デュランダルは、チェスボードを見つめながら思っていた。ラクス・クラインを名乗る者がシャトルを強奪し、宇宙に上がった事を。それが、本物のラクス・ クラインである事は間違いないだろう。

「(ラクス・クライン………そして、キラ・ヤマト……か)」

 何故か彼は公には知られていないフリーダムのパイロットの名前を知っていた。

 キラ・ヤマト、ラクス・クライン……本来なら交わる事の無かった二人が出会い、惹かれ合った事を。

「(ラクス・クラインは当時の最高評議会議長、シーゲル・クラインの娘にしてパトリック・ザラの息子、アスラン・ザラの定められた相手だった。それが何 故、彼と出会ってしまったのか? それでも魂が引き合う…定められた者達。定められた物事……全てをそう言ってしまうなら、では我等が足掻きながらも生き るその意味は?)」

 その問いに答えるかのように彼の向かいに二人の人物の幻影が浮かび上がる。一人は、かつて友と呼んだ当時、ザフトの赤服を着ていた金髪の男、そしてもう 一人は、白衣を身に纏った銀髪の少年。チェスの相手をする金髪の男は、笑みを浮かべて、デュランダルの問いかけに答えた。

『全ての者は生まれ、やがて死んでいく。ただそれだけの事だ……』

『正論だけどな……』

 虚無感を漂わせる男の瞳と、全てを悟り切ったような少年の瞳がデュランダルを見据える。共にデュランダルより年下だが、その瞳に宿した異様な雰囲気の深 さは、そうと思わせなかった。

「(だから何を望もうが、願おうが無意味だと?)」

『いやいや、そうではない。ただそれが我等の愛しきこの世界、そして人という生き物だという事さ。どれだけどう生きようと、誰もが知っている事だが忘れて いる事……だが私だけは忘れない。決してそれを忘れない。こんな私の生に価値があるとしたら、知った時から片時もそれを忘れた事がないという事だけだろう がな』

「(だが、君とて望んで生きたのだ。まるで何かに抗うかのように。求めるかのように。願いは叶わぬものと知った時、我等はどうすればいい? それが運命 (さだめ)と知った時に………)」

 そうデュランダルが言うと、少年は天井を見ながら呟いた。

『願いの叶わない人間など腐るほどいるさ。いや、自分の人生を自分の願いどおりに生きている人間などそうはいない。人の一生など、この宇宙が出来た時間か ら見れば、ほんの一瞬だ。花火、と変わらないよ。その一瞬に、どのような形であれ必死に輝こうとする。思い通りに輝けぬなら、別の形で輝こうとする。貴方 が、全てを憎んで滅びを願おうと、それが貴方にとって最も輝ける人生なのだろう……』

『そんな事は私は知らない。私は私の事しか知りはなしない。迷路の中を行くようなものさ………道は常に幾つも前にあり、我等は選びただ辿る。君達はその先 に願ったものがあると信じて。そして私は……やはりないのだとまた知る為に』

 自分には、何も無い。生まれた瞬間から、どのような道を選んでも結果は同じだと彼は言った。所詮、最後には死だけが待っているのだ、と。

『確かに、いずれ訪れる死は真理だ。覆す事は出来ない。だが、生きている間の運命を覆す事は出来るさ。何もかも運命で片付けようとする者は、生きる事を恐 れた……死人と何ら変わらないよ。自分で選び取るからこそ面白いのだろう』

 その言葉にデュランダルは目を細める。かつて、彼とタリアは恋仲だった。が、プラントの定めた婚姻統制によって引き離された。出生率の低下……彼らの中 で渦巻く遺伝子という名の螺旋が二人の仲を引き裂いた。

『仕方がないの。もう決めてしまったの………私は子供が欲しいの。だからプラントのルールに従うわ。だからもう……貴方とは一緒にいられない……』

 そう言われた時、デュランダルは彼女を引き止める事が出来なかった。デュランダルとタリアの遺伝子は不適合だった。故に子供を望むタリアは、彼から離れ た。

「(選び得なかった道の先にこそ本当に望んだものがあったのではないか?)」

 もしあの時こうしていたら………そこには、きっと今とは違う、素晴らしい未来があったのかもしれない。デュランダルは、思う。

『そうして考えている間に時はなくなるぞ』

『それは貴方が弱かった事の言い訳だ。貴方は、本当に望んでいた事を選択しなかった。選択出来たのに自らの弱さが今を招いてしまったんだ』

 人の辿り着く先は死であると理解し、そのように自分を生み出した世界の全てのものが滅ぶ事を望み、虚無に支配された友。

 人の辿り着く先は死であると理解しながらも、生きてる間に輝く事に生きる意味を見出し、強く生きようとする友。

 二人の言葉がデュランダルの心に強く響く。

『それを求めて永劫に血の道を彷徨うのだろ、君達は? 不幸な事だな』

『その道を選んでしまったのなら、その道で別の輝き方を見つければ良い。たとえ最後は死だとしても、それまでには無限の可能性がある』

「(救いはないと?)」

『救いとは何だ? 望むものが全て、願った事が全て叶う事か? こんなはずではなかったと、だから時よ戻れと祈りが届く事か? ならば次は間違えぬと確か に言えるのか、君は? 誰が決めたというのだ? 何を?』

『愚かだな……結局は、生きる事を恐れ、“イフの世界”という妄想に縋る事でしか生を実感できないのか。一度、選んだ道は引き返せない。なら、その選択肢 の中で、どう生きるかが人の生ではないのか?』
 
「(ならば私が変える! 全てを! 戻れぬというのなら始めから正しい道を。アデニン、グアニン、シトシン、チミン……己の出来る事、己のすべき事……そ れは自身が一番よく知っているのだから)」

 このチェスのように。自らの手で、世界を切り拓く……それが彼の望みだった。そして今、強く生きようとする友は、彼の敵となっていた。




機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−22 ルシーア





「メインエンジンに深刻な損傷はありません。ですが火器と船体にはかなりのダメージを負いました」

 現在、ミネルバは近くの島の影で修理を行っていた。被害を纏めたレポートをアーサーから受け取り、タリアは沈まなかった事を奇跡と思った。

「MSもセイバー、ウォーリアが大破、ファントムが中破と厳しい状況です」

 自然とタリアは溜息を零す。この状況で完全に修理するのは無理だろう。つまり今、まともに戦えるのはインパルスとバビだけという事になる。
 
「ジブラルタルまで、もうあと僅かだというのに……また此処で修理と補給待ちというのは辛いけど、仕方ないわね」

「はあ……」
 
「毎度毎度後味の悪い戦闘だわ。敗退したわけでもないのに」

 今回はルナマリアが重傷を負ったが、前回のような大きな被害は出なかった。逆に、ワイヴァーンのジャスティスが散り、フリーダムも大破した。しかし、諸 手を挙げて喜べないのは何故だろう? アレだけの激しい戦いで、戦艦一隻だけで生き残ったのに。

