虎の章/第57’話『未来へ向けての安らぎ〜恋とは下手でも純粋で〜』


「……じゃあ、この辺で終わるか」

「では獅鬼様、我々は──」

「あぁ。兵の皆は戻って休んでいいよ。俺は報告書上げないといけないし、どっかで早めの晩飯食ってから戻る」

「了解しました」


今日も今日とて警邏。
殆ど問題が起きないと楽でいい。
とは言っても、今日は冥琳辺りに相談すべき事案が二つほどある。

1つは漁師のおっちゃんからの相談。
新鮮な魚介を提供できる場所や、鮮度を落とさない運搬方法を考えてほしいって声があった。
偶々料亭に納品するところに出くわして、そのまま雑談がてら相談された感じだ。
まぁ確かに、港から距離があると鮮度は落ちる。
俺が提供できる知識でどうにかなればいいんだけど、他にも運搬経路の確保とかは軍師の面々に任せたい。

で、もう1つは母親グループからの相談。
簡潔にまとめると、託児所的なものを設営してほしいらしい。
最低限の文字の読み書きだの計算だのも教育してもらえればより良いらしい。
……こっちは人員の問題だな。
子供の扱いに長けた奴とか、呉の主だった人間に思いつかない。
最悪、どっかから教育者でも手配しないと、設営以前の話だ。


「んー……腹の減り具合が微妙だな……」


昼の警邏を担当して、それこそ小休止を二回くらい挟んだだけ。
ほぼずっと歩きっぱなしだったくせに腹の虫は物静かだ。
兵士の連中とも別れたし、好きに食えばいいんだけど……


