コンコン


「ん?どうぞ」


部屋の扉をノックする音。
誰だろ?


「お邪魔しますね」

「……どうぞ」

「そんなに畏まらなくていいですよナオキさん」

「これが普通の反応だと思うんですけど……月さん……」


普通に考えてみろ?
月さんは可愛い女の子だって言うのは認める。
ただな、仮にも俺の主君だ。
礼節をもって弁えるのは当然のことでだな……


「今、お暇ですか?」

「暇と言えば暇ですよ?急ぎの用事はないですし」

「じゃあ、お願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何です?」


流石に無茶な注文はしてこないだろう。
まぁ、女装してくれって言うのはさすがに断りたいが……
嫌がってるのに無理にさせるほどこの人も酷じゃないと信じたい。


「その……ナオキさん、お料理は得意ですか?」

「料理?まぁ、人並みには」

「教えていただけませんか?」

「へ?でも月さん、出来るんでしょ?」


詠から聞いた話になるが……
月さんはそこそこ料理ができるらしい。
滅多にする機会はないが。
でも、包丁の使い方も分からないってことは無いらしい。
教える必要あるか?


「別に構いませんけど……でもどうして?」

「ナオキさん、天の御遣いですよね?」

「そういう肩書にはなってます」

「でしたら、天界の料理とかもいくらかご存知ですよね?」

「……まぁ、こっちにはない料理はいくつか知ってますけど……」

「それを教えてほしいんです。その……後学のために」


後学って……
別に結婚を控えてるとかじゃないだろうに……


「詠にでも作るんですか?」

「え、えっと……その……へぅ……」


なぜ照れる?!


「ま、いいですよ。ただ、食材があるか見てからでもいいですか?」

「そ、それはもちろん!」

「落ち着いてください……」

「へぅ……」


何か随分と意気込んでるな……
流石にちょっと気になる。
……まさかとは思うが、好きな相手でもできたとか……?
いやいやいや、流石にそれはない……よな……?


「ナオキさん?」

「あ、いや、失礼……んじゃ、とりあえず厨房にでも」

「はい」


取り敢えず今は料理の事を考えよう、うん。
天界って言うか、元いた世界の料理か……
何にするべきか……
……そういや、この間作ったアレがあった筈。
となると、アレを作ってもらうって言うのもアリか。


「月さん」

「はい?」

「月さんは辛い物は好きですか?」

「えっと、好きですよ。ものすごく辛い物は無理ですけど」

「なら大丈夫かな。辛さを抑えるものも確かあった筈だし」

「あの、ナオキさん。何を教えてくれるんです?」

「元いた場所で、俺が好きだった料理です」


俺に限らず、好きって奴は多いと思う。
そう言う料理の代表格の筈だ。
寮の食堂でも週に1回は食べてたっけか……


「ナオキさんが好きな料理、ですか……──うん」

「ん?何か言いました?」

「い、いえ!何も!」

「……………?」


何考えてるかはさっぱりだけど、まぁ久しぶりに俺も喰いたいし。
レシピは問題ない。
後は材料と調理器具か。
……んー、とりあえず厨房と相談だな。











食材はこれだけ揃ってれば問題ないな。
器具の方も言うことなし。
ただ1つだけ問題があるとすれば……


「……っ!」

「月さん……?」


何故かやたらと意気込んでる月さんだ。
別にカエルを扱うとかはないぞ?
それに作るのは──


「じゃあ月さん、作っていきましょうか」

「は、はひっ!」

「……その前に深呼吸どうぞ」

「す、すみません……緊張してしまって……」

「何に?」


何か緊張する要素あるか?
まぁ、見たことない料理を作るって言うのは緊張するかもしれないけど……


「な、ナオキさん!」

「……何です?」

「い、色々間違ってることがあったら、その……!て、ててて、手とり足とり腰とりお願いしましゅ!」

「落ち着きましょう本気で」

「で、ですけど……!へぅ……」

「……そんなに固くなってたら却って怪我しますよ」


ちょっと深呼吸してもらおう。
……落ち着いたかな?
こんなにあたふたしてる月さん見るのも珍しいな。


「そ、それじゃあ……その……」

「はい。今回教えるのは、カレーです」

「かれぇ?」

「俺のいた国だと、かなりの人が好きな料理です。実際、俺も好きですし」


ある程度は具材もトッピングも自由な料理だ。
ま、今回はオーソドックスに行くが。
ちなみに、カレー粉の原材料は、この間市場で見かけて衝動買いしてある。
ついでに言えば、カレー粉だけはもう作ってある。
……喰いたかったんだ、悪いか?