 あのオーブ軍の空母の特攻ともいえる突撃。そして、アークエンジェルとワイヴァーン。彼らは、一応、“海賊がオーブの代表とアークエンジェルの元クルー を人質に取って戦闘停止を呼びかける”という名目で動いている。芝居、というのはバレバレだが、彼らが戦闘停止を必死に訴えているのは、あのカガリの声で 分かる。それを聞く度に、自分が信じている道が正しいのかどうか不安になって来た。

「対空、対潜警戒は厳に。あとお願いね」

 そんな迷いを振り払うように指示を出すと、彼女はブリッジから出て行った。




「此処までの責めは自分が負う。今、本当に世界に必要で、我々が共に戦わねばならぬ者達が誰なのかと。今日無念に散った者達のためにも、と。それがトダカ 一佐の最期の言葉でした」

 オーブ艦隊副官のアマギが、肩を震わせ悲しみを露にしながらカガリに告げる。アークエンジェルのブリッジには、アマギを始め、オーブ軍の一部が集まって いた。彼らは、連合や無事だったオーブ艦には避難せず、こっそりとアークエンジェルやドラゴネスの元へとやって来た。

 一部ではあるが、格納庫に収容されたMSの数は多く、皆は、トダカ、という人物がどれだけ信頼されていたのか分かった。

「幾度も御命令に背いて戦い、艦と多くの兵の命を失いましたことは真にお詫びのしようも御座いません!」

 アマギが深々と頭を下げると、その場にいたオーブ軍人全員が同じように頭を下げた。

「ですがどうか……! トダカ一佐と我等の苦渋もどうか……お分かりくださいますのなら、この後は我等もアークエンジェルと共に! どうか!」

「アマギ一尉! そんな……私の方こそすまぬ! すまない……!」

 カガリが、アマギの方へと駆け寄り、手を取ると頭を下げた。声を震わせるカガリに、アマギが大きく目を見開く。

「カガリ様……」

「私が愚かだったばかりに……非力だったばかりに……オーブの大事な心ある者達を……私は……私は……」

 嗚咽を上げるカガリの手をアマギは強く握り返した。
 
「いえ……カガリ様! いえ……!」

 すると彼を始め、オーブ軍人達が涙を浮かべる。それは悲しみでも恨みでもない。指導者であるカガリが、自分達と同じように犠牲となったオーブの者達に対 し、心を痛めてくれている事だった。

 すると、そこへポンとキラがカガリの肩に手を置いてきた。カガリは、涙で濡れた瞳を上げる。

「キラ……」

「泣かないで、カガリ。今僕達に分かってるのは、このままじゃ駄目だっていう事だけです」

「キラ……ヤマト……」

 アマギやオーブ軍人達はキラの事を知っているようで、突然、話しかけてきた彼の顔を見据えた。
 
「でも、何をどうしたらいいのかは分からない。多分ザフトを討っても駄目だし、地球軍を討っても駄目だ。そんな事はもう散々やってきたんですから」

 どちらかが滅びるまで戦争を続ける。殺したから殺されて、撃たれたから撃ち返して……その結果が、2年前のあの戦争だ。殺戮の為の兵器を生み出し合い、 そして虚しさだけが残った。
 
「だから憎しみが止まらない。戦いが終わらない。僕達も、戦い続けるから……本当は駄目なのかもしれない。僕達は多分みんな、きっとプラントも地球も、幸 せに暮らせる世界が欲しいだけなんです」

 どちらかに加担すれば憎しみの連鎖に取り込まれてしまうだけである。悪に見える連合の中にも、本当に地球の為に戦おうとしている者達だっている。現にこ のアークエンジェルの艦長のマリューや、殆どのクルーが元は連合の兵士だ。

 本当に戦わなければならない相手が何なのか、それはキラにもまだ分かっていない。

「だから、あの……皆さんもそうだって言うんでしたら、あの……」
 
 少し躊躇いがちなキラに、アマギはフッと笑って頷いた。

「無論です、キラ様。仇を討つ為とか、ただ戦いたいとか、そのような想いで我等は此処に来たのではありません。我等はオーブの理念を信望したからこそ軍に 身を置いたオーブの軍人です。ならばその真実のオーブの為にこそ戦いたい」

 迷い無く頷くアマギと同じように、オーブ軍人達が頷く。
 
「難しい事は承知しております。だからこそ我等もカガリ様とこの艦と共にと」

「アマギ……」

 彼らの意志にカガリは再び目を潤ませ、キラは苦笑した。

「分かりました。失礼な事を言ってすみません。よろしくお願いします」
 
「いえ、こちらこそ!」

 別に軍人でも何でも無いキラに対し、様付けで、背筋を伸ばすアマギに彼は戸惑うと、後ろでマリュー達の小さく笑う声が聞こえた。

「でも、どうするの? 一応、この艦、ワイヴァーンのものって事になってるでしょ?」

 そうマリューが尋ねるとキラが「あ……」と声を上げる。

「今、あっちと連絡は取りにくいわね……」

 艦は、隣にあるが今、向こうはシュティルの死で色々と慌しい筈だった。




「ふむ……まぁ、こんな所かな」

 ドラゴネスの一室で、楕円形のカプセルの中で眠るステラを見てレンが呟いた。その隣ではドクター・ロンが皺だらけの表情を苦くしている。

「薬が完全に抜けるまで時間はかかるけど……とりあえずコレで大丈夫でしょ」

「お前さんやキースと同じような人間は簡単には作れんの……」

「キースも分かっててやってたんじゃない……あ〜……この装置作るのに疲れちゃった」

 コキコキと肩を鳴らしてボヤくレンを見て、ドクター・ロンが尋ねた。

「お前さんは変わらんの〜」

「ん?」

「皆、シュティルが死んで意気消沈しとるのに……」

 整備班などジャスティスが無くなって、何だかポッカリ胸に空いたような感じになって仕事に手がつかないと言われ、レンは苦笑した。

「暗くなっててもロクな事ないしね。今は、この娘を元に戻すのが大事なのさ」

 そう言って、手元のコンピューターで彼女の脳波をチェックするレン。

「レン、此処はワシがやっておくから休んだらどうじゃ? これ作るのに殆ど寝ておらんじゃろう?」

「はっはっは。馬鹿だなぁ。エッチなゲームするのに一週間ぐらい徹夜するのは当たり前さ! 彼女を見ながらエッチな妄想してたら、寝て無くても平気さ」

 グッと親指を立てて歯を光らせて爽やかに笑うレンに、ドクター・ロンは、この装置の中で眠っている少女を憐れに思えた。レンは、ステラを見ながら涎を垂 らすと、途端に席を立った。

