factor2


「マスター、恐らくランサーが追ったのは彼だと思うけど」

「……何でよりにもよってこいつなのよ」

 私が通う穂群原学園の廊下に、男子生徒が一人倒れている。彼は学校中の誰からも頼られていた、そんな人畜無害な人物だった。これだけなら私は多分そのまま放っておいただろうが、つい最近少しだけ話をしたせいか何とも後味が悪い。その上ただ処置を施しただけでは死んでしまうが、少し無理をすれば助けられると言う状況も選択を鈍らせる。

「……アーチャー、あなたの力で彼を治す事は出来る?」

「出来ない訳じゃないけど、少し面倒かな。マスターがやれって言うならやるけど」

「やってちょうだい。目が覚めたらきっと今日の事は夢だと思うだろうし」

 私がそう言うと、アーチャーの周りに魔力が渦巻く。次第に魔力はアーチャーの手のひらへと集まり、光を放つ。光が消えると、そこにはいくつかの宝石があった。……さっきランサーに投げてた石もこれで作ったと仮定すると、アーチャーはスキルに道具作成を持っているのかも知れない。

「……よし、とりあえずこれで傷は完全に塞がったよ」

「それじゃあランサーを追いましょう。せめて相手のマスターくらいは確認しないと割にあわないわ」

 傷が治ったことを確認し、その場を去る。私は自分の切り札であるペンダントを使わずに済み、内心ほっとしている。これは父の形見であり、百年物の古代遺物。今の私の十年分の魔力を内包した遠坂の魔術の結晶。もしこれを彼の蘇生のために使っていたら今後だどれだけ苦しくなっていたか……考えるだけ恐ろしい。

◆――――――◇

 町中を駆け巡り、ランサーの気配が残った場所へとたどり着くとそこは……

「ねえアーチャー、私の目が正しければここに『衛宮』って表札が有るんだけど」

「僕にも見えるし、マスターの目は正常だよ」

 私達は今、深山町にある武家屋敷の前に立っていた。ランサーの気配がここで消えていることから、現状二つの可能性を考えることが出来る。

 一つはここの住人がランサーのマスターである可能性。けどこれは、先程倒れていた少年がこの屋敷に住む『衛宮士郎』である以上この線は薄いと考えて良いだろう。だとすると……

「ここでランサーが戦闘しているのかしら?」

「マスター……もしかして蘇生したことに気づかれて確認に来たんじゃ」

「……あ」

 うっかりしていた。確かに殺したはずの相手が生きていれば確認を取りに行くだろうし、もう一度殺すことも考えられる。せめて記憶操作くらいしておけば……

 そのとき、屋敷の塀から一人の少女が飛び出した。鎧を着たその姿から、恐らくはサーヴァントだろう。私達の気配を察知して迎撃しに出てきたのだろうか?

「――はああ!」

「っ!アーチャー!」

 突撃してくる少女を迎撃するため、アーチャーに命令する。振りかぶった少女の攻撃を防ぐため、アーチャーは刀をどこからか取り出し構える。少女の手が空振ったと思うと、何も無いはずの場所で火花が散る。

「この感触は剣……つまり君はセイバーのサーヴァントか。剣に不可視の効果でもついてるのかな?」

「……私の剣の初撃を防ぐとは、なかなかの手練れのようだな」

 二人の間に緊迫した空気が流れる。相手を威圧しているように見えるセイバーとは対照的に、アーチャーは飄々とした態度でセイバーを見据えている。

「ならばもう一撃、止められるなら止めてみよ!」

「っと!」

 セイバーが飛び出し、その勢いで見えない剣を振りかぶる。再度アーチャーが防ぐも、防いだ剣はバラバラに砕けてしまった。

「むう、三日月の太刀じゃ魔力放出混みだと防げないか」

「……宝具を失ったというのに冷静ですね、このままだとあなたは私に斬られるのですよ?」

「何、手段が一つ減っただけさ。他にいくらでもやりようはある」

 アーチャーは笑っている。その笑みには絶対的な自信と共に、底冷えするような寒気を感じさせる。

「……では、続きを――」

「止めろセイバー!」

 セイバーが剣を振り上げようとした時、屋敷の門が開いた。中から出てきたのは先程私達が助けた少年――衛宮士郎だった。

「止めないでくださいマスター。相手はサーヴァント、聖杯を奪い合う敵です」

「敵だとかどうとかはわからないけど、女の子がそんな事をしちゃダメだ!」

 ……なんだか状況がつかめないわね。彼はこの聖杯戦争のルールを知っているのかしら。今だって私がアーチャーに一言命令するだけで彼は命を落とし、セイバーは願いを叶えられず霧散するでしょう。そんなのは最悪中の最悪、最低の悪手以外の何物でもない。流石にそんな事になるとセイバーが可哀想だし、少し事情を聞いた方が良いかしら?

「衛宮君、あなた何言ってるの?」

「!オマエ、遠坂!何でこんな所に……」

「あなたは聖杯戦争のマスターとしての自覚があるのかって聞いてるのよ。何で自分のサーヴァントを止めようとなんかしてるのよ」

「そんな事言われたって、俺だっていきなりこんな事になってどうすりゃ良いのか……」

 どうやら衛宮君は予期せずしてマスターになったみたいね。だとすると、早々に殺されないように私が聖杯戦争について説明しておいた方が良いだろう。上手くすれば同盟が結べるかも知れないし、もしマスターとしての権限を彼が放棄するなら私がセイバーと契約すればいい。

「なら今は一時休戦って事にして、私が説明してあげましょうか?もちろん、あなたがして欲しいのならだけど」

「ああ、頼む。……そういうわけでセイバー、遠坂達に剣を向けるのをやめてくれ」

「……わかりました、マスター」

 やや不服そうにセイバーが応じる。彼女としては早い段階で競争相手を減らしておきたかったのだろう。なぜなら――

「アーチャー、あなたもその隠してある武器を出しなさい」

「あれ、ばれてたの?結構上手く隠してあったと思うんだけど」

「マントで隠しても魔力の流れでわかるわ。衛宮君なら不意打ちみたいなまねはしないだろうし、さっさと出してちょうだい」

 私がそう言うと、アーチャーは身体中から魔法石や拳銃、さらにトンファーや三節棍等大量の武器を取り出した。私が居ないときにこそこそ隠したと考えると少し面白い。

「……どう衛宮君、これで敵対の意思は無いってことは伝わったかしら?」

「あ、ああ。別に俺はそんな事しなくても気にしなかったんだが」

 ……よし、ルールの説明ついでに戦いの心得も教えてあげよう。じゃないとこいつ、即殺される気がするし。私はそれだけ考えて、衛宮君の家の門をくぐった。



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