の設営準備をしておきなさい」

「「御意!」」

「明命は……董卓の足取りを追える範囲で追ってちょうだい。直詭、董卓の外見とかを教えてあげて」

「はっ!」

「分かった」


テキパキと孫策がみんなに指示を出す。
俺も指示を受けて、周泰に月さんの外見を説明する。


「私たちはしばらく洛陽に留まり、復興作業に従事しましょう。良いわね、冥琳」

「……計画に多少ズレが生じるが、この際仕方ないだろうな」

「ズレなんて気にしてる場合じゃないからね。蓮華と祭によろしく伝えておいて」

「分かった」

「ん?孫策、この場にいない奴でもいるのか?」

「えぇ。私の妹と宿将がね。今回の戦には参加しないで、これからの計画の為に動いてもらってるの」

「計画?」

「それもちゃんと教えるわ。今は復興に集中しましょ」

「あ、あぁ……」


そこから兵士たちが孫策の命令を受けて一斉に動き出す。
迅速に動くそれは、見ただけでも練度の高さが分かる。

その様子を見ながら、孫策は少し複雑な表情をしていた。


「……孫策、どうかしたか?」

「ちょっとね……」

「……何を見てたんだ?」

「戦争の爪痕」

「……………」

「そう言うのって、いっつも弱い人間にしわ寄せが行くのよね。やるせないなぁって思って……」


戦争で一番傷つくのは、戦う力を持たない弱い人たちだ。
それはどの時代でも同じこと。
ただ、こうして目の当たりにして、呆然とすることしかできない自分も無力だと思う。


「母様が死んだあと、江東では内乱や侵略、暴徒の反乱……そう言ったものが一気に噴き出してね……その時の私は、民たちを守る力がなかった……それが今、重なって見えるんだよね……」

「……今目の前にある惨状は孫策のせいじゃないだろ?」

「それは分かってるけど……でも、あまり心楽しいモノじゃないわよ、こういう光景は……」

「雪蓮、弱音など聞きたくないぞ」

「冥琳……」


厳しい顔つきで、周瑜が孫策に声をかける。


「文台様の遺志を継ぎ、天下を目指すと言ったのはどこの誰だ?」

「……私」

「ならば弱音は吐くな……雪蓮の優しさは分かっているが、それが覇業の妨げになる場合もある」

「……うん、分かってる」

「ならもう言わないで……いいわね?」

「……(コクッ)」


……やっぱり、孫策は大きい。
大きくて強い。
まだまだお互いの事は知らない部分が多い。
でも、まっすぐで太い芯のようなものがはっきりと見える。


「そうね。私は私にできることを精一杯して、後事を蓮華に託さないと……」

「……託す?まるで死に際の発言だな」

「そう聞こえた?」

「まぁな。あんまりそう言う不吉なこと言うのは感心しないな」

「心配してくれるの?」

「……ま、一応は仲間になったんだし……そう言う心配くらいしてもいいだろ?」

「ふふっ、ありがと」

「しぇ、雪蓮様!冥琳様!大変ですー!」


少し落ち着きが戻ったところに、周泰がとんでもない声を張り上げて走ってきた。
……あの、月さんたちはどうなったか知りたいんだけど……


「どうした?何かあったのか?」

「そ、それが!井戸がブワーッてなってて、それで龍がドーンッって舞い上がってて、すごいのなんのって感じです!」

「……何それ?」


羅々より説明下手なやつとか初めて見た……


「ちょっと落ち着きなさい?ホラ明命、大きく深呼吸して」

「すぅぅぅー……ふぅぅぅー……」

「はいもう一回♪」

「ふぁぁ〜!ふぅぅぅーーー……」

「落ち着いた?」

「はい!おちちゅきました!」

「舌を噛んでしまうほど落ち着いたところで、もう一度報告してもらおうか」

「はいっ!」


……………
あれ?
何か周泰が固まったんだけど?
報告は?


「えっとぉ……説明することを忘れてしまいました!」

「なんじゃそら……」

「と、とにかく何かすごいんです!こちらに来てください!」


動顛しまくりだな……
取り敢えず俺たちは周泰について行く。
案内されたのは街外れの路地だ。
……この辺、霞のサボりコースだったな、そういや……


「あそこです!井戸から凄い光が放たれているのです!」


周泰が指差した井戸からは、確かに中で何かが光ってる。
……待てよ?
洛陽、井戸、孫呉……
何かあったような……


「何だこの光は……?」

「……………あ」

「直詭、何か知ってるの?」

「いや、直接見たことは無いんだけど……多分、すごいものだと思う」

「何それ?」

「見りゃ分かると思う。周泰に取って来て貰えばいいんじゃないかな?」

「ええっ?!あ、あの……大丈夫なのでしょうか……?」

「体に害のあるようなものじゃないから安心していい」

「は、はぁ……」


心配そうな面持ちで、それでも覚悟を決めて周泰が井戸の中へと降りていく。
んで、すぐに巾着袋のようなものを持ってあがってきた。


「井戸の中にこんなものがありました!」

「何これ?うっすらと光を放ってるみたいだけど……?」

「開けてみて」


俺が言うと、少し警戒しながら孫策がその袋を開く。


「小さな印鑑みたいね……ん?違う!これ……玉璽?!」

「なにっ?!」

「ホラ見て。白い大理石を素材として、龍をあしらった彫刻……秦始皇本紀に書かれている表記と全く同じね」

「始皇帝が作らせた、皇帝たる証か……これはとんでもないものを拾ったな」


井戸の中にあった理由は分からない。
多分、月さんたちが撤退する混乱に乗じて、宮廷から持ち出されたって考えるのが一番しっかり来るかな。
持ち出した人も、逃げきれないと悟って、この井戸の中に捨てたか隠したんだろう。


「……天祐ね、これは」


孫策がほくそ笑む。
周瑜も同様にニヤリと笑う。


「あぁ。この天佑、存分に利用させてもらおう。明命!」

「はいっ!」

「幾人かの兵を洛陽の民に偽装させ、さりげなく情報を流せ。……孫策が天より玉璽を授かったとな」

「了解であります!」

「それともう一つ……玉璽と共に、天の御遣いが孫策の下に馳せ参じたと言う情報も流せ」

「天の御遣い?直詭がそうだって言うの?」

「恐らくな。曹操の下にいた御遣いと同じ服を着ていたし、この玉璽の存在も知っていたようだ」

「確かに天の御遣いって肩書ではあるけど……」


ホントに大した力は持ってないぞ?
せいぜい、恋たちと訓練した武の腕くらいで……


「真偽は良い。この噂が広まれば、雪蓮の下に人や物が集まってくる」

「……ま、俺に利用価値があれば使ってくれていいけど」

「それは助かる。雪蓮、ここからは徳ある王として、演技をしてもらうわよ」

「うぇぇ……めんどくさいなぁ、もう……」

「遊びじゃない。これは正に天佑……この天佑を存分に利用しなければ、私たちの未来はないわ」

「分かってるわよ……ただ、ちょっと本音を出してみただけ」

「……頼むわよ?」

「了解」


こうして──
周りから笑われることもあったけど……
孫策の洛陽復興と言う慈善事業が始まった。











後書き


ちょっとスランプです……
書きたいことが書けなくて辛い……
頑張って乗り越えてみます。

では次話で



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