「ま、ちょっと気晴らしにブリッジに行って来ますか」




 ドヨ〜ン。

「うわ、何かすっげ〜暗いオーラが……」

 ブリッジに入ると、あちこちで暗い雰囲気に包まれていた。皆、席に座って俯いているだけだ。キャナルなど、手をダラン、と下げて無気力全開になってい る。

「まぁ気持ちも分からないではないけど…………しょうがない。此処はいっちょ!」

 キラーン、と目を輝かせるとレンは服を脱いでバラの花を咥え、股間を葉っぱで隠し、セクシーポーズを取った。

「さぁ皆! 私の左の乳首を押しなさい! 色っぽい声が出ちゃうわよ!」

 が、誰も反応を示さず、シ〜ン、と静寂だけが流れる。ツッコミの無いボケをかますレンは、悲しくなって来た。

<ラディック艦長……ちょっと、ってきゃあああああああああああああ!!!!!!!>

 その時、モニターにマリューの顔が映り、レンの姿を見て悲鳴を上げた。

「あ、マリューさ〜ん。お願い、左の乳首を押して」

<何それ!? 嫌よ、そんな事!!>

<っていうか、何か着ろ!!>

 顔を真っ赤にしてカガリが怒鳴って来る。レンは、渋々ながら服を着て、向き直る。

「で? 何か用ですか?」

<何であんな悩ましいポーズをしてたのか分かんないけど……オーブ軍の方達、どうすれば良いかしら?>

 そう言って、レンを見て唖然となっているオーブの軍人達を一瞥するレン。彼は、少し考えるとピンと指を立てて言った。

「戦利品って事で」

<せ、戦利品……>

 マリューは頭を押さえるが、まぁ彼らを脱走兵ではなく捕らえた事にした方が、今後、オーブに戻った時、面倒が無くて済むだろう。ふと彼女は、ドラゴネス のブリッジ内が異様に暗いのに気付いた。

<…………何だかお通夜みたいね>

「まぁマジで仲間が死にましたからね〜」

「…………兄さんは良く平気ですね……」

 ボソッと床に座り込んでいるリサが呟くと、彼はフッと笑った。

「そっか……リサとロビンは軍にはいなかったからね。ラディックもアルフもそろそろ気を持ち直すと思うよ。キャナルはまぁ……しょうがないけど、戦いにお いて敵を倒すなら、仲間がやられるのは覚悟しないといけないからね」

「確かに……な」

 その言葉に同調するかのようにラディックがパンパンと頬を叩いて顔を上げる。すると、アルフレッドも顔を上げて髪の毛を掻き毟った。

「ど〜もいけねぇや……昔と違って平和ボケしちまったのかな。戦場にいるって意識が足りなかったのかね〜」

「平和ボケ、良いんじゃない? 平和ボケが出来るのは平和な証なんだから。私みたいに、仲間の死を悲しまずに、すぐ次に切り替えれる人間は少ない方が良い に決まってるしね」

 ニコッと笑ってレンはリサの頭を撫でる。涙で腫らした瞳を擦ると、彼女は、ギュッとレンの服を握り締めた。レンは、優しく妹の頭を撫でながら、キャナル の方に向き直る。

「キャナル、大丈夫?」

「…………大丈夫だ〜……」

 レンの方を見ずに、手を振るキャナル。どう見ても大丈夫そうではないが、レンは苦笑して言った。

「ま、時間もある事だし気持ちを切り替えないとね。もし、ウジウジしてて全滅したら、それこそシュティルに顔向け出来ないからね」

 そのレンの言葉は、ブリッジクルーやアークエンジェルのブリッジクルーに深く響いたのだった。




 シンは、真っ暗な自分の部屋でベッドの上に寝転がり、ステラから渡された貝殻の入ったビンを見つめていた。艦に戻り、ステラとルシーアが、ガイアを使っ て脱走したのを聞いて、悲しみが込み上げながらも嬉しさもあった。

 聞いた話では、ステラはレンに引き渡されたそうだ。レンだったら、彼女を助けてくれる。少なくとも連合に返すよりマシだった。これで彼女は死なない。自 分が助けれなかったのは癪だったが、彼女が死ぬよりよっぽどマシだ。

 が、もう一人、ルシーアの方が気になった。恐らく彼女は連合に帰ったのだろう。その事が気がかりだった。また連中は、あの十歳の幼い少女に多くの人間を 殺させる気なのか? そう思うと、連合に対しての怒りが込み上げてきた。

 ふと、シンはデスクに歩み寄り、引き出しを開けた。その中には、シュティルと撮った二人で写っている写真立てが入っていた。緊張して直立している自分 と、後ろで腕を組んで笑っているシュティル。

 辛い時や迷った時、色々と助けてくれた。妹の携帯の声が出なくなった時、動揺する自分を宥め、直してくれた。本当の兄のように思っていた。

 ポトリ、と写真立てに涙が落ちた。その時だった。部屋のアラートが鳴った。

<シン、私>

「ルナ? ちょ、ちょっと待って」

 同僚の少女が訪ねて来たので、彼は慌てて涙を拭い、写真立てを置くと部屋の明かりをつけて扉を開けた。そこには、腕や頭に包帯を巻いた彼女が複雑な表情 で立っていた。

「どうしたの?」

「あ……その…………とりあえず中入って良い?」

「あ、うん」

 いつもだったらズカズカと入り込んで来る彼女にしては珍しい態度に戸惑いながら部屋に招き入れる。

「あ……」

 そこでルナマリアは、棚に置いてあって写真立てを見て声を上げた。シンは、ハッとなって写真立てを引き出しに入れようとすると、彼女が呟いた。

「その写真の人……シンの家族だったんだね」

 ピタッと写真立てを戻そうとするシンの手が止まった。

「この前……その人と話したの。それで………シンと暮らしてた事とか……聞いたんだ」




 ミネルバの格納庫で、シュティルは突然、話しかけてきたルナマリアを見ながら、オーブで家族を失ったシンを引き取り、家族として暮らして来た事を話し た。そして、幼馴染の女性に海賊にならないかと誘われた時、OKした事も。

 それを聞いて、ルナマリアが怒鳴り声を上げた。

「何でです!? 何で、シンを置いて海賊なんかに……」

「最初は迷ったさ……アイツを一人にして良いのか、と。だが、ワイヴァーンは武力を奪う海賊……戦争を起こさせない為の海賊だ。なら俺は……アイツが戦わ なくて済む世界を作りたい。初めて……誰かの為に戦おうと思った」

