factor11


「――金庫?」

 アーチャーからの報告を聞いて、私は即座に聞き返してしまった。私の家にあるはずのない物が、私の家の地下で見つかる訳が無い。

「そう、黒い金属製で地下に横倒しになってた。位置と倒れ方からして、壁の中に隠してあったんだと思う」

 私の質問に答えつつ、アーチャーが報告を続ける。……壁の中に隠してあったって事は、屋敷が建てられる以前に既に仕込まれてたのかしら?

「近くの床に鍵も埋まってたから一緒に持ってきたけど、中身はまだ確認してないよ」

 アーチャーは懐から赤茶けた鍵を取り出し、私に手渡す。錆の感じからすると、それなりに古い物なのだろう。……ふと、私の脳裏にとある疑問が浮かぶ。

「……アーチャー、正直に答えて。この金庫を狙ってうちが襲われた可能性はある?」

「……まず無い、と思うよ。見ての通り金庫には傷一つ付いてないし、倒れ方から考えるとむしろ攻撃の余波で金庫が出てきたみたいだった。地下への扉も開けられた様子は無かったし、多分偶然じゃないかな」

 アーチャーはしばらく考えてから、重々しく自分の意見を述べた。……偶然って言われても、いくら何でも怪しすぎるわ。お父様も綺礼も何も言ってなかったし、そもそも知っていたかどうかも微妙。もしかしたら誰かが罠を仕掛けていた可能性もある。

「とりあえず開けてみた方が良いんじゃない?運んでる時は物音がしなかったから、結構たくさん入ってるみたいだし」

「そうね、どうせだからちゃっちゃと開けちゃいましょう」

 面倒な思考を横に放り、とりあえず中身を確認することにしよう。魔術の痕跡は見当たらないし、科学的な罠なら現代兵器に詳しいアーチャーが見逃していないでしょう。

 私は金庫の鍵を持ち上げ、鍵穴にあてがう。錆のせいかすんなりとは入らず、わずかに力を込めると表面が崩れ、擦れながら少しずつ入っていく。そのまま鍵を回すと、小さな金属音と共に金庫がその中身をぶちまけた。

「ひゃっ……ほ、宝石じゃない!少しくすんでるのもあるけど、魔術の媒体としては十分使えそうね」

 鈍く輝く金庫がはき出したのは、多種多様な宝石だった。かなり古い物らしく、いくつかはくすんで輝きを失っている物もある。しかし一つ一つに多数の因縁が絡み合っており、宝石魔術に使うには最高と言える。

「これだけあれば、今後しばらくは宝石には困らないわ……って、何これ?」

 宝石を物色していると、手に紙の感触を感じた。そのまま引っ張り出してみると、かなり古ぼけた封筒が視界に入る。

「……特に何も書いてないわね。中身はっと……手紙が一枚に、何かの欠片と虫の羽?」

「……」

 封筒の中から出てきたいくつかの品を、アーチャーが無言で見つめている。くの字型の赤い欠片は恐らく何かの魔法具の一部だとは思うけど、羽の方はわずかに魔力を感じるだけで何の意味があるのか全く分からない。肝心の手紙には、『我が師シュバインオーグより賜りし品々をここに残す』としか書かれていない。宝石は嬉しいけど、これは一体何なのかしら?

「アーチャー、これ何か分かる?」

「……いや、詳細な事は分からないよ。ただ、その欠片には炎系統の魔力が込められてるみたいだ。羽の方は多分、使い魔か何かの依り代じゃない?」

 私が質問すると、アーチャーは朗らかに笑って答えた。確かに赤い欠片からはほんのり暖かい程度の熱が発せられているようだし、虫型の使い魔は良く使われる。

「そう、ありがと。……それと、アインツベルンから『招待状』が来たわ。明日は衛宮君達と一緒に出て、バーサーカーと戦闘になるでしょうね」

 ご丁寧に自分達の拠点までの地図を同封するなんて、余程の自信があるみたいね。アーチャーとセイバーが同時に仕掛ければ、いくらヘラクレスといえど苦戦は免れないでしょうに……

「『招待状』、ねぇ……一応何があってもいいように準備しておいてね」

「ええ、多分どこかで他の陣営からの奇襲があるでしょうし」

 アインツベルンがどういうつもりかは知らないけど、他の陣営は絶対に何か仕掛けてくるでしょうね。今のところ最強と目されるバーサーカーに、正面から挑もうなんてまずしない。けどもしそのバーサーカーを他の誰かが倒そうとしているなら、様子を伺って襲撃をかけると言う選択肢が出てくる。バーサーカーを倒せたのなら倒せた者を、倒せなくてもバーサーカーを攻撃すれば、消耗している相手を楽に倒す事も出来るかも知れない。……もっとも、アインツベルンが何かを仕掛けている可能性も無くはないけどね。