「いっそ城に戻ってからに──ん?」


もうちょっと個人的に散策するか悩んでた時……
遠目に見知った顔を見つけた。


「玲梨、だよな?何してんだ?」


遠くから見る限り、誰かと喋ってる感じだ。
談笑、って感じだな。
雰囲気は別に悪くなさそうだし、放っておいても──


「──あ、気付いたか」


向うも俺に気付いたらしい。
“こっちに来い”って手招きしてる。
ま、そんなに時間取られるわけでもないだろう。
そんな訳で、近づいてみれば──


「良いところで見つけたぞ直詭」

「何が?」

「義公さん、この人が噂の?」

「あぁ。愛い顔をしてるだろう?」

「……人のコトどういう風に喋りやがった?」


玲梨と喋ってたのは、俺より10歳近く年上っぽい男数人。
随分と親しげに話してたな……
でも、見た感じは漁師とかには見えねぇし……


「なぁ玲梨、この人たちは?」

「自分の昔の恋人……元カレ、とでも言うのだったかな?」

「へ?」


唖然となった。
自分でも分かるくらい呆けた顔でその人たちを見て見れば、何だか照れくさそうに頷いてみせてくる。


「これだけの人たちと付き合ってたのか?」

「まぁ、な。ただ、自分はどうにも恋愛が下手くそでな」

「……って言うと?」

「相手が自分以外に好意を示すと、途端に冷めてしまう性質でな。ま、嫌な別れ方はしてないし、自分は相手に幸せになって欲しいから世話を焼くのがお約束なんだよ」

「つまりは……元カレに別の相手を紹介とかするのか?」

「結婚するまでは面倒見るぞ?」

「随分だな……」


ってことは、ここに居る人たちは妻子持ちか。
……元カノと喋ってるところ見られて大丈夫なのか?
まぁ、玲梨の話が本当なら、相手も玲梨の事は知ってるだろうけど……


「それで、何話してたんだ?」

「時々こうやって集まって、嫁に対する愚痴などを吐き出させてやってる。溜め込めば毒になるからな」

「……こんな往来でか?」

「自分と男が喋っていれば、大抵そう言うことだというのは周知のこと。円満な家庭であってほしいから、こうやって時間を割くものでな」

「別れた相手にそこまで世話焼くのか……変わってるな」

「自覚してるから言わなくても良い」


そう言いながら笑って見せる玲梨。
……でも、何だか俺はちょっと寂しくなった気分だ。
何でかは自分でも分からない。


「そ、それより義公さん。今はこちらの人と──」

「ん?あぁ、その予定だ」

「へ?玲梨、何のことだ?」

「何のことだとは釣れない奴だな……雪蓮様から子を作れと言われているだろうに」

「……あー、そのことか」

「随分他人事のように話してくれるな。自分とも関係を持ってくれるのだろう?」

「あのなぁ……そんな話をこんな往来でするんじゃねぇよ」

「別におかしなことではありませんよ。えっと……獅鬼様、でしたか?」

「それは異名と言うか二つ名と言うか……白石直詭です、好きに呼んでくれていいので」

「では白石さんと……話を戻しますが、義公さんと喋る時は、そんな下世話な話も平然と往来でしているものです」

「もう一人子供を作るかとか、嫁が最近相手をしてくれないとか……それこそ嫁に直接できない話も、義公さんになら出来るんですよ」

「義公さんが言うには“往来でも堂々と話せるくらい肝を据えろ”とのことで……もう慣れてしまいましたよ」

「さよけ……」


この辺は玲梨の影響だろうな。
普通なら女性陣から白い眼向けられそうな内容でも、“玲梨と話している”から認可されてるんだろう。
ま、それだけ玲梨も信頼されてるってわけか。


「ところで白石さん。先程表情が曇ったような……?」

「そうか?」

「それは自分も気づいたぞ。直詭、何かあったか?」

「別に何も無ぇけど……」

「……義公さんと付き合った者として、これは助言になるかは分からないんですが──」

「ん?」


男連中の中で、一番年上っぽい人が口を開いた。
不思議と、その人の言葉を待ってる自分がいる。


「はっきりと付き合っている間は、義公さんは他の男に惹かれたり気をかけたりすることは無いですよ」

「それってどういう……?」

「これは私の勝手な憶測なんですけど……白石さん、義公さんが私たちと親密に話しているのを見て寂しくなってませんでした?」

「……かも知れねぇな。否定はしない」

「ほぅ?嬉しいことを言ってくれるな直詭」

「茶化すんじゃねぇよ……続き、聞かせてもらっても?」

「えぇ。白石さんは恐らく、恋人に余所見をしてほしくない人なのではないかと思って……」

「そこは分からねぇけど……」


実際どうなんだろうか。
嬉しい話、雪蓮をはじめとする皆は俺のことを好きだと言ってくれてる。
……直接言ってこない奴もいるけどな。
でも、その皆が誰か他の人を好きになったとかは聞かない。
そのことに安心してるのか?
それとも、烏滸がましい話だけど、それが当たり前とでも思ってるんだろうか……?


「今こうして義公さんとお話させてもらっているのは、義公さんが特定のお相手と付き合ってないからです。義公さんに恋人ができた日には我々はお祝いしますし、このように愚痴を聞いてもらうために集まることは無いですよ」