 が、結局、戦争は始まり、シンと戦う事になってしまった。シュティルは、少し悲しそうな笑みを浮かべた。

「何で……その事をアイツに……」

「言えば迷う。迷いは死に繋がる。アイツは、お前達という守りたいものがある。もし真実を知れば葛藤が生まれる…………だから頼む」

 そう言うと、シュティルはルナマリアの肩に手を置いて、まっすぐ彼女の顔を見て言った。

「もしもの時は……アイツを頼む」

 その、もしもの時とはどういう時か……言われなくてもルナマリアには何故か分かった。そして、悟った。

 ――ああ、この人は本当にシンを……家族を心配しているんだ。

 もし、自分と妹のメイリンが同じ状況だった時、此処まで心配出来るだろうか? こんなにも大切に思ってくれている家族がいるシンが少し羨ましく思った。 この二人は戦わせたくない。ルナマリアは、唇を噛み締めると、シュティルに言った。

「だったら……海賊なんて辞めて、シンの傍に……」

「…………キラやアスランの話を聞いただろう?」

 その言葉にルナマリアはハッとなる。あの海岸で、本物のラクス・クラインと行動を共にしている人達の会話。アレを聞いて、彼女もデュランダルを本当に信 じて良いのか分からなくなった。

「確かに軍人は上からの命令は絶対だ。だが、最後には自分で考え、自分の足で歩き、自分で戦わなくてはいけない………誰かに依存し、後悔した時では遅いん だ」

 フッと笑ってシュティルは、だから連合にもザフトにも加担出来ないと話す。すると、レンがやって来て、ルナマリアはシュティルに頭を撫でられ、彼らは 去って行った。




「でも………あの人、死んじゃったんだね」

 シュティルとの間にあった事を話し終え、ベッドの上に座るルナマリアはジャスティスが落ちた事を聞かされ、シンの所へ来た。

「シンを最後まで守って……」

「シュティルってさ……」

 急に話し始めるシンにルナマリアは彼の背中を見る。彼は、写真立てを見つめながら肩を震わせ、拳を握り締めていた。

「アイツ……あんまり喋ったりしなくてさ……俺が勝手にアイツの拳銃触った時、殴られて……その後、俺に拳銃渡したんだ。でも……殴られただけで凄く痛い のに、銃で撃たれたらもっと痛いんだろうって思って……銃を返したら、今度は無言で手当てしてくれて……ずっと手のかかる弟だと思われてた…………け ど……」

 そう言って振り返ったシンは、笑ってはいたが両目からは涙が溢れていた。そんな彼をルナマリアは、大きく目を見開いて見る。

「最後までずっと手のかかる弟で……アイツが俺の為に戦ってたなんて知らなくて……一人で裏切られたと思って……本当は……本当は元の家族に戻りたかった のに……それなのに俺……俺……」

 ボロボロと子供みたいに涙を零して嗚咽を上げるシン。すると突然、ルナマリアがギュッと彼を抱き締めた。余りに突然の事で驚くシン。少女は、あの時、さ れたように優しく少年の頭を撫でる。

「もう良い………アンタは生きてる。生かされてる。だから、あの人の分まで生きなくちゃいけない……じゃないとシン……死んでも手のかかる弟だよ……」

「う……あ………うあああああああ!!」

 シンは、ルナマリアの服を掴み、大声で泣いた。ルナマリアも瞳に涙を浮かべながらも、シンの背中に手を回す。

 本当に分からなくなった。シュティルは本当にイイ人だった。それなのに死んだ。少なくとも彼を敵だなんて思いたくなかった。ただ、常に弟を心配していた 兄、兄を誤解して憎む弟。歯車が狂ったのは何でだろう? デュランダルの言うようにロゴスが戦争を生み出す所為か? それが正しいのかも分からない。

 しかし一つだけ分かる事があった。今、自分の腕の中で泣いている少年。あの人に頼まれた。少ししか面識が無いけれど、大切な家族を頼まれた。少年は、力 を得ても守る事が出来なかった。家族も、力を持った理由も全てを失った。全てを失った彼が立ち上がる時、きっと大きく成長しているに違いない。そう思うル ナマリアだった。




「はぁ……」

「また随分と落ち込んでるわね」

 レクリエーションルームでは落ち込むアスランとエリシエルがいた。先程からアスランは、顔を俯かせて何度も溜息を吐いている。

「俺とキラがいながら2人ともアッサリやられるなんて〜!」

 頭を押さえて苦悩するアスランを、コーヒーを飲みながら呆れた様子で見つめるエリシエル。

「生きてる所を見ると、相手は遊んでたみたいね〜。MSの性能の差もあるけど、あのパイロットは化け物よ」

 伝説のフリーダムと、ザフトでは伝説のエースと呼ばれているアスランのセイバーを相手に遊んで、尚且つ戦闘不能にするようなパイロット、化け物以外言い 様が無い。

 更に苦悩して「あぁ〜」と呻くアスランに、苦笑いを浮かべ、エリシエルは缶をゴミ箱に捨てる。

「さて……次の戦闘に備えてバビの調整でもしますか…………誰かさんはMSが大破して調整も出来ないみたいだけど」

「先輩……そんなに俺をイジめて楽しいですか?」

「アスランって真面目すぎるから、ついからかいたくなるのよね〜」

 ウフフ、と笑ってその場を後にするエリシエル。アスランは、ハァと盛大な溜息を零し、何か飲もうと自販機に向かうのだった。




 地球連合軍空母ボナパルト。そこへやって来たキース、ネオ、スティング、そしてルシーア。ユーラシア最北部のロシアへ訪れた彼らは、そこで新たな任務を 受ける事になった。

 ボナパルトの私室でキースは、ネオとトランプ――しかもババ抜き――をしながらジブリールを通信を行っていた。

<ま、何にでも見込み違いということはある。つまりはミネルバは君の手には余ると、そういう事だったんだな>

「お〜い、ジブリール。私はこの前、それなりに活躍したんだが?」

 一応、フリーダム、セイバー、ジャスティスは落としたのでキースが、言うとモニターの向こうのジブリールは愛猫の背中を撫でながら返す。

<分かっているさ、キース。お前の功績は十二分に評価している。だが、問題は、お前以外の方だ>

「そうネオ君を責めてやるな。彼だって一生懸命やってるんだ。それは傍で見ている私が良く分かっているよ………げ」

 ネオのフォローをしつつ、ババを引いて眉を顰めるキース。

「それに、そろそろデストロイも完成した頃だろう?」

「(デストロイ?)」

 聞き慣れない単語にネオは、カードを引きながら仮面の奥の瞳を細める。

<君達がミネルバ討ってくれていればこんな作戦は必要なかったのだが、仕方ない。腐った部分は早く取り除かないとどんどん広がるからな……アレを使って ユーラシア西側を早く静かにさせてくれてたまえ、今度こそ。それなら出来るだろう? ネオ>

