虎の章/第35’話『星を見上げて』


「……んん、ん?」


起き掛けに何となく顔に違和感を覚えた。
ちょうど左目の方だな。


「何だこれ?」


触ってみれば、まず最初に感じたのは包帯の感触。
次に感じたのは、何て表現すればいいのか分からないけど、取り敢えず眼球でないことは確かだった。
……そういや、甘寧──思春に斬られて眼球が潰れてるんだったな。
でもこの感触は何だ?


「……ん〜?ぅん……分からん……」


体を起こして辺りを見て見るけど、特に変わったものはない。
あ、ここは俺の部屋。
雪蓮が宛がってくれた一室だ。

みんなに自己紹介して、3日ほど経ったか。
雪蓮……っていうか周瑜──冥琳はずっと洛陽の復興業務に勤しんでる。
俺も時々手伝いとかさせてもらってるけど、完治してないのに無理するなって、あんまりのめり込んで作業はしてない。
気遣ってもらって嬉しいけど、やっぱり元は俺も守ってた街だし気にはなる。


コンコン


「直詭〜、起きてる〜?」


この声は雪蓮か。


「起きてるよ」

「入るわよ」


俺が許可を出す前に雪蓮が部屋に入ってきた。
……随分と嬉しそうな顔してるな。
何かあったんだろうか?


「どう?」

「どうって何が?」

「左目よ」

「左目……あぁ、何か違和感あるんだけど……」

「ま、そんなもんよね。そのうち慣れるわよ」


何か知ってる風な口だな。


「昨日、俺が寝てる間に何かあったのか?」

「察しがいいわね。えぇ、以前に言ってた医者が昨晩到着して、直詭が寝てる間に処置してもらったの」

「成程……」


よくもまぁ起きなかったもんだな。
我ながら感心する。


「で?処置って何したとか聞いてる?」

「左の眼球が完全に潰れてたから摘出して、骨格が変形しないように義眼を入れた、って聞いてるわ」

「……ホント、よく起きなかったもんだよ」

「痛みを打ち消す薬を飲んだからじゃない?」

「寝てるのにどうやって飲んだんだよ……」

「え?私が口移しで」

「はぁ?!」


いやいやいやちょっと待て!
え、何か?
寝てる間にそんなことになってたのか?!


「あははっ♪冗談よ♪」

「……性質悪ぃぞ」

「ホントはね、痛みを打ち消すツボに鍼を打ったそうよ」

「鍼?えっと雪蓮、その医者の名前は?」

「華佗よ。それがどうかしたの?」


あぁ華佗か。
確か、月さんの治療の時も鍼使ってたな。
ま、アイツの腕なら間違いないだろ。


「歩けそう?」

「ちょっと待ってくれ。今起きたところだから」


ベッドから起き上がって、部屋の中を軽く歩いてみる。
……うん、問題ない。


「大丈夫っぽい」

「ならよかったわ。じゃ、行きましょうか」

「行く?どこに?」

「買い物♪蓮華も一緒よ」

「別に同伴者は誰でもいいんだけど、買い物って何買うんだよ?」

「直詭の服」

「俺の?」


別に困ってるわけじゃないぞ?
まぁ確かに、元の制服は羅々にあげちゃったけど……


「そのままだと格好付かないでしょ?」

「そうか?」

「そうよ。だから、何日か前に意匠を頼んでおいたの」

「準備良いな」

「まぁね♪じゃ、行きましょ」











ほぼ雪蓮に引っ張られる形で呉服屋まで到着した。
同伴者は孫権──蓮華と思春の二人。
思春は護衛目的らしい。
で、蓮華は俺と同じく半ば強引に連れてこられたそうだ。


「服買いに来るだけに、こんなに人数要らなかったんじゃねぇか?」

「いいじゃない。買い物は大勢で楽しむもんだし♪」

「まったく……姉様は……」


うん、蓮華も苦労人と見た。


「ホラ三人とも、グズグズしてるとおいていくわよ」

「主賓を置いていくな」

「ハァ……」


置いていかれても困るので一緒に中に入る。
……随分と客が少ないな。
てか、いない?


「ホラホラ、今日は私たちの貸切だから♪」

「姉様、また無駄遣いしたんですね……」

「いいじゃない!今日は直詭の歓迎会も開くつもりだし♪」

「また初耳だぞ?」

「まだ言ってないもーん♪」


このテンションに付き合い続けるのは疲れそうだな。


「これはこれは孫策様。いらっしゃいませ」

「おじさん、例の奴できてる?」

「はい、こちらに」


店主のおじさんはそう言うと、店の奥から包みを持って出てきた。
んで、雪蓮がその包みをウキウキしながら開いていく。
……俺の服じゃなかったのか?


「ん〜♪格好良くできてる♪」

「どんなのだ?」

「はいこれ」


雪蓮に手渡されたのは、黒を基調としたデザインの服。
……って言うかコレ、フランチェスカの制服の色違い?
白い部分が黒に、青い部分が赤になってる。
よくもまぁ再現できたな……
流石に材質とかは違うけど、十分元いた世界でも通用するぞコレ。