「……それじゃ、私はもう寝るわ。おやすみなさい、アーチャー」

「ああ、おやすみマスター」

 最後に一言言って、アーチャーは虚空に消えた。霊体化して見えなくなっただけだとは分かるけど、その消え方があまりにも自然で、私は一瞬本当に消滅したのかと焦ってしまった。

◆――――――◇

\東京都 吉祥寺\

 とある住宅の一室で、凄惨な光景が作り出された。作ったのは三人の少年と、一体の異形。壁には一面に誰の物とも分からぬ血がぶちまけられ、乾くにつれて生々しい鉄のにおいが部屋に充満していく。異形の存在は全身がバラバラになっており、既にぴくりとも動かない。切り裂かれた臓物の中から、一部が溶け異臭を漂わせる女性の頭が見える。

「……」

 その異形を前に、全身を赤い血で包んだ少年が佇んでいる。腕の機械からコードで繋がれた単眼鏡を身につけ、右手には今も血がしたたり落ちる小ぶりなナイフを持っている。少年の後ろには、銃器を持った少年二人が静かにナイフの少年を見つめている。

「……こんな時に、何を言っても慰めにはならないと思うけど……気を落とさないで……」

「気休めはよせ、『ロウ』!……母親が殺されたんだぞ、そっとしといてやれよ」

 二人の少年は、それぞれが思うままにナイフの少年を元気づけようとする。しかし少年の目は虚空を見つめる『母親だった物』しか映さない。

「バウ!ワウ!バウ!ワウ!バウ!ワウ!」

 不意に、玄関の方から一頭のハスキー犬が飛び込んできた。犬はまるで主人に対し、共に戦おうとでも言っているかのように見える。その声に、ナイフの少年は視線を動かさず呟いた。

「一緒に来てくれるか、パスカル」

「バウ!」

 主人の答えを待っていたかのように、犬は一際強く吠えた。

◆――――――◇

\イケブクロ スガモプリズン2F\

 重厚な鉄の扉を前に、一人の少年と少女が姿を整える。全身に付いた刀傷などを治し、武器を持ち変える。少年が腕の機械を操作すると、数体の異形が即座に現れた。準備を終えた少年は、静かに扉を開けた。

「……脱獄した上、我が前に姿をあらわすとは不届き千万!即刻成敗してくれる!」

 扉を開けた先には、朱色の肌を持つ巨漢が椅子に座っていた。巨漢は少年達の姿を見るなり激昂し、恐ろしい気配を出し始めた。

「お前の裁判は筋が通っていない。また難癖つけられると堪らないし、ここで終わりにさせて貰うよ」

 少年は懐から炎を具現化したような剣を取り出す。後ろでは背中から羽の生えた、天使のような男が何かを唱えている。

「ぬぅ、貴様やはり天使共の手先――」

 巨漢が火球を放ちながら叫ぶ。その言葉に微塵も反応せず、少年は剣を振り抜いた。

「がっ!?」

 次の瞬間、四つの斬撃が巨漢の四肢と首を切り裂いた。バラバラの肉片となり、無に帰ろうとしている様を確認し、少年は部屋から出て行く。

 しばしの間、室内を静寂が支配した。いくらかの時間が過ぎた時……肉片が寄り集まり、元の巨漢を形作った。

「……ぐぅ、まさかあんな小僧にやられるとは……だが消滅を免れるとは一体……」

 巨漢の男が思考を巡らせようとしたその時、扉が開かれた。

 そこに居たのは、先程巨漢を一閃の元切り捨てた少年だった。

「なっ……」

 驚いた次の瞬間、再度複数の肉片へと変えられる巨漢。床にぼとぼとと鈍い音を立てて落ち……

 数分も経たぬうちにまた再生される。

「なっ……何が起こっている……何故私は消滅しない」

 深い絶望のうちに巨漢は叫ぶ。その声に呼応するように斬撃が放たれ、巨漢は三度肉塊への変化を体感した。されどその肉体はすぐに復元し、元の姿を形作る。

「……何故だ……何故……」

「……何が起きてるかなんて、僕にはわからない」

 停止した思考から紡ぎ出される言葉に、先程まで無言で剣を振っていた少年が口を開いた。

「けれど、誰かが僕を突き動かすんだ。お前の裁きは不当だったと、頭に訴えかけられるんだ。この声が消えるまで、多分お前は死ねないし僕は先に進めない。だから……」

 巨漢は少年に恐怖する。異形に分類されるその存在が、未熟とさえ感じさせる少年に絶望を感じている。少年の後ろでただ見つめる少女の目には、慈悲と畏怖とが交互に映し出されているように感じられる。

「諦めて死に続けろ」

 その一言を呟いた少年の顔には、人間らしき感情が一切感じられなかった。




今回、一部展開を捏造しているところがありますが、物語を書く上での都合と割り切っていただけると嬉しいです。そのまま書くと意味不明な行動しかしてませんので……



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