「さぁ? 結果は後のお楽しみじゃないか」

 フッと笑って答えるキースに、ジブリールは黙って通信を切った。




 ボナパルトのドーム状の格納庫にソレは輸送されて来た。黒く光る装甲。キース以外は驚いて、その兵器を見上げていた。

 GFAS−X1デストロイ……30メートルを超えるソレは、戦略装脚兵装要塞と呼ばれるMSを遥かに超えた兵器である。カブトガニを思わせるアーマーか らは二本の足が伸びており、MA形態を取っている。

 キースは、ソレを見上げながらポン、とルシーアの頭に手を置いた。

「お前の新しい機体だよ、ルシーア」

「ルーシーの…………そっか」

 そう言った時のキースの何とも言えない瞳を見て、ルシーアはフフッと笑った。後ろではスティングが不満そうに彼女を見ている。すると、ルシーアは振り返 り、ニコッと笑った。

「ネオ、スティング」

「ん?」

「あん?」

「今までありがとね。短い間だったけどルーシー、楽しかったよ」

 突然、妙な事を言い出すルシーアに、ネオとスティングは驚く。が、彼女は更に続けた。

「パパも優しかった……ずっと寒くて独りで怖かったけど……パパが助けてくれて……凄く嬉しかった。だからルーシー、本当の名前を捨てる事が出来た」

「何言ってんだ、お前?」

「ルーシーは、ルシーア・レヴィナス。志波 瑠詩亜じゃないよ」

 そう言うと、ルシーアはまっすぐデストロイに向かって走って行った。その際、一度、振り返ってキースに微笑みかけた。

「パパ、クッキー美味しかったよ」

 その言葉にキースは、優しく彼女に微笑んだ。彼女の言葉の意味が分からないネオがキースに尋ねる。

「閣下、今のはどういう……」

「言葉の通りだよ……私の作ったクッキーは美味しいという事だ」

「いや、そうではなくて……」

 静かに目を閉じて笑うキース。ネオとスティングは訳が分からず、肩を竦めた。

 ルシーアをその内に取り込んだ殺戮の名を冠する兵器が起動する。ボディのあちこちに付けられたケーブルが取り外され、発進シークエンスが開始される。

<非常要員待機。X1デストロイ、プラットホーム、ゲート開放>

 ドームが開かれ、デストロイがその巨大な一歩を踏み出す。すると、アーマーに設置された大量のブースターが噴き、降り注ぐ雪を吹き飛ばして巨体が浮かび 上がり、離艦した。

「よし! こちらも出るぞ!」

 ウィンダムに待機していたネオの号令に従い、次々と機体が飛んで行く。すると、モニターに不機嫌そうなスティングが映った。

<けど何で俺にはあれくれねぇんだよ?>

 どうやら、あの巨大な化け物によっぽど乗りたかったらしい。

<ルシーアみたいなガキより、俺の方がよっぽど……>

「閣下の御命令だ」

<ちっ>

 命令、と言われたら仕方が無い。スティングは舌打ちしてカオスを発進させた。




「だいぶ安定してきたな……」

 カプセルの中で静かに眠っているステラの脳波を見つつ、レンは紅茶を飲む。その時、キィンと彼の頭に何かが奔った。

「(何だ……?)」

 虫の知らせというか、嫌な感覚が襲ってきたレンは、カップを置いて、眉を顰める。すると、リサが駆け足で部屋に飛び込んで来た。

「に、兄さん、大変です!!」

「どうしたの?」

「と、とにかくブリッジへ!」

 尋常でない妹の様子にレンは、少しだけ真剣な表情になるとブリッジへと向かった。既にシュティルの件は、気持ちを切り替えたブリッジでは慌しかった。

「どうしたの?」

「ユーラシアの中央に連合が侵攻してるんスよ! しかも、もう三都市が壊滅してるんス! ありえない速さで!」

 慌てふためいているロビンの言葉にレンも流石に驚いた。

「映像出すぞ〜」

 シュティルの事をまだ引きずっているのか少し痩せたキャナルが、言うとスクリーンにその映像が映った。

「何だ……こりゃあ」

 思わずラディックが唖然となって呟いた。その映像は、巨大なMAが――と言って良いのか微妙なぐらいの大きさだが――、都市を破壊するものであった。雪 の降るその都市を真っ赤な炎が包み込み、ザフトの兵器は、そのMAの張るビームシールドによって防がれている。

 そして、逃げ惑う市民達を、巨大なMAは容赦なく殺していった。皆が、その余りにも残酷な映像に言葉を失う中、レンは、MAを見て大きく目を見開いた。

「(ルシーア!?)」

 あのMAのコックピットで、笑いながら都市を焼き払っているルシーアの姿が頭の中に浮かび上がり、彼女が乗っているのだと分かる。

<ロジャー艦長!>

 すると、別のモニターにマリューが慌てた様子で話し掛けてきた。

「おう、ラミアス艦長。偉く派手な祭りが始まっちまったな」

「喧嘩は祭りの醍醐味だけどね〜」

 皮肉るラディックに、レンが笑顔で付け加える。

<そんな冗談、言ってる場合じゃないでしょ! こっちで今、戦えるのはカガリさんのルージュとムラサメが少し。そちらも……>

「私だけだね」

 シュティルの事に触れにくそうだったマリューに代わり、レンが普段と変わらぬ態度で言う。

<フブキさん、行きましょう>

 すると、今度はキラが通信に入って来て言うと、レンは一度、デストロイの暴れている映像を見る。

「…………ゴウとの約束を果たすか」

「兄さん、何か言いました?」

「いんや、別に」

 ニコッと笑って答えるレンに、リサは眉を顰めた。



「はははははは! どうです? 圧倒的じゃないですか、デストロイは」

 レン達と同じ映像を見ていたジブリールは、上機嫌な口調で、他のモニターに映るロゴスの面々、そしてキースに言った。

<確かにな……全て焦土と化して何も残らんわ>
 
<どこまで焼き払うつもりなんだ、コレで?>

 少し興奮気味なジブリールとは対照的に、ロゴスの面々はウンザリした様子だった。
 
「そこにザフトがいる限り何処までもですよ。変に馴れ合う連中にもう一度はっきりと教えてやりませんとね。我等ナチュラルとコーディネイターは違うのだと いう事を。それを裏切るようなマネをすれば地獄に堕ちるのだということをね……」

 自分より立場が上の者達に対し、挑戦的な目つきでグラスにワインを注ぎながら語るジブリール。彼らは、金や権力しか武器がない。それに対し、自分には圧 倒的な物理的な力がある。金も権力も、その力の前には何の役にも立たない。