「早速着てみてよ」

「あぁ」


言われるがままに袖を通す。
……うん、着心地もいい。
サイズもぴったりだし、色も相まって身も心もキュッと引き締まる感じだな。


「うん、かっこいい♪ね、蓮華?」

「へ?え、えぇ……」

「素直にかっこいいって言ってあげたら?」

「え、いや、その……」


そこまで無理に言わせなくてもいいんだが……


「孫策様、こちらはいかがいたしましょう?」

「あ、それね。直詭、こっちも付けて見て」

「何だそれ?」


えっと、眼帯か?
目を覆う部分が随分と大きい気がするけど……
まぁ、付けてみるか。


「……こんな感じか?」

「紐の部分はある程度調節ができるようになっています」

「んー、このくらいでちょうどいいかな」

「似合ってる似合ってる♪」

「ふぅん……貫禄がある様に見えるわね」

「……蓮華、もうちょっと言い方なかったの?」


ま、褒め言葉として受け取っておこう。


「てか雪蓮。これだけの為なら貸切にする必要なかったんじゃねぇか?」

「何言ってるの?ここからが本番よ」

「は?」

「直詭って、パッと見た感じだと女の子にも見えるし、そっちの服もいくつか選ぼうと思って♪」

「却下だ」


仕える相手が変わってもこの扱いか?!
いいセンスしてると思ったけどそんなことは無かったな……


「ホラ、蓮華も選んであげて」

「わ、私もですか?!」

「勿論よ。時々着せるつもりだから、可愛いの選んでね」

「……無難な奴で」


雪蓮は大きい人物だと思ったよ?
でも、それ以上に自由な奴だと認識を改めざるを得なかった。
……ハァ、またからかわれるのか……











「……ふぅ」


城壁の上に上がって、満天の星空を仰ぐ。
今にも降ってきそうな星々が煌めいてる。
……心なしか、少し寂しくなった。


「こんな所にいたの?」

「蓮華」


蓮華が階段を上ってきた。
穏やかに笑みを向けてくれる。
それが、今は救われる思いだった。


「直詭の歓迎会なのに、主役が抜けだしたらって姉様がぼやいてたわよ?」

「ちょっと酒を呑み過ぎたから、外の空気を吸いたかったんだよ」

「ふふっ」

「……何だよ?」

「いえ……正直、驚いたの。最初は姉様の気まぐれだと思ったんだけど、意外とそうでもないかもしれないわね」


何が言いたいんだかさっぱりだ。
ん?
蓮華が俺の横に腰掛けてきた。


「隣いいかしら?」

「座ってから聞くか?」

「ふふっ」

「……ま、断らねぇけども」

「だと思った」

「何で?」

「なんとなく」

「そうか」


二人で夜空を眺める。
元いた世界ではあまり気にならなかった。
白だけじゃなくて、赤や青や緑……
いろんな色の星がある。


「綺麗だな」

「えぇ」


瞬く星々がこんなに綺麗だなんて知らなかった。
ふと蓮華に目を向けてみれば、その目にも星が煌めいてる。


「どうかしたの?」

「……いや、星に見惚れてただけ」

「そう」


心の中が澄み渡っていくような気分になる。
ただ星を眺めてるだけなのに……
どうしてこんなに、空が広く感じるんだろう……?


「ねぇ直詭」

「ん?」

「何考えてたの?」

「……星が綺麗だなぁって」

「他には?」

「……別に」

「ホントに?」

「……………」

「差出がましいかも知れないけど、良かったら教えてくれないかしら?」


まだ会って間もないと言っても過言じゃない。
でも、蓮華の器が大きいと感じさせられた。
そういや、雪蓮や冥琳も、次期当主は蓮華だとか言ってたっけ?
……違うな、今感じてるのはそんな理由じゃない。


「俺さ、星に色があるなんて、あんまり知らなかった」

「うん」

「こうやって見ると、いろんな色があるんだな」

「星に誰かを重ねてたの?」

「……守ってやれなかった奴の事を、少しだけ……」


どこかで聞いたことがある。
死んだ人間は夜の星になって、見守ってくれてるって。
そんなメルヘンチックな話は今まで信じたことが無い。
……でも今は……


「あいつさ、死ぬ間際に……“幸せだ”って言ってくれたんだ」

「そう」

「その時は信じられなかったけど……あいつ、ホントに幸せだったのかなって……」

「……大丈夫よ」

「え?」

「死ぬ間際に嘘を吐く人なんていないわ。だからそれは本心から、“幸せだった”って言ったのよ」

「……だといいんだけど……」

「確かに、その真意を確かめる術はないけれど……でも、言ってもらった直詭自身が信じてあげれば、それは真実になるわ」

「俺自身が、か」

「えぇ。直接見たわけじゃないけど、きっとその相手、笑ってくれたんじゃない?」

「あぁ」

「なら、信じることが残された人間の役目。でしょ?」


……そう、だな。
あいつの言葉を、羅々の本心を、俺はあの時受け取ったんだ。
何を疑う必要があった?
蓮華の言う通り、信じてやればいいだけだ。


「蓮華」

「何?」

「……ありがと」

「ふふっ、どういたしまして」


死後の世界なんてわからない。
天国だの地獄だの、そんなものがあるかなんて知らない。
見上げる星空に、羅々がいるかどうかさえも分からない。


「……今度は、約束、守るよ」


届くかは分からない。
でも、届いてほしい。
もしも“次”があるなら、俺は今度こそ守って見せる。
もう二度と、約束を違えないと誓いたい。


「さ、戻りましょ。皆待ちかねてるわ」

「そうだな」


新しい仲間たちと生きていく。
けれど、絶対に忘れないと誓う。
羅々の事も、約束を守れなかった事実も、全部引き摺って生きていく。


「もし、ソコにいるなら……俺の生き様、見届けてほしい」















後書き


随分遅くなりましたorz
まだまだスランプから脱却できてないですけど、頑張って再開させてみようと思います。
所々のネタは出来てるので、原作と照らし合わせながらつなげていく作業が続くかな?
まぁ、しばらくは日常編でも書いて、ペースを取り戻すことに専念します。

では次話で



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.