「じゃあまず、鍋に油を敷いてください」

「はい」


久々に料理するのかな。
ちょっと手元がおぼつかないような気もする。
それでも、ちゃんとフライパンに油を敷いてくれた。


「じゃ、そこに生姜を入れて香り付けしましょう」

「えっと……こう、ですか?」

「お上手です。俺、手順さえ言えば大丈夫そうですね」

「そんなことないです。横に付いてくださってるから安心できますし」

「なら嬉しいですよ。じゃ、香り付けが済んだら、小麦粉を炒めましょう」

「小麦粉を?珍しいんですね」


そう言いながら少々ゆっくりと小麦粉をフライパンに入れていく。
……さて、こっからがちょっと難しいんだ。


「その小麦粉を焦がさないように気を付けてくださいね」

「え?あ、はい!」


フライ返しも使って、焦がさないように炒めてる。
別に失敗したらやり直せばいいのに……
なんか、いつも以上に気張ってるような……


「じゃ、ちょっと炒めててくださいね」

「ナオキさんは?」

「他の具材に火を通しておきます。こっちの煮汁も少し使いたいですし」


肉と人参と玉ねぎとジャガイモ。
カレーの定番と言えばこの具材だろう。
シーフードカレーとか、いろんな種類があるのは知ってるけど、久々に食いたいとなればやっぱ定番だ。
小麦粉から作るカレーも結構美味いし。


「ナオキさん、そろそろ焦げ目がつきそうですけど」

「じゃあ横に置いてあるやつを入れて、もうちょっと加熱してください」

「……コレは?」

「カレー粉って言って、いろんな香辛料とかを混ぜ合わせたものです」

「分かりました」


それから──
互いにいい感じに調理が進んだ。
これと言って目立ったミスもなく、余計なレシピの書き換えとかもなく、順当にカレーが仕上がってきた。
うん、カレー独特のいい香りが漂ってきた。
流石に腹減るよなぁこの匂い嗅ぐと……


「んじゃ、後は煮込んで出来上がりです」

「これからどの位煮込むんですか?」

「味がじっくりとしみこむまで煮込んで、その後は一旦火を消して、それからまた少し寝かせてから加熱すると美味しくなるんです」

「……楽しみですね」


素直に俺も楽しみだ。
これに福神漬けとかあれば最高なんだが……


「このままお皿に盛りつけて食べるんですか?」

「そういう風に食べる人もいますし、ご飯にかけて食べる人もいます。俺は後者が多かったかな」

「じゃあ、私もそうして食べてみます」

「辛かったら、卵を割って混ぜると、まろやかになりますよ」

「今から楽しみです」


いやしかし、こうやって月さんと料理を作るって楽しかった。
機会があればまたやりたいもんだ。
……詠が許してくれそうにないが……


「……ところで月さん」

「何ですか?」

「どうしてまた、急に俺に料理を教えろと?もしよかったら、理由とか教えてもらえません?」

「え、えっと……へぅ……」


また赤くなった……
だから何で照れるのこの人?
そんなにマズい質問してるわけじゃないはずなんだが……


「な、ナオキさんに……」

「……俺に……何です?」

「作って差し上げる機会があればいいなぁ、と……」


……ん?
これはどう受け取ったらいい?
いや、カレー作ってくれるのは純粋に嬉しいし、それが月さんの料理だってならなお嬉しい。
でもなんで俺?


「嬉しいですけど……何で俺なんです?」

「その……これからもナオキさんには甘えさせていただくつもりなので、その……」

「はぁ……甘えてもらう分にはいいですけど……」

「そ、そうじゃなくて、へぅ……」


顔が赤くなったまま、俺の事を直視できなくなった月さん。
漂うカレーの香りに包まれながら、沈黙だけが過ぎていく。
……どんな気持ちで食えばいいんだろうな?
今の俺にはさっぱり分からん。











後書き


ちょっとストック消化します。
これを機にまたペース上げていければいいんですが……
しかし短い……
こんなんでいいんだろうか?


ではまぁ、また次話で



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