 その事が、彼を増徴させていた。何も言い返せないロゴスの面々の中で、パチパチ、と拍手をする者がいた。

<いや、素晴らしいよジブリール。私もデストロイを設計した甲斐があったというものだ。君に、そこまで喜んで貰えて嬉しく思うよ>

「私もだ、キース。お前という友を持てた事を嬉しく思うぞ。是非、此処に来て、共に勝利の美酒を味わおうではないか」

<いや、すまないが遠慮しておくよ。今、目の前で最高のショーが行われているのでね。悪いが、勝利の美酒を一番、最初に味わうのは私かな?>

 そう言って、ワインの入ったグラスを見せて笑うキースに、ジブリールは高笑いした。

「はははははは!! 羨ましい奴だ! この件が終われば、お前を呼び戻そう。そして、私の良き知恵として働いてくれ」

<……………考えておこう。では、我々の勝利に乾杯>

 キースがグラスを上げると、ジブリールも同じようにグラスを上げる。そしてキースとの通信が切れると、彼は静かに笑いながらワインを飲む。ロゴスの面々 は、若造二人に対し、何も言えない事に歯痒さを感じていた。




 ボナパルトの私室でキースは、ジブリールとの通信を終えると、グラスを引っ繰り返してワインを床に零した。そして、デストロイの街を破壊する映像を見 て、フッと笑う。

「ジブリール……これだけの力でコーディネイターを滅ぼせるのだったら、とっくにはナチュラルはパトリック・ザラに滅ぼされているよ」

 前大戦で、ジェネシスと言う最悪の兵器を用いたパトリック・ザラ。だが、それですらナチュラルを滅ぼす事など出来なかった。力のみで、一種族を完全に滅 ぼす事など不可能なのだ。

 それをデストロイの、こんな無力な市民を焼き払う映像を見て、力に酔い痴れるジブリールに、彼は嘲笑する。そして、表情を真剣なものへと変えて、映像を 見据える。

「(この映像をデュランダルが流し、彼はロゴスの存在を公表するだろう。自らが英雄となり、ロゴスを悪役と仕立て上げ、民衆の心を掴む……だが、それは不 可能だ。少なくとも……私とレンは、駒になる事など望みはしない)」

 キースは、目を閉じて息を吐くと映像を切った。立ち上がり、窓の外の雪景色を見つめる。

「あの日……もう何年も前だったか……皆と共に見た夕陽は美しかった…………なぁ、レン」

 そう呟いて、彼はその部屋を後にするのだった。




「煩い……」

 四方から放たれたビームをリフレクターで防ぐ。
 ルシーアは、あちこちに群がるザフトの兵器と逃げる民衆を見ながら、低い声で呟くと、デストロイの円盤に装備された熱プラズマ複合砲 ネフェルテム503の20の砲門からビームを放ち、一斉にそれらを消滅させた。

「煩い……」

 すると彼女の頭の中に人々の断末魔が響く。いつもだ。誰かを殺す度に,その人間の断末魔が頭に聞こえる。少しぐらいなら平気だった。逆に心地良くすら感 じる。が、どんな名曲もボリュームを上げれば耳障りなだけだ。

「煩い! 煩い! 煩いんだよ!! アンタ達は!!」

 しつこく食い下がって来るザフト軍。それらを迎撃しながら、ルシーアはあるものを見つけた。それは、泣き叫ぶ娘を抱きかかえ必死に逃げようとする父親の 姿だった。

 それを見て、目を見開いたルシーアは、ギュッと操縦桿を強く握り締める。

「私はルシーア・レヴィナス……あんな……あんな奴の娘なんかじゃない……アイツは……私を守ってなんかくれなかった……!」

 ギリッと唇を噛み締めると、頭の中に“自分を生み出した者達”の声が蘇った。

『瑠詩亜……お前は私と同様、本当は生まれて来てはいけなかった』

『どうして、お前まで……』

『それでも私は……愛した女性との証が欲しかった……すまない』

『すまない……許してくれ、などとは言わん。いつか、お前を理解してくれる人達が現れる……だから……』

『ごめんなさい……ごめんなさい……』

 真っ暗で……怖くて……寒くて……静かな……独りぼっちの世界。ルシーアの胸が、ドクン、と高鳴った。

「煩い……うるさああああぁぁぁぁい!!!!!!」

 叫び、ザフトのMSを破壊すると、その親子に向けて照準を合わせる。その時、彼女の頭にキィンと電流のようなものが奔った。ハッとなり、顔を上げると、 白銀の機体が猛烈なスピードで迫って来た。

「お前……レン!!」

 その機体――ラストに乗っているのが、レンだと分かったルシーアは鋭い目で睨み付ける。

<やっぱり、ルシーアか……>

 すると、回線が開かれレンの声が届く。ルシーアは、モニターに映る彼を睨みながら、ふと尋ねた。

「ステラは……」

<無事だ。彼女は、普通の女の子に戻れる>

 それを聞いたルシーアは、フッと笑うと操縦桿を強く握り締めた。

「なら……もう思い残す事はないわ」

 先程までと違い、急に大人びた口調に変わるルシーア。そして、あるボタンを押すと、デストロイの姿が変貌した。脚部が180度回転し、円盤部が後ろにス ライドすると、二対の双眸が光り、両腕が露になった。

<MS……だと>

 レンも驚いた様子だった。普通のMSがミニチュアに見えるぐらいの巨大なMS……レンは見た事も無かった。

「アイツに言われたんでしょ? 私を殺して、って」

<…………旧い友人との約束だ……すまない>

「謝らないでよ。あの男は最低で、父親だなんて思えない奴だけど一つだけ感謝してるの…………ネオに会えた。スティングに会えた。ステラに会えた。シンに 会えた。そして……パパと貴方に会えた。私と同じ人達に会えた」

 ギリッとモニターのレンが唇を噛み締めた。

「そんな顔、貴方らしくないでしょ。今日こそ決着をつけましょ……言っとくけど、私は簡単に死んであげないんだから」

 そう言って、ルシーアはラストに向かって攻撃を仕掛けた。




「おいおいおいおい! ありゃヤベェぞ!」

 その頃、ドラゴネスとアークエンジェルは離れた所で戦況を見ていた。MS形態となったデストロイが、レンのラストに容赦なく攻撃を仕掛ける。

<ラディック艦長! こちらはルージュとムラサメを三機、発進させます! 私達も援護を……>

「おうよ! ロビン! ドラゴンクロー1〜4番、照準合わせ……」

<手を出すな!!>

 援護しようとしたその時だった。突如、レンからの通信が入った。

<手を出すな! これは私の戦いだ!>

「兄さん?」

 いつもの、ふざけているレンと様子が違い、皆、眉を顰める。

<手を出すなって……貴方、一人でやるつもり!? 無茶よ!>

 キラも、ムラサメで少しでも力になれる筈と発進準備を行っていると言うマリューだったが、レンは聞く耳を持たない。

<ハッキリ言って今の私は余裕が無いぞ………味方を巻き込まずに戦うな>

 そう言ったレンのモニターから感じる冷たさに、皆がゾクッと震えた。今、自分達が話しているのは本当に、あのレンなのかと思わず疑ってしまった。つい最 近まで、服脱いでたり、自室でエッチなゲームしてたりと、余りにも見るに耐えない奇行ばかりしていたのだ。