「ま、そういうこと。だからこの場に直詭が来てくれて助かった」

「“助かった”だ?どういう意味だ?……そういや、“良いところで見つけた”とか言ってたな」

「あぁ。皆に紹介できる機会が今までなかったからな」

「……と言いますと、義公さん。つまりは──」

「雪蓮様の命と言うこともあるが、自分とこの者……白石直詭とは夫婦になることとなっていてな」

「「「それはおめでとうございます!」」」

「……ったく」


改めて言葉にされるとさすがに恥ずかしい。
否が応でも俯かざるを得ない。


「ん〜?どうした直詭、顔が真っ赤だぞ?」

「ほっとけ……」

「それよりも義公さん。そうしてお相手ができたのであれば、こうして集まれるのも次はいつになるか分かりません」

「そうだな。なら、溜まってるもの全部吐き出すまで付き合おう。立ち話でもいいが、折角直詭もいるし、近くの居酒屋にでも場所を移すか」

「……俺は呑む気ねぇぞ?」

「伴侶を得た人間からの話は貴重だぞ?後学のために付き合え」

「ハァ……分かったよ」











終わってみればとっくに深夜。
男連中は家庭があるから途中で帰ったけど、俺は最後まで玲梨に付き合わされた。


「今宵の酒はどうだった?」

「……割と弱めの酒で助かった。肩を借りなくても歩いて帰れそうだ」

「そうかそうか」


ほんのり赤みの差した玲梨の顔は、月明かりのせいか、いつもよりも艶っぽい。
……自分が一度でも好きになった相手には幸せになって欲しい、か……
言葉にこそできるだろうけど、心底思って動ける人間なんてそんなにいないだろう。
付き合いもそれなりになったけど、流石は歴戦の宿将。
想像よりもはるかに大きな器を持ってる。


「なぁ直詭」

「ん?」

「自分は直詭が誰を好いても良いと思っている」

「……いきなりなんだよ?」

「子を成せと言う雪蓮様の言葉、どこまで直詭が本気にしているかは分からんが……もしも体を重ねる日があれば、その時は自分だけを見てほしい」

「……だから、そう言った話はもっと人目のないような場所で──」

「誰かに聞かれているかもしれんから、自分の言葉を無為にしないと誓える」

「玲梨……」

「知ってるかは知らんが、自分は嘘を吐くのが下手でな。恋愛に関してもそう……直詭が真に自分を想ってくれるなら、自分はいくらでも──」

「うっせぇ」


言葉の続きを聞きたくなかった。
だから無理矢理黙らせる。


「仮に雪蓮の言葉があろうとなかろうと、俺はこうやって一緒にいられる皆に惹かれてる。身の丈に合わないくらいに贅沢だと感じてる」

「……そうか」

「だから……自然なままでいてくれたらそれでいい。着飾ったり取り繕われると、そっちの方が俺は冷める」

「ハハハ!なんだ、直詭も恋愛は下手か?」

「どうだかな。でも──」

「ん〜?」

「言葉にしてくれようとされまいと……好きだと想ってくれているなら、俺はそれに応えたいと思うし、何より……俺もみんなの事は好きだ」

「……そこに──」

「……………」

「──自分も入っているか?」

「分かり切ったこと聞くんじゃねぇよ」

「そうか。なら直詭、また時間を作ってくれるか?」

「あン?」

「直詭が恋愛についてどう考えているか……自分もそれを吐露するつもりだから、聞かせてほしいと思ってな」

「……俺は恥ずかしいばっかりじゃねぇか」

「ハハハ!やはり直詭は愛いな」

「──……だって……」

「ん〜?」

「玲梨だって……十分に可愛いし、惹かれてるんだよ俺は……」

「っ?!そ、そうか……」

「こう言うこと言うのは酒が入ってる時だけだ。素面じゃとても言えねぇよ」

「……ハハハ。愛いかと思えば、雄らしいところも見せてくれる。雪蓮様も良い男を紹介してくれたものだ」

「その言葉……俺と同じこと思ってんじゃねぇよ」

「ん〜?何か言ったか?」

「さぁな」


好きになってもらえることは純粋に嬉しい。
つりあえる男になれるか、もしくはそれだけの器があるか……
俺にはまだ自信が無い部分が多い。
だけど──


「玲梨」

「どうした?」

「ありがと」

「ん〜?どれはどういう──」

「──さて、さっさと帰るか。明日も仕事だ」

「あ、あぁ……」


いつか雪蓮が言ってた。
“ヒトの価値を決めるのは自分ではない”って。
今、俺と言う人間の価値は、皆にとってどれほどなんだろう……?

でも、こうやって好きになってもらえているほどに価値はあるんだろう。
これからも自分自身を貫いて行かないと、皆と同じように笑い合える資格は無いかも知れない。
その上で、成長していかないといけない義務もある。
やらなきゃならないことは山積み……
でも──


「──やりがいがあるのは……みんなのお蔭だな」












後書き

だんだんと短くなっていく(泣
個人的には魅力のあるキャラなのでもうちょっと熟考しても良かったかな?


ではまた次話で



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