 ひょっとして、バルドフェルドやハイネの言っていたレンは、こういう彼の事なのだろうかと思ってしまう。

<この戦い………邪魔するのなら私は容赦しない>

 そう言ってレンは通信を切った。

<…………どうしましょう?>

「…………ま、此処はレンの言う通りにしようや」

 マリューは、しばらく考えたが、頷いて通信を切った。



「目標まであと40」

 その頃、ミネルバは後少しで戦場という所まで来ていた。
 
「光学映像入ります」

 メイリンが言うと、モニターにデストロイで破壊された市街地と、そのデストロイと交戦しているMSの映像が映った。その余りに無残な光景を見て、ブリッ ジが静寂に包まれる。

「前線司令部応答ありません」

 あんな化け物と戦って前線司令部が無事とは思えない。誰の目から見ても明らかだった。その間、バートはデストロイと戦っているMSの照合を図る。

「熱紋による状況確認……これは……ラストです!」
 
「ええ!?」

 思わずアーサーが驚きの声を上げ、タリアも目を見開く。また、あの海賊が、と思った。

「及びカオス、ウィンダムもです」

 そしてあの連合も。此処に来て、ますます因縁のある相手だった。

「そんな……何でアイツらが?」
 
「正に正義の味方の大天使と竜ね……助けを求める声あらばってことかしら」

 ミカエルという天使は、竜になったサタンを倒したとあるが、それが共に行動し、人々を助ける。何とも滑稽な事に,タリアが冗談交じりで言うと、すぐに指 示を飛ばす。

「コンディションレッド発令。対モビルスーツ戦闘用意!」

「はい! コンディションレッド発令、コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて待機してください」

 警報が鳴り、メイリンのアナウンスが響く。タリアは、現在、出撃可能な二人のパイロットを呼び出した。

「シン! ルシーア!」

<はい?>

<何でしょうか?>

 MSに乗り込む前の二人が出る。その後ろでは他のパイロットの姿もあるが、今回、彼らに出来る事は無い。

「情勢は思ったより混乱してるわ。既に前線の友軍とは連絡が取れず、敵軍とは今ラストが戦っているわ。後、アークエンジェルとドラゴネスの存在も確認され てるわ」
 
<えぇ!?>

<レンが戦ってるんですか!?>

<そんな! 何で奴等が!>

 ワイヴァーンがいる事を知り、シュティルの事を思い出したシンが複雑な表情を浮かべた。
 
「思惑は分からないけど、敵を間違えないで」

 敵は、あくまでも連合。それを倒す為なら今は、彼らの力を利用するだけ利用すべきだとタリアは、心理的な嫌悪を抑え込む。

「戦力が苦しいのは承知しているけど、本艦は何としてもアレを止めなければなりません」

<了解しました>

<…………分かりました>

 二人は頷くと通信を切った。そして、ミネルバから飛び立つインパルスとバビを見ながら、何でドラゴネスとアークエンジェルは援護しようとしないのか…… ジッと沈黙を守る二つの戦艦を見つめた。




「このっ!」

 レンは、デストロイの攻撃を避けながらビームを撃つ。が、デストロイはビームをリフレクターで防御してしまう。その時、赤紫のウィンダムとカオスが突っ 込んで来た。

「邪魔するな!!」

 今は彼女との戦いだ。それを邪魔するのは許されない。レンは、カオスの四肢をビームサーベルでぶった切り、下半身を切り落として、地面に向かって蹴り付 けた。そして、ウィンダムも同じようにしようとすると、奇妙な感覚に襲われた。

「(これは……クルーゼ!? いや、違う……似てるけど、違う……!)」

 一瞬、ウィンダムから、かつて少しだけ親交のあった仮面の男を思い出す。が、それは似ているが本人とは違った。

「(お前は……!)」

 レンは、目を細めてウィンダムのビームを避けると、両腰のレールガンで下半身を破壊した。そして、体当たりしてウィンダムをビル郡へと落とした。

 次の瞬間、デストロイからビームが発射された。ウィンダムのパイロットの事で頭が一杯だったレンは、ハッとなる。が、そのビームはラストの前に現れたバ ビによって防がれたが、片腕が破壊された。

<レン、無事ですか?>

「エリィ? 何で此処に……」

<シンも来ています>

 そう言われて、顔を上げるとインパルスがデストロイに向かって突っ込んで行った。

「シン君、やめろ! それに乗ってるのは……」



<それに乗ってるのはルシーアだ!>

 デストロイに攻撃を仕掛けようとしたシンは、レンの声にピタッと止まって、大きく目を見開いた。

「え……? ルシーア……?」

<君に彼女は倒せない。どけ>

 ラストがインパルスの隣にやって来てそう言う。シンは、唖然となってデストロイを見つめる。

 ルシーア…………最初はフェンス越しにヌイグルミを拾ってあげたのが出会いだった。そして、ステラ達と一緒にいて、ステラと一緒にガイアに乗って捕虜に され、ステラと共に脱走した。まだ年端もいかない10歳の少女。自分の亡くした妹より年下の女の子。それが、こんな大量殺戮兵器に乗ってるなど、信じられ なかった。

「嘘……何でだ……何でステラも、シュティルも、ルシーアも……皆……皆、戦おうとするんだ!?」

<戦う事は悪い事じゃない>

 そう言ってラストは、デストロイに突っ込んで行く。デストロイが両手を切り離し、指の先端から放ってくるビームを巧みに避け、コックピット部分を切り裂 く。すると、装甲が剥がれ、コックピットの中で破片の突き刺さったルシーアの姿が露になった。

「やめろ! もうやめてくれ!」

<人は誰だって戦う……権力を得る為、金の為、平和の為、復讐の為、大切なものを守る為、自由を得る為、正義を貫く為…………戦う事は本能。そして、人が 人である証だ>

 シンの制止の言葉を聞かず、レンはデストロイに向かってビームを放つ。当然、リフレクターを展開して防ぐが、消えた瞬間、もう一発撃ち込んだ。デストロ イの装甲が吹き飛び、爆発する。

 当然、コックピットもその影響を受け、更に破片が体中に突き刺さる。ルシーアは、口から血を吐いて、メットが紅く染まった。



 視界が紅く彩られる。体中が熱い。ルシーアは、息を荒くしながらも、シンの声が聞こえていた。彼女は薄っすらと笑みを浮かべた。



 年老いた男。その男の前に現れて言った。

『私は瑠詩亜じゃない……ルシーア・レヴィナス………貴方に言われたように、ただ死を望むだけだから』

 そう言って、もはや死に掛けた男に銃口を向けるが、撃つ気にはなれなかった。悲しそうに自分を見つめる男には、何の感傷も湧かなかった。



「これで………終わらせる」

 もう未来は見えた。ルシーアは、最後の攻撃をしようとした時、シンのインパルスが向かって来るのが見えた。シンの「やめろ!」という声が聞こえる。既に 焦点の定まらぬ瞳で、インパルスを掴む。

<うああああああ!!!>

 強く握り締められ、あちこちで爆発するインパルス。シンの悲鳴が聞こえる。それを思いっ切り地面に放り投げた。

「間違えないでよ………レン」

 そう呟き、胸部の三門設置されたスーパースキュラを放とうとする。が、そこへレンがビームサーベルを投げて胸に突き刺した。スーパースキュラは暴発し、 デストロイの胸部が爆発した。コックピットも滅茶苦茶になる。

 デストロイは、爆発の影響でゆっくりと仰向けに倒れていく。ルシーアは、静かに目を閉じて微笑んだ。




「ルシーア! ルシーア!」

 ボロボロのインパルスからエリシエルに救助されたシンは、デストロイのコックピットから血塗れのルシーアを引き出して、何度も名前を叫ぶ。自分も怪我を しているが、構わなかった。

 すると、ラストが降りて来て、レンがコックピットから出て来た。エリシエルは、複雑な表情を浮かべ、シンは彼を睨みつける。

「アンタ………ルシーアを知ってて、何で……!」

 此処まで酷い事が出来る、と視線で訴えかけるシン。レンは、何も言わずただシンとルシーアを見据えている。その時だった。ルシーアが、目を開けて手を伸 ばして来た。

「! ルシーア!?」

 シンは、慌てて彼女の手を握る。ルシーアは、ニコッと笑った。

「良かったぁ……やっと……死ねる……」

「え?」

「生まれてきちゃいけないって言われて来て…………だから死ななくちゃいけないって思って……でも……最初は怖くて死ねなかった……だから……一杯、人を 殺して……ルーシーは……悪い子だから……いつ死んでも良いって……思うようになって……」

「やめろ……喋るな……!」

 喋る度に、口から血を吐くルシーアの手を強く握り締めて、シンが言う。が、彼女は喋り続けた。

「ステラ……助かる……シン……あの子……」

「頑張ったな、ルシーア」

「!」

 突如、瓦礫の反対側から声がした。顔を上げると、青い髪の男性がゆっくりと歩み寄って来た。

「キース……」

 レンが、小さくその名を呟く。キースは、小さく笑い膝を突いてルシーアの前髪を掻きあげる。既に殆ど目も見えず、耳も聞こえないルシーアは、その手の温 かさで微笑んだ。

「パパぁ……」

「(パパ?)」

「パパぁ……ルーシー頑張ったよぉ…………クッキー……食べたいなぁ……」

「…………そうだな。沢山、作ってあるよ」

「嬉しい…………パパ……大……スキ……」

 スル、っとシンの掴んでいたルシーアの手が抜け落ち、彼女は微笑んだまま静かに目を閉じた。

「ルシーア? おい、嘘だろ………目ぇ開けろよ! 前みたいに笑えよ! お前まで、俺を置いて何処かにいくのか!? おい!!」

 目に涙を浮かべてルシーアを揺するシン。キースは、ゆっくりと彼女の体を抱きかかえる。

「シン君だね? 君の事はルシーアから聞いていた………この子の最期を看取ってくれてありがとう」

「五月蝿い! アンタ、父親なのに何でルシーアを戦わせた!? この子は……この子は……」

 シンの罵りを黙って聞き入れるキースは、背を向けた。

「レン、この後、どうなるか分かっているな?」

「…………ルシーアの事もゴウの事も……そして彼らの事も背負って生きてやるさ……」

「そうだ……お前は、それで良い」

 満足げな笑みを浮かべると、キースはルシーアの遺体を抱えたまま去って行った。

「レン……!?」

 恐る恐るレンの方を見るエリシエル。そして、レンが拳を強く握り締め、血を滴らせているのを見て、大きく目を見開いた。





 後書き談話室

リサ「前回といい今回といい、重い展開が続きますね」

ルシーア「そだね〜」

リサ「って、貴女が出て来るんですか?」

ルシーア「ふと思ったんだけど、ガイアって私らが脱出する時、とっくにプラントに送ってる筈だし、デストロイって生体CPUじゃないと扱えないんじゃない の?」

リサ「ガイアについては、アニメじゃSフリーダムの時に出ますが、違う展開になるみたいですね。後、デストロイですが……まぁ良いんじゃないですか?  MSなら動かせるでしょ」

ルシーア「うわ、適当……」

リサ「アニメだって、適当に使い回しとかしてたじゃないですか」

ルシーア「そりゃそっか………さ〜て、と。死んじゃった事だし、あっちでアウルと遊ぼ〜っと」

リサ「死んだというのに気楽ですね……」
感想

重い話が続いています。

ですが、その事によってバランスが取れていますから、全体としては良い感じになっていますね。

死は呼びかけることの多いファクターです。

特にシンのようなキャラはその事によってある程度の強さを得る事ができるでしょう。

もっとも、死に際して色々踏まえておくファクターを失敗するとTVアニメのように成長しないで憎しみだけが強くなると言うことになったりしますが。

シュティルの死は良い感じであったと思います。

シンはこのことによって成長しうる要素を得ました、ルーシアの死のほうに関しては、フォロー次第でプラスにもマイナスにも転ぶでしょうが。


そしてレン君は段々と話の中央に出てきていますね。

ネタが出てくるのは楽しいですが、色々仕込みも大変そうですね(爆)


しかし、彼の考え方は確かに戦場でいいものではありますが、実を言うと人間には不可能な考え方でもあります。

なぜなら、そう考える人間は多くいても実践することが不可能な考え方だからです。

仏教における悟りの一つで自生空でしたっけ、漢字は自信ないんですが、あらゆることに意味はなくよい事も悪い事も無いという考え方です。

悟りの言葉は物凄く正しいですが人間には実践できません。

その理由は、感情があるからです。

目の前で人が死ねば、良いにつけ、悪いにつけ感情は動きます。

殺しになれた人間ですら、全く無感動ではいられません。

本人がそのつもりでも、脈拍が全く乱れないと言う人もいないでしょう。

また、それ以外にも他人の感情をぶつけられた場合も同じです。

自分が思っているほど完璧に返す事ができる人間はそういないでしょう。

核を撃って一億人殺して非難されて、殺されそうになってそれでも同じ様に飄々としていられれば確かに悟っていると言う事ですが。

それらを、持ち合わせていると言う事はもう殆ど人間とはいえないですね。

完璧さというのはそういうことなのです。


レンがそこまで悟っているとは思えませんが、さて、彼の秘密がどこにあるのか、期待して待ちましょう♪

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